説明

高分子錯体結晶の合成方法

【課題】三次元的に規則正しく整列した細孔を有する高分子錯体の微結晶を短時間で且つ選択的に合成することができる合成方法を提供する。
【解決手段】(1)ハロゲン化亜鉛(II)と、該ハロゲン化亜鉛を溶解する溶媒Aとを混合した金属溶液、及び、(2)前記ハロゲン化亜鉛の亜鉛に配位する配位結合部位を3つ有する三座配位子と、該三座配位子を溶解する溶媒Bとを混合した配位子溶液、を単一相となるように混合することによって、前記三座配位子が前記亜鉛に配位して形成された三次元ネットワーク構造を有し、且つ、該三次元ネットワーク構造内に三次元的に規則正しく整列した細孔を有する高分子錯体の微結晶を合成する、高分子錯体結晶の合成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三次元的に規則正しく整列した細孔を有する高分子錯体の結晶を短時間で合成可能な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲスト化合物を取り込む空孔構造を持つ材料に、多種類の化合物を含有する混合物を通過又は接触させることによって、選択的に特定の化合物を取り出すことができる。このような細孔性材料としては、有機配位子を遷移金属で集合させた高分子錯体やゼオライト等が知られており、選択的可逆的吸着剤、触媒担体等の多くの用途がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
細孔性高分子錯体の一般的な合成方法としては、金属種を含む溶液と、配位子を含む溶液とを静かに接触させ、これら溶液の界面において徐々に金属種と配位子を反応させて、ゆっくりと高分子錯体の結晶を成長させる液−液拡散法が挙げられる。このような結晶成長は、長時間、例えば、1週間以上を要するため、細孔性高分子錯体は、従来、その機能の高さから様々な用途での利用、応用が期待されているものの、大量合成を必要とする用途では実用化が難しかった。
【0004】
本発明者らは、細孔性高分子錯体の研究開発を進めるにあたり、その合成手法及び高分子錯体の構造特定手法について鋭意検討したところ、意外にも、液‐液拡散法のように長時間かけて結晶を成長させなくても、三次元的に規則的に整列した細孔を有する高分子錯体の結晶を単一成分で合成できることを見出した。
すなわち、本発明の目的は、三次元的に規則正しく整列した細孔を有する高分子錯体の微結晶を短時間で且つ選択的に合成することができる合成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の合成方法は、(1)ハロゲン化亜鉛(II)と、該ハロゲン化亜鉛を溶解する溶媒Aとを混合した金属溶液、及び、(2)前記ハロゲン化亜鉛の亜鉛に配位する配位結合部位を3つ有する三座配位子と、該三座配位子を溶解する溶媒Bとを混合した配位子溶液、を単一相となるように混合することによって、前記三座配位子が前記亜鉛に配位して形成された三次元ネットワーク構造を有し、且つ、該三次元ネットワーク構造内に三次元的に規則正しく整列した細孔を有する高分子錯体の微結晶を合成することを特徴とするものである。
【0006】
本発明者らは、2,4,6−トリス(4−ピリジル)‐1,3,5−トリアジンのニトロベンゼン溶液と、ZnBr2又はZnI2のメタノール溶液とを室温で混合し、短時間攪拌することにより、液‐液拡散法と比較して非常に短時間で、高分子錯体の微結晶粉末を単一成分(組成式が同じ、且つ、同形の結晶構造を有する)で得ることに成功し、本発明を完成させるに至った。
本発明によれば、従来の高分子錯体の合成方法として一般的な液‐液拡散法のように長時間かけなくても、三次元的に規則的に整列した細孔を有する高分子錯体の結晶を短時間で、且つ、大量に合成することが可能である。
【0007】
前記金属溶液(1)と前記配位子溶液(2)との混合工程は、室温にて行うことができる。
具体的な前記ハロゲン化亜鉛(II)としては、臭化亜鉛(ZnBr2)、ヨウ化亜鉛(ZnI2)が挙げられる。
【0008】
また、好適な前記三座配位子としては、前記3つの配位結合部位が形成する配位結合の方向が擬同一平面上に存在するもの、前記3つの配位結合部位が該三座配位子の中心部に対して等間隔放射状に配置されているものが挙げられる。
