説明

5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法

【課題】従来技術の有する欠点を改良した、選択性良く、且つ高収率に製造することのできる、3位に電子吸引性基を有する5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法の提供。
【解決手段】β−ケトエステル化合物と、アルキルヒドラジンを、酸性条件下で反応させることを特徴とする、一般式(3)


(式中、Rは電子吸引性基を示す。Rは炭素原子数1〜6のアルキル基を示す。)で表される5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬及び農薬の製造中間体として有用な3位に電子吸引性基を有する5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
これまでに、3位に電子吸引性基を有する5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法として、例えば4,4,4−トリフルオロアセト酢酸エチルとメチルヒドラジンを反応させることにより、3位に電子吸引性基であるトリフルオロメチル基を有する5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾールを製造する方法が報告されている(特許文献1、2、非特許文献1、2参照)。しかし、これらの方法では、得られる生成物が、5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾール(5−ヒドロキシ体)と、この化合物の位置異性体である3−ヒドロキシ−1−メチル−5−トリフルオロメチルピラゾール(3−ヒドロキシ体)との混合物となってしまい、5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾール(5−ヒドロキシ体)の選択性が低く、しかも、目的外の位置異性体である3−ヒドロキシ−1−メチル−5−トリフルオロメチルピラゾール(3−ヒドロキシ体)の分離が困難であって、結果として、目的とする5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾール(5−ヒドロキシ体)の収率も著しく低下するという問題があった。
【0003】
【特許文献1】特開平10−287654号公報
【特許文献2】特開2001−354659号公報
【非特許文献1】ジャーナル オブ アメリカン ケミカル ソサイティ(Juornal of American Chemical Society)、第81巻、6292−6295頁、(1959年)
【非特許文献2】ジャーナル オブ ヘテロサイクリック ケミストリー(Juornal of Heterocyclic Chemistry)、第27巻、243−245頁、(1990年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾールに代表される3位に電子吸引性基を有する5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を、選択性良く、且つ高収率で製造することのできる、上記の従来技術の有する欠点を改良した、3位に電子吸引性基を有する5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法を提供することを課題としてなされた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記のような状況に鑑み、本発明者は、5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を製造する方法について鋭意研究を重ねた結果、電子吸引性基を有するβ−ケトエステル化合物とアルキルヒドラジンを反応させるにあたり、反応を酸性条件下で実施することにより、副生物である3−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾールの生成を抑制でき、目的物である5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を選択性良く、且つ高収率で製造することができることを見出し、この知見に基づき本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、上記の課題の解決手段として、下記〔1〕〜〔16〕項に記載の各製造方法を提供する。
【0007】
〔1〕一般式(1)
【0008】
【化1】

