説明

音響信号再生装置

【課題】本発明は、聴取者に音響物理パラメータを意識させることなく、手間がかからず、簡易に、聴取者が希望する音響特性に近づけて音響信号を再生する音響信号再生装置を提供する。
【解決手段】音響信号再生装置1は、音響信号入力手段11と、音響フィルタを備える信号処理手段15と、第1の心理効果の調整値と音響物理パラメータ及び第2の心理効果の調整値と音響物理パラメータを主観評価実験の結果によって予め関連付けた調整値−音響物理パラメータ情報を記憶する記憶手段14と、第1の心理効果の調整値又は第2の心理効果の調整値を入力するつまみを備える心理効果入力手段12と、調整値−音響物理パラメータ情報を参照して、心理効果入力手段12に入力された調整値に応じた音響物理パラメータを算出し、音響フィルタのフィルタ特性を変化させる音響フィルタ特性変化手段17と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、入力された音響信号を、聴取者が希望する音響特性で再生する音響信号再生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、デジタル放送やマルチチャンネル音響再生装置の普及や高度化に伴って、聴取者は、より高品質な音場で放送や音楽を楽しめるようになっている。この高度化に伴って、聴取者の好みに合った音響特性が得られる技術が開示されている(例えば、特許文献1−3参照)。
【0003】
特許文献1に記載の発明は、聴取者と音像との位置、距離や音場の広がり等の音響物理パラメータが聴取者から入力され、この音響物理パラメータに応じて、音圧周波数特性、残響時間を制御して、あらゆる方向の自然な距離感や広がり感が得られるものである。
【0004】
また、特許文献2に記載の発明は、「コンサートホール」、「ディスコ」、「チャーチ」等の音響空間と、「広がりがある」、「残響感がある」、「包まれた感じがある」等の空間的印象とが聴取者から入力され、この音響空間に対応付けられた音響物理パラメータを制御して、聴取者が希望する空間的印象を的確に実現できるものである。
【0005】
さらに、特許文献3に記載の発明は、ラウドネス特性を保持するデータベースにより、聴覚音量を最適値に変化させて、うるさい音を抑制するものである。
【特許文献1】特開平7−222297号公報
【特許文献2】特開平10−271599号公報
【特許文献3】特開平10−341123号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載の発明は、聴取者が音響物理パラメータを入力する必要があるが、聴取者がこの物理パラメータの意味を理解できず又は希望の音響特性を得るための音響物理パラメータの値が分からず、聴取者にとって手間がかかり、困難である。
【0007】
また、特許文献2に記載の発明は、物理パラメータが空間的印象、つまり、印象語に置き換わっただけなので、物理パラメータと同様、この空間的印象を調整することは専門的であって、聴取者にとって手間がかかり、困難である。さらに、特許文献2に記載の発明は、聴取者が音響空間を入力する必要があるが、聴取者がその音響空間の音響物理パラメータを知っていることが前提となり、聴取者が必ずしも最適な音響空間を入力できていない。
【0008】
また、特許文献3に記載の発明は、聴取者によってラウドネス特性が異なるため、聴取者に最適なラウドネス特性を何らかの方法で設定する必要がある。ここで、聴取者に最適なラウドネス特性を入力又は選択させることは、聴取者が音圧(音響物理パラメータ)と聴取者が実際に聞こえる音との関係を把握していることが前提となり、現実的でない。
【0009】
そこで、本発明は、聴取者に音響物理パラメータを意識させることなく、手間がかからず、簡易に、聴取者が希望する音響特性に近づけて音響信号を再生する音響信号再生装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記した課題を解決するため、請求項1に係る音響信号再生装置は、入力された音響信号を、聴取者が希望する音響特性に近づけて再生する音響信号再生装置において、音響信号入力手段と、信号処理手段と、記憶手段と、一方の端から他方の端まで可動するつまみを備え、一方の端と他方の端との中間位置を境に、つまみを一方の端に可動させる程に大きい値の第1の心理効果の調整値を入力すると共に、つまみを他方の端に可動させる程に大きい値の第2の心理効果の調整値を入力する心理効果入力手段と、音響フィルタ特性変化手段と、を備えることを特徴とする。
【0011】
かかる構成において、音響信号再生装置は、音響信号入力手段によって、音響信号を入力する。また、音響信号再生装置は、信号処理手段の音響フィルタによって、音響信号入力手段に入力された音響信号の音響物理パラメータを変化させる。また、音響信号再生装置は、記憶手段によって、聴取者が感受したい心理状態を予め設定した第1の心理効果の調整値と1以上の音響物理パラメータとを主観評価実験の結果によって予め関連付けると共に、第1の心理効果と異なり、かつ、聴取者が感受したい心理状態を予め設定した第2の心理効果の調整値と1以上の音響物理パラメータを主観評価実験の結果によって予め関連付けた調整値−音響物理パラメータ情報を記憶する。
【0012】
また、音響信号再生装置は、心理効果入力手段によって、第1の心理効果の調整値又は第2の心理効果の調整値を入力する。この調整値を聴取者に入力させるため、音響信号再生装置は、聴取者が音響物理パラメータを入力する必要がない。また、音響信号再生装置は、音響フィルタ特性変化手段によって、記憶手段が記憶する調整値−音響物理パラメータ情報を参照して、心理効果入力手段に入力された調整値に応じた音響物理パラメータを読み出し、読み出した音響物理パラメータに基づいて、音響フィルタのフィルタ特性を変化させる。これによって、音響信号再生装置は、入力された音響信号を、聴取者が希望する音響特性に近づけて再生することができる。
【0013】
また、請求項2に係る音響信号再生装置は、周波数スペクトル、ラウドネス、シャープネス、ラフネス、信号間相関度、残響時間又は両耳間相関度の少なくとも何れかによって音響分析を行い、当該音響分析の結果を出力する音響信号分析手段、をさらに備え、前記音響フィルタ特性変化手段は、前記音響信号分析手段が出力した分析結果に応じて、前記音響フィルタのフィルタ特性を変化させることを特徴とする。
【0014】
