説明

高クロム鋳鉄

【課題】大型の鋳物製品に適した高クロム鋳鉄において、金属組織の更なる微細化と均一化により、鋳造欠陥の発生と靱性低下を抑制しつつ、焼入れ性の向上を図ることを目的とする。
【解決手段】高クロム鋳鉄を、C:2.7〜3.5wt%、Si:0.2〜1.0wt%、Mn:0.3〜2.0wt%、Cr:14〜27wt%、Ni:0.5〜3.0wt%、Mo:0.4〜4.0wt%、B:0.0005wt%以上0.0050wt%以下(より好適には、0.0015wt%以上0.0025wt%以下)、V:0.05wt%以上0.20wt%以下(より好適には、0.09wt%以上0.14wt%以下)、及び不可避的不純物、残部Feで組成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗用部品の材料として好適な高クロム鋳鉄に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、高クロム鋳鉄は、Crを7%以上含むFe−Cr−C三元系白鋳鉄であって、熱処理特性を高めるとともに材質特性を向上させるためにSi,Mn,Ni,Cu,Moなどの合金元素が添加されている。従来、高クロム鋳鉄は、高い耐摩耗性と機械的強度を有することが知られており、摩耗の発生する土木機械部品、破砕機械部品、製鉄機械部品などに多用されている。このような破砕機械部品の一例として、破砕機や粉砕機のローラタイヤやテーブルライナなどがある。ローラタイヤとテーブルライナはいずれも重さが0.5〜10tonであって、肉厚が50〜190mmの大型の鋳物製品である。破砕機械の処理能力の向上や、ローラタイヤ又はテーブルライナの耐久性の向上のために、更に耐摩耗性及び靭性に優れた高クロム鋳鉄が要望されている。
【0003】
高クロム鋳鉄の耐摩耗性は材料中に含まれている炭化物の量に影響されるほか、基地組織にも影響される。高クロム鋳鉄の基地組織の硬さと耐摩耗性とは正の相関関係があり、基地組織の硬度が高く且つ靭性に優れるものほど耐摩耗性に優れるとされている。高クロム鋳鉄の基地組織を硬くするために、組織をマルテンサイトや二次炭化物に変化させる焼入れや焼き戻しなどの熱処理が施される。試験片サイズの比較的小さな高クロム鋳鉄鋳物の場合は、焼入れ処理において空冷で冷却しても、冷却速度の不均一が生じにくいか生じても小さい。この結果、鋳造品には表層部及び肉厚中央部の双方において高い硬度が備わる。しかし、ローラタイヤやテーブルライナなどといった大型の高クロム鋳鉄鋳物の場合は、焼入れ処理において肉厚中心部でマルテンサイト変態が生じ得る冷却速度で冷却すると、冷却速度が不均一となりやすく、特に、基地の表層部と肉厚中央部との間に比較的大きな冷却速度差が生じる。この結果、基地に焼割れが生じたり、残留応力が増大したり、基地の表層部の硬さ(表面硬さ)のばらつきが生じたり、基地の肉厚中央部の硬さ(内部硬さ)の表面硬さからの低下度合いが大きくなったりする。このような理由から、大型の高クロム鋳鉄鋳物では、均一且つ十分に高い硬さを全体にわたって備えることが困難であった。
【0004】
そこで、特許文献1及び特許文献2では、大型の高クロム鋳鉄製品の耐摩耗性を向上するための技術が提案されている。特許文献1に記載された発明は、C,Si,Mn,Cr,Mo,Ni及びFeを基本成分とする高クロム鋳鉄鋳物に、鋳物の焼入れ性(焼入れ硬化のしやすさ)を向上させるNを0.20〜0.40wt%を配合し、基地の焼き割れを防止する程度の緩慢な速度で冷却するものである。これにより、最大肉厚190mmに及ぶ大型の高クロム鋳鉄鋳物であっても、肉厚中央部と表層部とが共に等しく高硬度(ビッカース硬さ800HmV以上)の基地を形成できると謳っている。
【0005】
また、特許文献2に記載された発明は、C,Si,Mn,Cr,Mo,Ni,及びFeを成分とする高クロム鋳鉄鋳物を、900℃〜1100℃の温度に加熱後自然冷却することによって残留応力を低減し、さらに450℃〜550℃で焼き戻すことで硬度を向上させるものである。
【0006】