(式中、Rは炭素原子数1〜6のアルキル基を示し、Rは電子吸引性基を示す。)
で表されるβ−ケトエステル化合物と、一般式(2)
【0009】
【化2】

(式中、Rは炭素原子数1〜6のアルキル基を示す。)
で表されるアルキルヒドラジンを、酸性条件下で反応させることを特徴とする、一般式(3)
【0010】
【化3】

(式中、R及びRはそれぞれ前記と同じ意味を示す。)
で表される5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0011】
〔2〕前記酸性条件が、pH2〜6.5の酸性条件である、前記〔1〕項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0012】
〔3〕前記酸性条件が、カルボン酸化合物又はpH緩衝剤の共存する酸性条件である、前記〔1〕項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0013】
〔4〕前記カルボン酸化合物が脂肪族カルボン酸である、前記〔3〕項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0014】
〔5〕前記カルボン酸化合物が飽和脂肪族カルボン酸である、前記〔3〕項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0015】
〔6〕前記カルボン酸化合物が一価の飽和脂肪族カルボン酸である、前記〔3〕項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0016】
〔7〕前記カルボン酸化合物が酢酸又は蟻酸である、前記〔3〕項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0017】
〔8〕前記一般式(1)において、Rがメチル基又はエチル基である、前記〔1〕〜〔7〕項のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0018】
〔9〕前記一般式(1)及び(3)において、Rがトリハロゲノメチル基である、前記〔1〕〜〔7〕項のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0019】
〔10〕前記一般式(2)及び(3)において、Rがメチル基又はエチル基である、前記〔1〕〜〔7〕項のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0020】
〔11〕前記一般式(1)及び(3)において、Rがメチル基又はエチル基であり、Rがトリハロゲノメチル基である、前記〔1〕〜〔7〕項のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0021】
〔12〕前記一般式(1)〜(3)において、Rがメチル基又はエチル基であり、Rがメチル又はエチル基である、前記〔1〕〜〔7〕項のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0022】
〔13〕前記一般式(1)〜(3)において、Rがトリハロゲノメチル基であり、Rがメチル基又はエチル基である、前記〔1〕〜〔7〕項のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0023】
〔14〕前記一般式(1)〜(3)において、Rがメチル基又はエチル基であり、Rがトリハロゲノメチル基であり、R3がメチル又はエチル基である、前記〔1〕〜〔7〕項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0024】
〔15〕前記一般式(1)〜(3)において、Rがメチル基又はエチル基であり、Rがトリフルオロメチル基であり、Rがメチル又はエチル基である、前記〔1〕〜〔7〕項のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【0025】
〔16〕前記一般式(1)〜(3)において、Rがエチル基であり、Rがトリフルオロメチル基であり、Rがメチルである、前記〔1〕〜〔7〕項のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明方法により、3位に電子吸引性基を有する5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を選択性良く、且つ高収率で、簡便に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0028】
本発明の製造目的物である5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体は、下記一般式4で表されるように、互変異性体が存在しうるものである。本発明における5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体とは、これら互変異性体のいずれの構造の化合物も包含するものであるが、本明細書においては、本発明における5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の構造の表現は前記一般式(3)の構造式で代表させて記載するものとする。
【0029】
【化10】

【0030】
(式中、R及びRはそれぞれ前記と同じ意味を示す。)
【0031】
本発明は、一般式(1)で表されるβ−ケトエステル化合物と一般式(2)で表されるアルキルヒドラジンを、酸性条件下、好ましくはpH2〜6.5、更に好ましくはpH3.0〜5.5で反応させ、一般式(3)で表される5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を選択性良く、且つ高収率で、簡便に製造する方法に関するものである。
【0032】
まず、本発明方法の原料として用いる、一般式(1)で表される原料化合物について説明する。
【0033】
一般式(1)で表されるβ−ケトエステル化合物中の置換基Rは、炭素原子数1〜6の直鎖又は分岐アルキル基を表す。この炭素原子数1〜6の直鎖又は分岐アルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、n−ヘキシル基、イソヘキシル基、又は3,3−ジメチルブチル基等を挙げることが出来る。
【0034】
一般式(1)で表されるβ−ケトエステル化合物中の置換基Rは、好ましくは炭素原子数1〜6の直鎖アルキル基であり、中でもメチル基又はエチル基が特に好ましい。
【0035】
一般式(1)で表されるβ−ケトエステル化合物中の置換基Rは、電子吸引性基を示し、この電子吸引性基としては、例えば、フルオロメチル基、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基等の、炭素原子数1〜6の直鎖又は分岐ハロゲノアルキル基;カルボキシル基;メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基等の、炭素原子数1〜6の直鎖又は分岐アルコキシカルボニル基;メチルカルボニル基、エチルカルボニル基等の、炭素原子数1〜6の直鎖又は分岐アルキルカルボニル基;ニトロ基;シアノ基;ホルミル基等を挙げることができるが、好ましくはトリハロゲノアルキル基であり、中でもトリフルオロメチル基が特に好ましい。
【0036】
一般式(1)で表されるβ−ケトエステル化合物としては、例えば4,4,4−トリフルオロアセト酢酸エチルに代表されるトリハロゲノアセト酢酸エステル等の市販のβ−ケトエステル化合物が使用可能である。また、この一般式(1)で表されるβ−ケトエステル化合物は、例えばトリフルオロ酢酸エチルに代表される、電子吸引性基を有する酢酸エステル化合物と酢酸エステル化合物とをクライゼン縮合等の公知の方法で反応させることにより、合成して使用することもでき、この場合、生成物は下記一般式(5)に表されるように一般式(1)で表されるβ−ケトエステル化合物、3,3−ジヒドロキシブタン酸エステル類及び3−アルコキシ−3−ヒドロキシブタン酸エステル類からなる平衡混合物として得られることがあるが、本発明においては、この平衡混合物も一般式(1)で表されるβ−ケトエステル類と同様にそのまま本発明の製造方法の反応に使用可能である。
【0037】
【化11】