具体的な前記三座配位子としては、下記式(1)で表される芳香族化合物が挙げられる。
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位結合部位を有する原子又は原子団である。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【0011】
さらに具体的には、前記三座配位子として2,4,6−トリス−(4−ピリジル)‐1,3,5−トリアジンが挙げられる
【0012】
前記溶媒Bとしては、例えば、芳香族化合物が挙げられ、具体的にはニトロベンゼンがある。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、三次元的に規則的に整列した細孔を有する高分子錯体の微結晶粉末を、液−液拡散法と比較して非常に短時間で、且つ、大量に合成することができる。すなわち、本発明は、従来、1週間以上のような長時間をかけて合成されていた細孔性の高分子錯体を、短時間で効率よく合成することを可能とするものであり、生産性が高く、様々な分野における利用が期待されている高分子錯体の実用化に大きく貢献するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の合成方法は、(1)ハロゲン化亜鉛(II)と、該ハロゲン化亜鉛を溶解する溶媒Aとを混合した金属溶液、及び、(2)前記ハロゲン化亜鉛の亜鉛に配位する配位結合部位を3つ有する三座配位子と、該三座配位子を溶解する溶媒Bとを混合した配位子溶液、を単一相となるように混合することによって、前記三座配位子が前記亜鉛に配位して形成された三次元ネットワーク構造を有し、且つ、該三次元ネットワーク構造内に三次元的に規則正しく整列した細孔を有する高分子錯体の微結晶を合成することを特徴とするものである。
【0015】
本発明者らは、高分子錯体の合成手法及び高分子錯体の構造特定手法について鋭意検討した結果、2,4,6−トリス(4−ピリジル)‐1,3,5−トリアジンのニトロベンゼン溶液と、ZnI2のメタノール溶液とを室温で混合し、単一相となるように30秒攪拌混合することにより得られる白色粉末(下記式(5)参照)が、図1(A)に示すように、複数の2,4,6−トリス(4−ピリジル)‐1,3,5−トリアジン(以下、tptということがある)とZnI2が配位結合により三次元的に結びついた三次元ネットワーク構造1aと1bとが相互貫通して形成された複合化三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体の単一成分からなることを見出した(図3(3B)参照)。
【0016】
具体的には、この高分子錯体は、[(ZnI23(tpt)2(PhNO25.5nで表される組成を有し、その三次元構造は、本発明者らの一部がtptのニトロベンゼン溶液と、ZnI2のメタノール溶液との液−液拡散法による結晶成長により合成し、その構造を特定した単結晶[(ZnI23(tpt)2(PhNO25.5nと同形であり、モノポーラスネットワーク構造であることを見出した(図3及びAngew.Chem.Int.Ed.2002,41,No18,3392−3395参照)。
【0017】
さらに、ハロゲン化亜鉛として上記ZnI2の代わりにZnBr2を用いても、同形の三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体[(ZnBr23(tpt)2(PhNO25(H2O)]nが得られることを発見した(下記式(6)参照)。
【0018】
【化2】

【0019】
【化3】

【0020】
従来、微結晶粉末の状態で得られた三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体は、その構造を特定する手法が確立されていなかったが、本発明者らは、放射光粉末X線構造解析及びそのデータを用いたRIETAN−FP、DASH等のソフトウエアによる解析、元素分析、熱分解/質量分析測定(TG/MS)等の解析手法を用いることで、粉末試料の高次構造(結晶構造)を特定することを可能とした。すなわち、本発明者らが新たに確立した粉末試料の高次構造解析手法によって、本発明の合成方法により得られる粉末が、三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体の微結晶であることが判明したのである。