一方で、高クロム鋳鉄ではなく鋳鉄に関する発明であるが、特許文献3には結晶粒径を微細化する技術が示されている。特許文献3では、C,Si,Mn,Cr,B及びFeを成分とする鋳鋼を、950〜1000℃で焼き鈍しを行い、次に850〜870℃の温度で焼入れを行い、続いて焼き戻しを行うことにより、耐摩耗性合金鋳鋼を製造することが示されている。ここでは、化学成分としてB(ホウ素,ボロン)を添加することで焼入れ性を向上させ、適切な熱処理を施すことで結晶粒が微細且つ整粒となり、欠陥の少ない高強度高靱性の鋳鉄が得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−352480号公報
【特許文献2】特開2003−286537号公報
【特許文献3】特開昭52−26312号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
大型の高クロム鋳鉄鋳物に優れた耐摩耗性、すなわち、高い硬度と優れた靭性を備えるためには、焼入れ性を向上させるだけでは足りず、焼割れや凝固割れなどの鋳造欠陥の発生や靱性低下を回避せねばならない。しかし、特許文献1に記載されているように高クロム鋳鉄の組成にNを多量に含むと、鋳造時にブローホールが生じやすくなる。鋳物にブローホールが存在すると、凝固割れが生じ易くなり、材料強度の低下や疲労耐性の低下を招き、使用上必要な耐摩耗性を確保できない。また、特許文献2に記載されているように高クロム鋳鉄の組成に高価なMoを大量(3〜4wt%)に含むと、原料コストが嵩むだけでなく、炭化物の析出量が過剰となって靭性が低下する虞がある。
【0009】
焼入れ性を向上させることと、鋳造欠陥の発生と靭性低下を回避することとを両立させるためには、高クロム鋳鉄の金属組織を微細化且つ均一化することにより結晶粒の偏析を無くすことが有効であると考えられる。なお、特許文献3には鋳鉄の金属組織を微細化する技術が示されているが、この技術の対象に高クロム鋳鉄は含まれない。さらに、特許文献3に示された鋳鉄の硬度では、ローラタイヤやテーブルライナなどに要求される高い耐摩耗性(硬度及び靭性)を備えることはできない。
【0010】
そこで、本発明では、大型の鋳物製品に適した高クロム鋳鉄において、高クロム鋳鉄の金属組織の更なる微細化と均一化を図ることを目的とする。ひいては、鋳造欠陥の発生および靱性低下を回避しつつ、焼入れ性を向上させることで、より優れた耐摩耗性、すなわち、高い硬度及び優れた靭性を備えた高クロム鋳鉄鋳物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る高クロム鋳鉄は、C:2.7〜3.5wt%、Si:0.2〜1.0wt%、Mn:0.3〜2.0wt%、Cr:14〜27wt%、Ni:0.5〜3.0wt%、Mo:0.4〜4.0wt%、B:0.0005wt%以上0.0050wt%以下、及び不可避的不純物、残部Feよりなるものである。
【0012】
炭素(C)は、高クロム鋳鉄の基地の硬度及び靭性に大きく影響する元素である。炭素は、クロムやモリブデンなどと結合して硬質な炭化物を晶出、又は熱処理によって二次析出させる元素であると知られている。炭素の添加量が増すと硬度が向上するが、過剰であると金属組織中の炭化物が著しく粗大化して靭性が低下する。そこで、本発明では、高クロム鋳鉄の組成に2.7wt%以上3.5wt%以下の炭素を含むこととした。
【0013】
ケイ素(Si)は、脱酸剤としての効果の他に、フェライトに固溶して硬度を高めるとともに、低温焼き戻しを行った場合に硬度及び靭性を改善する元素であると知られている。このような効果を得るために必要なケイ素の最小含有量は、0.2wt%である。ケイ素の添加量が過剰であるとオーステナイト安定化により焼入れ性を阻害し硬度及び靭性は却って低下する。よって、高クロム鋳鉄の組成に、他の元素の含有量との関係から、0.2wt%以上1.0wt%以下のケイ素を含むこととした。
【0014】
マンガン(Mn)は、脱酸脱硫作用を有するとともに、焼入れ性を向上させる元素として知られている。マンガンが0.3wt%未満であると、脱酸脱硫効果が得られない。一方、マンガンが過剰であると、靭性及び基地高度が低下する。よって、高クロム鋳鉄の組成に、他の元素の含有量との関係から、0.3wt%以上2.0wt%以下のマンガンを含むこととした。