かかる構成において、音響信号再生装置は、音響信号の音響特性を音響分析した上で、
音響フィルタのフィルタ特性を変化させるため、音響信号の過補正を防止することができる。
【0015】
また、請求項3に係る音響信号再生装置は、複数の前記心理効果入力手段を備え、前記記憶手段は、前記複数の心理効果入力手段のそれぞれに対応する前記調整値−音響物理パラメータ情報を記憶し、前記音響フィルタ特性変化手段は、前記複数の心理効果入力手段毎の調整値に応じて、当該複数の心理効果入力手段のそれぞれに対応する前記調整値−音響物理パラメータ情報を参照して前記音響物理パラメータを読み出すことを特徴とする。
【0016】
かかる構成において、音響信号再生装置は、心理効果入力手段を複数備えることで、聴取者が感受したい様々な心理効果に応じた調整値を入力することが可能となる。また、音響信号再生装置は、様々な心理効果に応じた調整値を音響物理パラメータに連動させることができる。
【0017】
また、請求項4に係る音響信号再生装置は、前記音響信号を再生する音量を入力する音量入力手段、をさらに備え、前記記憶手段は、前記音量と前記調整値と前記音響物理パラメータとを予め関連付けた前記調整値−音響物理パラメータ情報を記憶し、前記音響フィルタ特性変化手段は、前記心理効果入力手段に入力された調整値と前記音量入力手段に入力された前記音量とに応じて、前記調整値−音響物理パラメータ情報を参照して前記音響物理パラメータを読み出すことを特徴とする。
【0018】
かかる構成において、音響信号再生装置は、聴取者が音量を入力した場合、様々な心理効果に応じた調整値に加えて音量も音響物理パラメータに連動させることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、以下のような優れた効果を奏する。
請求項1に係る発明によれば、第1の心理効果の調整値又は第2の心理効果の調整値を聴取者に入力させるので、聴取者が音響物理パラメータを直接入力する必要がなく、聴取者に音響物理パラメータを意識させずに、手間がかからず、簡易に、聴取者が希望する音響特性に近づけて音響信号を再生することができる。
【0020】
請求項2に係る発明によれば、音響信号の過補正を防止できるため、再生する音響信号を聴取者が不自然と感じることが少なくなる。
請求項3に係る発明によれば、聴取者が感受したい様々な心理効果に応じた調整値を音響物理パラメータに連動させるため、入力された音響信号を、聴取者が希望する音響特性により近づけて再生することができる。
請求項4に係る発明によれば、調整値に加えて音量も音響物理パラメータに連動させるため、入力された音響信号を、聴取者が希望する音響特性により近づけて再生することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の各実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。なお、各実施形態において、同一の機能を有する手段及び部材には同一の符号を付し、説明を省略した。
【0022】
(第1実施形態)
[音響信号再生装置の構成]
図1は、本発明の第1実施形態に係る音響信号再生装置の構成を示すブロック図である。図1に示すように、音響信号再生装置1は、入力された音響信号を、聴取者が希望する音響特性で再生するものであって、音響信号入力手段11と、心理効果入力手段12と、音量入力手段13と、記憶手段14と、信号処理手段15と、音響信号分析手段16と、音響フィルタ特性変化手段17と、増幅器18と、スピーカ19とを備える。
【0023】
音響信号入力手段11は、2チャンネルのステレオ信号、5.1チャンネルのサラウンド信号、22.2チャンネルのマルチチャンネル信号等の音響信号を入力するものである。例えば、音響信号がCD(Compact Disc)、DVD(Digital Versatile Disc)等の記録媒体に記録されている場合、音響信号入力手段11は、この記録媒体に記録された音響信号を読み取り可能な読み取り装置である。また、例えば、音響信号がインターネット等のネットワークを介して配信される場合、音響信号入力手段11は、この音響信号を受信するネットワークインターフェースである。
【0024】
心理効果入力手段12は、一方の端から他方の端まで可動するつまみを備え、一方の端と他方の端との中間位置を境に、つまみを一方の端に可動させる程に大きい値の第1の心理効果の調整値を入力すると共に、つまみを他方の端に可動させる程に大きい値の第2の心理効果の調整値を入力するものである。心理効果入力手段12としては、例えば、一方の端に可動(スライド)させる程に第1の心理効果の調整値が大きくなり、他方の端に可動(スライド)させる程に第2の心理効果の調整値が大きくなるスライダがある。また、心理効果入力手段12としては、例えば、一方の端に可動(回転)させる程に第1の心理効果の調整値が大きくなり、他方の端に可動(回転)させる程に第2の心理効果の調整値が大きくなるロータリースイッチがある。
【0025】
音量入力手段13は、音響信号を再生する音量を聴取者が入力するものである。音量入力手段13としては、例えば、一方の端に可動(スライド)させる程に音量が大きくなり、他方の端に可動(スライド)させる程に音量が小さくなるスライダがある。また、音量入力手段13としては、例えば、一方の端に可動(回転)させる程に音量が大きくなり、他方の端に可動(回転)させる程に音量が小さくなるロータリースイッチがある。さらに、音量入力手段13としては、例えば、音量を入力するボタンがある。この音量入力手段13に入力された音量は、音響フィルタ特性変化手段17と増幅器18とに出力される。
【0026】
記憶手段14は、調整値−音響物理パラメータ情報を記憶するものである。記憶手段14は、例えば、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)及びHDD(Hard Disk Drive)で構成することができる。
【0027】
調整値−音響物理パラメータ情報は、聴取者が感受したい心理状態を予め設定した第1の心理効果の調整値と音響物理パラメータとを主観評価実験の結果によって予め関連付けたものである。また、調整値−音響物理パラメータ情報は、第1の心理効果と異なり、かつ、聴取者が感受したい心理状態を予め設定した第2の心理効果の調整値と音響物理パラメータを主観評価実験の結果によって予め関連付けている。さらに、調整値−音響物理パラメータ情報は、音量入力手段13から入力される音量と調整値と音響物理パラメータとを主観評価実験の結果によって予め関連付けても良い。この場合、音響信号再生装置1は、調整値に加えて音量も音響物理パラメータに連動させることになる。
