説明

2塩基酸エステル化合物および該化合物を含む潤滑油基油組成物

【課題】種々の潤滑油の基油として従来の化合物とは異なった特性を有するとともに、諸々の要望に応え得る添加剤効果に優れた新規化合物または組成物を提供する。
【解決手段】式(1)及び/又は式(2)で表される化合物
OCO−A−O−A−COOR (1)
−O−(A−COO−)n−R (2)
ここで、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基である。nは、1以上の整数を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規2塩基酸エステル化合物および該化合物と新規ポリエステルとを含む潤滑油基油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
潤滑油の合成基油としては、モノエステル、ジエステルやポリオールエステル等のエステル類、ポリアルキレングリコール類、ポリ−α−オレフィン類、シリコーン油、アルキルジフェニルエーテル類などが知られている。そのなかでもジエステル系の化合物は、低温特性や潤滑性、耐熱性、粘度その他の特性において、性能のバランスが良いことが知られている。そのため種々の潤滑油、例えば軸受油、グリース、ギア油、エンジン油、自動変速機油、冷凍機用潤滑油等の基油として用いられている(例えば非特許文献1)。ジエステル化合物としては、直鎖の2塩基酸のアルコールエステルが一般的で、例えばジオクチルアジペート、ジオクチルアゼレート、ジオクチルセバケート(DOS)などが用いられている。なかでもDOSは潤滑油基油として最も主要なものの1つである。また直鎖の2塩基酸の炭素鎖の一部をイオウ原子で置換したジエステル系の化合物が軸受用潤滑剤として有用であることも知られている(例えば特許文献1)。しかし、直鎖の2塩基酸の炭素鎖の一部を酸素原子で置換したジエステル系化合物の潤滑剤への適用は知られていない。
【0003】
近年の産業分野の多様化及び高度化に伴う、自動車並びに、映像・音響機器、パソコン等の小型・軽量化、大容量化及び情報処理の高速化の進歩には目覚しいものがある。これらの電子機器には、各種の回転装置、例えば、FD、MO、zip、ミニディスク、コンパクトディスク(CD)、DVD、ハードディスク等の磁気ディスクや光ディスクを駆動する回転装置が使用されており、これら電子機器の小型・軽量化、大容量化及び高速化には回転装置に不可欠な軸受の改良が大きく寄与している。そして、潤滑流体を介して対向するスリーブと回転軸とからなる流体軸受は、ボールベアリングを持たないため、小型・軽量化に好適であり、しかも静寂性、経済性等に優れており、情報・通信、オーディオ・ビジュアル機器やカーナビゲーション等にその用途を広げてきている。上記諸機器の適用状況に関しても、機器の大衆化により過酷な環境での使用が拡大している。特に車に搭載して用いられるカーナビゲーション等の機器は、自動車の使用環境を考慮すると、寒冷地から炎天下までの使用に耐えるものでなければならない。従って、車載機器に用いられる流体軸受油に使用される潤滑流体は、−50〜150℃といった広い温度範囲で問題なく使用できるものであることが要求される。また、近年ではモバイル機器への利用を考慮して、特に低温領域での粘度が低く、しかも高温下での蒸発減量が少ない新規潤滑流体の開発が強く望まれている。
【0004】
従来、この用途の基油として各種ジエステルの物理的混合物が適用されており、分枝DOSが一定の評価を得ている。しかし、省エネ・環境対応の観点から更なる低粘度化の強い要求(40℃動粘度が一桁)が出されている。
【0005】
潤滑油を上記した種々の用途に適用する場合、その用途や使用環境によって求められる性能、特性はそれぞれ異なっている。従って、潤滑油を設計する場合は、その求められる特性に応じて基油の選定や種々の添加剤、たとえば油性向上剤、粘度指数向上剤、酸化防止剤、さび止め剤等との組合せを勘案して設計するのが通常である。そのため潤滑油基油として従来使用されている化合物と異なる特性を持つ化合物があれば選択の幅が広がり、それぞれの用途、使用環境に最適な潤滑油の設計を行うことができる。また種々の添加剤と組合せたときに、性能の向上効果(以下添加剤効果という)が著しいことも潤滑油基油として重要な特性である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−189786号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「高機能潤滑剤の開発と応用」、(株)シーエムシー、(2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、種々の潤滑油の基油として従来の化合物とは異なった特性を有するとともに、前記の諸々要望に応え得る添加剤効果に優れた新規化合物または組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の化合物および組成物を提供する。
