説明

12型コラーゲン遺伝子のプロモーター・エンハンサー

【課題】 マウス12型コラーゲン遺伝子に存在する張力に反応するプロモーター・エンハンサーとして作用しうるDNAとして作用することのできる単離されたDNA、ならびにそれを担持する組換えDNAベクターおよび該ベクターを含むトランスジェニック動物の提供。
【解決手段】 マウス12型コラーゲン遺伝子に存在する張力に反応するプロモーター・エンハンサーとして作用しうるDNAであって、特定な塩基配列から成るDNA又は当該プロモーター・エンハンサー活性を有するそのフラグメント;又は当該プロモーター・エンハンサー活性を有し、かつ特定な塩基配列において1もしくは数個の塩基の置換、欠失及び/もしくは付加により修飾された塩基配列から成るDNA;又は 当該プロモーター・エンハンサー活性を有し、かつ特定な塩基配列に対し高ストリンジェント条件下でハイブリダイズ可能な塩基配列から成るDNA。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マウス12型コラーゲン遺伝子に存在する張力に反応するプロモーター・エンハンサーとして作用しうるDNA、ならびにそれを担持する組換えDNAベクターおよび該ベクターを含むトランスジェニック動物、特にトランスジェニックマウスに関する。
【背景技術】
【0002】
コラーゲン分子は現在までに27種類が同定されているが、その中で、12型コラーゲンは張力或いはずり応力によりその遺伝子発現が上昇し、その制御領域は、ニワトリでは第1イントロンに存在することが報告されている(Chiquet, M., Mumenthaler, U., Wittwer, M., Jin, W. and Koch, M. The chick and human collagen alpha1(XII) gene promoter activity of highly conserved regions around the first exon and in the first intron., Eur J Biochem., 257, 362-371, 1998; Chiquet, M., Regulation of extracellular matrix gene expression by mechanical stress, Matrix Biol., 18, 417-426, 1999.)。12型コラーゲンが多く分布する皮膚、腱、靭帯、動脈中膜などは、張力などの力学的ストレスがその組織形成に深く関与していると考えられており、このことは遺伝子発現調節機構と一致している(Oh, S.P., Griffith, C.M., Hay, E.D. and Olsen, B.R. Tissue-specific expression of type XII collagen during mouse embryonic development., Dev Dyn., 196 37-46, 1993; Walchli, C., Koch, M., Chiquet, M., Odermatt, B.F., Trueb, B. Tissue-specific expression of the fibril-associated collagens XII and XIV., J Cell Sci., 107, 669-681, 1994.)。サイトカインやホルモンによるコラーゲンの遺伝子発現は多くの分野で研究が進められているが、骨、腱のような運動器や、血管などの循環器においては、その器官の特性上、液性因子などによる単純な発現制御のみならず、様々な力学的ストレスが負荷されることにより、より高次機能の発現が達成されると考えられる。
【0003】
ところで、遺伝子の発現は精密に制御されていなければ、生体という複雑で精巧なメカニズムを形作って行くことはできない。この制御の最大の要因をなすものの1つとして遺伝子の転写時の制御が挙げられる。転写の装置であるRNAポリメラーゼや転写因子が作動するときに必要な制御機構は、それぞれの遺伝子のプロモーターなどの発現調節領域に書かれていることが知られている。この発現調節領域には、主要なものとして、一般にポリメラーゼの作動に必要なTBPタンパクが結合する特異配列(TATAボックスなど)が含まれており、通常転写開始点上流100塩基対以内に位置する転写の開始に必要不可欠なプロモーター領域と、このプロモーターからの転写速度を増加させるエンハンサー領域も含まれている。
