説明

Co−Ni基合金、Co−Ni基合金の結晶制御方法、Co−Ni基合金の製造方法および結晶制御されたCo−Ni基合金

【課題】結晶制御が容易なCo−Ni基合金、Co−Ni基合金の結晶制御方法、Co−Ni基合金の製造方法および結晶制御されたCo−Ni基合金の提供。
【解決手段】本発明のCo−Ni基合金は、Co、Ni、CrおよびMoを含んでなり、集合組織がGoss方位を主方位とすることを特徴とする。本発明のC−Ni基合金は、組成が質量比で、Co:28〜42%、Cr:10〜27%、Mo:3〜12%、Ni:15〜40%、Ti:0.1〜1%、Mn:1.5%以下、Fe:0.1〜26%、C:0.1%以下及び不可避不純物を含むと共に、Nb:3%以下、W:5%以下、Al:0.5%以下、Zr:0.1%以下、B:0.01%以下からなる群より選択される少なくとも1種を含んでなることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Co−Ni基合金、Co−Ni基合金の結晶制御方法、Co−Ni基合金の製造方法および結晶制御されたCo−Ni基合金に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、機械的強度が高く、耐食性に優れた弾性材料としてCo基合金やNi基合金等が知られている(例えば、特許文献1参照)が、機器の小型化や使用環境の多様化に伴い、より優れた特性を有する弾性合金が求められている。
Co基合金やNi基合金、またはステンレス鋼において、材料の強度を上げる手法として、冷間塑性加工により加工誘起マルテンサイト相を形成させる方法、(Co、Ni)3(Al、Tl、Nb)等のγ’相を析出させる方法、炭化物を析出させる方法、金属間化合物を析出させる方法等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭60−187652号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
Co基合金やNi基合金等の金属材料の加工性やその他の特性を向上するためには、金属材料の結晶制御を行うことが有効な手段として知られている。しかしながら、金属材料の結晶制御は、熱処理温度、熱処理時間による変化に加え、集合組織の変化等の多くのパラメータを考慮しなくてはならず、非常に困難な作業となっている。
【0005】
本発明は、このような従来の実情に鑑みてなされたものであり、結晶制御が容易なCo−Ni基合金、Co−Ni基合金の結晶制御方法、Co−Ni基合金の製造方法および結晶制御されたCo−Ni基合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成とした。
本発明のCo−Ni基合金は、Co、Ni、CrおよびMoを含んでなり、集合組織がGoss方位を主方位とすることを特徴とする。
本発明のCo−Ni基合金は、Co、Ni、CrおよびMoを含んでなり、微細領域と、変形双晶とを有し、前記変形双晶が前記微細領域により分断されてなることを特徴とする。
本発明のCo−Ni基合金は、Co、Ni、CrおよびMoを含んでなり、転位密度が1015−2以上であることを特徴とする。
本発明のCo−Ni基合金は、組成が質量比で、Co:28〜42%、Cr:10〜27%、Mo:3〜12%、Ni:15〜40%、Ti:0.1〜1%、Mn:1.5%以下、Fe:0.1〜26%、C:0.1%以下及び不可避不純物を含むと共に、Nb:3%以下、W:5%以下、Al:0.5%以下、Zr:0.1%以下、B:0.01%以下からなる群より選択される少なくとも1種を含んでなることが好ましい。
【0007】
本発明のCo−Ni基合金の集合組織において、Goss方位の割合が35〜55%であることが好ましい。
本発明のCo−Ni基合金は、加工率15%以上の冷間圧延を施されてなることが好ましい。
本発明のCo−Ni基合金は、熱処理後の集合組織の主方位が、熱処理前の集合組織の主方位と同一であることも好ましい。
本発明のCo−Ni基合金は、熱処理を行うことにより、転位密度が高い領域中に、転位密度が低い領域が複数存在する組織になることも好ましい。
【0008】
本発明のCo−Ni基合金の結晶制御方法は、Co、Ni、CrおよびMoを含んでなる合金に加工率15%以上の冷間圧延を施して請求項1〜5のいずれか一項に記載のCo−Ni基合金を作製し、該Co−Ni基合金に熱処理を行うことにより、該Co−Ni基合金の組織を、転位密度が高い領域中に転位密度が低い領域が複数存在する組織として、熱処理後の集合組織の主方位を、熱処理前の集合組織の主方位と同一にすることを特徴とする。
本発明のCo−Ni基合金の結晶制御方法において、前記Co−Ni基合金の集合組織が、Goss方位を主方位とすることが好ましい。
本発明のCo−Ni基合金の結晶制御方法において、前記熱処理を、350℃以上の温度で行うことが好ましい。
本発明のCo−Ni基合金の結晶制御方法において、前記熱処理を、350℃〜750℃の温度で行うこともできる。
本発明の結晶制御されたCo−Ni基合金の製造方法は、上記結晶制御方法を用いることを特徴とする。
また、本発明は、上記Co−Ni基合金の結晶制御方法を用いて製造されることを特徴とする結晶制御されたCo−Ni基合金を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のCo−Ni基合金は、熱処理を行っても集合組織の主方位が変化しないため、合金の結晶制御の際に、集合組織の変化を考慮する必要が無く、熱処理の温度と時間のパラメータのみを考慮すればよいため、結晶制御が容易となる。そのため、本発明によれば、機械的強度が高く、耐食性に優れ、弾性材料として優れたCo−Ni基合金を提供できる。
本発明のCo−Ni基合金の結晶制御方法では、熱処理を行うことにより鈴木効果を発現させ、転位密度が高い領域中に、鈴木効果により転位が拡張および固着された転位密度が低い領域が複数存在する組織として再結晶させる。このような鈴木効果による転位の固着により転位の回復を遅らせて、集合組織の主方位を保つことができる。そのため、焼鈍などの熱履歴を受けても急激な軟化を生じることがなく、再結晶温度が高く、再結晶粒の粒径が小さいCo−Ni基合金を提供できる。
【0010】
本発明のCo−Ni基合金の結晶制御方法により得られるCo−Ni基合金は、集合組織の主方位が、熱処理前の集合組織の主方位と同一であり、結晶制御されている。