1.式(1)で表される化合物
OCO−A−O−A−COOR (1)
ここで、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基である。
2.式(2)で表される化合物
−O−(A−COO−)n−R (2)
ここで、nは、1以上の整数をあらわし、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって、炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基である。
3.式(1)で表される化合物及び/又は式(2)で表される化合物を含有する組成物
OCO−A−O−A−COOR (1)
−O−(A−COO−)n−R (2)
ここで、nは、1以上の整数をあらわし、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって、炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基である。
4.式(1)で表される化合物及び/又は式(2)で表される化合物を含有する軸受用潤滑流体
OCO−A−O−A−COOR (1)
−O−(A−COO−)n−R (2)
ここで、nは、1以上の整数をあらわし、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって、炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基である。
5.流体軸受を上記に記載の軸受用潤滑流体を用いて潤滑することを特徴とする流体軸受の潤滑方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の化合物は、炭素鎖中に酸素原子を有することから、分子鎖の柔軟性が増加することで、特に低温および常温での低粘度が期待できる。軸受油等の使用環境から上記の低温特性に優れることが、重要である。
【0011】
本発明の化合物および組成物は、低温および常温で比較的低い粘度を有する。これは、分子内に酸素原子を含むためと考えられる。また潤滑性においても従来のジエステル系化合物と同等であり、酸化防止剤による蒸発量低減効果(添加剤効果)も期待できる。本発明は、従来の化合物にない特性と添加剤効果を有する化合物及び組成物を提供する。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は式(1)で表される化合物を提供する。
また本発明は式(2)で表される化合物を提供する。
更に、本発明は式(1)で表される化合物及び/又は式(2)で表される化合物を含有する組成物を提供する。
OCO−A−O−A−COOR (1)
−O−(A−COO−)n−R (2)
ここで、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基であり、nは、1以上の整数を表す。
炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基としては、例えばヘキシル、イソヘキシル、エチルヘキシル、ヘプチル、イソヘプチル、オクチル、ノニル、デシル、イソデシル等を挙げることができる。なかでも2−エチルヘキシルまたはn−オクチル基が好ましく、R、Rが同一であっても異なっていてもよい。
【0013】
直鎖の基Aとしては、
−CHCHCH
−CHCHCHCH
−CHCHCHCHCH
が例示できる。直鎖の基としては、低温における粘度の点から、−CHCHCH−が好ましい。
また、分岐の基Aとしては、
酸素側 ―CH(CH)CHCH− カルボニル側
酸素側 ―CH(CHCH)CHCH− カルボニル側
酸素側 ―CH(CH)CHCHCH− カルボニル側
が例示できる。
【0014】
本発明の化合物および組成物は、例えば以下のようにして製造することができる。
即ち、式(3)で表されるラクトン化合物と、R−OHおよび/またはR−OHで示されるアルコールとを開環カップリング反応させることにより、式(1)と式(2)を含む混合物を得る。さらに、前記混合物から、式(2)の化合物をエステル交換・留去することにより、式(1)の化合物を得る。
【0015】
【化1】