【0004】
エンハンサーは異なるプロモーターの転写を促進でき、またかなりプロモーターから距離をおいても、さらにプロモーターの下流に位置してもこれに作用できるという性質を持つ。多くの場合プロモーター活性を持つある配列は、異なる状況下において機能的なエンハンサーとして働くこと、そしてプロモーターやエンハンサーを構成している転写因子結合配列の種類は両者で同じ配列を共有していることから、プロモーターとエンハンサーの厳密な区別はないといえる。
【0005】
【非特許文献1】Eur J Biochem., 257, 362-371, 1998
【非特許文献2】Matrix Biol., 18, 417-426, 1999
【非特許文献3】Dev Dyn., 196 37-46, 1993
【非特許文献4】J Cell Sci., 107, 669-681, 1994
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
張力反応性エレメントを保有する12型コラーゲン遺伝子のトランスジェニック動物を作出することができれば、器官形成、病態形成、組織再生などにおいて、どのような細胞に張力負荷がかかっているかを生体内で可視化することが可能となると考えられる。すなわち、この動物に運動負荷を与えた後の骨や腱組織を解析することで張力ストレスのかかり易い部位が特定できることから、スポーツ医学のための基礎データを集積でき、また、この動物を用いて高血圧モデルを作製することで、高血圧障害がどのような部位の血管に最も張力ストレスを及ぼすかを簡単に明らかにすることが可能になることから、ターゲットを絞り込んだ障害改善や治療方法の探索が可能となる。また、張力ストレスが形態形成過程や創傷治癒過程、動脈病変の成立に12型コラーゲン発現にどのような影響を与えるかを評価することにより、今まで解明されていない12型コラーゲンの生体における機能を明らかにすることができる。
【0007】
12型コラーゲンの張力に反応する発現調節機序を調べ、張力に応答する12型コラーゲンに随伴する事象を分子・細胞レベルで検討するには、マウス12型コラーゲン遺伝子に存在する張力に反応するプロモーター・エンハンサーとして作用しうるDNAを入手することが必要である。したがって、本発明の目的はマウス12型コラーゲン遺伝子に存在する張力に反応するプロモーター・エンハンサーとして作用しうるDNAとして作用することのできる単離されたDNA(以下、単に「プロモーター・エンハンサーDNA」と称する場合がある)を提供し、さらにはそのようなDNAで形質転換された細胞、又はそのようなDNAのトランスフェクトされたトランスジェニック動物、特にトランスジェニックマウスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、マウス12型コラーゲン遺伝子に存在する張力に反応するプロモーター・エンハンサーとして作用しうるDNAを探索した結果、配列番号1に示される塩基配列をもつDNAを見出し、その作用を確認して本発明を完成した。本発明により、マウス12型コラーゲンの張力に反応するプロモーター・エンハンサーとして作用する単離されたDNAが提供される。
【0009】
即ち、本願は以下の発明を包含する。
(1)マウス12型コラーゲン遺伝子に存在する張力に反応するプロモーター・エンハンサーとして作用しうるDNAであって、
配列番号1に示される塩基配列から成るDNA又は当該プロモーター・エンハンサー活性を有するそのフラグメント;又は
当該プロモーター・エンハンサー活性を有し、かつ配列番号1に示されている塩基配列において1もしくは数個の塩基の置換、欠失及び/もしくは付加により修飾された塩基配列から成るDNA;又は
当該プロモーター・エンハンサー活性を有し、かつ配列番号1に示されている塩基配列に対し高ストリンジェント条件下でハイブリダイズ可能な塩基配列から成るDNA。
(2)前記DNAが作用可能となるように連結されたレポーター遺伝子を更に含む、(1)のDNA。
(3)前記レポーター遺伝子がβ−ガラクトシダーゼをコードする遺伝子である、(2)のDNA。
(4)(1)〜(3)のいずれかのDNAを担持する組換えDNAベクター。
(5)(1)〜(3)のいずれかのDNA又は(4)の組換えDNAベクターにより形質転換された細胞。
(6)マウス細胞である、(5)の細胞。
(7)(1)〜(3)のいずれかのDNA又は(4)の組換えDNAベクターのトランスフェクトされたトランスジェニック哺乳動物。
