説明

(2S,3R,4S)−4−ヒドロキシ−L−イソロイシンの製造方法

L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片で形質転換され、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシン生産能を有するL-イソロイシン生産菌を使用する、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンまたはその塩の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物工業に関し、具体的には、L-イソロイシン生産菌を使用した4-ヒドロキシ-L-イソロイシンまたはその塩の製造方法に関する。該細菌は、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片を導入することにより改変されており、これにより(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンが生産される。
【背景技術】
【0002】
4-ヒドロキシ-L-イソロイシンは、コロハ(フェヌグリーク、Trigonella foenum-graecum L. leguminosae)種子から抽出、精製できるアミノ酸である。4-ヒドロキシ-L-イソロイシンはインスリン分泌性(insulinotropic)活性を示すが、単離潅流ラット膵臓およびヒト膵島の両者で示されているように、その促進効果が培地中の血漿グルコース濃度に明らかに依存することから非常に興味深い活性である(Sauvaire, Y. et al., Diabetes, 47: 206-210, (1998))。そのようなグルコース依存性は、2型糖尿病[非インスリン依存性糖尿病(non-insulin-dependent diabetes (NIDD) mellitus (NIDDM))]の治療に現在使用されている唯一のインスリン分泌活性薬であるスルホニル尿素(Drucker, D. J., Diabetes 47: 159-169, (1998))では確認されていない。その結果、低血糖症は依然としてスルホニル尿素治療に通常見られる望ましくない副作用である(Jackson, J., and Bessler, R. Drugs, 22: 211-245; 295-320 (1981); Jennings, A. et al., Diabetes Care, 12: 203-208,
(1989))。またグルコース耐性を改善する方法も報告されている(Am. J. Physiol. Endocrinol., Vol. 287, E463-E471, 2004)。この糖代謝増強活性とその医薬品や健康食品への応用の可能性が報告されている(特開平6-157302号公報、US2007-000463A1)。
【0003】
4-ヒドロキシ-L-イソロイシンは植物においてのみ見出され、その特別なインスリン分泌性作用により、様々な程度のインスリン耐性を伴うインスリン分泌不全を特徴とする疾病である2型糖尿病の治療用の新規な分泌促進剤と見なしてもよいであろう(Broca, C. et al., Am. J. Physiol. 277 (Endocrinol. Metab. 40): E617-E623, (1999))。
【0004】
コロハ抽出物中のジオキシゲナーゼ活性を利用する鉄、アスコルビン酸、2−オキシグルタル酸、酸素に依存するイソロイシンの酸化が、4-ヒドロキシ-L-イソロイシンの製造法として報告されている(Phytochemistry, Vol. 44, No. 4, pp. 563-566, 1997)。しかしこの方法は、20 mM以上のイソロイシン濃度で酵素活性が阻害され、またこの酵素は同定されておらず、植物抽出物に由来するものであって、十分な量で得られるものではなく、また不安定であることから、4-ヒドロキシ-L-イソロイシンの製造法としては満足なものではない。
【0005】
光学的に純粋な(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンが全収率39%で得られる効率的な8工程の合成が開示されている。この合成の重要な工程は、ジオトリカム・カンディダム(Geotrichum candidum)によるエチル2-メチルアセトアセテートのエチル(2S,3S)-2-メチル-3-ヒドロキシブタノエートへの生物変換、および不斉Strecker合成を含む(Wang, Q. et al., Eur. J. Org. Chem., 834-839 (2002))。
【0006】
立体化学を完全に制御した短い6工程の(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシイソロイシンの化学酵素的合成も開示されており、最終工程は市販のEupergit C(E-PAC)上に固定化されたペニシリンアシラーゼGを使用したN-フェニルアセチルラクトン誘導体の加水分解による酵素的分割である(Rolland-Fulcrand, V. et al., J. Org. Chem., 873-877 (2004))。
【0007】
しかし、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片を導入することにより改変されたL-イソロイシン生産菌を使用することによる(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンの製造についてはこれまで報告されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシン(この用語はその遊離の形態および塩の形態の両方を含み、「(2S,3R,4S)-4HIL」とも記載する)の生産を増強し、L-イソロイシンの直接の酵素的ヒドロキシル化による(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンまたはその塩の製造方法を提供することである。該方法においては、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片を導入することにより改変されたL-イソロイシン生産菌を使用する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、高いレベルのL-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有する細菌を自然界から単離し、L-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子をクローニングし、L-イソロイシンジオキシゲナーゼが(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンの合成に好ましく使用し得ることを見出した。