【0015】
クロム(Cr)は、硬度を向上させるとともに、焼入れ性及び耐焼き戻し軟化性を改善する元素であると知られている。クロムは、高クロム鋳鉄に優れた耐摩耗性を備える上で重要な成分である。クロムの添加量は、高クロム鋳鉄の他の元素の含有量との関係から、14wt%以上27wt%以下とした。
【0016】
ニッケル(Ni)は、焼入れ性を高め、基地そのものを強靱にするために有効な元素であると知られている。このような効果を得るために必要なニッケルの最小添加量は0.5wt%である。但し、ニッケルは高価な材料であるため、成分として多量に含むことは経済的ではない。そこで、高クロム鋳鉄の組成に、0.5以上3.0wt%以下のニッケルを含むこととした。
【0017】
モリブデン(Mo)は、マルテンサイト組織を微細化して、焼入れ性及び耐焼き戻し軟化性を高めるとともに、焼き戻し時に表れる各種の脆性を低減して、鋳鉄の靭性を向上する元素であると知られている。このような効果を得るために必要なモリブデンの最小添加量は0.4wt%である。モリブデンの添加量が4.0wt%を超えると却って靭性が低下して脆化の原因となる。そこで、高クロム鋳鉄の組成に、0.4wt%以上4.0wt%以下のモリブデンを含むこととした。
【0018】
ホウ素(B;ボロン)は、焼入れ性を著しく向上させ、基地の硬化作用を増大させる元素であると考えられている。ホウ素の原子はオーステナイト粒界に集まる性質を有する。これは、ホウ素の原子サイズが、置換型でオーステナイトに固溶するには小さすぎ、侵入型でオーステナイトに固溶するには大きすぎるためである。ホウ素の原子がオーステナイト粒界に吸着すると、結晶粒界エネルギーが低下するので、フェライト核生成が抑制される。この結果、焼入れ性が向上する。さらに、ホウ素は、低温焼き戻しを行った場合に粒界を著しく強化して、基地の靭性を向上させる元素であると考えられている。
【0019】
一方で、炭素原子もホウ素原子と類似した結晶粒界エネルギー低下作用を有する。高炭素鋼ほど炭素の作用により粒界エネルギーが低下するため、ホウ素の添加による焼入れ性の向上効果は小さくなる。高クロム鋳鉄の組成には2.7wt%以上3.5wt%以下の炭素が含まれているが、その殆どは炭化物として析出するために、基地の有効な炭素は0.2〜0.5wt%と見込まれる。したがって、高クロム鋳鉄においては、ホウ素の添加量が微量であっても焼入れ性の向上効果が期待できる。社団法人日本金属学会から発行された「鉄鋼材料とその熱処理(著者:門間改三,須藤一)」(以下、参考文献1という)に掲載されたボロン鋼(但し、ボロン鋼の組成は本発明に係る高クロム鋳鉄と異なる)のジョミニー曲線から、ホウ素が0.0006wt%でも焼入れ性が向上することが読み取れる。上記参考文献1の記載事項に加えて、高クロム鋳鉄の他の元素の含有量との関係に基づき、高クロム鋳鉄に0.0005wt%以上のホウ素を添加することにより焼入れ性の向上効果が得られると考察される。
【0020】
ホウ素の添加量が多いほど焼入れ性が向上するのではなく、焼入れ性の向上効果は或添加量で飽和すると考えられる。参考文献1には、ASTM規格A514−J鋼においてホウ素の含有量を変化させたときの、ホウ素の含有量とホウ素因子との関係が示されている。この関係は、ホウ素の含有量が0〜0.002wt%の範囲ではホウ素因子はホウ素の含有量の増大に伴って増加し、ホウ素の含有量が0.002〜0.005wt%の範囲ではホウ素因子はホウ素の含有量の増大に伴って減少し、ホウ素の含有量が0.005wt%以上ではホウ素因子はホウ素の含有量に係わらずほぼ一定であるというものである。つまり、高クロム鋳鉄とは異なるASTM規格A514−J鋼においてではあるが、ホウ素の含有量が0.005wt%以上ではホウ素因子は殆ど増加せず、これ以上では過剰のホウ素が存在する。過剰のホウ素は、オーステナイト粒界にホウ素化合物(Fe23(C,B))を形成させる。このホウ素化合物は、フェライト核生成サイトとなるので、焼入れ性は却って低下する。