(8)(1)〜(3)のいずれかのDNA又は(4)の組換えDNAベクターのトランスフェクトされたトランスジェニックマウス。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、12型コラーゲン遺伝子の存在する張力に反応するプロモーター・エンハンサー領域を解析し、更に、12型コラーゲンプロモーター・エンハンサーのトランスフェクトされたトランスジェニックマウスを作出し、張力バイオセンサーマウスとしての医学、薬学、健康科学などの医科学研究領域での有用性の可否を評価することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係るDNAは12型コラーゲンをコードするマウス遺伝子の第1エクソンの上流-638より、その下流260ベースまでを含む約1.1キロベースのDNA断片内に含まれ、この構造遺伝子の発現調節、特に転写を開始する作用を示すので、これらを組み込んだ細胞やトランスジェニックマウスを利用して12型コラーゲンの発現調節のメカニズムや分子レベルで考察することに有用できる。したがって、本発明のさらなる形態として、前記DNAの全部または一部を担持する組換えDNAベクター、かかる組換えDNAにより形質転換された哺乳動物細胞、特にマウス細胞、かかるベクターのトランスフェクトされたトランスジェニック哺乳動物、特にトランスジェニックマウスも提供される。
【0012】
本発明において、「張力」とは、細胞又は組織にかかる張力又はずり応力をいう。上述のとおり12型コラーゲンが多く分布する皮膚、腱、動脈中膜などは、張力などの力学的ストレスがその組織形成に深く関与していると考えられている。細胞にそのような張力を負荷するには、例えば試験細胞の培養物をI型コラーゲン塗布シリコーン製培養皿に播種し、適当な時間静置することで当該細胞を接着させ、その培養皿を適当な張力負荷培養装置にて伸張させることで行うことができる。また、組織への張力の負荷は、例えば皮膚科学関連として、創傷の縫合と治癒過程、マッサージ刺激等、また整形外科、循環器関連として、運動負荷及び牽引、塩化ナトリウム過剰投与後の高血圧発症による血管への張力負荷、等が挙げられる。
【0013】
本発明のプロモーター・エンハンサー活性を有するDNAとしては、配列番号1に示される塩基配列から成るDNA又は当該プロモーター・エンハンサー活性を有するそのフラグメント;又は当該プロモーター・エンハンサー活性を有し、かつ配列番号1に示されている塩基配列において1もしくは数個の塩基の置換、欠失及び/もしくは付加により修飾された塩基配列から成るDNA;又は当該プロモーター活性を有し、かつ配列番号1に示されている塩基配列に対し高ストリンジェント条件下でハイブリダイズ可能な塩基配列から成るDNAであり得る。
【0014】
ハイブリダイゼーションは周知の方法又はそれに準じる方法、例えばJ. SambrookらMolecular Cloning 2nd, Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989に記載の方法に従って行うことができ、そして高ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件とは、例えばナトリウム濃度が約10〜40mM、好ましくは約20mM、温度が約50〜70℃、好ましくは約55〜65℃であることを含む条件をいう。ハイブリダイズ可能なDNAとして具体的には、BLAST〔J. Mol. Biol., 215, 403 (1990)〕、FASTA〔Method in Enzymology, 183, 63 (1990)〕等の解析ソフトを用いて計算したときに、配列番号1に塩基配列を有するポリヌクレオチドと少なくとも60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上、最も好ましくは97%以上の相同性を有するDNAを挙げることができる。
【0015】
本発明に係るプロモーター・エンハンサーDNAは、そのヌクレオチド配列の情報を基に、当業者に周知の方法で、例えば、以下のようなステップを含む方法で作製することができる。
1.第1エクソンをコードする塩基配列を元に作製したプローブを用いて、ゲノム・ライブラリーをスクリーニングすることで、その上流域(プロモーターおよびエンハンサーを含む)をクローニングする。
2.クローニングされた遺伝子を適当なレポーター遺伝子を持つプラスミドDNA(市販品あるいは自作可能)にサブクローニングする。