【0010】
本発明の目的は、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片を導入することにより改変されたL-イソロイシン生産菌を使用する、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンの製造方法を提供することを含む。上記の目的は、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有する細菌が(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンを生成することを見出したことにより達成された。
【0011】
本発明の目的は、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片をL-イソロイシン生産菌に導入することによる、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシン生産菌の構築方法を提供することである。
【0012】
本発明のさらに別の目的は、細菌が、エシェリヒア(Escherichia)、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)、コリネバクテリウム(Corynebacterium)、セラチア(Serratia)、またはマイコバクテリウム(Mycobacterium)属に属する、前記方法を提供することである。
【0013】
本発明のさらに別の目的は、細菌が、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)、ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、セラチア・マルセセンス(Serratia marcescens)、またはマイコバクテリウム・アルバム(Mycobacterium album)である、前記方法を提供することである。
【0014】
本発明のさらに別の目的は、前記遺伝子が、
(a) 配列番号1の塩基配列を含むDNA、
(b) 配列番号1の塩基配列に相補的な塩基配列を含むDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(c) 配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするDNA、
(d) 配列番号2のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加または逆位が存在するアミノ酸配列を有し、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、および
(e) 配列番号2のアミノ酸配列に対し少なくとも98%の相同性を示すアミノ酸配列を含
み、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
からなる群から選択される、前記方法を提供することである。
【0015】
本発明のさらに別の目的は、請求項1〜4のいずれかに記載の方法により得られた、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシン生産菌を提供することである。
【0016】
本発明のさらに別の目的は、
請求項5に記載の細菌を培養培地で培養し、
(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンを単離すること
を含む、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンまたはその塩の製造方法を提供することである。
【0017】
本発明のさらに別の目的は、細菌が、L-イソロイシンジオキシゲナーゼの活性が増強されるように改変されている、前記方法を提供することである。
【0018】
本発明のさらに別の目的は、L-イソロイシンジオキシゲナーゼの活性が、L-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子の発現を増加させることにより増強された、前記方法を提供することである。
【0019】
本発明のさらに別の目的は、L-イソロイシンジオキシゲナーゼの発現が、L-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子の発現制御配列を改変することにより、またはL-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子のコピー数を増加させることにより増加された、前記方法を提供することである。
【0020】
本発明のさらに別の目的は、細菌が、エシェリヒア、ブレビバクテリウム、コリネバクテリウム、セラチア、またはマイコバクテリウム属に属する、前記方法を提供することである。
【0021】
本発明のさらに別の目的は、細菌が、エシェリヒア・コリ、ブレビバクテリウム・フラバム、コリネバクテリウム・グルタミカム、セラチア・マルセセンス、またはマイコバクテリウム・アルバムである、前記方法を提供することである。
【0022】
以下、本発明を詳細に記載する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、組換プラスミドpMW119-IDO(Lys, 23)の構造を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
1. 本発明の細菌
本発明において、用語「(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシン」または「(2S,3R,4S)-4HIL」または「4HIL」は、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシイソロイシンの単一の化学的化合物またはそれを含む化合物の混合物を示す。