ここで、mは、3〜5の整数を表わし、RおよびRは、同一又は異なって水素原子又は炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基である。炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基としては、例えばメチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル等を挙げることができる。なかでもR、Rは水素原子、メチルまたはエチル基が好ましく、R、Rが同一であっても異なっていてもよい。
【0016】
式(3)で表される、ラクトン化合物としては、以下を例示することができる。
γ−ブチロラクトン(テトラヒドロフラン−2−オン)、γ−バレロラクトン(5−メチルテトラヒドロフラン−2−オン)、γ−カプロラクトン(5−エチルテトラヒドロフラン−2−オン)、δ−バレロラクトン(テトラヒドロピラン−2−オン)、δ−カプロラクトン(6−メチルテトラヒドロピラン−2−オン)、ε−カプロラクトン(オキセパン−2−オン)などが好適に用いられる。アルキル置換基を有しないラクトンを用いると上記式(1)および(2)においてAとして、直鎖のアルキレン基を導入でき、アルキル置換基を有するラクトンを用いるとAとして分岐のアルキレン基を導入できる。
【0017】
アルコールとしては、炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキルアルコールを用いることができる。例えば、n−ヘキサノール、イソヘキサノール、2−メチルヘキサノール、n−ヘプタノール、1−メチルへプタノール、2−メチルへプタノール、n−オクタノール、2−エチルヘキサノール、n−ノナノール、イソノナノール、イソデカノールなどを例示することができる。
【0018】
上記アルコールを単独で用いれば、RおよびRが同一のアルキル基を導入でき、異なるアルコールの混合物を用いると、RとRが異なるアルキル基を導入できる。本製造方法においては触媒を用いることができる。触媒としては、硫酸、燐酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、トルエンスルホン酸等の酸が例示できパラトルエンスルホン酸が好ましい。本製造方法は無溶媒で実施されるが、トルエン、キシレン等の溶媒を用いることも可能である。
【0019】
反応は通常100〜140℃の範囲で、通常10〜200時間行うのが好ましい。反応後、触媒を中和し、低沸点物を留去して式(1)と(2)の混合物を得ることができる。得られた混合物にオクタノール等のアルコールを式(2)の化合物に対し過剰等量加え、触媒を添加して加熱し、式(2)の化合物をエステル交換ならびに脱水縮合することにより、式(1)で表される化合物と式(2)のn=1の化合物等が得られる。これから式(1)の化合物以外の低沸物を留去することにより、式(1)の化合物が得られる。
式(1)の化合物のみを得る場合、通常の反応後、触媒を中和せず低沸点物を留去し、これに式(2)の化合物に対し過剰等量のアルコールを加え加熱し、式(1)以外の低沸物を留去すれば良い。
【0020】
以下に、本発明の製造方法についてより詳しく説明する。
式(3)のラクトン化合物と先に例示したアルコールに触媒を加え、通常100〜140℃、好ましくは115〜135℃で約10〜200時間、好ましくは50〜170時間の共沸脱水で水を分離する。引続いて減圧濃縮により未反応原料を回収し、冷却後、アルカリを添加し触媒を中和し、続いて炭酸で過剰のアルカリを中和した後、析出した結晶を濾別して濾過物を得る。
この濾過物を濃縮後、蒸留塔を用いて分留し、更に精留し、場合により得られた留分を活性炭と活性白土で吸着精製し高純度の式(1)の化合物及び式(2)の化合物の混合物を得る。
【0021】
この混合物にアルコールと触媒を加え、通常100〜140℃、好ましくは115〜135℃で約2〜150時間、好ましくは10〜100時間加熱する。冷却後、アルカリを添加して触媒を中和し、続いて炭酸で過剰のアルカリを中和した後、析出した結晶を濾別して濾過物を得る。
この濾過物を濃縮後、蒸留塔を用いて分留し、更に精留し、場合により得られた留分を活性炭と活性白土で吸着精製し高純度の式(1)の化合物を得る。
ラクトン化合物がγ−ブチロラクトン、アルコールが2−エチルへキサノールの場合の反応スキームを以下に示す。
【0022】
【化2】

【0023】
【化3】

【0024】
上記化2で、式(1)と式(2)を含む混合物が得られる。さらに、化3で、該混合物にプロトン酸触媒と過剰等量の2−エチルヘキサノールを添加して加熱し、式(2)の化合物をエステル交換ならびに脱水縮合することにより、式(1)で表される化合物と式(2)のn=1の化合物およびγ−ブチロラクトンが生成する。これから式(1)以外の低沸物を留去することにより、式(1)の化合物を得ることができる。