3.上記のプラスミドDNAについて、様々な部位の欠失を導入して、プロモーターおよびエンハンサーとしての機能を持つ領域を同定する。
【0016】
好適な態様において、本発明に係るプロモーター・エンハンサーDNAにはレポーター遺伝子がその下流に連結され、その結果本発明に係るプロモーター・エンハンサーDNAは選定の宿主細胞においてレポーター遺伝子の転写を指令することができる。レポーター遺伝子を連結させることで、本発明に係るプロモーター・エンハンサーDNAの活性をin vitro又はin vivoで容易に検出することが可能となり、12型コラーゲンの細胞・生体レベルでの作用・機能の解明が可能となる。
【0017】
レポーター遺伝子としては、β−ガラクトシダーゼ遺伝子、クロラムフェニコール・アセチルトランスフェラーゼ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、β−グルクロニダーゼ遺伝子、β−ラクタマーゼ遺伝子、などの酵素遺伝子や、緑色蛍光色素(GFP)遺伝子、赤色蛍光色素(RFP)、黄色蛍光色素(YFP)、エクオリン遺伝子、などの発光タンパク質の構造遺伝子などを用いることができる。これらの酵素や発光タンパク質は動物細胞内に通常は存在しないので、当該レポーター遺伝子の連結された本発明に係るプロモーター・エンハンサー遺伝子の導入された細胞やトランスジェニック動物におけるこれらの酵素やタンパク質の発現を、例えばその酵素活性や発光により検出することで、本発明に係るプロモーター・エンハンサーの活性の亢進や抑制が決定でき、その結果12型コラーゲンの発現の挙動を理解することが可能となる。レポーター遺伝子の本発明に係るプロモーター・エンハンサーDNAへの連結は当業者に周知の方法により行うことができる。例えば、Jambrook, J., and Russel, D.W., Molecular Cloning-A Laboratory Manual, 3rd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press., 2001.を参照のこと。また、レポーター遺伝子は、形質転換やトランスフェクションに使用するベクターに予め組み込まれているものを使用することもできる。このようなレポーター遺伝子の予め組み込まれたベクターとしては、例えばβーガラクトシダーゼ遺伝子の組み込まれたpβgal−Basic vectorを挙げることができる。
【0018】
好ましくは、レポーター遺伝子としてβ−ガラクトシダーゼが利用される。β−ガラクトシダーゼは基質として例えばX−Gal(5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β−ガラクトピラノシド)を用いることで青色を呈し、その発現は肉眼による観察も可能である。β−ガラクトシダーゼをコードする遺伝子はすでにクローニングされ、またGenBank Accession No. U73857 に開示されており、当業者が容易に入手することができる。β−ガラクトシダーゼ遺伝子をレポーター遺伝子として用い、本発明に係るプロモーター・エンハンサーDNAの活性を顕微鏡観察により調べる典型的な工程を以下に例示する。
1.組織を4% パラフォルムアルデヒド/0.1M リン酸緩衝液で4℃、60分かけて固定する。
2.以下の洗浄緩衝液で30分、3回洗浄する。
<洗浄緩衝液>
0.01% デオキシコール酸ナトリウム
0.02% ノニデットP−40
2mM 塩化マグネシウム
0.1M リン酸緩衝液
3.以下の染色液で37℃、16〜24時間染色する。
<染色液>
0.1% X−gal
5mM フェロシアン化カリウム
5mM フェリシアン化カリウム
洗浄緩衝液で溶解
4.4% パラフォルムアルデヒド/0.1M リン酸緩衝液で室温、2〜3日で固定する。
5.写真撮影
その後、組織の顕微鏡観察を行う場合は、上記4で固定した試料を以下の慣用のステップの順で行ってよい。
1.脱水
2.パラフィン包埋
3.薄切
4.脱パラフィン
5.核染色
6.封入<4% パラフォルムアルデヒド/0.1M リン酸緩衝液>
7.顕微鏡観察
【0019】
本発明に係る、任意的にレポーター遺伝子の連結されたプロモーター・エンハンサーDNAは、好ましくはベクターに担持された状態、即ち、組換えDNAベクターの形態で哺乳動物、好ましくはマウスの細胞又は個体に導入される。
