説明

3相電力網の電圧信号の周波数および位相角を推定および追跡するための方法

【課題】この発明は、電圧不平衡が存在する状態で電力網内の3相電圧信号の位相角を同期させ、決定するための方法を提供する。
【解決手段】クラーク変換行列を使用して3相電圧信号をαβ基準信号へ変換し、拡張カルマンフィルタを使用して正弦波信号およびαβ基準信号の対応する直交位相信号を推定し、正相の位相角を、該位相角の前記推定された正弦波信号との関係に基づいて、決定することにより、電圧不平衡が存在する状態で電力網を同期させる3相電圧信号のパラメータを推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、一般的に電力網(パワーグリッド)に関し、特に、電力網内の3相電圧信号のパラメータの推定および追跡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
分散された発電機が商用電力網(utility power grid:ユーテリティパワーグリッド)に接続される場合、商用電力網(以下グリッドとも呼ぶ)内の同期は、制御および運転(オペレーション)のためには重要な問題である。グリッド同期の基本的任務(タスク)は、該グリッドにおける各3相電圧信号の位相角を決定することである。
【0003】
電圧不平衡が存在する状態では、不平衡な3相信号は、正、負および零のシーケンス(正、負および零相)からなるので、これ(位相角の決定)は困難になる。目的は、元の(オリジナルの)信号の代わりに正相の位相角を検知することである。最新の位相ロックループ(PLL)は、ほとんどの異常なグリッド条件の下でよく働くが、負相の存在により2倍周波数成分が導入されるので、PPLは、電圧不平衡が存在する状態では性能劣化をこうむる。
【0004】
実際には、グリッド内の周波数は、公称周波数を逸脱することがあり、それにより上記タスクを困難にする。電圧不平衡が存在する状態でグリッド信号の位相角を検出するための多数の方法が知られている。一般に使用されている方法は、対称分変換の適用によって正相を抽出することに基づく。周波数変動がある場合、パフォーマンスを改善するために、グリッド周波数を追跡することができる。
【0005】
図1は、拡張カルマンフィルタを使用して、正弦波電圧信号の周波数を推定し追跡するための従来の方法100を示す。この方法への入力110は、以下の式からなる1相電圧信号である。
【0006】
【数1】

【0007】
n番目のサンプルを観察した後に、その単一の正弦波信号の周波数130の推定値を得るために、上記入力に対して、全通過フィルターおよび拡張カルマンフィルタに基づく周波数追跡装置120が適用される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この発明の実施の形態は、電圧不平衡が存在する状態で電力網内の3相電圧信号の位相角を同期させ、決定するための方法を提供する。振幅および位相不平衡の両方が考慮される。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明に係る方法は、abc自然基準フレーム(座標系)において3相電圧信号を処理する代わりに、3相電圧信号にクラーク(Clarke)変換を適用することにより変換された静止基準座標系において正相および負相を分離する。
【0010】
その結果、正相の位相角の明示的な表現(式)が得られる。グリッド周波数を有する同位相および直角位相の正弦波信号を状態変数として選択することによって、それらの位相角および周波数を推定し追跡するために、拡張カルマンフィルタに基づく追跡方法が適用される。
【発明の効果】
【0011】
新しい拡張カルマンフィルタに基づいた同期方法が、商用電力網(ユーティリティグリッド)の位相角を追跡するために提供される。従来の方法のように、abc自然基準座標系において3相電圧信号を処理して対称分変換に頼る代わりに、この発明による方法は、変換されたαβ静止基準座標系において正相および負相を分離する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】電力網において拡張カルマンフィルタを使用して、正弦波電圧信号の周波数を推定し追跡するための従来の方法のフローチャートである。
【図2】この発明の実施の形態1による、拡張カルマンフィルタを使用して変換領域の電力網の3相電圧信号の周波数および位相角を推定し追跡するための方法のフローチャートである。
【図3】この発明の実施の形態1による、3相電圧信号をクラーク変換によりαβ基準信号へ変換するための方法のフローチャートである。
【図4】この発明の実施の形態1による、位相角および周波数を推定し追跡するために、αβ基準信号に適用された拡張カルマンフィルタの概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
実施の形態1.
図2に示されるように、この発明の実施の形態1は、拡張カルマンフィルタ220を使用して、変換領域において商用電力網(utility power grid)の3相電圧信号の周波数および位相角を推定し追跡するための方法200を提供する。
【0014】
この発明の方法への入力210は、グリッド同期の目的のために測定され利用される電力網の3相電圧信号210である。電圧不平衡が存在する状態では、加法性雑音によって悪化した離散的な3相電圧信号は、以下の式(1)として表現される。
【0015】
【数2】