【0025】
式(2)の化合物において、nは1以上の整数を表わし、好ましくは1〜5、更に好ましくは2〜3の整数を表わす。式(2)の化合物の分子量はnの値により一義的に定まり、そのnはH−NMRの4.1ppmと2.4ppmのピーク積分値の比に1を加えて得ることができる。好ましい分子量は272〜870、更に好ましくは358〜640である。
式(1)の化合物と式(2)の化合物は構成元素組成および分子量ならびに官能基組成と個数も同じの構造異性体である。然るに、沸点や親和性ならびに粘性等の物理的性質も酷似しており、蒸留法や吸着法で2つの物質を分離する事は非常に困難である。この為、両化合物の混合による諸特性の差は小さく、前記エステル交換を生じるような条件下で使用される場合を除き、その混合割合は任意の比率で用いる事ができる。
逆に前記エステル交換を生じるような条件下で使用される場合は式(2)の化合物の割合が少ないほど良く、式(1)の化合物単独使用が好ましい。
【0026】
本発明の化合物および組成物は、各種潤滑油、たとえば軸受油、流体軸受油、含油軸受油、含油プラスチックス油、ギヤ油、エンジン油、自動変速機油、その他の機械油、作動油などの基油として用いることができるだけでなく、グリースの基油としても用いることができる。また、他の合成基油に添加または併用することも可能であり、潤滑油設計の幅を広げる化合物としても好適である。その他、潤滑油用途だけでなく、例えば可塑剤、冷凍機油などに利用できる。
【0027】
式(1)及び/又は式(2)で示される化合物は、潤滑流体全量基準で50重量%以上含有されることが好ましく、80重量%以上含有されることがより好ましく、95重量%以上含有されることが最も好ましい。上限は100重量%以下、好ましくは99.9重量%以下である。
【0028】
本発明の潤滑流体には、式(1)及び/又は式(2)で示される化合物に加えて、鉱油、オレフィン重合体、アルキルベンゼン等の炭化水素系油や、ポリグリコール、ポリビニルエーテル、ケトン、ポリフェニルエーテル、シリコーン、ポリシロキサン、パーフルオロエーテル、式(1)または式(2)で示される化合物以外のエステルやエーテル等の酸素含有合成油を用いてもよい。
【0029】
本発明の潤滑流体には、基油としての式(1)及び/又は式(2)で示される化合物に加えて、実用性能を向上させるために、各種の添加剤を配合することができる。このような添加剤として、フェノール系酸化防止剤、アミン系酸化防止剤、硫黄系酸化防止剤、リン系酸化防止剤、耐加水分解性向上剤としてエポキシ化合物、また金属不活性化剤としてベンゾトリアゾール誘導体等の添加剤から1種又は2種以上をそれぞれ0.01〜5重量%配合することも効果的である。
【0030】
本発明の流体軸受は、この流体軸受用潤滑流体を用いることを特徴とする。本発明の流体軸受は、ボールベアリング等の機構を有さず、スリーブと軸とからなり、それらの間に収容された潤滑流体によって互いに直接接触することがないように間隔が保持される流体軸受であれば、機械的に特に限定されるものではない。本発明の流体軸受は、回転軸及びスリーブの何れかに又はそれらの両方に動圧発生溝が設けられ、回転軸が動圧によって支持される流体軸受、また回転軸に垂直方向に動圧を生じるようにスラストプレートが設けられている流体軸受等も含む。
【0031】
流体軸受は、非回転時には動圧が生じないためにスリーブと回転軸あるいはスリーブとスラストプレートが部分的あるいは全面接触しており、回転により動圧が生じて非接触状態となる。こうしたことから接触、非接触を繰り返し、スリーブと回転軸あるいはスリーブとスラストプレートの金属摩耗が起こったり、回転中の一時的な接触により焼き付きを起こすことがある。しかしながら、優れた省エネルギー性、耐熱性及び低温特性を有する本発明の流体軸受用動圧軸受装置を用いることによって、長期に亘り高速回転安定性及び耐久性が保持され、特に高速において優れた省エネルギー性を示す。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施例1の発明品2のガスクロマトグラフィーチャートである。
【図2】実施例1の発明品2のH−NMRチャートである。
【図3】実施例1の発明品1のガスクロマトグラフィーチャートである。
【図4】実施例1の発明品1のH−NMRチャートである。
【図5】実施例2の発明品1のH−NMRチャートである。
【図6】実施例3の発明品3のガスクロマトグラフィーチャートである。
【図7】実施例3の発明品3のH−NMRチャートである。
【図8】実施例4の発明品4のガスクロマトグラフィーチャートである。
【図9】実施例4の発明品4のH−NMRチャートである。
【図10】実施例5の発明品5の主留分のH−NMRチャートである。
