説明

高周波用誘電体組成物

【課題】良好な誘電特性を実現でき、比較的低温で焼成できる新規な高周波用誘電体組成物を提供することにある。
【解決手段】特にマイクロ波領域において高純度フォルステライトに匹敵する優れた誘電特性をもつ誘電体組成物を、フォルステライトよりも低い焼成温度で得ることができる。また、一般的な誘電体組成物では還元雰囲気下で焼成すると誘電特性が低下してしまうため好ましくない。これに対し、本発明の高周波用誘電体組成物は酸化雰囲気下でも、N雰囲気等の還元雰囲気下でも焼成可能であり、特に還元的雰囲気下で焼成する方がやや良好な誘電特性を示す傾向にある。このため、例えば酸化しやすい金属材料を用いた電極との同時焼成を行う場合には還元的雰囲気で焼成を行うなど、目的に応じて酸化、還元のうちいずれの雰囲気下で焼成するかを自由に選択することができ、応用範囲が広いという利点がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波用誘電体組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
高周波用誘電体材料は、近年の情報通信技術の発展により、通信回路の特性を決定する重要な材料となりつつある。このような誘電体に要求される特性としては、一般に、(i)マイクロ波帯における比誘電率(ε)が高いこと、(ii)誘電損失が小さいこと、すなわち品質係数(Q・f;但しQは誘電正接tanδの逆数、fは共振周波数)が高いこと、(iii)共振周波数の温度係数(τ)の絶対値が小さいこと、が挙げられる。特に、誘電損失は誘電体に交流電場を加えた時に熱として失われるエネルギーの量を表し、高周波においてはその値が小さいことが重要となる。
【0003】
このような高周波用誘電体セラミックスの一つとして、フォルステライトが知られている。このものは、MgOとSiOの反応生成物(MgSiO)よりなり、比較的優れた高周波特性を有している。
【0004】
本発明者らは、これまでにフォルステライトの製造工程において、混入する不純物および粉末の粒度を制御することにより、マイクロ波領域での誘電損失の小さいフォルステライト誘電体を開発している(特許文献1、非特許文献1参照)。
【特許文献1】特許第3083638号公報
【非特許文献1】角岡 勉ほか、JFCC Review, 4, 72-81(1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、フォルステライトからなる高周波用誘電体組成物を作製する場合、原料のMgOやSiOに混入している不純物や種々の目的で添加される元素によって、最終的な生成物である誘電体焼結体中にフォルステライト以外の相が形成され、誘電特性に影響を与えることがある。このため、誘電特性の良いフォルステライトを得るためには、製造プロセスの繊細な管理が必要となる。
【0006】
また、フォルステライトを得るための焼結温度は一般に1450℃程度である。しかし、例えば誘電体組成物を、基板の焼成と同時に電極の形成を行う同時焼成によって製造される電子デバイス等に応用する場合などにおいては、焼結温度があまり高くないことが望まれる。
【0007】
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、良好な誘電特性を実現でき、比較的低温で焼成できる新規な高周波用誘電体組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、良好な誘電特性を実現でき、比較的低温で焼成できる新規な高周波用誘電体組成物を開発すべく鋭意研究してきたところ、フォルステライトにテフォライト(MnSiO)を固溶させることにより、1400℃程度と、一般的にフォルステライトの焼成に好ましいとされる1450℃よりも低温で焼成可能であり、特にマイクロ波領域でのQ・f値が大きい高周波用誘電体組成物を得られることを見出した。また、テフォライト単体でも同様に低温焼成が可能で誘電特性の良い高周波用誘電体組成物を得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明はテフォライト単体またはテフォライトとフォルステライトの固溶体からなる、一般式Mg2−xMnSiO(但し0<x≦2.0)で示される高周波用誘電体組成物である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、特にマイクロ波領域において高純度フォルステライトに匹敵する優れた誘電特性をもつとともに、比較的低温で焼成可能な高周波用誘電体組成物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の高周波用誘電体組成物は、テフォライト単体またはテフォライトとフォルステライトの固溶体からなる、一般式Mg2−xMnSiO(但し0<x≦2.0)で示されるものである。Mnの組成比、すなわち上記一般式中のxの値の範囲については、0より大きく2.0以下であれば特に制限はないが、xが0.05以上0.15以下の範囲で特に高いQ・f値をもつ高周波用誘電体組成物を得ることができる。
