説明

AMPK活性低下マウス及びその使用方法

【課題】 肥満に対して予防又は治療に有用な物質をスクリーニングすることができるAMPK α1及びα2機能低下マウスを作製し、そのマウスを用いて運動療法が無効な肥満の予防・治療に有用な物質のスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】AMPK α1及びα2の機能を低下させた変異マウスを作製する。そして、例えば、AMPKの活性を低下させたマウスに対し、スクリーニング対象物質を投与する一方、正常マウスの脂肪量は減少するが、前記マウスの脂肪量は正常マウスに比べ有意に減少しない量の負荷を与える運動をさせ、前記物質を投与しない場合の前記マウスと比較し、脂肪量が有意に減少するかどうか調べる。この方法により、運動療法が無効な肥満に対して予防又は治療に有用な物質をスクリーニングすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AMPK活性低下マウス及びその使用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
AMPK(AMP-activated protein kinase)は、蛋白質リン酸化酵素であり、鍵となる調節酵素をリン酸化することによってグルコースや脂質の代謝を制御している(例えば、非特許文献1参照)。特に、骨格筋に存在するAMPKは、運動によって細胞内のAMP/ATP比が上昇する条件下で活性化され、骨格筋細胞内へのグルコースの取り込みを増加させてグルコースの代謝を促進する一方、骨格筋細胞内のミトコンドリアへのアシルCoAの流入を増加させて脂質の代謝を促進する(例えば、非特許文献2〜4参照)。
【0003】
AMPKは、α、β、γの各サブユニットからなる三量体である。そのうち、AMPKαは、個体内に、AMPKα1とAMPKα2のサブタイプがあり、両者とも、同じβ、γの各サブユニットと複合体を作る。
【0004】
近年、AMPKの生理的役割を調べるために、AMPKα2の機能を欠損したマウスが作製された。このマウスは、高脂肪食を摂取すると、脂肪組織の肥大に起因する肥満になる(例えば、非特許文献1参照)。しかし、この肥満が、どのような性状のものかは明らかになっていない。しかも、このマウスではAMPKα1の発現は残っており、実際にAMPKα1が含まれるAMPKとAMPKα2が含まれるAMPKの両方の機能を阻害したときの表現型は全く予測できない。
【非特許文献1】Josep A. Villena, Benoit Viollet, Fabrizzio Andrelli, Axel Kahn, Sophie Vaulont, and Hei Sook Sul. Induced adiposity and adipocyte hypertrophy in mice lacking the AMP-activated protein kinase-α2 subunit, DIABETES, vol.53, September 2004, 2242-2249
【非特許文献2】Dudley, G. A., Tullson, P. C., and Terjung, R. L. 1987. Influence of mitochondrial content on the sensitivity of respiratory control. J. Biol. Chem. 262:9109-9114
【非特許文献3】Carling, D., Clarke, P. R., Zammit, V. A., and Hardie, D. G. 1989. Purification and characterization of the AMP-activated protein kinase. Copurification of acetyl-CoA carboxylase kinase and 3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA reductase kinase activities. Eur. J. Biochem. 186:129-136
【非特許文献4】Winder, W. W. 2001. Energy-sensing and signaling by AMP-activated protein kinase in skeletal muscle. J. Appl. Physiol. 91:1017-1028
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、α1サブユニットを含有するAMPKの活性及びα2サブユニットを含有するAMPKの活性が両方とも低下している変異マウス、肥満モデルマウス、これらのマウスを用いた、肥満の予防又は治療に有用な物質のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、骨格筋においてAMPKα1のドミナントネガティブ変異タンパク質を発現させることにより、α1サブユニットを含有するAMPKの活性及びα2サブユニットを含有するAMPKの活性が両方とも低下した変異マウスを作製したところ、この変異マウスは、正常マウスの脂肪量が減少するだけの運動量を与えても、脂肪量が有意に減少しないことを見出し、本発明に至った。