本発明に係る組換えDNAベクターの構築に使用できるベクターとしては、その種類を問わないが、プラスミド、例えば大腸菌由来のプラスミド、例えばpBR322、pBR325、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119などのColE系プラスミド、枯草菌由来のプラスミド、例えばpUB110、pTP5)、酵母由来プラスミド,例えばpSH19、pSH15)、λファージ等のバクテリオファージ、レトロウィルス、ワクシニアウィルス、バキュロウィルス等の動物ウィルス、例えばCharon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP、その他pUB110、pTP5、pC194、pA1-11、pXT1、pRC/CMV、pRC/RSV、pcDNAI/Neo等が用いられる。
【0020】
本発明に係る、任意的にレポーター遺伝子の連結されたプロモーター・エンハンサーDNA又はそれを担持する組換えDNAベクターを細胞内に導入する方法としては、ウィルスベクターを利用した遺伝子導入方法、あるいは非ウィルス性の遺伝子導入方法(日経サイエンス,1994年4月号,20-45頁、実験医学増刊,12(15)(1994)、実験医学別冊「遺伝子治療 の基礎技術」,羊土社(1996))のいずれの方法も適用することができる。ウィルスベクターによる遺伝子導入方法としては、例えばレトロウィルス、アデノウィルス、アデノ関連ウィルス、ヘルペスウィルス、ワクシニアウィルス、ポックスウィルス、ポリオウィルス、シンビスウィルス等のDNAウィルス、又はRNAウィルスに、TR4あるいは変異TR4をコードするDNAを組み込んで導入する方法が挙げられる。このうち、レトロウィルス、アデノウィルス、アデノ関連ウィルス、ワクシニアウィルスを用いた方法が、特に好ましい。非ウィルス性の遺伝子導入方法としては、発現プラスミドを直接筋肉内に投与する方法(DNAワクチン法)、リポソーム法、リポフェクチン法、マイクロインジェクション法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法等が挙げられ、特にDNAワクチン法、リポソーム法が好ましい。
【0021】
本発明に係る、任意的にレポーター遺伝子の連結されたプロモーター・エンハンサーDNA又はそれを担持する組換えDNAベクターを導入する哺乳動物細胞は好ましくはマウス細胞であるが、ラット、モルモット、その他のマウス近縁のげっ歯動物であってもよい。
【0022】
本発明に係るレポーター遺伝子に連結されたプロモーター・エンハンサーDNA又はそれを担持するベクターを培養細胞に導入する際、コントロールとしてプロモーターに連結されていないレポーター遺伝子を導入した細胞も調製し、レポーター遺伝子の発現産物のアッセイを行うことにより、遺伝子導入のばらつきを補正することができる。プロモーター活性の有無は、プロモーターを導入していないネガティブコントロールのレポーター遺伝子の結果と比べることで確認することができる。以上によりプロモーター活性をもつDNAを同定、単離し、このDNA配列のシーケンスを決定することにより目的のDNAが提供できる。
【0023】
遺伝子操作、特に目的とする遺伝子が導入された細胞の選択を容易にするために、上記レポーター遺伝子のほかに、選択マーカー遺伝子を使用することが好ましい。選択マーカー遺伝子としては、種々の薬剤耐性遺伝子を使用することができ、一例としてネオマイシン耐性遺伝子を挙げることができる。具体的な一例として、β−ガラクトシダーゼ遺伝子にネオマイシン耐性遺伝子を連結したDNA(b-geo 遺伝子と称する)を挙げることができる。
【0024】
本発明は更に、本発明に係る、任意的にレポーター遺伝子の連結されたプロモーター・エンハンサーDNA又はそれを担持する組換えDNAベクターのトランスフェクトされたトランスジェニック哺乳動物、好ましくはトランスジェニックマウスを提供する。哺乳動物細胞はマウスが好適であるが、ラット、モルモット、その他のマウス近縁のげっ歯動物であってもよい。トランスジェニック哺乳動物の作製は当業者周知の方法で実施することができ、以下にトランスジェニックマウスの典型的な作製方法を示す。
【0025】
(1)受精卵採取
排卵誘発剤を腹腔内に投与することで過剰排卵を誘発した雌マウスを、雄マウスと交尾させる。次の日にかかる雌マウスの受精卵を採取する。交尾した雌マウスの左右の卵管を傷つけないようにして子宮の一部と共に取り出し、注射針で卵管膨大部の子宮側を切り、受精卵を採取する。その受精卵にヒアルニダーゼを作用させることで顆粒膜細胞から分離させ、培養用ドロップに入れ、炭酸ガスインキュベーターで培養する。
