説明

2サイクルエンジンのピストン

【目的】 2サイクルエンジンにおいて、ピストン側及びシリンダ側の変則的な熱膨張に対して、限界クリアランスを大きくすることなく、対処できるようにすることにより、ピストンの摺動性能及びシール性能を向上させることである。
【構成】 ピストン2の外周側面のうち、ピストンピン方向の径を、これと直交する方向の径よりも小とし、シリンダ1の排気ポート10の円周方向の両端壁部分に概ね対応する部分に、逃げ代20を形成していることを特徴とする2サイクルエンジンのピストンである。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本願発明は、2サイクルエンジンのピストンに関する。
【0002】
【従来の技術】図1及び図2は、2サイクルエンジンの要部を示しており、通常、シリンダ1の内面1aは真円に形成されているが、ピストン2の外周側面の形状、すなわち、シリンダ中心線Cと直交する断面形状は、従来、図6に示すように、ピストンピン方向(Y軸方向)を短径D2 とし、前後方向(X軸方向)を長径D1 とする楕円(S0 )形に形成されている。先行技術として実公昭51-20327号がある。
【0003】このように楕円形とする理由は、運転時におけるピストン2の熱膨張量が、Y軸方向のピストンピン方向と、これと直角のX軸方向とで異なり、ピストンピン方向の熱膨張量の方が大きいからである。
【0004】すなわち、図2のように、ピストンピン方向の両端部には、ピストンピンボス3が形成されており、エンジン運転時の燃焼熱は、該ピストンピンボス3の肉部分によく溜まり、該部分の熱膨張量が大きくなるためであり、これらを考慮して図6のように、非加熱時の形状を楕円SO にすることにより、熱膨張時に略真円となるようにしているのである。
【0005】ところが、図2において、シリンダ1の熱膨張を考えると、シリンダ内面1aのうち、主排気ポート10の周囲壁部分の温度上昇が激しく、特に、主排気ポート10の円周方向両側に副排気ポート11を備えている場合には、両排気ポート10,11間の各リブ13の熱膨張により、該リブ13は、他の部分に比べてシリンダ内方へ張り出し、ピストン2とシリンダ内面1aとの当たりが非常にきつくなり、性能低下をもたらす。
【0006】この対策として、ピストン2とシリンダ1間の限界クリアランスを大きめに設定せざるを得ず、そうすると、ピストン2とシリンダ内面1aとのシールが甘くなり、機関性能の向上が図れなくなる。
【0007】本願発明の目的は、エンジン運転時におけるピストン側及びシリンダ側の変則的な熱膨張に対して、限界クリアランスを大きくすることなく、それに対処できるようにすることである。
【0008】
【課題を解決するための手段】本願発明は、ピストンの外周側面のうち、ピストンピン方向の径を、これと直交する方向の径よりも小とし、シリンダの排気ポートの円周方向の両端壁部分に概ね対応する部分に、シリンダ中心側への逃げ代を形成していることを特徴とする2サイクルエンジンのピストンである。
【0009】
【作用】エンジン運転時において、シリンダの排気ポートの円周方向の両端壁部分が、熱膨張により他の部分に比べてシリンダ内方側へと張り出すが、上記壁部分に対応するピストン外周側面部分には逃げ代を形成しているので、両者の当たりがきつくなることはない。
【0010】また、ピストンの膨張については、ピストンピン方向が、これと直交する方向よりも膨張量が大きくなるが、予め、ピストンピン方向の径を、これと直交する方向の径よりも小としているので、熱膨張により、真円に近くなり、シール性能が向上する。
【0011】
【実施例】図1及び図2は、小形二輪車用の2サイクルエンジンの要部を示しており、このような2サイクルエンジンのシリンダ1に、本願発明にかかるピストン2が嵌合している。図中、Cは、シリンダ中心線、Y軸は、シリンダ中心線Cと直交し、ピストンピン5の方向と一致する座標軸、X軸は、シリンダ中心線C及び上記Y軸と直交する座標軸である。該実施例では、上記X軸方向を前後方向とし、Y軸方向を左右方向と設定している。なお、図1及び図2には、コンロッドは図示していない。