【0021】
本発明の合成方法は、配位結合部位を3つ以上有する多座配位子と、これら複数の多座配位子を繋ぎ合わせる留め金の役割を果たすテトラヘドラル型の金属種とを、細孔の鋳型となるテンプレート溶媒の存在下、単一相となるように混合することで瞬時に配位結合させ、その自己組織化によって三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体を形成するものである。
本発明の合成方法は、液−液拡散法と異なり、高分子錯体を構成する上記成分を、単一相となるように短時間で混合することで合成するものであり、本発明にかかる合成方法の代表例である上記tptのニトロベンゼン溶液とZnI2のメタノール溶液とを室温で攪拌混合することにより得られた[(ZnI23(tpt)2(PhNO25.5]は、室温で30秒間という反応条件下において合成されたことから、速度論的支配の生成物といえる。従って、速度論的視点で高分子錯体の設計、反応条件等を設定することで、速度論的に安定した高分子錯体を合成することが可能である。
【0022】
また、本発明において、高分子錯体の細孔は、配位子溶液(2)において三座配位子を溶解する溶媒Bによるテンプレート効果により形成されると考えられる。すなわち、三座配位子と強い相互作用を有する溶媒は、高分子錯体形成時に、その相互作用により高分子錯体内へと入り込み、高分子錯体内に空間を形成すると考えられる。そして、高分子錯体形成後、ゲスト交換によりテンプレート溶媒を取り除いたとしても、その細孔は保持される。従って、高分子錯体の三次元構造を形成する金属種及び多座配位子のみならず、多座配位子を溶解する溶媒Bの選択によって、細孔の形状、大きさ等を精密に制御することが可能である。
【0023】
以上のように、本発明の合成方法によれば、細孔を有する高分子錯体を短時間で合成することが可能である。高分子錯体の合成に要する時間は、混合する金属溶液(1)と配位子溶液(2)の量、攪拌混合方法、反応容器形状、反応温度等によって異なるが、本発明によれば、金属溶液(1)と配位子溶液(2)とを接触させ、微結晶を生成させるまでに、1分以下の秒スケールの攪拌混合時間で高分子錯体を合成することが可能である。
しかも、得られる高分子錯体は単一成分であることから、選択的に大量合成することができる。さらには、上述したように、金属種、配位子、及びこれらを溶解する溶媒を適宜組み合わせることで、得られる高分子錯体の細孔のサイズ、形状等を精密に制御することも可能である。
また、得られる高分子錯体は粉末状の微結晶であるため、速やかな吸着性能を示す表面積の大きい細孔性材料として利用することが期待できる。
【0024】
以下、本発明の合成方法について、詳しく説明していく。
本発明においてハロゲン化亜鉛は、複数の三座配位子が配位して三次元ネットワーク構造を構築するものであり、複数の三座配位子を繋ぎ合わせる留め金の役割を果たす。このような留め金の役割を果たす金属種としては、正四面体の各頂点で他の原子と配位結合することができるもの、いわゆるテトラヘドラル型の配位結合を形成できるものが挙げられる。本発明においては、テトラヘドラル型の金属種としてハロゲン化亜鉛(II)を用いる。具体的には、臭化亜鉛(ZnBr2)、ヨウ化亜鉛(ZnI2)が挙げられる。
【0025】
ハロゲン化亜鉛を溶解する溶媒Aとしては、留め金の役割を果たす金属種であるハロゲン化亜鉛を溶解することが可能であれば特に限定されないが、金属と直接強い配位結合を形成しないメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、tert-ブチルアルコール等のアルコール類が好ましい。溶媒Aは、1種のみでも、2種以上の混合物でもよい。
【0026】
上記ハロゲン化亜鉛(II)と溶媒Aとを混合した金属溶液(1)は、ハロゲン化亜鉛(II)と溶媒Aとを任意の方法で混合、攪拌し、溶媒Aにハロゲン化亜鉛を溶解することで得ることができる。溶媒Aにハロゲン化亜鉛を均一に溶解することができれば、金属種と三座配位子の種類や混合比率を、生成する高分子錯体の組成比率に合わせるだけでよく、混合、攪拌の方法は特に限定されない。
