説明

魚肉練製品用添加物

【課題】 魚肉すり身、魚肉練製品の品質改良剤を提供すること。特にセリン系プロテアーゼを含有する魚肉を用いる場合に適した品質改良剤を提供すること。
【解決手段】 添加物としてリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を用いたことを特徴とする坐り工程を経て製造される魚肉練製品である。リポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を含有する、トリプシンインヒビター活性が保持され、坐り阻害活性は低下あるいは除去された魚肉用添加物である。この魚肉用添加物が添加された魚肉すり身、又は魚肉練製品である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚肉すり身又は魚肉練製品の品質改善のための添加物およびその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
魚肉を原料とする練製品はその弾力が重要な品質の尺度の一つである。この弾力は、「足」、「ゲル形成能」などという尺度でも表現される。この独特の弾力は、塩ずりした肉糊を20〜40℃の適当な温度下に10分〜20時間程度置くことにより得られ、「坐り」と呼ばれる。この坐りによって得られた弾力が、その後の加熱工程で低下することが知られており、これを「戻り」と呼ぶ。品質のよい練製品を製造するために、この坐りと戻りが重要であり、坐りを増強させ、戻りを抑制するための方法が工夫されている。
坐りや戻りの現象は、原料の魚種によって大きく影響され、また同じ魚種でも、鮮度、原料の処理方法、水晒し方法により影響される。例えば、同じスケトウタラでも、高鮮度で丁寧に水晒しされる洋上特級すり身は坐りが強く、戻りが弱いが、比較的低鮮度で、血液や内蔵の混入がみられる陸上すり身では、坐りが弱く戻りが強い傾向にある。水晒しを行ってすり身として多用されているスケトウダラに対して、イトヨリ、キンメダイ、マイワシ、アジ等の魚肉は、ゲル形成能は弱いが、旨味が強いことから、風味改善の点で魅力があり、練製品の原料として使用されている。
【0003】
これら魚種の選択だけでなく、坐りや戻りに影響を及ぼす添加物も使用されている。例えば、特許文献1では、魚肉をカルシウム塩の溶液で処理した後、血漿蛋白、卵白および牛乳の一つ以上を添加している。特許文献2では、魚肉に牛または豚の血漿粉末を添加することにより弾力増強の効果を挙げている。特許文献3では、魚肉にトランスグルタミナーゼ、血清、血漿または卵白を添加して品質を向上している。特許文献4では、魚肉に大豆たん白、卵白および油脂を乳化して添加している。
ゲル形成能が低下する原因の一つに魚肉に含まれるプロテアーゼの影響がある。上記の従来技術のうち、血漿、卵白などはプロテアーゼインヒビター活性を有することが知られている。プロテアーゼにはいくつかの種類があり、それらが含まれている比率は魚種により異なる。スケトウダラ、パシフィックホワイティングなどの魚種ではシステイン系のプロテアーゼが主体であり、アジ、タチウオなどの魚種ではセリン系プロテアーゼが主体であり、トリプシンはこのセリン系プロテアーゼに分類される。また、ホッケ、エソなどでは両方のプロテアーゼが含まれていることが知られている。魚種によって、適したプロテアーゼインヒビターを使用することにより坐りの低下を抑制することができる。
特許文献5には、トリプシンインヒビター活性を有する全脂大豆粉又は大豆ホエーをすり身や練製品に使用することが記載されている。トリプシンインヒビター活性を有する全脂大豆粉又は大豆ホエーを添加することにより魚肉練製品の製造時に戻り防止効果が発揮されると記載されている。各種大豆蛋白質もすり身、練製品の添加物として多用されているが、これら大豆蛋白質は加熱処理が施されているため、トリプシンインヒビター活性を有していない。非加熱の全脂大豆粉など限られた大豆粉のみがトリプシンインヒビター活性を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭64−34267号
【特許文献2】特公昭59−28386号
【特許文献3】特開平3−219854号
【特許文献4】特開昭56−32976号
【特許文献5】特開平8−9929号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、魚肉すり身、魚肉練製品の品質改良剤を提供することを課題とする。特にセリン系プロテアーゼを含有する魚肉を用いる場合に適した品質改良剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、全脂大豆粉をすり身や練製品に使用することについて検討してみたところ、その効果が魚肉によって大きく異なることを見出した。この原因を追究する中で、大豆粉にトリプシンインヒビター活性だけでなく、坐りを抑制する活性があることを見出した。この坐り阻害活性を除去するため種々の方策を試みた結果、リポキシゲナーゼが関与していることを発見し、この遺伝子欠損大豆を用いることで坐り阻害活性を低下あるいは除去させることができ、かつ、トリプシンインヒビター活性を維持できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は、以下(1)〜(10)の魚肉練製品、魚肉練製品の製造方法、魚肉用添加物及びそれを用いた魚肉すり身、練製品を要旨とする。
