高親水性高分子モノマー水溶液による組織包埋方法
【課題】高親水性高分子を組織の包埋プロセスに応用する際、親水性が高いため組織が膨
潤する問題、更に重合速度が早く組織内全域に浸透する前に、表層部などの初期浸透部の
み重合してしまい多くの未浸透部を残存させた欠陥品となる等の問題があり実用化出来な
かった。
【解決手段】細胞内に水分とラジカルソースを含む組織を包埋標本化するに際して、濃度20〜50%高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた包埋用液体に前記組織を浸漬し、そのまま静置し又は窒素ガスバブリング後静置して重合させることを特徴とする高親水性高分子モノマー水溶液による組織包埋方法。
潤する問題、更に重合速度が早く組織内全域に浸透する前に、表層部などの初期浸透部の
み重合してしまい多くの未浸透部を残存させた欠陥品となる等の問題があり実用化出来な
かった。
【解決手段】細胞内に水分とラジカルソースを含む組織を包埋標本化するに際して、濃度20〜50%高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた包埋用液体に前記組織を浸漬し、そのまま静置し又は窒素ガスバブリング後静置して重合させることを特徴とする高親水性高分子モノマー水溶液による組織包埋方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内に水分とラジカルソースを含む比較的厚く分離した組織或いは臓器そのままの組織を高親水性高分子モノマー水溶液に浸漬することによる組織包埋方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡の試料作製の薄切りや、実習教材のプラスチネーション作製などを目的として、従来からも凍結切片作成法や、各種樹脂への包埋等のプロセスが開発され、日常的に用いられている。
主に耐久性確保の観点から開発された各種樹脂への包埋プロセスでは、組織は元来水分を多く含むことから、樹脂材料として一般に親水性の低い高分子材料を使用している。この親水性の低い高分子材料は、組織との親和性が低いため、該包埋プロセスは、組織からの真空脱水や置換といった工程が組み込まれる。
前記従来の包埋プロセスは、低親水性高分子材料を使用するため、多くの特殊設備と処理工程を必要とし、又取扱者は、高分子に対する専門知識が要求され、処理廃液による環境負荷の問題、人体への毒性の問題、組織への重合時の発熱による影響等を厳重に管理し安全を確保しなければない。また製造コストも嵩む。
そこで本発明者等は、取り扱い上比較的安全な、高親水性高分子の応用に着目した。
しかし、この高親水性高分子のみを組織の包埋プロセスに単に応用したのでは、親水性が高いため組織が膨潤する問題、更に重合速度が早く、大きさにもよるが、組織内全域に浸透する前に、表層部などの初期浸透部のみ重合してしまう等の問題があり実用化できなかった。これらの問題を解決するために発明者等は、「細胞内に水分とラジカルソースを含む組織を包埋標本化するに際して、濃度100%の高親水性高分子モノマー溶液に、架橋剤と重合開始制御剤を含有させて前記組織を浸漬し、窒素ガスバブリング後静置して重合させることを特徴とする高親水性高分子による組織包埋方法」を開発し、特開2006−36957号公報により公開紹介した。
その後この方法では、電子顕微鏡用の薄切り試料の作製においては、上記問題を充分に解決するものであったが、比較的厚く分離した組織或いは臓器そのままを高親水性高分子により組織包埋するには、組織の内部深くまで充分な重合効果を得ることができない。また処理後は、硬質化して扱いの極めて困難な試料となる。したがって長期間と強制排気設備と各種過敏性症候群等の問題を抱えた従来からのホルマリン浸漬に頼らざるをえなかった。
【特許文献1】特開206−36957号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、前記したホルマリン浸漬に代替する方法を開発し、長期間と強制排気設備と各種過敏性症候群等の問題を一挙に解決した組織包埋方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、特開2006−36957号公報により公開紹介した組織包埋方法の改良に掛かるものであり、その特徴とする技術条件は次の(1)にある。
(1)、細胞内に水分とラジカルソースを含む組織を包埋標本化するに際して、濃度20〜50%高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた包埋用液体に前記組織を浸漬し、そのまま静置し又は窒素ガスバブリング後静置して重合させることを特徴とする高親水性高分子モノマー水溶液による組織包埋方法。