【0027】
上記ハロゲン化亜鉛(II)の亜鉛に配位する三座配位子としては、ハロゲン化亜鉛の亜鉛と配位結合しうる配位結合部位を3つ有するものであればよく、特に限定されない。配位結合部位を4つ以上有する多座配位子であっても、三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体を形成しうるが、三座配位子は速度論的支配反応による生成物を形成しやすい。
三座配位子としては、その3つの配位結合部位が形成する配位結合の方向が、擬同一平面上に存在することが好ましい。このように、各配位結合部位が形成する配位結合のベクトルが同一平面上に存在することで、規則的な三次元ネットワーク構造を形成することができるからである。
【0028】
規則的な三次元ネットワーク構造を形成できるという観点からは、その3つの配位結合部位が三座配位子の中心部に対して等間隔放射状に配置されている構造を有する三座配位子が好ましく、特に、その3つの配位結合部位が三座配位子の中心部に対して擬同一平面上に等間隔放射状に配置されている構造を有する三座配位子が好ましい。
ここで、擬同一平面とは、完全に同一の平面上に存在する状態の他、若干ずれた平面、例えば、基準となる平面に対して、20°以下で交差するような平面に存在する状態も含む。また、三座配位子の中心部とは、三座配位子を平面的に捉えたときの中心位置であり、該中心部に対して3つの配位結合部位が等間隔放射状に配置されているとは、該中心部から等間隔で放射状に延びる線上に3つの配位結合部位が配置している状態を指す。
【0029】
具体的な三座配位子としては、例えば、下記式(1)で表される芳香族化合物が挙げられる。
【0030】
【化4】

【0031】
(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位原子又は配位原子を含む原子団である。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【0032】
ここで、式(1)において、Arは、擬平面構造を形成するπ平面を有するものである。Arとしては特に限定されず、三座配位子の分子サイズが高分子錯体内に形成される細孔のサイズにある程度影響することを考慮して適宜選択すればよい。具体的には、単環性の芳香環、特に6員環の芳香環、或いは、2〜5環性の縮合多環性の芳香環、特に6員環の芳香環が2〜5個縮合した縮合多環性の芳香環が挙げられる。
【0033】
合成の容易性から、Arとしては、6員環の芳香環等の単環性芳香環が好ましい。単環性の6員環の芳香環としては、例えば、ベンゼン環、トリアジン環、ピリジン環、ピラジン環等が挙げられる。
【0034】
Arは、芳香環を有する構造であればよく、一部に脂環式環状構造を含んでいてもよいし、環内ヘテロ原子を含んでいてもよい。また、−(X−Y)以外の置換基を有していてもよい。
【0035】
式(1)において、ArとYとの間に介在するXについて、2価の有機基としては、高分子錯体中に形成される細孔に要求されるサイズ等によって適宜その鎖長等を選択すればよいが、比較的大きな分子サイズを有する有機化合物を取り込める細孔を形成するためには、例えば、炭素数2〜6の2価の脂肪族基、6員環の2価の単環性芳香環、6員環の芳香環が2〜4個縮合した縮合多環性芳香環が挙げられる。
【0036】
ここで芳香環は、環内ヘテロ原子を含んでいてもよく、置換基を有していてもよい。また、一部に脂環式構造を含むものであってもよい。脂肪族基は、分岐構造を有していてもよいし、不飽和結合を含んでいてもよいし、ヘテロ原子を含んでいてもよい。
【0037】
上記2価の有機基の具体例としては、フェニレン基、チオフェニレン、フラニレン等の単環性芳香環や、ナフチル基及びアントラセン等のベンゼン環が縮合した縮合多環性芳香環、アセチレン基、エチレン基、アミド基、エステル基等の脂肪族基、並びにこれらの基が任意の数及び順序で連結した構造を有するものが挙げられる。一分子中に含まれる複数のXは、互いに同一であっても異なっていてもよいが、通常、合成の容易性の観点から、同一であることが好ましい。