【0012】図2において、ピストン2の左右両端部には、ピストンピンボス3が一体に形成され、該ピストンピンボス3に、左右方向に延びるピストンピン5が回動自在に嵌合し、ストッパリングにより脱落不能に係止されている。ピストン2の頂壁部分の側面には、図1のようにリング溝7が形成され、該リング溝7には、ピストンリング8が嵌着されている。
【0013】図2に示すシリンダ内面1aの前端部には、X軸に対して左右対称形状の主排気ポート10が開口し、該主排気ポート10の左右両側には、X軸に対して対称位置に1対の副排気ポート11が開口している。主排気ポート10と各副排気ポート11との間には、リブ13が形成されており、該リブ13は、シリンダ内面1aの一部を構成している。
【0014】また、シリンダ内面1aには、上記主排気ポート10とは異なる高さに、第1,第2,第3掃気ポート15,16,17が形成されている。第1掃気ポート15は、左右両側部分の前半部に左右1対形成され、第2掃気ポート16は、左右両側部分の後半部に左右1対形成され、第3掃気ポート17は後面に形成されている。
【0015】シリンダ内面1aは真円に形成されており、これに対して、ピストン2の外周側面は、前記両リブ13に対応する部分に逃げ代を有するように、本願発明にしたがって次のように形成されている。
【0016】図3は、図1のピストンピン5とリング溝7との間の部分の水平断面(III−III断面)に相当するピストン外周側面形状を示しているが、本願発明の理解を容易にするために、その凹凸を誇張して表現してある。この図3において、外周側面形状は、実線で示すように、2つの楕円S1 ,S2 の組み合わせ形状となっており、これにより、両リブ13に対応する箇所に凹部状の逃げ代20を形成している。また、上記両逃げ代20とY軸に対して対称な位置にも同様な凹部21ができている。
【0017】第1の楕円S1 は、X軸方向に長径D1 を有し、Y軸方向に短径D3 を有しており、一方、第2の楕円S2 は、Y軸方向に長径D2 を有し、X軸方向に短径D4 を有している。第1の楕円S1 のX軸方向の長径D1 は、前記従来例の楕円(仮想線)S0 のX軸方向の長径に一致し、第2の楕円S2 のY軸方向の長径D2は、第1の楕円S1 の長径D1 よりも小さくて、前記従来例の楕円(仮想線)S0 のY軸方向の短径に一致している。すなわち、本願のピストンの外周側面形状は、仮想線で示す従来例の楕円S0 から斜線で示す逃げ代20及び凹部21の領域を削り落とした形状になっている。
【0018】上記楕円S1,S2 の寸法は、ピストン下端縁からの高さによって変化させてあり、その変化の一例を図5に示す。図5において、縦軸はピストンの下端縁からの高さを示し、横軸は、シリンダ内面1aとピストン外周側面との間のクリアランスの変化を示している。
【0019】H1 は、ピストン上端縁、区間H2 は、リング溝7の範囲、H3 は、ピストンピン孔中心の位置である。グラフF(P1)は、ピストン前後端縁P1 (図3)のクリアランスの変化、グラフF(P2) は、ピストン左右左端縁P2 (図3)のクリアランスの変化、グラフF(P3)は、図3のY軸(ピストンピン)に対してθ=45°方向の端縁P3 のクリアランスの変化を示している。
【0020】図5から理解できるように、ピストン下端縁から上方にいくに従い各部のクリアランスは大きくなるように形成されている。いいかえると、ピストン下端縁から上方にいくに従い、図3の第1,第2楕円S1,S2の長径D1 ,D2 が、D1>D2 の関係を保ちながら小さくなっていくように形成され、図5のリング溝範囲H2 の下端近傍で、F(P1) 、F(P2) 及びF(P3) が一致して、それより上方は真円となっている。
【0021】そしてピストンピン45°方向端縁の変化F(P3)については、仮想線で示す従来例F(P5)に比べて、大きなクリアランスが確保されている。なお、図3において、逃げ代20で最も深い箇所となる両楕円の交点P4 は、上記45°方向端縁P3 の近傍に位置している。
