説明

風騒音防止中実碍子

【課題】雪害を防止するために笠ピッチを広くした場合にも、強風時における耳障りな風音が生じないように笠形状を工夫した風騒音防止中実碍子を提供する。
【解決手段】裏面に複数のリブ5,6を垂下させた多数の笠2を、胴部1の外周に一定ピッチで形成した中実碍子である。各笠2の上面を曲率を持たせて上向きに膨らませた肉厚形状とする。また各笠2の最外周のリブ5を他のリブ6よりも大きく垂下させるとともに、笠2の先端から内側に後退させた位置に設けることにより、笠に当たる風を最外周のリブ5の外周面で下方に逸らすガイド用凹部7を形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多数の笠を胴部の外周に一定ピッチで形成した中実碍子に関するものであり、特に強風時に耳障りな風音が生じないように笠形状を工夫した風騒音防止中実碍子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
変電所の電気設備を絶縁支持したり、送電用鉄塔上でジャンパ線を絶縁支持したりするために、SP(ステーションポスト)碍子、LP(ラインポスト)碍子などの中実の支持碍子が広く用いられている。これらの中実碍子は胴部の外周に多数の笠を一定ピッチで形成し、表面漏洩距離を確保している。
【0003】
このような中実碍子のうち重汚損地区や直流送電に使われるものは絶縁強度の低下にともない長い表面漏洩距離が必要となり、笠の形状は裏面に複数のリブ(ひだ)を形成した構造となっている。また、降雪地域で用いられるものは、笠のピッチ間に着雪して上下の笠間が雪で連続した状態となると、表面漏洩距離が確保できずに絶縁強度の低下を起こし短絡事故が発生するおそれがある。このような雪害を防止するために笠間のピッチを拡大することにより着雪しにくくした降雪地域用の中実碍子があるが、単に笠間のピッチを拡大すると表面漏洩距離が不足するため、重汚損地区や直流送電用と同様の笠形状を用いる。これらの笠上面の傾斜角度は一般笠約10度のところを約25度まで大きくして汚損物や雪が滑り落ち易い構造となっている。ところがこのような重汚損や雪害を考慮した中実碍子は強風時に耳障りな風音が生じることがあり、設置場所の付近に民家があるような場合には、住民から苦情が出ることがあった。これに対して、一般的な中実碍子については、苦情はほとんど発生していない。
【0004】
なお、懸垂碍子についても風音が問題となることがあり、特許文献1、特許文献2にその改善策が示されている。これらの懸垂碍子はいずれも笠の先端に最大長のリブを形成することによって、笠に当たった風が内側のリブ間の空間に到達しないようにし、この空間に発生するカルマン渦による碍子の振動を抑制している。しかしプレス成形される懸垂碍子とは異なり、中実碍子は円柱状の素材を回転させながらバイトによって笠形状を削りだす方法で製造されるため、特許文献1、特許文献2のような深いリブを笠の先端に設けることは容易ではない。
【0005】
また懸垂碍子は各碍子がフレキシブルに接続されているために個々の碍子の振動だけが問題となるが、中実碍子は全体が一体構造であるために各笠の振動が共鳴することにより音が大きくなることがある。従って懸垂碍子の風騒音防止策をそのまま転用することはできず、中実碍子についての風騒音防止策は従来ほとんど検討されていないのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公平4−101261号公報