【0007】
すなわち、本発明にかかる変異マウスは、α1サブユニットを含有するAMPK(AMP-activated protein kinase)の活性及びα2サブユニットを含有するAMPKの活性が両方とも低下していることを特徴とする。
前記変異マウスは、骨格筋において、両方の前記AMPKの活性が低下していることを特徴とする。
また、前記変異マウスは、前記AMPKα1のドミナントネガティブ変異タンパク質を発現していることを特徴とする。
さらに、前記変異マウスは、配列番号1に示されるラットAMPKα1タンパク質のアミノ酸配列において157番目のAspがAlaに変異している、前記AMPKα1のドミナントネガティブ変異タンパク質をコードするcDNAが導入されていることを特徴とする。
【0008】
また、本発明にかかる肥満モデルマウスは、正常マウスにおいて体内の脂肪の量が減少する量の負荷を有する運動をさせた時に、体内の脂肪の量が減少しない肥満モデルマウスであって、AMPKの活性が低下していることを特徴とする。
前記肥満モデルマウスは、骨格筋において前記AMPKの活性が低下していることを特徴とする。
また、前記脂肪は、例えば、腹腔内に貯蓄している脂肪であることを特徴とする。
【0009】
さらに、本発明にかかるスクリーニング方法は、運動療法が無効な肥満に対する予防又は治療に効果を有する物質をスクリーニングする方法であって、前記いずれかのマウスを用いることを特徴とする。
【0010】
また、本発明にかかるスクリーニング方法は、AMPKの活性低下による肥満に対する予防又は治療に効果を有する物質をスクリーニングする方法であって、前記いずれかのマウスを用いることを特徴とする。
【0011】
前記スクリーニング方法は、前記いずれかのマウスに対し、スクリーニング対象物質を投与する一方、正常マウスの脂肪量は減少するが、前記マウスの脂肪量は正常マウスに比べ有意に減少しない量の負荷を与える運動をさせ、前記物質を投与しない場合の前記マウスと比較し、脂肪量が有意に減少するかどうか調べることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、α1サブユニットを含有するAMPKの活性及びα2サブユニットを含有するAMPKの活性が両方とも低下している変異マウス、肥満モデルマウス、これらのマウスを用いた、肥満の予防又は治療に有用な物質のスクリーニング方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、本発明の実施の形態において実施例を挙げながら具体的かつ詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0014】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0015】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0016】
===AMPK活性低下マウスの作製===
本発明において、α1サブユニットを含有するAMPK(AMP-activated protein kinase)の機能及びα2サブユニットを含有するAMPKの活性が両方とも低下している変異マウスは、α1サブユニット遺伝子のloss-of-function突然変異マウスとα2サブユニット遺伝子のloss-of-function突然変異マウスを交配させることによって、α1サブユニット遺伝子とα2サブユニット遺伝子のダブル突然変異マウスを作製する。これらの突然変異マウスは、常法により、各遺伝子座で変異遺伝子と相同組換えを起こさせたES細胞を用いてノックアウトマウスを作製することによって得ることができる。機能低下型(loss-of-function)突然変異であれば、突然変異の構造(欠失、置換、付加、挿入など)は限定されない。特に、Cre-loxシステムを用いれば、骨格筋特異的に各遺伝子が欠損した条件突然変異マウスを作製することができる。
【0017】
また、機能獲得型のgain-of-function突然変異を利用して、α1サブユニットを含有するAMPKの活性及びα2サブユニットを含有するAMPKの活性が両方とも低下している変異マウスを作製することもできる。例えば、α1サブユニットをコードする遺伝子とα2サブユニットをコードする遺伝子との間で保存されている共通配列に対するアンチセンスRNA、siRNA、miRNA、等をマウス個体で発現させることにより、α1サブユニットをコードする遺伝子とα2サブユニットをコードする遺伝子の両方の発現を抑制することができる。あるいは、これらRNAの代わりに、α1サブユニット又はα2サブユニットのドミナントネガティブ(dominant-negative)変異タンパクを発現させることにより、α1サブユニットをコードする遺伝子とα2サブユニットをコードする遺伝子の両方の発現を抑制することができる。