また、本発明のCo−Ni基合金の結晶制御方法により得られるCo−Ni基合金は、再結晶粒の成長が遅いため、微細な再結晶粒により構成される。そのため、加工性などの特性が向上されたCo−Ni基合金となる。さらに、本発明のCo−Ni基合金の結晶制御方法では、熱処理により鈴木効果が発現して転位の固着が起こり、すべりが難しくなるため、硬さや引張り強度などの機械的特性に優れるCo−Ni基合金を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1(a)は溶接原子や異なるすべり面の転位によりピン止めされた転位を示す模式図であり、図1(b)は鈴木効果により転位が拡張し、転位が面状に固着された様子を示す模式図である。
【図2】図2(a)は本実施形態のCo−Ni基合金の熱処理による再結晶の様子を示す模式図であり、図2(b)は一般的な合金の熱処理による再結晶の様子を示す模式図である。
【図3】本実施形態のCo−Ni基合金およびCo−Ni合金の積層欠陥エネルギーの温度依存性を示すグラフである。
【図4】図4(a)は実施例1のCo−Ni基合金の圧延集合組織(111)の正極点図であり、図4(b)は比較例1のCo−35Niの圧延集合組織(111)の正極点図である。
【図5】図5(a)は図4(a)に示す正極点図のGoss方位、Copper方位およびBrass方位のピーク強度をプロットしたグラフであり、図5(b)は図4(b)に示す正極点図のGoss方位、Copper方位およびBrass方位のピーク強度をプロットしたグラフである。
【図6】実施例1のCo−Ni基合金のTEM明視野像写真である。
【図7】図7は、図6に示すTEM明視野像写真の部分拡大写真である。
【図8】図8は比較例1のCo−35Ni合金のTEM明視野像写真である。
【図9】図9は比較例2のCo−35Ni合金のTEM明視野像写真である
【図10】冷間圧延加工率毎のCo−Ni基合金の転位密度および結晶子の関係をプロットしたグラフである。
【図11】図11(a)は冷間圧延加工率毎のCo−Ni基合金の圧延集合組織(111)の正極点図の各方位成分のピーク強度比を示すグラフであり、図11(b)は冷間圧延加工率毎のCo−35Ni合金の圧延集合組織(111)の正極点図の各方位成分のピーク強度比を示すグラフである。
【図12】加工率70%のCo−Ni基合金、及び加工率70%のCo−35Ni合金のODFマップである。
【図13】実施例3および比較例3の合金の熱処理前および熱処理後の集合組織のXRDまたはEBSD測定結果である。
【図14】図14(a)は実施例4の合金の熱処理前の集合組織(111)の正極点図であり、図14(b)は実施例4の合金の熱処理後の集合組織(111)の正極点図であり、図14(c)は比較例4の合金の熱処理前の集合組織(111)の正極点図であり、図14(d)は比較例4の合金の熱処理後の集合組織(111)の正極点図である。
【図15】実施例5および比較例5の合金の熱処理時間による粒成長線図である。
【図16】実施例5および比較例5の合金の等温再結晶曲線である。
【図17】図17(a)は実施例5の合金の熱処理時間によるEBSDのKAN像測定結果であり、図17(b)は比較例5の合金の熱処理時間によるEBSDのKAN像測定結果である。
【図18】実施例6および比較例6の合金の熱処理前後の硬さの変化を示すグラフである。
【図19】図19(a)は実施例6の合金の熱処理前のTEM明視野像写真であり、図19(b)は実施例6の合金の熱処理後のTEM明視野像写真であり、図19(c)は比較例6の合金の熱処理前のTEM明視野像写真であり、図19(d)は比較例6の合金の熱処理後のTEM明視野像写真である。
【図20】実施例7および比較例7の合金の熱処理時間による硬さの変化をプロットしたグラフである。
【図21】実施例8および比較例8の合金の熱処理温度による硬さの変化をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本実施形態のCo−Ni基合金は、Co、Ni、CrおよびMoを含んでなり、集合組織がGoss方位{110}<001>(以下、単にGoss方位と称する。)を主方位とすることを特徴とする。本実施形態のCo−Ni基合金の集合組織の方位因子としては、Goss方位の他に、主に、Brass方位{110}<112>(以下、単にBrass方位と称する。)、Copper方位{211}<111>(以下、単にCopper方位と称する。)がある。
【0013】
集合組織の主方位は、(111)、(001)、(110)のような3つのステレオ投影図をもとに結晶粒の方位を判定することができ、例えば、集合組織(111)正極点図の各方位のピーク強度を比較することにより、最も高いピーク強度を示すものを集合組織の主方位と決定することができる。また、集合組織の主方位のより定量的な求め方としては、集合組織(111)、(001)、(110)の正極点図から3次元結晶方位分布関数(ODF)を計算し、Bunge方式による角度φ、φ、φの集合組織の成分を求め、φ=45度で表示される圧延集合組織の成分の強度比より、最も強度の高い成分を集合組織の主方位と決定することができる。
本実施形態のCo−Ni基合金は、Goss方位の割合が35〜55%であることが好ましい。
【0014】
本実施形態のCo−Ni基合金は、加工率15%以上の冷間圧延を施されてなることが好ましく、加工率15〜90%の冷間圧延を施されてなることがより好ましい。加工率15%以上で冷間圧延を施すことにより、Co−Ni基合金の集合組織の主方位をGoss方位とすることができる。また、加工率が90%を超えるとBrass方位が発達する場合があるため、加工率90%以下とすることが好ましい。
【0015】
本実施形態のCo−Ni基合金は、組成が質量比で、Co:28〜42%、Cr:10〜27%、Mo:3〜12%、Ni:15〜40%、Ti:0.1〜1%、Mn:1.5%以下、Fe:0.1〜26%、C:0.1%以下及び不可避不純物を含むと共に、Nb:3%以下、W:5%以下、Al:0.5%以下、Zr:0.1%以下、B:0.01%以下からなる群より選択される少なくとも1種を含んでなることが好ましい。以下に、かかる組成範囲を限定した理由を説明する。
【0016】
Coはそれ自体加工硬化能が大きく、切り欠け脆さを減じ、疲労強度を高め、高温強度を高める効果があるが、28%未満ではその効果が弱く、本組成では42%を越えるとマトリクスが硬くなり過ぎて加工困難となると共に面心立方格子相が最密六方格子相に対して不安定になるため、28〜42%とした。
Crは耐食性を確保するのに不可欠な成分であり、またマトリクスを強化する効果があるが、10%未満では優れた耐食性を得る効果が弱く、27%を越えると加工性及び靱性が急激に低下することから、10〜27%とした。
【0017】
Moはマトリクスに固溶してこれを強化する効果、加工硬化能を増大させる効果、及びCrとの共存において耐食性を高める効果があるが、3%未満では所望する効果が得られず、12%を越えると加工性が急激に低下すること、及び脆いσ相が生成しやすくなることから、3〜12%とした。