【特許文献2】特開2003−31062号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明の目的は上記した従来の問題点を解決し、雪害を防止するために笠ピッチを広くした場合にも、強風時における耳障りな風音が生じないように笠形状を工夫した風騒音防止中実碍子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者はこの課題を解決するために、量産可能であって雪害防止効果があり、表面漏洩距離などの電気的特性を満足し、全長や外径寸法が標準品と変わらず、しかも強風時における耳障りな風音を抑制することができる笠形状を求めて多くの試作を行い、風洞実験により様々な風速の風を当てて風音を測定した。その結果、リブ間に巻き込まれた風によって発生するカルマン渦が風音の主要な原因であることは懸垂碍子と同様であるが、懸垂碍子のように笠の先端に最大長のリブを形成する代わりに、中実碍子では笠の先端に笠に当たる風を下方に逸らすガイド用凹部を形成することが効果的であること、また中実碍子では一体構造である多数の笠間の共鳴を抑制するために、標準品よりも笠を肉厚化することが効果的であることを究明した。
【0009】
本発明はこのような知見に基づいて完成されたものであり、裏面に複数のリブを垂下させた多数の笠を、胴部の外周に一定ピッチで形成した中実碍子であって、各笠はその上面を曲率を持たせて上向きに膨らませた肉厚形状とし、また各笠の最外周のリブを他のリブよりも大きく垂下させるとともに、笠の先端から内側に後退させた位置に設けることにより、笠に当たる風を最外周のリブの外周面で下方に逸らすガイド用凹部を形成したことを特徴とするものである。
【0010】
なお請求項2のように、各笠の上面の曲率半径R={(笠角度線長W/2)+肉厚T}/(2×肉厚T)mmで求められる最大肉厚が笠角度線上5mmから10mmとすることが好ましい。さらに請求項3のように、各笠の形状を同一とすることが好ましい。なお以下の説明において、「肉厚」や「肉厚T」は笠の上面を曲率を持たせて膨らませたことによる肉厚増加分を意味するもので、肉厚の絶対値を意味するものではない。
【発明の効果】
【0011】
本発明の風騒音防止中実碍子は、各笠の上面に曲率を持たせて上向きに膨らませて標準品よりも肉厚形状としたので、笠の剛性が高まり振動が抑制される。また適度の曲率を持たせたことにより笠の上面が流線型となって風が通り抜け易くなり、笠の振動が抑制される。また、各笠の最外周のリブを他のリブよりも大きく垂下させるとともに、笠の先端から内側に後退させた位置に設けることにより、笠に当たる風を最外周のリブの外周面で下方に逸らすガイド用凹部を形成したことによって、風がリブ間に巻き込まれにくくなり、カルマン渦による耳障りな風音が抑制される。
【0012】
このように雪害を防止するために笠ピッチを広くした場合にも、笠の形状を僅かに変更するだけで風騒音を防止することができるので、雪害防止効果があり、表面漏洩距離などの電気的特性を満足し、全長や外径寸法が標準品と変わらない風騒音防止中実碍子を提供することができる。
【0013】
請求項1のように、各笠の最外周のリブを他のリブよりも大きく垂下させることにより優れた風騒音防止効果を得ることができる。また請求項2のように、各笠の笠角度線上の肉厚(肉厚増加分)を笠角度線上5mmから10mmとすることにより、笠の肉厚化効果が高まる。さらに請求項3のように各笠の形状を同一とすることにより、全長にわたり均質な中実碍子を容易に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施形態を示す全体正面図である。
【図2】笠形状の拡大断面図である。
【図3】既存の雪害防止用中実碍子の笠形状の拡大断面図である。
【図4】本発明の作用効果の説明図である。
【図5】風洞実験の説明図である。
【図6】「卓越」を説明するグラフである。
【図7】笠上面の最大肉厚と曲率半径の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明をさらに詳細に説明する。
図1は本発明の実施形態を示す全体正面図であり、1は磁器製の中実円柱状の胴部、2は胴部1の外周に一定ピッチで一体的に形成された笠、3は胴部1の下端にセメント接合された下部金具、4は胴部1の上端にセメント接合された上部金具である。この実施形態では既存の雪害防止用中実碍子との互換性を確保するために主要寸法は一致させてあり、全長は1225mm、笠ピッチは95mm、笠2の枚数は11枚に統一してある。前述のとおり、これらの笠2は円柱状素材を回転させながらバイトによって削り出されるものである。