【0018】
例えば、AMPKは三量体を形成し、そのうちαサブユニットが活性中心を有するため、αサブユニットと他のサブユニットとの結合部位(392−548アミノ酸)は残したまま、活性中心(1−312アミノ酸)に変異を導入すれば、ドミナントネガティブ変異タンパクを設計することができる。この場合、α1サブユニットとα2サブユニットのいずれを基にしてドミナントネガティブ変異タンパクを構築しても、他のサブユニットは共通しているため、α1サブユニットを含有するAMPK及びα2サブユニットを含有するAMPK両方に対する阻害機能を有する。また、ドミナントネガティブ変異タンパク等のマウス個体内での発現に際し、骨格筋特異的プロモーターを用いれば、骨格筋特異的にAMPKの活性を抑制することも可能である。
【0019】
ドミナントネガティブ変異タンパクの一例として、配列番号1(NM_019142(gi:11862979))に示されるラットAMPKα1タンパク質のアミノ酸配列において157番目のAspがAlaに変異している変異体が挙げられる。
【0020】
===肥満モデルマウスとしてのAMPK活性低下マウスの有用性===
一般に、食事によるエネルギーの供給は間欠的にしかされないため、食事により得た余分なエネルギーは、グリコーゲンとして肝臓や筋肉に、またトリグリセライドとして脂肪組織に貯蔵している。そして、必要時にグリコーゲン又はトリグリセライドはグルコース又は遊離脂肪酸となり、他の組織のエネルギーとして供給される。骨格筋では、例えば運動時などエネルギーを必要とする際に、主にグルコースや遊離脂肪酸を利用して糖代謝や脂肪代謝を行っている。この糖代謝や脂肪代謝の促進にAMPKが関与していることが知られている。
【0021】
上記のようにして作製されたAMPK活性低下マウスは、運動をしても体内の脂肪の量が減少せず、特に腹腔内における脂肪は減少しない。また、骨格筋における糖代謝に異常を示さないが脂肪代謝に異常を示す。従って、このマウスは、運動耐性の肥満に関するモデルマウスとして有用である。
【0022】
また、上記AMPK活性低下マウスの、運動をしても体内の脂肪の量が減少しないという表現型を利用して、AMPK活性低下マウスを運動させながら投与したときに体内の脂肪の量が減少する物質を同定することにより、運動療法に無効な肥満に対する予防又は治療するための物質を同定することができる。このように、α1サブユニットを含有するAMPKの活性及びα2サブユニットを含有するAMPKの活性が両方とも低下している変異マウスは、運動療法に無効な肥満に対する予防又は治療するための物質をスクリーニングするのに有用である。
【0023】
また、体内の脂肪の増加は、耐糖能異常、高脂血症、高血圧、冠動脈疾患、動脈硬化性疾患などのリスクファクターであることが知られているので、上記AMPK活性低下マウスは、これらの疾患を予防するための物質のスクリーニングに有用である。
【0024】
また、上記AMPK活性低下マウスは、骨格筋においてAMPKの活性が低下しているので、薬理作用が不明確な薬剤の作用機序を解明する際、AMPKが関与しているかどうか調べるのに有用である。
【0025】
==AMPK活性低下マウスを用いたスクリーニング==
AMPKの活性を低下させた変異マウスに対しスクリーニング対象物質を投与する一方、正常マウスの脂肪量は減少するが、変異マウスの脂肪量は正常マウスに比べ有意に減少しない量の負荷を与える運動をさせ、前記物質を投与しない場合の変異マウスと比較し、脂肪量が有意に減少するかどうか調べる。ここで、体内の脂肪量は、例えば、MRI、CTスキャン、X線、体比重法又はインピーダンス法による体脂肪率測定、解剖学的手法などによって測定する。脂肪量が有意に減少した場合は、例えば、運動療法が無効な肥満に対して有効な物質であると評価する。
【0026】
このようにして、AMPKの活性を低下させたマウスを用いることにより、運動療法が無効な肥満に対する予防又は治療するための物質、あるいはAMPKの活性低下による肥満に対する予防又は治療をスクリーニングすることができる。
【実施例】
【0027】
以下に、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【0028】
<実施例1:AMPK α1及びα2機能低下マウスの作製>
1−1.ラットAMPK α1 cDNAの作製
SDラットの腓腹筋を摘出し、TRIZOL(Invitrogen社)を用いてこの腓腹筋から総RNAを抽出した。次いで、Advantage One-Step RT-PCRキット(Clontech Lab., Palo Alto, CA)を用い、フォワードプライマー(配列番号2:5’-cggaattcatggccgagaagcagaagcacgac-3’)、リバースプライマー(配列番号3:5’-ataagaatgcggccgcttactgtgcaagaatttt-3’)を用いて、抽出した1μgの総RNAから完全長AMPKα1cDNAを増幅させ、pCR2.1−TOPO(Invitrogen, Carlsbad, CA)ベクターのTAクローニングサイトにクローニングした。
