説明

食品への放射線照射を検出する方法

【課題】 本発明の課題は、食品への放射線照射を検出するための新規な手段を提供することである。
【解決手段】 本発明は、A)食品サンプルから、天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を含む画分を得る工程、及び、B)該画分と、前記断片を認識し得る抗体とを反応させて、前記断片を検出する工程、を包含する、食品への放射線照射を検出する方法を提供する。本発明は、さらに、食品への放射線照射を検出するためのキットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として、食品へ施された放射線照射を検出する方法及び食品へ施された放射線照射を検出するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、食品の放射線照射処理は、発芽抑制、成熟抑制、殺菌、殺虫、乾燥野菜の復元能の改善、有効成分の抽出効率の向上、香味改良などを目的として行われてきた。放射線照射の利点は、包装した最終製品や冷凍食品に対しても適用可能であること、大量処理が可能であること、香りや風味の損失が少ないこと、栄養素の損失が少ないこと、及び最終的には熱に変換されるため残留の心配がないこと等である。
【0003】
食品照射に使用できる放射線は、[60Co]や[137Cs]のγ線、10MeV以下の電子線、5MeV以下のエックス線である。
【0004】
放射線照射食品に関する健全性については、1981年FAO/IAEA/WHOの合同専門委員会において、「10kGy以下の照射食品は健全性に問題はない」という結論に至った。さらに、1997年、WHOは、10〜57kGyの放射線照射食品についても、健全性に問題なしとした。
【0005】
EU(ヨーロッパ連合)では、標準化委員会が1990年から1993年にわたって、標準分析法を作成するためのプロジェクト研究(BCR:Community Bureau of Reference)を実施し、これまでに研究されてきた検知法についての検討をおこない、その結果を受けて2002年までに9つの標準分析法を制定した(表1)。なお、これらの分析法はCodexにおいても標準分析法とすることが決定され、2001年および2003年のCodex総会で採択されている。
【0006】
【表1】

【0007】
また、これらの分析方法以外にも、物理的、化学的、あるいは生物学的検知方法がいくつか知られているが、技術的には確立してはいないものが多い(表2)。
【0008】
【表2】

【0009】
先行技術の中で実績のある方法としては、英国で実施されたパルスドPSL装置を用いた方法を挙げることができる。しかし、この方法は、サンプルの保存状態に強く影響されることがわかっており、加熱処理後や保存状態によっては検知できなくなる恐れがある。また、検知法の信頼性がある程度確立している方法(炭化水素法、2−ACBs法など)は、高価な測定装置や十分な技量をもつ技術者が必要であり、測定時間やコスト面からも実用性が低い。
【0010】
また、抗原抗体反応を用いた分析方法として、前述の2−アルキルシクロブタノン類(2−ACBs)や塩基の損傷をイムノアッセイで検知する方法が試みられているが、未だ公定法としては認められていない。
【0011】
このように、従来の検知法には、サンプルの保存状態に強く影響される、高価な装置や十分な技量をもつ技術者が必要である、時間やコストがかかる、加熱殺菌処理された食品に適用できないといった問題点が存在している。
【0012】
国際食品規格Codexなどの規格には、放射線照射処理された食品はその旨を分かり易く、その包装に表示しなければならないことが明記されており、食品に対する放射線照射処理の有無の判断は、このような国際食品規格に従った表示に頼るところが大きい。放射線照射処理技術の普及や消費者の選択の自由を守るのためには、食品を取り扱う現場において、表示に頼らずとも的確に放射線照射処理履歴を把握できる簡便な検知法の普及が必要となる。さらには、適切に放射線照射処理されているにも関わらず、その旨を不当に表示し輸入されている食品も存在している可能性があり、このように不当表示された放射線照射処理食品の輸入を阻止するためにも、食品規格による表示に加え、放射線照射の有無を実際に検査することが要求される。
【0013】
そこで、従来法のように高価な装置や高い技量を必要とせず、簡便且つ迅速に放射線照射処理を検出する方法が強く望まれている。
【0014】
一方、放射線照射処理が天然高分子化合物に及ぼす影響については、断片化や高分子化が知られており、免疫学的な反応との関連では、照射アレルゲンのアレルゲン性の低下が研究されている(非特許文献1(オボムコイド、オボアルブミン)、非特許文献2(エビアレルゲン、HSP)、非特許文献3(ミルクα−カゼイン、β−ラクトグロブリン)、非特許文献4(電子線照射滅菌とアレルゲン性の低下/消失))。
【0015】
また、放射線照射処理によるタンパク質の断片化については、久米らによって明らかにされている(非特許文献5)。
【非特許文献1】Yang J−S., et al., Radiat.Phys.Chem., 1996, 48: 731−735
【非特許文献2】Byun M−W., et al, J.Food Prot., 2000, 63: 940−944
【非特許文献3】Lee J−W., et al., J.Food Prot., 2001, 64: 272−276
【非特許文献4】Katial RK., et al., J Allergy Clin Immunol. 2002, 110: 215−219
【非特許文献5】Kume T., et al., J. Sci. Food Agric., 1994, 65: 1−4
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、食品への放射線照射を検出するための新規な手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記の目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、放射線の照射により天然高分子化合物が断片化されることに注目し、食品サンプルから天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を含む画分を得て、該画分と前記断片を認識し得る抗体とを反応させて、前記断片を検出することにより、食品への放射線照射を検出できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
食品に対して放射線を照射すると、食品に含まれる天然高分子化合物が低分子化(断片化)されたり、高分子化されたりする現象がみられる。本発明者らは、これらの現象のうち、天然高分子化合物が低分子化される現象に着目した。本発明では、基本的に、食品サンプルを分画し、断片化されていない天然高分子化合物や天然高分子化合物が放射線照射処理により高分子化されたものを含む画分を取り除き、放射線照射によって低分子化された断片を含む画分を回収する。次いで、回収した画分に対して、放射線照射により低分子化された断片を認識し得る抗体を作用させ、断片を検出する。なお、本段落の記載は、本発明の原理をより容易に理解するための説明であり、本発明を何ら限定するものではない。
【0019】
本発明は、以下の事項に関する。
項1.
A)食品サンプルから、天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を含む画分を得る工程、及び
B)該画分と、前記断片を認識し得る抗体とを反応させて、前記断片を検出する工程、
を包含する、食品への放射線照射を検出する方法。
項2.
前記工程A)における画分がフィルター処理により得られる、項1に記載の方法。
項3.
前記工程A)の前に、
)前記食品サンプルをプレフィルター処理する工程、
を包含する、項1又は2に記載の方法。
項4.
前記工程B)において、ELISA法(enzyme−linked immunosorbent assay)及びイムノクロマト法からなる群より選択される少なくとも1種により、前記断片を検出する、項1〜3のいずれかに記載の方法。
項5.