Niは面心立方格子相を安定化し、加工性を維持し、耐食性を高める効果があるが、本発明合金のCo、Cr、Mo、Nb、Feの組成範囲において、Niが15%未満では安定した面心立方格子相を得ることが困難であり、40%を越えると機械的強度が低下することから、15〜40%とした。
【0018】
Tiは強い脱酸、脱窒、脱硫の効果、及び鋳塊組織の微細化の効果があるが、0.1%未満ではその効果が弱く、例えば1%では問題がないが、多過ぎると合金中に介在物が増えたり、η相(Ni3 Ti)が析出して靱性が低下することから、0.1〜1%とした。
Mnは脱酸、脱硫の効果、及び面心立方格子相を安定化する効果があるが、多過ぎると耐食性、耐酸化性を劣化させるため、1.5%以下とした。
【0019】
Feは、多過ぎると耐酸化性が低下するが、耐酸化性よりも、マトリクスに固溶してこれを強化する効果を重視して上限を26%として、0.1〜26%とした。
Cはマトリクスに固溶するほか、Cr、Mo、Nb、W等と炭化物を形成し、結晶粒の粗大化の防止効果があるが、多過ぎると靭性の低下、耐食性の劣化等が生じるため、0.1%以下とした。
【0020】
Nbはマトリクスに固溶してこれを強化し、加工硬化能を増大させる効果があるが、3%を越えるとσ相やδ相(Ni3Nb)が析出して靭性が低下することから、Nbを含有させる場合は3%以下とした。
Wは、マトリクスに固溶してこれを強化し、加工硬化能を著しく増大させる効果があるが、5%を越えるとσ相を析出して靭性が低下することから、Wを含有させる場合は5%以下とした。
【0021】
Alは、脱酸、及び耐酸化性を向上させる効果があるが、多過ぎると耐食性の劣化等が生じるため、Alを含有させる場合は0.5%以下とした。
Zrは、高温での結晶粒界強度を上げて、熱間加工性を向上させる効果があるが、多過ぎると逆に加工性が悪くなるため、Zrを含有させる場合は0.1%以下とした。
Bは、熱間加工性を改善する効果があるが、多過ぎると逆に熱間加工性が低下し割れやすくなるため、Bを含有させる場合は0.01%以下とした。
【0022】
また、本実施形態のCo−Ni基合金において、前記Feが0.1〜3%であり、前記少なくとも1種としてNb:3%以下が選択されることがより好ましく、即ち、組成が質量比で、Co:28〜42%、Cr:10〜27%、Mo:3〜12%、Ni:15〜40%、Ti:0.1〜1%、Mn:1.5%以下、Fe:0.1〜3%、C:0.1%以下、Nb:3%以下及び不可避不純物よりなるCo−Ni基合金がより好ましい。このような組成のCo−Ni基合金では、Feの上限を3%とすることにより、耐酸化性が低下することをより効果的に防ぐことができる。
【0023】
通常、fcc(面心立方格子)合金は、加工を行うことにより、合金の集合組織のGoss方位よりもBrass方位が発達する。また、一般的に、熱処理後に再結晶することで集合組織が変化することが知られている。このような集合組織の変化により、合金の結晶制御を行うことが難しくなっていた。本実施形態のCo−Ni基合金は、変形組織が再結晶した際に、核として一定の方位をもっていると考えられるため、集合組織の主方位が維持される。そのため、合金の結晶制御の際に、集合組織の変化を考慮する必要が無く、熱処理の温度と時間のパラメータのみを考慮すればよいため、結晶制御が容易となる。
本実施形態のCo−Ni基合金が熱処理により集合組織の主方位が変化しないのは、本実施形態のCo−Ni基合金が熱処理により鈴木効果を発現する合金であるためである。
【0024】
鈴木効果とは転位と溶質原子の相互作用の一つである。fcc(面心立方格子)合金およびhcp(最密六方格子)合金の転位は多くの場合拡張転位になっており、周囲とはある程度異なったエネルギー状態にあり、拡張転位部分には溶質原子が偏析する。この部分に転位が動くと、熱的に非平衡な偏析部分が残ると同時に偏析の無い部分が生じる。この双方は新たにエネルギーの大きな部分を作るので、転位の運動への抵抗となる。その固着力は弾性的相互作用と同等程度であるが、転位の拡張部分が大きいので固着から抜け出す事はより困難となる。この転位と溶質原子の相互作用を一般的に化学的効果(chemical interaction)又は鈴木効果(Suzuki effect)という。鈴木効果が発現すると合金の硬さや引張り強度などの機械的特性が向上する。
【0025】
図1(a)に示すように、溶接原子や異なるすべり面の転位により転位が溶出原子(Solute atom)などにより局部的にピン止めされる場合、ピン止めにより転位はすべりづらくなっているが、ピン止め間において転位が張出すことが可能であり、転位の固着はそれほど強固ではない。
【0026】
一方、本実施形態のCo−Ni基合金に鈴木効果が発現する場合は、図1(b)に示すように転位が拡張してピン止めのような点状ではなく面状に転位が連続固着される。そのため、転位は張出すことができず、強固に固着される。このような転位の連続固着により、合金の強度が向上する効果に加え、転位がすべりづらくなり、転位の回復が遅れ、組織が安定化される。
本発明者らは種々の研究の結果、本実施形態のCo−Ni基合金において鈴木効果を発現できることを知見し、鈴木効果を利用して優れた特性のCo−Ni基合金を提供できることを見出した。
【0027】
本実施形態のCo−Ni基合金において、熱処理により鈴木効果が発現すると、図2(a)に示すように転位密度が高い領域(高密度転位領域)A中に、鈴木効果による拡張転位が起こり、転位が回復しない状態になっている転位密度の低い領域(低密度転位領域)Bが複数存在した組織となる。鈴木効果により転位が拡張し、転位が回復しづらい状態となっている低密度転位領域Bでは、転位の回復が遅れるために再結晶粒の成長が遅くなる。高転位密度領域Aは転位が拡張していないため、この領域が再結晶の粒核となって再結晶が進行するが、複数存在する低密度転位領域Bにより粒成長は進行しにくくなり、微細な再結晶粒が形成される。また、鈴木効果により転位が拡張し、転位の回復が遅れた領域Bでは、再結晶が進んでも集合組織を維持したまま成長する。そのため、本実施形態のCo−Ni基合金は、熱処理前の集合組織の主方位が、熱処理による再結晶後も同一の主方位を保つことができる。
【0028】
一方、鈴木効果が発現しない合金では、熱処理により転位の上昇運動と、再結晶粒の成長が進行し、再結晶により集合組織が変化する。鈴木効果が発現しない場合は、図2(b)に示すように、再結晶粒RGは隣接する再結晶粒とぶつかるまで成長を続けるため、10μm程度の粗大な再結晶粒が形成される。
【0029】