(2)遺伝子注入
遺伝子の注入は、マイクロマニュピュレーターをセットした微分干渉装置付の倒立顕微鏡を用い、行うことができる。取り出した受精卵を、保持用ガラスピペットを陰圧にして固定する。次に、DNA溶液を吸い込んだ注入ガラスピペットを、顕微鏡下で前核の中心部に向かって刺し入れ、DNAを注入する。
(3)受精卵の卵管への移入
マウスは後部により黄体が活性化されるので、精管結札紮した、交尾はできるが妊娠させることのできない雄マウスと交尾させ、偽妊娠マウス(レシピエントマウス)を作製する。このレシピエントマウスに、卵管口から、片側約10個のDNAを注入した受精卵を移入する。
(4)導入遺伝子の確認
移植された受精卵はレシピエントマウス内で正常に発達し、自然分娩または帝王切開により、個体マウスとして得ることができ、そのようなマウスを「ファウンダー」と称する。一般に、生まれてきたマウスの10%程度しか外来遺伝子をもっておらず、またたとえ外来遺伝子をもつマウスでも、導入された遺伝子は染色体上でランダムな位置に挿入されており、しかも挿入された遺伝子のコピー数もマウスにより様々である。よって、各々のファウンダーの遺伝子型の確認が一般に必要とされる。生後3〜5週間程度の十分尾が太くなったマウスについて、個体識別のために耳にパンチを打ち、さらに、各マウスの尾からDNAを採取し、PCR法又はサザンブロット法により遺伝子型を決定することができる。さらに、全ての外来遺伝子が生殖系列を通じて子孫に伝播されるとも限らないので、正常マウスと交配させ、生殖系列伝播を確認する必要もある。
【0026】
以下、実施例により、本発明をより具体的に説明する。ただし、これらの実施例等により、本発明の技術的範囲が限定されるべきものではない。
【実施例】
【0027】
材料と方法
(1)12型コラーゲン遺伝子のクローニング
材料
プローブ作製に用いた合成DNAはエスペックオリゴサービス(つくば市)において依頼した。マウスゲノムDNAは、ICRマウス肝臓より調製したものを用いた。マウスゲノムライブラリーは、理化学研究所遺伝子バンクより分譲していただいた。
【0028】
プローブ作製
12型プローブは、マウス12型コラーゲンcDNA5'端配列(Accession No. BB612557)を元に、PCR用のプライマーを次のように作製した。
5'-TCAGGCGTTTCGTAACCGAG-3'(COL12-5'P3)(配列番号2)と5'-CGTCCAGCAGCCTGCGCGTG-3'(COL12-3'P3)(配列番号3)を用い、マウスゲノムDNAを鋳型にPCRによりプローブを増幅した。
【0029】
PCRにより増幅した断片をpGEM-T-Easy Vector System(プロメガ)を用い、pGEM-T-Easy VectorにTAクローニングを行った。確かに目的のものが増幅されていることをDNAシークエンシングにより確認した。その後、12型コラーゲン増幅断片を制限酵素EcoRIにより切り出し、アガロース電気泳動を行った後、ゲル抽出キットGFX-PCR DNA and Gel Band Purification kit(アマシャムバイオサイエン社)を用いてプローブのDNA断片を抽出した。
【0030】
抽出した12型及び14型断片(各100ng)をBcaBestラベリングキット(宝酒造製)を用いて[α-32P]dCTPを標識した。この標識により、12型断片は、9.2×108cpm/μgの比活性のプローブを得た。
【0031】
ライブラリーのスクリーニング
マウスゲノムライブラリー(129SV ES細胞由来マウスゲノムライブラリー、ベクターは、λFIXII)を理化学研究所遺伝子バンクより入手した。このライブラリーを大腸菌(XL-1 Blue MRA (P2))に感染させ、150枚の90mmプラスチックディッシュ(NZYプレート(1リットル当たりNaCl 5g, MgSO4 2g, Yeast Extract 5g, NZ amine 5g、アガロース15g)にまいた。ファージをまいた密度は、1枚あたり2万プラークになるようにまいた。これらのプレートを37℃、1晩培養した。翌日、ニトロセルロースシート(バイオトレースNT、直径82mm、日本ポール株式会社)に転写し、プレハイブリダイゼーションを行った。