さらに、オーステナイト粒界にホウ素化合物が生成し、オーステナイト粒界にフェライトが生成すると、鋼の衝撃特性が低下する。したがって、高クロム鋳鉄においてもホウ素の添加量が過剰となれば、却って鋼の靭性が低下して脆化する。上記参考文献1の記載事項に加えて、高クロム鋳鉄の他の元素の含有量との関係に基づき、優れた衝撃特性を維持しつつ焼入れ性を向上させるためのホウ素の添加量の上限は0.0050wt%であると考察される。即ち、高クロム鋳鉄の組成に、0.0005wt%以上0.0050wt%以下のホウ素を含むことが好適である。そして、参考文献1等から、特に、ホウ素の含有量が0.0015wt%以上0.0025wt%以下であるときに、優れた衝撃特性を維持しつつ焼入れ性の向上効果がより効率的に得られると考えられる。
【0021】
上記のように組成に炭素、ケイ素、マンガン、クロム、ニッケル、モリブデン、及びホウ素を含む高クロム鋳鉄は、結晶粒が微細であり金属組織が緻密となる。この高クロム鋳鉄の結晶粒の更なる微細化を図るために、上記組成に0.05wt%以上0.20wt%以下のバナジウム(V)を加えても良い。このような高クロム鋳鉄は、C:2.7〜3.5wt%、Si:0.2〜1.0wt%、Mn:0.3〜2.0wt%、Cr:14〜27wt%、Ni:0.5〜3.0wt%、Mo:0.4〜4.0wt%、B:0.0005wt%以上0.0050wt%以下(より好適には、0.0015wt%以上0.0025wt%以下)、V:0.05wt%以上0.20wt%以下(より好適には、0.09wt%以上0.14wt%以下)、及び不可避的不純物、残部Feよりなる。
【0022】
バナジウム(V)は、基地に微細な炭窒化物として存在して結晶粒を微細化する元素であると考えられている。バナジウムによる結晶粒の微細化効果は、添加量が0.10wt%近傍までは増大し、0.10wt%近傍で飽和する。添加量が0.10wt%の場合と比べて劣るが、添加量が0.05wt%でも微細化効果は得られる。さらに、バナジウムは、臨界冷却速度(マルテンサイト変態を生じるのに必要な最小の冷却速度)を低下して焼入れ性を向上させ、且つ、焼き戻し時に析出して焼き戻し硬化性を示し焼き戻しに伴う軟化に抵抗する作用を有すると考えられている。バナジウムによる臨界冷却速度の低下効果は、添加量が0.9wt%までは増大し、0.9wt%で最大となるが、添加量が0.05wt%であっても十分な効果が得られる。上記のようにバナジウムは0.05wt%以上0.9wt%以下の添加量で結晶粒の微細化効果および焼入れ性の向上効果が得られるが、バナジウムは高価な材料であるため、成分として過剰に含むことは経済的ではない。そこで、高クロム鋳鉄の組成に、0.05wt%以上0.20wt%以下のバナジウムを含むこととした。但し、バナジウムによる結晶粒の微細化効果は0.10wt%近傍で飽和するので、高クロム鋳鉄の組成に含まれるバナジウムは0.09wt%以上0.14wt%以下であることがさらに好適である。
【0023】
上記組成より成る高クロム鋳鉄の製造方法は、次の通りである。まず、上記組成より成る高クロム鋳鉄の材料を溶融させて液相線温度+100℃の温度の溶湯を調製し、この溶湯を型へ鋳込み、自然冷却したのち、鋳物を離型する。このように鋳造された高クロム鋳鉄鋳物は、最大肉厚が50mm以上190mm以下の大型の鋳物とすることができる。続いて、この鋳物に対して熱処理を行う。具体的には、熱処理として、焼き鈍し処理と、焼入れ処理と、焼戻し処理とを順に行う。焼き鈍し処理では、鋳物を約900℃の温度でオーステナイト組織の状態で十分に保持した後、炉中で徐冷する。焼入れ処理では、鋳物をオーステナイト組織の状態に加熱した後、焼割れが生じない程度の冷却速度で室温まで強制冷却する。焼戻し処理では、マルテンサイト組織の状態から鋳物を再加熱し、一定時間保持した後に、室温まで自然冷却する。
【0024】
上記のようにして製造された高クロム鋳鉄鋳物の平均結晶粒径は、10μm以上100μm未満であった。また、高クロム鋳鉄鋳物が、最大肉厚が50mm以上190mm以下の大型の製品であるときに、断面の平均結晶粒径が肉厚方向に亘り10μm以上100μm未満であった。さらに、この高クロム鋳鉄鋳物は、肉厚中央部と表層部を問わず硬度がショア硬さで88HS以上95HS以下であった。