【発明の効果】
【0005】
本発明の保存用液体において、高親水性高分子モノマーは、比較的厚く分離した組織或いは臓器を膨潤させることなく組織全域の細胞内の水分を高親水性高分子モノマーに置換させると同時に組織細胞内のラジカルソースによって重合反応を徐々に進行させ全体を高分子ポリマー化せるものである。
本発明の包埋用液体において、重合阻止剤は、図1の1に記載のように、高親水性高分子モノマーが組織細胞内に均等に隅々まで行渡るまで重合を阻止した後に、図1の2に記載のようにラジカルが作用し重合開始するものである。
本発明の包埋用液体において、架橋剤は、図1の3に記載のように前記高分子ポリマー化した組織に弾力性や必要な硬度を調節付与するものである。
これにより、当該組織全体の短期重合化を確立したものである。
この方法では、包埋組織についてアルコールやホルマリン固定等の前処理が必須でないこと、人体への毒性が殆ど無いこと、廃液の排出が少なく環境負荷を最小限にすること等から、幅広い状態にある組織への応用が可能である。
これにより本発明は、更に次の優れた効果を有する。
(1)、真空ラインなどの実験設備を持たない、医学部等の研究室でも重合が可能である。
(2)、高分子化学の専門知識がなくても、安全に利用できるプロセスである。
(3)、組織への重合による熱の影響のない、低温で重合するプロセスである。
(4)、人体への毒性がほとんど無いため、教材として安全に使用することができる。
(5)、従来プロセスで必要であった、置換溶媒などの処理廃液の排出を激減させ、環境負荷を最小限にすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明において、細胞内に水分とラジカルソースを含む組織としては、各種動物の各種管腔臓器、実質臓器、筋組織等である。
本発明において、ホルマリン等による前処理は必須ではない。従って、従来から行われてきた、ホルマリン処理を含むあらゆる組織固定法および未処理組織に適用可能である。
しかし、以下のような場合、組織を予めホルマリン固定を行う。
感染性や変質が見られる試料の作成において、ホルマリン処理が適切であると判断される場合。
長期保存を前提として、高い防腐性を持たせたい場合。
また既にホルマリン固定がなされている、過去の保存試料に対しても、本発明を適用することが可能である。
【0007】
本発明における包埋用液体において、高親水性高分子としては、1-Vinyl-pyrrolidone、one、Acrylic acid、2-Hydroxyethylmethacrylateなどを適用する。
【0008】
次に、包埋用液体における高親水性高分子モノマー水溶液の濃度を好ましくは40〜60%にすることにより、組織全域に亘って、細胞内水分を高親水性高分子モノマー水溶液に置換させ、この後に組織細胞内のラジカルソースによって重合反応を開始させて、重量増加を極小に抑えた状態で前記当該組織全体の短期重合化を確立したものである。
図2のグラフには、高親水性高分子モノマー水溶液の濃度%とそれに組織を浸漬した際の重量の経時変化(週W変化)を示す。この図からは、組織が収縮せず、つまりホルマリン浸漬のように重量増加率が1倍未満にならなく且つ細胞破壊を招く恐れのある大幅な重量増変化を起こさない1.15倍以下に抑えることが好ましいのである。
つまり高親水性高分子の水溶液の濃度を20%未満の濃度にすると水分が多くて、組織全域の細胞内水分を高親水性高分子モノマーに置換させることが困難となり、膨潤状態となり大幅な重量増変化を起し、細胞破壊・組織融解を招く恐れがある。
高親水性高分子の水溶液の濃度が50%を超えると臓器は脱水され短時間でモノマーがポリマー化して、内部中心部が未重合状態で表層部が硬く重合化した組織となり、試料作成が極めて困難になる。
【0009】
本発明において、包埋用液体における架橋剤の含有理由と具体例及びその好ましい含有割合範囲は、次の通りである。
理由:高親水性高分子のみでは、プラスチネーションや切片作製に必要とされる強度が得られない。また、保存時の吸湿による劣化・膨潤や、寸法精度を保つ必要がある。これらを解決する目的で、架橋剤による網目構造の構築が望ましい。
具体例:架橋剤としては、N-N'-Methylene-diacrylamide、N,N'-Methylenebisacrylamide、Divinylbenzeneなどがある。
架橋剤の具体例個々の含有割合範囲:N-N'-Methylene-diacrylamide:高親水性高分子モノマー100重量部に対して2.0〜4.0重量部が好ましい。