【0028】
信号処理手段15は、音響信号入力手段11に入力された音響信号の音響物理パラメータを変化させる音響フィルタ(不図示)を備えるものである。つまり、後記する音響フィルタ特性変化手段17によって音響フィルタのフィルタ特性を変化させることで、信号処理手段15は、音響信号入力手段11に入力された音響信号の音響物理パラメータを変化させる。
【0029】
また、信号処理手段15は、音響フィルタとして、例えば、音響信号の所定周波数以下の周波数成分を通過させて高音を抑えるローパスフィルタ、音響信号の所定周波数以上の周波数成分を通過させて低音を抑えるハイパスフィルタ、音響信号の所定の周波数範囲内の周波数成分を通過させるバンドパスフィルタ、所定領域の周波数成分を増幅又は減衰させるイコライザ、音響信号に残響(リハーブ)を付加するIIR(Infinite Impulse Response)フィルタ及びFIR(Finite duration Impulse Response)フィルタ、ダイナミックレンジを圧縮するリミッタを備える。なお、本発明では、音響物理パラメータを可変とするため、信号処理手段15は、特性可変の音響フィルタを用いる。
【0030】
音響信号分析手段16は、周波数スペクトル、ラウドネス、シャープネス、ラフネス、信号間相関度、残響時間又は両耳間相関度(IACC:Inter aural cross correlation)の少なくとも何れかによって音響分析を行い、その分析結果を出力するものである。例えば、音響信号分析手段16は、音響信号入力手段11に入力された音響信号の周波数毎のパワーと時間変化を分析し、その分析結果を出力する(音響信号における周波数スペクトルの分析)。また、例えば、音響信号分析手段16は、前記した周波数スペクトルの分析の重心(中心周波数)をシャープネスの近似値とし、その分析結果を出力する(シャープネスの分析)。また、例えば、音響信号分析手段16は、音響信号入力手段11に入力された音響信号の1/3リアルタイムオクターブバンドを測定し、その測定結果からラウドネスを分析して、その分析結果を出力する(ラウドネスの分析)。また、例えば、音響信号分析手段16は、音響信号入力手段11に入力された音響信号の変調周波数を分析し、その分析結果を出力する(ラフネスの分析)。
【0031】
また、例えば、音響信号分析手段16は、音響信号再生装置1が配置された空間の音響特性より、残響時間の分析、両耳間相関度、又は、音響信号再生装置1が配置された空間における実際の周波数スペクトルの分析を行う。ここで、この音響分析を行うために、音響信号再生装置1が配置された空間の音響特性をインパルス応答によって求めておき、この空間の音響特性を記憶手段14に予め登録しておくことが好ましい。また、音響信号再生装置1が配置された空間の音響特性を求めることができない場合、音響信号再生装置1が配置されると考えられる空間(例えば、リビングルーム)の平均的な音響特性を用いる、又は、音響信号入力手段11に入力された音響信号の信号間相関を計算しても良い。なお、音響信号分析手段16は、一般的な音響分析の手法を用いることができる。
【0032】
音響フィルタ特性変化手段17は、記憶手段14が記憶する調整値−音響物理パラメータ情報を参照して、心理効果入力手段12に入力された調整値に応じた音響物理パラメータを読み出すものである。そして、音響フィルタ特性変化手段17は、算出した音響物理パラメータに基づいて、信号処理手段15の音響フィルタのフィルタ特性を変化させる。具体的には、算出した音響物理パラメータを音響フィルタ特性変化手段17が信号処理手段15に算出すると、信号処理手段15は、この音響物理パラメータに応じて、特性可変の音響フィルタのフィルタ特性を変化させる。
【0033】
ここで、音響信号分析手段16から音響信号の音響特性の分析結果が入力された場合、音響フィルタ特性変化手段17は、この分析結果に応じて、音響フィルタのフィルタ特性を変化させる。なお、この例は、後記する。
【0034】
また、音量入力手段13から音量が入力された場合、音響フィルタ特性変化手段17は、心理効果入力手段12に入力された調整値と音量入力手段13に入力された前記音量とに応じて、調整値−音響物理パラメータ情報を参照して音響物理パラメータを読み出す。なお、音響フィルタのフィルタ特性の変化の具体例については、後記する。
【0035】
増幅器18は、音量入力手段13から入力された音量に応じて信号処理手段15が出力した音響信号を増幅し、スピーカ19に出力するものである。また、スピーカ19は、増幅器18からの信号を2チャンネル(ステレオ)出力するものである。
【0036】
<心理効果の具体例>
以下、図2,図3を参照し、心理効果の具体例について、説明する(適宜図1参照)。図2は、本発明における心理効果の具体例を説明する図である。この例では、聴取者が感受する心理効果として、「感動」に着目している。図2に示すように、この「感動」は、大きく2つに分けることができる。その一方は、「心が温まる・ジーンとする」といった穏やかな感動(受容的)である、他方は、「心が躍る・ゾクッとする」といった激しい感動(表出的)である。
【0037】
また、前記した穏やかな感動と激しい感動とは、さらに細かく分けることができる。「心が温まる・ジーンとする」は、「心が温まる・安らぐ・癒される」と「ジーンとする・心にしみる・切なくなる」に分けることができる。
【0038】
また、「心が躍る・ゾクッとする」は、「胸を打つ・心が躍る」と、「鳥肌が立つ・ゾクッとする」に分けることができる。さらに、「胸を打つ・心が躍る」は、「胸を打つ・心が熱くなる・心が奪われる」と、「心が躍る・ワクワクする・歓喜する」に分けることができる。そして、「鳥肌が立つ・ゾクッとする」は、「背筋がゾクッとする・息がつまる・打ち震える」と、「鳥肌が立つ・心をわしづかみにされる・目がさめる」に分けることができる。
【0039】
ここで、図1の心理効果入力手段12は、図2に示す心理効果のうちの任意のものを組み合わせて、第1の心理効果及び第2の心理効果とする。例えば、心理効果入力手段12は、第1の心理効果を「ジーンとする」とし、第2の心理効果を「ゾクッとする」とする。また、例えば、心理効果入力手段12は、第1の心理効果を「心が温まる」とし、第2の心理効果を「切なくなる」とする。