【発明の効果】
【0025】
本発明の高クロム鋳鉄は、金属組織が緻密であり、結晶粒径のばらつきも小さい。すなわち、高クロム鋳鉄の金属組織は微細化及び均一化されている。このような高クロム鋳鉄の金属組織の微細化と均一化により、焼入れ性の向上と、鋳造欠陥の発生および靭性低下の抑制とを共に実現させることが可能となり、優れた耐摩耗性を備えた高クロム鋳鉄鋳物を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】試験用鋳物の外形を示す図であり、(a)は正面図、(b)は側面図である。
【図2】金属組織観察結果を示す顕微鏡写真であり、(a)は比較例1の金属組織観察結果、(b)は本発明の実施例1の金属組織観察結果である。
【図3】ローラタイヤ型鋳物の外形を示す図であり、(a)は平面図、(b)は図3(a)におけるB−B矢視断面図、(c)は試験片採取位置を示す断面図である。
【図4】金属組織観察結果を示す顕微鏡写真であり、(a)は比較例2の金属組織観察結果、(b)は本発明の実施例4の金属組織観察結果である。
【図5】硬度測定結果を部位別に示す図であり、(a)は比較例2の硬度測定結果、(b)は本発明の実施例4の硬度測定結果、(c)は本発明の実施例5の硬度測定結果である。
【図6】実施例4,5および比較例2の硬度を比較した図表である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の効果を確認するために実施した本発明の実施例及び比較例について説明する。なお、比較例は、高クロム鋳鉄の組成にホウ素を含んでいない点で実施例と異なる。
【0028】
[試験片サイズの実施例及び比較例]
まず、高クロム鋳鉄の実施例1,2,3の試験片及び比較例1の試験片を作製し、これらを比較した。高クロム鋳鉄の試験片を作製するために、先ず、試験用鋳物を鋳造した。図1は試験用鋳物の外形を示す図であり、図1(a)は正面図、図1(b)は側面図である。図1に示す通り、試験用鋳物の外形は、JIS G0307(鋳鋼品の製造,試験及び検査の通則)の規格に準拠している。次の表1では、実施例1,2,3の試験用鋳物、及び比較例1の試験用鋳物の化学成分を示している。単位はいずれもwt%(重量パーセント)である。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示す化学成分を含む合金鉄と銑鉄とを合わせて溶解し、1300〜1400℃の溶湯を鋳型に鋳込み、自然冷却した後に型ばらしを行った。このようにして得られた試験用鋳物の特定部分(図1(a)において鎖線で囲まれた部分)から、一辺20mmの立方体を切り出し、これを試験片とした。このようにして、実施例1,2,3の試験片、及び比較例1の試験片をそれぞれ作製した。
【0031】
各試験片に対し、焼入れと焼き戻しの熱処理を行った。焼入れ処理では、試験片を1000〜1100℃で2時間保持したのち、20℃/min以下の冷却速度で冷却した。焼き戻し処理では、試験片を450〜550℃で3時間保持したのち、室温まで自然冷却で徐冷した。
【0032】
上記熱処理後の各試験片に対し、金属組織及び硬度を調査した。金属組織の調査では、前処理を施した試験片の金属組織を、光学顕微鏡を用いて観察した。前処理では、試験片の内部に含まれる被観察面が表れるように切断し、被観察面を樹脂で埋めたのち研磨し、研磨した被観察面をビレラ試薬でエッチングした。図2は金属組織観察結果を示す顕微鏡写真であり、図2(a)は比較例1の金属組織観察結果、図2(b)は本発明の実施例1の金属組織観察結果である。図2から明らかなように、比較例1の試験片と実施例1の試験片との双方において、均一で微細な金属組織が観察された。
【0033】
硬度の調査では、研磨した試験片の端面に対し、JIS Z2243(ブリネル硬さ試験−試験方法)に準拠したブリネル硬さ試験を実施した。1つの試験片に対し3点以上でブリネル硬さ試験を実施した。ブリネル硬さ試験では、圧痕のサイズからブリネル硬さを算出し、算出されたブリネル硬さをショア硬さに換算した。表2は、硬度測定結果を示している。
