説明

高性能スピーカー用振動板及びスピーカー用振動板の製造方法

【課題】炭化ホウ素自身の有する比弾性率を維持しながら、音質を決める内部損失を適宜に設計して制御できる新規な技術を提供することにあり、その相反する特性(高い弾性率と適度な内部損失)をバランスよく実現した高性能のスピーカー用振動板を提供すること。また、アルミニウムなどの金属基材を用いることなく、炭化ホウ素の焼結体自体からなり、しかも、微細亀裂が存在しない、より優れた音響効果の達成に好適で高性能なスピーカー用振動板を、安価にかつ安定して得ることができる技術の提供。
【解決手段】主成分のセラミックスの弾性率を損なうことなく、内部損失の制御がされているセラミックス製のスピーカー用振動板であって、炭化ホウ素セラミックスを主成分とし、非酸化物セラミックスが5乃至15質量%の範囲で含有されてなることを特徴とする高性能スピーカー用振動板、その製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽量で、高い弾性率を示すと同時に、その内部構造を制御することで所望の内部損失が得られる炭化ホウ素を主成分とするセラミックスからなる高性能スピーカー用振動板、及び該スピーカー用振動板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スピーカー用振動板用の材料には、機能性を満足したものとするため、その弾性率、密度、内部損失といった物性面での制約があり、従来から、主に、軽く内部損失が大きい紙が用いられてきた。しかし、高音域再生用のスピーカーでは、振動板に高い音速が求められることから、より弾性率の高い素材の利用が不可欠であり、紙以外の素材からなる振動板が使用されている。例えば、高音域再生用のスピーカー用振動板として、アルミニウム又はアルミニウム合金(以下、これを総称してアルミニウムという)製の振動板や、チタン又はチタン合金(以下、これを総称してチタンという)製の振動板が広く知られている。これに対し、さらなる音質改善を目的として、アルミニウム若しくはチタンを基材(芯材)として、該基材表面に、比弾性率が高い炭化ホウ素の皮膜を蒸着によって形成してなるスピーカー用振動板が提案されている(特許文献1、2参照)。また、ガラス状カーボンを基材として、イオンプレーティング法により炭素化合物の表面層を形成してなるスピーカー用振動板が提案されている(特許文献3参照)。ここで、比弾性率とは、その材料の弾性率E及び密度ρから求められる値(E/ρ)であるが、スピーカー用振動板に求められる物性としては、比弾性率が大きい、すなわち、弾性率が高く、かつ、軽量であることが好ましいとされている。このため、従来より、このような観点から、スピーカー用振動板の素材選択がなされている。
【0003】
さらに、上記した技術を発展させた形として、アルミニウムやチタン等の金属基材上に炭化ホウ素等の表面層を生成した複合の振動板ではなく、炭化ホウ素の焼結体自体をスピーカー用振動板とすることについての提案もある(特許文献4、5参照)。上記したように、比弾性率の高い炭化ホウ素が、スピーカー用振動板の素材として優位性を示すことや、炭化ホウ素を金属等の基材に被覆することなく、炭化ホウ素単独で振動板部材を形成した場合、該部材が、スピーカー用の振動板として優れた特性を示すことは、公知技術であると言える。
【0004】
一方、本発明者らは、これまでに、従来、常圧で焼成することが困難であった相対密度が89%以上と高い緻密質炭化ホウ素セラミックスを、常圧で製造することを可能とする技術を提供している(特許文献6参照)。ここで、常圧とは、セラミックスを焼成時に加圧することなく製造する状態を意味し、該焼成状態は、簡易な設備で実現できるので、安価で大量生産に向いており、その工業的価値は極めて高い。
【0005】