【0016】
図2は実施形態の笠形状の拡大断面図であり、図3は比較のために示す既存の雪害防止用中実碍子の笠形状の拡大断面図である。本発明の特徴は笠形状を工夫した点にあるので、図2を参照しつつ詳細に説明する。
【0017】
図2において、5は笠2の裏面に形成された最外周の第1リブ、6はその内側に形成された第2リブである。これらのリブ全体の表面漏洩距離は、図3に示される従来の雪害防止用中実碍子の笠形状と同一として電気絶縁特性を確保している。また胴部1の外周面から笠2の先端までの距離は95mmであり、これも従来の雪害防止用中実碍子の笠形状と同一としてある。
【0018】
図3に示されるように、中実碍子においては笠2の先端部に短い第1リブ5を形成するのが一般的である。これは笠2の上面を流れ落ちてきた雨水を笠2の先端で落下させ、雨水が笠2の裏面に浸入することを防止して電気絶縁性を高めるためである。これに対して本発明では図2に示すように、各笠の最外周のリブ5を笠2の先端から内側に後退させた位置に設けてある。そしてこれによって、笠2の先端にガイド用凹部7を形成している。また最外周のリブ5は、他のリブ6よりも大きく垂下させてある。
【0019】
本発明の第1の特徴であるこの構造により、笠2の先端に当たった風は図4に矢印で示すように最外周のリブ5の外周面で下方に逸らされ、リブ5,6間の環状凹部8、9、リブ6と胴部1間の環状凹部9などに巻き込まれにくくなる。これによってこれらの環状凹部8、9におけるカルマン渦の発生が防止され、風騒音が低減される。
【0020】
なお、図2に示すように複数のリブの下端部高さは最外リブを越えないようになっている。このような構造としておけば風の回り込みがより確実に防止され、風騒音の低減効果を高めることができる。
【0021】
笠2を肉厚にすることより剛性を高め、風による振動が生じにくし風騒音を低減することができる。前記したように懸垂碍子とは異なり全体が一体構造である中実碍子の場合には個々の笠2の振動は小さくても全体が共鳴して大きな風騒音となるおそれがあるので、笠2を肉厚にする意味は大きい。これまでの実験から表1に示すとおり、既存の雪害防止用中実碍子であるNo.1に比べ肉厚+5mmのNo.3で風騒音の低減を確認できる。なお表1中のNo.2はNo.1に比べ笠の全体がプラス15mmの肉厚となっており、曲率を持たせたことによる肉厚増加分はゼロである。No.2は風騒音の低減効果はあるが、製造上の問題や笠間隔が小さくなり雪害に弱くなるなどの問題があるので、好ましくない。これらより風騒音の低減には5mm以上の肉厚化が好ましい。
【0022】
笠2の肉厚化による風騒音低減効果は有効であるが、笠2の肉厚化により笠ピッチが狭くなれば当初の目的である対汚損や対雪害の効果が損なわれてしまう。そこで図2のように笠2の上面を湾曲させることにより笠2の断面形状が流線型にして肉厚を確保し、さらには笠2の上面の風を逃がす効果も高まる。表1に示す既存の雪害防止用中実碍子No.1に対し肉厚Tを5mm以上確保するためには、図7のピタゴラスの定理より笠2の上面の曲率半径Rを275mm以下とする必要がある。これに生産効率を考慮して曲率半径Rは145から275mm程度(肉厚Tは5から10mm)とすることが好ましい。図2では曲率半径Rは160mmとなっている。なお、軸線を通る垂直断面図である図7において、笠角度線は直線ABであり、点Aは笠2の上面と胴部1の外周との接続点、点Bは笠2の上面と笠2の先端を通る垂線との交点である。肉厚Tはこの笠角度線ABと笠2の上面中央部との距離を意味している。Wは笠角度線ABの長さ、Lは胴部1の外周面から笠2の先端までの距離、θは軸線に直交する直線と笠角度線ABとがなす角度、すなわち笠角度である。
【0023】