【0029】
1−2.ラットAMPK α1遺伝子の発現ベクターの作製
オリゴヌクレオチド(配列番号4:5’-gaatgcaaagatagccgccttcggtctttcaaac-3’及び配列番号5:5’-gtttgaaagaccgaaggcggctatctttgcattc-3’)及びQuickChange Site-Directed Mutagenesis Kit(Stratagene, La Jolla, CA)を用いて、pCR2.1−TOPOベクターにクローニングしたAMPKα1cDNAの157番目のAspをAlaへ変換させた(以下、この変異をD157Aと称する)。このプラスミドをEcoRI及びNot Iで切断して、このAMPKα1(D157A)cDNAを含む断片をpCR2.1−TOPOベクターから切り出し、ヒトα−骨格筋特異的アクチンプロモーターを含んだpcDNA3.1(+)をバックボーンとするpEH114ベクターにサブクローンし、発現ベクター(図1(A))を作製した。
【0030】
図1(A)に示す通り、この発現ベクターは、-2000から+200bpまでにヒトα−骨格筋アクチンプロモーター領域、1647bpの完全長ラットAMPKα1(D157A)cDNA、及びウシ成長ホルモン由来のポリアデニレーションシグナルを含む。なお、このヒトα−骨格筋特異的アクチンプロモーターは、骨格筋特異的に発現させる配列を含んでいる(Brennan, K. J. and Hardeman, E. C. 1993. Quantitative analysis of the human alpha -skeletal actin gene in transgenic mice. J. Biol. Chem. 268:719-725.)。
この発現ベクターをSnaBI制限酵素及びSphI制限酵素で切断して直鎖状にし、アガロースゲル電気泳動を行って精製し、トランスジーン用DNA断片を得た。
【0031】
1−3 AMPK機能低下マウスの作製
マイクロインジェクション法を用いて、9週齢のBDF1マウス(日本エスエルシー株式会社)の受精卵に精製したトランスジーン用DNA断片を導入した。この受精卵を偽妊娠ICRマウスの子宮に移植し、75匹の新生児マウスを得た。75匹のうち、8匹のマウスのゲノムDNA中に、AMPKα1(D157A)cDNAを含むトランスジーンが挿入されていることを確認した(以下、AMPK−DNマウスと称する)。
【0032】
次いで、これらの8匹のうち2匹(これらのマウスに由来するマウス系統を、本明細書では、それぞれ「C系統」及び「E系統」という)の雄マウスをそれぞれC57BL/6J雌マウス(日本エスエルシー株式会社)と交配させ、第1世代のマウスを得た。これらの第1世代のマウスのうち、ゲノムDNA中にAMPK α1(D157A) cDNAを含むトランシジーンが挿入されている雄マウスを再度C57BL/6J雌マウスと交配させ、第2世代のマウスを得た。次いで、これらの第2世代のマウスのうち、ゲノムDNA中にAMPKα1(D157A)cDNAを含むトランシジーンが挿入されている雄性マウスを再度C57BL/6J雌マウスと交配させ、第3世代のマウスを得た。
なお、上記のマウスは、明暗サイクルを12時間とし、ケージ(温度22℃)にて、ガイドライン(国立健康・栄養研究所動物実験指針)に従って飼育した。
【0033】
1−4 ノーザンブロット解析によるスクリーニング
まず、TRIzol試薬(Invitrogen社)を用いて腓腹筋から総RNAを単離した。グリオキサールとジメチルスルフォキシドを用いてこのRNAを変性させ、1%のアガロースゲルを用いて電気泳動(10μg/レーン)を行った。電気泳動後、ナイロンメンブレン(NEN, Boston, MA)にトランスファー(12時間)し、UV照射によりクロスリンクした。
【0034】
プローブには、「1−1.ラットAMPK α1 cDNAの作製」に記載したようにpCR2.1−TOPOベクターにクローニングしたAMPKα1cDNAをEcoRIとNotIで切り出して、アガロースゲルで精製したDNA断片を用いた。random prime labeling kit (Amersham Biosciences)により32P−dCTP(Amersham Biosciences, Tokyo, Japan)でラベルしたプローブを用いて、ハイブリダイゼーションを行った。メンブレンを洗浄後、イメージアナライザー(BAS 1800-II, Fuji Film, Tokyo, Japan)を用いて、各シグナルを定量した。
【0035】
AMPK−DNマウスの各組織においてAMPKα1の発現を調べた結果、図1(B)に示す通り、腓腹筋及び脂肪組織でAMPKα1トランスジーンが発現していることが確認できた。
【0036】
1−5 AMPKアッセイ