(1)添加物としてリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を用いたことを特徴とする坐り工程を経て製造される魚肉練製品。
(2)坐り工程を経て製造される魚肉練製品の製造において、添加物の大豆粉としてリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を用いる方法。
(3)坐り工程を経て製造される魚肉練製品の製造において、トリプシンインヒビターとしてリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を用いる方法。
(4)リポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を含有する、トリプシンインヒビター活性が保持され、坐り阻害活性は低下あるいは除去された魚肉用添加物。
(5)(4)の魚肉用添加物が添加された魚肉すり身。
(6)魚肉がセリン系プロテアーゼを含有する魚肉である(5)の魚肉すり身。
(7)魚肉に対してリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を0.1〜5.0重量%添加したものである(5)又は(6)の魚肉すり身。
(8)(4)の魚肉用添加物が添加された魚肉練製品。
(9)セリン系プロテアーゼを含有する魚肉を原料として含有する魚肉練製品である(8)の魚肉練製品。
(10)魚肉に対してリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を0.1〜5.0重量%添加したものである(8)又は(9)の魚肉練製品。
【発明の効果】
【0008】
本発明のリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉からなる魚肉用添加物は、トリプシンインヒビター活性が保持され、かつ、坐り阻害活性が低下あるいは除去されているので、魚肉すり身又は魚肉練製品に添加することにより、それらの物性を向上させることができる。特に、坐りが強い魚肉とセリン系プロテアーゼを含む魚肉を混合して練製品を製造する場合に、坐りに影響を及ぼすことなくセリン系プロテアーゼ活性を抑制することができるため、複数の魚肉を混合して用いる場合に非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】全脂大豆粉(図中、生大豆と表記)およびリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(図中、欠損大豆と表記)の添加の有無による、坐り加熱条件で製造したカマボコのジェリー強度への影響を示す図面である。
【図2】全脂大豆粉(図中、生大豆と表記)およびリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(図中、欠損大豆と表記)の添加濃度による、坐り加熱条件で製造したカマボコのジェリー強度への影響を示す図面である。
【図3】15-Lipoxygenaseの添加量依存性と失活による、坐り加熱条件で製造したカマボコのジェリー強度への影響を示す図面である。
【図4】全脂大豆粉(図中、生大豆と表記)およびリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(図中、欠損大豆と表記)に含まれるリポキシゲナーゼの酵素活性を、メチレンブルーの比色測定で検証した図面である。
【図5】全脂大豆粉(図中、生大豆と表記)およびリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(図中、欠損大豆と表記)、に存在しているトリプシンインヒビター活性を、合成基質の分解で比較した結果を示す図面である。
【図6】タチウオと上級スケトウダラすり身の4:6配合を原料とし、全脂大豆粉(図中、生大豆と表記)およびリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(図中、欠損大豆と表記)を添加し、その効果を坐り加熱のカマボコを作成しジェリー強度を比較した図面である。