本実施形態のCo−Ni基合金は、Co、Ni、CrおよびMoを含んでなり、微細領域aと、変形双晶bとを有し、前記変形双晶bが前記微細領域aにより分断されてなる集合組織を有することが好ましい。図6に後述する実施例において得られたCo−Ni基合金試料の集合組織のTEM(透過型電子顕微鏡)明視野像写真を示し、図7に図6に示す集合組織の部分拡大したTEM明視野像写真を示す。なお、図6および図7に示すCo−Ni基合金は加工率70%の冷間圧延が施されてなる。図7の符号AおよびBで示す領域のディフラクションパターンはリング状となっており、これらの領域は様々な方位を有する多結晶化した微細領域aであることがわかる。また、図7の符号C〜Dで示す線状に見える領域のディフラクションパターンは、ディフラクションスポットが点状または規則性を有しており、ディフラクションスポットの位置関係から等しい方位を持った変形双晶bであることが分かる。本実施形態のCo−Ni基合金は、図6の広域写真で示すように、線状に見える変形双晶bが、破線で示した微細領域aにより格子状に分断されている集合組織を有する。
【0030】
本実施形態のCo−Ni基合金は、図6および図7に示すように格子状の変形双晶bを有し、一般的なCo−35Ni合金などの2元系の合金と比較して、非常に微細な変形双晶を有する。このような微細な変形双晶を優先的に形成し大きなせん断帯を形成しないことによりBrass方位の発達が遅延されることも、Goss方位が維持される要因であると考えられる。すなわち、前述の如く図6中で破線で示した領域および図7の符号A、Bで示した領域は、微細領域aであるが、これらの領域は非常に転位密度の高い領域であり、熱処理を行うことにより、図2(a)に示す高密度転位領域Aとなり、これらが再結晶の細かい粒核として多角化する。そして、これらの微細領域aに分断された変形双晶bにおいて、鈴木効果による転位の拡張および固着が起こり、転位の回復が遅れて、Goss方位が主方位のまま維持されると考えられる。
【0031】
また、本実施形態のCo−Ni基合金は、転位密度が1015−2以上である特長を有する。一般的な合金では、通常の熱処理後の転位密度が1010〜1012−2程度であり、冷間圧延加工を行っても転位密度は1012〜1014−2程度である。本実施形態のCo−Ni基合金の転位密度は一般的な合金と比較して高いが、前記したような多結晶化した微細領域および微細な変形双晶を有するので、一般的な合金よりも転位が入りやすいために転位密度が高くなると考えられる。
【0032】
本実施形態のCo−Ni基合金は、熱処理を行っても集合組織の主方位が変化しないため、合金の結晶制御の際に、集合組織の変化を考慮する必要が無く、熱処理の温度と時間のパラメータのみを考慮すればよいため、結晶制御が容易となる。図14(a)に本実施形態のCo−Ni基合金(冷間圧延加工率90%)の集合組織(111)正極点図を示し、図14(b)に同Co−Ni基合金を1050℃にて1時間の熱処理を行った後の集合組織(111)正極点図を示す。図14(a)および図14(b)に示すように、本実施形態のCo−Ni基合金は、1050℃、1時間の熱処理を行っても(111)正極点図のピークは殆ど変化せず、熱処理後の集合組織においてGoss方位が主方位であり、熱処理前の集合組織の主方位が保たれていた。この結果より、本実施形態のCo−Ni基合金は、1050℃の熱処理を行っても集合組織の主方位が保たれるため、結晶制御が容易であり、優れたCo−Ni基合金を得られることがわかる。
【0033】
次に、本実施形態のCo−Ni基合金の結晶制御方法を利用したCo−Ni基合金の製造方法について説明する。
まず、前記組成からなる合金を真空溶解炉で真空溶解し、炉冷して鋳塊(インゴット)を作製し、得られた鋳塊に一般的な方法で熱間鍛造を行った後、焼きなましを行う。次に、加工率15%以上の冷間圧延を施すことにより、前記した本実施形態のCo−Ni基合金を作製する。ここで、冷間圧延の加工率を15%以上とすることにより、得られるCo−Ni基合金の集合組織の主方位をGoss方位をとすることができる。また、冷間圧延の加工率が90%を超えるとBrass方位が発達しやすくなる場合があるため、90%以下の加工率で冷間圧延することが好ましい。なお、熱間鍛造および焼きなまし後には、本発明の集合組織は形成されていない。
【0034】
次いで、作製したCo−Ni基合金に熱処理を施す。熱処理条件は適宜変更可能であるが、350℃以上の温度で熱処理を行うことにより、鈴木効果が発現して転位の拡張および固着が起こり、転位の回復が遅れて集合組織の主方位が保たれ、熱処理後もGoss方位を主方位とすることができるため好ましい。また、加熱の初期段階で鈴木効果が発現するので、熱処理温度の上限値は特に限定されず、例えば1050℃程度の高温でも集合組織の主方位を保つことができるが、800℃以上では鈴木効果による転位の固着よりも再結晶が優勢となる傾向がある。そのため、熱処理の温度は350℃〜750℃の範囲がより好ましく、前記温度範囲で熱処理を行うことにより、効果的に鈴木効果を発現させて、集合組織の主方位を保つことができる。また、熱処理時間は熱処理温度によって適宜変更可能であるが、0.5時間以上3.5時間以下が好ましく、0.5時間以上1.5時間以下とすることがより好ましい。
以上の工程により、Co−Ni基合金の結晶制御を行いつつCo−Ni基合金を製造することができる。本実施形態のCo−Ni基合金の結晶制御方法は、熱処理により合金の集合組織の主方位を変化させることがないため、熱処理の温度および時間のみを考慮して熱処理を行うことにより合金の結晶制御を行うことが可能となる。
【0035】
本実施形態のCo−Ni基合金の結晶制御方法では、熱処理を行うことにより鈴木効果が発現し、図2(a)示すように、該Co−Ni基合金の集合組織を、転位密度が高い領域A中に転位密度が低い領域Bが複数存在する組織として再結晶させることにより、集合組織の主方位を保つことができる。
図19(a)に本実施形態のCo−Ni基合金の一例として、Ni:31質量%、Cr:19質量%、Mo:10.1質量%、Fe:2質量%、Ti:0.8質量%、Nb:1質量%及び残部Coの成分組成のCo−Ni基合金(加工率15%)のTEM明視野像写真を示し、図19(b)に同Co−Ni基合金を700℃にて1時間の熱処理を行った後の合金の集合組織写真を示す。熱処理を行うことにより、図19(b)に細かい縦線状に見える積層欠陥が多く発生しており、鈴木効果により転位が拡張・固着していることがわかる。
図19(c)はCo−35Ni合金(加工率15%)TEM明視野像写真を示し、図19(d)に同Co−35Ni合金を350℃にて1時間の熱処理を行った後の合金のTEM明視野像写真を示す。図19(d)に示すように、Co−35Ni合金では、熱処理を行うことにより、線状に見える転位が減少しており、転位が回復している。
【0036】