【0025】
本明細書において使用する用語「細菌」は、酵素を生産する細菌、目的の酵素活性が存在するか増強されているそのような細菌の突然変異体、遺伝子組換体などを含む。
【0026】
微生物細胞から得たL-イソロイシンジオキシゲナーゼは以下IDOと略記する。
【0027】
本発明者らによる環境中の微生物のスクリーニングにより、L-イソロイシン(この用語はその遊離の形態および塩の形態の両方を含む)から(2S,3R,4S)-4HILを直接形成する反応
を触媒することができるユニークな微生物、バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)2-e-2株が先に見出されている。本発明者らは新規なL-イソロイシンジオキシゲナーゼをその培養微生物細胞から精製単離した。これを以下IDO(Lys,23)と略記する。
【0028】
さらに本発明者らは、IDO(Lys,23)のN-末端アミノ酸配列を、バチルス・チューリンゲンシス2-e-2株に由来するジオキシゲナーゼを精製することにより決定した。バチルス・チューリンゲンシス2-e-2株は、バチルス・チューリンゲンシスAJ110584と命名され、ブタペスト条約に基づいて2006年9月27日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(郵便番号305-8566 日本国茨城県つくば市東一丁目1番地1 中央第6)に寄託され、受託番号FERM BP-10688が付与されている。
【0029】
実施例の項で同定されたIDO(Lys,23)をコードするDNAを配列番号1に示す。さらに、配列番号1の塩基配列によってコードされるIDO(Lys,23)のアミノ酸配列を配列番号2に示す。配列番号2は、配列番号1の塩基配列によってコードされるIDO(Lys,23)のアミノ酸配列である。配列番号2のIDO(Lys,23)はL-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有し、L-イソロイシンの1つの分子から下記式(I)で示す(2S,3R,4S)-4HILが直接合成される反応を触媒する。
【0030】
【化1】

【0031】
L-イソロイシンから(2S,3R,4S)-4HILを形成する反応を触媒するIDOをコードするDNAは、配列番号1に示すDNAのみに限定されない。これは、種々のバチルス属細菌の種および株のIDO塩基配列において、L-イソロイシンから(2S,3R,4S)-4HILを生成する反応を触媒する活性に影響を与えない相違が存在し得るためである。
【0032】
本発明のDNAは、所望の反応を触媒することができるIDOをコードする限り、単離されたIDOをコードするDNAのみならず、人為的に変異を加えたDNA、例えば、IDOを生産する微生物の染色体から単離されたIDOをコードするDNAも含む。変異は、Method in Enzymol., 154 (1987)に記載されるように、部位特異的突然変異の導入のような公知の方法を使用して人為的に導入することができる。
【0033】
配列番号1の塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、IDO活性を有するタンパク質をコードするDNAも、本発明のDNAに含まれる。ここで使用する「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。これらの条件を明確に数値で示すことは難しいが、一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の相同性を有するDNA分子同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA分子同士がハイブリダイズしない条件、あるいはサザンハイブリダイゼーションの通常の洗いの条件である37℃、0.1×SSC,0.1%SDS、好ましくは、60℃、0.1×SSC、0.1%SDS、さらに好ましくは、65℃、0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度でハイブリダイゼーションが起こる条件が挙げられる。プローブの長さは、ハイブリダイゼーションの条件により適宜選択されるが、通常には、100 bp〜1 kbpである。さらに、「L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性」は、典型的にはL-イソロイシンから(2S,3R,4S)-4HIL
を合成することを示す。ただし、配列番号1の塩基配列に相補的な塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列を使用する場合には、37℃、pH8の条件で、配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質に対し、10%以上、好ましく30%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上のL-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を保持することが好ましい。
【0034】
さらに配列番号1のDNAによりコードされるIDOに実質的に同一なタンパク質をコードするDNAも本発明のDNAに含まれる。すなわち、以下のDNAも本発明のDNAに含まれる。
(a) 配列番号1の塩基配列を有するDNA、
(b) 配列番号1の塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(c) 配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNA、
(d) 配列番号2のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加または逆位が存在するアミノ酸配列を有し、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、および