【図7】全脂大豆粉(図中、生大豆と表記)およびリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(図中、欠損大豆と表記)の添加のトリプシンインヒビター活性を遊離アミノ酸生成量を指標にして示した図面である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において、魚肉練製品とは、カマボコ、ちくわ、さつま揚げ、魚肉ソーセージ等の、魚肉を主成分とする通常の水産練製品を指す。魚肉練製品は魚肉に副原料、例えば澱粉、グルテン、食塩、糖類、糖アルコール、調味料、香辛料、着色料等を添加して製造される。練製品の原料となるすり身は、原料魚から採肉、水晒し、脱水、砕肉等の工程により製造される。水晒ししない落し身も練製品の原料として使用される。練製品はすり身又は落し身などに副原料を添加し、擂潰、調味、成形、加熱、冷却等の工程を経て製造される。坐り工程は、通常成型後、15〜50℃、好ましくは20〜40℃の温度下に10分〜20時間、置く工程をいい、この工程により魚肉の弾力が高まる。
【0011】
本発明においてリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉とは、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆の乾燥生丸大豆を破砕し粒径を整えた大豆粉末であり、全脂大豆粉に分類される。リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉として市販されている未加熱の大豆粉も同様に利用することが出来る。大豆を原料とする素材として脱脂大豆、濃縮大豆蛋白、分離大豆蛋白などがあるが、これらは通常製造段階で加熱処理を施しているため、トリプシンインヒビター活性を有していない。したがって、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆を原料としていても、トリプシンインヒビター活性が失活するような処理を施した大豆粉は本発明の大豆粉として使用することはできない。トリプシンインヒビター活性を有するリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉としては、LKソイ・ファインS(フードブリッジ・ジャパン製)などが販売されている。
一方、大豆由来の植物蛋白質製品は、大豆に含まれる各種の蛋白質を用途により振り分けて製造された大豆蛋白質の粉状または繊維状の製品であり、全脂大豆粉のような大豆そのものを粉にしたものと製法が基本的に異なる。これらについても高温での加熱など、トリプシンインヒビター活性を失活させる条件で加工された大豆粉は、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆を原料としていても、本発明の大豆粉としては不適当である。
【0012】
本発明におけるリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆とは、大豆あるいは大豆加工製品青臭みを発生させ、また、大豆油脂を酸敗させる主要因のリポキシゲナーゼ酵素を、育種によって欠失させた大豆をさす。大豆に含まれるリポキシゲナーゼ酵素にはL-1、L-2、L-3のアイソザイムが存在しており、その一部あるいはすべてを欠損させた大豆が、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆となる。この大豆にはリポキシゲナーゼ活性以外の機能は、普通の大豆と変わることなく備わっており、普通の大豆として食品等に使用可能である。
【0013】
大豆粉を練製品に増量のために使用する場合もあるが、生大豆粉を使用する主な目的は大豆粉が有するトリプリンインヒビター活性を利用するためである。魚肉には種々のプロテアーゼが含まれているが、スケトウダラ、パシフィックホワイティングなどの魚種ではシステイン系のプロテアーゼが主体であり、アジ、タチウオ、エソ、ホッケなどの魚種ではセリン系プロテアーゼが主体であり、トリプシンはこのセリン系プロテアーゼに分類される。また、ホッケ、エソなどでは両方のプロテアーゼが含まれている。したがって、セリン系プロテアーゼを含有する魚肉を練製品原料として用いる場合に、大豆粉を添加物として使用すると、プロテアーゼによる魚肉の弾力の低下を抑制することができる。
【0014】
ところが、実施例に示すように、通常の生大豆を原料とする大豆粉を魚肉に添加して練製品を製造しようとすると、坐りを抑制してしまう。もともと坐りの弱い魚種に添加した場合には目立たないが、品質の良いスケトウダラすり身のような本来坐りが強い魚肉に添加すると、この坐り抑制作用が強く現れる。本発明は、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆を用いることで、この坐り抑制作用を低下、除去させる技術である。本来トリプシンインヒビター活性によって、練製品の坐りを向上させるために添加される大豆粉のリポキシゲナーゼが逆の効果を示すことを見出し、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆を用いることで、その効果を除去することに成功したものである。
【0015】