N,N'-Methylenebisacrylamide:高親水性高分子モノマー100重量部に対して1.0〜4.0重量部が好ましい。
Divinylbenzene: 高親水性高分子モノマー100重量部に対して2.0〜4.0重量部が好ましい。
【0010】
本発明において、包埋用液体における重合阻止剤の含有理由と具体例及びその好ましい含有割合範囲は、次の通りである。
理由:組織内にはそのいたるところにラジカルソースが存在する。そのため高親水性高分子モノマーが水と置換された部分から速やかに重合が開始し、表層で重合が進行することで、内部の水分がモノマーに置換されることの障害となる。重合開始制御剤は、組織全体を均等に全量重合化反応させるために、組織全域の細胞内水分が高親水性高分子モノマー溶液に置換されるまでの間、組織表層部等の初期置換部細胞内のラジカルソースによる重合化反応を抑制するために含有させるものである。
具体例:重合阻止剤としては、N,N'-Di-sec-butyl-1,4 phenylenediamine、N,N'-Di-sec-butyl-p-phenylenediamine、hydroquinonne、2,2,6,6-tetramethylpiperidinooxy, free radical等があり、添加量は、高親水性高分子モノマー100重量部に対して大凡0.01〜0.10重量部とすることが好ましい。
重合阻止剤の具体例個々の含有割合(濃度)については、対象とする組織の種類により、水分量やラジカルソース含有率と置換速度が異なり、また同種でも大きさにより完全置換時間が変化するため、これらの要素と重合開始制御剤の種類に応じて実験的、経験的にその最適濃度範囲を設定することができる。組織のラジカル種の同定や定量は、例えばESRによるspin-trap法を用いるなど、臓器・組織別の最適値を求めることで、より広範な用途に応用することができる。
【0011】
本発明において、前記包埋用液体に組織を浸漬して窒素ガスバブリングする理由と好ましい温度範囲や所要時間範囲は、次の通りである。
理由:本発明の基本反応はラジカル重合反応であることから、酸素除去を目的とする。
方法:室温において、窒素ガスを注射針から包埋用液体中に導入する。
導入時間は浸漬する溶液の量に応じて0.2 l/min.の流量で5〜15分とする。
本発明において、窒素ガスバブリング後静置する理由と好ましい温度や所要時間は、次の通りである。
理由:高親水性高分子モノマー水溶液の組織内への浸透、および重合反応を行うためである。
【実施例】
【0012】
本発明の代表的な実施例(図3〜図9)と比較例(図10〜図14)を紹介する。
図3〜図9に示す実施例はブタの腎臓及びラット肝臓の例である。
濃度10〜100%高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマ〜100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた25℃の包埋用液体に100〜250gのブタの腎臓を浸漬し、そのまま3週間静置して重合させた結果の外観を図3に示す。図3に示すブタの腎臓を半割りした状態を図4に示す。この図から明らかのように腎臓の表層部から内部中央部まで高親水性高分子モノマーとラジカルソースがほぼ均一に重合反応していた。この図4の枠囲A部をスライスしたものを図5に示す。図5のMは髄質でありCは皮質である。皮質部Cの円B内の拡大図を図6(×10)、図7(×20)、図8(×40)に示す。図7、図8からは腎臓構成細胞の核が明瞭に確認でき、生きたまま固定されていることが分かる。また、糸球体(G)や尿細管(U)の形態も通常のホルマリン固定標本と大差ない。
図9はラット肝臓を濃度100%の高親水性高分子モノマー水溶液に3週間浸漬固定後、7μm厚の凍結切片を作製後、細胞間コミュニケーションを担うギャップ結合蛋白(コネクシン32)を認識するHAM8抗体で反応させ、次いでFITC標識2次抗体で染色した後蛍光顕微鏡で観察したものである。細胞間に強い蛍光が観察され、この混合液に浸漬しても、ある種の蛋白抗原が壊されずに保存されていることを示している。
図10、図11に示す比較例は、各々濃度70%と100%の高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた25℃の包埋用液体に約200gのブタ腎臓を浸漬し静置3週間後の像である。図2のごとく重量は減少し、表面は凹凸を示し、かつ弾性性はかなり消失した。一方、上述架橋剤、重合阻止剤添加100%高親水性高分子モノマー溶液を腎動脈及び尿管より注入後同溶液に浸漬すると図12のような状態から、2〜3日後には図13のようにポリマー化、重合が生じ(白く泡状に見えるもの)、水分は殆ど無くなり図14に示す外観となり表層部のみが硬く重合化した皺のある縮んだ状態の標本化にされていることが確認された。これを表1〜表5に詳細に紹介する。