図17(a)に、本実施形態のCo−Ni基合金(加工率70%)を800℃で、処理時間5分、20分、60分の熱処理を行ったCo−Ni基合金のEBSD(電子線後方散乱回折法;Electron Backscatter Diffraction)を示す。図17(a)に示すように、本実施形態のCo−Ni基合金は再結晶および粒成長の進行が遅く、熱処理時間による再結晶粒の粒径の変化が小さく、800℃、60分間の熱処理を行っても再結晶粒の粒径は2μm程度であった。これに対し、比較例のCo−35Ni(加工率70%)では、図17(b)に示すように、350℃、60分間の熱処理により再結晶して、再結晶粒が粗大化していることがわかる。この結果より、本実施形態のCo−Ni基合金では、図2(a)に示すように、熱処理により転位密度が高い領域A中に転位密度が低い領域Bが複数存在する組織となり、再結晶粒が成長しても粒径が抑えられたと考えられる。
【0037】
本実施形態のCo−Ni基合金の結晶制御方法により得られるCo−Ni基合金は、集合組織の主方位が、熱処理前の集合組織の主方位と同一であり、結晶制御されている。
また、図17(a)に示すように、本実施形態のCo−Ni基合金の結晶制御方法により得られるCo−Ni基合金は、再結晶粒の成長が遅いため、微細な再結晶粒により構成される。そのため、加工性などの特性が向上されたCo−Ni基合金となる。さらに、本実施形態のCo−Ni基合金の結晶制御方法では、熱処理により鈴木効果が発現して転位の固着が起こり、すべりが難しくなるため、硬さや引張り強度などの機械的特性に優れるCo−Ni基合金を製造することができる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0039】
[X線回折]
フィリップス社製 X線回折装置 モノクロメーターを用いてX線回折測定を行った。
[EBSD(Electron Backscatter Diffraction;電子線後方散乱回折法]
EDAX社製 TSL−01Mにより測定した。
[TEM(透過型電子顕微鏡)観察]
JEOL社製 2000EXにより測定した。
[硬さ[HV]]
島津製作所社製 HMVにより測定した。
[0.2%耐力、引張強度(UTS)、伸び]
島津製作所社製 DSS−10Tにより測定した。
[RD//E及びTD//E]
日本テクノプラス社製 弾性率測定装置 JE−RTにより測定した。
【0040】
[転位密度]
転位密度は、T. Ungerにより提案されたWarren-Averbach methodにコントラストファクターC(歪み感受性の結晶面依存性に関する定数)を導入したModified Warren-Averbach method(J. Phys. Chem. Sol., 62, 2001, 1935-1941)を用いて算出した。
試料のX線回折プロフィールを測定し、生のプロフィールにバグランド除去後、測定誤差因子の校正をし、フーリエ変換に通して、各回折プロフィールからフーリエ長さ(L)に対応するフーリエ係数A(L)を求め、次の式(1)〜式(3)で表されるWarren-Averbachの計算式を用いて、組織の転位密度と性格パラメータが算出できる。
【0041】
【数1】

【0042】
式(1)〜式(3)中、bはバーガースベクトル、Rは転位による歪みバーの大きさ、ρは転位密度、K=2sinθ/λ、Oは転位間距離に基づく定数、A(L)は結晶粒径に基づくフーリエ係数、Lはコヒーレントな回折条件を満たす距離(フーリエ長さ)を示す。
式(2)に示すように、X(L)は式(1)の1次の項の係数であり、この式(2)は式(3)に変形できる。従って、X(L)/LをlnLに対してプロットすることにより、転位密度ρを求めることができる。なお、本実施例では、フィリップス社製 X線回折装置 モノクロメーターを用いてX線回折プロフィールを測定し、解析ソフトはオリジン(OriginLab Corporation社製)を用いた。
【0043】
[結晶子サイズ]
結晶子サイズは、結晶子サイズ=Kλ/(βcosθ)で表されるScherrerの式を用いで求めた。ここで、KはScherrer定数、λは使用X線の波長、βはX線回折ピークの半値幅、θはX線入射角2θを示す。なお、結晶子サイズとはサブグレインの大きさを表す。
【0044】
以下の実施例では、比較として、汎用合金であるSUS316Lと、Co−35Ni合金を使用した。Co−35Ni合金は、図3に示すように、本実施例のCo−Ni基合金と室温付近での積層欠陥エネルギーが室温付近で同程度であり、また、積層欠陥エネルギーの温度依存性がほぼ等しいため、比較材として選択した。ここで、図3に示すのは、fcc(面心立方格子)構造であるγ相からhcp(最密六方格子)構造であるε相に相変態する合金系の積層欠陥エネルギー(SFE:Stacking Fault Energy)である。SFEを熱力学的に計算する方法は、Mater. Sci. Eng. A 387-389 (2004) 158-162に記載されており、積層欠陥エネルギーγSFEは次に示す式(4)および式(5)により算出することができる。
【0045】
【数2】

【0046】
ここで、ΔGγ→εはγ→ε変態に伴うGibbsエネルギー変化、σγ/εはγ/ε境界の界面エネルギー、aはfcc相の格子定数(=0.354nm)、Nはアボガドロ数(=6.022×1023mol−1)であり、ΔGγ→εにはThermo-Calc (Thermo-Calc Software社製:ver.4.1.3.41,database:FE ver.6)用いて算出した値を使用した。また、式(4)における界面エネルギーの温度依存性は小さく、遷移金属ではその値は変わらないことから、本実施例では表面エネルギー項である2σγ/ε=15mJm−2として計算を行った。
【0047】
以下に示す実施例では、高周波真空誘導溶解炉にて、Ni:31質量%、Cr:19質量%、Mo:10.1質量%、Fe:2質量%、Ti:0.8質量%、Nb:1質量%及び残部Coの成分組成で各元素を配合、溶解して炉冷し、得られた鋳塊を100℃で熱間鍛造した後、1050℃で焼きなましを行うことにより得られた合金材(以下、「実施例用合金材」と称する。)を使用して各Co−Ni基合金を作製した。
また、比較例では、高周波真空誘導溶解炉にて、Ni:35質量%及び残部Coの成分組成で各元素を配合、溶解して炉冷し、得られた鋳塊を100℃で熱間鍛造下後、1000℃で焼きなましを行うことにより得られた合金材(以下、「比較例用合金材」と称する。)を使用して各Co−35Ni合金を作製した。
なお、以下の実施例及び比較例における熱処理は、真空中、昇温速度8℃/秒、冷却速度12℃/秒で行った。
【0048】
(実施例1)
実施例用合金材に加工率70%の冷間圧延を施すことにより、Co−Ni基合金を作製した。
(比較例1)
比較例用合金材に加工率70%の冷間圧延を施すことにより、Co−35Ni合金を作製した。
(比較例2)