本発明のリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆を原料とする大豆粉からなる魚肉用添加物は魚肉すり身への添加物又は練製品製造時の添加物として使用することができる。魚肉すり身に添加する場合、使用する魚肉の魚種によって添加量を調節する。セリン系プロテアーゼ活性が高い魚肉の場合、多く使用し、活性が低い魚肉の場合、少量の使用でよい。具体的には、魚肉重量当たり0.1〜5.0重量%、好ましくは0.1〜3重量%用いる。糖類、リン酸塩、調味料等の公知の成分と併用してもよい。また、血漿、卵白などの他のタイプのプロテアーゼインヒビターと併用してもよい。練製品添加物として製品にする場合、単独で添加しても他の副原料などとの混合物として添加してもよい。添加量は、原料の魚種、その品質、最終製品に要求される物性などにより変動するため、一概に特定できないが、通常、魚肉に対して、0.1〜5.0重量%である。添加量が0.1重量%未満であると、効果は脆弱となり、5.0%を超えて添加すると魚肉特有のテクスチャーが失われる恐れがある。
本発明は複数の種類の魚肉を混合して用いる場合に特に有用であり、混合する魚肉の種類、量比によって、大豆粉の添加量を調節する。
本発明の大豆粉を添加する時期は、すり身製造時、練製品製造時にいずれでもよく、最終製品に要求される弾力に応じて添加量を調節する。
【0016】
本発明においては、加熱等によりセリンプロテアーゼインヒビター活性が失活せず、維持された状態で粉体化されていることが重要である。非加熱の全脂大豆粉とリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉のセリンプロテアーゼインヒビター活性を、同じセリンプロテアーゼであるトリプシンの阻害活性の指標として、50%阻害活性(50% Inhibitory concentration;IC50)を用い解析した。
すなわち、トリプシン活性を、合成基質としてBoc-Gln-Ala-Arg-MACを使用して測定した。トリプシンインヒビター活性は、トリプシンを20mM Tris pH7.5/0.1M NaClにて20μg/mlに希釈したもの50μlに、被検物質(研究用試薬大豆トリプシンインヒビター(STIH)、非加熱の全脂大豆粉、又は、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉を各濃度(10μg〜0.01μg/ml)に希釈したもの750μlを加え、37℃で3分間プレインキュベートした。その後、合成基質6.24mg/mlを200μl加え反応液とし、37℃で6分間インキュベートした。その後1mM pAPMSFを1.5ml加え反応を停止し、Ex380nm,Em460nmで蛍光強度を測定した。このときの反応液中に含まれる重量あたりのIC50を比較することで、各種大豆粉の活性を評価した。
IC50は大豆粉の各濃度の阻害率からA:50%阻害をはさむ高濃度側濃度、B:50%阻害をはさむ低濃度側濃度、C:Bでの阻害率、D:Aでの阻害率を用い、計算式
IC50=10^(Log(A/B)*(50-C)/(D-C)+Log(B))
に沿って算出し
リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉および乾燥生丸大豆粉のIC50は概ね0.6〜0.4μg/mlという値であった。トリプシンインヒビター活性が多少弱くても添加量を多くすればいいともいえるが、実用性を考えれば、添加量は少ないほどよく、トリプシンインヒビター活性をID50が0.8μg/ml以下程度に保持することが好ましい。
【0017】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
大豆粉のカマボコへの添加効果(坐り単品試験)
市販の全脂大豆粉(ソーヤフラワーNSA:日清オイリオ製)(図中では生大豆と表記)およびリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(LKソイ・ファインS:フードブリッジ・ジャパン製)(図中では欠損大豆と表記)について、常法により調整されたスケトウダラのすり身に対する添加試験を行った。すなわち、冷凍すり身(市販の無塩冷凍すり身、FAグレード)を解凍し、フードカッターを用いてこれを粗擂り、次いで食塩をすり身に対して1重量%添加して塩擂り、さらに2種類の大豆粉(非加熱の全脂大豆粉、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉)のいずれかをすり身に対して0.3重量%添加し、すり身に対して40% の加水を行い、本擂りを行った(コントロールは、いずれの大豆粉も添加しないで調製した)。その練り肉を、ポリ塩化ビニリデンフィルムに充填し、30℃で60分加熱した後90℃で40分間加熱してカマボコを調製した。本条件は坐りがよく促進される条件である。
また、上記の大豆粉に替えて、2種の大豆粉を単独あるいは、比率を変えて混合して0.3重量%添加したもの、および、試薬のリポキシゲナーゼである15-Lipoxygenase(sigma社製)を添加したものも調製した。
得られたカマボコのジェリー強度を測定した。ジェリー強度は上記の各カマボコを厚さ2.5cmの輪切りにし、5mm径球状のプランジャーを用いて測定した破断強度(w値、g)と、破断までの距離(L値、cm)を掛け合わせたJ.S.(g・cm)で表した。