前記食品が、卵類、肉類、魚介類、香辛料類(ハーブ類、スパイス類)、穀類、イモ類、野菜類、豆/種実類、キノコ類、果実類、藻類、乳類、及びその加工食品からなる群より選択される少なくとも1種である、項1〜4のいずれかに記載の方法。
項6.
前記食品が、鶏卵、牛肉、豚肉、エビ、小麦、大豆、黒胡椒、白胡椒、胡麻、ナツメグ、キャベツ、ネギ、及びその加工食品からなる群より選択される少なくとも1種である、項5に記載の方法。
項7.
前記天然高分子化合物がタンパク質である、項1〜6のいずれかに記載の方法。
項8.
前記断片が、30,000以下の分子量を有する、項1〜7のいずれかに記載の方法。
項9.
前記抗体が、放射線照射により生成された断片を特異的に認識するモノクローナル又はポリクローナル抗体である、項1〜8のいずれかに記載の方法。
項10.
食品サンプルから、天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を含む画分を得るための分画装置、及び
前記断片を認識し得る抗体、
を備える、食品への放射線照射を検出するためのキット。
【0020】
以下、本発明について、より詳細に説明する。
【0021】
本明細書において、特定の食品を例に挙げて説明している記載があるが、これは食品をこれらの特定の食品に限定することを意図したものではなく、他の食品についても同様に本発明を実施することができる。
【0022】
「食品」は、人を含む動物が摂取し得るあらゆる食物であり、特に制限されない。例えば、卵類(例えば、鶏卵、ウズラ卵、アヒル卵、ダチョウ卵)、肉類(例えば、牛肉、豚肉、鶏肉、羊/山羊肉、兎肉、馬肉、鯨肉、鹿肉、猪肉、カエル、スッポン、イナゴ、蜂,鴨肉、ウズラ肉、アヒル肉、雉肉、七面鳥肉、雀肉、ダチョウ肉)魚介類(例えば、エビ、イカ、タコ、カニ、赤貝、アサリ、アワビ、牡蠣、サザエ、シジミ、蛤、ホタテ、ムール貝、ミル貝、アジ、穴子、鮎、アンコウ、イサキ、鰯、ウナギ、鰹、カレイ、カワハギ、キス、鯉、サーモン、鯖、鮫、サワラ、秋刀魚、シシャモ、鱸、鯛、タラ、ドジョウ、ニシン、鱧、フグ、鮒、鰤、マグロ、ワカサギ、クラゲ、シャコ、ナマコ、ホヤ、ウニ、イクラ、数の子、キャビア)、香辛料類(例えば、アサノミ、ウコン、カモミール、辛子、クチナシ、クレソン、クローブ、ケシノミ,黒胡椒、白胡椒、胡麻、コリアンダー、サフラン、山椒、紫蘇、シナモン、ショウガ、スペアミント、セージ、タイム、ターメリック、唐辛子、ナツメグ、ニンニク、ローリエ、バジル、バニラ、パセリ、ハッカ、パプリカ、ペパーミント、柚子、ヨモギ、ローズマリー、ローズヒップ、ワサビ、茶葉)、穀類(例えば、アマランサス、アワ、燕麦、大麦、片栗、カラス麦、キビ、小麦、米、蕎麦、トウモロコシ、ハト麦、ヒエ、ライ麦)、イモ類(例えば、サツマイモ、里芋、ジャガイモ、山芋)、野菜(例えば、アーティチョーク、アサツキ、明日葉、アスパラガス、アルファルファ、ウド、オクラ、カブ、カボチャ、カリフラワー、干瓢、菊、キャベツ、キャノーラ、キュウリ、クワイ、ケール、牛蒡、小松菜、ザーサイ、シシトウガラシ、セリ、セロリー、ゼンマイ、大根、高菜、筍、玉葱、チンゲンサイ、土筆、冬瓜、トマト、ナス、ナズナ、ニガウリ、ニラ、人参、白ネギ、青ネギ、白菜、二十日大根、ビート、ピーマン、フキ、ブロッコリー、ホウレンソウ、ミツバ、ミョウガ、モロヘイヤ、ユリネ、ラッキョウ、レタス、蓮根、ワラビ)、豆/種実類(例えば、アーモンド、小豆、インゲン豆、エンドウ豆、カカオ、カシューナッツ、銀杏、栗、クルミ、ケシ、ココナッツ、コーヒー豆、四角豆、ソラ豆、大豆、ナツメヤシ、ピスタチオ、向日葵、ヒヨコ豆、ヘーゼルナッツ、マカダミアナッツ、松、落花生、レンズ豆)、キノコ類(例えば、エノキ茸、椎茸、シメジ、ナメコ、ヒラタケ、舞茸、マッシュルーム、松茸)、果実(例えば、アケビ、アセロラ、アボガド、アンズ、苺、イチジク、伊予柑、梅、温州ミカン、オリーブ、オレンジ、柿、カボス、カリン、キーウィフルーツ、グァバ、グミ、グレープフルーツ、サクランボ、ザクロ、シイクワシャー、スイカ、スダチ、スモモ、ドリアン、夏ミカン、パイナップル、ハスカップ、八朔、バナナ、パパイヤ、ビワ、ブドウ、ブルーベリー、ブンタン、ポンカン、マンゴー、メロン、桃、ライチ、ライム、ラズベリー、リンゴ、レモン)、藻類(例えば、アオサ、青海苔、岩海苔、昆布、天草、ヒジキ、モズク、ワカメ)、乳類(例えば、牛乳、人乳、山羊乳)、または、これらの1種以上を原料とした加工食品、或いは、これらの2種以上の混合物が挙げられるが、他の食品についても同様に挙げることができる。また、ゲル化剤等の食品添加物も本発明の食品の範疇に含まれるものとする。
【0023】
なお、加工食品とは、例えば、加熱調理及びその他の調理、冷凍、乾燥、凍結乾燥(フリーズドライ)、粉砕、破砕、分離、塩蔵、調味などの加工(食品の本質は保持させつつ、新しい属性を付加する処理)が施された食品をいう。
【0024】
上記に列挙した食品の中でも、特に、発芽防止(毒素生産抑制、貯蔵期間延長)、熟度調整、食品成分の改質(復元促進、成分抽出向上)、殺菌、殺虫、香味改良などを目的として放射線照射処理が施された可能性が高い食品、又は放射能汚染地域において生育、飼育、加工などがなされた可能性が高い食品に対して本発明を実施することが想定される。
【0025】
なお、食品は、放射線を照射された可能性のあるものであればよく、実際に放射線を照射されている必要はない。
【0026】
本発明において、食品サンプルは、上記食品そのものであってもよいし、上記食品に任意の処理を施して調製したものであってもよい。
【0027】
食品サンプルの調製方法は、食品の形態や性質に応じて適宜選択される。例えば、食品が卵や牛乳のような液体である場合には、食品そのものを食品サンプルとして用いてもよいし、食品を濃縮又は適当な溶媒で希釈したものを食品サンプルとして用いてもよい。例えば、食品が肉類、香辛料類、野菜類、果実類のような半固形又は固形である場合には、食品をミキサー、フードカッター又はミル等で粉砕し、適当な溶媒に溶解又は懸濁したものを食品サンプルとして用いることができる。例えば、食品が小麦粉のような粉末である場合には、食品を適当な溶媒に溶解又は懸濁したものを食品サンプルとして用いることができる。このとき、攪拌混合、均質化、希釈、濃縮などの操作を必要に応じて行ってもよい。また、食品が2種以上の食品からなる混合物である場合には、混合物について食品サンプルを調製してもよいが、食品を種類ごとに分別した各々について食品サンプルを調製することが好ましい。また、溶媒への溶解又は懸濁は必ずしも必要としない。
【0028】
食品サンプルの調製に用いられる溶媒としては、水、Tris緩衝液(例えば、Tris−塩酸緩衝液、Tris−グリシン緩衝液、TBS)、リン酸塩緩衝液(例えば、PBS、クエン酸−リン酸緩衝液)、Goodの緩衝液(例えば、MES、MOPS、BES、TES、HEPES、Tricine)、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、炭酸塩緩衝液、酢酸緩衝液、ベロナール−塩酸緩衝液、トリエタノールアミン緩衝液、硼酸緩衝液、グリシルグリシン−水酸化ナトリウム緩衝液、又は、これをベースとする溶媒などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0029】