【0034】
【表2】

【0035】
表2から明らかなように、比較例1の試験片と実施例1,2,3の試験片とにおいて、いずれも90〜92HS(ショア硬さ)の高い硬度が測定された。以上の通り、試験片サイズの高クロム鋳鉄では、成分にホウ素(B)を含むか否かによって、硬度及び金属組織に有意な差異は認められなかった。この理由として、ローラタイヤやテーブルライナなどの大型の高クロム鋳鉄鋳物と比較して、試験片の大きさは極めて小さく、比較例1の試験片と実施例1,2,3の試験片はいずれも十分に焼入れ硬化していたためと考えられる。
【0036】
[製品重量3tonのローラタイヤの実施例及び比較例]
次に、高クロム鋳鉄鋳物として製品重量3tonのローラタイヤの実施例4,5及び比較例2を作製し、これらを比較した。実施例4,5のローラタイヤと比較例2のローラタイヤは、いずれも最大肉厚が190mm、直径が1640mm、製品重量が3tonの大型の鋳物である。
【0037】
試験片を作製するために、先ず、ローラタイヤ型鋳物を鋳造した。図3はローラタイヤ型鋳物の外形を示す図であり、図3(a)は平面図、図3(b)は図3(a)におけるB−B矢視断面図、図3(c)は試験片採取位置を示す断面図である。次の表3では、実施例4,5のローラタイヤ型鋳物、及び比較例1のローラタイヤ型鋳物の化学成分を示している。単位はいずれもwt%(重量パーセント)である。
【0038】
【表3】

【0039】
表3に示す化学成分を含む合金鉄と銑鉄を合わせて約7tonを溶解し、1300〜1400℃の溶湯を鋳型に鋳込み、自然冷却した後に型ばらしを行った。このようにして得られた各ローラタイヤ型鋳物に対し、製品重量及び肉厚を考慮して、焼入れと焼き戻しの熱処理を行った。焼入れ処理では、ローラタイヤ型鋳物を1000〜1100℃で8時間保持したのち、複数台のファンを用いて20℃/min以下の冷却速度で冷却した。20℃/min以下の冷却速度は、製品重量が3tonのローラタイヤを製造するときに行う焼入れ処理で、焼き割れが生じない程度の冷却速度に相当する。焼き戻し処理では、ローラタイヤ型鋳物を450〜550℃で10時間保持したのち、室温まで自然冷却で徐冷した。
【0040】
上記熱処理後のローラタイヤ型鋳物を半径方向に切断し、その断面の特定部位(図3(c)においてA〜Eで示す部位)から、一辺20mmの立方体を切り出し、これを試験片とした。このようにして、実施例4の試験片A〜E、実施例5の試験片A〜E、及び比較例1の試験片A〜Eをそれぞれ作製した。
【0041】
各試験片に対し、金属組織、硬度、及び靭性を評価するための衝撃値を調査した。金属組織の調査では、前処理を施した試験片の金属組織を、光学顕微鏡を用いて観察した。前処理では、試験片の内部に含まれる被観察面が表れるように切断し、被観察面を樹脂で埋めたのち研磨し、研磨した被観察面をビレラ試薬でエッチングした。図4は金属組織観察結果を示す顕微鏡写真であり、図4(a)は比較例2の金属組織観察結果、図4(b)は本発明の実施例4の金属組織観察結果である。図4から明らかなように、比較例2の金属組織と実施例4の金属組織は大きく異なっており、比較例2の金属組織は結晶粒が粗大で偏析が認められるのに対し、実施例4の金属組織は結晶粒が均一かつ微細である。
【0042】
さらに、実施例4の試験片A〜Eと比較例2の試験片A〜Eについて、金属組織観察結果から平均結晶粒径を調査した。平均結晶粒径の調査では、JIS G0551(鋼のオーステナイト結晶粒度試験方法)に準拠した結晶粒度標準図による評価と切断法による評価とを行った。結晶粒度標準図による評価では、100倍の顕微鏡倍率によって結晶粒の大きさを観察し、結晶粒度標準図と比較して粒度(結晶粒度番号)を決め、粒度から結晶粒径を算出し、算出した結晶粒径を平均して平均結晶粒径を算出した。切断法による評価では、400倍顕微鏡写真において5cmの線分を無作為に引き、この線分に捕捉された結晶粒数を数え、1mm当たりの捕捉粒数から粒子当たりの線分長を算出した。表4は実施例4と比較例2の平均結晶粒径の調査結果を示しており、表5は実施例4の調査部位別の平均結晶粒径の調査結果を示している。
【0043】
【表4】

【0044】
【表5】

【0045】
表4から明らかなように、実施例4の平均結晶粒径は12μmと極めて小さく、しかも、各調査部位において平均結晶粒径は均等でありバラツキが小さい。一方、比較例2の平均結晶粒径は100〜250μmと実施例4と比較して桁違いに大きく、しかも、各調査部位における平均結晶粒径が不均一である。したがって、比較例2と比べて実施例4の金属組織は著しく微細化されていることがわかる。また、表5から明らかなように、実施例4の平均結晶粒径は12.0〜13.0μmの範囲にあり、各調査部位における平均結晶粒径のバラツキが小さい。さらに、肉厚方向に190mmに亘って並ぶ調査部位B,E,Dにおいて、表層部の調査部位B,Dと肉厚中央部の調査部位Eとの平均結晶粒径を比較すると、これらはいずれも12.0〜13.0μmの範囲であり、値の偏差が極めて小さい。換言すれば、実施例4では、表層部と肉厚中央部とで平均結晶粒径の偏差は小さく、断面の平均結晶粒径が全肉厚方向に亘って10μm以上100μm未満であることがわかる。
【0046】
また、硬度の調査では、研磨した試験片の端面に対し、JIS Z2243(ブリネル硬さ試験−試験方法)に準拠したブリネル硬さ試験を実施した。1つの試験片に対し3点以上でブリネル硬さ試験を実施した。ブリネル硬さ試験では、圧痕のサイズからブリネル硬さを算出し、算出されたブリネル硬さをショア硬さに換算した。図5は硬度測定結果を部位別に示す図であり、図5(a)は比較例2の硬度測定結果、図5(b)は本発明の実施例4の硬度測定結果、図5(c)は本発明の実施例5の硬度測定結果をそれぞれ示している。また、衝撃値の調査では、シャルピー衝撃試験により衝撃値を調査した。表6は、実施例4,5及び比較例2の硬度及び衝撃値測定結果を示している。
【0047】
【表6】

【0048】
図5及び表6から明らかなように、実施例4,5では、各調査部位において89HS(ショア硬さ)以上94HS以下の硬度が測定され、いずれの調査部位においても比較例2と比較して高い硬度であった。+−1HS程度の誤差を見込んで、実施例4,5では、88HS以上95HS以下の高い硬度が得られたこととなる。実施例4,5では、表層部の硬さ(表面硬さ)と肉厚中心部の硬さ(中心硬さ)の差は最大で4HSであり、大きな差は認められなかった。このように実施例4,5では、中心硬さの表面硬さからの低下は認められるものの、その低下度合いは鋳物全体としての硬さを低下させるに至らない十分に小さなものであった。また、実施例4,5では、表面硬さのばらつきが認められるものの、そのばらつき具合は鋳物全体としての硬さを低下させるに至らない十分に小さなものであった。一方、比較例2では、表層部の硬度は80HS以上87HS以下であり、肉厚中心部の硬度は82HSであった。このように比較例2では、各調査部位の硬度はいずれも90HSに満たない水準であった。また、実施例4,5及び比較例2の衝撃値は、いずれも2.0J/cmであった。以上より、実施例4,5では比較例2と比べて靱性を損ねることなく、均一且つ十分に高い硬さ備わっていることが明らかとなった。
【0049】
図6は、実施例4,5および比較例2の硬度を比較した図表である。この図表から明らかなように、実施例4,5は比較例2と比較して全体として高い硬度を備えている。高クロム鋳物が、例えば、ローラタイヤやテーブルライナなどの破砕機械部品である場合に、実施例4,5および比較例2の硬度は既に十分な値である。しかし、高クロム鋳鉄鋳物の硬度が高くなれば、耐摩耗性が高まり、部品としての寿命が伸びるので経済的に優位であり、また、より長期に亘って高い性能を維持することができる。
【0050】