また、振動板には、上記した比弾性率だけでなく、内部損失もその性能に大きな影響を与える。ここで内部損失とは、振動板を振動させ、駆動を急激に停止したときに振動板内部で吸収される振動エネルギーのことである。この内部損失が小さいと長時間振動が続くこととなり、特性が乱れ、音色に大きな影響を与える。逆に内部損失が大き過ぎると、高音域部での音圧不足や振動伝搬の位相遅れの弊害が発生する。これらのことは、スピーカー用の振動板には、求める音質に合わせた適度な内部損失を有する材料の選択が必要であることを示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭56−33919号公報
【特許文献2】特開2008-85973号公報
【特許文献3】特開昭63−226198号公報
【特許文献4】特公平4−46513号公報
【特許文献5】特開2006−157461号公報
【特許文献6】国際公開第2008/153177号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これに対し、本発明者らの検討によれば、下記のように、先に挙げた従来技術のいずれにも解決すべき課題があった。先ず、特許文献1、2、3の文献に用いられている手法では、下記の課題がある。すなわち、これらの技術では、アルミニウム、チタン、もしくはカーボンからなる基材上に、蒸着法などの手法によって炭化ホウ素や炭化物の表面層を設けているため、形成された炭化ホウ素皮膜は、蒸着法に特有の気孔や欠陥が多く導入されたものとなる。このため、形成された炭化ホウ素皮膜は弾性率が低く、炭化ホウ素素材が本来有する高い比弾性率を効果的に利用できるものとはなっていない。
【0008】
また、先に挙げた炭化ホウ素の焼結体自体をスピーカー用振動板とする技術では、下記の課題があった。すなわち、いずれの場合も、高融点である炭化ホウ素をプラズマ溶射により成膜した材料を、型から取り外し、焼成することで形成することを特徴としており、その製法は特別の装置を必要とし、煩雑であり、高コストである。しかも、本発明者らの検討によれば、下記に述べるように、これらの製法では、得られる炭化ホウ素部材に微細亀裂が存在しており、より高い高音域での音響改善を目指すスピーカー用振動板としては十分とは言い難く、さらなる改善の余地があった。
【0009】
具体的には、特許文献4に記載のスピーカー用振動板の製造方法では、炭化ホウ素を溶射用粉体として振動板形状が形成された型にプラズマ溶射した後、型の表面に堆積した炭化ホウ素膜を離型して加熱焼成することで、炭化ホウ素の焼結体自体からなる振動板を得ている。つまり、該方法におけるプラズマ溶射は大量のエネルギーを消費しているにもかかわらず、形状を付与するための手法として利用されているに過ぎず、上記技術の特徴は、焼成することで目的の特性を得ることにあるといえる。このことは、その実施例で、アルゴンガス雰囲気中で、1,500乃至2,300℃の温度条件下で加熱焼成することによって、得られた焼結部材の比弾性率(E/ρ)は、加熱焼成しない試料と比較すると約3倍になるとしている記載からも明らかである。
【0010】
また、先述した特許文献5では、減圧プラズマ溶射により成膜された炭化ホウ素を、基材に用いた銅から分離するために酸に浸漬し、これを焼成することで高密度な炭化ホウ素膜が作製でき、音質に優れ、信頼性の高い振動板が得られるとしている。そして、その実施例に、弾性率Eが280GPaで、相対密度が95%の振動板が開示されている。しかしながら、本発明者らの検討によれば、特許文献4、5に記載された技術では、いずれも炭化ホウ素粉末原料を一旦高温で溶融し、再度熱処理をすることで炭化ホウ素の焼結体を得ているため、2,400℃以上の融点をもつ炭化ホウ素を、溶融、急冷するときの熱衝撃による微細亀裂(微視亀裂)の存在が不可避となる等の課題を有するものになっている。
【0011】