【0012】
このような高周波用誘電体組成物は、原料であるMgO、MnO、SiOを混合して焼成することにより得ることができる。本発明の高周波用誘電体組成物の製造プロセスの一例を示す工程図を図1に示す。
【0013】
まず、原料であるMgO、MnO、SiO(テフォライト単体を目的の組成物とする場合はMnO、SiO)を、目的とする高周波用誘電体組成物中の原子数の比に基づいて秤量し、混合、粉砕する。MgO、MnO、SiOとしては、それぞれ高純度のものを使用することが好ましく、具体的には純度99.9%以上のものを使用することが好ましい。また、粒度はできるだけ小さいことが好ましいが、仮焼成において充分反応する程度であればよい。粉砕は、例えばボールミル等を用いた一般的な方法で行うことができる。
【0014】
次いで、得られた原料の混合粉末を乾燥後、仮焼成する。仮焼成は例えば焼成温度1150℃程度、焼成時間3時間程度で行えばよい。これにより、フォルステライトとテフォライトとの良好な固溶相を合成することができる。得られた固溶体は再び粉砕、乾燥して粉末とされる。粉砕は、例えばボールミル等を用いた一般的な方法で行うことができる。
【0015】
次に、乾燥後の固溶体粉末にバインダを加えて造粒する。バインダとしてはポリビニルアルコール、メチルセルロースなどの有機質の糊料を好ましく使用できる。造粒後、得られた固溶体の粉粒体を成形する。成形は、例えば一軸プレスにより成形後、冷間等方圧プレス(CIP)により再成形することにより行うことができる。
【0016】
次いで、得られた成形体を脱脂後、本焼成する。脱脂処理は成形物に含まれるバインダ等の有機物を徐々に焼失させる条件で行えばよく、例えば300〜500℃で4〜8時間程度行えば良い。また、本焼成は焼成温度1400℃、焼成時間2時間程度で行うことができる。なお、本明細書において焼成温度とは加熱炉内に熱電対を設置して測定した温度をいう。但し、加熱炉の中心位置では±2〜3℃、炉内全体では測定位置により±30℃程度の誤差が生じる。
【実施例】
【0017】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
【0018】
<実施例1−1>
(1)焼結体の作成
純度99.9%以上、平均粒径0.8mm、比表面積1.78m/gのSiO粉末、純度99.9%以上、平均粒径0.82μm、比較面積1.78m /gのMgO粉末、及び純度99.9%以上のMnO粉末を、目的とする固溶体Mg1.97Mn0.03SiO(x=0.03)中の各元素の組成比に基づいて秤量した後、蒸留水を加えて、ジルコニアボールを用いてボールミルで24時間混合した。混合後の原料粉末を、約100℃で24時間乾燥した後、空気中で1150℃で3時間仮焼成した。得られた仮焼成物をジルコニアボールを用いたボールミルにて蒸留水中で24時間粉砕した後、100℃で24時間乾燥して固溶体粉末を得た。
得られた固溶体粉末にバインダとしてポリビニルアルコールを1%添加し、造粒した。得られた造粒物を、直径12mmの金型を用いて8MPa、2分間の一軸加圧により成形した後、200MPa、2分間の冷間等方圧プレス(CIP)で再成形して、ペレット状の成形物を得た。
次いで、成形物を加熱炉に入れ、400℃で6時間加熱して脱脂した後、昇温し、1400℃で2時間の本焼成を行って焼結体を得た。なお、焼成における昇温・降温速度は5℃/minとした。
【0019】
(2)試験
(i)相対密度
相対密度は、アルキメデス法で見かけ密度を求め、その値を理論密度で除することにより求めた。
【0020】
(ii)誘電特性
上記(1)で得られた焼結体の両端面を研磨した後、Hakki and Coleman(ハッキ アンド コールマン)法を改良した両端短絡形誘電体共振器法(JIS R 1627)により比誘電率ε、品質係数Q・f値及び温度係数τを測定した。なお、測定周波数は14〜18GHzで行った。温度係数τは+20〜+80℃の温度範囲で共振周波数の変化から求めた。