【0040】
この調整値−音響物理パラメータ情報は、例えば、主観評価実験によって求めることができる。以下、主観評価実験の一例について説明する。図3は、本発明における心理効果の種類と音響的な印象語との関係の例を示す図である。
【0041】
まず、主観評価実験によって、心理効果を抽出する。具体的には、心理効果を表す具体的な用語(印象語)を抽出することを目的としたアンケート調査を行う。このアンケート調査の項目は、感動を表す具体的な用語(印象語)と、最近感動した体験と、音(音楽・音声)を聴取して感動した体験との3項目とする。そして、アンケート調査から心理効果を表す具体的な用語(印象語)を抽出する。
【0042】
次に、印象語の言葉の意味でなく、印象語がどのような感動を表現しているかで印象語を分類するアンケート調査を行う。具体的には、アンケートの回答者に、例えば、150語の印象語の一覧を提示し、その印象語から連想される感動した状況や心理状態が別の印象語を用いて表現できるか否かを1/0の2件法で評価する。また、同じ感動をした状況を表現できると評価した割合を一致率とし、ある印象語と他の印象語との一致率で表記する150次元のベクトルを用いて記述した。そして、2個のベクトルのユーグリッド距離を用いて印象語間の心理的な距離を求め、この距離に応じて印象語を分類する。なお、図3の心理効果の種類の列に記載された語(例えば、「ジーンとする」、「感嘆する」)は、各グループにおいてベクトルの重心付近に位置する語であり、各グループを代表する心理効果を示すものとして扱う。
【0043】
ここでは、図3に示すように、印象語は、穏やかな感動を示す「受容的」と、激しい感動を示す「表出的」との大きく2つのグループに分類する。例えば、「心が温まる・ジーンとする」といった「受容的」グループの場合、「優しい」、「自然な」等の印象が強いときには穏やかな感動が促進され、「迫力がある」、「刺激的な」等の印象が強いときには穏やかな感動が抑制される。
【0044】
また、図3に示すように、さらに、印象語は、「表出的」のグループにおいて、2個の「正の感情」と「中立の感情」との小グループに小分類する。例えば、1個目の「正の感情」の小グループの場合、「迫力がある」、「力強い」等の印象が強いときには正の感動が促進され、「さらっとした」、「薄っぺら」等の印象が強いときには正の感動が抑制される。
また、例えば、2個目の「正の感情」の小グループの場合、「切れ味のよい」、「刺激的な」等の印象が強いときには正の感動が促進され、「静かな」、「しっとりとした」等の印象が強いときには正の感動が抑制される。
【0045】
さらに、「中立の感情」の小グループの場合、「冷たい」、「力強い」等の印象が強いときには中立の感動が促進され、「さらっとした」、「ものたりない」等の印象が強いときには中立の感動が抑制される。
【0046】
なお、図3では、音響的な印象語を用いて心理効果の具体例を説明したが、調整値−音響物理パラメータ情報は、調整値(心理効果)と音響物理パラメータとを関連付ければ良く、印象語と音響物理パラメータとを関連付ける必要はない。
【0047】
次に、主観評価実験によって、どの心理効果と、どの音響物理パラメータとの関係が強いのか、調整値に応じて音響物理パラメータの変更量をいくつにするのかを求める。例えば、周波数特性等の音響物理パラメータを変化させて音楽聴取実験を行い、心理効果と音響物理パラメータとの相関係数を求める。さらに、主観評価実験によって、音量と、心理効果と、音響物理パラメータとの関係を求めても良い。例えば、音量を「小」から「大」へ変化させたとき、音の印象が「静か」−「迫力がある」−「騒々しい」に変化したとする。また、同時に、心理効果が「つまらない」−「ゾクッとする」−「不快である」と変化したとき、この「ゾクッとする」が最大となる音量において、この音響物理パラメータの最適値とする。例えば、現在の音響物理パラメータの値と最適値とを100ステップに分割し、心理効果の調整値が50のときに、音響物理パラメータも最適値に向けて50ステップ近づける。なお、周波数帯域を狭くすると、「感嘆する」、「胸を打つ」等の心理効果が低下することが分かっている。また、「迫力がある」等の心理効果は、音量やダイナミックレンジの影響を強く受けることが分かっている。なお、主観評価実験の方法は、前記した例に限定されない。
【0048】
<音響フィルタのフィルタ特性の変化の第1例>
以下、図4,図5を参照し、音響フィルタのフィルタ特性を変化させる方法の具体例について、説明する(適宜図1参照)。図4は、本発明の第1実施形態における音響フィルタのフィルタ特性の変化の第1例を説明する図である。なお、図4の「ジーン」は、図2の「ジーンとする」を略したものであり、「ゾクッ」は、図2の「ゾクッとする」を略したものである。また、ここでは、ダイナミックレンジの大小及び周波数成分の増減させるために、信号処理手段15は、音響フィルタとして、ローパスフィルタとハイパスフィルタとの組み合わせたもの又はバンドパスフィルタと、イコライザと、リミッタとを備える。
【0049】
記憶手段14は、予め、第1の心理効果の調整値と1以上の音響物理パラメータ、及び、第2の心理効果の調整値と1以上の音響物理パラメータとを対応付けた調整値−音響物理パラメータ情報を記憶させておく。ここでは、調整値は、例えば、−100から100までの値で扱うこととした。具体的には、この調整値−音響物理パラメータ情報は、例えば、−100から−1までの範囲において、第1の心理効果「ジーンとする」の調整値が大きくなる程、ダイナミックレンジを小さくすると共に、所定の周波数f(例えば、f=1000Hz)以下の周波数成分と、所定の周波数f(例えば、f=12000Hz)以上の周波数成分とを抑えるように設定される。なお、第1の心理効果の調整値は、−100から−1までの範囲となるため、音響信号再生装置1は、例えば、第1の心理効果の調整値を絶対値として扱う。
【0050】
また、この調整値−音響物理パラメータ情報は、例えば、1から100までの範囲において、第2の心理効果「ゾクッとする」の調整値が大きくなる程、ダイナミックレンジを大きくすると共に、所定の周波数f以下の周波数成分と、所定の周波数f以上の周波数成分とを増加させるように調整値毎に設定される。なお、調整値が0のときは、音響物理パラメータを変更しないと定義し、この調整値−音響物理パラメータ情報をしなくとも良い。
【0051】
