説明

食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法

【課題】簡単に低コストで食肉の遊離グルタミン酸を増加させることのできる、新規のニワトリの食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法を提供する。
【解決手段】家畜又は家禽に、バリンの含有量が1.2質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である飼料を、屠殺前10日以内から屠殺時まで継続的に給与する。好ましくは、飼料を屠殺前3日以内から給与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、家禽又は家畜の食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の家禽又は家畜飼料は、体重増加や飼料効率など食肉生産性を主要な指標として、低コストで十分な成績を得ることを目的に設計されている。その基準として栄養要求量があり、通常、各栄養素の量は、栄養要求量を十分量以上に充足させて設計される。必須アミノ酸であるバリンの要求量は、アメリカのNRCの飼養標準(Nutrient Requirement of Poultry, 1994年版)において3〜6週齢では0.82%、6〜8週齢は0.60%と設定され、世界的にこの量がバリン要求量の基準となっている。また日本飼養標準(2004年版)では3週齢以後のバリン要求量は0.79%と設定されている。そして、体重増加や飼料効率等の生産性の高さを主たる指標としている現在の飼料では、要求量と同等の量または多少超えた量で設定するという考え方が使われている。また、現在、日本やアメリカ等で一般的に使われているトウモロコシと大豆粕を主原料とする配合飼料では、NRC要求量の1.0〜1.1倍程度のバリンが含まれている。
【0003】
食肉の高品質化を図る上で、呈味成分のひとつである食肉中の遊離グルタミン酸の濃度を調節することは非常に有効である。例えば、本発明者らは、ロイシン量をNRC要求量よりも少なくすることで、筋肉中の遊離グルタミン酸を増加させる方法を開示している(特許文献1)。しかし、通常の飼料にはロイシンはNRC要求量の1.3〜1.5倍程度が含まれており、実際には、現在の主要な飼料原料の使用ではロイシンを低下させるのには難しい面があった。
【0004】
また、本発明者らは、イソロイシン量とバリン量を要求量よりも多くすることで、筋肉中の遊離グルタミン酸を増加させる方法を開示している(特許文献2)。しかし、イソロイシンとバリンの添加が必要であるため、飼料のコストが高くなるという問題があった。また、イソロイシンは飼料添加物として認可されていないという問題があった。
【特許文献1】国際公開WO2005/018315号パンフレット
【特許文献2】特開2006−158350号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、簡単に低コストで食肉の遊離グルタミン酸を増加させることのできる、新規の食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法は、家畜又は家禽に、バリンの含有量が1.2質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である飼料を、屠殺前10日以内から屠殺時まで継続的に給与することを特徴とする。
【0007】
また、前記飼料を屠殺前3日以内から給与することを特徴とする。
【0008】
さらに、前記家畜又は家禽がニワトリであることを特徴とする。
【0009】
本発明の飼料は、バリンの含有量が1.2質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である。
【0010】
本発明の飲水は、バリンの含有量が0.5質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のニワトリの食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法によれば、屠殺前に、通常の飼料よりもバリン含有量の多い飼料を短期間給与することによって、簡単に低コストで食肉の遊離グルタミン酸を増加させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法は、家畜又は家禽に、バリンの含有量が1.2質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である飼料を、屠殺前10日以内から屠殺時まで継続的に給与するものである。すなわち、屠殺前10日以内に給与される飼料において、イソロイシン量を通常の飼料の範囲に収めつつ、バリン量を通常の飼料よりも多くするものである。本発明の食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法によれば、簡単に低コストで食肉の遊離グルタミン酸を増加させることができる。
【0013】
ここで、飼料は、屠殺前10日以内から屠殺時まで継続的に給与するものであるが、屠殺前3日以内から給与するのがより好ましい。飼料を屠殺前3日以内から屠殺時まで継続的に給与することにより、食肉中の遊離グルタミン酸濃度がより増加する。なお、最も食肉中の遊離グルタミン酸濃度が増加するのは、屠殺前2日以内から給与した場合である。これと反対に、飼料の給与開始が屠殺前10日を超えると、適応により食肉のグルタミン酸が通常の状態に戻ることから望ましくない。
【0014】
本発明の食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法によれば、飼料中のバリン量を調節するとともに、その給与期間を調節することにより、食肉の遊離グルタミン酸濃度を増加させることができる。
【0015】
この方法により生産される肉の風味は、うま味が強く、酸味が弱く、コクが強い。食肉のグルタミン酸が多くうま味が強くなることによって、調理時の化学調味料の使用量を減少させることができ、又は、化学調味料を不要にすることもできる。すなわち、本発明の方法により生産した食肉は、天然の食材を重視し化学調味料の使用量を減少させようとする最近の消費動向にも合致するものである。
【0016】
本発明の飼料は、バリンの含有量が1.2質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である。本発明の飲水は、バリンの含有量が0.5質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である。これらの飼料、飲水は、本発明の食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法に好適に用いられる。
【0017】
以下の実施例において、本発明のニワトリの食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法について、より具体例に説明する。なお、本発明は、下記の実施例に限定されるものではなく、種々の変形実施が可能である。
【実施例1】
【0018】
各群12羽のニワトリに対し、28日齢〜屠殺直前までの10日間に、本発明の方法に従って飼料2〜4のいずれか継続的に給与し(順にそれぞれ給与例1〜3)、その比較例として飼料1を継続的に給与した(比較例1)。給与した各飼料のバリン含量及び各飼料の組成を表1〜表3に示す。なお、各飼料において、イソロイシンの含有量は0.730質量%、ロイシンの含有量は1.417質量%とした。また、飼育中の測定結果は表4,5に示すとおりであった。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