【0013】
次に他の実施例の具体例1〜7を表1〜表5とにより詳細に紹介する。
具体例No2〜No5は本発明例であり、No1、No6は比較例である。
表1には包埋する組織の種類とその形状や部位と重量等を記載し、表2には、包埋する前の洗浄などの処理条件を記載し、表3には、包埋処理用の包埋用液体の配合剤の種類と配合条件等を記載し、表4には、浸漬用高分子モノマー混合液に組織を浸漬する諸条件を記載し、表5には、重合化後の洗浄等の処理条件を記載したものである。
表1〜表5から得た結果は、本発明例のNo2〜No5は、何れも組織の表層から内部中央部に亘って均一に重合化が進行し、前記した図3〜図9に示す状態と同様の試料を得ることが出来た。また比較例のNo6は、前記した図10〜図14に示す状態と同様の試料を得た。比較例のNo1は、水分が多いことから組織全域の細胞内水分を高親水性高分子モノマーに置換させることが出来ず、膨潤状態となり大幅な重量増変化を起し、細胞破壊を起こし試料としては使用不能の状態であった。
【0014】
【表1】
【0015】
【表2】
【0016】
【表3】
但し、NVP:N-vinyl-2-pyrrolidone
St:Stylene
MBA:N,N'-Methlenebisacrylamide
DBPD:N,N'-Di-sec-butyl-p-phenylenediamine
HQN:hydroquinone
DVB:Divinylbenzene
【0017】
【表4】
【0018】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明は、前記の効果に詳述のように、人体及び自然環境に優しく、且つ特殊設備を不
要とする簡単な処理工程で、誰もが容易に安全に管理し実施することができ、且つ安価な
製造方法であり、この種産業の利用可能性は多大なものがある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の包埋用液体による組織包埋方法の作用効果を模式図で示す説明図である。
【図2】高親水性高分子モノマー水溶液の濃度とそれに組織を浸漬した際の重量の経時変化(週W変化)を示すグラフである。
【図3】本発明の代表的な実施例によるブタの腎臓の各工程を経た状態を示す写真。
【図4】図3に示すブタの腎臓を切半した状態を示す写真。腎臓の深部まで浸透するように数カ所針を刺し、その一ケ所が枠囲A部である。のパラフィン切片にHE染色を施したものである。中央にはその針跡が見られる。
【図5】図4のA部をパラフィン切片にし、HE染色を施したものである。中央には針跡が見られる。Cは皮質を、Mは隋質部を示す。
【図6】図5の皮質部Cの円B内の拡大図(×10)である。
【図7】図6の拡大図(×20)である。Gは糸球体、Uは尿細管を示す。
【図8】図7の拡大図(×40)である。
【図9】ラット肝臓の凍結切片にHAM8抗体を反応させた間接蛍光抗体法による標本の蛍光顕微鏡写真(×60)である。細胞間にある白い線状の蛍光がギャップ結合である(矢印)。
【図10】70%高親水性高分子モノマー水溶液に、高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0重量部の架橋剤と0.05重量部の重合阻止剤を含有させた25℃の包埋用液体に約180gのブタ腎臓を浸漬し静置3週間後の像である。表面に大きな陥凹が見られ、やや硬度を増し、重量の減少(142g:浸漬直前に比し79%に相当)があった。
【図11】100%高親水性高分子モノマー溶液に、上記の比率で架橋剤と重合阻止剤を含有させた包埋用液体に140gのブタ腎臓を浸漬し静置3週間後の像である。大きな収縮痕の中に更に小さな収縮痕が見られ、弾性硬、重量減少も(87g:浸漬直前に比し62%に相当)大きかった。
【図12】100%高親水性高分子モノマー溶液に上述架橋剤、重合阻止剤添加を腎動脈及び尿管より加圧注入後同溶液に浸漬1日目。腎臓表面に小さな収縮痕が幾つも見られる。
【図13】図12の標本の3日目である。モノマーが重合架橋しポリマーとなり、水分は殆ど無くなった。
【図14】図13の標本を取り出し水洗したものである。表面は不整形で弾性硬。裏面は大きな組織の損傷があり、穴があいていた。