【0021】
(iii)粉末X線回折(XRD)法による解析
得られた焼結体について、粉末X線回折法による解析(線源:CuKα)を行った。
【0022】
(iv)WPPD法による格子定数の精密化
(iii)で得られた粉末X線解析のデータをWPPD(Whole-Powder-Pattern Decomposition;全粉末パターン分解)法を用いて解析し、格子定数を精密化した。
【0023】
<実施例1−2>
原料粉末を、目的とする固溶体Mg1.95Mn0.05SiO(x=0.05)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。その他は、実施例1と同様にして焼結体を作成し、試験を行った。
【0024】
<実施例1−3>
原料粉末を、目的とする固溶体Mg1.9Mn0.1SiO(x=0.1)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。その他は、実施例1と同様にして固溶体および焼結体を作成し、試験を行った。
【0025】
<実施例1−4>
原料粉末を、目的とする固溶体Mg1.85Mn0.15SiO(x=0.15)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。その他は、実施例1と同様にして固溶体および焼結体を作成し、試験を行った。
【0026】
<実施例1−5>
原料粉末を、目的とする固溶体Mg1.5Mn0.5SiO(x=0.5)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。その他は、実施例1と同様にして固溶体および焼結体を作成し、試験を行った。
【0027】
<実施例1−6>
原料粉末を、目的とする固溶体MgMnSiO(x=1)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。その他は、実施例1と同様にして固溶体および焼結体を作成し、試験を行った。
【0028】
<実施例1−7>
原料粉末を、目的とするテフォライト単体MnSiO(x=2)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。その他は、実施例1と同様にして固溶体および焼結体を作成し、試験を行った。
【0029】
<実施例2−1>
原料粉末を、目的とする固溶体Mg1.95Mn0.05SiO(x=0.05)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。また、仮焼成および本焼成を窒素雰囲気下(還元雰囲気下)で行った。その他は、実施例1と同様にして固溶体および焼結体を作成し、試験を行った。
【0030】
<実施例2−2>
原料粉末を、目的とする固溶体Mg1.9Mn0.1SiO(x=0.1)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。また、仮焼成および本焼成を窒素雰囲気下(還元雰囲気下)で行った。その他は、実施例1と同様にして固溶体および焼結体を作成し、試験を行った。
【0031】
<実施例2−3>
原料粉末を、目的とするテフォライト単体MnSiO(x=2)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。また、仮焼成および本焼成を窒素雰囲気下(還元雰囲気下)で行った。その他は、実施例1と同様にして固溶体および焼結体を作成し、試験を行った。
【0032】
<比較例>
原料粉末を、目的とするフォルステライト単体MgSiO(x=0)中の各元素の組成比に基づいて秤量した。その他は、実施例1と同様にして固溶体および焼結体を作成し、試験を行った。
【0033】
[結果と考察]
表1には、各実施例および比較例における焼結体の比誘電率ε、品質係数Q・f、温度係数τ、相対密度、格子定数を示した。また、図2には、各実施例および比較例における焼結体のX線回折チャートを、図3にはxの値と比誘電率εとの関係、図4にはxの値と品質係数Q・fとの関係を、図5にはxの値と温度係数τとの関係を、それぞれ示した。
【0034】
【表1】

【0035】