食品サンプルの形態は、分画に適した形態であることが望ましく、通常、液状又はゾル状である。
【0030】
食品サンプルは、必要に応じて、適当な界面活性剤を含んでもよい。食品サンプルが界面活性剤を含むことにより、膜タンパク質や疎水性の強い天然高分子化合物などの可溶化が促進され、放射線照射により生じた断片の回収率が向上する場合がある。
【0031】
界面活性剤の種類としては、陰イオン性界面活性剤(SDS)、陽イオン性界面活性剤(CTAB)、両性界面活性剤(SB−12)、非イオン性界面活性剤(Triton X−100、Tween20、Nonidet P−40、オクチルグルコシド)、又は、胆汁酸類(コール酸、デオキシコール酸)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0032】
また、食品サンプルは、必要に応じて、SH酸化剤及び/又は還元剤を含んでもよい。このように食品サンプルがSH酸化剤及び/又は還元剤を含むことにより、分子内のSH基(多くの場合、大きい分子ほど、多くのSH基を含んでいる)がSH酸化剤及び/又は還元剤により影響を受け、前記断片の分画効率が改善される場合がある。
【0033】
SH酸化剤/還元剤は、特に限定されないが、例えば、還元型グルタチオン(GSH)と酸化型グルタチオン(GSSG)とのmix(即ち、GSH−GSSG mix)、2−メルカプトエタノールなどが好ましい(これらに限定されない)。
【0034】
また、必要に応じて、食品サンプルを加熱処理し、生じた沈殿物を取り除いてもよい。このように食品サンプルを加熱処理し、生じた沈殿物を取り除くことにより、分画の精度が高まり、検出感度が改善される場合がある。
【0035】
食品サンプルを加熱処理する場合の加熱条件は、検出対象となる断片を構成する天然高分子化合物の種類、食品サンプルに含まれる検出対象となる断片以外の成分の種類、調製に用いられる溶媒の種類、食品の加工の程度等に応じて適した条件が選択される。例えば、食品サンプルが卵サンプル(50mM Tris−HCl緩衝液、pH7.6)である場合、例えば、約10分間の煮沸又は約80℃で約30分間のインキュベーションの加熱処理を行えば、検出感度を改善することができる。
【0036】
加熱処理の後に、必要に応じて冷却し(例えば、約1時間、流水で冷却)、遠心分離などのルーチーンな操作により不溶性物質を取り除くことができる。
【0037】
また、分画の前に、必要に応じて、プレフィルター処理を行ってもよい。当該プレフィルター処理と前記の加熱処理の両方を行う場合には、前記加熱処理の後にプレフィルター処理を行うことが好ましい。プレフィルター処理により、分画に阻害的に作用する化合物などを予め低減でき、分画がより精度の高いものとなり、検出感度が高まる場合がある。プレフィルターの種類は、分画する目的断片の検出感度への影響等を考慮して適当に選択される。
【0038】
プレフィルターの種類としては、例えば、マイレクスHV(親水性PVDF)(孔径 0.45μm、日本ミリポア株式会社製)、マイレクスGV(親水性PVDF)、(孔径0.22μm、日本ミリポア株式会社製)が挙げられるが、これら以外のフィルターメンブレンについても検出感度への影響を確認すれば好適に用いることができる。プレフィルター処理は、プレフィルターに付属の説明書又は常法に従って行うことができる。
【0039】
食品に放射線照射が施されている場合、前述のように調製された食品サンプルには、食品に由来する種々の天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片が含まれている。
【0040】
本発明において、天然高分子化合物は、前記食品に含まれるタンパク質、多糖及び脂質からなる群より選択される少なくとも1種であり、特に好ましくは、タンパク質である。
【0041】
タンパク質には、アミノ酸のみから構成されている単純タンパク質、アミノ酸とアミノ酸以外の成分から構成されている複合タンパク質(例えば、糖タンパク質、核タンパク質、リポタンパク質、リンタンパク質、色素タンパク質、金属タンパク質、及び、これらの組み合わせ)が含まれる。
【0042】
タンパク質の一例としては、アルブミン(例えば、卵のオボアルブミン、血清アルブミン)、グロブリン(例えば、卵のオボグロブリン、牛乳のβ−ラクトグロブリン、血漿の血清グロブリン)、アクチン、ミオシン、ヘモグロビン、ミオグロビン、トロポニン、トロポミオシン(例えば、エビのPen a 1)、α−アクチニン、種子貯蔵タンパク質(例えば、大豆のGly m 1、大豆のグリシニン又はβ−コングリシニン、そら豆のレグミン又はビシリン、ピーナッツのアラキン、いんげん豆のファゼオリン))、プロラミン(例えば、小麦のグリアジン、大麦のホルデイン、ライ麦のセカリン、えん麦のアベニン、とうもろこしのゼイン)、グルテリン(小麦のグルテニン、米のオリゼニン)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
本書において、「天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片」とは、放射線照射により低分子化された天然高分子化合物の断片を意味する。即ち、食品に含まれる天然高分子化合物が放射線照射により断片化されて生じた、天然高分子化合物の部分を意味する。なお、放射線照射以外の原因(例えば、酵素、熱、機械的な力)により生じた断片は意図されないが、これらの放射線照射以外の原因により生じた断片が、本発明における画分に含まれていても、本発明が所望の効果をもたらす限りにおいて特に問題はない。
【0044】
天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片の分子量は、放射線照射の前よりも小さい分子量であれば特に限定されないが、断片化されていない天然高分子化合物から分画可能であり且つ抗体により認識可能である分子量が好ましい。天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片の分子量は、例えば、500〜100,000、好ましくは1,500〜70,000、さらに好ましくは3,000〜30,000である。
【0045】
本発明に従って、前記食品サンプルを分画することにより、前記天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を含む画分が得られる。
【0046】
分画方法としては、例えば、フィルター処理、ゲルクロマトグラフィー、その他の担体を用いたカラムクロマトグラフィー(アフィニティ−クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水的クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー等)、分別沈殿、及び/又は慣例的な分画方法(例えば、電気泳動後に目的分離物を回収する方法等)、好ましくは、フィルター処理、ゲルクロマトグラフィーが使用されるが、これらに限定されない。
【0047】
