説明

高軟化点光学的等方性ピッチの製造方法

【課題】溶媒への溶解性が高く、高軟化点で光学的等方性を有するピッチおよびその製造方法を提供すること。
【解決手段】アントラセンおよびピレンから選ばれる少なくとも一種が構造式(1):


で結合されており、その軟化点が130℃〜300℃であるピッチであり、当該ピッチはアントラセンおよびピレンから選ばれる少なくとも一種の基質とα,α’−ジブロモパラキシレンを、基質とα,α’−ジブロモパラキシレンの量論比(基質(モル)/α,α’−ジブロモパラキシレン(モル))を1.5〜3.0の割合として反応させて製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高軟化点光学的等方性ピッチの製造方法に関するものである。より詳しくは汎用炭素繊維、活性炭素繊維、ナノ炭素繊維、炭素−炭素複合体、活性炭、熱安定溶媒、高温潤滑剤、ゴム配合油、非水電解液2次電池負極活物質用炭素材などの前駆体に使用が可能である高軟化点光学的等方性ピッチの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高軟化点光学的等方性ピッチは汎用炭素繊維、活性炭素繊維、炭素−炭素複合体、非水電解液2次電池負極活物質用炭素材など高機能性炭素材の前駆体に使用される物質で、特にこれらのピッチを前駆体に使用して前記の炭素材を製造すると、炭化収率が高く、得られた炭素材の機械的または電気的物性が良好であるという長所がある。
【0003】
石油系中質油/重質油、芳香族炭化水素の単物質(例えば、ナフタレン、メチルナフタレンまたはアントラセン)、石炭系残渣(例えば、コールタールまたはコールタールピッチ)などを出発物質として製造される軟化点150℃以上の高軟化点ピッチを汎用炭素繊維、活性炭素繊維、炭素−炭素複合体、非水電解液2次電池負極活物質用炭素材などの前駆体として使用して、炭素繊維および炭素質粒子などを製造するには、ピッチを繊維状、粒子状に成形した後、高温熱処理して炭素質の最終製品を得る方法が用いられてきた。この場合、ピッチを賦形して作った繊維および粒子は高温の熱処理を直接行うと溶融し、形態が破壊されてしまう。そこで、その形態を維持するには先行して酸化などの不融化処理を行っておく必要があった。
【0004】
不融化処理は酸化性ガス雰囲気(例えば、空気、二酸化炭素または一酸化炭素)または酸化性液体雰囲気(例えば、硝酸水溶液または塩酸水溶液)中でピッチ由来の繊維および粒子を長時間処理する工程を必要とする。多くの場合、経済性や環境的側面を考慮して空気雰囲気中で100〜350℃の温度を維持しながら1分〜数十日の間、酸化熱処理を施している。
【0005】
一般的に軟化点150℃未満のピッチを前駆体に使用して製造した繊維および粒子などは、長時間の不融化処理に供せねばならないためエネルギーの消耗が大きく、炭化時の炭化収率が低下し、収得される炭素材の機械的物性が低下することは勿論、製造費が増大するなどの問題点があった。
【0006】
そのため、高軟化点光学的等方性ピッチを製造するための多くの方法が提案されており、既存の方法として、石炭系コールタールまたはコールタールピッチを真空蒸留または溶媒抽出によって低分子量成分を除去する方法と、単純熱重合によって基質中の低分子量成分を重合して高分子量成分に転換させる方法、およびこれらの二つの方法を並行する方法が行われてきた。これらの方法によると、非常に広範囲な分子量分布を有する原料から特定の比較的狭い範囲の分子量分布を有する光学的等方性ピッチを製造することが可能であるものの、収率が低く、加熱時、容易にメソフェース(mesophase)化する成分が残留するためピッチの均質性および安定性に問題点があった。
【0007】
コールタールピッチと架橋剤として1,4−ベンゾキノンとのディールスアルダー(Diels−Alder)反応を利用して光学的等方性ピッチを製造する方法があるが、ピッチの収率が低く、1,4−ベンゾキノンの含酸素官能基がピッチに導入されて酸化に対する抵抗性を有することとなる問題点があり、また、架橋剤としての1,4−ベンゾキノンを多量に使用することで経済性を損なうという短所があった。
【0008】