【0038】
Yは、ハロゲン化亜鉛の亜鉛イオンに配位することができる配位結合部位を有する配位原子又は配位原子を含む原子団であり、亜鉛に配位して三次元ネットワーク構造を形成できるものであれば、特に限定されない。例えば、下記式(2)で表される基が挙げられる。
【0039】
【化5】

【0040】
式(2b)、(2c)及び(2d)は、共鳴構造をとることにより、中心金属イオンに孤立電子対を供与できる。以下に、式(2c)の共鳴構造を代表例として示す。
【0041】
【化6】

【0042】
Yは、配位結合部位を有する配位原子そのものであってもよいし、配位結合部位を有する配位原子を含む原子団であってもよい。例えば、上記4−ピリジル基(2a)は、配位原子(N)を含む原子団である。Yの配位原子が有する孤立電子対により、亜鉛イオンに配位結合する際、適度な配位力が得られる点からは、上記式のうちピリジル基(2a、2f)が特に好ましい。
【0043】
また、三座配位子は、当該三座配位子の全ての配位結合部位が擬同一平面内に存在する芳香族化合物であることが好ましく、特にπ共役系により芳香族化合物配位子全体として擬平面形状であることが好ましい。すなわち、上記(1)式で表される三座配位子(1)に含まれる全てのYは、擬同一平面内に存在することが好ましい。特に、Arと共に、Arに結合する3つの−(X−Y)がπ共役系により一体化して安定な擬平面構造をとり、当該擬平面構造上に全てのYが存在することが好ましい。
【0044】
Arと3つの−(X−Y)がπ共役系により一体化して擬平面構造をとる三座配位子において、−(X−Y)は剛直な直線状の構造を有し、使用を意図する環境において、その軸周り回転が制限されるものであることが、高分子錯体が強固な三次元構造を形成するという観点から好ましい。
【0045】
このような観点から、上記にて例示されたもののうち、Xとしては、ArとYを直接結ぶ単結合、フェニレン基等の単環性芳香環やナフチル基及びアントラセン等の縮合多環性芳香環のような芳香環、アセチレン基及びエチレン基等の脂肪族基、並びにこれらの基が任意の数及び順序で連結した構造を有するものが好ましい。−(X−Y)が芳香環、アセチレン基、エチレン基からなる構造或いはこれらが連結した構造を有する場合には、立体障害により軸回転が制限される。さらに、芳香環、アセチレン基、エチレン基からなる構造が、π電子が非局在化した共役系を形成する場合には、立体配座のエネルギー障壁によっても軸回転が制限される。従って、上記式(1)で表される三座配位子が一体化して擬平面構造をとることができ、安定した三次元ネットワーク構造を形成することができる。
【0046】
また、Yは、高分子錯体の設計の容易性の点から、上記剛直な直線状の構造を有する−(X−Y)の軸の延長方向に配位結合部位、特に、孤立電子対を有していることが好ましい。さらに、これら配位結合部位がそれぞれ形成する配位結合の方向が、擬同一平面上に存在することが好ましい。
【0047】
以上のような、一つの芳香環含有構造Arを中心として、該芳香環のπ共役系により形成される平面の広がる方向に向かって等間隔の放射状に配位結合部位が配置された構造を有し、且つ、配位結合部位を有する3つのYがそれぞれ形成する配位結合の方向が、擬同一平面上に存在する三座配位子としては、以下の式(4)で表される2,4,6−トリス(4−ピリジル)1,3,5−トリアジン(tpt)が挙げられる。
【0048】
【化7】

【0049】
三座配位子を溶解する溶媒Bとしては、三座配位子を溶解することができれば特に限定されない。特に溶媒Bと三座配位子との間に相互作用が生じる場合、溶媒Bは高分子錯体の細孔の鋳型として作用すると考えられる。用いる溶媒Bによって、形成される細孔のサイズや形状等が変化すると考えられることから、三座配位子との相互作用、分子サイズ、極性等を考慮して溶媒Bを選択することが好ましい。
【0050】
溶媒Bとしては、例えば、芳香族化合物が挙げられる。上記(1)で表される三座配位子や、tpt等は、芳香環を有しているため、溶媒Bとして芳香族化合物を用いることで、三座配位子−溶媒B間の相互作用を強めることができ、確実に規則的な細孔を形成することが可能となる。具体的には、ニトロベンゼン、ベンゼン、トルエン等が挙げられる。溶媒Bは1種のみでも、2種以上の混合物でもよい。