【0019】
結果を図1〜3に示した。図1に示したように全脂大豆粉を添加したものでは、坐りが著しく低下するのに対して、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉では、コントロールと比較して遜色無いジェリー強度が認められた。図2に示したように、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉の割合が増加するに従い、坐りの低下がなくなることが確認された。図3に示すように、15-Lipoxygenaseの添加により、濃度依存的に坐りが低下することが認められた。また、加熱により酵素活性を失活すると坐りを阻害する活性も失活した。
これらの結果より、通常の生の大豆を粉体化してすり身に添加した場合、著しくカマボコのゲル強度は低下する。このゲル強度の低下は、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆の粉を添加した場合には認められず、試薬のリポキシゲナーゼでも同じ作用が確認されたことから、リポキシゲナーゼが関与することが確認された。
【実施例2】
【0020】
リポキシゲナーゼ活性確認試験
大豆粉に含まれるリポキシゲナーゼ活性を、メチレンブルーを用いた比色試験により評価した。リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(LKソイ・ファインS:フードブリッジ・ジャパン製)および全脂大豆粉(ソーヤフラワーNSA:日清オイリオ製)のトリプシンインヒビター活性を測定した。すなわち、0.5%ホウ酸 pH9.0、0.3%リノール酸、0.05%メチレンブルーをそれぞれ5:1:1の割合で混合し、その混合液に市販の全脂大豆粉(ソーヤフラワーNSA:日清オイリオ製)およびリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(LKソイ・ファインS:フードブリッジ・ジャパン製)の100,50,25,12.5,5,2,5 mg/mlの溶液上清を0.5の割合で添加し25℃で20分間反応させた。その後、Final 10%となるようにオルトフェナントロリンを加え反応を停止し、比色により両者の比較を行った。
図4に示したように、全脂大豆粉(図中、生大豆と表記)には明らかにリポキシゲナーゼ活性が認められたが、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(図中、欠損大豆と表記)には活性は認められなかった。
【実施例3】
【0021】
トリプシンインヒビター(TI)活性確認試験
大豆粉に含まれるトリプシンインヒビターの活性を合成基質を用いて評価した。リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉(LKソイ・ファインS:フードブリッジ・ジャパン製)および全脂大豆粉(ソーヤフラワーNSA:日清オイリオ製)のトリプシンインヒビター活性を測定した。コントロールとしてトリプシンインヒビター試薬(Trypsin Inhibitor:nacalai tesque)を用いた。
トリプシンの阻害活性をIC50で評価した。プロテアーゼとしてトリプシン(30USPunit/mg 和光純薬)を、基質としてBoc-Gln-Ala-Arg-MAC(ペプチド研究所)を用い、分解に伴う蛍光の変化を求め、阻害活性を求めた。IC50は全脂大豆粉の各濃度の阻害率からA:50%阻害をはさむ高濃度側濃度、B:50%阻害をはさむ低濃度側濃度、C:Bでの阻害率、D:Aでの阻害率を用い、
IC50=10^(Log(A/B)*(50-C)/(D-C)+Log(B))
に沿って算出した。
結果を図5および表1に示した。全脂大豆粉、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉のいずれもトリプシンインヒビター活性が認められた。
【0022】
【表1】

【実施例4】
【0023】
2種類の魚肉を用いたカマボコへの添加試験
本発明のリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆を原料とする大豆粉の作用を確認するため、セリン系プロテアーゼが多く含まれるタチウオすり身と上級スケトウダラすり身を混合した単品試験を行った。タチウオすり身はセリン系のプロテアーゼが混入しており、セリン系プロテアーゼインヒビターを添加しない状態では単品のジェリー強度の測定が困難なすり身である。一方、上級スケトウダラすり身は良好なジェリー強度が得られ、プロテアーゼの混入が少ないすり身である。この両者をタチウオ4:スケトウダラ6の比率で混合し試験に供した。