比較例用合金材に加工率50%の冷間圧延を施すことにより、Co−35Ni合金を作製した。
【0049】
実施例1および比較例1の各合金についてX線回折測定を行った。図4(a)は実施例1のCo−Ni基合金の圧延集合組織(111)の正極点図であり、図4(b)は比較例1のCo−35Niの圧延集合組織(111)の正極点図である。また、図5(a)は図4(a)に示す正極点図のGoss方位、Copper方位およびBrass方位のピーク強度をプロットしたグラフであり、図5(b)は図4(b)に示す正極点図のGoss方位、Copper方位およびBrass方位のピーク強度をプロットしたグラフである。図4より、実施例1のCo−Ni基合金と比較例1のCo−35Ni合金は、圧延方向RDにGoss{110}<001>があり、図5の各方位のピーク強度比よりも集合組織においてGoss方位が主方位であることがわかった。
【0050】
次に、実施例1、比較例1、2の各合金の集合組織をTEM(透過型電子顕微鏡)により観察した。図6は、実施例1のCo−Ni基合金のTEM明視野像写真であり、図7は、図6をさらに拡大したTEM明視野像写真である。図7の符号AおよびBで示す領域のディフラクションパターンはリング状となっており、これらの領域は様々な方位を有する多結晶化した微細領域であることがわかる。また、図7の符号C〜Dで示す線状に見える領域のディフラクションパターンは、ディフラクションスポットが点状または規則性を有しており、ディフラクションスポットの位置関係から等しい方位を持った変形双晶であることが分かる。実施例1のCo−Ni基合金は、図6の広域写真で示すように、線状に見える変形双晶bが、破線で示した微細領域aにより格子状に分断されていた。
図8は比較例1のCo−35Ni合金のTEM明視野像写真であり、図9は比較例2のCo−35Ni合金のTEM明視野像写真である。図8および図9に示すように、比較例1および2の集合組織は、幅広バンド状の大きな変形双晶の組織となっており、実施例1のCo−Ni基合金ような格子状の変形双晶は見られなかった。
【0051】
(実施例2:サンプルNo.1〜7)
実施例用合金材に表1記載の加工率で冷間圧延を施すことにより、サンプルNo.1〜7のCo−Ni基合金を作製した。得られた各Co−Ni基合金についてX線回折測定および組織観察を行い、転位密度及び結晶子サイズを求めた。得られた結果を表1に併記した。表1には冷間圧延を施していない(加工率0%)実施例用合金材をサンプルNo.0として併記した。なお、表1において、EBSD(電子線後方散乱回折法)は、観察可能な場合を○、観察不可能な場合を×として判定した。また、図10に、冷間圧延加工率毎のCo−Ni基合金の転位密度および結晶子の関係をプロットしたグラフを示す。なお、図10において、丸印で結晶子サイズの各プロット点を示し、菱形印で転位密度の各プロット点を示している。
【0052】
【表1】

【0053】
表1および図10の結果より、加工率15%以上の冷間圧延を施したCo−Ni基合金は、転位密度が1015−2以上となっており、加工率15〜90%で冷間圧延を施したCo−Ni基合金は、集合組織においてGoss方位が主方位となることが確認された。
【0054】
さらに、No.1〜No.7のCo−Ni基合金、及び加工率15%から90%まで変化させたCo−35Ni合金について、圧延集合組織(111)、(001)、(110)の正極点図を測定し、これらの正極点図から3次元結晶方位分布関数(ODF)を計算し、Bunge方式による角度φ、φ、φの圧延集合組織の成分を求め、φ=45度で表示される圧延集合組織の成分の強度比より、最も強度の高い成分を各合金の圧延集合組織の主方位とした。表2にODFマップから得られた圧延集合組織の強度比=(求める成分の強度)/(全成分の強度の和)を示す。表2に示すように、No.1〜No.7のCo−Ni基合金および比較例のCo−35Ni合金には、Goss方位、Brass方位、Copper方位の他に、Copper twin方位およびDillamore方位が含まれていた。得られた各方位成分のうち、Goss方位、Copper方位およびBrass方位のピーク強度比をプロットしたグラフを図11に示す。図11(a)はNo.1〜No.7のCo−Ni基合金の各方位成分のピーク強度比であり、図11(b)は比較例のCo−35Ni合金各方位成分のピーク強度比である。図11(a)の結果より、実施例2のCo−Ni基合金の集合組織において、Goss方位の割合は35〜55%の範囲内となっていた。また、図12に、加工率70%のCo−Ni基合金、及び加工率70%のCo−35Ni合金のODFマップを示す。
【0055】
【表2】

【0056】
(実施例3)
実施例用合金材に加工率70%の冷間圧延を施してCo−Ni基合金を作製した。得られたCo−Ni基合金に、800℃にて熱処理を施した。800℃、5分間の熱処理を行ったCo−Ni基合金のEBSDと、800℃、60分間の熱処理を行ったCo−Ni基合金のEBSDを、熱処理前のCo−Ni基合金の(111)正極点図と共に図13に示した。その結果、図13に示すように、実施例3のCo−Ni基合金は、800℃、60分間の熱処理を行ってもEBSDピークは殆ど変化せず、圧延方向RDにGoss{110}<001>があった。したがって、実施例3のCo−Ni基合金は、熱処理後の集合組織においてGoss方位が主であり、熱処理前の集合組織の主方位が保たれていた。
【0057】
(比較例3)
比較例用合金材に加工率70%の冷間圧延を施してCo−35Ni合金を作製した。得られたCo−35Ni合金に、350℃にて熱処理を施した。350℃、5分間の熱処理を行ったCo−35Ni合金のEBSDと、350℃、60分間の熱処理を行ったCo−35Ni合金のEBSDを、熱処理前のCo−35Ni合金の(111)正極点図と共に図13に示した。その結果、図13に示すように、比較例3のCo−35Ni合金は、350℃の熱処理を行うことにより、圧延方向RDにあったGoss{110}<001>のピークが消失し、圧延幅方向TDに新たなピークが表れた。したがって、Co−35Ni合金は、熱処理を行うことにより、集合組織の主方位が変化した。
【0058】
(実施例4)
実施例用合金材に加工率90%の冷間圧延を施してCo−Ni基合金を作製した。得られたCo−Ni基合金に、1050℃、1時間の熱処理を施した。図14(a)は熱処理前のCo−Ni基合金の(111)正極点図であり、図14(b)は熱処理後のCo−Ni基合金の(111)正極点図である。図14(a)および図14(b)に示すように、実施例4のCo−Ni基合金は、1050℃、1時間の熱処理を行っても(111)正極点図のピークは殆ど変化せず、圧延方向RDにGoss{110}<001>があった。したがって、実施例4のCo−Ni基合金は、熱処理後の集合組織においてGoss方位が主であり、熱処理前の集合組織の主方位が保たれていた。