【0016】
ここで、nはi=a,b,c,に対する時刻であり、Vは振幅であり、また、φは位相iの初期位相角であり、wは、
【数3】

により与えられる電力網の角周波数である。ここで、fおよびfsは、それぞれ、グリッド周波数およびサンプリング周波数であり、また、eは加法性雑音である。
【0017】
時刻nでの加法性雑音は、以下の式となる。
【0018】
【数4】

【0019】
ここで、Tは転置演算子である。その雑音は、共分散行列Qを有する、零平均のガウスランダムベクトルであると仮定される。異なる時刻での雑音ベクトルは、相互に関連しない。
【0020】
フォーテスキューの定理によれば、3相グリッド電圧信号210は、以下の式として書き直すことができる。
【0021】
【数5】

【0022】
ここで、
【数6】

は、それぞれ、以下の式(2)により定義された正相、負相および零相を表わす。
【0023】
【数7】

【0024】
ここで、i=p、n、0に対するVおよびθ(n)はそれぞれ、各相の振幅および位相角である。
【0025】
この発明の実施の形態1によれば、位相角
【数8】

の推定値230は、次の工程(ステップ)によって得られる。
(a) クラーク変換行列215を使用して、3相電圧信号210をαβ基準信号216へ変換する。
(b) 拡張カルマンフィルタ220を使用して、正弦波信号およびαβ基準信号の対応する直交位相信号を推定する。
(c) 正相の位相角と推定された正弦波信号との関係に基づいて該正相の位相角を決定230する。
【0026】
クラーク変換
図3に示されるように、式(1)にクラーク変換215を適用した後に、この発明においては、最初に以下の式(3)に表わされるように、αβ基準フレーム信号216内の対応する信号を得る。
【0027】
【数9】

【0028】
ここで、
【数10】

は、クラーク変換行列である。
【0029】
そして、結果として生じるαβ基準フレーム信号は以下の式(4)によって表わすことができる。
【0030】
【数11】

【0031】
雑音ベクトル
【数12】

の共分散は、以下の式のように表される。
【0032】
【数13】

【0033】
クラーク変換を適用する利点は、零相がキャンセルされることで、明らかであり、また、未知の局外母数(攪乱パラメータ:nuisance parameters)の数は、2つだけ低減される。式(4)の中の未知パラメータの数は低減されるが、式(4)はまだ2つの正弦波信号を含んでおり、未知パラメータに関して非常に非線形であるので、式(4)を解くのはまだ難しい。
【0034】
θ(n)およびθ(n)が同一の周波数を有しているという事実に基づいて、式(4)は、以下の式(5)のように書き直すことができる。
【0035】
【数14】

【0036】
αβ領域の各位相が雑音により悪化した唯一の正弦波信号を含むことが、式(5)から理解され得る。問題は、単一トーンの正弦波信号のパラメータを推定することになる。
【0037】
i=α、βに対するパラメータ
【数15】


【数16】

から得られた後、位相角の推定値
【数17】

は、式(5)で与えられた関係に基づいて決定することができる。
【0038】
拡張カルマンフィルタに基づく追跡
図4に示されるように、αβ基準フレーム信号216は、拡張カルマンフィルタ220へ入力される。
【0039】
式(5)に明示されるように、αβ領域216の不平衡な信号は、未知の振幅、初期位相および緩やかに時間的に変化する周波数を有する2つの正弦波信号として扱うことができる。したがって、この発明においては、5つの状態変数を定義するが、それらには、各正弦波の同位相および直交位相の信号が含まれており、また、最後の変数は、以下の式(6)に与えられるような周波数である。
【0040】
【数18】

【0041】
その結果、状態式400は、以下の式(7)のようにモデル化することができる。
【0042】
【数19】

【0043】
ここで、パラメータεは、周波数のゆっくり時間的に変化する特性をモデル化し、また、e(n)は、零平均および分散(variance)qを有するガウス分布したランダム(確率)変数としてモデル化される。状態変数の定義によれば、式(5)からの観測信号216は、以下の式(8)による状態変数に関係する。
【0044】
【数20】

【0045】
ベクトル形式では、この発明においては、以下の式(9)を得る。
【0046】
【数21】

【0047】
ここで、各ベクトルは、以下の通りである。
【0048】
【数22】

【0049】
測定ベクトルy(n)に基づいて、状態x(n)を推定する完全な組(全て)の式は、以下の通りである。
(a)図4内の状態式400のような、以下の式(10)。
【0050】
【数23】

【0051】
(b)以下の式(11)のような、リッカーティ方程式420。
【0052】
【数24】

【0053】
(c)以下の式(12)からなる振幅決定430。
【0054】
【数25】

【0055】
ここで、K(n)は重み行列であり、M(n+1)は予測平均二乗偏差行列である。
【0056】
タンジェント(接線)モデル決定410は、以下の(式)のように実行される。
【0057】
【数26】

【0058】
ここで、各ベクトルは、以下の通りである。
【0059】
【数27】

【0060】
さらに、Aは、最右下段要素が1である以外は、零要素である5×5行列である。
【0061】
位相角および周波数の推定(図4の440)
各時刻nでのx(n)の推定値
【0062】
【数28】

が得られた後、その推定値は、式(5)による正相成分の初期位相角(以下の式(13))および振幅(以下の式(14))を決定するために使用される。
【0063】
【数29】

【0064】
ここで、以下の式(15)の通りである。
【0065】
【数30】

【0066】
正相成分の位相角は、以下の式(16)として得られる。
【0067】
【数31】

【0068】
副産物として、負相成分の初期位相角および振幅は、以下の式(17)および式(18)により与えられる。
【0069】
【数32】

【0070】
したがって、負相成分の位相角は、以下の式(19)により与えられる。
【0071】
【数33】

【0072】
正相成分の位相角を決定する代替手法は、以下の式(20)に基づいている。
【0073】
【数34】

【0074】
このことは、ノイズが存在しない場合、式(5)から証明することができる。また、式(7)に定義された状態変数に注目すべきである。したがって、正相成分の位相角の推定値は、状態変数推定値
【数35】

に基づいて、以下の式(21)および式(22)として得られる。
【0075】
【数36】

【0076】
計算ユニットZ440は、推定値
【数37】

を含む、パラメータ230の推定値を返す。
【0077】
この発明は、電圧不平衡が存在する状態で電力網の3相電圧信号の位相角を同期させ決定する方法を提供する。振幅および位相の不平衡の両方が考慮される。
【0078】
新しい拡張カルマンフィルタに基づいた同期方法が、商用電力網(ユーティリティグリッド)の位相角を追跡するために提供される。従来の方法のように、abc自然基準座標系において3相電圧信号を処理して対称分変換に頼る代わりに、この発明による方法は、変換されたαβ静止基準座標系において正相および負相を分離する。
【0079】
拡張カルマンフィルタは、αβ領域において得られた表現(式)に基づいて、未知の周波数を有する同位相および直角位相の正弦波信号を追跡する。
【0080】
それから、正相の位相角の推定値が得られる。副産物として、負相の位相角およびグリッド周波数の推定値も決定される。3相システムに対する従来の方式と比較して、この発明の方法は、より簡単な構造を有する。
【0081】
この発明は、好適な実施の形態を例として記述されたが、この発明の精神および範囲内で、様々な他の修正および変更を行うことができることが理解されるべきである。したがって、この発明の真実の趣旨および範囲内に入るような、全ての変更例および変形例をカバーすることが、添付の特許請求の範囲の目的である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電圧不平衡が存在する状態で電力網を同期させるために3相電圧信号のパラメータを推定するための方法であって、
クラーク変換行列を使用して前記3相電圧信号をαβ基準信号へ変換する工程と、
拡張カルマンフィルタを使用して正弦波信号および前記αβ基準信号の対応する直交位相信号を推定する工程と、
正相の位相角を、該位相角の前記推定された正弦波信号との関係に基づいて、決定する工程と、
を含む方法。
【請求項2】
前記3相電圧信号は、以下の式で表され、
【数1】

ここで、nはi=a,b,c,に対する時刻であり、Vは振幅であり、また、φは位相iの初期位相角であり、wは
【数2】

により与えられる前記電力網の角周波数であり、ここで、fおよびfは、それぞれ、グリッド周波数およびサンプリング周波数であり、また、eは加法性雑音であり、ここで、時刻nの前記加法性雑音は、以下の式により表され、
【数3】

ここで、Tは転置演算子である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記3相グリッド電圧信号は、以下の式により表わされ、
【数4】

ここで、
【数5】

は、それぞれ前記正相、負相および零相を表わす、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
αβ基準フレーム信号は、最初に、以下の式により表わされ、
【数6】

ここで、
【数7】

は前記クラーク変換行列であり、また、前記αβ基準信号は、以下の式により表わされる、請求項3に記載の方法。
【数8】

【請求項5】
前記拡張カルマンフィルタは、
前記正弦波信号および対応する直交位相信号に対する状態式を決定する工程と、
前記状態式に基づいてタンジェントモデルを決定する工程と、
前記タンジェントモデルにリッカーティ方程式を適用する工程と、
前記正弦波信号および対応する直交位相信号の振幅を決定する工程と、
をさらに含む、請求項4に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−130238(P2012−130238A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−257676(P2011−257676)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【出願人】(597067574)ミツビシ・エレクトリック・リサーチ・ラボラトリーズ・インコーポレイテッド (484)
【住所又は居所原語表記】201 BROADWAY, CAMBRIDGE, MASSACHUSETTS 02139, U.S.A.
【Fターム(参考)】