表1より、Mn元素の組成比(xの値)の増加に伴い、格子定数が大きくなっていることから、固溶体が形成されていることが分かる。また、実施例の焼結体はいずれも相対密度が約93%〜99%であり、焼成温度1400℃で充分に高密度の焼結体が得られていることが分かった。
【0036】
表1および図3より、テフォライトとフォルステライトとの固溶体(実施例1−1〜1−6、および実施例2−1〜2−2)およびテフォライト単体(実施例1−7、実施例2−3)からなる焼結体は、フォルステライト単体(比較例)からなる焼結体と比較して比誘電率εが高くなっていた。また、比誘電率εとxの値との間には直線的な相関関係が見出された。このことから、Mn元素の組成比を調整することにより比誘電率を所望の値にコントロール可能である。
【0037】
また、表1および図4より、テフォライトとフォルステライトとの固溶体およびテフォライト単体からなる焼結体は、フォルステライト単体からなる焼結体にほぼ匹敵する品質係数Q・fを示した。特に0.05≦x≦0.15の範囲内で、フォルステライト単体と比較して品質係数Q・fの大きな改善が見られ、x=0.05でQ・f=180333GHzを達成することができた。
【0038】
さらに、空気中(酸化雰囲気下)で焼成を行った実施例1−1〜1−7と、窒素雰囲下気(還元雰囲気下)で焼成を行った実施例2−1〜2−3とを比較して、比誘電率ε、品質係数Q・fおよび温度係数τの値には大きな違いはなかった。このことから、テフォライト単体またはテフォライトとフォルステライトの固溶体からなる高周波用誘電体組成物は、酸化雰囲気下または還元雰囲気下のいずれで焼成しても良好な誘電特性をもつことが分かった。
【0039】
以上のように本発明によれば、特にマイクロ波領域において高純度フォルステライトに匹敵する優れた誘電特性をもつとともに、比較的低温で焼成可能な高周波用誘電体組成物を得ることができる。
また、一般的な誘電体組成物では還元雰囲気下で焼成すると誘電特性が低下してしまうため好ましくない。これに対し、本発明の高周波用誘電体組成物は酸化雰囲気下でも、N雰囲気等の還元雰囲気下でも焼成可能であり、特に還元的雰囲気下で焼成する方がやや良好な誘電特性を示す傾向にある。この理由は必ずしも明らかではないが、酸化的雰囲気では含まれるMn(II)がMn(III)やMn(IV)に変化するためではないかと推定される。
このことから、本発明の高周波用誘電体組成物は、例えば酸化しやすい金属材料を用いた電極との同時焼成を行う場合には還元的雰囲気で焼成を行うなど、目的に応じて酸化、還元のうちいずれの雰囲気下で焼成するかを自由に選択することができ、特に一般的な誘電体組成物では好ましくないとされる還元雰囲気下の焼成でも良好な誘電特性を達成することができるから、応用範囲が広いという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の高周波用誘電体組成物の製造工程の一例を示す工程図
【図2】テフォライト単体、テフォライトとフォルステライトの固溶体、およびフォルステライト単体からなる焼結体のX線チャート
【図3】テフォライト単体、テフォライトとフォルステライトの固溶体、およびフォルステライト単体からなる焼結体において、Mn元素の組成比(xの値)と比誘電率との関係を示すグラフ
【図4】テフォライト単体、テフォライトとフォルステライトの固溶体、およびフォルステライト単体からなる焼結体において、Mn元素の組成比(xの値)と品質係数との関係を示すグラフ
【図5】テフォライト単体、テフォライトとフォルステライトの固溶体、およびフォルステライト単体からなる焼結体において、Mn元素の組成比(xの値)と温度係数との関係を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テフォライト単体またはテフォライトとフォルステライトの固溶体からなる、一般式Mg2−xMnSiO(但し0<x≦2.0)で示される高周波用誘電体組成物。
【請求項2】
前記一般式において0.05≦x≦0.15であることを特徴とする請求項1に記載の高周波用誘電体組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−137664(P2006−137664A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−297772(P2005−297772)
【出願日】平成17年10月12日(2005.10.12)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】