従来技術(Bolster, D. R., Crozier, S. J., Kimball, S. R., and Jefferson, L. S. 2002. AMP-activated protein kinase suppresses protein synthesis in rat skeletal muscle through down-regulated mammalian target of rapamycin (mTOR) signaling. J. Biol. Chem. 277:23977-23980.)の改良方法によって、野生型マウス及びAMPK−DNマウスにおけるα1サブユニットを含むAMPK(以下、AMPKα1と称する)及びα2サブユニットを含むAMPK(以下、AMPKα2と称する)の活性を測定した。
【0037】
まず、腓腹筋を氷冷した1:100wt/volのBuffer A(20mM Tris-HCl(pH7.4)、1%Triton X-100、50mM NaCl、250mMスクロース、50mM NaF、5mMピロリン酸塩、及び2mMジチオトレイトール含有、EDTA添加なし)(Roche Diagnostics GmbH, Mannheim, Germany)でホモジナイズした。このホモジネートを14,000gで遠心分離(4℃で20分間)した。この上清(200μgのタンパク質を含有)を5μgの抗AMPKα1サブユニット抗体(Upstate Biotechnology, Lake Placid, NY)及び5μgの抗AMPKα2サブユニット抗体(Upstate Biotechnology, Lake Placid, NY)、Dynabeads Protein G(Dynal Biotech ASA, Oslo, Norway)を用いて免疫沈降した。次いで、この免疫沈降物をBuffer Aで2回、洗浄バッファー(240mM HEPES及び480mM NaCl)で2回洗浄した。40mM HEPES(pH 7.0)、0.8mMジチオトレイトール、2%グリセロール、80mM NaCl、0.8mM EDTA、5mM MgCl2、0.2mM ATP、0.2mMSAMSペプチド(配列番号6:HMRSAMSGLHLVKRR)、2μCi[γ−32P](Amersham Biosciences)、及び0.2mM AMPをBuffer Aで最終容量25μlに調製し、この溶液内で免疫沈降物を30℃で20分間インキュベートした。キナーゼ反応後、P81紙(Whatman)上に15μlのアリコートをスポットし、この紙を1%のリン酸溶液で洗浄(5分間、3回)し、その後、アセトンで洗浄(5分間、1回)した。そして、シンチレーションカウンターを用いて、放射能を定量した。その結果を図1(C)に示す。
【0038】
図1(C)に示す通り、野生型マウスにおけるAMPKα1の活性はAMPKα2の活性の約2〜3倍であった。また、AMPK−DNマウスにおけるAMPKα1の活性は、野生型マウスのAMPKα1の活性と比べてC系統では58%減少し、E系統では36%減少した。さらに、AMPK−DNマウスにおけるAMPKα2の活性は、野生型マウスのAMPKα2と比べてC系統では98%減少し、E系統では99%減少した。これより、AMPK−DNマウスは、AMPKα1の機能だけではなくAMPKα2の機能も低下していることが分かった。
【0039】
1−6 運動負荷によるAMPKアッセイ
運動は、骨格筋におけるAMPKを活性化させることが知られている。そこで、野生型マウス及びC系統のAMPD−DNマウスを用いて、運動負荷の有無における骨格筋のAMPK活性を測定した。
【0040】
まず、上記のAMPK−DNマウス及び野生型マウスに対して、トレッドミル(15m/分)を用いて45分間x8回のランニングを行わせた。また、ランニングが1回終わるごとに休憩時間を5分間設けた。そして、最後のランニング直後に、マウスを屠殺し、骨格筋を分析用に単離した。なお、AMPKアッセイ方法は、前述の「1−5AMPKアッセイ」と同様である。
その結果、図1(D)に示すように、野生型マウス及びAMPK−DNマウス共に運動を負荷すると、運動を負荷しない場合と比べてAMPKα1の活性は約2倍、AMPKα2の活性は約3倍増加したが、両活性ともAMPK−DNマウスで有意に低く、AMPK−DNマウスの骨格筋AMPK活性が運動負荷時でも低下していることが分かった。
【0041】
<実施例2:運動試験の実施及び解析>
以下の運動試験は、高脂肪食を与えて運動を負荷しない群(No.1)、高脂肪食を与えてランニングさせる群(No.2)、高脂肪食を与えて水泳させる群(No.3)、及び高炭水化物食を与えて運動を負荷しない群(No.4)の4群で比較した。
【0042】
2−1 食餌
8週齢のAMPK−DN雄マウス及びこれと同系統の野生型雄マウスにおいて、No.4の群に対しては高炭水化物食(固形飼料CE2(CLEA Japan Inc., Tokyo)(図2及び3では「HC」と記載):25.6%(wt/wt)のタンパク質、3.8%の繊維、6.9%の灰分、50.5%の炭水化物、4%の脂肪、及び9.2%の水を含有)を、No.1〜3の群に対しては高脂肪食(高脂肪食32(HFD32, CLEA Japan Inc.)(図2及び3では「HF」と記載):25.5%のタンパク質、2.9%の繊維、4.0%の灰分、29.4%の炭水化物、32%の脂肪(総脂肪の22.3%は飽和脂肪由来)、及び6.2%の水を含有)を任意に与えた。