このように構成された本発明の風騒音防止中実碍子について、他の笠形状を持つ中実碍子とともに風洞実験を行い、風騒音の発生状況を確認した。実験は、図5に示すように風洞内に中実碍子を固定し、縦2mの吹出し口から最大風速40m/sまでの風を当て、発生する騒音を測定する方法で行った。なお風は必ずしも水平に吹くとは限らないので、中実碍子の固定角度をマイナス30°からプラス30°まで変えて実験を行った。
【0024】
風速を上げて行くと騒音レベルは図6のグラフに示されるように次第に上昇して行くが、ある風速に達するとそれまでの騒音レベルよりも急に騒音レベルが増加する現象が発生する。これが付近の住民から苦情が寄せられる耳障りな風音であり、音響学では「卓越」と呼ばれる。これに対して風速とともになだらかに増加していく風音は自然現象であり、苦情対象ではない。そこで本発明の風騒音防止中実碍子のほか、笠形状を変化させた4種類の中実碍子(耐塩雪支持碍子)と従来の長幹碍子について上記の実験を行い、「卓越」発生時の風速を表1にまとめた。また表中には笠形状も記載した。
【0025】
【表1】

【0026】
No.1は既存の雪害防止用中実碍子であり、「卓越」発生時の風速が22m/sである。このように強風条件下において「卓越」が発生することが苦情の原因となっている。No.2、No.3及びNo.4は笠肉厚を増大させた試作品であり、正立状態ではNo.2とNo.3は「卓越」の発生を抑えられ、No.4は「卓越」発生までの風速が33m/sと耐性が増していることから、何れも「卓越」発生の度合いが緩和する傾向にある。これよりこれまでの実験から、風騒音の低減を期待するには5mm以上の肉厚化が必要である。ただし10mmを超える肉厚化は生産性が大幅に低下するため、5〜10mmの肉厚化が好ましい。なおNo.2とNo.3は成立状態では「卓越」が発生しないが、プラス10°ではわずか14〜15m/sの風速で「卓越」が発生している。従ってこれらはNo.1の既存の雪害防止用中実碍子よりも風騒音を生じ易い。
【0027】
No.4は本発明品であり、「卓越」が発生する風速はマイナス30°からプラス30°までのどの角度でも27m/s以上である。これは台風襲来時の風速に相当するため、激しい風音にかき消されて「卓越」が発生してもほとんど気にならない。このように本発明品は27m/s未満の風速では風騒音を生じないという優れた効果が確認された。
【0028】
なおNo.5は従来の雪害防止用ではない長幹碍子であり全長も電圧階級も異なるが、マイナス30°からプラス20°までは29.9m/s以上の風速にならないと「卓越」が発生していない。このため一般的な長幹碍子では本発明のような笠形状としなくても、特に問題がないことが分る。
【符号の説明】
【0029】
1 胴部
2 笠
3 下部金具
4 上部金具
5 第1リブ
6 第2リブ
7 ガイド用凹部
8 環状凹部
9 環状凹部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏面に複数のリブを垂下させた多数の笠を、胴部の外周に一定ピッチで形成した中実碍子であって、各笠はその上面を曲率を持たせて上向きに膨らませた肉厚形状とし、また各笠の最外周のリブを他のリブよりも大きく垂下させるとともに、笠の先端から内側に後退させた位置に設けることにより、笠に当たる風を最外周のリブの外周面で下方に逸らすガイド用凹部を形成したことを特徴とする風騒音防止中実碍子。
【請求項2】
各笠の上面の曲率半径R={(笠角度線長W/2)+肉厚T}/(2×肉厚T)mmで求められる最大肉厚が笠角度線上5mmから10mmとしたことを特徴とする請求項1記載の風騒音防止中実碍子。
【請求項3】
各笠の形状を同一としたことを特徴とする請求項1記載の風騒音防止中実碍子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−216252(P2011−216252A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−81693(P2010−81693)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【Fターム(参考)】