心理効果入力手段12は、反時計回りに回転させる程に第1の心理効果「ジーンとする」の調整値が大きくなって、反時計回り方向の端で第1の心理効果の調整値が最大値(例えば、−100の絶対値100)となり、時計回りに回転させる程に第2の心理効果「ゾクッとする」の調整値が大きくなって、時計回り方向の端で第2の心理効果の調整値が最大値(例えば、100)となるロータリースイッチである。また、心理効果入力手段12は、一方の端と他方の端との中間位置、例えば、図4のように心理効果入力手段12のつまみの目印12aが真上を向いた状態において、第1の心理効果「ジーンとする」の調整値と第2の心理効果「ゾクッとする」の調整値が、最大値と最小値との中間値(例えば、0)となる。例えば、この中間値は、音響物理パラメータを変更しないことを示し、心理効果入力手段12のつまみの目印12aが中間位置となったときに対応する。
【0052】
例えば、音響信号再生装置1が入力された音響信号を再生しているときに、第1の心理効果「ジーンとする」を感受したい場合、聴取者は、心理効果入力手段12を反時計回りに回転させる。この場合、調整値は、心理効果入力手段12のつまみの目印12aが最も左側に位置する状態で、第1の心理効果「ジーンとする」の調整値が最大であることを示す。
【0053】
心理効果入力手段12のつまみの目印12aが最も左側に位置する状態で、第2の心理効果「ゾクッとする」を感受したい場合、聴取者は、心理効果入力手段12を時計回りに回転させる。すると、第1の心理効果「ジーンとする」の調整値が小さくなっていく。そして、心理効果入力手段12のつまみの目印12aが真上を向いた状態で、第1の心理効果「ジーンとする」の調整値と第2の心理効果「ゾクッとする」調整値とが等しいことを示す0となる。もし、現在再生されている音響信号に不満がない場合、音響信号再生装置1に音響物理パラメータを変更させないため、聴取者は、心理効果入力手段12のつまみの目印12aが真上を向いた状態(中間位置)にする。
【0054】
さらに、心理効果入力手段12を時計回りに回転させると、第2の心理効果「ゾクッとする」の調整値が大きくなっていく。そして、心理効果入力手段12のつまみの目印12aが最も右側に位置する状態で、第2の心理効果「ゾクッとする」の調整値が最大であることを示す。つまり、心理効果入力手段12は、つまみの目印12aの位置に応じた調整値を音響フィルタ特性変化手段17に出力する。このように、第1例では、中間値を境に、ダイナミックレンジを大小させると共に周波数成分を増減させるという反対の処理が行われる。
【0055】
音響フィルタ特性変化手段17は、心理効果入力手段12から調整値が入力されると、調整値に応じた調整値−音響物理パラメータ情報を参照して、調整値に応じた音響物理パラメータを読み出す(例えば、ダイナミックレンジの大小及び周波数成分の増減)。また、音響フィルタ特性変化手段17は、音響物理パラメータを算出したら、これに基づいて、聴取者が希望する心理効果に近づくように、信号処理手段15の音響フィルタのフィルタ特性を変化させる。
【0056】
心理効果入力手段12において、音響物理パラメータの設定のバリエーションを多くして、聴取者の要求をより満たすために、第1の心理効果及び第2の心理効果のそれぞれを対極の心理効果とすることが好ましい。ここで、対極の心理効果は、例えば、図3において異なるグループに分類される心理効果である。なお、本発明において、第1の心理効果及び第2の心理効果のそれぞれを類似する心理効果としても良いことは言うまでも無い。ここで、類似する心理効果は、例えば、図3において同一のグループに分類される心理効果である。
【0057】
ここで、心理効果入力手段12において、第1の心理効果の調整値又は第2の心理効果の調整値の一方を入力可能としたことの利点、つまり、図4の例では、心理効果入力手段12の一方の端を第1の心理効果「ジーン」とし、心理効果入力手段12の他方の端を第2の心理効果「ゾクッ」としたことの利点を説明する。例えば、図4の心理効果入力手段12の代わりに、心理効果「ジーン」の調整値を入力するロータリースイッチと、心理効果「ゾクッ」の調整値を入力するロータリースイッチとを個々に設けた場合を考える(不図示)。この場合、個々のロータリースイッチに入力された調整値に応じて音響物理パラメータを変化させることで、ユーザの要求を満たす音響処理そのものは可能になる。しかし、この場合、個々のロータリースイッチを組み合わせたときの音響物理パラメータが相殺されることを考慮する必要がある。具体的には、心理効果「ジーン」の調整値を入力し、同時に、心理効果「ゾクッ」の調整値を入力した場合、両心理効果の調整値が大きくなるとダイナミックレンジを逆に変化させるため、ダイナミックレンジの変化が相殺されてしまい、聴取者が音響信号の調整に手間取ってしまうことがある。
【0058】
一方、図4の心理効果入力手段12の場合、第1の心理効果「ジーン」の調整値と第2の心理効果「ゾクッ」の調整値とが同時に入力されることがなく、ダイナミックレンジの変化が相殺されることを考慮する必要がない。つまり、心理効果入力手段12は、第1の心理効果の調整値又は第2の心理効果の調整値の一方を入力可能としたことで、音響物理パラメータの変化が相殺されることを考慮する必要がなくなる。さらに、心理効果入力手段12は、第1の心理効果の調整値又は第2の心理効果の調整値を、1個のつまみで入力可能としたことで、多くの聴取者が行う可能性が高い音響物理パラメータの調整を簡単に行うことができる。これによって、聴取者は、日頃から使い慣れた心理効果を目安として、複数の音響物理パラメータを同時、かつ、連続的に、好みに応じて簡単に調整することが可能となる。
【0059】
図4では、第1の心理効果「ジーン」と第2の心理効果「ゾクッ」との組み合わせを例に説明したが、第1の心理効果と第2の心理効果との組み合わせは、これに限定されない。例えば、この心理効果の組み合わせとしては、「心が温まる」と「鳥肌が立つ」との組み合わせ、又は、「安らぐ」と「胸を打つ」の組み合わせがある。
【0060】
なお、音響物理パラメータは、一般的な音響信号を基準として設定する。しかし、音響信号に音響フィルタで調整する成分が極端に少なかったり、又は、その成分が多かったりすると過補正になってしまう可能性がある。そこで、低い周波数に関しては、通常よりも音響フィルタの調整量を小さくしても良い。具体的には、音響信号再生装置1は、周波数スペクトルを非常になだらかにスムージングした音響フィルタを用いることが考えられる。
【0061】