(式中、R及びRはそれぞれ前記と同じ意味を示し、R4は例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基等の、炭素原子数1〜6の直鎖又は分岐アルキル基を示す。)
【0038】
一般式(1)で表されるβ−ケトエステル化合物としては、例えば、4,4,4−トリフルオロアセト酢酸エチル、4,4,4−トリクロロアセト酢酸エチル等の、炭素原子数1〜6の直鎖又は分岐ハロゲノアルキル−3−オキソプロピオン酸エステル;2−オキソコハク酸4−エチル(オキザロ酢酸4−エチル)等の、2−オキソコハク酸4−アルキルエステル(オキザロ酢酸4−アルキルエステル);2−オキソコハク酸ジエチル等の、2−オキソコハク酸ジエステル;3,4−ジオキソヘキサン酸エチル等の、炭素原子数1〜6の直鎖又は分岐の4−アルキル−3,4−ジオキソ酪酸エステル;3−ニトロ−3−オキソプロピオン酸エチル等の、3−ニトロ−3−オキソプロピオン酸エステル;3−シアノ−3−オキソプロピオン酸エチル等の、3−シアノ−3−オキソプロピオン酸エステル;3−ホルミル−3−オキソプロピオン酸エチル等の、3−ホルミル−3−オキソプロピオン酸エステル等を挙げることができる。
【0039】
本発明の製造方法に用いうる一般式(2)で表されるアルキルヒドラジンの置換基Rは、炭素原子数1〜6の直鎖又は分岐アルキル基、具体的には例えばメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、又はn−ヘキシル基等であればよく、好ましくは炭素原子数1〜6の直鎖アルキル基であり、特に好ましくはメチル基又はエチル基である。
【0040】
本発明の製造方法に用いうる一般式(2)で表されるアルキルヒドラジンとしては、例えばメチルヒドラジン、エチルヒドラジン等の単体のアルキルヒドラジンを挙げることができるばかりでなく、例えば硫酸メチルヒドラジニウム、硫酸エチルヒドラジニウム等に代表される、アルキルヒドラジンの酸による塩(ヒドラジニウム塩);メチルヒドラジン水溶液に代表される、アルキルヒドラジン水溶液等も使用することができ、作業性の点からはアルキルヒドラジン水溶液を用いて行うのが好ましい。アルキルヒドラジン水溶液を用いて行う場合の該水溶液のアルキルヒドラジンの濃度としては、取り扱いの観点から1重量%〜50重量%、好ましくは30重量%〜50重量%の範囲であれば良い。アルキルヒドラジンの使用量は、原料化合物である一般式(1)のβ−ケトエステル化合物(前述のごとき、β−ケトエステル化合物、3,3−ジヒドロキシブタン酸エステル類及び3−アルコキシ−3−ヒドロキシブタン酸エステル類の平衡混合物を用いる場合には、それら成分化合物の量を合算した物質量)1モルに対し、通常1.0モル〜10モル、好ましくは1.0モル〜2.0モルの範囲を例示できる。
【0041】
本発明の製造方法における反応は、酸性条件下、好ましくはpH2〜6.5、更に好ましくはpH3.0〜5.5で行う。反応をこのような酸性条件下で行うための手法としては、反応系にカルボン酸化合物、pH緩衝剤、強酸の希薄溶液等を共存させることにより行うことができる。好ましくは、カルボン酸化合物又はpH緩衝剤を用いる手法であり、カルボン酸化合物を用いる手法が最も簡便であり特に好ましいものとして挙げることができる。
【0042】
本発明の製造方法において、この目的のために用いうるカルボン酸化合物としては、例えば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸等の一価の飽和脂肪族カルボン酸;クロトン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸等の一価の不飽和脂肪族カルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、フマル酸等の多価カルボン酸;クロロ酢酸、フルオロ酢酸、トリフルオロ酢酸等のハロゲン化脂肪族カルボン酸;乳酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸等のヒドロキシ置換カルボン酸等の脂肪族カルボン酸;安息香酸、フタル酸、サリチル酸、2−ナフトエ酸、ニコチン酸等の芳香族カルボン酸等を例示することができる。入手の容易さ、価格及び分離精製の点から、脂肪族カルボン酸、好ましくは飽和脂肪族カルボン酸、更に好ましくは一価の飽和脂肪族カルボン酸、特に好ましくはギ酸、酢酸を用いるのが良い。
【0043】
該カルボン酸化合物の使用量は、カルボン酸化合物分子中のカルボキシル基の価数に依存するので一概には言えないが、カルボン酸化合物の持つカルボキシル基が、アルキルヒドラジンに対して1当量以上であればよい。すなわちn価のカルボン酸化合物の使用量は、アルキルヒドラジンに対して1/n当量以上であればよいが、好ましくは、1/n当量〜10/n当量であればよい。