【図11】実施例5の発明品5の主留分のガスクロマトグラフィーチャートである。
【図12】実施例5の発明品5の後留分のH−NMRチャートである。
【図13】実施例5の発明品5の後留分のガスクロマトグラフィーチャートである。
【図14】本発明に関わる動圧流体軸受が記録ディスク駆動用のスピンドルモーターと一体化された一例の概略断面図である。
【実施例】
【0033】
以下実施例で本発明をさらに詳しく説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定して解釈されるべきではない。
【0034】
実施例1
発明品1及び発明品2の製造
発明品1:式(1a)の化合物(2−エチルへキシルオキシカルボニルプロピルエーテル)
発明品2:式(1a)の化合物及び式(2a)の化合物[4−(2−エチルへキシルオキシ)ブタン酸−3−(2−エチルへキシルオキシカルボニル)プロピルエステル]の混合物
10リットルのガラス製反応器にガンマーブチロラクトン4670g、2−エチルへキサノール4530g、パラトルエンスルホン酸1水和物40gを仕込み、減圧調整をしつつ125〜135℃で約50時間の共沸脱水で約750gの水を分離した。引続いてダイヤフラムポンプを用いた減圧濃縮により未反応原料5870gを回収した。30℃以下に冷却後、25%KOH水溶液56gを添加し1時間の攪拌でパラトルエンスルホン酸を中和し、続いて炭酸ガスで過剰のKOHを中和した後、析出した結晶を濾過助剤を用いて濾別して濾過物2700gを得た。
この濾過物を0.1〜0.3torrで蒸留塔を用いて分留し、目的物585gを得た。この物を精留して180〜190℃/約0.1torrの留分480gを得た。更にこの留分を活性炭と活性白土で吸着精製し、ガスクロマトグラフィーによる純度99.6%の発明品2を455g得た(収率13.7%)。図−1にそのガスクロマトグラフィーチャートを示す。
ガスクロマトグラフィーでは図1の如く単一ピークであるが、プロトンNMRでは図2の如く式(1)の化合物と式(2)の化合物に由来するスペクトルが観られ、両者の混合物である事が判る。このスペクトルのピーク積分値より算出した式(1)と式(2)の化合物の存在比は凡そ3:2であった。
この混合物(発明品2)のキャノンフェンスケ粘度計による測定値は、40℃動粘度が9.786mm/secで、100℃動粘度は2.755mm/secであり、粘度指数は132であった。
更に、この発明品2を用いて以下の処理を行い、発明品1を得た。
500mlのガラス製四つ口フラスコに本発明品2を315g秤取し、これに2−エチルへキサノール80gとパラトルエンスルホン酸1水和物1.15gを添加して、128〜134℃で91時間加熱した。30℃以下に冷却後、20%KOH水溶液2.0gを添加し1時間攪拌してパラトルエンスルホン酸を中和し、続いて炭酸ガスで過剰のKOHを中和した後、析出結晶を濾別して濾過物393gを得た。この物を蒸留塔を用いて分留し、161〜189℃/約0.1torrの目的留分177gを得た。
これを精留して168〜190℃/約0.1torrの留分165gを得、この留分を活性炭と活性白土で吸着精製し、ガスクロマトグラフィーによる純度99.2%の発明品1を158g得た(回収率85.5%)。図3にそのガスクロマトグラフィーチャートを示す。
この物のプロトンNMRは図4の如く、式(2)の化合物に由来する3.3ppm及び4.1ppmのスペクトルが微小となっており、このスペクトルの3.2から4.5ppmのピーク積分比より、式(2)の化合物の残存率は1%未満と算定した。
【0035】
実施例2
発明品1の製造
実施例1と同様に、ガンマーブチロラクトン4275g、2−エチルへキサノール4226g、パラトルエンスルホン酸1水和物40gを用いて、125〜135℃で約90時間の共沸脱水を行った。引続いてダイヤフラムポンプを用いた減圧濃縮で未反応原料3685gを回収し、濃縮物4300gを得た。
この濃縮物のプロトンNMR積分値から求めた式(2)の化合物の含有量が2.3モルであったことから、3倍当量の2−エチルへキサノール900gを添加して120〜130℃?で約65時間の式(2)の化合物の除去反応を行った。引続いてダイヤフラムポンプを用いた減圧濃縮により残存原料1330gを回収した。30℃以下に冷却後、15%KOH水溶液95gを添加し1時間の攪拌でパラトルエンスルホン酸を中和し、続いて炭酸ガスで過剰のKOHを中和した後、水層を分液除去し、水洗・芒硝脱水・濾過の後、濾過物2930gを得た。この濾過物を0.1〜0.3torrで蒸留塔を用いて分留し、目的物662gを得た。この物を精留して183〜192℃/約0.1torrの留分511gを得た。更にこの留分を活性炭と活性白土で吸着精製し、ガスクロマトグラフィーによる純度99.5%の発明品1を464g得た。(収率10.5%)