(e) 配列番号2のアミノ酸配列に対し少なくとも70%、好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも90%、さらに好ましくは少なくとも95%の相同性を示すアミノ酸配列を有し、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【0035】
ここで、「1または数個」とは、タンパク質の3D構造またはL-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有意に害しないアミノ酸変化の数であり、具体的には1から78個、好ましくは1から52個、より好ましくは1から26個、さらに好ましくは1から13個である。
【0036】
上記の1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加または逆位は、上記活性が維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換の例としては、AlaからSerまたはThrへの置換、ArgからGln、HisまたはLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、HisまたはAspへの置換、AspからAsn、GluまたはGlnへの置換、CysからSerまたはAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、AspまたはArgへの置換、GluからAsn、Gln、LysまたはAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、ArgまたはTyrへの置換、IleからLeu、Met、ValまたはPheへの置換、LeuからIle、Met、ValまたはPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、HisまたはArgへの置換、MetからIle、Leu、ValまたはPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、IleまたはLeuへの置換、SerからThrまたはAlaへの置換、ThrからSerまたはAlaへの置換、TrpからPheまたはTyrへの置換、TyrからHis、PheまたはTrpへの置換、および、ValからMet、IleまたはLeuへの置換が挙げられる。
【0037】
さらに、「L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性」とは、上述のようにL-イソロイシンから(2S,3R,4S)-4HILを合成することをいう。しかし、配列番号2のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加または逆位を含むアミノ酸配列の場合には、30℃、pH6.0の条件で、10%以上、好ましく30%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上のL-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を保持することが好ましい。IDOのL-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による(2S,3R,4S)-4HIL形成の定量により測定することができる。
【0038】
さらに、配列番号1のホモログDNAも、L-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子として用いることができる。ホモログDNAがL-イソロイシンジオキシゲナーゼをコ
ードするか否かは、該ホモログDNAを過剰発現させた微生物の細胞溶解物のL-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を測定することにより確認できる。
【0039】
配列番号1のホモログDNAは、他のバチルス種、例えばバチルス・セレウス(Bacillus cereus)、バチルス・ウェイヘンステファネンシス(Bacillus weihenstephanensis)のゲノムから調製することもできる。
【0040】
「エシェリヒア属に属する細菌」とは、微生物学の専門家に知られている分類により、エシェリヒア属に分類されている細菌を意味する。エシェリヒア属に属する細菌の例としては、エシェリヒア・コリが挙げられるが、これに限定されない。
【0041】
本発明において使用することができるエシェリヒア属に属する細菌は、特に制限されないが、例えば、Neidhardt, F.C.ら(Escherichia coli and Salmonella typhimurium, American Society for Microbiology, Washington D.C., 1208, Table 1)により記載された細菌が含まれる。
【0042】
「ブレビバクテリウム属に属する細菌」とは、当該細菌が微生物学の専門家に知られている分類により、ブレビバクテリウム属に分類されていることを意味する。ブレビバクテリウム属に属する細菌の例としては、限定するものではないが、ブレビバクテリウム・フラバムが挙げられる。
【0043】
「コリネバクテリウム属に属する細菌」とは、当該細菌が微生物学の専門家に知られている分類により、コリネバクテリウム属に分類されていることを意味する。コリネバクテリウム属に属する細菌の例としては、限定するものではないが、コリネバクテリウム・グルタミカムが挙げられる。
【0044】
「セラチア属に属する細菌」とは、当該細菌が微生物学の専門家に知られている分類により、セラチア属に分類されていることを意味する。セラチア属に属する細菌の例としては、限定するものではないが、セラチア・マルセセンスが挙げられる。
【0045】
「マイコバクテリウム属に属する細菌」とは、当該細菌が微生物学の専門家に知られている分類により、マイコバクテリウム属に分類されていることを意味する。マイコバクテリウム属に属する細菌の例としては、限定するものではないが、マイコバクテリウム・アルバムが挙げられる。
【0046】
本明細書において使用する用語「L-イソロイシン生産菌」は、野生株あるいは親株よりも多い量でL-イソロイシンを生産し、培養培地中に蓄積することができる細菌を意味し、好ましくは、0.5 g/L以上、より好ましくは1.0 g/L以上の量のL-イソロイシンを微生物が生産し蓄積することができることを意味する。
【0047】