【0044】
また、本発明において用いうるpH緩衝剤としては、反応液のpHを、好ましくはpH2〜6.5、更に好ましくはpH3.0〜5.5の範囲に保つようなpH緩衝作用を有するものであればよい。例えば、(リン酸/水酸化ナトリウム)、(塩酸/酢酸ナトリウム)、(塩酸/塩化カリウム)、(塩酸/グリシン)、(塩酸/第二クエン酸ナトリウム)、(酒石酸/酒石酸ナトリウム)、(クエン酸/第一クエン酸カリウム)、(塩酸/第一クエン酸カリウム)、(クエン酸/第二リン酸ナトリウム)、(乳酸/乳酸ナトリウム)、(塩酸/ベロナールナトリウム/酢酸ナトリウム)、(コハク酸/ホウ砂)、(酢酸/酢酸ナトリウム)、(第一クエン酸カリウム/水酸化ナトリウム)、(第一クエン酸カリウム/ホウ砂)、(フタル酸水素カリウム/水酸化ナトリウム)、(第二クエン酸ナトリウム/水酸化ナトリウム)、(第一リン酸カリウム/第二リン酸ナトリウム)、(第一リン酸カリウム/ホウ砂)等の、公知のpH緩衝剤からなるpH緩衝液(水溶液)を用いて、本発明の反応液を上記pH範囲に維持することができる。
【0045】
これらのpH緩衝液の各成分の濃度は必要なpHが得られる濃度なら、いかなる濃度であっても差し支えない。
【0046】
これらのpH緩衝剤の使用量は、組み合わせをなす化合物群のうち最も物質量の大きいものがアルキルヒドラジンに対して1当量以上であればよい。
【0047】
強酸の希薄溶液としては、例えば塩酸、硫酸等の無機強酸やメタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸に代表される有機スルホン酸等を例示することができ、これらの0.00001〜0.1N水溶液を適量添加することによりpHを上記範囲に保つことができる。
【0048】
本発明の製造方法における反応は、無溶媒でも充分行うことができるが、溶媒を用いて行うこともできる。当反応に用いうる溶媒としては、反応を阻害しないものであれば良く、例えば、水;メタノール、エタノール等の脂肪族アルコール;トルエン、キシレン、クロロベンゼン等の芳香族炭化水素類;ジクロロメタン、クロロホルム等のハロゲン化脂肪族炭化水素類;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒類;ペンタン、n−ヘキサン等の脂肪族炭化水素類等が挙げられる。また、ギ酸、酢酸、プロピオン酸等に代表される前述のカルボン酸化合物を大過剰量用いることにより、溶媒を兼ねさせることも可能である。該溶媒は単独で、又は任意の混合割合の混合溶媒として用いることができる。
【0049】
本発明の製造方法における反応に溶媒を使用する場合、その溶媒の使用量は、反応系の攪拌が充分にできる量であれば良いが、原料化合物である一般式(1)のβ−ケトエステル化合物(前述の、β−ケトエステル化合物、3,3−ジヒドロキシブタン酸エステル類及び3−アルコキシ−3−ヒドロキシブタン酸エステル類の平衡混合物を用いる場合には、それら成分化合物の量を合算した物質量)1モルに対して、通常0.05〜10L(リットル)、好ましくは0.05〜2Lの範囲であれば良い。
【0050】
本発明の製造方法における反応は、反応温度60℃〜100℃で進行するが、アルキルヒドラジンを添加する際に激しい発熱を伴うため、好ましくは、段階的に反応温度を上げていくのが良く、例えば、まず低温、例えば0℃〜50℃の範囲でアルキルヒドラジンの添加を行い、その後、反応の温度を例えば60℃〜100℃に上げる等の手法をとることにより、目的の環化反応を円滑かつ安全に進行させることができる。当反応に、ここに例示の反応温度の範囲よりも、自体の沸点(還流温度)の方が低い溶媒を使用している場合は、反応と同時に溶媒を留去して、ここに例示の反応温度範囲になるようにして反応を行う手法を採用することが好ましい。
【0051】
本発明の製造方法における反応の反応時間は、特に制限されないが、副生物抑制の観点等から、好ましくは1時間〜20時間がよい。
【0052】