【0043】
食餌4週後、上記のAMPK−DNマウス及び野生型マウスを、標準のケージに収容する(No.1又は4)か、回転かご(直径20cm、Shinano Co., Tokyo, Japan)を備えるケージ(9×22×9cm)へ収容してランニングさせる(No.2)か、標準のケージへ収容し5日/週の頻度で強制的に水泳させた(No.3)。なお、ランニング及び水泳の詳細は以下に述べる。
【0044】
2−2.運動方法
上記のAMPK−DNマウス及び野生型マウスを前述した回転かごを備えるケージへ収容し、自由意志でランニングさせた。回転かごの回転数はマグネチックスイッチで計測した。
【0045】
水泳は、文献(Tsunoda, N., Cooke, D. W., Ikemoto, S., Maruyama, K., Takahashi, M., Lane, M. D., and Ezaki, O. 1997. Regulated expression of 5'-deleted mouse GLUT4 minigenes in transgenic mice: effects of exercise training and high-fat diet. Biochem. Biophys. Res. Commun. 239:503-509.)に記載の通り、35℃の温水プールでAMPK−DNマウス及び野生型マウスを30分間(×4回)泳がせ、1回につき5分間休憩させるという方法を用いた。そして、最後の水泳から12時間後に、マウスを屠殺し、骨格筋を分析用に単離した。
【0046】
2−3 体重測定
前述の「2−1食餌」及び「2−2運動方法」に記載した各マウスに対して毎週体重を測定した。
その結果、図2(A)に示すように、高脂肪食を摂取すると野生型マウス、AMPK−DNマウス共に体重は増加するが、ランニング又は水泳などの運動をすることによって体重の増加率は減少した。また、AMPK−DNマウスの体重の増加率は、野生型マウスとほぼ同じであった。
これより、AMPK−DNマウスの体重増加率は、高脂肪食を与えても運動をさせれば、野生型マウスと同様であった。
【0047】
2−4 経口グルコース負荷試験
前述の「2−1食餌」及び「2−2運動方法」に記載した各マウスに対して、8週後に、経口グルコース負荷試験を行った。経口グルコース負荷試験は、以下の通りである。
【0048】
絶食18時間後、経胃チューブを用いて、野生型マウス及びAMPK−DNマウスに対して、D−グルコース(1mg/g体重、10%(wt/vol)グルコース溶液)を投与した。グルコース投与直前、グルコース投与30、60及び120分後に、マウス尾部から血液を採取し、TIDEXグルコースアナライザー(Sankyo, Tokyo, Japan)を用いて血糖を測定した。
【0049】
その結果、図2(B)に示すように、野生型マウス、AMPK−DNマウス共に高脂肪食を与えると、対照群(高炭水化物食を与えた群)に比べて耐糖能が悪化し、特にAMPK−DNマウスでの悪化が著明であった。しかし、野生型マウス、AMPK−DNマウス共に、高脂肪食を与えても運動をさせれば耐糖能が改善した。
これより、運動負荷したAMPK−DNマウスの耐糖能は、野生型マウスと同様であることが示された。
【0050】
2−5 体脂肪の解析
前述の「2−1食餌」及び「2−2運動方法」の記載に基づいて実験を行った各マウスに対して、9週後に、体脂肪率、体重、除脂肪体重を測定した。
【0051】
ペントバルビタールナトリウム(ネンブタール(0.08mg/g体重、Abbot Laboratories, Chicago, IL))を各マウスに投与し、DEXA法(Dual Energy X ray Absorptiometry)を備えたLunar PIXI mus2濃度計(Lunar Corporation, Madison, WI)を用いて各マウスの脂肪を測定した。体脂肪率は、計算式「(体脂肪重量/体重)×100」を用いて算出した。
【0052】
その結果、図3(A)に示すように、AMPK−DNマウスの全ての群において、体脂肪率は野生型マウスに比べて増加していた。一方、体重及び除脂肪体重は、野生型マウスとAMPK−DNマウスとの間に相違はなかった。
これより、運動による体脂肪率の減少には、骨格筋のAMPKの活性が必要であることがわかった。
【0053】
さらに、各マウスの精巣周囲、後腹膜、皮下における脂肪量を解剖学に評価した。
図3(B)に示すように、脂肪沈着は、野生型マウスよりもAMPK−DNマウスにおいて認められ、特に後腹膜において、野生型マウスとの差が顕著であった。
【0054】
2−6 骨格筋におけるGLUT4の発現