【0022】次に作用を説明する。エンジンの運転により、ピストン2及びシリンダ1は温度上昇し、熱膨張する。ピストン2は、前述のように左右両端部にピストンピンボス3が形成されていることにより、前後両端部に比べてその熱膨張量は大きく、したがって、ピストン全体としては、熱膨張により、概ね真円に近づく。
【0023】一方、シリンダの内面1aは、排気熱により、排気ポート周囲の壁部分の温度上昇が激しく、特に、両排気ポート10,11で挟まれたリブ13は、温度上昇が顕著で、熱膨張によりシリンダ内方側へと張り出す。しかし、ピストン2の外周側面には、上記リブ13により略対応する箇所に逃げ代20を形成しているので、これにより、限界クリアランスを大きくとることなく、ピストン2とリブ13とのきつい当たりを避けることができる。
【0024】なお、上記実施例では、2つの楕円S1,S2 を組み合わせることによって、凹部状の逃げ代を形成しているので、ピストンの設計及び製造が容易である。
【0025】
【別の実施例】
(1)両楕円S1,S2 のそれぞれの長短径比を各種調整することにより、各種大きさの排気ポートの円周方向両端の位置に合わせて、逃げ代を形成することができる。
【0026】(2)図4は、第2の楕円の代わりに、真円S3 を組み合わせた例である。この場合、ピストンピン(Y軸)に対して角度θ=45°方向の端点P3 は、図5のようなグラフにおいて、左右の端点P2 のグラフF(P2)と重なることになる。
【0027】(3)排気ポートの円周方向両端部分に対応する箇所のみに逃げ代用の凹部を形成することも可能である。また、副排気ポートを有しない2サイクルエンジンのピストンにも適用できる。
【0028】
【発明の効果】以上説明したように本願発明によると、ピストンの外周側面のうち、ピストンピン方向の径を、これと直交する方向の径よりも小とし、シリンダの排気ポートの円周方向の両端壁部分に概ね対応する部分に、逃げ代を形成しているので、ピストンピン方向の膨張量が大きくなる変則的なピストンの膨張に対して、膨張時の形状を真円に近づけることができると共に、シリンダの排気ポートの円周方向両端壁部分のシリンダ内方側への熱膨張に対して、限界クリアランスを大きくすることなく、きつい当たりを避けることができる。すなわち、スラップ音を減少させると同時に、ピストンの摺動性能及びシール性能の向上を達成できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 図1は本願発明が適用される2サイクルエンジンの縦断面部分図である。
【図2】 図1のII−II断面図である。
【図3】 本願発明を適用したピストンの外周側面形状のみを誇張して示す水平断面図である。
【図4】 別の実施例であって、図3と同様の水平断面図である。
【図5】 ピストンの高さに対する外周径の変化を示すグラフである。
【図6】 従来のピストンの外周側面形状のみを誇張して示す水平断面図である。
【符号の説明】
1 シリンダ
2 ピストン
3 ピストンピンボス
5 ピストンピン
10 排気ポート
13 リブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ピストンの外周側面のうち、ピストンピン方向の径を、これと直交する方向の径よりも小とし、シリンダの排気ポートの円周方向の両端壁部分に概ね対応する部分に、逃げ代を形成していることを特徴とする2サイクルエンジンのピストン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図5】
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【公開番号】特開平6−229316
【公開日】平成6年(1994)8月16日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−16206
【出願日】平成5年(1993)2月3日
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)