説明

高容量水素吸蔵合金

【課題】溶製ままでBCC構造を有し、低温域での水素放出特性に優れた高容量水素吸蔵合金を提案する。
【解決手段】一般式TiMo(但し、a、b、cはat%、a+b+c=100、0<b<25、c<70、a/b≦2)で表される組成を有し、体心立方構造を有する、常温で有効に水素を吸収、放出でき、更に氷点下のような低温域での放出特性にも優れている。また、全ての組成範囲で溶解ままでもBCC構造を示すことから、特殊な熱処理などの後処理は不要となり、製造負担が軽減される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素貯蔵用材料、熱変換用水素吸収材料、燃料電池用水素供給用材料、Ni−水素電池用負極材料、水素精製回収用材料、水素ガスアクチュエータ用水素吸収材料等に用いられる水素吸蔵合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、水素の貯蔵・輸送用としてボンベ方式や液体水素方式があるが、これらの方式に代わって水素貯蔵合金を使った方式が注目されている。周知のように、水素貯蔵合金は水素と可逆的に反応して、反応熱の出入りを伴って水素を吸蔵、放出する性質を有している。この化学反応を利用して水素を貯蔵、運搬する技術の実用化が図られており、さらに反応熱を利用して、熱貯蔵、熱輸送システム等を構成する技術の開発、実用化が進められている。代表的な水素吸蔵合金としてはLaNi、TiFe、TiMn1.5等がよく知られている。最近では室温付近で大きな有効水素移動量を有する体心立方構造を有する合金(以下、BCC合金とよぶ)に着目が浴びており、特にTiCrV合金や、TiCrV合金に対して添加元素を加えて改善を施した合金や、特許文献1のようなTiCr基のBCC合金、TiMnV合金などがあり、それら合金に特殊な製法、手法を用いて特性を改善したBCC合金などが多数提案されている。例えば特許文献2では、TiCrVにMoを置換することで水素放出量を大きく低下させずに平衡解離圧を増加させ、低温域での水素放出を可能とした合金が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3528599号公報
【特許文献2】特開2006−188737号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記BCC合金は、TiCrやTiMnといったラーベス相合金をべースにVやMoといったBCC構造を持つ元素を加えることでBCC合金を形成しており、組成によっては過酷な熱処理などの製法を行わなければBCC単相構造が得られないという問題がある。
また、各種用途の実用化においては、水素貯蔵材料の特性を一層向上させる必要があり、例えば、水素貯蔵量の増加、原料の低廉化、プラトー特性の改善、耐久性の向上などが大きな課題として挙げられている。中でもV、TiMnV系、TiCrV系合金などのBCC合金は、すでに実用化されているAB型合金やAB型合金に比べ大量の水素を吸蔵することが古くから知られている。しかし、現存するBCC型水素吸蔵合金は氷点下のような低温域での水素放出特性に問題がある。低温域で水素を放出させるためにはTi/Cr比を減少させCr量を増加させたりすることが必要であるが、それでは水素放出量が低下してしまう問題がある。したがって、更なる有効水素移動量の増加、耐久性など改善すべき点が多々ある。
【0005】
本発明は上記課題を解決することを基本的な目的とし、常温で有効に水素を吸収、放出でき、更に氷点下のような低温域での放出特性をも高めた水素吸蔵合金を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
高容量水素吸蔵合金の本発明は、一般式TiMo(但し、a、b、cはat%、a+b+c=100、0<b<25、c<70、a/b≦2)で表される組成を有し、体心立方構造を有することを特徴とする。
【0007】
すなわち、本発明はTi、Mo、Vを構成元素とし、体心立方構造を有すること、または、前記水素吸蔵合金の原料として、前記に加えてFeを使用することを特徴としている。なお構成元素としては、TiMoV三元系もしくはTiMoVFe四元系を基本とするが、製造上不可避的に混入する不純物はこの限りではない。本組成を持つ合金は溶解のままでもBCC単相構造を示すため、特殊な熱処理は不要であるが、用途に応じては熱処理を実施してもよい。
【0008】
なお、上記a、b、cは、総和量が100であり、0<b<25を満たすことが必要である。
Tiの量比aに関しては、c≧70の場合、平衡解離圧の極端な低下を防ぐため、30未満であることが必要である。一方、c<70の場合には、aは5以上で、下記bとの関係でa/b≦2を満たし、a<50の範囲内にある。
また、Moの量比bに関しては、質量貯蔵密度の大幅な減少を防ぐために上記のように25未満とする。さらに0<b<20とするのが望ましい。
【0009】
また、上記量比a、bの関係では、c<70の場合、上記のようにa/b≦2であることが必要とされる。該比の関係を保つことで平衡解離圧の極端な低下を防ぎ、用途に応じた平衡解離圧を持つ合金を提供できること及び、水素との親和力が強いTiとの相互作用によって安定にトラップされてしまう水素(固溶水素)量を低減させ、有効に利用できる水素量を増大させる、という効果がある。
【0010】
また、Vは平衡解離圧や水素吸蔵量の大幅な変化をもたらす元素ではないことから、Ti量とMo量の含有量に合わせて適宜調整をすることができ、その量比cは、25≦c<100の範囲内で選択することができる。
【発明の効果】
【0011】