【0022】
【表4】

【0023】
【表5】

【0024】
屠殺後、筋肉1g当たりに含まれる遊離アミノ酸量を常法((1)Effect of Restricted Feeding before Marketing on Taste Active Components of Broiler Chickens, Shinobu FUJIMURA, Fumiaki SAKAI, Motoni KADOWAKI, Animal Science Journal, 72(3), P223-229, 2001;(2)鶏肉・鶏卵の科学的・物理的及び官能的手法による解析並びに解析結果の品質改善への活用に関する研究、藤村 忍,西藤克己,森 尚之,鈴木ひろみ,山内章江,原田直人,橋口尚子,今井士郎,石橋裕美子,清川真千子,堀口恵子『農畜産業振興事業団平成11年度畜産物需要開発調査研究事業報告書』、P56-79, 2000等に記載)により測定した。
【0025】
結果を図1に示す。なお、図1中、横軸は、飼料中のバリン含量を示す。縦軸は筋肉中の遊離グルタミン酸濃度を示している。図1に示されるように、本発明の方法を適用した場合には、他の場合に比べて筋肉中の遊離グルタミン酸濃度が増加している。
【0026】
ここで、動物体内におけるグルタミン酸の代謝機構を図2に示す。筋肉のグルタミン酸の合成、分解にはαケトグルタル酸を基質とするグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(Glutamate dehydrogenase, GDH)、グルタミンを基質とするグルタミナーゼ(Glutaminase, GA)、グルタミン酸を基質とするグルタミンシンテターゼ(Glutamine synthetase, GS)が影響する。したがって、これらの活性を測定することで、グルタミン酸合成能やグルタミン酸の増加効果を評価することができる。そこで、GDH活性についても測定を行った。
【0027】
図3に、給与10日目の筋肉のGDH活性の測定結果を示す。GDH活性は、バリン含量が増加するに従って増加した。
つまり、本発明の方法を適用して飼料中のバリン含量を増加させることによりGDH活性が増加し、筋肉中グルタミン酸合成能が高まることが確認された。
【実施例2】
【0028】
上記実施例1の給与例2及び比較例1で得られた食肉の食味について官能試験を行った。
【0029】
パネラーの数は18名であり、(1)両者の肉の食味に差があるか否かを二点比較法により調査し、また、(2)肉の味の特徴をシェッフェの一対比較法(文献:(1)新版官能検査ハンドブック、日科技連官能検査委員会、日科技連出版社、1973年、(2)Effect of Restricted Feeding before Marketing on Taste Active Components of Broiler Chickens, Shinobu FUJIMURA, Fumiaki SAKAI, Motoni KADOWAKI, Animal Science Journal, 72(3), P223-229, 2001年、(3)食肉の官能評価ガイドライン、家畜改良センター編、日本食肉消費総合センター、2005年)により比較した。併せて、味覚センサーによる評価も行なった。
【0030】
その結果を図4〜6に示す。図4に示すように、パネラー18人中17人が、味に差があることを認めた。また、図5,6に示すように、本発明の方法を適用した給与例2により得られた食肉(図中◆又は■)は、うま味が強く、コクが強く、酸味が弱く、総合評価が有意に優れると評価された。
【実施例3】
【0031】
各群12羽のニワトリに対し、2週齢〜屠殺直前までの0日、2日、3日、5日ないし10日間、本発明の方法に従って飼料6を継続的に給与し(給与例4)、その比較例として飼料5を継続的に給与した(比較例2)。給与した各飼料中のバリン含量及び各飼料の組成を表6〜8に示す。また、飼育中の測定結果は表9に示すとおりであった。
【0032】
【表6】