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内に水分とラジカルソースを含む比較的厚く分離した組織或いは臓器そのままの組織を高親水性高分子モノマー水溶液に浸漬することによる組織包埋方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡の試料作製の薄切りや、実習教材のプラスチネーション作製などを目的として、従来からも凍結切片作成法や、各種樹脂への包埋等のプロセスが開発され、日常的に用いられている。
主に耐久性確保の観点から開発された各種樹脂への包埋プロセスでは、組織は元来水分を多く含むことから、樹脂材料として一般に親水性の低い高分子材料を使用している。この親水性の低い高分子材料は、組織との親和性が低いため、該包埋プロセスは、組織からの真空脱水や置換といった工程が組み込まれる。
前記従来の包埋プロセスは、低親水性高分子材料を使用するため、多くの特殊設備と処理工程を必要とし、又取扱者は、高分子に対する専門知識が要求され、処理廃液による環境負荷の問題、人体への毒性の問題、組織への重合時の発熱による影響等を厳重に管理し安全を確保しなければない。また製造コストも嵩む。
そこで本発明者等は、取り扱い上比較的安全な、高親水性高分子の応用に着目した。
しかし、この高親水性高分子のみを組織の包埋プロセスに単に応用したのでは、親水性が高いため組織が膨潤する問題、更に重合速度が早く、大きさにもよるが、組織内全域に浸透する前に、表層部などの初期浸透部のみ重合してしまう等の問題があり実用化できなかった。これらの問題を解決するために発明者等は、「細胞内に水分とラジカルソースを含む組織を包埋標本化するに際して、濃度100%の高親水性高分子モノマー溶液に、架橋剤と重合開始制御剤を含有させて前記組織を浸漬し、窒素ガスバブリング後静置して重合させることを特徴とする高親水性高分子による組織包埋方法」を開発し、特開2006−36957号公報により公開紹介した。
その後この方法では、電子顕微鏡用の薄切り試料の作製においては、上記問題を充分に解決するものであったが、比較的厚く分離した組織或いは臓器そのままを高親水性高分子により組織包埋するには、組織の内部深くまで充分な重合効果を得ることができない。また処理後は、硬質化して扱いの極めて困難な試料となる。したがって長期間と強制排気設備と各種過敏性症候群等の問題を抱えた従来からのホルマリン浸漬に頼らざるをえなかった。
【特許文献1】特開206−36957号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、前記したホルマリン浸漬に代替する方法を開発し、長期間と強制排気設備と各種過敏性症候群等の問題を一挙に解決した組織包埋方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、特開2006−36957号公報により公開紹介した組織包埋方法の改良に掛かるものであり、その特徴とする技術条件は次の(1)にある。
(1)、細胞内に水分とラジカルソースを含む組織を包埋標本化するに際して、濃度20〜50%高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた包埋用液体に前記組織を浸漬し、そのまま静置し又は窒素ガスバブリング後静置して重合させることを特徴とする高親水性高分子モノマー水溶液による組織包埋方法。
【発明の効果】
【0005】
本発明の保存用液体において、高親水性高分子モノマーは、比較的厚く分離した組織或いは臓器を膨潤させることなく組織全域の細胞内の水分を高親水性高分子モノマーに置換させると同時に組織細胞内のラジカルソースによって重合反応を徐々に進行させ全体を高分子ポリマー化せるものである。
本発明の包埋用液体において、重合阻止剤は、図1の1に記載のように、高親水性高分子モノマーが組織細胞内に均等に隅々まで行渡るまで重合を阻止した後に、図1の2に記載のようにラジカルが作用し重合開始するものである。
本発明の包埋用液体において、架橋剤は、図1の3に記載のように前記高分子ポリマー化した組織に弾力性や必要な硬度を調節付与するものである。
これにより、当該組織全体の短期重合化を確立したものである。
この方法では、包埋組織についてアルコールやホルマリン固定等の前処理が必須でないこと、人体への毒性が殆ど無いこと、廃液の排出が少なく環境負荷を最小限にすること等から、幅広い状態にある組織への応用が可能である。
これにより本発明は、更に次の優れた効果を有する。
(1)、真空ラインなどの実験設備を持たない、医学部等の研究室でも重合が可能である。
(2)、高分子化学の専門知識がなくても、安全に利用できるプロセスである。
(3)、組織への重合による熱の影響のない、低温で重合するプロセスである。
(4)、人体への毒性がほとんど無いため、教材として安全に使用することができる。