すなわち、本発明の高容量水素吸蔵合金は、一般式TiMo(但し、a、b、cはat%、a+b+c=100、0<b<25、c<70、a/b≦2)で表される組成を有し、体心立方構造を有するので、常温で有効に水素を吸収、放出でき、更に氷点下のような低温域での放出特性にも優れている。
また、現存するBCC型水素吸蔵合金に対しては、組成によっては、過酷な熱処理等のプロセスが必要となるが、本発明で提供する合金では全ての組成範囲で溶解のままでもBCC構造を示すことから、特殊な熱処理などの後処理は不要であり、製造負担が軽減されるとともに、後処理に伴う不要な不純物元素の含有などを排除することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】TiMo90におけるPCT線図である。
【図2】V90Ti10−xMoにおけるMo含有量と平衡解離圧の関係を示すグラフである。
【図3】Ti20Mo73におけるPCT線図である。
【図4】Ti33Mo67−xにおけるMo含有量と水素移動量の関係を示すグラフである。
【図5】Ti30−xMo70およびTi10−xMo90におけるTi/Moと平衡圧との関係を示す図である。
【図6】Ti33Mo67−xおよびTi50Mo50−xにおけるTi/Moと平衡圧との関係を示す図である。
【図7】本発明のTi−Mo−V三元系合金の組成範囲および実施例供試材をプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明の実施形態を説明する。
本発明の高容量水素吸蔵合金は、本発明の組成範囲となるように成分調製をし、溶解、凝固により得ることができる。該溶解、凝固の方法は本発明としては特に限定をされるものではなく、既知の方法を採用することも可能である。
溶解、凝固により得られる合金は、溶製ままでBCC構造を有しており、従来のようにBCC構造を得るために熱処理などの後処理を必要としない。但し、本発明としては後処理を排除するものではなく、必要に応じて適宜の熱処理などの後処理を行うことが可能である。
得られた高容量水素吸蔵合金は、常温で有効に水素を吸収、放出でき、更に氷点下のような低温域での放出特性にも優れている。
【実施例1】
【0014】
以下、この発明の一実施例を図に基づいて説明する。
図1に、溶製ままのTiMo90のPCT線図を示す。図に明らかなように、0℃においても広いプラトー領域を示す特徴を示しており、低温域での放出特性に優れている。さらに、Vを90at%含有した組成において、Mo含有量に対する平衡解離圧の変化を図2を示す。図に示されるように、TiとMoの含有比を変化させることで平衡解離圧を大きく変化させることができ、低温領域での広いプラトーを求められる条件下で達成することができる。
【0015】
また、本合金は常温領域でも組成の調整により、有効に水素を吸収・放出できる。図3にTi20Mo73のPCT線図を示す。図から明らかなように、常温領域での有効水素移動量も大きい。
【0016】
さらに、本発明水素吸蔵合金の有効水素吸蔵量は、Mo量に大きく依存しており、その一例を図4に示す。有効水素吸蔵量300cc/gを確保して質量貯蔵密度の大幅な減少を防ぐMo量としては25at%未満であることが分かる。この傾向は、Ti量、V量が異なる合金においても同様の傾向があり、したがって、上記参考例ではMoの量比は25at%未満としている。
【0017】
さらに、Vの量比を70と90とにした各合金において、Ti/Mo(a/b)の比の変化に対する平衡圧の変化を図5に示す。平衡圧としては0.01以上が必要とされることから、Vの量比が70のものでは、Ti/Moの比によっては、上記平衡圧を満たさないことになるが、Vの量比が90にまでなると、平衡圧が高く、上記量比の比に拘わらず、0.01以上の平衡圧が確保されている。このことから、Vの量比cに従って、Ti/Moの比率を規制することが必要される。すなわち、c≧70では、上記比率の規制は特に必要とされず、c<70において、a/bの比を規制する。
図6は、2種の水素吸蔵合金においてa/bを変化させた場合の平衡圧の変化を示す図である。この図から明らかなように、a/bを2.0以下にすることで平衡圧0.01が確保される。したがって、本発明では、c<70の条件においてa/b≦2を必須の条件としている。
【0018】
さらに、表1に示す合金については、0.01MPa以下の固溶水素量(死蔵水素を意味する)を排除したプラトー幅を算出することによって有効水素移動量を測定した。その結果を表1に示す。また、各合金の組成を図7に示す組成図にプロットして示した。
表および図7から明らかなように、本発明の範囲内にある合金では、有効水素移動量に優れており、本発明および参考例の範囲外にある合金は、有効水素移動量が少ないという結果が得られた。
【0019】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式TiMo(但し、a、b、cはat%、a+b+c=100、0<b<25、c<70、a/b≦2)で表される組成を有し、体心立方構造を有することを特徴とする高容量水素吸蔵合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−117151(P2012−117151A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−286339(P2011−286339)
【出願日】平成23年12月27日(2011.12.27)
【分割の表示】特願2007−215395(P2007−215395)の分割
【原出願日】平成19年8月22日(2007.8.22)
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【Fターム(参考)】