GLUT4は、インスリン依存的に活性化され、グルコースの取り込みを促進させる。また、野生型マウスにおいては、運動トレーニングが、骨格筋におけるGLUT4の発現を増加させ、糖代謝を促進することが知られている。そこで、運動後のGLUT4の発現とAMPKとの関係を明らかにするために、野生型マウス及びAMPK−DNマウスに対して高炭水化物食を1ヶ月間摂取させ、野生型マウス及びAMPK−DNマウスの骨格筋におけるGLUT4mRNAの発現を運動(水泳)負荷の有無において比較した。mRNAの測定方法は、前述の「1−4 ノーザンブロット解析によるスクリーニング」に記載の通りであり、GLUT4 cDNAプローブは、従来技術(Miura, S., Kai, Y., Ono, M., and Ezaki, O. 2003. Overexpression of peroxisome proliferator-activated receptor gamma coactivator-1alpha down-regulates GLUT4 mRNA in skeletal muscles. J. Biol. Chem. 278:31385-31390.)を参考にして調製した。
【0055】
図4(A)に示すように、運動をさせると野生型マウス及びAMPK−DNマウス共にGLUT4mRNAの量が同様に増加した。これより、本発明のAMPK−DNマウスも野生型マウスと同様に、高脂肪食により耐糖能が悪化しても、運動負荷によりGLUT4の発現が増加し、耐糖能が回復するという様に、糖代謝機能を正常に維持していることが分かった。
【0056】
2−7 骨格筋におけるPGC−1αの発現
運動は、PGC−1αの発現及びミトコンドリアの生合成を増加させることが知られている。そこで、運動後のPGC−1αの発現とAMPKとの関係を明らかにするために、野生型マウス及びAMPK−DNマウスに対して高炭水化物食を1ヶ月間摂取させ、野生型マウス及びAMPK−DNマウスの骨格筋におけるPGC−1αタンパク質の発現を運動(水泳)負荷の有無において比較した。
【0057】
まず、従来技術(Ezaki, O., Higuchi, M., Nakatsuka, H., Kawanaka, K., and Itakura, H. 1992. Exercise training increases glucose transporter content in skeletal muscles more efficiently from aged obese rats than young lean rats. Diabetes. 41:920-926.)に従って、PGC−1αタンパク質を得た。この方法によって得られたタンパク質7.5μgをSDS−PAGE(10%ポリアクリルアミドゲルを使用)で電気泳動後、泳動物をニトロセルロース膜(Bio-Rad Laboratories, Hercules, CA)へトランスファー(100V、1時間)し、一次抗体として1:1000の抗PGC−1α抗体(Calbiochem-Novabiochem Corporation, San Diego, CA)を、二次抗体として1:3000の西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ標識抗ウサギIgG抗体(Amersham)を、発色にはケミルミネッセンスを用いてPGC−1αを検出した。
【0058】
その結果、図4(B)に示すように、運動をさせると野生型マウス及びAMPK−DNマウス共にPGC−1αタンパク質の量が増加した。このことから、本発明のAMPK−DNマウスは、運動によるPGC−1αの発現誘導には異常がないことが分かった。
【0059】
2−8 骨格筋におけるCOXII及びCOX IVの発現
運動トレーニングは、ミトコンドリアの生合成のマーカーであるCOXII 及びCOX IVを増加させることが知られている。そこで、運動後におけるCOXII及びCOX IVの発現とAMPKとの関係を明らかにするために、野生型マウス及びAMPK−DNマウスに対して高炭水化物食を1ヶ月間摂取させ、野生型マウス及びAMPK−DNマウスの骨格筋におけるCOXII mRNA及びCOX IV mRNAの発現を運動(水泳)負荷の有無において比較した。mRNAの測定方法は、前述の「1−4 ノーザンブロット解析によるスクリーニング」に記載の方法を用い、COX II及びCOX IVのcDNAプローブは、従来技術(Miura, S., Kai, Y., Ono, M., and Ezaki, O. 2003. Overexpression of peroxisome proliferator-activated receptor gamma coactivator-1alpha down-regulates GLUT4 mRNA in skeletal muscles. J. Biol. Chem. 278:31385-31390.)を参考にして調製した。
【0060】
図4(C)に示すように、運動をさせると野生型マウス及びAMPK−DNマウス共にCOXII mRNA及びCOX IV mRNAの量が同様に増加した。
【0061】