プレハイブリダイゼーションの溶液は、(5×Denhardt溶液、5×SSPE、0.1%SDS、100μg/ml熱変性したサケ精子DNA)を用い、55℃、1晩プレハイブリダイゼーションを行った。次に、12型コラーゲンcDNAのアイソトープ標識プローブを95℃、10分間熱処理した後、氷上で急冷したものを100万cpm/mlの濃度になるようにハイブリダイゼーション溶液(組成は上記のプレハイブリダイゼーションの溶液と同じ)に加えた。その後、55℃で1晩ハイブリダイゼーションを行った。翌日、フィルターの洗浄をSSC溶液(20×SSC:3M NaCl, 0.3Mクエン酸ナトリウム)を用いて行った。まず、室温で2×SSCを用いて30分間、2回洗浄し、その後、0.2×SSC、58℃、30分間、2回洗浄を行った。これらのフィルターをX線フィルム(Hyper-film-MP、アマシャムバイオテク製)に増感紙とともに−80℃で6日間露光したのち、現像を行った。
【0032】
1次スクリーニングで得られたクローンを2次、3次スクリーニングにより、12型プローブにハイブリダイズするクローンを得、シングルにした。これらのクローンがプローブの領域を持っていることをプローブ作製に用いたプライマーを用いたPCRによりプローブと同じ長さの断片が増幅されたことにより確認を行った。その結果、12型コラーゲンのプロモーター領域を持つクローンとして、15番クローンを得た。
【0033】
12型クローンのサブクローニング
得られたファージクローン15番からDNAを調製し、制限酵素SalIで処理した後、クローニングベクターpGEM-3Zf(+)のSalI挿入部位にサブクローニングを行った。このクローンを元に、全塩基配列の解析およびレポーターベクターへのサブクローニングのためのPCR断片の増幅を行った。
【0034】
(2)レポーターベクターへのサブクローニング
得られたマウス12型コラーゲン遺伝子は第1エクソンの上流約8キロベースから、第2エクソンの下流約5キロベースまでを含む全長約17キロベースであった。このクローンを元に、いくつかの長さの断片、すなわち、図1に示す約4.7キロベースの<-935/14>あるいは約4.4キロベースの<-638/17>をPCRにより増幅した後、その断片を、ホタル・ルシフェラーゼをレポーター遺伝子に持ち、あらかじめSV40由来のエンハンサー領域が組み込んであるため反応性が高いpGL3-enhancer vector<E>、および挿入遺伝子を制御しうる活性はなく、挿入遺伝子のエンハンサー活性およびプロモーター活性に依存した反応性を示すpGL3-basic vector<B>にサブクローニングした。
次に、図2において示されるように、17Eおよび17Bに加えて、第1イントロン内をDNA制限酵素BstEIIで除去し第1エクソンの上流638ベースからその下流1.4キロベースを含む17Bst(2.2kb)(配列番号1)、およびこの17BstをさらにBglIIで切断した17Bgl(1.1kb)(配列番号4)の各コンストラクトを調製した。
【0035】
(3)細胞培養および遺伝子導入実験
マウス骨芽細胞系培養株MC3T3-E1は1×104/cm2の濃度で直径10cmのシャーレに10%ウシ胎児血清(FBS)を含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)を用いて播種し、翌日、4μgのコンストラクトとともに、500ngのウミシイタケ・ルシフェラーゼベクターを内部標準ベクターとして、重トランスフェクションした。その5時間後に培地交換を行い一晩静置し、翌日、細胞層をトリプシン処理の後、I型コラーゲン塗布シリコン製培養皿2枚に播種し直し、3時間静置し細胞を接着させた。0.1%FBS-DMEMに交換し3時間馴化させた後、2枚のうちの1枚を張力負荷培養装置にて、伸張率10%、毎分10回の往復運動を18時間負荷した(S群)。残りの1枚は、対照群(C群)として、そのまま培養を継続した。張力負荷培養終了後、細胞層はPBSで洗浄した後、Passive Lysis Buffer (Promega)にて可溶化し、その上清におけるホタル(Firefly)およびウミシイタケ(Renilla)・ルシフェラーゼ活性を測定し、その相対値を算出した。
【0036】
結果及び考察