常法により調整されたすり身に対する添加試験を行った。すなわち、冷凍すり身(市販の無塩冷凍すり身)を解凍し、フードカッターを用いてこれを粗擂り、次いで食塩をすり身に対して1重量%添加して塩擂り、さらに2種の大豆粉(リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉および全脂大豆粉)のいずれかをすり身に対して0.3重量%添加し、本擂りを行った。その後ポリ塩化ビニリデンフィルムに充填し、90℃で40分間加熱し、カマボコを調整した。コントロールは大豆粉を添加しないで調製した。得られたこれら3種類のカマボコのジェリー強度を実施例1と同様の方法で測定した。
【0024】
図6に示すように、コントロールではジェリー強度が200のすり身において、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉および全脂大豆粉を添加したすり身では、いずれもジェリー強度が向上することが示された。すなわち、トリプシンインヒビター活性に基づくと考えられる大豆粉の効果が両者に確認された。
【実施例5】
【0025】
2種類を混合した魚肉を用いたトリプシンインヒビター(TI)活性確認試験
本発明の大豆粉のトリプシンインヒビター活性を確認するため、タチウオ4:スケトウダラ6の比率で混合したすり身の内在のプロテアーゼによる蛋白質の分解の指標として遊離アミノ酸量を測定した。すなわち、冷凍すり身(市販の無塩冷凍すり身)を解凍し、5倍量の緩衝液(20mM Tris pH7.5/100mM NaCl)とともにホモジナイズした。リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉および全脂大豆粉を0.3重量%添加し、無添加のホモジナイズ液とともにカマボコの戻りを引き起こす60℃で30分間加熱した。その後、一部を回収し、等量の15%トリクロロ酢酸を加え、蛋白質画分を除去し、等量の0.5M Na2CO3でpHを調整し遊離アミノ酸量をlowry法で求めた。コントロールは大豆粉を添加しないで調製した。
【0026】
図7に示したように、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉は、全脂大豆粉と同様に、すり身の内在プロテアーゼによる、蛋白質の分解を抑制した。この試験によっても、リポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆粉にプロテアーゼ阻害活性が保持されていることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明のリポキシゲナーゼ遺伝子欠損大豆を原料とする大豆粉は、リポキシゲナーゼによる坐り抑制活性を防ぎ、かつ、トリプシンインヒビター活性が維持されているので、各種魚肉のすり身や練製品の製造において、品質改良効果を有する添加物として広く使用することができる。特に、複数の魚肉を混合して用いる場合でも使用が制限されることがない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
添加物としてリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を用いたことを特徴とする坐り工程を経て製造される魚肉練製品。
【請求項2】
坐り工程を経て製造される魚肉練製品の製造において、添加物の大豆粉としてリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を用いる方法。
【請求項3】
坐り工程を経て製造される魚肉練製品の製造において、トリプシンインヒビターとしてリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を用いる方法。
【請求項4】
リポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を含有する、トリプシンインヒビター活性が保持され、坐り阻害活性は低下あるいは除去された魚肉用添加物。
【請求項5】
請求項4の魚肉用添加物が添加された魚肉すり身。
【請求項6】
魚肉がセリン系プロテアーゼを含有する魚肉である請求項5の魚肉すり身。
【請求項7】
魚肉に対してリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を0.1〜5.0重量%添加したものである請求項5又は6の魚肉すり身。
【請求項8】
請求項4の魚肉用添加物が添加された魚肉練製品。
【請求項9】
セリン系プロテアーゼを含有する魚肉を原料として含有する魚肉練製品である請求項8の魚肉練製品。
【請求項10】
魚肉に対してリポキシゲナーゼ遺伝子を欠損させた大豆を原料とする大豆粉を0.1〜5.0重量%添加したものである請求項8又は9の魚肉練製品。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−45321(P2011−45321A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−198004(P2009−198004)
【出願日】平成21年8月28日(2009.8.28)
【出願人】(000004189)日本水産株式会社 (119)
【Fターム(参考)】