本発明の製造方法における反応の終了後は、反応液を例えば室温まで冷却することにより、目的の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の結晶が析出することもあるので、その様な場合には、析出した結晶をそのまま濾過して5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を取り出すことができる。また、当反応終了後の反応液に適当な有機溶媒を加えて生成物を溶解して5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を抽出し、抽出溶液として得ることもできる。さらに、反応液に水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物に代表される塩基を加えることにより、5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を塩基との塩の形で水溶液として得ることもでき、また、さらに該水溶液に塩酸、硫酸等の無機酸に代表される酸を加えることにより、5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体を酸析し結晶として得ることもできる。
【0053】
本発明の製造方法における反応によれば、簡便な方法で、位置異性体であって目的外の副生物である3−ヒドロキシ−1−メチルピラゾール誘導体の生成を抑制し、高選択的に、高収率で一般式(3)で表される5−ヒドロキシ−1−メチルピラゾール誘導体を製造できる。得られる一般式(3)で表される5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾールは、医農薬等の中間原料として有用な化合物である。
【実施例】
【0054】
次に、実施例を挙げて本発明の製造方法を具体的に説明するが、本発明は、これら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾールの合成
撹拌機、還流冷却器、温度計を備えた100mLの四つ口フラスコに、4,4,4−トリフルオロアセト酢酸エチル18.4g(0.10mol)と酢酸6.6g(0.11mol)を加え冷却し、6℃にて35%メチルヒドラジン水溶液14.5g(0.11mol)を0.3時間かけて滴下した。滴下終了時の反応系のpHは6.50であった。1時間後15℃から80℃に昇温し80℃で3時間撹拌を続け熟成した。〔(5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾール:3−ヒドロキシ−1−メチル−5−トリフルオロメチルピラゾールの生成比=93.7:6.3(HPLC面積比)、熟成終了時の反応系のpHは3.92であった。〕冷却して、析出した結晶を濾過で取り出し、温風乾燥機で乾燥することで表題化合物14.6g(純度95.4%,純分収率83.9%)を淡黄色結晶として得た。得られた結晶は、エタノール/水混合溶媒から再結晶でき、白色結晶として得た。
1H−NMR値(300MHz,DMSO−d6):σ=11.80(br.s,1H,OH)5.75(s,1H,C=CH),3.71(s,3H,NCH3)ppm
融点:132℃(昇華)
【0056】
以下の実施例2〜5においては、実施例1で得られた化合物を標品として用いた絶対検量線分析法で収率を算出した。
【0057】
(実施例2)
5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾールの収率確認
撹拌機、還流冷却器、温度計を備えた100mLの四つ口フラスコに、4,4,4−トリフルオロアセト酢酸エチル9.2g(50mmol)と88%ギ酸2.9g(55mmol)を加え冷却し、3℃にて35%メチルヒドラジン水溶液7.2g(55mmol)を0.7時間かけて滴下した。滴下終了時の反応系のpHは5.30であった。1時間後14℃から80℃に昇温し80℃で6.4時間撹拌を続け熟成した。〔(5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾール:3−ヒドロキシ−1−メチル−5−トリフルオロメチルピラゾールの生成比=98.8:1.2(HPLC面積比)、熟成終了時の反応系のpHは1.97であった。〕冷却して4−メチル−2−ペンタノン(MIBK)55mL、水20mLを加え、分液することで5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾール−MIBK溶液を得た。溶液をサンプリングして、液体クロマトグラフィーを用いた絶対検量線分析法にて反応収率を算出した結果、収率は81.6%であった(4,4,4−トリフルオロアセト酢酸エチル基準)。
【0058】
(実施例3〜7)及び(比較例1)
カルボン酸化合物の種類又はpH緩衝剤の種類、及びメチルヒドラジンに対するカルボン酸化合物の量(当量)又はpH緩衝剤の量(当量)を変化させた以外は、実施例2と同様の操作にて反応を行った。結果を(表1)に纏めた。なお、(表1)で「当量」はメチルヒドラジンに対する各カルボン酸化合物の物質量を、「pH(前)」は反応の開始時(熟成前)の反応系のpH値を、「pH(後)」は熟成終了時の反応系のpH値をそれぞれ表す。
【0059】
【表1】

【0060】
(実施例8)
トリフルオロ酢酸エチルから5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾールの合成
撹拌機、還流冷却器、温度計を備えた300mLの四つ口フラスコに、水素化ナトリウム(含量60%の鉱油分散体)6.6g(0.165mol)とトルエン37.5mL加え、撹拌しながら26℃〜60℃にてエタノール7.6g(0.165mol)を0.5時間かけて滴下した。53℃でトリフルオロ酢酸エチル21.3g(0.150mol)を加え、60℃で酢酸エチル19.8g(0.225mol)を4.3時間かけて滴下した。60℃にて7.6時間撹拌を続け熟成した。27℃に冷却して水33mLを加え、20℃〜23℃で35%塩酸を使用してpH14.4からpH6.2にpH調整した。こうして得られた粗4,4,4−トリフルオロアセト酢酸エチルは4,4,4−トリフルオロ−3,3−ジヒドロキシブチル酸エチルおよび3−アルコキシ−4,4,4−トリフルオロ−3−ヒドロキシブチル酸エチルからなる平衡混合物であったが、単離しないまま次の反応に進めた。
【0061】
前述の反応液に対し、23℃で酢酸18.0g(0.300mol)を加え、11℃から13℃で35%メチルヒドラジン水溶液19.7g(0.300mol)を0.3時間かけて滴下した。滴下終了時の反応系のpHは6.29であった。その後昇温し80℃にて8時間撹拌を続け熟成した。〔(5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾール:3−ヒドロキシ−1−メチル−5−トリフルオロメチルピラゾールの生成比=97.4:2.6(HPLC面積比)、熟成終了時の反応系のpHは3.80であった。〕冷却して水90mLを加え、26℃〜36℃で25%水酸化ナトリウムを使用してpH3.9からpH11.5にpH調整した。有機層を分離し、得られた水層に対して、26℃〜31℃で35%塩酸を使用してpH10.7からpH4.3にpH調整した。析出した結晶を6℃で濾過、乾燥し、5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾールを15.6g得た〔純度99.0%、収率62.0%(トリフルオロ酢酸エチル基準)〕。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明方法により、5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾールを選択的に高収率で得る工業的製造法が提供される。本発明方法によれば、特殊な反応装置あるいは高価な触媒もしくは遷移金属を用いることなく、穏やかな条件下で目的とする5−ヒドロキシ−1−メチル−3−トリフルオロメチルピラゾールを高選択的に、しかも簡便な操作で製造できる上、目的物が高選択的に生成するがゆえに、副生する位置異性体との分離を必要とせず、通常の反応後処理をするのみで目的物を、高純度、高収率で得られる為、工業的な利用価値が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

(式中、Rは炭素原子数1〜6のアルキル基を示し、Rは電子吸引性基を示す。)
で表されるβ−ケトエステル化合物と、一般式(2)
【化2】

(式中、Rは炭素原子数1〜6のアルキル基を示す。)
で表されるアルキルヒドラジンを、酸性条件下で反応させることを特徴とする、一般式(3)
【化3】

(式中、R及びRはそれぞれ前記と同じ意味を示す。)
で表される5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項2】
前記酸性条件が、pH2〜6.5の酸性条件である、請求項1に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項3】
前記酸性条件が、カルボン酸化合物又はpH緩衝剤の共存する酸性条件である、請求項1に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項4】
前記カルボン酸化合物が脂肪族カルボン酸である、請求項3に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項5】
前記カルボン酸化合物が飽和脂肪族カルボン酸である、請求項3に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項6】
前記カルボン酸化合物が一価の飽和脂肪族カルボン酸である、請求項3に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項7】
前記カルボン酸化合物が酢酸又は蟻酸である、請求項3に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項8】
前記一般式(1)において、Rがメチル基又はエチル基である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項9】
前記一般式(1)及び(3)において、Rがトリハロゲノメチル基である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項10】
前記一般式(2)及び(3)において、Rがメチル基又はエチル基である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項11】
前記一般式(1)及び(3)において、Rがメチル基又はエチル基であり、Rがトリハロゲノメチル基である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項12】
前記一般式(1)〜(3)において、Rがメチル基又はエチル基であり、Rがメチル又はエチル基である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項13】
前記一般式(1)〜(3)において、Rがトリハロゲノメチル基であり、Rがメチル基又はエチル基である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項14】
前記一般式(1)〜(3)において、Rがメチル基又はエチル基であり、Rがトリハロゲノメチル基であり、R3がメチル又はエチル基である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項15】
前記一般式(1)〜(3)において、Rがメチル基又はエチル基であり、Rがトリフルオロメチル基であり、Rがメチル又はエチル基である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。
【請求項16】
前記一般式(1)〜(3)において、Rがエチル基であり、Rがトリフルオロメチル基であり、Rがメチルである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の5−ヒドロキシ−1−アルキルピラゾール誘導体の製造方法。

【公開番号】特開2007−31342(P2007−31342A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−217098(P2005−217098)
【出願日】平成17年7月27日(2005.7.27)
【出願人】(000102049)イハラケミカル工業株式会社 (48)