本発明に使用できるL-イソロイシン生産菌の例としては、限定するものではないが、6-ジメチルアミノプリンに耐性を有する変異株(特開平5-304969号)、チアイソロイシン、イソロイシンヒドロキサメートなどのイソロイシンアナログに耐性を有する変異株、さらにDL-エチオニン及び/またはアルギニンヒドロキサメートなどに耐性を有する変異株(特開平5-130882号)が挙げられる。
【0048】
さらに、スレオニンデアミナーゼ、アセトヒドロキシ酸シンターゼなどのL-イソロイシン生合成に関与するタンパク質をコードする遺伝子で形質転換された組換え株もまた親株として使用できる(特開平2-458号、FR 0356739、及び米国特許第5,998,178号)。
【0049】
本発明のエシェリヒア属に属するL-イソロイシン生産菌は、より好ましくは、アスパルトキナーゼI-ホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードするthrA遺伝子を含み、L-スレオニンによって実質的に阻害されないthrABCオペロンを有するエシェリヒア・コリ細菌である。この細菌はさらに、スレオニンデアミナーゼをコードするilvA遺伝子を含み、L-イソロイシンによって実質的に阻害されず、アテニュエーションに必要な領域が削除されたilvGMEDAオペロンを含んでいてもよい。さらに、前記細菌の宿主株はthrC遺伝子を欠損し、5 mg/mlのL-スレオニンの存在下で増殖することができ、スレオニンデヒドロゲナーゼ活性を欠損し、ilvA遺伝子はリーキー変異を有する。その具体例としては、エシェリヒア・コリAJ12919およびAJ13100株(米国特許第5,998,178号)などが挙げられる。
【0050】
本発明のエシェリヒア属に属するL-イソロイシン生産菌は、アスパルトキナーゼI-ホモセリンデヒドロゲナーゼIをコードするthrA遺伝子を含み、L-スレオニンによって実質的に阻害されないthrABCオペロンを有するエシェリヒア・コリ細菌であってもよい。この細菌はさらに、L-リジンによって実質的に阻害されないアスパルトキナーゼIIIをコードするlysC遺伝子を含んでいてもよい。この細菌はさらに、L-イソロイシンによって実質的に阻害されないスレオニンデアミナーゼをコードするilvA遺伝子を含み、アテニュエーションに必要な領域が削除されたilvGMEDAオペロンなどを含んでいてもよい(米国特許第5,998,178号)。
【0051】
上記のエシェリヒア属に属する細菌は、上記のようなthrABCオペロン、lysC遺伝子およびilvGMEDAオペロンを1以上のプラスミド上に有していてもよい。
【0052】
さらに、エシェリヒア属に属するL-イソロイシン生産菌は、増強されたホスホエノールピルベートカルボキシラーゼおよびトランスヒドロゲナーゼ活性ならびに増強されたアスパルターゼ活性を有するエシェリヒア・コリ株(EP1179597 B1)であってもよい。
【0053】
ブレビバクテリウム属に属するL-イソロイシン生産菌は、好ましくはブレビバクテリウム・フラバムあるいはブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム菌であり得る。該細菌は、アセトヒドロキシ酸シンターゼのフィードバック阻害活性およびスレオニンデアミナーゼのL-イソロイシン阻害の両者が解除されていることが好ましい。その具体例としては、ブレビバクテリウム・フラバムAJ12406(FERM P-10143、FERM BP-2509)株、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムAJ12403/pAJ220V3(EP0356739 B1)などが挙げられる。
【0054】
コリネバクテリアに属するL-イソロイシン生産菌は、スレオニンヒドロキサメートに耐性である、コリネバクテリアグルタミン酸形成糸状菌に属する細菌であることが好ましい。その具体例としては、コリネバクテリウム・グルタミカムH-4260株(JP62195293)などが挙げられる。
【0055】
L-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子を含むDNA断片の細菌への導入は、L-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子を含むDNA断片を含むベクターで細菌を形質転換することにより行った。適当なベクターは、例えば、選択した細菌の細胞中で自律的に複製できるプラスミドである。
【0056】
「タンパク質をコードするDNAでの細菌の形質転換」とは、例えば、慣用の方法による、細菌中へのDNAの導入を意味する。このDNAの形質転換により、本発明のタンパク質をコードする遺伝子の発現が増加し、細菌細胞中の該タンパク質の活性が増強される。形質転換は、これまでに報告されている任意の公知方法で行うことができる。例えば、エシェリヒア・コリK-12について報告されている、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理して細胞のDNAに対する透過性を増す方法(Mandel, M. and Higa, A.,J. Mol. Biol., 53, 159 (1970))を使用することができる。
【0057】
細菌の染色体中の遺伝子の有無は、PCR、サザンブロッティングなどの周知の方法によって検出することができる。
【0058】
プラスミドDNAの調製、DNAの切断および結合、形質転換、プライマーとしてのオリゴヌクレオチドの選択などは、当業者に周知の通常の方法で行うことができる。そのような方法は、例えば、Sambrook, J., Fritsch, E.F., and Maniatis, T., "Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second Edition", Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)に記載されている。
【0059】
2. 本発明の方法
本発明の方法は、本発明の細菌を培養培地中で培養し、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンを培地から単離することによる、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンの製造方法である。
