説明

高温ガスによる大空間の火災抑制・保安方法

【目的】屋内大空間における火災発生時に、内部温度分布の制御と給排気口の位置選定とにより、煙拡散防止及び避難路の安全を確保する方法を提供する。
【構成】建物内大空間7において、火災発生時に所定高さH1 の位置から当該高さの大空間内空気より高温のガスを高温ガス流31として大空間7へ吹き込み、高さH1 に近い下方近傍で前記吹き込みに干渉しない部位から排気流35として排気することにより、高さH1 に温度境界を人工的に作り出し、プルーム20をその温度境界の下に滞留させて煙層26を形成させる。冬期暖房時及び夏期日射による滞留熱気層の保持活用によって、高さH1 に温度境界を作り出すことも可能である。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、高温ガスによる大空間の火災抑制・保安方法に関し、特に屋根付きのいわゆるアトリウム等の屋内大空間における火災発生時に高温ガスの吹込み及び保持・活用により初期火災の拡大を防ぐと共に避難の安全を確保するための高温ガスによる大空間の火災抑制・保安方法に関する。
【0002】
【従来の技術】商品流通の拡大や事務所等の近代化の進展に伴い展示場やアトリウム等の屋内大空間を有する建物が増加している。図2及び図3は、方形建物1の内側に床3から建物頂部にまで広がりその頂部を天井5で覆った大空間7を示す。大空間7の周囲壁9と建物外壁11との間には事務室等の比較的低い天井の空間が複数階に分けて設けられる。大空間7の設計には、所要の機能の充足と意匠の両面に重点がおかれ、その空間に対する給排気用開口の設計の重点も機能充足と意匠に置かれる。他方、大空間7には多数の人が集まる機会が予想されるので、煙拡散防止(以下、火災抑制という。)及び人の安全や避難路の確保(以下、保安という。)が重要であり、火災検知・報知器具、各種消火設備、避難誘導施設等の対策がとられる。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】屋内大空間7内で火災が発生し、発火部17からのプルーム(plume)20が急速に広がると、高層階にいる人の避難に支障を来たし、特別の対策を施さない場合には避難の余裕もなく煙が広がり重大な災害の原因となる事態も予想される。図示例では発火部17の位置を屋内大空間7の床3の中央とするが、発火部17の位置は床だけでなく空間7内のどこにでもありうる。この問題を解決するため、特開昭62−190340号公報は、火災発生時に建物の階段部等の共通空間の内側に向けて加圧送風し、共通空間を通じての煙の急速な広がりを防ぎ避難路を確保する方式を提案している。しかし火災発生後の加圧送風は、発火部17へ新鮮空気を供給し火災の成長を促すことになるので、必ずしも最善の策ではない。
【0004】本発明者は、屋内大空間内の温度分布及び同空間に対する給排気口の位置や大きさが火災抑制及び保安上の重要な要素であるとの知見を得、大空間内部の温度分布を制御すると共に適切な給排気口の設置により屋内大空間の火災拡大を防いで火災を抑制し且つ避難路の安全を確保する方法の発明を完成した。このように火災抑制と避難の安全確保の観点から内部温度分布を制御し給排気口の配置を定める方法は従来存在しなかった。
【0005】従って本発明の目的は、内部温度分布の制御と給排気口の位置選定とによる屋内大空間の火災抑制・保安方法を提供するにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】図2及び図3を参照するに、日射等によって発生した熱気層が屋内大空間7の上部に滞留する場合には、火災初期の発火部17からの弱い浮力のプルーム20が上記熱気層の下端における空気密度境界又は温度境界を貫通できなくなり、蓄煙区間又は煙層26が低下する現象が報告されている。(岡 泰資、須川 修身 「滞留した熱気層への弱い上昇熱プリュームの侵入状況のシミュレーション」 日本建築学会大会 学術講演梗概集(中国)1990年10月) 即ち、高さ25mのアトリウムの場合、夏期には床3と天井5との間に約25oCの温度差が実測されたこと、及び大空間7の高さ方向の温度分布が一様でないことが報告されている。温度センサー13を図1の様に大空間7の高さ方向に分布して取付けて測定すれば、図2(B)の様な温度分布を測定できる。簡明のため、図2(B)では床3から高さH1までは小さな温度傾斜で直線的な分布をし、高さH1より上では大きな温度傾斜で直線的な分布をしていると仮定する。上部が高い分布型はいくつかあるが、図2(B)としてはその1例を示す。さらに上記岡等の論文は、高さH1までの傾斜が0.33oC/m程度であり高さH1より上の傾斜が3.3oC/m程度である時に、プルーム20が高さH1における温度境界を通って熱気層に侵入することができず、その温度境界下に滞留して煙層26(図2(A))を形成すること、及び温度境界が弱いプルーム20に対してあたかも非常に堅い境界(壁や天井)であるかのような振舞いを見せることを報告している。
【0007】本発明者は、大空間7の所定高さH1、例えば避難路22(図1)の位置等で定まる高さにおいて高温ガスを大空間7に吹込むことにより、又は冬期暖房時及び夏期日射による滞留熱気層の保持活用により、その部分に温度境界を人工的に作り得ることに注目した。
【0008】図1の実施例を参照するに、本発明の高温ガスによる大空間の火災抑制・保安方法においては、建物内大空間7において、火災発生時に所定高さH1の位置から当該高さの大空間内空気より高温のガスを高温ガス流31のように大空間7へ吹込み、前記高さH1に近い下方近傍で前記吹込みに干渉しない部位から排気流35のように排気する。高温ガスは、不燃性の高温ガス又は高温空気とすることができる。又高温ガスは、人体に有害なガスを含まないものとし、好ましくは清浄ガスとする。
【0009】
【作用】屋内大空間7内で発火部17から火災が発生した場合に、図1に示す様に所定高さH1の位置で上記の高温ガスを吹込むことにより、又は冬期暖房時及び夏期日射による滞留熱気層の保持活用により、高さH1の位置に温度境界が形成されるので、プルーム20はその境界を貫通して上昇することができずに高さH1より下の位置に煙層26を形成する。よって、大空間7の高さH1より上方の部分は高温ガス吹込みによる若干の温度上昇はあってもプルーム20即ち煙の侵入がなく人の避難の安全を確保できる。即ち、煙が実質上高さH1の位置に滞留するので、上方各階から避難路22に通ずる避難系通路をその滞留位置の上に設ければ煙に影響されない安全な避難を確保することができる。
【0010】高さH1に近い下方近傍部位からの排気は、プルーム20を上方に吸上げるように作用し、プルーム20が床3に広がって延焼するのを防ぎ、火災拡大を防止すると共に床3における避難の安全をも確保する。
【0011】こうして、本発明の目的である「内部温度分布の制御と給排気口の位置選定とによる屋内大空間の火災抑制・保安方法の提供」が達成される。
【0012】
【実施例】大空間の最上階においては、自然に高温空気層が形成されるが季節によりその温度傾斜は変化する。四季及び日変化を通じて高温域が保存される場合は、当然設備的に不要となりうるが、目的とする高さでの高温域の実施の方法を述べる。
【0013】図1の実施例では、火災検知手段として大空間7の異なる高さに配置した複数の熱電対などの温度センサー13、上端部分や天井5に取付けた複数の火災検知器15、及び人が操作できる火災報知器16の三者を用いる。吹込むべき高温ガス流31の温度は大空間7内の空気温度に依存するので、前記配置の複数の温度センサー13の出力をコンピュータなどの制御装置39に入力し、火災検知時の所定高さH1における大空間7内の空気温度に基づいて高温ガス流31の温度を定める。
【0014】こうして定めた温度のガス流を発生するため、図示実施例では高温空気と室温空気との混合による空調機37を用い、その混合比を制御装置39からの信号によって調節する。図示例の空調機37はまた排気流35の排気を大空間7の外へ引抜く機能をも果たす。即ち、図示例では空調機37が高温ガス吹込み手段30と排気手段34とを兼ねているが、これら両手段を別々に設けてもよい。
【0015】所定高さH1において高温ガスを吹込む方式の採用により高層階に対する避難の安全が確保されるので、図示実施例では避難路22を高さH1のすぐ上に一つだけ設け、スペースの有効利用を図っている。
【0016】床3の近くに設けた吸込口12は、火災発生時に新鮮空気を床3へ供給し安全を確保する。ただし吸込口12の数は一つに制限されない。排気流35で示す排気の流量をすべての吸込口12からの給気流量の総計に等しく選べば、プルーム20をほぼ真直に吸い上げることが期待できる。この場合、高温ガス流31で示す吹込みの量に相当する量の頂部空気を大空間7上端の排気口24(図2(A))から排出することができる。
【0017】大空間周囲壁9と建物外壁11との間の各階、避難路22、及び大空間床3の無人状態等の建物1に関して無人の安全条件を確認した後、図示実施例では大空間7への新鮮空気の供給を少なくして早期消火を図ることも可能である。このため弁32を、高温ガス流31の吹出し口、排気流35の排気口、及び吸込口12等の空気流入が可能な開口に設ける。前記安全条件が確認された時に例えば制御装置39の信号によってそれらの弁32を閉鎖して発火部17への新鮮空気の供給を少なくすることができる。
【0018】上記実施例において発火部17は大空間7内にあるとしたが、大空間7外の火災であっても大空間7へ煙を流入させるものに対しては、本発明の高温ガスの吹込みと排気とを適用することができる。
【0019】
【発明の効果】以上説明したように本発明の高温ガスによる大空間の火災抑制・保安方法は、高温ガス吹込みにより熱気層を形成しこれによってプルームの煙を一定の低い位置に滞溜させつつ排煙するので、次の顕著な効果を奏する。
【0020】(イ) プルームの煙を大空間7の比較的低い部分に滞溜させ、大空間7の上中部からの安全な避難を確保することができる。
【0021】(ロ) プルームの煙を比較的薄い煙層に滞溜させつつ排煙するので、大空間7全体に拡散させた後排煙する場合に比し、排出量を少なくできる。
【0022】(ハ) 火災時間の短縮及び発生ガス量の減少を期待できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】図3の矢印III−IIIの方向から見た本発明の一実施例の図式的断面図である。
【図2】大空間の図式的斜視図である。
【図3】方形断面の建物の図式的平面図である。
【符号の説明】
1 建物
3 床
5 天井
7 大空間
9 周囲壁
11 外壁
12 吸込口
13 温度センサー
15 火災検知器
16 火災報知器
17 発火部
20 プルーム
22 避難路
24 排気口
26 煙層
30 高温ガス吹込み手段
31 高温ガス流
32 弁
34 排気手段
35 排気流
37 空調機
39 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】 建物内大空間において、火災発生時に所定高さから当該高さの大空間内空気より高温のガスを大空間へ吹込み、前記高さに近い下方近傍で前記吹込みに干渉しない部位から大空間内空気を排気してなる高温ガスによる大空間の火災抑制・保安方法。
【請求項2】 請求項1の方法において、前記高温のガスを高温空気としてなる高温ガスによる大空間の火災抑制・保安方法。
【請求項3】 建物内大空間において、前記大空間内の火災を検知する検知手段、前記大空間の所定高さに設けた高温ガス吹込み手段及び保持・活用手段、前記大空間の前記所定高さに近い下方近傍で前記吹込みに干渉しない部位に設けた排気手段、並びに前記検知手段の出力に応答して前記高温ガス吹込み手段及び前記排気手段を作動させる制御手段を備えてなる高温ガスによる大空間の火災抑制・保安装置。
【請求項4】 請求項3の装置において、前記大空間の全ての給排気口と前記高温ガス吹込み手段と前記排気手段とに取付けた弁、及び前記建物の安全条件を確認する安全手段を備え、前記安全手段の出力に応じ前記弁を閉鎖し空気供給を遮断してなる高温ガスによる大空間の火災抑制・保安装置。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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