以上の結果より、本発明のAMPK−DNマウスは、骨格筋において糖質代謝、ミトコンドリア生合成に異常はないが脂質代謝に異常を有することが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1(A)】本発明の一実施形態において、AMPKα1及びα2機能低下マウス作製のための発現ベクター構造の一部を示した図である。
【図1(B)】本発明の一実施例において、AMPK α1トランスジーンの導入部位を示した図である。
【図1(C)】本発明の一実施形態において、野生型マウス及びAMPKα1及びα2機能低下マウスにおけるAMPK活性を測定した結果を示した図である。
【図1(D)】本発明の一実施形態において、野生型マウス及びAMPKα1及びα2機能低下マウスにおけるAMPK活性を運動の有無について比較した結果を示した図である。
【図2(A)】本発明の一実施形態において、運動及び食餌による体重変化を測定した結果を示した図である。
【図2(B)】本発明の一実施形態において、運動及び食餌による耐糖能変化を測定した結果を示した図である。
【図3(A)】本発明の一実施形態において、運動負荷による体重、体脂肪率、除脂肪体重を測定した結果を示した図である。
【図3(B)】本発明の一実施形態において、運動負荷による各組織における脂肪重量を測定した結果を示した図である。
【図4(A)】本発明の一実施形態において、運動負荷による骨格筋GLUT4 mRNAの発現を示した図である。
【図4(B)】本発明の一実施形態において、運動負荷による骨格筋PGC−1αタンパク質の発現を示した図である。
【図4(C)】本発明の一実施形態において、運動負荷による骨格筋COX II mRNA及び骨格筋COX IV mRNAの発現を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α1サブユニットを含有するAMPK(AMP-activated protein kinase)の活性及びα2サブユニットを含有するAMPKの活性が両方とも低下している変異マウス。
【請求項2】
骨格筋において、両方の前記AMPKの活性が低下していることを特徴とする請求項1に記載の変異マウス。
【請求項3】
前記AMPKα1のドミナントネガティブ変異タンパク質を発現していることを特徴とする請求項1又は2に記載の変異マウス。
【請求項4】
配列番号1に示されるラットAMPKα1タンパク質のアミノ酸配列において157番目のAspがAlaに変異している、前記AMPKα1のドミナントネガティブ変異タンパク質をコードするcDNAが導入されていることを特徴とする請求項3に記載の変異マウス。
【請求項5】
正常マウスにおいて体内の脂肪の量が減少する量の負荷を有する運動をさせた時に、体内の脂肪の量が減少しない肥満モデルマウスであって、
AMPKの活性が低下していることを特徴とする肥満モデルマウス。
【請求項6】
骨格筋において前記AMPKの活性が低下していることを特徴とする請求項5に記載の肥満モデルマウス。
【請求項7】
前記脂肪が、腹腔内に貯蓄している脂肪であることを特徴とする請求項5又は6に記載の肥満モデルマウス。
【請求項8】
運動療法が無効な肥満に対する予防又は治療に効果を有する物質をスクリーニングする方法であって、
請求項1〜7のいずれかに記載のマウスを用いることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項9】
AMPKの活性低下による肥満に対する予防又は治療に効果を有する物質をスクリーニングする方法であって、
請求項1〜7のいずれかに記載のマウスを用いることを特徴とするスクリーニング方法。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれかに記載のマウスに対し、スクリーニング対象物質を投与する一方、正常マウスの脂肪量は減少するが、前記マウスの脂肪量は正常マウスに比べ有意に減少しない量の負荷を与える運動をさせ、前記物質を投与しない場合の前記マウスと比較し、脂肪量が有意に減少するかどうか調べることを特徴とする請求項8又は9に記載のスクリーニング方法。


【図1(C)】
image rotate

【図1(D)】
image rotate

【図2(B)】
image rotate

【図3(A)】
image rotate

【図3(B)】
image rotate

【図1(A)】
image rotate

【図1(B)】
image rotate

【図2(A)】
image rotate

【図4(A)】
image rotate

【図4(B)】
image rotate

【図4(C)】
image rotate


【公開番号】特開2007−82508(P2007−82508A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−278412(P2005−278412)
【出願日】平成17年9月26日(2005.9.26)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】