コールタールおよびコールタールピッチに硝酸を添加して熱処理する方法は、疎水性のピッチに水溶性酸を使用して反応させるために反応が均一でない。そのため、反応制御が困難で容易に反応生成物が固化するか、または生成したピッチが不均一であるため、溶媒に均質に溶解可能なまたは熱で均質に溶融可能な、高軟化点光学的等方性ピッチを得ることが難しいという短所がある(特許文献1)。
【0009】
近年は、比較的低い温度でフッ化水素/三フッ化硼素などを触媒として芳香族有機化合物からメソフェースピッチを高収率で収得する方法が開発されて商業化されたものも知られているが、高軟化点光学的等方性ピッチを製造する工程は含まれていない(特許文献2)。
【0010】
石油系中質油および石炭系残渣などにニトロ化合物を添加して熱処理することで軟化点を高める方法は、高価なニトロ化合物の添加による製造費の増大、およびニトロ化合物と出発原料の反応時における分散の不均一性などによって、得られたピッチが不均一となる問題点があった。特に、石油系中質油にニトロ化合物を1〜10重量%添加して温度150〜400℃で1〜120分間処理して改質処理物を得、この改質処理物を単環の芳香族炭化水素溶媒に溶解させて析出する不溶物を除去し、得られた溶液の溶媒を回収して可溶成分を収得し、この可溶成分を加熱処理することを含む製造方法は、収率が低く製造工程が複雑でこれによって莫大な設備を必要とする問題点があった。
【0011】
また、塩化アルミニウムを添加して触媒熱処理する方法は、反応終了後、得られたピッチから触媒に使用された塩化アルミニウムの除去が困難であるという問題点があり、更に得られたピッチを炭化して炭素材を製造する場合、ピッチ内に残留する塩化アルミニウムなどが不純物として作用し、これによって最終的に得られる炭素材の機械的な物性が低下する問題点を有している。
【0012】
高機能性炭素材である炭素繊維、ピッチ系活性炭素繊維、非水電解液2次電池負極活物質用炭素材を製造するためには、前駆体である高軟化点光学的等方性ピッチとして、当該ピッチの熱または溶媒に対する溶融または溶解過程で均一且つ単一状になるもの、さらには高純度であるものが要求される。そこで、軟化点、ピリジン可溶分、キノリン可溶分などの制御因子を適宜調節し、さらに、金属などの不純物を含有しない蒸留分または芳香族炭化水素単物質を利用して、高収率で高軟化点光学的等方性ピッチを製造する研究が活発に行われている。
【0013】
従来の技術としては石炭系残渣および石油系中質油のような複雑な混合物を出発原料として高軟化点のピッチを製造する場合、得られたピッチの炭素材製造などの溶融段階で過度な熱分解および縮合反応が進行し、これによってガスおよび不溶物質が生成されて所望の炭素材を製造することができないか、得られる炭素材の物性が非常に悪いという問題点が頻発した。従って、軟化点、ピリジン可溶分、キノリン可溶分などの制御因子を調節して、前駆体ピッチの酸化による不融化などに適合した高軟化点光学的等方性ピッチを製造する新しい方法を開発する必要性があった。
【0014】
特許文献3においては、石油系中質油/重質油、例えば、ナフタレン、メチルナフタレンまたはアントラセンなどのような芳香族炭化水素の単物質、または、コールタールまたはコールタールピッチなどのような石炭系残渣などの炭素源に、塩素(Cl)、塩化チオニル(SOCl)、塩化スルフリル(SOCl)、臭素(Br)、臭化チオニル(SOBr)、ヨード(I)、塩化ホスホリル(POCl)などのハロゲン含有添加剤を70〜230℃で反応させ、得られた反応生成物を230〜360℃に昇温させてさらに反応させ、その後、常圧または減圧下で、不活性ガスと接触させて低分子量の硬質分を除去する後処理段階を経ることにより、軟化点、ピリジン可溶分、キノリン可溶分などを制御して、前駆体ピッチの酸化による不融化などに適合した高軟化点光学的等方性ピッチを製造する方法を提供している。
【0015】
しかしながら、当該方法を用いた高軟化点ピッチの製造においては、塩素または無機塩素塩等の無機物を反応時使用するため、特定の反応サイトだけの反応誘導が難しく、過度に反応した塩素が反応生成物中に錯体として残存したり、さらに無機塩素塩を使用した場合は金属が調製されたピッチの中に存在する。このように錯体化した塩素は500℃以上の熱処理にも残存し、より高温処理によってPCBまたはダイオキシンを生成する危険性がある。