(5)、従来プロセスで必要であった、置換溶媒などの処理廃液の排出を激減させ、環境負荷を最小限にすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明において、細胞内に水分とラジカルソースを含む組織としては、各種動物の各種管腔臓器、実質臓器、筋組織等である。
本発明において、ホルマリン等による前処理は必須ではない。従って、従来から行われてきた、ホルマリン処理を含むあらゆる組織固定法および未処理組織に適用可能である。
しかし、以下のような場合、組織を予めホルマリン固定を行う。
感染性や変質が見られる試料の作成において、ホルマリン処理が適切であると判断される場合。
長期保存を前提として、高い防腐性を持たせたい場合。
また既にホルマリン固定がなされている、過去の保存試料に対しても、本発明を適用することが可能である。
【0007】
本発明における包埋用液体において、高親水性高分子としては、1-Vinyl-pyrrolidone、one、Acrylic acid、2-Hydroxyethylmethacrylateなどを適用する。
【0008】
次に、包埋用液体における高親水性高分子モノマー水溶液の濃度を好ましくは40〜60%にすることにより、組織全域に亘って、細胞内水分を高親水性高分子モノマー水溶液に置換させ、この後に組織細胞内のラジカルソースによって重合反応を開始させて、重量増加を極小に抑えた状態で前記当該組織全体の短期重合化を確立したものである。
図2のグラフには、高親水性高分子モノマー水溶液の濃度%とそれに組織を浸漬した際の重量の経時変化(週W変化)を示す。この図からは、組織が収縮せず、つまりホルマリン浸漬のように重量増加率が1倍未満にならなく且つ細胞破壊を招く恐れのある大幅な重量増変化を起こさない1.15倍以下に抑えることが好ましいのである。
つまり高親水性高分子の水溶液の濃度を20%未満の濃度にすると水分が多くて、組織全域の細胞内水分を高親水性高分子モノマーに置換させることが困難となり、膨潤状態となり大幅な重量増変化を起し、細胞破壊・組織融解を招く恐れがある。
高親水性高分子の水溶液の濃度が50%を超えると臓器は脱水され短時間でモノマーがポリマー化して、内部中心部が未重合状態で表層部が硬く重合化した組織となり、試料作成が極めて困難になる。
【0009】
本発明において、包埋用液体における架橋剤の含有理由と具体例及びその好ましい含有割合範囲は、次の通りである。
理由:高親水性高分子のみでは、プラスチネーションや切片作製に必要とされる強度が得られない。また、保存時の吸湿による劣化・膨潤や、寸法精度を保つ必要がある。これらを解決する目的で、架橋剤による網目構造の構築が望ましい。
具体例:架橋剤としては、N-N'-Methylene-diacrylamide、N,N'-Methylenebisacrylamide、Divinylbenzeneなどがある。
架橋剤の具体例個々の含有割合範囲:N-N'-Methylene-diacrylamide:高親水性高分子モノマー100重量部に対して2.0〜4.0重量部が好ましい。
N,N'-Methylenebisacrylamide:高親水性高分子モノマー100重量部に対して1.0〜4.0重量部が好ましい。
Divinylbenzene: 高親水性高分子モノマー100重量部に対して2.0〜4.0重量部が好ましい。
【0010】
本発明において、包埋用液体における重合阻止剤の含有理由と具体例及びその好ましい含有割合範囲は、次の通りである。
理由:組織内にはそのいたるところにラジカルソースが存在する。そのため高親水性高分子モノマーが水と置換された部分から速やかに重合が開始し、表層で重合が進行することで、内部の水分がモノマーに置換されることの障害となる。重合開始制御剤は、組織全体を均等に全量重合化反応させるために、組織全域の細胞内水分が高親水性高分子モノマー溶液に置換されるまでの間、組織表層部等の初期置換部細胞内のラジカルソースによる重合化反応を抑制するために含有させるものである。
具体例:重合阻止剤としては、N,N'-Di-sec-butyl-1,4 phenylenediamine、N,N'-Di-sec-butyl-p-phenylenediamine、hydroquinonne、2,2,6,6-tetramethylpiperidinooxy, free radical等があり、添加量は、高親水性高分子モノマー100重量部に対して大凡0.01〜0.10重量部とすることが好ましい。