例えば、フィルター処理により分画をおこなう場合、天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片の分子量などに応じて、市販のフィルターが適宜選択される。フィルター処理は、常法又はフィルターに付属の説明書に従って行うことができる。分画に用いられるフィルターユニットとしては、例えば、ウルトラフリー−MC/CL、セントリカット、セントリプレップ、マイクロコン(日本ミリポア株式会社)、アトプレップUF(アトー株式会社)、ビバスピン(ザルトリウス株式会社)及びベクタスピン(ワットマン社)等の限外ろ過フィルターが好適であるが、これら以外のフィルターについても好適に用いることができる。
【0048】
本発明では、このように得られた画分を、天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を認識し得る抗体と反応させる。
【0049】
本書において、「前記断片を認識し得る抗体」は、前記の天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片と反応する抗体であればいかなる抗体でもよいが、該断片と特異的に抗原抗体反応する抗体が特に好ましい。即ち、放射線照射によって低分子化された断片のみを認識し、放射線照射以外の原因で生じた断片、断片化されなかった天然高分子化合物、及び、天然高分子化合物が放射線照射処理により高分子化されたものなどの放射線照射によって低分子化された断片以外の分子を認識しない抗体が特に好ましい。
【0050】
また、抗体は、モノクローナル抗体であってもよいし、ポリクローナル抗体であってもよいが、モノクローナル抗体であることが好ましい。また、抗体は、1種類でもよいし、2種類以上であってもよい。2種類以上の抗体は、それぞれ異なる断片を認識してもよいし、同じ断片の異なる抗原決定基を認識してもよい。
【0051】
前記抗体は、常法に従って作製してもよいし、市販品を用いてもよい。
【0052】
ポリクローナル抗体は、慣例的な方法により作製することができる。例えば、簡単には、抗原(例えば、放射線照射した食品から得られた天然高分子化合物の断片)を実験動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ)に免疫し、該動物に抗体を産生させ、該動物から血液を採取し、該血液を精製することにより、作製することができる。
【0053】
モノクローナル抗体は、慣例的な方法により作製することができる。例えば、簡単には、抗原を実験動物に免疫し、該動物から脾臓を摘出し、該脾臓細胞及びミエローマ細胞を細胞融合し、選択培地(例えば、HAT培地)で選択し、目的の抗体を生産しているハイブリドーマをスクリーニングし(例えば、ELISA、RIAなどにより)、該ハイブリドーマをクローニングし、該ハイブリドーマから抗体を精製することにより、作製することができる。
【0054】
より詳しい抗体の作製方法については、本書においてその全体が援用される「続生化学実験講座5 免疫生化学研究法 日本生化学会編 (東京化学同人)第1章 1・5単クローン性抗体の調製法,p66−」、「モノクローナル抗体作製マニュアル 多田 伸彦(著)(1996/10)学際企画」、「モノクローナル抗体 生化学実験法 Ailsa M. Campbell (著), 大沢 利昭(翻訳)(1989/10)東京化学同人」、「単クローン抗体−調製とキャラクタリゼーション 広川化学と生物実験ライン(8) 長宗 秀明、寺田 弘、広川書店 1990」、「単クローン抗体実験操作入門 安東 民衛(著)、千葉 丈(著)講談社1991」、「Birch, J. R., ed. 1995. Monoclonal Antibodies: Principles and Applications. Wiley−Liss.」、「Goding, J.W. 1996. Monoclonal Antibodies: Principles and Practice. Production and Application of Monoclonal Antibodies in Cell Biology, Biochemistry, and Immunology, 3rd ed. Academic Press.」、「Harlow, E., and D. Lane. 1988. Antibodies: A Laboratory Manual. Cold Spring Harbor Laboratory. Chapter 6, Monoclonal Antibodies, and Chapter 7, Growing Hybridomas.」、「G. Kohler and C. Milstein. 1975. Continuous cultures of fused cells secreting antibody of predefined specificity Nature 256:495−497.」、「de St Groth SF, Scheidegger D. Production of monoclonal antibodies: strategy and tactics. J. Immunol Methods 1980;35(1−2):1−21.」等の文献に記載される。この他の抗体に関する文献に記載される方法に従って作製された抗体も、本発明において使用することができる。
【0055】
また、抗体の作製に用いられる抗原は、例えば、食品における含有量が高い天然高分子化合物の断片、放射線照射により低分子化されやすい天然高分子化合物の断片、又は加熱処理によって分解されにくい天然高分子化合物の断片などの検出感度が高められ得る断片を用いることが望ましい。例えば、食品が卵である場合には、卵における含有量が高いオボアルブミンの放射線照射により生成された断片を用いることができる。また、食品が牛肉である場合には、ウシ血清アルブミンの放射線照射により生成された断片を用いることができる。これらの他にも、食品が豚肉である場合には、ブタ血清アルブミンの放射線照射により生成された断片、食品がエビである場合には、Pen a 1の放射線照射により生成された断片、食品が小麦である場合には、グルテニン、グリアジン又は他の種子貯蔵タンパク質(グロブリンやアルブミン)の放射線照射により生成された断片、食品が小麦加工品である場合には、グルテニン又はグリアジンの放射線照射により生成された断片、食品が大豆である場合には、Gly m 1の放射線照射により生成された断片、食品がコショウである場合には、種子貯蔵タンパク質の放射線照射により生成された断片を、抗体作製のための抗原として用いることができる可能性がある。
【0056】
また、放射線照射により生成された断片がタンパク質である場合には、慣例的な遺伝子操作により宿主において発現させたタンパク質を、抗体を作製する際の抗原として用いることもできる。例えば、N末分析、C末分析、質量分析などにより放射線照射により生成された断片のアミノ酸配列を明らかにし、アミノ酸配列をコードする核酸を食品から抽出したゲノムを鋳型とするPCR、化学合成、遺伝子クローニングなどにより入手し、その核酸を発現ベクターに組み込み、これを任意の宿主(例えば、大腸菌、酵母、動物細胞など)へ遺伝子導入して目的のタンパク質を発現させる。このようにして発現させたタンパク質を、抗体を作製するときの抗原として用いることができる。
【0057】