【0016】
特許文献4や特許文献5においては、いわゆるCOPNA樹脂の製造方法が開示されている。これらの発明においては、縮合多環芳香族とハロゲン化メチルまたはヒドロキシメチルを有する架橋剤を反応させる際に、パラトルエンスルホン酸などの酸触媒を使用することで、ハロゲン化メチルまたはヒドロキシメチルがカチオンとなるフリーデルクラフツ型芳香族置換反応が進行する。生成したカチオン種は高反応性であり、芳香環上の置換反応の選択性が低いため、3次元(正確には2次元)ネットワークが形成され熱硬化樹脂となる(図5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特公昭58−33910号公報
【特許文献2】特許第2917486号公報
【特許文献3】特許第3015949号公報
【特許文献4】特開昭63−51418公報
【特許文献5】特公平7−53847号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の目的は溶媒への溶解性が高く、高軟化点で光学的等方性を有するピッチの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、高軟化点と高溶媒可溶性を同時に達成できる手段として、縮合環の高分子化とその縮合環を分子回転が自由なメチレングループで繋ぐことによって、簡便に高軟化点光学的等方性ピッチを提供することが可能となった。すなわち、本発明は以下の[1]〜[7]に関する。
[1]アントラセンおよびピレンから選ばれる少なくとも一種の基質とα,α’−ジブロモパラキシレンを、基質とα,α’−ジブロモパラキシレンの量論比(基質(モル)/α,α’−ジブロモパラキシレン(モル))を1.5〜3.0の割合として反応させることを特徴とするピッチの製造方法。
[2]無触媒下で反応させることを特徴とする[1]に記載のピッチの製造方法。
[3]反応温度が300℃〜350℃であることを特徴とする[1]または[2]に記載のピッチの製造方法。
[4]生成したピッチの軟化点が130℃〜300℃であることを特徴とする[1]〜[3]のいずれかに記載のピッチの製造方法。
[5]生成したピッチのTHFに対する溶解成分が60質量%以上、n−ヘキサンに対する溶解成分が17質量%以上である[1]〜[4]のいずれかに記載のピッチの製造方法。
[6][1]に記載の基質とα,α’−ジブロモキシレン由来のベンゼン環の連結がメチレン鎖状構造であることを特徴とする[1]〜[5]のいずれかに記載のピッチの製造方法。
[7]アントラセンおよびピレンから選ばれる少なくとも一種が構造式(1):
【化1】

で結合されており、その軟化点が130℃〜300℃であるピッチ。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法によれば、簡便に高軟化点光学的等方性ピッチを提供することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1、2および比較例3で得られたピッチのTOFMS測定による分子量プロファイルである。
【図2】実施例1で得られたピッチのH−NMRスペクトルである。
【図3】実施例1、2および比較例3、4で得られたピッチのTGAチャートである。
【図4】実施例1、2および比較例3で得られたピッチのTMAチャートと軟化点の決定方法を記載した図である。
【図5】一般的なCOPNA樹脂の概略構造図である。
【図6】本発明のピッチの推定構造図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の具体的な実施態様を詳しく説明する。本発明で使用される基質は縮合多環芳香族である、アントラセンおよびピレンから選ばれる少なくとも一種である。
【0023】
これらの基質を熱反応により架橋し、重合するための添加剤としては、α,α’−ジブロモパラキシレンが使用される。
【0024】