【0060】
選択される培養培地は、炭素源、窒素源および無機物を含み、必要な場合、細菌の増殖のために必要な栄養素を適当な量含む限り、合成あるいは天然の培地のいずれでもよい。炭素源は、グルコースおよびスクロースのような様々な炭水化物および様々な有機酸を含むことができる。選択された微生物の同化の形式によっては、エタノール、グリセリンなどのアルコールを使用してもよい。窒素源としては、アンモニア、硫酸アンモニウムなどのような様々なアンモニウム塩、アミンのような他の窒素化合物、ペプトン、大豆加水解物、消化された発酵微生物などのような天然窒素源を使用することができる。無機物としては、モノリン酸カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸鉄(II)、硫酸マンガン、塩化カルシウムなどを使用することができる。ビタミンとしては、チアミン、酵母エキスなどを使用することができる。
【0061】
培養は、20〜40℃、好ましくは30〜38℃の温度で、好気的条件下、例えば振盪培養や通気を伴う攪拌培養により行うのが好ましい。培養物のpHは通常5〜9、好ましくは6.5〜7.2である。培養物のpHは、アンモニア、炭酸カルシウム、種々の酸、種々の塩基およびバッファーにより調整することができる。
【0062】
(2S,3R,4S)-4HILを塩基性アミノ酸を吸着するイオン交換樹脂と接触させ、その後溶出と結晶化を行う分離精製方法を使用することができる。溶出により得られた生成物を活性炭で脱色および濾過し、その後結晶化して(2S,3R,4S)-4HILを得る方法も使用できる。
【実施例】
【0063】
本発明を下記に示す実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0064】
実施例1
MG1655 (PLac-lacI-IlvA*)[pMW119-IDO(Lys, 23); pVIC40]株の構築
1.1. pMW119-IDO(Lys, 23)プラスミドの構築
【0065】
バチルス・チューリンゲンシス2-e-2株染色体の0.8 kb DNA断片を、オリゴヌクレオチドSVS 170 (配列番号3)およびSVS 169(配列番号4)をプライマーとして、精製染色体DNAを鋳型として用いて増幅した。以下のPCRプロトコルを使用した:94℃で30秒の最初のサイクル、94℃で40秒、49℃で30秒および72℃で40秒を4サイクル、94℃で30秒、54℃で30秒および72℃で30秒を35サイクル。得られたPCRフラグメントをBamHIおよびSacIエンドヌクレアーゼで切断し、次いで同じエンドヌクレアーゼで予め処理したpMW119ベクターに連結した。このようにしてpMW119-IDO(Lys, 23)を構築した(図1)。
【0066】
1.2. MG1655 (PLac-lacI-IlvA*)[pMW119-IDO(Lys, 23); pVIC40]株の構築
MG1655(PLac-lacI-IlvA*)株(Sycheva E.V.et al., Biotechnologiya (RU), No.4, 22-34, (2003))の細胞をプラスミドpMW119-IDO (Lys, 23)で形質転換した。得られたクローンは、X-gal/IPTG寒天平板(ブルー/ホワイトテスト)で選択した。このようにしてMG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119-IDO(Lys, 23)]株を得た。MG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119-IDO(Lys, 23)]株をプラスミドpVIC40(RU 1694643、米国特許第7,138,266号)で形質転換し、得られたクローンをSmを含むL-寒天培地で選択した。このようにしてMG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119-IDO(Lys, 23), pVIC40]株を得た。
【0067】
実施例2
エシェリヒア・コリMG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119-IDO(Lys, 23), pVIC40]株による4HILの生産
IDOをコードする遺伝子の発現の4HIL生産に対する効果を試験するため、MG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119, pVIC40]およびMG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119-IDO(Lys, 23), pVIC40]株の細胞を、ILE培地[グルコース 60 g/l、(NH4)2SO4 15 g/l、KH2 PO4 1.5 g/l、MgSO4 1 g/l、チアミン 0.001 g/l、トリプトン 1 g/l、酵母エキス 0.5 g/l、CaCO3 25 g/l、pH 7.0 (KOH)、1 mM IPTG、適当な抗生物質(Ap: 100 mg/l、Sm: 100 mg/l)]に接種した。激しく攪拌しながら細胞を32℃で72時間培養した。
その後、Ileおよび4HILの蓄積をHPLC分析により調べた。HPCL分析には、分光螢光計1100シリーズ(Agilent、USA)を備えた高圧クロマトグラフィー装置(Waters、USA)を用いた。選択した検出波長範囲は、励起波長を250 nm、発光波長範囲を320〜560 nmとした。accq-タグ法による分離をカラムNova-PakTM C18 150 × 3.9 mm, 4 μm (Waters、USA)を用いて+40℃で行った。試料の注入容量は5μlとした。アミノ酸誘導体の生成およびその分離は、製造者Watersの推奨に従って行った(Liu, H. et al, J. Chromatogr. A, 828, 383-395 (1998); Waters accq-tag chemistry package. Instruction manual. Millipore Corporation, pp.1-9 (1993))。6-アミノキノリル-N-ヒドロキシスクシンイミジルカルバメートでアミノ酸誘導体を得るために、キットAccq-FluorTM (Waters, USA)を用いた。accq-タグ法による分析は、濃Accq-tag Eluent A(Waters、USA)を用いて行った。全ての溶液は、Milli-Q水を用いて調製し、標準溶液は4℃で保存した。