市販されている抗体としては、例えば、抗ウシ血清アルブミン抗体(AbCam Limited社 AB3781マウス抗BSAモノクローナル抗体(クローン: BSA−7G10))、(Biogenesis Ltd.社 0220−1239(クローン:BGN/B2)、0220−1259(クローン:BGN/D1)、0220−1279(クローン:BGN/H8))、(Sigma社 B2901(クローンBSA−33))、抗ブタ血清アルブミン抗体(Bethyl Laboratories, Inc.社 A100−210A ヤギ抗Pigアルブミン抗体)、抗ニワトリオボアルブミン抗体(Sigma社 A6075(クローンOVA−14))などを挙げることができる。
【0058】
本発明では、このように作製した抗体を、前記の天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を含む画分と反応させて、前記断片を検出する。
【0059】
断片を検出する方法としては、例えば、ELISA法(enzyme−linked immunosorbent assay)などの酵素イムノアッセイ(EIA)、蛍光イムノアッセイ(FIA)、RIイムノアッセイ(RIA)、イムノクロマト法、ドットブロット法、表面プラズモン共鳴法、抗体アレイ(サスペンションビーズアレイ法)などの抗原抗体反応の特異性を利用した慣例的な方法、或いは、例えば、免疫比濁法(turbidimetric immunoassay、TIA)、免疫沈降法などの凝集反応や沈降反応を光学的に検出する慣例的な方法芽が挙げられるが、これら以外の方法も好適に用いることができる。特に好ましくは、ELISA及びイムノクロマト法である。
【0060】
また、市販の検出キットを使用することができる場合もある。市販の検出キットとしては、例えば、FASTKITイムノクロマト卵(日本BD)が挙げられるが、これらに限定されない。特にイムノクロマト法を用いればより簡便に、食品への放射線照射を検出することができる。
【0061】
さらに、必要に応じて、放射線を照射されていない食品サンプル、又は、予め定められた所定量の放射線を照射された食品サンプルとの比較を行うことにより、本発明の検出対象とされた食品が放射線照射されたか否かを判定することができる。
【0062】
本発明は、食品への放射線照射を検出するためのキットにも関する。
【0063】
本発明のキットは、食品サンプルから、天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を含む画分を得るための分画装置、及び、前記断片を認識し得る抗体を備える。
【0064】
本発明のキットに備わる「分画装置」は、前記食品サンプルを分画するための装置(機械や器具を含む)であればいかなる装置であっても良く、例えば、フィルター装置(例えば、前述のようなフィルターメンブレン並びにサンプルリザーバー、サンプルバイアル、及び/又はシリンジを備えるフィルター装置)、カラムクロマト装置(例えば、ゲルクロマトグラフィー用マイクロスピンカラム並びにサンプルリザーバー、サンプルバイアル、及び/又はシリンジを備えるカラムクロマト装置)、固相抽出装置(例えば、固相抽出カートリッジ並びにサンプルリザーバー、サンプルバイアル、及び/又はシリンジを備える固相抽出装置)、分別沈殿装置(例えば、断片の分画に適した溶媒とミニ遠沈チューブ、サンプルバイアルを備える分別沈殿装置)などが例示できるが、これら以外の分画装置も好適に利用できる。
【0065】
また、サンプルリザーバー、サンプルバイアル及びシリンジなどの容器又はハウジングの素材は、目的断片の吸着性が低く、薬品耐性が高い素材が好ましい。例えば、適当なブロッキング剤でコーティングした素材や、フッ素系樹脂、ポリプロピレン、ポリエチレンなどの素材が好ましい。
【0066】
本発明のキットに備わる「前記断片を認識し得る抗体」は、前述のとおりである。かかる抗体は、抗体の機能を損なわない限り、いかなる様態でキットに備えられてもよい。例えば、抗体は、適当な容器中にそのまま或いは溶媒に懸濁された状態で収められ、さらにキットのパッケージ(箱、袋など)に収納される。抗体は、好ましくは、冷凍又は冷蔵された状態で保存される。
【0067】
本発明のキットは、さらに、プレフィルター処理装置を備えてもよい。かかるプレフィルター処理装置は、例えば、前述のようなプレフィルターメンブレン並びに前述のようなサンプルリザーバー、サンプルバイアル及び/又はシリンジなどを備える装置が挙げられるが、これら以外の装置も同様に好適に使用できる。
【0068】
本発明のキットは、食品への放射線照射を検出するための種々の試薬を備えていてもよい。例えば、食品サンプルを調製するための試薬(例えば、食品を懸濁する溶液、溶媒、洗浄液、及び/又はそれらの濃縮物)、加熱処理の際に用いる試薬(例えば、SH酸化剤/還元剤、界面活性剤、pH調整剤、及び/又はそれらの濃縮物)、断片を検出するために用いる試薬(例えば、二次抗体、酵素標識二次抗体、蛍光標識二次抗体、磁気標識二次抗体、ビオチン標識二次抗体、酵素標識アビジン、蛍光標識アビジン、磁気標識アビジン、ELISA用発色基質)、プレート洗浄剤、コントロール用の食品サンプル(例えば、放射線を一定量照射されている及び/又は照射されていない特定の食品のサンプル)などを備えてもよい。
【発明の効果】
【0069】
本発明は、食品への放射線照射を検出するための簡便、迅速、且つ信頼性の高い新規な方法を提供する。
【0070】
本発明の方法は、放射線照射により生成した断片を検出するので、光や熱により感度や弱まるパルス光刺激発光(PSL)法や時間経過に伴いスペクトルが低下する電子スピン共鳴(ESR)法と異なり、食品サンプルの状態に影響されにくいという利点を有する。
【0071】
本発明の方法は、放射線照射により生成した断片を検出するので、従来法の一つである生菌数を測定する方法と異なり、放射線照射以外の殺菌処理(例えば、加熱殺菌)された食品サンプルについても適用することができるという利点を有する。
【0072】
また、本発明の方法は、高価な測定装置や高度な技量をもつ技術者を必ずしも必要としないという利点を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0073】
以下、本発明をより容易に理解するために実施例を示すが、かかる実施例は、何ら本発明を限定しない。
【実施例1】
【0074】
放射線照射処理卵の作製
照射処理に用いる卵は、高崎駅ビルの食料品売り場にて購入した(平成14年7月15日購入、フレッシュたまご、Lサイズ、国産、賞味期限2002年7月21日、包装者:(株)群馬鶏卵GPセンター)。殻つき全卵へのγ線照射は、日本原子力研究所 高崎研究所のコバルト第2棟照射施設の第6照射室にて行った。吸収線量は2.5、5.0、10.0 kGyに設定し、それぞれ1時間当りの吸収線量を線源からの距離にて算出した。照射済み全卵は、4℃にて実験施設に搬入後、−80℃でそのまま保存した。
【実施例2】
【0075】
全卵希釈溶液の調製
照射全卵は室温にて解凍後、液卵をビーカーに移し、ホモジナイザーで攪拌後、50mM Tris−HCl緩衝液、pH7.6(Sigma)にて希釈し、タンパク質濃度が1.5mg/mLになるように調製した。タンパク質濃度の測定には、プロテインアッセイキットII(Bio−Rad,スタンダード法)を用い、ウシ血清アルブミン(BSA)をスタンダードとして定量した。得られた全卵希釈溶液は,凍結保存用チューブに分注し、−20℃にて保存した。