基質に対するα,α’−ジブロモパラキシレンの添加量および反応温度は、目的とする光学的等方性ピッチの特性または収率に影響を与えるので、重要な調節因子として機能する。反応温度は300℃〜350℃であることが好ましい。反応温度が300℃未満である場合、重合の効率が低下する問題が起こり得る。また、350℃を超える場合、目的としたメチレンブリッジによる縮合環の高分子化だけではなく、熱分解による不規則的なラジカル反応が起こって、縮合環のさらなる高縮合化およびラジカル反応による高分子化が進む場合がある。このとき生成したピッチは一部または全部が光学的にメソフェーズ化し、所望の高溶媒溶解性をもつ光学的等方性ピッチが得られないという問題点が起こり得る。
【0025】
これら重合反応は、1段階での反応でも良いし、2段階以上の温度レベルで実施しても良い。本発明において重合反応は無触媒下で行うことが出来る。また、重合反応は、窒素などの不活性ガス雰囲気下、常圧(大気圧)で行うことが好ましい。重合反応は一般に0.5時間〜10時間行われる。
【0026】
添加剤であるα,α’−ジブロモパラキシレンは、基質と添加剤の量論比、すなわち基質(モル)/α,α’−ジブロモパラキシレン(モル)が1.5〜3.0の割合であるように添加される。この量論比が3.0を超える場合、得られたピッチの架橋が不十分となり軟化点が低くなるという問題が起こり得る。またこの量論比が1.5を下回る場合、ピッチの収率が低くなるという問題が起こり得る。
【0027】
本発明のピッチの製造方法では、α,α’−ジブロモパラキシレンのパラ位にある2つのブロモメチル基がラジカル開裂し、生成したラジカルが基質の芳香環の高反応性点のみと反応する。この反応により、基質とα,α’−ジブロモパラキシレン由来のベンゼン環がメチレン鎖状構造(メチレンブリッジ)で連結される。結果として生成物は直線的(2次元に広がらない)となり、得られたピッチは熱可塑性を維持する(図6参照)。このため、溶融点、溶融温度域、溶解性、熱反応性、紡糸性が従来のCOPNA樹脂とは異なるピッチを調製することが出来る。アントラセンとα,α’−ジブロモパラキシレンの縮合反応において生成したピッチについては、H−NMRにてアントラセンの1、4、5、8、9、10位での添加剤による架橋が観測され、2、3、6、7位での架橋は非常に少ないことが確認される。また、これらのピッチは、TOFMS(飛行時間型質量分析装置)にて測定される分子量が「重量平均分子量で800」を超えるものである。
【0028】
尚、前述のとおり、同様の反応をパラトルエンスルホン酸等の酸触媒を用いて実施した場合、添加剤のハロゲン化メチル基がカチオンとなるフリーデルクラフツ型芳香族置換反応が進み、生成したカチオン種が高反応性であるため、芳香環上の置換反応の選択性が低く、結果として3次元ネットワークが形成され熱硬化性樹脂となる。そのため、本発明によって製造されるピッチのような、溶媒への溶解性が高く高軟化点を有する光学的等方性ピッチを得ることは出来ない。
【0029】
本発明により製造されるピッチの軟化点は、基質の種類、基質に対する添加剤の添加量、熱処理温度、熱処理時間などで制御することが出来る。本発明によれば、軟化点が例えば130℃〜300℃のピッチを製造することができる。例えば基質をアントラセンとし、添加剤としてα,α’−ジブロモパラキシレンを使用して、前記の方法にてピッチを製造する場合、光学的等方性ピッチの軟化点は130℃〜270℃の範囲で制御することが出来る。
【0030】
溶媒への溶解性についても基質の種類、基質に対する添加剤の添加量、熱処理温度、熱処理時間などで制御することが出来る。本発明によれば、例えば、THFに対する溶解成分が60質量%以上、n−ヘキサンに対する溶解成分が17質量%以上のピッチを製造することができる。例えば基質をアントラセンとし、添加剤としてα,α’−ジブロモパラキシレンを使用して、アントラセンとα,α’−ジブロモパラキシレンの量論比(アントラセン(モル)/α,α’−ジブロモパラキシレン(モル)を1.5〜3.0とすることで、調製される光学的等方性ピッチのTHFへの溶解成分の量を、60質量%〜100質量%の範囲で制御することが出来る。また、非極性溶媒であるn−ヘキサンに対しても溶解成分の量を17質量%〜100質量%の範囲で制御することが出来る。なお、n−ヘキサンへの溶解成分の量およびTHFへの溶解成分の量は実施例の項で示したように、一連のソックスレー抽出によって、n−ヘキサン、トルエン、THFによる抽出を順に行ったときの不溶分の量から計算した値である。