<音響フィルタのフィルタ特性の変化の第2例>
図5は、本発明の第1実施形態における音響フィルタのフィルタ特性の変化の第2例を説明する図である。この第3例は、心理効果入力手段12と音量入力手段13とを組み合わせた場合である。なお、図5(a)の「ジーン」は、図2の「ジーンとする」を略したものであり、「ゾクッ」は、図2の「ゾクッとする」を略したものである。
【0062】
図5(a)の心理効果入力手段12は、図4の心理効果入力手段12と同様のものである。また、記憶手段14は、音量と調整値と音響物理パラメータとを予め関連付けた調整値−音響物理パラメータ情報が設定されている。ここで、音響フィルタ特性変化手段17は、前記した第1例と同様に、調整値に応じた音響物理パラメータを読み出す。つまり、聴取者が、図5(a)の心理効果入力手段12のみを操作する限り、音響フィルタ特性変化手段17は、前記した第1例と同様の動作を行う。
【0063】
以下、聴取者が音量入力手段13の操作を行った場合について説明する。図5(b)に示すように、音量入力手段13は、反時計回りに回転させる程に音量が大きくなり、時計回りに回転させる程に音量が大きくなるロータリースイッチである。
【0064】
図5(a)の心理効果入力手段12を中間値とした状態で、図5(b)の音量入力手段13の操作を行った場合、音響フィルタ特性変化手段17は、音響物理パラメータを操作せずに、一般的なオーディオ機器と同様に音量を大小させる。
【0065】
図5(a)の心理効果入力手段12を「ゾクッ」の側に回転させて、図5(b)の音量入力手段13で音量を大きくした場合、大きな音を聞いた直後の小さな音が聞こえにくいため、音響フィルタ特性変化手段17は、ダイナミックレンジを大きくするが、大きな音を聞いた直後の小さな音が聞こえにくくなるため、大きな音の直後の小さな音の音量を少し大きくする。
【0066】
また、図5(a)の心理効果入力手段12を「ゾクッ」の側に回転させて、図5(b)の音量入力手段13で音量を小さくした場合、音響フィルタ特性変化手段17は、ダイナミックレンジを大きくするが、音量が小さくなると、高い音及び低い音が聞こえにくくなるため、小さい音の高い周波数成分と小さい音の低い周波数成分とを持ち上げるようにイコライジングする。
【0067】
図5(a)の心理効果入力手段12を「ジーン」の側に回転させて、図5(b)の音量入力手段13で音量を大きくした場合、音響フィルタ特性変化手段17は、ダイナミックレンジを小さくするが、ノイズレベルが大きくなる可能性があるため、大きな音のレンジを抑制するが、小さな音は殆ど持ち上げない(イコライジングしない)。また、高い音と低い音とが聞こえ易くなるため、音響フィルタ特性変化手段17は、高い周波数成分と低い周波数成分とを若干下げるようにイコライジングする。
【0068】
また、図5(a)の心理効果入力手段12を「ジーン」の側に回転させて、図5(b)の音量入力手段13で音量を小さくした場合、音響フィルタ特性変化手段17は、ダイナミックレンジを小さくするが、音量が小さくなると、高い音及び低い音が聞こえにくくなるため、小さい音の高い周波数成分と小さい音の低い周波数成分とを持ち上げるようにイコライジングする。
【0069】
ここで、音響フィルタ特性変化手段17は、例えば、音響信号分析手段16から音響信号の分析結果(ラウドネスの分析結果)が入力された場合、図5(c)に示すように、ダイナミックレンジの感度が良い値を中心にダイナミックレンジを大きくする。例えば、音圧(物理的な音の大きさ)と音の大きさ(人が感じる音の大きさ)との関数を主観評価実験によって求め、記憶手段14には、この関数により算出したダイナミックレンジの感度が良い値が予め設定される。また、音量の変更値と音響信号とがわかるため、音響フィルタ特性変化手段17は、この関数に基づいて、音響信号を再生している音圧を求める。なお、あまりに小さい音圧(絶対値)で音響信号を再生しても聴取者に聞こえないので、音響フィルタ特性変化手段17は、ダイナミックレンジを小さくして、小さい音の音量を大きくする。通常、音響フィルタ特性変化手段17は、等分にダイナミックレンジを小さくするが、「ゾクッとする」等の効果を得る場合、聴取者が感じるダイナミックレンジ感を大きくしたいので、ダイナミックレンジの感度の変化率が傾斜するようにこれを変えても良い。
【0070】
聴取者が感じるダイナミックレンジ感は、同じ音響信号を再生する場合、再生装置の性能に左右される。このため、音量の変更値に応じて、実際にどの程度のダイナミックレンジが実現できるかを記憶手段14に記憶させても良い。ここで、音響信号そのもののダイナミックレンジは、音響信号の最小値と最大値との比である。通常、音響信号は、記録できる範囲内でダイナミックレンジが最大になるように録音されるので、音響フィルタ特性変化手段17は、基本的に、ダイナミックレンジを圧縮する処理を行うことになる。そして、音響信号そのもののダイナミックレンジの数値の平均値とピーク値の差が小さい場合、聴取者がダイナミックレンジ感のない音だと感じるため、音響フィルタ特性変化手段17は、聴取者が感じるダイナミックレンジ感を大きくするために、この平均値を下げる処理を行っても良い。
【0071】
ここで、聴取者の聴覚は、音圧によって、同じと感じる音の大きさが異なることが知られている。つまり、音量を大きくしたときと小さくしたときとを比較すると、同じ調整値とした場合、聴取者が、同じ音でも異なる印象を受ける可能性がある。例えば、低い周波数成分及び高い周波数成分のレベルを下げたときの聴取者が受ける印象を比較すると、音量が60dBの場合に比べて音量を50dBとした場合、より低い周波数成分及びより高い周波数成分が小さくなったような印象を受ける。このため、音響信号再生装置1は、基準等感曲線を補正フィルタとして用いることが考えられる。
【0072】
なお、音響フィルタ特性変化手段17は、音響信号分析手段16から音響信号の分析結果(周波数スペクトルの分析結果)が入力された場合、音響物理パラメータとして、周波数特性の調整範囲を求め、この範囲内で音響信号の物理パラメータを変更しても良い。
【0073】
以上のように、入力された音響信号を、音響フィルタ特性変化手段17がフィルタ特性を変化させた音響フィルタによって信号処理してから再生することで、音響信号再生装置1は、聴取者が希望する心理効果に近づけて音響信号を再生することができる。
【0074】
[音響信号再生装置の動作]