さらに、本発明者らの検討によれば、音質に影響を及ぼす内部損失は、振動板の材質及びその構造に起因するものであり、上述のプラズマ溶射法により製造された振動板では、内部構造を制御することは困難であるとともに、プラズマ溶射毎に大きくばらつくことが予想される。これらのことは、特許文献4或いは5に記載された技術によっても、炭化ホウ素焼結体素材のもつ、振動板に好適な物性を有効に利用した高性能のスピーカー用振動板となっておらず、また、高温で炭化ホウ素を溶融する工程を用いており、これらの従来技術は、高性能のスピーカー用振動板を、安定して、妥当なコストで提供できる技術とは言い難いことを示している。
【0012】
本発明は、上記した従来技術の課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、炭化ホウ素自身の有する比弾性率を維持しながら、音質を決める内部損失を適宜に設計して制御できる新規な技術を提供することにあり、その相反する特性(高い弾性率と適度な内部損失)をバランスよく実現した高性能のスピーカー振動板を提供することにある。また、本発明の目的は、アルミニウムなどの金属基材を用いることなく、炭化ホウ素の焼結体自体からなり、しかも、微細亀裂が存在しない、より優れた音響効果の達成に好適な高性能なスピーカー用振動板を、安価にかつ安定して得ることができる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の目的は、下記の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、主成分のセラミックスの弾性率を損なうことなく、内部損失の制御がされているセラミックス製のスピーカー用振動板であって、炭化ホウ素セラミックスを主成分とし、非酸化物セラミックスが5乃至15質量%の範囲で含有されてなることを特徴とする高性能スピーカー用振動板を提供する。
【0014】
上記本発明の好ましい形態としては、前記非酸化物セラミックスが、Ti化合物、Zr化合物、V化合物、Nb化合物、Ta化合物、Cr化合物、Mo化合物およびW化合物からなる化合物群から選択される少なくともいずれかであることが挙げられる。より具体的には、Ti化合物、Zr化合物、V化合物、Nb化合物、Ta化合物、Cr化合物、Mo化合物およびW化合物からなる化合物群が、TiB2、TiC、TiN、ZrB2、ZrC、ZrN、VB2、VC、VN、NbB2、NbC、NbN、TaB2、TaC、CrB2、Cr32、CrN、Mo25、Mo2C、W25およびWCであることが挙げられる。
【0015】
また、上記本発明の好ましい形態として、前記非酸化物セラミックスと、主成分である前記炭化ホウ素セラミックスとは、その熱膨張係数において異なり、かつ、前記非酸化物セラミックスの熱膨張係数の値が、前記炭化ホウ素セラミックスの熱膨張係数の値との比較において、その差が±1.0×10-6-1以上あることが挙げられる。
【0016】
上記したように、本発明は、炭化ホウ素を主成分としたスピーカー用振動板を提供するが、振動板としての機能は、その形状やセラミックス内部の構造によって異なる。これらの点から、上記本発明の好ましい実施形態として、下記(1)〜(4)に挙げる要件を具備するものが挙げられる。
(1)前記炭化ホウ素セラミックスと前記非酸化物セラミックスとの間に、0.1乃至500μmの微細気孔が形成されていること。
(2)その厚さが、0.05mm乃至0.4mmであること。
(3)その密度が2,300乃至3,500kg/m3であり、その弾性率が350乃至500GPaであり、かつ、その比弾性率が100乃至210であること。(4)その気孔率が、2乃至20%であること。
【0017】
本発明は、別の実施形態として、上記いずれかのスピーカー用振動板を製造する方法であって、炭化ホウ素粉末と、可塑性を付与するためのバインダーと、内部損失を制御するために5乃至15質量%の範囲で添加した非酸化物粉末とを含有してなる炭化ホウ素を主成分として含有した材料を用い、薄膜形状の可塑性を有する成形体を形成する成形工程と、得られた薄膜形状の成形体を変形させて被焼成物を得る工程と、該成形体を、極微量の焼成助剤がガス状で存在する不活性雰囲気下で、1,800℃以上の温度条件下で焼成する焼成工程とを少なくとも有することを特徴とするスピーカー用振動板の製造方法を提供する。