【0051】
上記三座配位子と溶媒Bとを混合した配位子溶液(2)は、三座配位子と溶媒Bとを任意の方法で混合、攪拌し、溶媒Bに三座配位子化合物を溶解することで得ることができる。溶媒Bに三座配位子を均一に溶解することができれば、金属種と三座配位子の種類や混合比率を、生成する高分子錯体の組成比率に合わせるだけでよく、混合、攪拌の方法は特に限定されない。
尚、配位子溶液(2)には、溶媒Bの他にも、混合初期に金属種や三座配位子が単体で析出することを防ぐ濃度調整を目的として、金属種を溶解する溶媒Aを含有させてもよい。このとき、溶媒Aの含有量は、溶媒Bに対して20vol%以下とすることが好ましい。
【0052】
上記のようにして得られた金属溶液(1)と配位子溶液(2)とを、単一相となるように瞬時に混合することで、配位子溶液(2)中の三座配位子が金属溶液(1)中のハロゲン化亜鉛の亜鉛に配位し、三次元的に規則正しく整列した細孔が形成された三次元ネットワーク構造を有する高分子錯体の微結晶が得られる。
【0053】
金属溶液(1)と配位子溶液(2)との混合方法、攪拌方法は、短時間で単一相を得ることができれば特に限定されず、合成量、反応容器の形状、反応温度等に応じて、任意の方法を採用することができる。例えば、金属溶液(1)の全量と配位子溶液(2)の全量を一度に混合、攪拌してもよいし、金属溶液(1)と配位子溶液(2)とを連続的に供給しながら攪拌混合してもよい。また、本発明の効果を損なわない範囲内で、一方の溶液(1)又は(2)に他方の溶液(2)又は(1)を分割して供給し、攪拌混合してもよい。
また、金属溶液(1)と配位子溶液(2)の混合工程における条件は特に限定されず、例えば、反応温度も室温(約10〜30℃)のような穏やかな条件下で行うことができる。
【0054】
以上のようにして、本発明によれば、非常に簡易的な手順で、しかも、短時間で高分子錯体を粉末状の微結晶として得ることができる。さらには上述したように、単一成分として高分子錯体を得ることが可能であり、本発明の合成方法によれば、高分子錯体を非常に効率よく合成することが可能である。
【0055】
本発明の合成方法により得られる微結晶粉末の構造解析方法としては、元素分析、熱分解/質量分析測定(TG/MS)、粉末X線結晶構造解析等が挙げられる。このうち、粉末X線結晶構造解析については、放射光を用いてその回折パターンを測定し、その回折パターンからDASHプログラムを用いて構造を決定し、RIETAN−FPプログラムを用いてRietvelt解析を行うことでその構造を精密化し、構造の決定に成功している。
【0056】
ここで、本発明の合成法により得られる高分子錯体の代表例として、式(5)の反応、すなわち、tptのニトロベンゼン溶液と、ZnI2のメタノール溶液とを室温で混合し、30秒攪拌することにより得られる高分子錯体1[(ZnI23(tpt)2(PhNO25.5nの結晶構造について説明する(図1参照)。
【0057】
上述したように高分子錯体1は、tptのニトロベンゼン溶液と、ZnI2のメタノール溶液との液−液拡散法による結晶成長により得られる単結晶[(ZnI23(tpt)2(PhNO25.5n(図3及びAngew.Chem.Int.Ed.2002,41,No18,3392−3395参照)と同形である。すなわち、ZnI2のZnが、二つのI及び2つのtptのピリジル基の不対電子対と、テトラヘドラル型で配位結合を形成し、三次元的に結びついた2種類の三次元ネットワーク構造1aと1bとが相互貫通した複合化三次元ネットワーク構造が形成されている。三次元ネットワーク構造1aと三次元ネットワーク構造1bは、Znを共有する等の間接的或いは直接的な結合を有しておらず、互いに独立した高分子骨格であり、同一の空間を共有するように互いに入り組んだ入れ子状に相互貫通している。そして、2種類の三次元ネットワーク構造1aと1bが相互貫通して複合化したものが連続し、複合化三次元ネットワーク構造が形成されている。
【0058】