重合阻止剤の具体例個々の含有割合(濃度)については、対象とする組織の種類により、水分量やラジカルソース含有率と置換速度が異なり、また同種でも大きさにより完全置換時間が変化するため、これらの要素と重合開始制御剤の種類に応じて実験的、経験的にその最適濃度範囲を設定することができる。組織のラジカル種の同定や定量は、例えばESRによるspin-trap法を用いるなど、臓器・組織別の最適値を求めることで、より広範な用途に応用することができる。
【0011】
本発明において、前記包埋用液体に組織を浸漬して窒素ガスバブリングする理由と好ましい温度範囲や所要時間範囲は、次の通りである。
理由:本発明の基本反応はラジカル重合反応であることから、酸素除去を目的とする。
方法:室温において、窒素ガスを注射針から包埋用液体中に導入する。
導入時間は浸漬する溶液の量に応じて0.2 l/min.の流量で5〜15分とする。
本発明において、窒素ガスバブリング後静置する理由と好ましい温度や所要時間は、次の通りである。
理由:高親水性高分子モノマー水溶液の組織内への浸透、および重合反応を行うためである。
【実施例】
【0012】
本発明の代表的な実施例(図3〜図9)と比較例(図10〜図14)を紹介する。
図3〜図9に示す実施例はブタの腎臓及びラット肝臓の例である。
濃度10〜100%高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマ〜100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた25℃の包埋用液体に100〜250gのブタの腎臓を浸漬し、そのまま3週間静置して重合させた結果の外観を図3に示す。図3に示すブタの腎臓を半割りした状態を図4に示す。この図から明らかのように腎臓の表層部から内部中央部まで高親水性高分子モノマーとラジカルソースがほぼ均一に重合反応していた。この図4の枠囲A部をスライスしたものを図5に示す。図5のMは髄質でありCは皮質である。皮質部Cの円B内の拡大図を図6(×10)、図7(×20)、図8(×40)に示す。図7、図8からは腎臓構成細胞の核が明瞭に確認でき、生きたまま固定されていることが分かる。また、糸球体(G)や尿細管(U)の形態も通常のホルマリン固定標本と大差ない。
図9はラット肝臓を濃度100%の高親水性高分子モノマー水溶液に3週間浸漬固定後、7μm厚の凍結切片を作製後、細胞間コミュニケーションを担うギャップ結合蛋白(コネクシン32)を認識するHAM8抗体で反応させ、次いでFITC標識2次抗体で染色した後蛍光顕微鏡で観察したものである。細胞間に強い蛍光が観察され、この混合液に浸漬しても、ある種の蛋白抗原が壊されずに保存されていることを示している。
図10、図11に示す比較例は、各々濃度70%と100%の高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた25℃の包埋用液体に約200gのブタ腎臓を浸漬し静置3週間後の像である。図2のごとく重量は減少し、表面は凹凸を示し、かつ弾性性はかなり消失した。一方、上述架橋剤、重合阻止剤添加100%高親水性高分子モノマー溶液を腎動脈及び尿管より注入後同溶液に浸漬すると図12のような状態から、2〜3日後には図13のようにポリマー化、重合が生じ(白く泡状に見えるもの)、水分は殆ど無くなり図14に示す外観となり表層部のみが硬く重合化した皺のある縮んだ状態の標本化にされていることが確認された。これを表1〜表5に詳細に紹介する。
【0013】
次に他の実施例の具体例1〜7を表1〜表5とにより詳細に紹介する。
具体例No2〜No5は本発明例であり、No1、No6は比較例である。
表1には包埋する組織の種類とその形状や部位と重量等を記載し、表2には、包埋する前の洗浄などの処理条件を記載し、表3には、包埋処理用の包埋用液体の配合剤の種類と配合条件等を記載し、表4には、浸漬用高分子モノマー混合液に組織を浸漬する諸条件を記載し、表5には、重合化後の洗浄等の処理条件を記載したものである。
表1〜表5から得た結果は、本発明例のNo2〜No5は、何れも組織の表層から内部中央部に亘って均一に重合化が進行し、前記した図3〜図9に示す状態と同様の試料を得ることが出来た。また比較例のNo6は、前記した図10〜図14に示す状態と同様の試料を得た。比較例のNo1は、水分が多いことから組織全域の細胞内水分を高親水性高分子モノマーに置換させることが出来ず、膨潤状態となり大幅な重量増変化を起し、細胞破壊を起こし試料としては使用不能の状態であった。
【0014】
【表1】
【0015】
【表2】
【0016】
【表3】
但し、NVP:N-vinyl-2-pyrrolidone
St:Stylene
MBA:N,N'-Methlenebisacrylamide
DBPD:N,N'-Di-sec-butyl-p-phenylenediamine