【0018】
上記のスピーカー用振動板の製造方法の好ましい形態としては、前記非酸化物粉末が、金属Ti粉末又はTi化合物粉末、金属Zr粉末又はZr化合物粉末、金属V粉末又はV化合物粉末、金属Nb粉末又はNb化合物粉末、金属Ta粉末又はTa化合物粉末、金属Cr粉末又はCr化合物粉末、金属Mo粉末又はMo化合物粉末および金属W粉末又はW化合物粉末からなる群から選択される少なくともいずれかの粉末を含むスピーカー用振動板の製造方法が挙げられる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、炭化ホウ素セラミックスを主成分とする、軽量で比弾性率が高く、同時に、音質に影響を及ぼす内部損失が適宜に制御された、しかも、従来のような微細亀裂が存在するといったことがない、高音域再生用のスピーカー用としても有用な高性能のスピーカー用振動板が提供される。本発明によれば、上記した優れた特性を有するスピーカー用振動板を、安価にかつ安定して得ることができる技術が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、発明を実施するための好ましい形態を挙げて、本発明をより詳細に説明する。以下の説明は、発明の趣旨をよりよく理解可能とするためのものであり、本発明は、これに限定されるものではない。
本発明者らは、上記した従来技術の課題に鑑み、従来より、スピーカー用振動板用素材として有効であるとされている、軽くて比弾性率が大きい(弾性率が高い)炭化ホウ素を主成分として用い、高性能のスピーカー用振動板を提供すべく鋭意検討の結果、下記のことを見出して本発明に至った。
【0021】
すなわち、本発明者らの検討によれば、炭化ホウ素のみ、つまり、高純度の炭化ホウ素のみでは、内部損失が低いという課題があった。すなわち、先に述べた本発明者らが開発した、相対密度が89%以上と高い緻密質炭化ホウ素セラミックスを常圧で製造する方法によれば、従来技術で行われているような、基材を用いたり、高融点である炭化ホウ素をプラズマ溶射により成膜したりすることなく、高純度の炭化ホウ素のみでスピーカー用振動板を容易に製造することができるようになるが、高純度の炭化ホウ素のみでは、高性能のスピーカー用振動板としては最適ではなかった。
【0022】
そこで、本発明者らは、炭化ホウ素素材のもつ軽量で比弾性率が高いという物性を損なうことなく、同時に、音質に影響を及ぼす内部損失が適宜に制御されたものとできる材料組成について鋭意検討を行った。その結果、炭化ホウ素セラミックスを主成分とし、該炭化ホウ素セラミックスとは、その熱膨張係数において異なる非酸化物セラミックスを5乃至15質量%の範囲で含有してなる材料が、スピーカー用振動板の形成材料として有用であることを見出した。具体的には、非酸化物セラミックスの熱膨張係数の値が、炭化ホウ素セラミックスの熱膨張係数の値との比較において、その差が±1.0×10-6-1以上あること、すなわち、炭化ホウ素セラミックスとの熱膨張係数の差が大きい非酸化物セラミックスほど、本発明の効果が顕著となることがわかった。上記したように、本発明者らは、セラミックス中で、炭化ホウ素よりも熱膨張係数の値が1.0×10-6-1以上異なる非酸化物粉末を添加した材料を用い、上記した方法で製造すれば、音質を決める内部損失が適度に制御され、振動板の内部構造が適宜に制御された、高性能のスピーカー用振動板が提供できることを見出して、本発明に至った。
【0023】
上記において、高性能スピーカー用振動板を得るために添加する材料は、高い弾性率を示し、熱膨張係数の大きな非酸化物或いは小さい非酸化物としたが、本発明者らの検討によれば、形成材料として主成分の炭化ホウ素に添加する形態は非酸化物に限定されるものではない。すなわち、製造工程において、炭化ホウ素の構造中で非酸化物に変わることが可能であれば、その添加する形態は、金属でも酸化物でも問題はなく、これらを添加することで同様な効果を得ることが可能である。