この物は図5のH−NMRスペクトルの3.2から4.5ppmのピーク積分比より、式(2)の化合物の残存率は約3%と算定した。
【0036】
実施例3
発明品3(2エチルへキシル+nオクチル)の製造
2リットルのガラス製反応器に、ガンマーブチロラクトン660g、2−エチルへキサノール250g、n−オクタノール250g、パラトルエンスルホン酸1水和物2.8gを用い、下記フローの如く125〜132℃で約100時間の共沸脱水反応を行った。
【0037】
【化4】

【0038】
30℃以下に冷却後、25%KOH水溶液4.5gを添加し1時間の攪拌でパラトルエンスルホン酸を中和し、続いて炭酸ガスで過剰のKOHを中和した。引続いてダイヤフラムポンプを用いた減圧濃縮で未反応原料660gを回収し、析出した結晶を濾過助剤を用いて濾別して濾過物355gを得た。
この濾過物を蒸留塔を用いて分留し、収率約19%で167〜174℃/0.05torrの目的留分66gを得た。図6の如く、この物のガスクロマトグラフィーによる純度は約94%で、低沸点物0.9%と高沸点物4.5%を含んでいた。又、この主成分はnが2の下記6成分の混合物と考えられるが、前記の発明品2の場合と同様に、1と6、2と5、3と4が夫々重なって3本のピークと成っているものと思われる。
この物は、図7のH−NMRスペクトルの3.2から4.2ppmのピーク積分比より、式(1)と式(2)の化合物の比率が48:52の混合物と算定した。
この物の40℃動粘度は10.30mm/secであった。
【0039】
【化5】

【0040】
実施例4
発明品4:式(1b)の化合物及び式(2b)の化合物の混合物の製造
式(1b)の化合物:2−エチルへキシルオキシカルボニルペンチルエーテル
式(2b)の化合物:6−(2−エチルへキシルオキシ)ヘキサン酸−5−(2−エチルへキシルオキシカルボニル)ペンチルエステル
1リットルのガラス製反応器で、ε−カプロラクトン270gと2−エチルへキサノール330g及びパラトルエンスルホン酸1水和物0.9gを用い、125〜132℃で約3.5時間の下記フローの第一工程の反応を行った後、200℃で15時間の第二工程の反応を行った。
その後、実施例3と同様に処理と濃縮ならびに蒸留を行い、200〜210℃/120〜135Paの目的留分75gを得た。図8の如く、この物のGC純度は約90%wで、低沸物と高沸物をそれぞれ約3%ずつ含んでいた。
この物は、図9のプロトンNMRスペクトルの3.2から4.2ppmのピーク積分比より、式(1)と式(2)の化合物の比率が凡そ4:1の混合物であった。
この混合物の40℃動粘度は13.03mm/secであった。
【0041】
【化6】

【0042】
実施例5
発明品5:式(2c)の化合物の製造
式(2c)の化合物:4−(2−エチルへキシルオキシ)ブタン酸−5−(2−エチルへキシルオキシカルボニル)ペンチルエステル
1リットルのガラス製反応器を用い、ε−カプロラクトン233gと実施例1及び2で副生する4−(2−エチルへキシルオキシ)ブタン酸2−エチルへキシルエステル627g及びパラトルエンスルホン酸1水和物1.9gを用い、190〜210℃で24時間の上記フローの反応を行った。続いて重曹水洗浄と脱水の後、減圧蒸留により185〜205℃/70〜80Paの主留分160g(収率18.7%)と206〜220℃/90〜100Paの後留分106g(収率12.3%)を得た。
主留分は図10、図11のプロトンNMRとGC分析から、上記フローの目的物(n=1)を主成分(含有率75%)とする物であり、その40℃動粘度は13.77mm/secであった。
後留分は図12、図13のプロトンNMRとGC分析から、上記フローのn=2を主成分としn=3を約15%含む物である事が判った。また、この物の40℃動粘度は23.51mm/secであった。
【0043】
【化7】

【0044】
試験例1
発明品1、発明品2、発明品3 およびセバシン酸ジ2−エチルヘキシル(以下DOSと略す)を比較例1として用い、以下の試験項目を測定して物性と潤滑油としての特性を評価した。物性測定及び性能評価試験は、次の方法で行った。
1) 40℃動粘度:JIS K 2283に準じ、キャノン−フェンスケ粘度計を用いて動粘度を測定した。
2) 100℃動粘度:JIS K 2283に準じ、キャノン−フェンスケ粘度計を用いて動粘度を測定した。
3) −40℃絶対粘度:ASTM D 5133に準じ、回転式粘度計を用い絶対粘度を測定した。
4) 蒸発性試験:9mlガラス瓶に、試料2gを量りとり、120℃、Air雰囲気下で72時間後及び260時間後の蒸発量(%)を観察した。
5) 酸化防止剤としてジオクチルジフェニルアミンを使用した。