【0033】
【表7】

【0034】
【表8】

【0035】
【表9】

【0036】
上記の通りに給与例4、比較例2の飼料を給与して飼育したニワトリの肉中遊離グルタミン酸量を測定した。0,2,3,5,10日目の測定法は実施例1と同じである。0から2日間についてはさらにグルタミン酸バイオセンサー(アメリカ、ピナクル社製)を用いて、リアルタイムに筋肉の遊離グルタミン酸濃度の測定も行った。
【0037】
図7に示すように、本発明の方法を適用した場合には、比較例2に比べて筋肉中の遊離グルタミン酸濃度は増加した。また、飼料給与2日目は、10日目よりも筋肉遊離グルタミン酸量が高かった。
【0038】
図8に、給与例4と比較例2の飼料を給与した鶏の筋肉について、給与期間が2日間と10日間のときのGA活性を示す。GA活性は2日目では差がなかったものの、10日目では給与例4で低下した。このことから、飼料中バリン含量を増加させることにより筋肉中グルタミン酸は増加するが、給与期間が長くなるとGA活性が低下し、遊離グルタミン酸の増加効果の程度はやや低下することを示している。つまり、飼料へのバリン増加によるグルタミン酸の増加は短期間の給与ほど有効であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】実施例1における飼料中バリン量と食肉中の筋肉遊離グルタミン酸濃度との関係を示すグラフである。
【図2】グルタミン酸の代謝メカニズムを示す説明図である。
【図3】実施例1における飼料中バリン量と筋肉グルタミン酸デヒドロゲナーゼ活性(GDH)との関係を示すグラフである。
【図4】実施例2における二点比較法による官能評価結果を示すグラフである。
【図5】実施例2におけるシェッフェの一対比較法による官能評価結果を示すチャートである。
【図6】実施例2における味覚センサーによる呈味評価結果を示すチャートである。
【図7】実施例3における飼料給与期間と筋肉遊離グルタミン酸量との関係を示すグラフである。
【図8】実施例3における給与期間と筋肉グルタミナーゼ(GA)活性との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
家畜又は家禽に、バリンの含有量が1.2質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である飼料を、屠殺前10日以内から屠殺時まで継続的に給与することを特徴とする食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法。
【請求項2】
前記飼料を屠殺前3日以内から給与することを特徴とする請求項1記載の食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法。
【請求項3】
前記家畜又は家禽がニワトリであることを特徴とする請求項1又は2記載の食肉中の遊離グルタミン酸の増加方法。
【請求項4】
バリンの含有量が1.2質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である飼料。
【請求項5】
バリンの含有量が0.5質量%以上であってイソロイシンの含有量が0.8質量%以下である飲水。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−225752(P2009−225752A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−77737(P2008−77737)
【出願日】平成20年3月25日(2008.3.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007年度 日本畜産学会第108回大会 講演要旨 2007年9月26日 社団法人 日本畜産学会 発行
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】