マウス骨芽細胞系培養株MC3T3-E1へトランスフェクションを行ない、張力負荷培養後の12型コラーゲン・プロモーター刺激活性を測定した。その結果、14Eおよび17Eともに張力反応性を示し、その反応性の差はほとんど観察されなかった(図3)。このことから、張力反応性エレメントは17E(配列番号5)すなわち、第1エクソンの上流-638より第2エクソンの下流までを含む約4.4キロベースのDNA断片内に含まれることが予想された。さらに、この張力反応性エレメントを絞り込む目的で、17E、17Bst、17Bglの刺激活性の比較を行ったところ、図4で示されるように17Bstが最も強い張力反応性を示した。また、17E、17Bst、17Bgl相互の刺激活性の比較から、第1イントロンには張力反応性の強弱を制御するエンハンサー/サイレンサー領域も含まれることが判明した。すなわち、BstEIIで除去される第1イントロン内にはサイレンサー活性が、BglIIで除去される第1イントロン内にはエンハンサー活性が示唆された。
【0037】
以上の結果より、最も強い張力反応性を示した17Bst断片には、張力に反応するプロモーター活性に加えてその活性を増強するエンハンサー活性も含まれていることが判明したため、挿入遺伝子を制御しうる活性の無いbasic vectorの使用が可能と考えられた。そのため、作製するTGマウスに導入する遺伝子断片としては、図1に示されるように、クローニングされた12型遺伝子のほぼ全長に近い16kbの断片に加えて、最も強い張力反応性を示した17Bst断片を、β−ガラクトシダーゼをレポーター遺伝子に持つpβgal-Basic vectorにサブクローニングした2系統について作製し、比較検討することとした。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】単離されたマウス12型コラーゲン遺伝子と実験に用いた核DNA断片を示す模式図。
【図2】第一エキソン近傍を含んだ種々の細胞培養実験用DNA。
【図3】各DNA断片の張力反応性の検討(1)。
【図4】各DNA断片の張力反応性の検討(2)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マウス12型コラーゲン遺伝子に存在する張力に反応するプロモーター・エンハンサーとして作用しうるDNAであって、
配列番号1に示される塩基配列から成るDNA又は当該プロモーター・エンハンサー活性を有するそのフラグメント;又は
当該プロモーター・エンハンサー活性を有し、かつ配列番号1に示されている塩基配列において1もしくは数個の塩基の置換、欠失及び/もしくは付加により修飾された塩基配列から成るDNA;又は
当該プロモーター・エンハンサー活性を有し、かつ配列番号1に示されている塩基配列に対し高ストリンジェント条件下でハイブリダイズ可能な塩基配列から成るDNA。
【請求項2】
前記DNAが作用可能となるように連結されたレポーター遺伝子を更に含む、請求項1記載のDNA。
【請求項3】
前記レポーター遺伝子がβ−ガラクトシダーゼをコードする遺伝子である、請求項2記載のDNA。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載のDNAを担持する組換えDNAベクター。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項記載のDNA又は請求項4に記載の組換えDNAベクターにより形質転換された細胞。
【請求項6】
マウス細胞である、請求項5に記載の細胞。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1項記載のDNA又は請求項4に記載の組換えDNAベクターのトランスフェクトされたトランスジェニック哺乳動物。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項記載のDNA又は請求項4に記載の組換えDNAベクターのトランスフェクトされたトランスジェニックマウス。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−246755(P2006−246755A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−66153(P2005−66153)
【出願日】平成17年3月9日(2005.3.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年8月1日 第138回日本獣医学会発行の「第138回 日本獣医学会学術集会講演要旨集」に発表
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】