この三次元ネットワークは、最も短い閉鎖環状連鎖構造としてtpt10分子とZn10原子とからなる閉鎖環状連鎖構造を有しており、(10,3)−bの立体配置をとっていると考えられる。また、(010)軸にそって、この三次元ネットワーク構造は螺旋状の六方晶系の三次元ネットワークとみなすことができる。そして、このような三次元ネットワーク構造が2つ相互貫通してなる高分子錯体は、これら2つの三次元ネットワーク構造を貫通し、規則的に整列した1種類の細孔を有している。
尚、本発明の合成方法により得られる高分子錯体の結晶構造は、上記構造に限定されるものではない。
【0059】
本発明により提供される高分子錯体は、ゲスト分子を選択的に取り込む及び/又は放出する及び/又は輸送する機能を有している。従って、該高分子錯体を用いて、特定成分の分離、精製や貯蔵等が可能である。しかも、上述したように、分子設計によって、細孔の形状、サイズ、雰囲気を制御することも可能であり、広範囲にわたる分野において、様々な用途に有効利用されることが期待できる。
【実施例】
【0060】
[高分子錯体1の合成]
tpt50.2mgを、ニトロベンゼン/メタノール(32ml/4ml)の混合液に溶解させ、配位子溶液を調製した。室温において、得られた配位子溶液に、ZnI276.5mgをメタノール8mlに溶解させた金属溶液を混合し、30秒攪拌することにより、白色粉末151.7mgを得た(収率81.6%)。
【0061】
【化8】

【0062】
得られた白色粉末試料を元素分析及び熱分解/質量分析測定(TG−MS)により同定したところ、[(ZnI23(tpt)2(PhNO25.5n(高分子錯体1)だった。
<元素分析結果>
[(ZnI23(tpt)2(PhNO25.5n
理論値 C:36.68%、H:2.30%、N:10.85%
実測値 C:36.39%、H:2.43%、N:10.57%
【0063】
さらに、得られた白色粉末試料について、Spring−8を用いた放射光粉末X線結晶構造解析[波長0.69995(2)Å]を行ったところ、単斜晶系の空間群C2/cで格子体積が16140Å3の単一な細孔を有する入れ子状のネットワーク構造であることが明らかとなった(図1参照)。大きな格子体積と低い対称性を有するにもかかわらず、得られた粉末X線回折データから、ソフトウエアDASHを用いることにより一義的に骨格構造を求めることができた。尚、図1の(1A)は高分子錯体1の結晶構造、(1B)は高分子錯体1の回折パターン[実線;実測回折パターン、破線;シミュレーションにより得られる理論回折パターン]である。
図1の(1B)において、高分子錯体1の結晶構造からシミュレーションにより導かれた理論回折パターンと実測回折パターンはよい一致を示し、回折パターン間の差分に相当する残さが少なかった。
【0064】
一方、試験管にニトロベンゼン4mlと、メタノール1mlをとり、そこに、tpt6.3mgを溶解した。次に、ZnI29.6mgをメタノール1mlに溶かした溶液を上層として静かに加え、約15〜25℃(室温)で約7日間静置し、高分子錯体1’[(ZnI23(tpt)2(PhNO25.5nを得た。
得られた高分子錯体1’のX線結晶構造解析結果を図3に示す。尚、図3において、ゲスト分子は省略されている。
【0065】
上記にて得られた高分子錯体1の結晶構造(図1の1A)と、高分子錯体1’の結晶構造(図3の3A)とを比べると、その三次元構造が同一であることが明らかである。
【0066】
[高分子錯体2の合成]
tpt50.2mgを、ニトロベンゼン/メタノール(32ml/4ml)の混合液に溶解させ、配位子溶液を調製した。室温において、得られた配位子溶液に、ZnBr254.0mgをメタノール8mlに溶解させた金属溶液を混合し、30秒攪拌することにより、白色粉末77.3mgを得た(収率47.8%)。
【0067】
【化9】

【0068】
得られた白色粉末試料を元素分析及び熱分解/重量分析(TG/MS)により同定したところ、[(ZnBr23(tpt)2(PhNO25(H2O)]n(高分子錯体2)だった。
<元素分析結果>
[(ZnBr23(tpt)2(PhNO25(H2O)]n
理論値 C:40.99%、H:2.66%、N:12.31%
実測値 C:40.96%、H:2.83%、N:12.08%
【0069】