【0068】
MG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119, pVIC40]およびMG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119-IDO(Lys, 23), pVIC40]株により生成されたIleおよび4HILの測定結果を表1に示す。表1から判るように、MG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119-IDO(Lys, 23), pVIC40]株は4HILを生成し、MG1655(PLac-lacI-IlvA*)[pMW119, pVIC40]とは明確に異なる。
【0069】
【表1】

【0070】
本発明をその好ましい態様を参照して詳細に記載したが、本発明の範囲を逸脱することなく種々の変更が可能であり、また等価物を使用することが可能であることは当業者に自明であろう。本明細書中に引用したすべての参考文献は引用により本出願の一部とする。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明によれば、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片で形質転換した細菌を使用することにより、インスリン分泌性活性を有する医薬組成物の成分として有用である(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンの生産を増強することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むDNA断片をL-イソロイシン生産菌に導入することを含む(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシン生産菌の製造方法。
【請求項2】
細菌が、エシェリヒア、ブレビバクテリウム、コリネバクテリウム、セラチア、またはマイコバクテリウム属に属する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
細菌が、エシェリヒア・コリ、ブレビバクテリウム・フラバム、コリネバクテリウム・グルタミカム、セラチア・マルセセンス、またはマイコバクテリウム・アルバムである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記遺伝子が、
(a) 配列番号1の塩基配列を含むDNA、
(b) 配列番号1の塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(c) 配列番号2のアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする塩基配列を含むDNA、
(d) 配列番号2のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、付加または逆位が存在するアミノ酸配列を有し、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含むDNA、および
(e) 配列番号2のアミノ酸配列に対し少なくとも98%の相同性を示すアミノ酸配列を含み、L-イソロイシンジオキシゲナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
からなる群から選択される、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の方法により得られた、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシン生産菌。
【請求項6】
請求項5に記載の細菌を培養培地で培養し、
(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンを単離すること
を含む、(2S,3R,4S)-4-ヒドロキシ-L-イソロイシンまたはその塩の製造方法。
【請求項7】
細菌が、L-イソロイシンジオキシゲナーゼの活性が増強されるように改変されている、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
L-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子の発現を増加させることによりL-イソロイシンジオキシゲナーゼの活性が増強されている、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
L-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子の発現制御配列を改変することにより、またはL-イソロイシンジオキシゲナーゼをコードする遺伝子のコピー数を増加させることによりL-イソロイシンジオキシゲナーゼの発現が増加されている、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
細菌が、エシェリヒア、ブレビバクテリウム、コリネバクテリウム、セラチア、またはマイコバクテリウム属に属する、請求項6〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
細菌が、エシェリヒア・コリ、ブレビバクテリウム・フラバム、コリネバクテリウム・グルタミカム、セラチア・マルセセンス、またはマイコバクテリウム・アルバムに属する、請求項10に記載の方法。

【図1】
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【公表番号】特表2011−507485(P2011−507485A)
【公表日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−524284(P2010−524284)
【出願日】平成20年12月22日(2008.12.22)
【国際出願番号】PCT/JP2008/073913
【国際公開番号】WO2009/082028
【国際公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】