【0024】
その具体的な製造方法の一例としては、炭化ホウ素粉末と、炭化ホウ素よりも高い弾性率を有し、かつ、その内部損失を制御するために、非酸化物粉末を5乃至15質量%の範囲で添加して所望の形状の成形体に成形する工程と、不活性雰囲気下で1,800℃以上の温度条件下で焼成する焼成工程とを少なくとも有する方法が挙げられる。
【0025】
本発明の好ましい形態を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。本発明の弾性率を損なうことなく、内部損失の制御が可能な高性能スピーカー用振動板は、炭化ホウ素セラミックスを主成分とし、非酸化物セラミックスが5乃至15質量%の範囲で含有されてなることを特徴とする。このようなスピーカー用振動板は、例えば、炭化ホウ素の微細粉末に、熱膨張係数の高い非酸化物粉末、例えば、TiB2、TaB2、NbB2およびW25から選ばれる粉末を、5乃至15質量%の範囲で混合した材料を用いて成形を行い、成形体を得た後、これを不活性雰囲気下で、加圧することなく1,800℃以上の温度で焼成して焼結体とすることで容易に得ることができる。本発明者らの検討によれば、上記のような方法によって得られる焼結体は、主成分である炭化ホウ素と、添加した非酸化物の熱膨張係数の差を利用することで、内部に適度な微小空隙を有するものとなる。一方、得られた焼結体は、加圧焼成された焼結体と同等の微細な結晶構造を有し、高い比弾性率を示す。この結果、非酸化物粉末の添加量を適宜に変更して焼成することで、内部に発生する微小空隙の量を制御すれば、得られる焼結体は、炭化ホウ素の有する物性が損なわれることなく、適度な内部損失を有するセラミックスとなり、高性能スピーカー用振動板として極めて有用なものになる。
【0026】
前記したように、上記では非酸化物粉末を添加したが、例えばTiB2では金属チタンや製造時にTiB2になるものであれば同様な効果を示し、他の材料でも同様である。また、上記したように、本発明では、所望の成形体を得た後、これを不活性雰囲気下で、加圧することなく1,800℃以上の温度で焼成して焼結体とすることができるので、従来の加圧焼成による炭化ホウ素セラミックスの製造方法と異なり、簡易な設備で、容易に本発明の高性能スピーカー用振動板が得られる。なお、加圧焼成とは、焼成時に被焼成物(製品)を加圧しながら緻密化する手法を示し、ホットプレス法やホットアイソスタティックプレス法と呼ばれる方法であるが、炭化ホウ素は緻密化しにくい材料であることから、従来、炭化ホウ素については、これらの方法が一般的であった。しかし、これらの方法は、極めて高コストな方法であり、優れた特性を示す炭化ホウ素セラミックスの応用を妨げていた。以下、上記した本発明の製造方法における各工程について説明する。
【0027】
(成形体の作成工程)
炭化ホウ素粉末に非酸化物粉末を混合し、成形するまでの工程は、最終の焼結体として本発明の高性能スピーカー用振動板に適する目的形状のものが得られれば特に限定されない。例えば、以下のようなテープ成形によって、目的形状のものを容易に得ることができる。まず、原料である炭化ホウ素粉末に対して、先に列挙したような非酸化物粉末、熱可塑性を有するバインダーと、さらに必要であれば可塑剤を適量配合し、さらに有機溶媒を外添して泥漿とする。このような泥漿とした後、ドクターブレード法等のテープ成形にて、例えば、その厚みが、焼成後0.05mm乃至0.4mmである薄膜形状を有する、本発明の高性能スピーカー用振動板に適する成形体を得ることができる。しかし、本発明はこれに限定されず、上記と同様の成形体を得る方法であれば、押し出し成形、射出成形、粉末のプレス成形等、その手法は問わない。
【0028】
(焼成工程)
上記のようにして得られる成形体を焼成するための焼成工程では、不活性雰囲気下、1,800℃以上の温度条件下で焼成する。この際に、先に先行技術として挙げた特許文献6に記載の技術を使用することで、常圧でありながら、より高強度で欠陥のない炭化ホウ素セラミックスを得ることができる。この結果、本発明の高性能スピーカー用振動板をより簡便に安定して得ることができる。