【0031】
通常、石油系中質油のC10油分またはメチルナフタレンなどは従来の製造技術では殆どが揮発するためピッチとして得られる収率が非常に低い。一方、本発明ではアントラセンなどのように揮発性が高い炭化水素を使用した場合であっても、α,α’−ジブロモパラキシレンを添加剤として使用することによって高い収率で簡単に高軟化点光学的等方性ピッチを製造することができるという点に特徴がある。特に、石油系中質油のC10油分は、熱重量分析(TGA;Thermal Gravity Analysis)において200℃で大部分が揮発する物質であり、その元素分析結果は炭素89.05%、水素8.90%、窒素1.93%、硫黄0.12%であり、芳香化度(fa)が51.4%である。石油系中質油のC10油分を用いた場合、従来の製造技術ではピッチとして得られる収率が30%未満であることから、ピッチを製造するための基質として実用上使用できないことが知られている。
【実施例】
【0032】
以下、実施例を挙げて本発明を説明する。尚、これらの実施例は単に例示的なもので、本発明を限定するものではないことを付言する。
以下実施例における分析・測定については以下の方法によって行った。
【0033】
<軟化点>
ピッチの軟化点は熱機械分析(TMA;ThermoMechanical Analysis)によって決定した。分析機器としてエスエスアイ・ナノテクノロジー社製EXSTAR TMA/SS6300を使用した。試料調製としてアルミパン(容量100μL)にピッチ試料を0.5g入れ、ホットプレート法で測定した軟化点より30℃上昇させた温度で一度軟化させ、アルミパン中に平坦化したピッチ表面を生成した。
TMAの測定条件は、不活性雰囲気下、温度:室温から最大500℃まで、昇温速度:5℃/分、窒素ガス流量:100cc/分であった。また、プローブとして針入プローブを用いて、荷重49mNの一定の力で上部から押した。軟化点はプローブの針入量と温度とのグラフより接線の交点として決定した(図4参照)。
【0034】
<溶媒への溶解性>
丸底フラスコにn−ヘキサン100mLを入れ、円筒ろ紙(thimble filter)にピッチの試料1gを入れ、ソックスレー抽出装置によって抽出を行った。抽出時間は6時間とし、円筒ろ紙内のn−ヘキサン不溶分と丸底フラスコ内のn−ヘキサン溶解分をそれぞれ採取し、不溶分は80℃で1日乾燥させたのち重量測定を行い、n−ヘキサン不溶分率をもとめ、100からこの値を差し引いてn−ヘキサンに対する溶解成分率とした。次に、トルエン100mLに対してn−ヘキサン不溶分試料1gを円筒ろ紙にいれ、ソックスレー抽出装置によって抽出した。抽出時間は6時間とし、円筒ろ紙内のトルエン不溶分と丸底フラスコ内のトルエン溶解分をそれぞれ採取し、不溶分は80℃で1日乾燥させたのち重量測定を行った。次に、THF100mLに対してトルエン不溶分試料1gを円筒ろ紙にいれ、ソックスレー抽出装置によって抽出した。抽出時間は6時間とし、円筒ろ紙内のTHF不溶分と丸底フラスコ内のTHF溶解分をそれぞれ採取し、不溶分は80℃で1日乾燥させたのち重量測定を行った。この一連のソックスレー抽出によって、n−ヘキサン溶解分、n−ヘキサン不溶分−トルエン溶解分、トルエン不溶分−THF溶解分、THF不溶分に分取し定量した。THFに対する溶解成分率は100からTHF不溶分率を引いて決定した。
【0035】
<TOFMS測定>
分析機器としてアプライドバイオシステムズ社製Voyager ELLITE II/LDI−TOFMSを使用した。試料調製としてTHF溶媒10mLにピッチサンプル0.1gを溶かし、十分攪拌し溶解した。LDI−TOFMS用のサンプルプレートに1mLの試料を載せた。さらに、THFを蒸発・乾燥させたのち、TOFMSの測定を行った。測定条件はリニアーモードで、加速電圧20kV、レーザー強度2200LSであった。また、サンプルチャンバーおよび検出器チャンバーの真空度はそれぞれ2.0×10−8Torrおよび2.0×10−9Torrであった。
【0036】
H−NMR>
分析機器として日本電子社製JNM−600ECAを使用した。試料調製としてガラス製試料管に試料10mgを入れ、パスツールピペットでNMR溶媒であるCDCl(重クロロホルム)を試料濃度が30質量%になるように加えた。得られた試料をNMR試験管に入れ本装置にて測定を行った。