上述の通り、最大肉厚が190mmの大型の高クロム鋳鉄鋳物において、成分に微量のホウ素(B)とバナジウム(V)を含むことで、基地に焼き割れが生じることなく、最大で190mmの肉厚に亘り均一で微細な金属組織が確認された。鋳物が大型化するほど質量効果が大きく、鋳物の焼入れ処理において硬さが出にくくなることが知られている。前述の実施例4および実施例5はいずれも最大肉厚が190mmの大型のローラタイヤ型鋳物であるが、これよりも質量効果の小さい最大肉厚が190mm以下のローラタイヤ型鋳物であれば同等かそれ以上の焼入れ性が期待できる。なお、実施例1,2,3で明らかとなったように、最大肉厚が20mm程度の試験片では焼入れ性に顕著な差異は見られなかった。しかし、質量効果が大きくなりはじめる最大肉厚が50mm以上の鋳物であれば、本発明により焼入れ性が顕著に向上すると期待できる。
【0051】
以上説明したとおり、本発明に係る高クロム鋳鉄によれば、金属組織の微細化及び均一化と、焼入れ性(焼入れ硬化性)の向上とを実現できる。なお、本発明に係る高クロム鋳鉄は、鋳造時にブローホールや凝固割れ等の鋳造欠陥を生じさせる多量のNや、鋳物の靭性を低下させる大量のMoを組成に含んでいない。このように、本発明に係る高クロム鋳鉄によれば、金属組織の微細化及び均一化により、鋳造欠陥の発生と靭性低下を抑制しつつ、鋳物の焼入れ性の向上を実現することが可能である。この結果、高い硬度と優れた靭性を有し、耐摩耗性により優れた高クロム鋳鉄鋳物製品を提供することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、高クロム鋳鉄において、耐摩耗性(硬度及び靭性)をより向上させるために有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:2.7〜3.5wt%、Si:0.2〜1.0wt%、Mn:0.3〜2.0wt%、Cr:14〜27wt%、Ni:0.5〜3.0wt%、Mo:0.4〜4.0wt%、B:0.0005wt%以上0.0050wt%以下、及び不可避的不純物、残部Feよりなる高クロム鋳鉄。
【請求項2】
C:2.7〜3.5wt%、Si:0.2〜1.0wt%、Mn:0.3〜2.0wt%、Cr:14〜27wt%、Ni:0.5〜3.0wt%、Mo:0.4〜4.0wt%、B:0.0005wt%以上0.0050wt%以下、V:0.05wt%以上0.20wt%以下、及び不可避的不純物、残部Feよりなる高クロム鋳鉄。
【請求項3】
C:2.7〜3.5wt%、Si:0.2〜1.0wt%、Mn:0.3〜2.0wt%、Cr:14〜27wt%、Ni:0.5〜3.0wt%、Mo:0.4〜4.0wt%、B:0.0015wt%以上0.0025wt%以下、V:0.05wt%以上0.20wt%以下、及び不可避的不純物、残部Feよりなる高クロム鋳鉄。
【請求項4】
C:2.7〜3.5wt%、Si:0.2〜1.0wt%、Mn:0.3〜2.0wt%、Cr:14〜27wt%、Ni:0.5〜3.0wt%、Mo:0.4〜4.0wt%、B:0.0015wt%以上0.0025wt%以下、V:0.09wt%以上0.11wt%以下、及び不可避的不純物、残部Feよりなる高クロム鋳鉄。
【請求項5】
平均結晶粒径が10μm以上100μm未満である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項6】
前記高クロム鋳鉄が、最大肉厚が50mm以上190mm以下の大型の鋳物であって、
断面の平均結晶粒径が肉厚方向に亘り10μm以上100μm未満である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の高クロム鋳鉄。
【請求項7】
前記高クロム鋳鉄が、最大肉厚が50mm以上190mm以下の大型の鋳物であって、
表層部および肉厚中央部の硬度がショア硬さで88HS以上95HS以下である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の高クロム鋳鉄。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−97297(P2012−97297A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−243956(P2010−243956)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(503245465)株式会社アーステクニカ (54)