以下、図6を参照し、図1の音響信号再生装置の動作について説明する。図6は、図2の音響信号再生装置の動作を示すフローチャートである。なお、記憶手段14は、予め、調整値−音響物理パラメータ情報を記憶しているとして説明する。
【0075】
音響信号再生装置1は、音響信号入力手段11によって、音響信号を入力する(ステップS1)。音響信号再生装置1は、心理効果入力手段12によって、第1の心理効果の調整値又は第2の心理効果の調整値を入力する(ステップS2)。
【0076】
ステップS2の処理に続いて、音響信号再生装置1は、音量入力手段13によって、音響信号を再生する音量を入力する(ステップS3)。音響信号再生装置1は、音響フィルタ特性変化手段17によって、心理効果入力手段12に入力された調整値に応じた音響物理パラメータを読み出す(ステップS4)。ここで、音量が入力された場合、音響信号再生装置1は、音響フィルタ特性変化手段17によって、調整値と音量とに基づいて、音響物理パラメータを読み出しても良い。
【0077】
ステップS4の処理に続いて、音響信号再生装置1は、音響フィルタ特性変化手段17によって、算出した音響物理パラメータに基づいて、音響フィルタのフィルタ特性を変化させる(ステップS5)。音響信号再生装置1は、信号処理手段15によって、音響信号入力手段11に入力された音響信号の音響物理パラメータを変化させる信号処理を行い、増幅器18でこの音響信号を増幅してスピーカ19に出力する(ステップS6)。
【0078】
(第2実施形態)
[音響信号再生装置の構成]
図7は、本発明の第2実施形態に係る音響信号再生装置の構成を示すブロック図である。図7に示すように、音響信号再生装置1Bは、音響信号入力手段11と、2個の心理効果入力手段12,12と、記憶手段14と、信号処理手段15と、音響信号分析手段16と、音響フィルタ特性変化手段17と、増幅器18と、スピーカ19とを備える。つまり、図7の音響信号再生装置1Bは、図1の音量入力手段13の代わりに2個の心理効果入力手段12,12を備える。
【0079】
心理効果入力手段12,12のそれぞれは、図1の心理効果入力手段12と同様に、第1の心理効果の調整値又は第2の心理効果の調整値を入力するものである。なお、図7では、2個の心理効果入力手段12,12を図示したが、3個以上の心理効果入力手段12を備えても良い(不図示)。
【0080】
記憶手段14には、予め、心理効果入力手段12に対応する調整値−音響物理パラメータ情報と、心理効果入力手段12に対応する調整値−音響物理パラメータ情報とを記憶させておく。
【0081】
音響フィルタ特性変化手段17は、心理効果入力手段12,12の調整値に応じて、心理効果入力手段12,12のそれぞれに対応する調整値−音響物理パラメータ情報を参照して音響物理パラメータを読み出す。なお、音響フィルタのフィルタ特性の変化の具体例については、後記する。
【0082】
なお、音響信号入力手段11と、信号処理手段15と、音響信号分析手段16と、増幅器18と、スピーカ19とは、図2の各手段と同様のものであるため、説明を省略する。また、音響信号再生装置1Bの動作は、図6の音響信号再生装置1の動作と比べ、音量の入力の代わりに心理効果入力手段12bから調整値を入力する以外、同様の処理であるため、説明を省略する。
【0083】
<音響フィルタのフィルタ特性の変化の例>
図8は、本発明の第2実施形態における音響フィルタのフィルタ特性の変化を説明する図である。この例は、複数の心理効果入力手段12を組み合わせた場合である。なお、図8(a)の「切ない」は、図2の「切なくなる」を略したものである。
【0084】
図8(a)に示すように、1個目の心理効果入力手段12は、反時計回りに回転させる程に第1の心理効果「心が温まる」の調整値が大きくなり、時計回りに回転させる程に第2の心理効果「切ない」の調整値が大きくなるロータリースイッチである。また、図8(b)に示すように、2個目の心理効果入力手段12は、反時計回りに回転させる程に第1の心理効果「心が踊る」の調整値が大きくなり、時計回りに回転させる程に第2の心理効果「鳥肌が立つ」の調整値が大きくなるロータリースイッチである。
【0085】
このため、記憶手段14には、心理効果入力手段12からの調整値と音響物理パラメータとを対応付けた第1の調整値−音響物理パラメータ情報と、心理効果入力手段12からの調整値と音響物理パラメータとを対応付けた第2の調整値−音響物理パラメータ情報とを記憶させておく。
【0086】
この第1の調整値−音響物理パラメータ情報は、第1の心理効果「心が温まる」の調整値と第2の心理効果「切ない」の調整値が等しくなる中間値を境に、第1の心理効果「ジーンとする」の調整値が大きくなる程、ダイナミックレンジを小さくすると共に、所定の周波数f以下の周波数成分と、所定の周波数f以上の周波数成分とを抑えるように調整値毎に設定されている。
【0087】
また、この第1の調整値−音響物理パラメータ情報は、例えば、中間値を境に、第2の心理効果「切ない」の調整値が大きくなる程、所定の周波数f以下の周波数成分を大きく抑制すると共に、所定の周波数f以上の周波数成分に歪を加えるように設定されている。この例のように、中間値を境に全く関係の無い処理を行うことができるため、音響信号再生装置1は、聴取者が感受したい心理効果を再現し易くすることができる。
【0088】
この第2の調整値−音響物理パラメータ情報は、第1の心理効果「心が踊る」の調整値と第2の心理効果「鳥肌が立つ」の調整値が等しくなる中間値を境に、第1の心理効果「心が躍る」の調整値が大きくなる程、ダイナミックレンジを大きくすると共に、所定の周波数f(例えば、f=13000Hz)以上の周波数成分を増幅するように調整値毎に設定されている。
【0089】
また、この第2の調整値−音響物理パラメータ情報は、中間値を境に、第2の心理効果「鳥肌が立つ」の調整値が大きくなる程、リバーブで残響を加えると共に、所定の周波数f以下の周波数成分と、所定の周波数f以上の周波数成分とを増幅するように調整値毎に設定されている。
【0090】
なお、第1の調整値−音響物理パラメータ情報及び第2の調整値−音響物理パラメータ情報は、前記した主観評価実験と略同様の方法で設定できる。この場合、心理効果入力手段12の個数によって,評価項目の数が異なることになる。具体的には、図4のように心理効果入力手段12が1個の場合、その音響信号に対し、感動したか又は心理効果があったかだけを評価すれば良い(評価項目が1個)。一方、図8のように2個の心理効果入力手段12,12を備える場合、感動したか又は心理効果があったかだけでは、音響物理パラメータの変化の違いが分からないため、その音響信号から、2個の心理効果のどちらの印象を強く受けるかを評価させる(評価項目が2個)。