【0037】
<炭化収率>
TGA分析機器としてエスエスアイ・ナノテクノロジー社製 EXSTAR TG/DTA6000を使用した。試料調製として白金パン(容量100μL)にピッチ試料を10mg入れ、ガスを流しながらバランスが取れた状態まで待ち、その後熱分析を行った。TGAの測定条件は、不活性雰囲気下、温度:室温から最大800℃まで、昇温速度:5℃/分、窒素ガス流量:100cc/分であった。TGAチャートにおいて重量変化がなくなり一定の値となった、800℃での残留重量を炭化収率とした。
【0038】
(実施例1)
アントラセン(和光純薬工業株式会社製、純度>96.0%(GC))(基質)10gに対して、α,α’−ジブロモパラキシレン(東京化成工業株式会社製、純度>98.0%(GC))(添加剤)4.9gを常温で混合し、窒素を200cc/分で流しながら、大気圧下にて320℃まで5℃/分の速度で昇温した後、この温度を維持したまま1時間保持した。得られたピッチについてTMA測定装置にて軟化点を測定したところ、203℃であった。更に、得られたピッチについてソックスレー抽出法により各溶媒への溶解性を測定したところ、n−ヘキサン溶解分が27%、n−ヘキサン不溶でトルエン溶解分が53%、トルエン不溶でTHF溶解分が7%、THF不溶分が13%であった。THF溶解成分率は87%(100%−13%)である。得られたピッチについてTOFMSにて分子量測定を行ったところ、図1のANT/DBX 3.0に示す様なプロファイルが得られた。更に、ピッチのH−NMRスペクトルを図2に示す。
得られたH−NMRスペクトルにおいては、アントラセンの1、4、5、8、9、10位への添加剤の架橋が観測され、2、3、6、7位への架橋は非常に少ないことから、調製されたピッチの構造は図6に示す様な構造を有しているものと考えられる。この様なメチレンブリッジにより連結されたアントラセンは分子回転が容易である為、結果として高軟化点でありながら、高い溶媒溶解性を有するピッチが生成しているものと推定される。
得られたピッチについて、TGA装置により重量減少を測定した結果を図3のANT/DBX 3.0に示す。800℃炭化収率は40%程度であった。
【0039】
(実施例2)
α,α’−ジブロモパラキシレンを10gとしたこと以外は実施例1と同様の方法により実験を行った。得られたピッチの軟化点は266℃であった。また溶媒への溶解度は、ヘキサン溶解分が17%、ヘキサン不溶でトルエン溶解分が28%、トルエン不溶でTHF溶解分が15%、THF不溶分が40%であった。THF溶解成分率は60%である。TOFMS測定による分子量プロファイルは、図1のANT/DBX 1.5に示すものであった。得られたピッチのTGA測定の結果は図3のANT/DBX 1.5に示すものであった。この場合の800℃炭化収率は45%程度であった。
【0040】
(実施例3)
アントラセンの代わりにピレン(東京化成工業株式会社製、純度>97.0%(GC))10.0gと、α,α’−ジブロモパラキシレン4.3gを用いたこと以外は実施例1と同様の方法により実験を行った。その結果、得られたピッチの軟化点は133℃であった。また溶媒への溶解度は、ヘキサン溶解分が0%、ヘキサン不溶でトルエン溶解分が85%、トルエン不溶でTHF溶解分が15%、THF不溶分が0%であった。THF溶解成分率は100%である。
【0041】
(比較例1)
アントラセン(和光純薬工業株式会社製、純度>96.0%(GC))10gを、窒素を200cc/分で流しながら、大気圧下にて320℃まで5℃/分の速度で昇温した後、この温度を維持したまま1時間保持した。生成物はなく、すべてのアントラセンが揮発した。
【0042】
(比較例2)
加圧下7気圧にて熱処理をしたこと以外は比較例1と同様の方法により実験を行った。その結果得られた物質は固形分でありピッチは得られなかった。この固体の溶媒への溶解度は、ヘキサン溶解分は0%、ヘキサン不溶でトルエン溶解分が0%、トルエン不溶でTHF溶解分が20%、THF不溶分が80%であった。THF溶解成分率は20%である。
【0043】
(比較例3)
α,α’−ジブロモパラキシレンを2.5gとしたこと以外は実施例1と同様の方法により実験を行った。得られたピッチの軟化点は103℃であった。また溶媒への溶解度は、ヘキサン溶解分が59%、ヘキサン不溶でトルエン溶解分が40%、トルエン不溶でTHF溶解分が1%、THF不溶分が0%であった。THF溶解成分率は100%である。TOFMS測定による分子量プロファイルは、図1のANT/DBX 6.0に示すものであった。得られたピッチのTGA測定の結果は図3のANT/DBX 6.0に示すものであった。この場合の800℃炭化収率は20%程度であった。
【0044】
(比較例4)
α,α’−ジブロモパラキシレンを14.8gとしたこと以外は実施例1と同様の方法により実験を行った。この場合、得られた物質は固体状でありピッチは得られなかった。この固体の溶媒への溶解度は、ヘキサン溶解分が0%、ヘキサン不溶でトルエン溶解分が28%、トルエン不溶でTHF溶解分が12%、THF不溶分が60%であった。THF溶解成分は40%である。
【0045】
(比較例5)
アントラセンの代わりにナフタレン(和光純薬工業株式会社製、純度>99.0%(GC))10.0gと、α,α’−ジブロモパラキシレン10.0gを用いたこと以外は実施例1と同様の方法により実験を行った。その結果、得られたピッチの軟化点は90℃であった。また溶媒への溶解度は、ヘキサン溶解分が20%、ヘキサン不溶でトルエン溶解分が80%、トルエン不溶でTHF溶解分が0%、THF不溶分が0%であった。THF溶解成分率は100%である。
【0046】
(比較例6)
アントラセンの代わりにフェナンスレン(東京化成工業株式会社製、純度>95.0%(GC))10.0gと、α,α’−ジブロモパラキシレン10.0gを用いたこと以外は実施例1と同様の方法により実験を行った。その結果、得られたピッチの軟化点は92℃であった。また溶媒への溶解度は、ヘキサン溶解分が30%、ヘキサン不溶でトルエン溶解分が69%、トルエン不溶でTHF溶解分が1%、THF不溶分が0%であった。THF溶解成分率は100%である。
【0047】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アントラセンおよびピレンから選ばれる少なくとも一種の基質とα,α’−ジブロモパラキシレンを、基質とα,α’−ジブロモパラキシレンの量論比(基質(モル)/α,α’−ジブロモパラキシレン(モル))を1.5〜3.0の割合として反応させることを特徴とするピッチの製造方法。
【請求項2】
無触媒下で反応させることを特徴とする請求項1に記載のピッチの製造方法。
【請求項3】
反応温度が300℃〜350℃であることを特徴とする請求項1または2に記載のピッチの製造方法。
【請求項4】
生成したピッチの軟化点が130℃〜300℃であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のピッチの製造方法。
【請求項5】
生成したピッチのTHFに対する溶解成分が60質量%以上、n−ヘキサンに対する溶解成分が17質量%以上である請求項1〜4のいずれか一項に記載のピッチの製造方法。
【請求項6】
請求項1に記載の基質とα,α’−ジブロモキシレン由来のベンゼン環の連結がメチレン鎖状構造であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のピッチの製造方法。
【請求項7】
アントラセンおよびピレンから選ばれる少なくとも一種が構造式(1):
【化1】

で結合されており、その軟化点が130℃〜300℃であるピッチ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−246364(P2012−246364A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−117878(P2011−117878)
【出願日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第37回 炭素材料学会年会要旨集(発行所:炭素材料学会 発行日:平成22年11月30日)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】