【0059】
(比較例4)
SUS316Lに加工率66%の冷間圧延を施してSUS316L−CRを作製した。得られたSUS316L−CRに、1050℃、1時間の熱処理を施した。図14(c)は熱処理前のSUS316L−CRの(111)正極点図であり、図14(d)は熱処理後のSUS316L−CRの(111)正極点図である。図14(c)および図14(d)に示すように、SUS316Lは、1050℃、1時間の熱処理を行うことにより、(111)正極点図が著しく変化していた。したがって、SUS316Lは、熱処理を行うことにより、集合組織の主方位が変化した。
【0060】
(実施例5)
実施例用合金材に加工率70%の冷間圧延を施してCo−Ni基合金を作製した。得られたCo−Ni基合金に、800℃にて熱処理を施した。800℃で、熱処理時間を変化させたCo−Ni基合金についてEBSDを測定した。図15は、得られたEBSDより再結晶粒の平均粒径を求め、熱処理時間に対してプロットしたグラフである。また、図16は、得られたEBSDより再結晶している領域の割合を求め、熱処理時間に対してプロットしたグラフである。さらに、図17(a)に、800℃で、処理時間5分、20分、60分の熱処理を行ったCo−Ni基合金のEBSDのKAN(Kernel Average Misorientation)像を示した。
【0061】
(比較例5)
比較例用合金材に加工率70%の冷間圧延を施してCo−35Ni合金を作製した。得られたCo−35Ni合金に、350℃にて熱処理を施した。350℃で、熱処理時間を変化させたCo−35Ni合金についてEBSDを測定した。得られたEBSDより再結晶粒の平均粒径を求め、熱処理時間に対して図15にプロットした。また、得られたEBSDより再結晶している領域の割合を求め、熱処理時間に対して図16にプロットした。さらに、図17(b)に、350℃で、処理時間0.5分、2.5分、60分の熱処理を行ったCo−35Ni合金のEBSDのKAN像を示した。
【0062】
図15、図16、および図17の結果より、比較例5のCo−35Ni合金は再結晶および粒成長の進行が速く、再結晶粒も350℃、60分間の熱処理により粒径10μm程度まで成長していた。これに対し、実施例5のCo−Ni基合金は再結晶および粒成長の進行が遅く、熱処理時間による再結晶粒の粒径の変化が小さく、800℃、60分間の熱処理を行っても再結晶粒の粒径は2μm程度であった。この結果より、実施例5のCo−Ni基合金では、図2(a)に示すように、熱処理により転位密度が高い領域中に転位密度が低い領域が複数存在する組織となり、再結晶粒が成長したと考えられる。すなわち、実施例5のCo−Ni基合金では熱処理により鈴木効果が発現して転位が拡張し、転位の回復が遅れて粒成長が遅くなっていると考えられる。
【0063】
(実施例6)
実施例用合金材に加工率15%の冷間圧延を施してCo−Ni基合金を作製した。得られたCo−Ni基合金に、700℃、1時間の熱処理を施した。図18は、熱処理前のCo−Ni基合金と熱処理後のCo−Ni基合金の硬さ[HV]をプロットしたグラフである。図19(a)は熱処理前のCo−Ni基合金のTEM明視野像写真であり、図19(b)は熱処理後のCo−Ni基合金のTEM明視野像写真である。
【0064】
(比較例6)
比較例用合金材に加工率15%の冷間圧延を施してCo−35Ni合金を作製した。得られたCo−35Ni合金に、350℃、1時間の熱処理を施した。熱処理前のCo−Ni基合金と熱処理後のCo−35Ni合金の硬さ[HV]を図18にプロットした。図19(c)は熱処理前のCo−35Ni合金のTEM明視野像写真であり、図19(d)は熱処理後のCo−35Ni合金のTEM明視野像写真である。
【0065】
図18の結果より、比較例6のCo−35Ni合金は、350℃、1時間の熱処理を行うことにより、硬さが著しく低下していた。これに対し、実施例6のCo−Ni基合金は、700℃、1時間の熱処理を行うことにより、硬さが向上していた。この結果より、実施例6のCo−Ni基合金では、熱処理により鈴木効果による転位の固着が起こり、すべりが難しくなり、硬さが向上したものと考えられる。また、図19に示すように、実施例6のCo−Ni基合金は、700℃、1時間の熱処理を行うことにより、図19(b)に細かい縦線状に見える積層欠陥が多く発生しており、鈴木効果により転位が拡張・固着していることがわかる。これに対し、図19(c)および図19(d)に示す比較例6のCo−35Ni合金では、350℃、1時間の熱処理を行うことにより、線状に見える転位が減少しており、転位が回復していることがわかる。
【0066】
(実施例7)
実施例用合金材に加工率70%の冷間圧延を施してCo−Ni基合金を作製した。得られたCo−Ni基合金に、800℃にて、熱処理時間を変化させて熱処理を行い、熱処理時間によるCo−Ni基合金の硬さの変化を測定した。結果を図20にプロットした。
【0067】
(比較例7)
比較例用合金材に加工率70%の冷間圧延を施してCo−35Ni合金を作製した。得られた350℃または500℃の熱処理を熱処理時間を変化させて行い、熱処理温度および熱処理時間によるCo−35Ni合金の硬さの変化を測定した。結果を図20にプロットした。
【0068】
図20の結果より、Co−35Ni合金は熱処理を行うことにより、硬さが著しく低下していた。これに対し、実施例7のCo−Ni基合金では、鈴木効果の発現により800℃、1分の熱処理で硬さが向上しており、その後も鈴木効により転位の回復が遅れることにより、硬さの変化がゆるやかであった。
【0069】
(実施例8)
実施例用合金材に加工率90%の冷間圧延を施してCo−Ni基合金を作製した。得られたCo−Ni基合金に熱処理時間1時間、熱処理温度を350℃から1050℃まで変化させて熱処理を行い、熱処理温度による硬さの変化を測定した。結果を図21にプロットした。
【0070】
(比較例8)
比較例用合金材に加工率90%の冷間圧延を施してCo−35Niを作製した。得られたCo−35Ni合金に熱処理時間1時間で350℃または600℃の熱処理を行い、熱処理温度による硬さの変化を測定した。結果を図21にプロットした。
【0071】
図21の結果より、Co−35Ni合金は熱処理を行うことにより、硬さが著しく低下していた。これに対し、実施例8のCo−Ni基合金では、350℃以上の熱処理を行うことにより硬さが向上しており、350℃以上の熱処理により鈴木効果が発現することが確認できた。また、加熱の初期段階で鈴木効果が発現するので、加熱温度は1050℃でもよいが、800℃以上では鈴木効果による転位の固着よりも再結晶が優勢となり、硬さが低下する。そのため、加熱温度は350℃〜750℃の範囲がより好ましいことが確認された。