物性測定、熱安定性の評価結果を表1、表2に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
試験例2
次に、本発明の潤滑油組成物を用いる一実施形態である動圧流体軸受について説明する。図14は本発明に関わる動圧流体軸受が記録ディスク駆動用のスピンドルモーターと一体化された一例の概略断面図である。
動圧流体軸受は静止体のスリーブと回転体のシャフトに一体化されたスラスト軸受の上下でしっかりと支える構造となっている。動圧流体軸受は回転体と静止体のとの隙間に充填された本発明の潤滑流体が回転体と共に回転方向に流れると、隙間に設けられた溝が動圧上昇部分を作り、回転体が浮上する。溝はシャフトとスラスト軸受上下に設けられており、V字形で、それぞれ回転方向に対して等間隔に並んでいる。
当該動圧流体軸受は軸を浮上させて軸方向を支えるスラスト軸受と、軸の振れを抑えて径方向を支えるジャーナル軸受で構成されている。
本構造のスピンドルモーターは、効果的なメカニカルシールの作用で2万rpm超の高速回転に対しても潤滑流体の飛散が無く、安定した回転を実現する事ができる。
軸受性能の指標となるNRRO(Non−repeatable Runout:繰り返し位置決め精度)試験には分解能1nmの静電容量型非接触変位計を用い、2.5インチハードディスク周辺部の変位測定を行った結果、軸方向の変位は100nm未満の良好なものであった。
【0048】
本発明の実施例の潤滑油剤は常温領域で低粘度かつ−40℃において良好な流動性を有し、また顕著な添加剤効果を有しており、潤滑剤として有効に使用できるものであり、動圧流体軸受用潤滑流体としても有効な物であることが分かる。
更に、体積抵抗率がDOSの1/1000の10オーダーである事から、油剤自身で帯電防止能を有しており、静電気問題に敏感なハードディスクドライブ等の精密電気・電子機器用の潤滑剤として有用なものである。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の化合物および組成物は、各種潤滑油、たとえば軸受油、流体軸受油、含油軸受油、含油プラスチックス油、ギヤ油、エンジン油、自動変速機油、その他の機械油、作動油などの基油として用いることができるだけでなく、グリースの基油としても用いることができる。また、他の合成基油に添加または併用することも可能であり、潤滑油設計の幅を広げる化合物としても好適である。その他、潤滑油用途だけでなく、例えば可塑剤、冷凍機油などに利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表される化合物
OCO−A−O−A−COOR (1)
ここで、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基である。
【請求項2】
式(2)で表される化合物
−O−(A−COO−)n−R (2)
ここで、nは、1以上の整数をあらわし、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって、炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基である。
【請求項3】
式(1)で表される化合物及び/又は式(2)で表される化合物を含有する組成物
OCO−A−O−A−COOR (1)
−O−(A−COO−)n−R (2)
ここで、nは、1以上の整数をあらわし、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって、炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基である。
【請求項4】
式(1)で表される化合物及び/又は式(2)で表される化合物を含有する軸受用潤滑流体
OCO−A−O−A−COOR (1)
−O−(A−COO−)n−R (2)
ここで、nは、1以上の整数をあらわし、RおよびRは、同一又は異なって炭素数6〜10の直鎖または分岐のアルキル基であり、Aは同一又は異なって、炭素数3〜5の直鎖または分岐のアルキレン基である。
【請求項5】
流体軸受を請求項4に記載の軸受用潤滑流体を用いて潤滑することを特徴とする流体軸受の潤滑方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−56873(P2012−56873A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−200949(P2010−200949)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(000146180)株式会社MORESCO (20)
【Fターム(参考)】