【実施例3】
【0076】
照射全卵希釈溶液の加熱、冷却、フィルター処理
還元型グルタチオン(GSH)および酸化型グルタチオン(GSSG)は、超純水に500mMになるようそれぞれ溶解し、凍結保存チューブに分注後、−20℃にて凍結保存したものを解凍して使用した。
【0077】
凍結保存した全卵希釈溶液は、室温にて解凍後、スクリューキャップチューブ(SCT−200−SS−C,Axygen)に400μLずつ分注した。次いで、還元型グルタチオン溶液1μLを添加し、ボルテックスにて攪拌後、酸化型グルタチオン溶液3μLを添加してさらにボルテックスにて攪拌した(GSH:GSSG = 1:3)。次いで、沸騰水中で10分間加熱処理し、流水中にて1時間冷却した。冷却したサンプルは、ボルテックスで攪拌後、不溶性のタンパク質を除去するためにマイクロ遠心機にて遠心した(約14,000g、20分間、4℃)。得られた遠心上清は、1mLツベルクリン用シリンジにて全量回収し、ポアサイズ0.45μmの親水性PVDF膜プレフィルター(マイレクスHV、ミリポア)にてフィルター処理した。ろ液は、直接限外ろ過用スピンフィルター(ウルトラフリーMC、バイオマックス−PB−ポリエーテルスルホン膜、分画分子量30,000,ミリポア)で受け取り、次いで、マイクロ遠心機にて限外ろ過処理した(約5,000g、40分間、4℃)。
【実施例4】
【0078】
抗オボアルブミン抗体を用いた間接ELISA法
加熱、冷却、フィルター処理して得られたサンプルは、50μLずつELISA用マイクロプレート(96穴、平底、高結合タイプ、ポリスチレン、greiner)に分注し、37℃、一夜、乾燥させることによりコーティングした。ブロッキングには、0.2%ミルクカゼイン/5%ウシ胎児血清/TBSを用いた(室温、2時間インキュベート)。また、ELISAプレートの洗浄には、0.1% Tween20/TBSを使用し、各ステップ毎に3回洗浄した。一次抗体にはマウス抗オボアルブミンモノクローナル抗体(クローンOVA−14、Sigma)を使用し、5%ウシ胎児血清/TBSで10,000倍希釈したものを100μL/well添加し、室温で90分間インキュベートした。二次抗体にはヤギ抗マウスIgG,HRP−conjugate(upstate biotechnology)を使用し、5%ウシ胎児血清/TBSで5,000倍希釈したものを100μL/well添加し、室温で90分間インキュベートした。発色試薬には、TMB Peroxidase EIA Substrate Kit(Bio−Rad)を使用し、発色試薬を100μL/well添加後、1N 硫酸溶液を100μL添加することにより反応を停止した。ELISA反応は、450nm−630nmの差吸収をマイクロプレートリーダー(Model 3550,Bio−Rad)で読み取ることで評価した。結果を図1に示す。TBS: Tris Bufferd Saline(200mM Tris−HCl/1.5M NaCl、 pH7.6)。
【0079】
γ線照射処理した全卵から得られたサンプルでは、吸収線量の増加に相関して、間接ELISA法による反応が強くなった。また、放射線照射処理していないコントロールサンプル(0kGy)では、間接ELISA法による反応がほとんどみられないことがわかった。このことから、殻つき全卵への放射線照射の処理の有無を検知できることがわかる(図1)。
【実施例5】
【0080】
市販イムノクロマトキットを用いた検出
ELISA法は、既に普及している技術であるが、さらに簡便かつ低コストな方法として、イムノクロマト法が知られている。ここでは、全卵を実施例1〜3に従って処理して得られたサンプルを、イムノクロマト法に適用した例を示す。イムノクロマト法には、FASTKITイムノクロマト卵(日本BD)を使用した。全卵を実施例1〜3に従って処理して得られたサンプルは、まずFASTKITイムノクロマト卵に付属の希釈用緩衝液で6倍に希釈し、テストプレートの試料滴下部にマイクロピペットを用いて100μL滴下した。以下、キットに付属の取扱説明書に従い、水平な台に静置し、15分経過後、目視で判定した。結果を図2に示す。
【0081】
非照射コントロール卵を処理して得られたサンプルでは、判定部(T)に赤紫色のラインが観察されなかったのに対し、放射線照射処理(吸収線量:2.5kGy、5.0kGy、10.0kGy)された各サンプルでは、判定部(T)に赤紫色のラインが観察された。このことから、本発明による実施例1〜3と市販のイムノクロマトキットを組み合わせた方法は、非照射コントロールは陰性、2.5kGy、5.0kGy、10.0kGyの線量で放射線処理されたサンプルでは陽性と判定できる、極めて簡便な新規検知方法であることがわかる(図2)。
【実施例6】
【0082】
照射卵白粉・商品名(サンキララ)検知への応用
卵白粉(サンキララADL、太陽化学(株)、塩浜工場、Lot 104171)は、プラスチック製の袋に入れ、実施例1に記載した方法で放射線照射処理し、−20℃にて保存した。次いで、実施例2に記載した緩衝溶液とタンパク質濃度測定法を用いて、−20℃で保存しておいた卵白粉をタンパク質濃度が24mg/mLになるように溶解(懸濁)し、得られた卵白粉希釈溶液を、さらに段階希釈することにより、タンパク質濃度6.0mg/mLおよび1.5mg/mLの卵白粉希釈溶液を調製した。以後、実施例3および4と全く同様の方法によりサンプルを処理し、間接ELISA法を実施した。結果を図3に示す。
【0083】
本発明により、加工工程が進んだ卵白粉においても、適切な濃度(本実施例においては1.5mg/mL)で、非照射コントロールとの有意な差が認められた(図3)。
【実施例7】
【0084】
放射線照射処理ウシ血清アルブミン溶液の作製
次に、卵以外の被験物質についても検出可能であることを、以下の通り確認した。
【0085】
照射処理に用いるウシ血清アルブミン溶液は、ウシ血清アルブミン(A−7030,Sigma)を一定量秤量後、50mM Tris−HCl緩衝液、pH7.6(Sigma)にて24mg/mLになるように希釈した。ウシ血清アルブミン溶液へのγ線照射は、社団法人 日本アイソトープ協会甲賀研究所に委託した。ウシ血清アルブミン溶液の輸送は,ドライアイス冷却下にて行い,凍結状態で放射線照射処理した。返却された照射済みウシ血清アルブミン溶液は、室温にて解凍後,直ちに凍結保存用チューブに分注し−80℃で保存した。吸収線量を10.0 kGyに設定した照射済みウシ血清アルブミン溶液の線量実測値は、9.8〜10.8kGyであった。
【実施例8】
【0086】
照射ウシ血清アルブミン溶液の加熱、冷却、フィルター処理
凍結保存したウシ血清アルブミン溶液は、室温にて解凍後、Tris−HCl緩衝液にて濃度を調整し,スクリューキャップチューブ(SCT−200−SS−C,Axygen)に400μLずつ分注した。次いで、2−メルカプトエタノール(和光純薬工業)10μLを添加し、ボルテックスにて攪拌した(2−メルカプトエタノールの終濃度 = 2.5%)。次いで、沸騰水中で7.5分間加熱処理し、流水中にて1時間冷却した。冷却したサンプルは、ボルテックスで攪拌後、不溶性のタンパク質を除去するためにマイクロ遠心機にて遠心した(約14,000g、20分間、4℃)。得られた遠心上清は、1mLツベルクリン用シリンジにて全量回収し、ポアサイズ0.45μmの親水性PVDF膜プレフィルター(マイレクスHV、ミリポア)にてフィルター処理した。ろ液は、5%ウサギ血清(コスモ・バイオ)/TBSにてブロッキング処理した限外ろ過用スピンフィルター(ウルトラフリーMC、バイオマックス−PB−ポリエーテルスルホン膜、分画分子量10,000,ミリポア)で直接受け取り、次いで、マイクロ遠心機にて限外ろ過処理した(約5,000g、20分間、4℃)。