HQN:hydroquinone
DVB:Divinylbenzene
【0017】
【表4】
【0018】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明は、前記の効果に詳述のように、人体及び自然環境に優しく、且つ特殊設備を不
要とする簡単な処理工程で、誰もが容易に安全に管理し実施することができ、且つ安価な
製造方法であり、この種産業の利用可能性は多大なものがある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の包埋用液体による組織包埋方法の作用効果を模式図で示す説明図である。
【図2】高親水性高分子モノマー水溶液の濃度とそれに組織を浸漬した際の重量の経時変化(週W変化)を示すグラフである。
【図3】本発明の代表的な実施例によるブタの腎臓の各工程を経た状態を示す写真。
【図4】図3に示すブタの腎臓を切半した状態を示す写真。腎臓の深部まで浸透するように数カ所針を刺し、その一ケ所が枠囲A部である。のパラフィン切片にHE染色を施したものである。中央にはその針跡が見られる。
【図5】図4のA部をパラフィン切片にし、HE染色を施したものである。中央には針跡が見られる。Cは皮質を、Mは隋質部を示す。
【図6】図5の皮質部Cの円B内の拡大図(×10)である。
【図7】図6の拡大図(×20)である。Gは糸球体、Uは尿細管を示す。
【図8】図7の拡大図(×40)である。
【図9】ラット肝臓の凍結切片にHAM8抗体を反応させた間接蛍光抗体法による標本の蛍光顕微鏡写真(×60)である。細胞間にある白い線状の蛍光がギャップ結合である(矢印)。
【図10】70%高親水性高分子モノマー水溶液に、高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0重量部の架橋剤と0.05重量部の重合阻止剤を含有させた25℃の包埋用液体に約180gのブタ腎臓を浸漬し静置3週間後の像である。表面に大きな陥凹が見られ、やや硬度を増し、重量の減少(142g:浸漬直前に比し79%に相当)があった。
【図11】100%高親水性高分子モノマー溶液に、上記の比率で架橋剤と重合阻止剤を含有させた包埋用液体に140gのブタ腎臓を浸漬し静置3週間後の像である。大きな収縮痕の中に更に小さな収縮痕が見られ、弾性硬、重量減少も(87g:浸漬直前に比し62%に相当)大きかった。
【図12】100%高親水性高分子モノマー溶液に上述架橋剤、重合阻止剤添加を腎動脈及び尿管より加圧注入後同溶液に浸漬1日目。腎臓表面に小さな収縮痕が幾つも見られる。
【図13】図12の標本の3日目である。モノマーが重合架橋しポリマーとなり、水分は殆ど無くなった。
【図14】図13の標本を取り出し水洗したものである。表面は不整形で弾性硬。裏面は大きな組織の損傷があり、穴があいていた。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内に水分とラジカルソースを含む組織を包埋標本化するに際して、濃度20〜50%の高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた包埋用液体に前記組織を浸漬し、そのまま静置し又は窒素ガスバブリング後静置して重合させることを特徴とする高親水性高分子モノマー水溶液による組織包埋方法。
【請求項1】
細胞内に水分とラジカルソースを含む組織を包埋標本化するに際して、濃度20〜50%の高親水性高分子モノマー水溶液に、前記高親水性高分子モノマー100重量部に対し2.0〜4.0重量部の架橋剤と0.01〜0.10重量部の重合阻止剤を含有させた包埋用液体に前記組織を浸漬し、そのまま静置し又は窒素ガスバブリング後静置して重合させることを特徴とする高親水性高分子モノマー水溶液による組織包埋方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2009−191125(P2009−191125A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−31552(P2008−31552)
【出願日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(304028726)国立大学法人 大分大学 (181)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(304028726)国立大学法人 大分大学 (181)
【Fターム(参考)】
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