【0091】
音響フィルタ特性変化手段17は、心理効果入力手段12から調整値が入力されると第1の調整値−音響物理パラメータ情報を参照すると共に、心理効果入力手段12から調整値が入力されると第2の調整値−音響物理パラメータ情報を参照し、2個の調整値に応じた音響物理パラメータを読み出す。また、音響フィルタ特性変化手段17は、音響物理パラメータを算出したら、これに基づいて、聴取者が希望する心理効果に近づくように、信号処理手段15の音響フィルタのフィルタ特性を変化させる。
【0092】
なお、本発明において、第1の心理効果及び第2の心理効果は、図2及び図3に示す真理効果に限定されず、主観評価実験で抽出した心理効果を用いることができる。また、本発明において、心理効果入力手段における第1の心理効果と第2の心理効果との組み合わせは、図4及び図8に示すものに限定されない。例えば、2個の心理効果入力手段12を有する場合、1個目の心理効果入力手段12における第1の心理効果を「ジーンとする」と第2の心理効果を「ゾクッとする」との組み合わせにしたとき、2個目の心理効果入力手段12における第1の心理効果を「心が躍る」と第2の心理効果を「胸を打つ」との組み合わせにすると、音響物理パラメータの調整範囲を最も広くできると考えられる。
【0093】
なお、本発明において、調整値の範囲は、−100から100に限定されず、任意の範囲とすることができる。例えば、調整値の範囲は、中間値を50として、0から100としても良い。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本発明の第1実施形態に係る音響信号再生装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明における心理効果の具体例を説明する図である。
【図3】本発明における心理効果の種類と音響的な印象語との関係の例を示す図である。
【図4】本発明の第1実施形態における音響フィルタのフィルタ特性の変化の第1例を説明する図である。
【図5】本発明の第1実施形態における音響フィルタのフィルタ特性の変化の第2例を説明する図である。
【図6】図2の音響信号再生装置の動作を示すフローチャートである。
【図7】本発明の第2実施形態に係る音響信号再生装置の構成を示すブロック図である。
【図8】本発明の第2実施形態における音響フィルタのフィルタ特性の変化を説明する図である。
【符号の説明】
【0095】
1,1B 音響信号再生装置
11 音響信号入力手段
12 理効果入力手段
13 音量入力手段
14 記憶手段
15 信号処理手段
16 音響信号分析手段
17 音響フィルタ特性変化手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力された音響信号を、聴取者が希望する音響特性に近づけて再生する音響信号再生装置において、
前記音響信号を入力する音響信号入力手段と、
前記音響信号入力手段に入力された前記音響信号の音響物理パラメータを変化させる音響フィルタを備える信号処理手段と、
前記聴取者が感受したい心理状態を予め設定した第1の心理効果の調整値と1以上の前記音響物理パラメータとを主観評価実験の結果によって予め関連付けると共に、前記第1の心理効果と異なり、かつ、前記聴取者が感受したい心理状態を予め設定した第2の心理効果の調整値と1以上の前記音響物理パラメータを前記主観評価実験の結果によって予め関連付けた調整値−音響物理パラメータ情報を記憶する記憶手段と、
一方の端から他方の端まで可動するつまみを備え、前記一方の端と前記他方の端との中間位置を境に、前記つまみを前記一方の端に可動させる程に大きい値の前記第1の心理効果の調整値を入力すると共に、前記つまみを前記他方の端に可動させる程に大きい値の前記第2の心理効果の調整値を入力する心理効果入力手段と、
前記記憶手段が記憶する調整値−音響物理パラメータ情報を参照して、前記心理効果入力手段に入力された調整値に応じた前記音響物理パラメータを読み出し、読み出した前記音響物理パラメータに基づいて、前記音響フィルタのフィルタ特性を変化させる音響フィルタ特性変化手段と、を備えることを特徴とする音響信号再生装置。
【請求項2】
周波数スペクトル、ラウドネス、シャープネス、ラフネス、信号間相関度、残響時間又は両耳間相関度の少なくとも何れかによって音響分析を行い、当該音響分析の結果を出力する音響信号分析手段、をさらに備え、
前記音響フィルタ特性変化手段は、前記音響信号分析手段が出力した分析結果に応じて、前記音響フィルタのフィルタ特性を変化させることを特徴とする請求項1に記載の音響信号再生装置。
【請求項3】
複数の前記心理効果入力手段を備え、
前記記憶手段は、前記複数の心理効果入力手段のそれぞれに対応する前記調整値−音響物理パラメータ情報を記憶し、
前記音響フィルタ特性変化手段は、前記複数の心理効果入力手段毎の調整値に応じて、当該複数の心理効果入力手段のそれぞれに対応する前記調整値−音響物理パラメータ情報を参照して前記音響物理パラメータを読み出すことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の音響信号再生装置。
【請求項4】
前記音響信号を再生する音量を入力する音量入力手段、をさらに備え、
前記記憶手段は、前記音量と前記調整値と前記音響物理パラメータとを予め関連付けた前記調整値−音響物理パラメータ情報を記憶し、
前記音響フィルタ特性変化手段は、前記心理効果入力手段に入力された調整値と前記音量入力手段に入力された前記音量とに応じて、前記調整値−音響物理パラメータ情報を参照して前記音響物理パラメータを読み出すことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の音響信号再生装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−118885(P2010−118885A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−290597(P2008−290597)
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【Fターム(参考)】