【実施例】
【0029】
次に、実施例および比較例を挙げ、これらに基づいて本発明をさらに具体的に説明する。%或いは部とあるのは、特に断らない限り質量基準である。
【0030】
<実施例1〜9および比較例1〜3>
実施例及び比較例では、その主成分として、市販の平均粒径が0.8μmの炭化ホウ素含有量99%(酸素含有量1.2%、窒素含有量0.2%を除く)の炭化ホウ素粉末(H.S.Starck社製)を用いた。また、振動板内部構造の制御のために、非酸化物粉末として、TiB2、CrB2、WCの各粉末を、炭化ホウ素粉末中に、それぞれ、5質量%、10質量%、15質量%、20質量%添加し、混合した。さらに、これに有機溶媒と、バインダーとしてポリビニルブチラールを上記した粉体原料に10乃至20質量%の割合で添加し、混合・混練して70乃至80質量%の泥漿を得た。次に、得られた泥漿を用い、テープ成形機を使用して、その厚みが焼成後0.05mm乃至0.4mmとなる厚みを示す可塑性を有するテープ状の成形体を得た。こうして得られたテープ状の成形体を所望の形状の型で加圧して、半球形等の所望の形状に成形した。さらに、焼成時に形状変化を抑制するために、これを、所望の形状になる様な治具に入れて焼成した。焼成は、不活性ガスであるアルゴンガス雰囲気下、2,250℃の温度で焼成を行った。
【0031】
<参考例>
参考例として、上記で非酸化物粉末を添加しない条件で、上記と同様な手順によって、炭化ホウ素のみで振動板を作製した。
【0032】
得られた振動板を用いて、弾性率、内部損失を測定後、スピーカーユニットに組み込み、それぞれの材質について低周波領域から高周波領域での音質を評価した。評価は、参考例の炭化ホウ素が100質量%の焼結体からなる振動板を基準とし、それぞれの周波数帯での音質を比較して音質評価とした。
【0033】

【0034】
表1に示した通り、実施例1〜9のいずれにおいても、非酸化物を5乃至15質量%の範囲で添加することで、良好な音質を示した。これに対して、非酸化物の添加量を20質量%とした比較例1〜3の場合は、音の歪みや位相のズレ等が見られた。
【0035】
<実施例10>
本実施例では、その主成分として、市販の平均粒径が0.8μmの炭化ホウ素含有量99%(酸素含有量1.2%、窒素含有量0.2%を除く)の炭化ホウ素粉末(H.S.Starck社製)を用いた。また、振動板内部構造の制御のために、非酸化物粉末として、TiN、ZrN、VN、NbN、TaC、CrN、Mo2C、WCの各粉末を用いた。そして、表2に示したように、これらの各非酸化物粉末を、炭化ホウ素粉末中に、焼成後、セラミックス中に非酸化物セラミックスがそれぞれ合計で10質量%となるようにして添加し、混合した。さらに、これに有機溶媒と、バインダーとしてポリビニルブチラールを上記した粉体原料に10質量%の割合で添加し、混合・混練して70乃至80質量%の泥漿を得た。次に、得られた泥漿を用い、テープ成形機を使用して、その厚みが焼成後0.05mm乃至0.4mmとなる厚みを示す可塑性を有するテープ状の成形体を得た。こうして得られたテープ状の成形体を所望の形状の型で加圧して、半球形等の所望の形状に成形した。さらに、焼成時に形状変化を抑制するために、これを、所望の形状になる様な治具に入れて焼成した。焼成は、不活性ガスであるアルゴンガス雰囲気下、1,700℃〜2,150℃の温度範囲の各段階の温度でそれぞれ焼成を行った。セラミックス中の構成相の比率は、焼成後得られたセラミックスのX線回折法により結晶相を同定し、回折ピークの積分強度により定量分析を行い、決定した。評価は上述と同様な方法により行った。
【0036】
表2に示した通り、セラミックス中に存在する添加物は焼成温度により結晶相が異なり、構成する結晶相は、いずれも炭化ホウ素セラミックスと熱膨張係数の値が、少なくとも1×10-6-1以上異なるものであった。また、密度が2,300kg/m3以下である実施例では音質が低下する傾向があった。さらに、実施例において、気孔率が20%以上、気孔径が500μm以上、弾性率が350GPaを示す各試料でも音質が低下する傾向が見られた。
【0037】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
主成分のセラミックスの弾性率を損なうことなく、内部損失の制御がされているセラミックス製のスピーカー用振動板であって、炭化ホウ素セラミックスを主成分とし、非酸化物セラミックスが5乃至15質量%の範囲で含有されてなることを特徴とする高性能スピーカー用振動板。
【請求項2】
前記非酸化物セラミックスが、Ti化合物、Zr化合物、V化合物、Nb化合物、Ta化合物、Cr化合物、Mo化合物およびW化合物からなる化合物群から選択される少なくともいずれかである請求項1に記載のスピーカー用振動板。
【請求項3】
前記Ti化合物、Zr化合物、V化合物、Nb化合物、Ta化合物、Cr化合物、Mo化合物およびW化合物からなる化合物群が、TiB2、TiC、TiN、ZrB2、ZrC、ZrN、VB2、VC、VN、NbB2、NbC、NbN、TaB2、TaC、CrB2、Cr32、CrN、Mo25、Mo2C、W25およびWCである請求項2に記載のスピーカー用振動板。
【請求項4】
前記非酸化物セラミックスと、主成分である前記炭化ホウ素セラミックスとは、その熱膨張係数において異なり、かつ、前記非酸化物セラミックスの熱膨張係数の値が、前記炭化ホウ素セラミックスの熱膨張係数の値との比較において、その差が±1.0×10-6-1以上ある請求項1〜3のいずれか1項に記載のスピーカー用振動板。
【請求項5】
前記炭化ホウ素セラミックスと前記非酸化物セラミックスとの間に、0.1乃至500μmの微細気孔が形成されている請求項1〜4のいずれか1項に記載のスピーカー用振動板。
【請求項6】
その厚さが、0.05mm乃至0.4mmである請求項1〜5のいずれか1項に記載のスピーカー用振動板。
【請求項7】
その密度が2,300乃至3,500kg/m3であり、その弾性率が350乃至500GPaであり、かつ、その比弾性率が100乃至210である請求項1〜6のいずれか1項に記載のスピーカー用振動板。
【請求項8】
その気孔率が、2乃至20%である請求項1〜7のいずれか1項に記載のスピーカー用振動板。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のスピーカー用振動板を製造する方法であって、炭化ホウ素粉末と、可塑性を付与するためのバインダーと、内部損失を制御するために5乃至15質量%の範囲で添加した非酸化物粉末とを含有してなる炭化ホウ素を主成分として含有した材料を用い、薄膜形状の可塑性を有する成形体を形成する成形工程と、得られた薄膜形状の成形体を変形させて被焼成物を得る工程と、該成形体を、極微量の焼成助剤がガス状で存在する不活性雰囲気下で、1,800℃以上の温度条件下で焼成する焼成工程とを少なくとも有することを特徴とするスピーカー用振動板の製造方法。
【請求項10】
前記非酸化物粉末が、金属Ti粉末又はTi化合物粉末、金属Zr粉末又はZr化合物粉末、金属V粉末又はV化合物粉末、金属Nb粉末又はNb化合物粉末、金属Ta粉末又はTa化合物粉末、金属Cr粉末又はCr化合物粉末、金属Mo粉末又はMo化合物粉末および金属W粉末又はW化合物粉末からなる群から選択される少なくともいずれかの粉末を含む請求項9に記載のスピーカー用振動板の製造方法。

【公開番号】特開2012−156940(P2012−156940A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−16457(P2011−16457)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(391009419)美濃窯業株式会社 (33)
【Fターム(参考)】