【実施例9】
【0087】
抗ウシ血清アルブミン抗体を用いた間接ELISA法
加熱、冷却、フィルター処理して得られたサンプルは、50μLずつELISA用マイクロプレート(96穴、平底、高結合タイプ、ポリスチレン、greiner)に分注し、37℃、一夜、乾燥させることによりコーティングした。ブロッキングには、5%ウサギ血清/TBSを用いた(室温、2時間インキュベート)。また、ELISAプレートの洗浄には、0.1% Tween20/TBSを使用し、各ステップ毎に3回洗浄した。一次抗体にはマウス抗ウシ血清アルブミンモノクローナル抗体(クローンBSA−33、Sigma)を使用し、5%ウサギ血清/TBSで10,000倍希釈したものを100μL/well添加し、室温で90分間インキュベートした。二次抗体にはウサギ抗マウスIgG,HRP−conjugate(DakoCytomation)を使用し、5%ウサギ血清/TBSで2,000倍希釈したものを100μL/well添加し、室温で90分間インキュベートした。発色試薬には、TMB Peroxidase EIA Substrate Kit(Bio−Rad)を使用し、発色試薬を100μL/well添加後、1N 硫酸溶液を100μL添加することにより反応を停止した。ELISA反応は、450nm−630nmの差吸収をマイクロプレートリーダー(Model 3550,Bio−Rad)で読み取ることで評価した。結果を図4に示す。γ線照射処理したウシ血清アルブミン溶液から得られたサンプル(10.0kGy)では、放射線照射処理していないコントロールサンプル(0kGy)に比べ、間接ELISA法による反応が有意に強くなることがわかった。このことから、ウシ血清アルブミン溶液への放射線照射の処理の有無を検知できることがわかる(図4)。
【実施例10】
【0088】
放射線照射を検出する対象が牛肉である場合、以下のような手順に従って、本発明の方法が実施される可能性がある。
【0089】
牛肉(2g)と溶媒(50mM Tris−HCl緩衝液,+2.5%2−ME,pH7.6,38mL)をフードプロセッサーにかけ、牛肉を粉砕する。粉砕物を遠心分離し(14,000g、20分間、4℃))、上清を回収する。この上清をTris−HCl緩衝液で濃度調整し、スクリューキャップチューブ(SCT−200−SS−C,Axygen)に400μLずつ分注する。次いで、実施例8と同様の方法により、加熱、冷却、プレフィルター処理、及びフィルター処理をおこなう。次いで、得られたサンプルを実施例9と同様の方法に従って、間接ELISA法をおこなう。この間接ELISA法において、抗ウシ血清アルブミン抗体(AbCam Limited社 AB3781マウス抗BSAモノクローナル抗体(クローン: BSA−7G10)、Biogenesis Ltd.社 0220−1239(クローン:BGN/B2)、0220−1259(クローン:BGN/D1)、 0220−1279(クローン:BGN/H8)、Sigma社 B2901(クローンBSA−33))を用いることができる可能性がある。そして、放射線処理されたサンプルと、非照射コントロールとの比較検討を行い、牛肉への放射線照射の処理の有無を検出する。
【実施例11】
【0090】
放射線照射を検出する対象が豚肉である場合、以下のような手順に従って、本発明の方法が実施される可能性がある。
【0091】
豚肉(2g)と溶媒(50mM Tris−HCl緩衝液,+2.5%2−ME,pH7.6,38mL)をフードプロセッサーにかけ、豚肉を粉砕する。粉砕物を遠心分離し(14,000g、20分間、4℃))、上清を回収する。この上清をTris−HCl緩衝液で濃度調整し、スクリューキャップチューブ(SCT−200−SS−C,Axygen)に400μLずつ分注する。次いで、実施例8と同様の方法により、加熱、冷却、プレフィルター処理、及びフィルター処理をおこなう。次いで、得られたサンプルを実施例9と同様の方法に従って、間接ELISA法をおこなう。この間接ELISA法において、抗ブタ血清アルブミン抗体(Bethyl Laboratories, Inc.社 A100−210A ヤギ抗Pigアルブミン抗体)を用いることができる可能性がある。そして、放射線処理されたサンプルと、非照射コントロールとの比較検討を行い、豚肉への放射線照射の処理の有無を検出する。
【実施例12】
【0092】
放射線照射を検出する対象がエビである場合、以下のような手順に従って、本発明の方法が実施される可能性がある。
【0093】
エビの尻尾の肉(2g)溶媒(50mM Tris−HCl緩衝液,+5mMグルタチオン(GSH:GSSG=1:3),pH7.6,38mL)をフードプロセッサーにかけ、エビ肉を粉砕する。粉砕物を遠心分離し(14,000g、20分間、4℃))、上清を回収する。この上清をTris−HCl緩衝液で濃度調整し、スクリューキャップチューブ(SCT−200−SS−C,Axygen)に400μLずつ分注する。次いで、実施例3と同様の方法により、加熱、冷却、プレフィルター処理、及びフィルター処理をおこなう。次いで、得られたサンプルを実施例4と同様の方法に従って、間接ELISA法をおこなう。この間接ELISA法において、エビアレルゲンに対するモノクローナル抗体(Jeoung BJ., et al., J. Allergy Clin. Immunol., 1997, 100: 229−234)を用いることができる可能性がある。そして、放射線処理されたサンプルと、非照射コントロールとの比較検討を行い、エビへの放射線照射の処理の有無を検出する。
【実施例13】
【0094】
放射線照射を検出する対象が大豆である場合、以下のような手順に従って、本発明の方法が実施される可能性がある。
【0095】
大豆(2g)と溶媒(50mM Tris−HCl緩衝液,+5mMグルタチオン(GSH:GSSG=1:3),pH7.6,38mL)をフードプロセッサーにかけ、大豆を粉砕する。豆乳状の粉砕物を遠心分離し(14,000g、20分間、4℃))、上清を回収する。この上清をTris−HCl緩衝液で濃度調整し、スクリューキャップチューブ(SCT−200−SS−C,Axygen)に400μLずつ分注する。次いで、実施例3と同様の方法により、加熱、冷却、プレフィルター処理、及びフィルター処理をおこなう。次いで、得られたサンプルを実施例4と同様の方法に従って、間接ELISA法をおこなう。この間接ELISA法において、大豆アレルゲンに対するモノクローナル抗体((Samoto M., et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 1994, 58: 2123−2125)、(Gonzalez R., et al., Allergy., 2000, 55: 59−64)を用いることができる可能性がある。そして、放射線処理されたサンプルと、非照射コントロールとの比較検討を行い、大豆への放射線照射の処理の有無を検出する。