さらに、得られた白色粉末試料について、Spring−8を用いた放射光粉末X線結晶構造解析[波長1.29918(3)Å]を行ったところ、単斜晶系の空間群C2/cで格子体積が15638Å3の単一な細孔を有する入れ子状のネットワーク構造であることが明らかとなった(図2参照)。大きな格子体積と低い対称性を有するにもかかわらず、得られた粉末X線回折データから、ソフトウエアDASHを用いることにより一義的に骨格構造を求めることができた。尚、図2の(2A)は高分子錯体2の結晶構造、(2B)は高分子錯体2の回折パターン[実線;実測回折パターン、破線;シミュレーションにより得られる理論回折パターン]である。
【0070】
図2の(2B)において、高分子錯体2の結晶構造からシミュレーションにより導かれた理論回折パターンと実測回折パターンはよい一致を示し、回折パターン間の差分に相当する残さが少なかった。
高分子錯体2の三次元構造がX線結晶構造解析の結果得られた高分子錯体1の構造に類似していると仮定してモデル計算を行うと、その結果得られる理論回折パターンと実際に粉末X線結晶構造解析で得られた実測回折パターンはほぼ一致し、回折パターン間の差分に相当する残さがほとんど残らなかった。このことから、高分子錯体1と高分子錯体2は同形の三次元ネットワーク構造を有すると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】高分子錯体1の結晶構造及び放射光による回折パターンを示す図である。
【図2】高分子錯体2の結晶構造及び放射光による回折パターンを示す図である。
【図3】高分子錯体1’の結晶構造を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)ハロゲン化亜鉛(II)と、該ハロゲン化亜鉛を溶解する溶媒Aとを混合した金属溶液、及び、(2)前記ハロゲン化亜鉛の亜鉛に配位する配位結合部位を3つ有する三座配位子と、該三座配位子を溶解する溶媒Bとを混合した配位子溶液、を単一相となるように混合することによって、前記三座配位子が前記亜鉛に配位して形成された三次元ネットワーク構造を有し、且つ、該三次元ネットワーク構造内に三次元的に規則正しく整列した細孔を有する高分子錯体の微結晶を合成する、高分子錯体結晶の合成方法。
【請求項2】
前記金属溶液と前記配位子溶液との混合工程を室温にて行う、請求項1に記載の高分子錯体結晶の合成方法。
【請求項3】
前記ハロゲン化亜鉛(II)が、臭化亜鉛(II)又はヨウ化亜鉛(II)である、請求項1又は2に記載の高分子錯体結晶の合成方法。
【請求項4】
前記三座配位子は、前記3つの配位結合部位が形成する配位結合の方向が、擬同一平面上に存在する、請求項1乃至3のいずれかに記載の高分子錯体結晶の合成方法。
【請求項5】
前記三座配位子は、前記3つの配位結合部位が該三座配位子の中心部に対して等間隔放射状に配置されている、請求項1乃至4のいずれかに記載の高分子錯体結晶の合成方法。
【請求項6】
前記三座配位子が、下記式(1)で表される芳香族化合物である、請求項1乃至5のいずれかに記載の高分子錯体結晶の合成方法。
【化1】

(式中、Arは芳香環を有する構造である。Xは2価の有機基であるか又はArとYの間を直接結ぶ単結合である。Yは配位結合部位を有する原子又は原子団である。一分子内に含まれる複数のX同士は互いに異なっていてもよく、且つ、複数のY同士は互いに異なっていてもよい。)
【請求項7】
前記三座配位子が2,4,6−トリス−(4−ピリジル)‐1,3,5−トリアジンである、請求項1乃至6のいずれかに記載の高分子錯体結晶の合成方法。
【請求項8】
前記溶媒Bが芳香族化合物である、請求項1乃至7のいずれかに記載の高分子錯体結晶の合成方法。
【請求項9】
前記溶媒Bがニトロベンゼンである、請求項8に記載の高分子錯体結晶の合成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−214584(P2008−214584A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−57611(P2007−57611)
【出願日】平成19年3月7日(2007.3.7)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】