【0072】
(実施例9:サンプルNo.8〜14)
実施例用合金材に加工率90%の冷間圧延を施すことにより、サンプルNo.8〜14のCo−Ni基合金を作製した。得られた各Co−Ni基合金に表3に示す熱処理条件で熱処理を施した。熱処理後の各Co−Ni基合金についてX線回折測定、組織観察、力学特性の測定を行った。得られた結果を表3に併記した。なお、表3において、EBSD(電子線後方散乱回折法)は、観察可能な場合を○、観察不可能な場合を×として判定した。
【0073】
【表3】

【0074】
表3の結果より、650℃以上の温度で熱処理されたCo−Ni基合金は、いずれも集合組織がGoss方位を主方位としており、熱処理前の集合組織の主方位と同一であった。また、熱処理を施すことにより、力学特性が向上していた。
【0075】
(実施例10:サンプルNo.15〜22)
実施例用合金材に加工率90%の冷間圧延を施すことにより、サンプルNo.15〜22のCo−Ni基合金を作製した。得られた各Co−Ni基合金に表4に示す熱処理条件で熱処理を施した。熱処理後の各Co−Ni基合金についてX線回折測定、組織観察、力学特性の測定を行った。得られた結果を表4に併記した。
【0076】
【表4】

【0077】
表4の結果より、700℃にて0.5時間以上の時間熱処理されたCo−Ni基合金は、いずれも集合組織がGoss方位を主方位としており、熱処理前の集合組織の主方位と同一であった。また、熱処理を施すことにより、力学特性が向上していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Co、Ni、CrおよびMoを含んでなり、集合組織がGoss方位を主方位とすることを特徴とするCo−Ni基合金。
【請求項2】
Co、Ni、CrおよびMoを含んでなり、微細領域と、変形双晶とを有し、前記変形双晶が前記微細領域により分断されてなることを特徴とするCo−Ni基合金。
【請求項3】
Co、Ni、CrおよびMoを含んでなり、転位密度が1015−2以上であることを特徴とするCo−Ni基合金。
【請求項4】
組成が質量比で、Co:28〜42%、Cr:10〜27%、Mo:3〜12%、Ni:15〜40%、Ti:0.1〜1%、Mn:1.5%以下、Fe:0.1〜26%、C:0.1%以下及び不可避不純物を含むと共に、Nb:3%以下、W:5%以下、Al:0.5%以下、Zr:0.1%以下、B:0.01%以下からなる群より選択される少なくとも1種を含んでなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のCo−Ni基合金。
【請求項5】
集合組織において、Goss方位の割合が35〜55%であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のCo−Ni基合金。
【請求項6】
加工率15%以上の冷間圧延を施されてなることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のCo−Ni基合金。
【請求項7】
熱処理後の集合組織の主方位が、熱処理前の集合組織の主方位と同一であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のCo−Ni基合金。
【請求項8】
熱処理を行うことにより、転位密度が高い領域中に、転位密度が低い領域が複数存在する組織になることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載のCo−Ni基合金。
【請求項9】
Co、Ni、CrおよびMoを含んでなる合金に加工率15%以上の冷間圧延を施して請求項1〜5のいずれか一項に記載のCo−Ni基合金を作製し、該Co−Ni基合金に熱処理を行うことにより、該Co−Ni基合金の組織を、転位密度が高い領域中に転位密度が低い領域が複数存在する組織として、熱処理後の集合組織の主方位を、熱処理前の集合組織の主方位と同一にすることを特徴とするCo−Ni基合金の結晶制御方法。
【請求項10】
前記Co−Ni基合金の集合組織が、Goss方位を主方位とすることを特徴とする請求項9に記載のCo−Ni基合金の結晶制御方法。
【請求項11】
前記熱処理を、350℃以上の温度で行うことを特徴とする請求項9または10に記載のCo−Ni基合金の結晶制御方法。
【請求項12】
前記熱処理を、350℃〜750℃の温度で行うことを特徴とする請求項9〜11のいずれか一項に記載のCo−Ni基合金の結晶制御方法。
【請求項13】
請求項9〜12のいずれか一項に記載の結晶制御方法を用いることを特徴とする結晶制御されたCo−Ni基合金の製造方法。
【請求項14】
請求項9〜12のいずれか一項に記載のCo−Ni基合金の結晶制御方法を用いて製造されることを特徴とする結晶制御されたCo−Ni基合金。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図10】
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【図11】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図18】
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【図20】
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【図21】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図12】
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【図13】
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【図17】
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【図19】
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【公開番号】特開2012−62538(P2012−62538A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−208401(P2010−208401)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(000002325)セイコーインスツル株式会社 (3,629)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)