【0096】
また、実施例に記載した以外の様々な食品(例えば、野菜類、果実類、香辛料類)についても、本発明に従って放射線照射を検出することができることが理解されるであろう。このように実施例に記載した以外の様々な食品への放射線照射を検出する場合、本書における前述の方法により作製される抗体、抗体作製に関する他の文献に記載の方法により作製される抗体、又は、市販抗体を利用することができると考えられる。例えば、抗魚肉モノクローナル抗体(Asensio L., et al., J. Food Prot., 2003, 66: 886−889)、調理肉に対するモノクローナル抗体(Hsieh YH., et al., J. Food Prot., 1998, 61: 476−481)、ニンニクに対するモノクローナル抗体(Wen GY., et al., J. Cell Biochem., 1995, 58: 481−489)、小麦のグリアジンに対するモノクローナル抗体(Ellis HJ, Freedman AR, Ciclitira PJ. The production and characterisation of monoclonal antibodies to wheat gliadin peptides. J. Immunol Methods. 1989 Jun 2;120(1):17−22、及び、 Ellis HJ, Doyle AP, Wieser H, Sturgess RP, Day P, Ciclitira PJ. Measurement of gluten using a monoclonal antibody to a sequenced peptide of alpha−gliadin from the coeliac−activating domain I. J. Biochem Biophys Methods. 1994 Jan;28(1):77−82.)などの抗体が本発明において使用できる可能性がある。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明は、簡便、迅速、且つ信頼性の高い方法であるため、現在使用されている放射線照射食品の検出方法に代わり、日本及び欧州や米国をはじめとする諸外国で広く使用されるであろう。
【0098】
放射線照射食品の検査を専門としてない業者や企業(例えば、食品取引業者、食品取扱業者、食品加工業者など)であっても、本発明の方法及びキットを用いれば、輸入時又は入荷時に、或いは、輸出時又は出荷時に、簡便に放射線照射食品であるか否かを検査することができるであろう。
【0099】
本発明の方法が放射線照射の国内又は国際標準分析法として認定されれば、消費者に対して食品の安全、安心を確保するための新たな品質保証体制を安価に提供することになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】図1は、照射全卵の新規検知法による検出(間接ELISA法)を示す。γ線照射処理した全卵から得られたサンプルでは、吸収線量の増加に相関して、間接ELISA法による反応が強くなった。また、放射線照射処理していないコントロールサンプル(0kGy)では、間接ELISA法による反応がほとんどみられないことがわかった。このことから、殻つき全卵への放射線照射の処理の有無を検知できることがわかる。なお、ここに示したデータ−は、独立に3回行なった間接ELISAの平均値をグラフ化したものである。
【図2】図2は、市販イムノクロマトキットを用いた検出例である。非照射コントロール卵を処理して得られたサンプルでは、判定部(T)に赤紫色のラインが観察されなかったのに対し、放射線照射処理(吸収線量:2.5kGy、5.0kGy、10.0kGy)された各サンプルでは、判定部(T)に赤紫色のラインが観察された。
【図3】図3は、照射卵白粉(サンキララ)の新規検知法による検出(間接ELISA法)を示す。図中の*は、非照射コントロールと比べて、確率水準5%での有意差が有ることを意味する。加工工程が進んだ卵白粉においても、適切な濃度(本実施例においては1.5mg/mL)で、非照射コントロールとの有意な差が認められた。
【図4】図4は、照射ウシ血清アルブミン溶液の新規検知法による検出(間接ELISA法)を示す。γ線照射処理したウシ血清アルブミン溶液から得られたサンプル(10.0kGy)では、放射線照射処理していないコントロールサンプル(0kGy)に比べ、間接ELISA法による反応が有意に強くなった(確率水準5%)。このことから、ウシ血清アルブミン溶液への放射線照射の処理の有無を検知できることがわかる。なお、ここに示したデータ−は、独立に5回行なった間接ELISAの平均値をグラフ化したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
A)食品サンプルから、天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を含む画分を得る工程、及び
B)該画分と、前記断片を認識し得る抗体とを反応させて、前記断片を検出する工程、
を包含する、食品への放射線照射を検出する方法。
【請求項2】
前記工程A)における画分がフィルター処理により得られる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程A)の前に、
)前記食品サンプルをプレフィルター処理する工程、
を包含する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程B)において、ELISA法(enzyme−linked immunosorbent assay)及びイムノクロマト法からなる群より選択される少なくとも1種により、前記断片を検出する、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記食品が、卵類、肉類、魚介類、香辛料類(ハーブ類、スパイス類)、穀類、イモ類、野菜類、豆/種実類、キノコ類、果実類、藻類、乳類、及びその加工食品からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記食品が、鶏卵、牛肉、豚肉、エビ、小麦、大豆、黒胡椒、白胡椒、胡麻、ナツメグ、キャベツ、ネギ、及びその加工食品からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記天然高分子化合物がタンパク質である、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記断片が、30,000以下の分子量を有する、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記抗体が、放射線照射により生成された断片を特異的に認識するモノクローナル又はポリクローナル抗体である、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
食品サンプルから、天然高分子化合物の放射線照射により生成された断片を含む画分を得るための分画装置、及び
前記断片を認識し得る抗体、
を備える、食品への放射線照射を検出するためのキット。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate