DNA修復応答の亢進方法及び亢進剤
【課題】DNA損傷を修復する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御している遺伝子の存在を明らかとし、この遺伝子を利用して環境因子によってもたらされるDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進する。
【解決手段】肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることにより、環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させるようにした。
【解決手段】肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることにより、環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させるようにした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNA修復応答の亢進方法及び亢進剤に関する。さらに詳述すると、本発明は、化学物質や放射線といった肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露された哺乳動物のDNA修復応答を亢進する方法及びDNA修復応答亢進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
化学物質や放射線、紫外線等といった様々な環境因子は、DNA損傷を引き起こす要因となり得る。損傷したDNAは、DNA損傷部位への修復因子のリクルート及びDNAチェックポイントを担う因子であるBRCA1(Breast cancer associated gene 1)遺伝子やMDC1(Mediator of DNA damage checkpoint 1)遺伝子といったDNA損傷修復において中枢的な役割を果たす遺伝子の発現によってその修復がなされることが知られている(非特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Deng, C.X. & Wang, R.H. Roles of BRCA1 in DNA damage repair: a link between development and cancer. Hum Mol Genet 12 Spec No 1, R113-123 (2003).
【非特許文献2】Stucki, M. & Jackson, S.P. MDC1/NFBD1: a key regulator of the DNA damage response in higher eukaryotes. DNA Repair (Amst) 3, 953-957 (2004).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子といったDNA損傷を修復する個々の中枢的な遺伝子は明らかにされつつあるものの、これらの発現を一括して上流で制御している遺伝子は未だ明らかとされていない。DNA損傷を修復する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御している遺伝子の存在が明らかとなれば、種々の利益が得られるものと考えられる。
【0005】
即ち、DNA損傷を修復する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御している遺伝子の存在が明らかとなれば、この遺伝子の発現を制御することによって、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子といったDNA損傷を修復する個々の中枢的な遺伝子の発現を制御することができ、環境因子によってもたらされるDNA修復応答性をコントロールすることも可能になる。
【0006】
そこで、本発明は、DNA損傷を修復する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御している遺伝子の存在を明らかとし、この遺伝子を利用して環境因子によってもたらされるDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進する方法及びDNA修復応答亢進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる課題を解決するため、本願発明者が鋭意研究を行った結果、絶食応答や脂質代謝等の生理機能を担っていることが知られているPDK4(Pyruvate dehydrogenase kinase 4)遺伝子が、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子に代表されるDNA修復に関する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御して、環境因子によってもたらされるDNA損傷を修復する機能を担っていることを新たに知見した。
【0008】
そこで、本願発明者は、上記知見に基づき、環境因子によって肝細胞にDNA損傷を生じさせたマウスの肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させてその効果を検証した結果、肝細胞におけるDNA損傷の修復が亢進されることを確認した。この結果から、哺乳動物全般について、肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることで、肝細胞のDNA損傷の修復応答を亢進できる可能性が導かれることを知見し、本願発明に至った。
【0009】
即ち、本発明のDNA修復応答の亢進方法は、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることにより、環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させるようにしている。
【0010】
また、本発明のDNA修復応答亢進剤は、PDK4遺伝子を含み、哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させる組み換えウィルスベクターを有効成分とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のDNA修復応答の亢進方法及びDNA修復応答亢進剤によれば、環境因子によってもたらされる肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させることが可能となる。したがって、肝細胞のDNA損傷に起因する疾病発現リスクを抑えることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】モデル物質の曝露履歴とPDK4遺伝子の発現量との関係を示す図である。
【図2】モデル物質の曝露履歴とPDK4タンパク質の発現量との関係を示す図である。
【図3】モデル物質の曝露履歴とPDK4遺伝子以外の絶食時誘導性遺伝子の発現量との関係を示す図である。
【図4】モデル物質の曝露履歴とPPARαによって誘導されるPDK4以外の遺伝子の発現量との関係を示す図である。
【図5A】PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクターの構成を示す図である。
【図5B】PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクターをHepG2細胞に感染させた際のPDK4遺伝子の発現状態を示す図である。
【図6A】PDK4遺伝子の発現を抑制させるためのアデノウィルスベクターの構成を示す図である。
【図6B】PDK4遺伝子の発現を抑制させるためのアデノウィルスベクター、もしくは比較実験用ベクター(Ad-miR-nega)をそれぞれPDK4強発現アデノウィルスベクター(Ad-PDK4)と同時にHepG2細胞に感染させた際のPDK4遺伝子の発現状態を示す図である。
【図7】PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクターを用いてマウス肝臓内で遺伝子操作を行うことにより5倍以上の発現上昇を示した遺伝子を示す図である。
【図8】PDK4遺伝子の強発現時におけるタンパク質の発現レベルをウェスタンブロット解析により確認した結果を示す図である。
【図9】PDK4遺伝子の発現制御時におけるタンパク質の発現レベルをウェスタンブロット解析により確認した結果を示す図である。
【図10】PDK4遺伝子を強発現させた上でCCl4を投与した際の肝臓表面、および組織切片の顕微鏡写真である。
【図11】CCl4による組織傷害に際し、PDK4遺伝子の強発現の有無によるタンパク質の発現レベルおよびリン酸化の相違、並びにG2/M期のDNAチェックポイントの活性化を示す図である。
【図12】PDK4遺伝子の発現を抑制させた上でCCl4を投与した際の肝臓表面、および組織切片の顕微鏡写真である。
【図13】CCl4による組織傷害に際し、PDK4遺伝子の発現抑制の有無によるタンパク質の発現レベルおよびリン酸化の相違、並びにG2/M期のDNAチェックポイントの不活性化を示す図である。
【図14】小核試験の結果を示す図である。
【図15】未感染マウスとアデノウィルスに感染させたマウスのウェスタンブロット解析による比較結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0014】
本発明は、PDK4遺伝子の新たな機能を知見したことに基づいてなされた発明である。即ち、PDK4遺伝子は絶食応答や脂質代謝等の生理機能を担っていることが従来から知られていたが、本願発明者は、PDK4遺伝子が、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子に代表されるDNA修復に関する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御することにより、環境因子によってもたらされる肝細胞のDNA損傷を修復する機能があることを新たに知見したことに基づいてなされた発明である。
【0015】
以下、PDK4遺伝子の新規機能を利用したDNA修復応答の亢進方法及びDNA修復応答亢進剤について説明する。
【0016】
尚、本明細書における環境因子とは、例えば、化学物質、放射線等といった肝細胞のDNAに損傷を与え得る環境因子を意味している。
【0017】
本発明のDNA修復応答の亢進方法は、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることにより、環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させるようにしている。
【0018】
本発明のDNA修復応答の亢進方法の適用対象は、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物である。つまり、環境因子に曝露されて肝細胞でDNA損傷が生じたヒトを除く哺乳動物は勿論のこと、環境因子に曝露されたものの、肝細胞でのDNA損傷が生じたか否かが定かではないヒトを除く哺乳動物についても、予防的にDNA修復応答を亢進することによって、発癌等の疾病発現リスクを低減することができる。ヒトを除く哺乳動物としては、具体的には、例えば、マウス、ラット、モルモット、イヌ、ネコ、サル等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。尚、ヒトについても本発明のDNA修復応答の亢進方法の適用対象となり得る。
【0019】
肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させる方法としては、例えば、PDK4遺伝子を含み、哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させる組み換えウィルスベクターを、本発明の適用対象に感染させる方法が挙げられる。
【0020】
具体的には、PDK4遺伝子と共に、PDK4遺伝子の発現上昇を肝臓に限局すべく、例えばプロモーターとしてアルブミンを組み込んだ組み換えウィルスベクターを用いる。ここで、ウィルスベクターとしては、アデノウィルスベクターを用いることが好ましい。アデノウィルスベクターは肝臓に蓄積されやすい性質を有していることから、PDK4遺伝子の発現上昇を肝臓に限局するためのプロモーターを必ずしも組み込まなくてよいという利点がある。
【0021】
組み換えウィルスベクターを作製する方法としては、公知あるいは新規の方法を適宜採用することができる。例えば、アデノウィルスベクターにPDK4遺伝子を組み込んで組み換えウィルスベクターを作製する方法としては、PDK4 cDNAをCMV(サイトメガロウィルス)プロモーターの下流、およびSV40由来polyA付加シグナルの上流に挿入した発現カセットをinvitrogen製のゲートウェイシステムを利用し、アデノウィルスベクターに組み込む方法が挙げられるが、この方法に限定されるものではない。
【0022】
本発明の適用対象をベクターに感染させる方法としては、公知あるいは新規の方法を適宜採用し得る。例えば、肝臓に直接注入して感染させてもよいし、静脈に注入することにより感染させるようにしてもよい。尚、マウスに対してアデノウィルスベクターを用いる場合には、尾静脈からの注入でほぼ全量が肝臓にトラップされ、肝臓にて感染が起こる。
【0023】
以上の方法により、肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることができる。これにより、環境因子によってもたらされる肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させることが可能となる。したがって、環境因子による肝細胞のDNA損傷に起因する疾病発現リスクの低下を図ることが可能となる。より詳細には、肝細胞におけるPDK4遺伝子の強発現によって、損傷DNAを有する細胞の増殖が抑えられると共に、損傷DNAの修復が行われる。これにより、DNA損傷に起因する疾病リスクの低下を図ることができる。
【0024】
組み換えウィルスベクターは、これを有効成分とするDNA修復応答亢進剤として利用することができる。例えば、必要に応じて薬学的に許容可能な添加剤、例えば、抗酸化剤、保存剤、着色剤、希釈剤、乳化剤、懸濁化剤、アジュバントなどを添加した液剤や注射剤といった薬剤の分野における常套の形態で利用することができる。
【0025】
本発明のDNA修復応答亢進剤の有効成分である組み換えウィルスベクターの投与量は特に限定されるものではなく、組み換えウィルスベクターの投与量として一般的なものとすればよい。例えば、マウスの場合は1×108PFU〜1×1010PFU程度、ヒト(成人)の場合には1×1012PFU〜4×1012PFU程度とすればよいが、この量に限定されるものではない。また、本発明のDNA修復応答亢進剤は、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露された後できるだけ速やかに投与することが疾病リスクを低減する上で好ましい。また、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露される前、好ましくは曝露される直前に投与してもよい。例えば、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露される危険性のある作業等を行う作業者に対し、本発明のDNA修復応答亢進剤を予め投与しておけば、環境因子によって肝細胞のDNA損傷が生じた場合に速やかに損傷DNAの修復が行われることになる。したがって、疾病リスクを低減することができる。
【0026】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、PDK4遺伝子が、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子に代表されるDNA修復に関する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御することにより、環境因子によってもたらされる肝細胞のDNA損傷を修復する機能を有することを利用して、DNA修復応答性を診断することも可能である。
【0027】
具体的には、環境因子に曝露された被検体(例えば、マウス、ラット、モルモット、イヌ、ネコ、サル、ヒト等の哺乳動物)について、肝細胞におけるDNA損傷の定量分析を行うと共に、PDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の定量分析を行う。そして、DNA損傷に対するPDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の定量値に基づき、被検体のDNA修復応答性を診断することができる。
【0028】
DNA損傷の定量分析のサンプルとなる肝細胞を採取する方法としては、例えば、体表面から中空の針を刺してその中に肝組織の一部を採取する所謂バイオプシー法が挙げられるがこの方法に限定されるものではない。
【0029】
DNA損傷の定量分析法としては、公知または新規の方法を適宜採用することができる。具体的には、例えば、脱プリン・脱ピリミジン(AP)サイトの検出による定量分析法や、コメットアッセイによる染色体切断検出を利用した定量分析法が挙げられる。脱プリン・脱ピリミジン(AP)サイトの検出による定量分析法は、DNA酸化損傷などが細胞内で修復される際に形成される中間体である脱プリン・脱ピリミジン(AP)サイトを検出するものであり、例えば、DNA損傷部位ビオチン化キット(ARP Kit−DNA損傷部位ビオチン化キット(AP Site)−347−07861、同仁化学)等を用いることができる。また、コメットアッセイによる染色体切断検出を利用した定量分析法は、肝細胞をばらし、アガロースゲル中に包埋させて界面活性剤等で当該細胞を溶解させた後、アルカリにて当該細胞中のDNAを変性させて1本鎖化させ、これを電気泳動に供してDNA断片を多く含む細胞の割合を検出することにより、DNA損傷を定量分析する手法である。より具体的には、Environmental and Molecular Mutagenesis 35 (2000)p206−221や、Journal of Ethnopharmacology 125 (2009) p97〜101に記載された方法により実施することができる。尚、本発明のDNA修復応答の亢進方法は、適用対象となる個体のDNA損傷を上記の方法により定量的に分析してDNA損傷の有無及びその程度を確認した後に実施するようにしてもよい。また、本発明のDNA修復応答の亢進剤は、適用対象となる個体のDNA損傷を上記の方法により定量的に分析してDNA損傷の有無及びその程度を確認した後に投与するようにしてもよい。
【0030】
PDK4遺伝子の発現量は、例えば以下の方法により定量分析することができる。即ち、採取した肝組織から例えばフェノール法等によりRNAを抽出及び精製し、このRNAを鋳型として逆転写酵素によりcDNAを作製する。そして、リアルタイムPCRや半定量PCRを利用して、得られたcDNAをPDK4遺伝子のみを増幅するプライマーと反応させることにより、PDK4遺伝子の発現量を定量分析することができる。但し、PDK4遺伝子の発現量の定量分析方法は、この方法に限定されるものではなく、公知または新規の方法を適宜採用することができる。
【0031】
PDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量は、例えばウエスタンブロット解析により行うことができる。また、抗体を利用した高感度検出法であるELISA法を採用することもできる。また、タンパク質量が少量の場合には、質量分析法により得られたマススペクトルに基づいてタンパク質の定性・定量分析を行う手法も採用することができる。但し、PDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量の定量分析方法は、この方法に限定されるものではなく、公知または新規の方法を適宜採用することができる。
【0032】
被検体のDNA修復応答性の診断は、例えば以下のようにして行う。同種個体について10個体以上、好ましくは30個体以上、より好ましくは50個体以上、さらに好ましくは100個体以上について、上記方法によりDNA損傷の定量値に対するPDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量の定量値を得て、データベースを作成し、このデータベースにおける平均値との比較分析を行う。そして、DNA損傷に対してPDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量が平均値よりも大きいと判断される場合には、DNA修復応答性が高いと判断される。逆に、DNA損傷に対してPDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量が平均値よりも小さいと判断される場合には、DNA修復応答性が低いと判断される。
【実施例】
【0033】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0034】
(1)候補遺伝子探索
以下に説明する二段階の遺伝子選別(スクリーニング)により、候補遺伝子の探索を行った。
【0035】
一段階目のスクリーニングでは、対象となる環境因子を限定することなく、多くの環境因子による毒性発現プロセスに共通する素過程、例えば、活性酸素産生、細胞傷害、DNA損傷、組織の修復及び線維化に着目し、これらに関与する可能性の高い遺伝子を選出することを目的とした。具体的には、共通素過程を引き起こし得るモデル物質としてエチルベンゼンを使用し、エチルベンゼンをマウスに投与して、マウスの肝臓において発現上昇する遺伝子の選別を行った。
【0036】
二段階目のスクリーニングでは、適応応答プロセスに関与する遺伝子、即ち、長期的なリスクを規定している可能性が高い遺伝子を選出することを目的とした。具体的には、EB(エチルベンゼン)とPBS(Phosphate Buffered saline)を以下の(a)〜(d)の組み合わせで投与することにより、一段階目で選出された遺伝子の中から、さらにモデル物質であるエチルベンゼンへの反復暴露によって発現応答が更に増強される遺伝子の選別を行った。尚、試薬の1回目の投与から2回目の投与までの間隔は7日間とした。
(a)PBS → PBS
(b)EB → PBS
(c)PBS → EB
(d)EB → EB
【0037】
スクリーニングの結果、図1及び図2に示されるように、エチルベンゼン曝露による履歴によってPDK4遺伝子とPDK4タンパク質の発現量の増加が見られたことから、候補遺伝子としてPDK4遺伝子を選別した。尚、図1は二段階目の処理から5時間後に得られた結果であり、図2は二段階目の処理から24時間後に得られた結果である。
【0038】
ここで、PDK4遺伝子は、絶食等により血中グルコース濃度が低下することによって発現が誘導されるエネルギー代謝の制御遺伝子であり、PDC(pyruvate dehydrogenase complex)の脱水素酵素コンポーネントをリン酸化することでその活性を制御し、その結果、グルコースからのエネルギー産生を抑え、脂肪酸やアミノ酸を原材料としたエネルギー生産へと切り替える役割を担っていることが知られている(参考文献1:YAKUGAKU ZASSHI 127(1) 153-162(2007))。スクリーニングを行う際に使用したモデル物質であるエチルベンゼンは、その投与によって酩酊状態を引き起こし、結果、短期的に動物の摂食行動を抑制する物質である。しかしながら、図3に示されるように、本実施例では、PDK4以外の絶食時誘導性遺伝子として知られているG6Pase(glucose-6-phosphatase)及びPEPCK(phosphoenolpyruvate carboxykinase 1)については(参考文献2:Lin, J., Handschin, C. & Spiegelman, B.M. Metabolic control through the PGC-1 family of transcription coactivators. Cell Metab 1, 361-370 (2005).、参考文献3:Mootha, V.K., et al. Erralpha and Gabpa/b specify PGC-1alpha-dependent oxidative phosphorylation gene expression that is altered in diabetic muscle. Proc Natl Acad Sci U S A 101, 6570-6575 (2004).)、エチルベンゼン投与による発現応答は観察されなかった。このことから、PDK4遺伝子はエチルベンゼンによって引き起こされる短期的な絶食状態とは無関係に発現上昇していることが示唆された。
【0039】
また、肝臓における脂質代謝の制御を担う転写因子であるPPARα(peroxisome proliferator activated receptor alpha)及びそのリガンドがPDK4遺伝子の発現を上昇させることが報告されている(参考文献4:Wu, P., Inskeep, K., Bowker-Kinley, M.M., Popov, K.M. & Harris, R.A. Mechanism responsible for inactivation of skeletal muscle pyruvate dehydrogenase complex in starvation and diabetes. Diabetes 48, 1593-1599 (1999).、参考文献5:Huang, B., Wu, P., Bowker-Kinley, M.M. & Harris, R.A. Regulation of pyruvate dehydrogenase kinase expression by peroxisome proliferator-activated receptor-alpha ligands, glucocorticoids, and insulin. Diabetes 51, 276-283 (2002))。しかしながら、図4に示されるように、エチルベンゼンの投与に際しては、PPARαによって誘導されるPDK4以外の遺伝子であるAcadm(acyl-Coenzyme A dehydrogenase, C-4 to C-12 straight chain)、Hsd17b4(hydroxysteroid(17-beta) dehydrogenase 4) 、Acadl(acyl-Coenzyme A dehydrogenase, long chain)の発現に関しては変化が無いことから、PDK4遺伝子はPPARαとは無関係に発現上昇していることが示唆された。
【0040】
以上の解析結果から、PDK4遺伝子は、絶食応答や脂質代謝等の既知の生理機能とは別に、組織傷害が生じた際に何らかの未知の役割を果たしていることが考えられた。
【0041】
(2)PDK4遺伝子の機能解析
PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクター及びPDK4遺伝子の発現を抑制するためのアデノウィルスベクターを構築し、アデノウィルスベクターが肝臓に蓄積しやすい性質を利用して、構築したアデノウィルスベクターをマウスの尾静脈に注入して肝臓に蓄積・感染させ、マウス肝細胞に対し遺伝子操作を施した。そして、この遺伝子操作によって発現に変化が見られる遺伝子に基づき、PDK4遺伝子の機能の解析を行った。
【0042】
PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクター(Ad−PDK4)は以下のようにして得た。pCMVβ (Clontech)に含まれるCMVプロモーター、およびSV40 polyA付加シグナルをそれぞれクローニングしたマウスPDK4 cDNAコーディング領域の上流、および下流に結合し作製した発現カセットをEntry 4 ベクター(Invitrogen)のEcoRI、SalIサイトにはさまれる領域に挿入し、その後ゲートウェイシステム(invitorogen)を利用して、当該発現カセットをアデノウィルスベクター(pAd/PL-DEST (Invitrogen))に組み込んだ。また、比較実験用として、上記発現カセットに相当する領域の一切を欠いたアデノウィルスベクター(Ad−control)を準備した。図5Aにこれらのアデノウィルスベクターの構成を示す。また、これらのアデノウィルスベクターをHepG2細胞に感染させた際のPDK4遺伝子の発現状態を図5Bに示す。Ad−controlに感染させた場合にはPDK4遺伝子の発現が見られなかったのに対し、Ad−PDK4に感染させた場合にはPDK4遺伝子の発現が見られた。
【0043】
PDK4遺伝子の発現を抑制するためのアデノウィルスベクター(Ad−miR392)は以下のようにして得た。マウスPDK4 cDNA配列からinvitorogen社、オンラインmiR配列デザインサービスより予測されたmiR392配列をmiR発現ベクターpcDNA6.2-GW/miR (Invitrogen)に導入した。当該ベクターのうちBamHI 、BglIIサイトによってはさまれるフランキング領域およびmiR392配列に対してpCMVβ(Clontech)由来CMVプロモーター、およびSV40 polyA付加シグナルをそれぞれ上流、および下流に結合し、発現カセットを作成した。当該発現カセットをEntry 4 ベクター(Invitrogen)のEcoRI、SalIサイトにはさまれる領域に挿入し、ゲートウェイシステム(invitorogen)を利用して、アデノウィルスベクター(pAd/PL-DEST (Invitrogen))に組み込んだ。また、比較実験用として、いずれの遺伝子の翻訳も阻害しない配列であるmiR negative controlをmiR392の代わりに組み込んだアデノウィルスベクター(Ad−miR-nega)を準備した。miR negative controlに相当する配列は、Block-it pol II miR RNAi expression vector kit(invitrogen)に含まれるpcDNA 6.2-GW/EmGFP-miR-neg control plasmidに由来するものである。図6Aにこれらのアデノウィルスベクターの構成を示す。また、配列表の配列番号1にmiR negative controlの塩基配列を示し、配列番号2にmiR392の塩基配列を示す。さらに、これらのアデノウィルスベクターをHepG2細胞に感染させた際のPDK4遺伝子の発現状態を図6Bに示す。強発現ベクターであるAd−PDK4を感染させた細胞に対してAd−miR-negaを重ねて感染させた場合にはPDK4遺伝子の発現が見られたのに対し、強発現ベクターAd−PDK4に加えてAd−miR392を感染させた場合にはPDK4遺伝子の発現が見られず、Ad−miR392により、PDK4遺伝子の発現を抑制できることが確認された。
【0044】
遺伝子操作により発現上昇する遺伝子をマイクロアレイによって検索した。遺伝子操作は、上記アデノウィルスベクター(1×109PFU)をマウスの尾静脈より注射して行った。遺伝子の検索は、上記アデノウィルスベクターを注射してから3日後のマウスの肝細胞を用いて実施した。結果を図7及び表1〜表3に示す。細胞増殖およびDNA損傷修復を担う遺伝子の顕著な発現上昇が観察された。
【0045】
【表1】
【表2】
【表3】
【0046】
表1〜表3に示した遺伝子の中でも殊に細胞増殖あるいはDNA損傷修復において中枢的な役割を果たす因子に関して、PDK4遺伝子の強発現及び発現制御時におけるタンパク質の発現レベルをウェスタンブロット解析により確認した。結果を図8及び図9に示す。解析の結果、損傷を受けた肝臓において細胞の増殖を促すReg2(Regenerating islet derived 2)、Reg3b(Regenerating islet derived 3b)に関しては、PDK4遺伝子の発現操作(強発現及び発現抑制)に際して、タンパク質レベルの発現変化は生じないことが明らかとなった。
【0047】
一方で、DNA損傷部位への修復因子のリクルート及びDNAチェックポイント(DNA断片の損傷依存的に細胞の増殖を止める働き)の活性化を担う因子、BRCA1(Breast cancer associated gene 1、非特許文献1)及びMDC1(Mediator of DNA damage checkpoint 1、非特許文献2)は、PDK4遺伝子の強発現及び発現制御に際して、タンパク質レベルがそれぞれ増加、減少することが明らかとなった。また、DNA二本鎖切断を相同組み換えにより修復するRad51(参考文献6:Lim, D.S. & Hasty, P. A mutation in mouse rad51 results in an early embryonic lethal that is suppressed by a mutation in p53. Mol Cell Biol 16, 7133-7143 (1996).)についても、PDK4遺伝子の発現操作(強発現及び発現抑制)によってタンパク質レベルで発現変化(増加及び減少)することが明らかとなった。さらに、DNA損傷に際して塩基除去修復及びヌクレオチド除去修復に中心的な役割を担うPCNA(Proliferating cell nuclear antigen、参考文献7:Tsurimoto, T. PCNA, a multifunctional ring on DNA. Biochim Biophys Acta 1443, 23-39 (1998).)に関しては、PDK4遺伝子の強発現に際して転写(mRNA産生)レベルの発現変化は伴わないものの、タンパク質レベルで顕著な増加が認められ、PDK4遺伝子の発現抑制に際してはその減少が確認された。
【0048】
以上、遺伝子の転写レベルとタンパク質の発現レベルとの間に相違はあるものの、PDK4遺伝子が、肝臓においてDNA修復及びDNAチェックポイントの中枢的制御因子を上流で一括して制御していることが明らかとなった。
【0049】
また、マウスの肝臓を70%切除することにより、PDK4遺伝子の発現が上昇するか否かについて検討を行ったところ、PDK4遺伝子の発現の上昇は見られなかった。肝臓の部分切除によって免疫細胞の働きにより組織細胞の壊死は生じるものの、DNA損傷は生じ得ないことから、PDK4遺伝子の発現応答は、DNA損傷に依存している可能性が高いものと考えられた。
【0050】
(3)組織傷害に対するPDK4遺伝子の効果の検証
組織傷害に際してPDK4遺伝子がどのような効果を持つか検証するため、上記(2)と同様にマウス肝臓に対してアデノウィルスベクターによるPDK4遺伝子の強発現、および発現抑制を施し、それに加えて四塩化炭素(CCl4)による組織傷害を与えた。そして、組織傷害の程度を、遺伝子操作を施した動物群及び施していない比較対象群との間で比較した。アデノウィルスベクターは上記(2)の実施例において使用したものと同じものを用いた。
【0051】
尚、四塩化炭素は、肝臓で代謝を受けるとトリクロロメチルラジカルとなり、直接ないしは間接的にDNAに付加体(損傷)を形成する他、タンパク質の合成阻害、細胞膜の変性などから細胞傷害を引き起こし、細胞を壊死させることが知られている(参考文献8:Weber, L.W., Boll, M. & Stampfl, A. Hepatotoxicity and mechanism of action of haloalkanes: carbon tetrachloride as a toxicological model. Crit Rev Toxicol 33, 105-136 (2003).)。
【0052】
四塩化炭素(CCl4)はオリーブオイルにより5%(volume/volume)溶液として調整し、1 mmol/kgの条件にて、マウス腹腔内へ投与した。PDK4強発現に関しては強発現用アデノウィルスベクター投与から24時間後に、PDK4発現抑制に関しては発現抑制用ベクター投与から4日後にそれぞれ投与を行った。CCl4投与後、2日にて肝臓を摘出して実験に供した。
【0053】
PDK4遺伝子を強発現させた際の肝臓表面、および組織切片の顕微鏡写真を図10に示す。PDK4遺伝子の強発現は、DNA修復及びDNAチェックポイントの活性化を担う因子を発現上昇させることから、四塩化炭素による傷害に対しては、細胞の増殖を停止させ、壊死巣の修復が遅延することが予想された。本実験では、この予想通り、PDK4遺伝子の強発現によって壊死巣の修復遅延が引き起こされることが明らかとなった。
【0054】
また、図11に示されるように、G2/M期のDNAチェックポイントの活性化を示す、CDC2のTry14及びTry15のリン酸化の亢進も確認された。
【0055】
PDK4遺伝子の発現を抑制させた際の肝臓表面、および組織切片の顕微鏡写真を図12に示す。PDK4遺伝子の発現抑制は、DNA修復及びDNAチェックポイントの活性化を担う因子の発現を減少させることから、四塩化炭素による傷害に対しては、DNAチェックポイントが破綻し、細胞の増殖が亢進する結果、壊死巣の修復が促進されることが予想された。本実験では、この予想通り、PDK4遺伝子の発現抑制によって壊死巣の修復促進が引き起こされることが明らかとなった。
【0056】
また、図13に示されるように、G2/M期のDNAチェックポイントの不活性化を示す、CDC2のTry14及びTry15のリン酸化の減少、THr161のリン酸化の上昇も確認された。
【0057】
次に、PDK4遺伝子の強発現及び発現抑制によって、染色体に生じたDNA損傷の修復がそれぞれ促進及び抑制されるか否かについて検証した。
【0058】
具体的には、上記個体群の肝臓を材料として小核試験を実施した。尚、小核試験とは、染色体DNAに生じた切断が修復されないまま細胞分裂が生じると、細胞中に小さな染色体フラグメント、即ち小核が観察されるので、この小核の量によって、染色体DNAに生じた切断が修復されているか否かを判断する手法である。
【0059】
結果を図14に示す。PDK4遺伝子の発現抑制を施した個体群に関しては、比較対象群と比べて統計的に有意に小核を含む細胞の割合が増加することが明らかとなった。これに対し、PDK4遺伝子を強発現させた個体群に関しては、比較対象群と比べて統計的に有意に小核を含む細胞の割合が減少することが明らかとなった。このように、PDK4遺伝子の発現を抑制することで小核を含む細胞の割合が増加し、PDK4遺伝子を強発現させることで小核を含む細胞の割合が減少したことから、PDK4遺伝子を強発現させることで、DNA修復応答を亢進できることが明らかとなった。
【0060】
ここで、Ad−Controlに感染させたマウスでは発現抑制実験のコントロールとして用いたAd−miR-nega感染時に比較して四塩化炭素による組織傷害時を与えた際の小核を含む細胞の割合が大きく異なる事が確認できる。この結果については、以下のような解釈が成り立つ。即ち、アデノウィルスベクター自体がその感染に伴って軽度の肝臓傷害を引き起こすことが知られている。図15に、未感染マウスとAd−Control(空ベクター)に感染させたマウスについて、上段に小核試験結果を示し、下段にウエスタンブロット解析による結果を示す。この結果から、遺伝子を発現させないコントロール(Control)ベクターであるAd−Control(空ベクター)の感染に伴ってもPDK4遺伝子及びその下流のDNA修復因子、DNAチェックポイント制御因子の発現が上昇すること、およびこの発現上昇によって四塩化炭素投与下における小核の形成量が減少することが明らかとなった。この効果によって短期的にDNA損傷修復能が底上げされるものと考えられ、アデノウィルスベクター投与から四塩化炭素による傷害までの日数に大きな隔たりのある遺伝子強発現実験と遺伝子発現抑制実験との間で小核を含む細胞の割合に差を生じたものと考えられる。
【0061】
(4)まとめ
以上の結果から、PDK4遺伝子には、これまでに報告されてきたエネルギー代謝に関わる生理的役割以外に、肝臓におけるDNA修復及びDNAチェックポイントの制御に重要な役割を担っていることが明らかとなった。また、その遺伝子及びタンパク質の発現は、モデル化学物質エチルベンゼンによる組織傷害に応答して上昇し、かつその応答は過去に当該化学物質への曝露履歴があることで増強されることが明らかとなった。これらの結果は、PDK4遺伝子が動物の環境因子に対する適応応答プロセスにおいて中心的な役割を果たしていることを強く示唆しているものと考えられた。
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNA修復応答の亢進方法及び亢進剤に関する。さらに詳述すると、本発明は、化学物質や放射線といった肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露された哺乳動物のDNA修復応答を亢進する方法及びDNA修復応答亢進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
化学物質や放射線、紫外線等といった様々な環境因子は、DNA損傷を引き起こす要因となり得る。損傷したDNAは、DNA損傷部位への修復因子のリクルート及びDNAチェックポイントを担う因子であるBRCA1(Breast cancer associated gene 1)遺伝子やMDC1(Mediator of DNA damage checkpoint 1)遺伝子といったDNA損傷修復において中枢的な役割を果たす遺伝子の発現によってその修復がなされることが知られている(非特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Deng, C.X. & Wang, R.H. Roles of BRCA1 in DNA damage repair: a link between development and cancer. Hum Mol Genet 12 Spec No 1, R113-123 (2003).
【非特許文献2】Stucki, M. & Jackson, S.P. MDC1/NFBD1: a key regulator of the DNA damage response in higher eukaryotes. DNA Repair (Amst) 3, 953-957 (2004).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子といったDNA損傷を修復する個々の中枢的な遺伝子は明らかにされつつあるものの、これらの発現を一括して上流で制御している遺伝子は未だ明らかとされていない。DNA損傷を修復する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御している遺伝子の存在が明らかとなれば、種々の利益が得られるものと考えられる。
【0005】
即ち、DNA損傷を修復する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御している遺伝子の存在が明らかとなれば、この遺伝子の発現を制御することによって、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子といったDNA損傷を修復する個々の中枢的な遺伝子の発現を制御することができ、環境因子によってもたらされるDNA修復応答性をコントロールすることも可能になる。
【0006】
そこで、本発明は、DNA損傷を修復する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御している遺伝子の存在を明らかとし、この遺伝子を利用して環境因子によってもたらされるDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進する方法及びDNA修復応答亢進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる課題を解決するため、本願発明者が鋭意研究を行った結果、絶食応答や脂質代謝等の生理機能を担っていることが知られているPDK4(Pyruvate dehydrogenase kinase 4)遺伝子が、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子に代表されるDNA修復に関する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御して、環境因子によってもたらされるDNA損傷を修復する機能を担っていることを新たに知見した。
【0008】
そこで、本願発明者は、上記知見に基づき、環境因子によって肝細胞にDNA損傷を生じさせたマウスの肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させてその効果を検証した結果、肝細胞におけるDNA損傷の修復が亢進されることを確認した。この結果から、哺乳動物全般について、肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることで、肝細胞のDNA損傷の修復応答を亢進できる可能性が導かれることを知見し、本願発明に至った。
【0009】
即ち、本発明のDNA修復応答の亢進方法は、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることにより、環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させるようにしている。
【0010】
また、本発明のDNA修復応答亢進剤は、PDK4遺伝子を含み、哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させる組み換えウィルスベクターを有効成分とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のDNA修復応答の亢進方法及びDNA修復応答亢進剤によれば、環境因子によってもたらされる肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させることが可能となる。したがって、肝細胞のDNA損傷に起因する疾病発現リスクを抑えることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】モデル物質の曝露履歴とPDK4遺伝子の発現量との関係を示す図である。
【図2】モデル物質の曝露履歴とPDK4タンパク質の発現量との関係を示す図である。
【図3】モデル物質の曝露履歴とPDK4遺伝子以外の絶食時誘導性遺伝子の発現量との関係を示す図である。
【図4】モデル物質の曝露履歴とPPARαによって誘導されるPDK4以外の遺伝子の発現量との関係を示す図である。
【図5A】PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクターの構成を示す図である。
【図5B】PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクターをHepG2細胞に感染させた際のPDK4遺伝子の発現状態を示す図である。
【図6A】PDK4遺伝子の発現を抑制させるためのアデノウィルスベクターの構成を示す図である。
【図6B】PDK4遺伝子の発現を抑制させるためのアデノウィルスベクター、もしくは比較実験用ベクター(Ad-miR-nega)をそれぞれPDK4強発現アデノウィルスベクター(Ad-PDK4)と同時にHepG2細胞に感染させた際のPDK4遺伝子の発現状態を示す図である。
【図7】PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクターを用いてマウス肝臓内で遺伝子操作を行うことにより5倍以上の発現上昇を示した遺伝子を示す図である。
【図8】PDK4遺伝子の強発現時におけるタンパク質の発現レベルをウェスタンブロット解析により確認した結果を示す図である。
【図9】PDK4遺伝子の発現制御時におけるタンパク質の発現レベルをウェスタンブロット解析により確認した結果を示す図である。
【図10】PDK4遺伝子を強発現させた上でCCl4を投与した際の肝臓表面、および組織切片の顕微鏡写真である。
【図11】CCl4による組織傷害に際し、PDK4遺伝子の強発現の有無によるタンパク質の発現レベルおよびリン酸化の相違、並びにG2/M期のDNAチェックポイントの活性化を示す図である。
【図12】PDK4遺伝子の発現を抑制させた上でCCl4を投与した際の肝臓表面、および組織切片の顕微鏡写真である。
【図13】CCl4による組織傷害に際し、PDK4遺伝子の発現抑制の有無によるタンパク質の発現レベルおよびリン酸化の相違、並びにG2/M期のDNAチェックポイントの不活性化を示す図である。
【図14】小核試験の結果を示す図である。
【図15】未感染マウスとアデノウィルスに感染させたマウスのウェスタンブロット解析による比較結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0014】
本発明は、PDK4遺伝子の新たな機能を知見したことに基づいてなされた発明である。即ち、PDK4遺伝子は絶食応答や脂質代謝等の生理機能を担っていることが従来から知られていたが、本願発明者は、PDK4遺伝子が、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子に代表されるDNA修復に関する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御することにより、環境因子によってもたらされる肝細胞のDNA損傷を修復する機能があることを新たに知見したことに基づいてなされた発明である。
【0015】
以下、PDK4遺伝子の新規機能を利用したDNA修復応答の亢進方法及びDNA修復応答亢進剤について説明する。
【0016】
尚、本明細書における環境因子とは、例えば、化学物質、放射線等といった肝細胞のDNAに損傷を与え得る環境因子を意味している。
【0017】
本発明のDNA修復応答の亢進方法は、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることにより、環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させるようにしている。
【0018】
本発明のDNA修復応答の亢進方法の適用対象は、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物である。つまり、環境因子に曝露されて肝細胞でDNA損傷が生じたヒトを除く哺乳動物は勿論のこと、環境因子に曝露されたものの、肝細胞でのDNA損傷が生じたか否かが定かではないヒトを除く哺乳動物についても、予防的にDNA修復応答を亢進することによって、発癌等の疾病発現リスクを低減することができる。ヒトを除く哺乳動物としては、具体的には、例えば、マウス、ラット、モルモット、イヌ、ネコ、サル等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。尚、ヒトについても本発明のDNA修復応答の亢進方法の適用対象となり得る。
【0019】
肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させる方法としては、例えば、PDK4遺伝子を含み、哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させる組み換えウィルスベクターを、本発明の適用対象に感染させる方法が挙げられる。
【0020】
具体的には、PDK4遺伝子と共に、PDK4遺伝子の発現上昇を肝臓に限局すべく、例えばプロモーターとしてアルブミンを組み込んだ組み換えウィルスベクターを用いる。ここで、ウィルスベクターとしては、アデノウィルスベクターを用いることが好ましい。アデノウィルスベクターは肝臓に蓄積されやすい性質を有していることから、PDK4遺伝子の発現上昇を肝臓に限局するためのプロモーターを必ずしも組み込まなくてよいという利点がある。
【0021】
組み換えウィルスベクターを作製する方法としては、公知あるいは新規の方法を適宜採用することができる。例えば、アデノウィルスベクターにPDK4遺伝子を組み込んで組み換えウィルスベクターを作製する方法としては、PDK4 cDNAをCMV(サイトメガロウィルス)プロモーターの下流、およびSV40由来polyA付加シグナルの上流に挿入した発現カセットをinvitrogen製のゲートウェイシステムを利用し、アデノウィルスベクターに組み込む方法が挙げられるが、この方法に限定されるものではない。
【0022】
本発明の適用対象をベクターに感染させる方法としては、公知あるいは新規の方法を適宜採用し得る。例えば、肝臓に直接注入して感染させてもよいし、静脈に注入することにより感染させるようにしてもよい。尚、マウスに対してアデノウィルスベクターを用いる場合には、尾静脈からの注入でほぼ全量が肝臓にトラップされ、肝臓にて感染が起こる。
【0023】
以上の方法により、肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させることができる。これにより、環境因子によってもたらされる肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させることが可能となる。したがって、環境因子による肝細胞のDNA損傷に起因する疾病発現リスクの低下を図ることが可能となる。より詳細には、肝細胞におけるPDK4遺伝子の強発現によって、損傷DNAを有する細胞の増殖が抑えられると共に、損傷DNAの修復が行われる。これにより、DNA損傷に起因する疾病リスクの低下を図ることができる。
【0024】
組み換えウィルスベクターは、これを有効成分とするDNA修復応答亢進剤として利用することができる。例えば、必要に応じて薬学的に許容可能な添加剤、例えば、抗酸化剤、保存剤、着色剤、希釈剤、乳化剤、懸濁化剤、アジュバントなどを添加した液剤や注射剤といった薬剤の分野における常套の形態で利用することができる。
【0025】
本発明のDNA修復応答亢進剤の有効成分である組み換えウィルスベクターの投与量は特に限定されるものではなく、組み換えウィルスベクターの投与量として一般的なものとすればよい。例えば、マウスの場合は1×108PFU〜1×1010PFU程度、ヒト(成人)の場合には1×1012PFU〜4×1012PFU程度とすればよいが、この量に限定されるものではない。また、本発明のDNA修復応答亢進剤は、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露された後できるだけ速やかに投与することが疾病リスクを低減する上で好ましい。また、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露される前、好ましくは曝露される直前に投与してもよい。例えば、肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露される危険性のある作業等を行う作業者に対し、本発明のDNA修復応答亢進剤を予め投与しておけば、環境因子によって肝細胞のDNA損傷が生じた場合に速やかに損傷DNAの修復が行われることになる。したがって、疾病リスクを低減することができる。
【0026】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、PDK4遺伝子が、BRCA1遺伝子やMDC1遺伝子に代表されるDNA修復に関する個々の遺伝子の発現を一括して上流で制御することにより、環境因子によってもたらされる肝細胞のDNA損傷を修復する機能を有することを利用して、DNA修復応答性を診断することも可能である。
【0027】
具体的には、環境因子に曝露された被検体(例えば、マウス、ラット、モルモット、イヌ、ネコ、サル、ヒト等の哺乳動物)について、肝細胞におけるDNA損傷の定量分析を行うと共に、PDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の定量分析を行う。そして、DNA損傷に対するPDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の定量値に基づき、被検体のDNA修復応答性を診断することができる。
【0028】
DNA損傷の定量分析のサンプルとなる肝細胞を採取する方法としては、例えば、体表面から中空の針を刺してその中に肝組織の一部を採取する所謂バイオプシー法が挙げられるがこの方法に限定されるものではない。
【0029】
DNA損傷の定量分析法としては、公知または新規の方法を適宜採用することができる。具体的には、例えば、脱プリン・脱ピリミジン(AP)サイトの検出による定量分析法や、コメットアッセイによる染色体切断検出を利用した定量分析法が挙げられる。脱プリン・脱ピリミジン(AP)サイトの検出による定量分析法は、DNA酸化損傷などが細胞内で修復される際に形成される中間体である脱プリン・脱ピリミジン(AP)サイトを検出するものであり、例えば、DNA損傷部位ビオチン化キット(ARP Kit−DNA損傷部位ビオチン化キット(AP Site)−347−07861、同仁化学)等を用いることができる。また、コメットアッセイによる染色体切断検出を利用した定量分析法は、肝細胞をばらし、アガロースゲル中に包埋させて界面活性剤等で当該細胞を溶解させた後、アルカリにて当該細胞中のDNAを変性させて1本鎖化させ、これを電気泳動に供してDNA断片を多く含む細胞の割合を検出することにより、DNA損傷を定量分析する手法である。より具体的には、Environmental and Molecular Mutagenesis 35 (2000)p206−221や、Journal of Ethnopharmacology 125 (2009) p97〜101に記載された方法により実施することができる。尚、本発明のDNA修復応答の亢進方法は、適用対象となる個体のDNA損傷を上記の方法により定量的に分析してDNA損傷の有無及びその程度を確認した後に実施するようにしてもよい。また、本発明のDNA修復応答の亢進剤は、適用対象となる個体のDNA損傷を上記の方法により定量的に分析してDNA損傷の有無及びその程度を確認した後に投与するようにしてもよい。
【0030】
PDK4遺伝子の発現量は、例えば以下の方法により定量分析することができる。即ち、採取した肝組織から例えばフェノール法等によりRNAを抽出及び精製し、このRNAを鋳型として逆転写酵素によりcDNAを作製する。そして、リアルタイムPCRや半定量PCRを利用して、得られたcDNAをPDK4遺伝子のみを増幅するプライマーと反応させることにより、PDK4遺伝子の発現量を定量分析することができる。但し、PDK4遺伝子の発現量の定量分析方法は、この方法に限定されるものではなく、公知または新規の方法を適宜採用することができる。
【0031】
PDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量は、例えばウエスタンブロット解析により行うことができる。また、抗体を利用した高感度検出法であるELISA法を採用することもできる。また、タンパク質量が少量の場合には、質量分析法により得られたマススペクトルに基づいてタンパク質の定性・定量分析を行う手法も採用することができる。但し、PDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量の定量分析方法は、この方法に限定されるものではなく、公知または新規の方法を適宜採用することができる。
【0032】
被検体のDNA修復応答性の診断は、例えば以下のようにして行う。同種個体について10個体以上、好ましくは30個体以上、より好ましくは50個体以上、さらに好ましくは100個体以上について、上記方法によりDNA損傷の定量値に対するPDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量の定量値を得て、データベースを作成し、このデータベースにおける平均値との比較分析を行う。そして、DNA損傷に対してPDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量が平均値よりも大きいと判断される場合には、DNA修復応答性が高いと判断される。逆に、DNA損傷に対してPDK4遺伝子の発現量またはPDK4遺伝子によりコードされるタンパク質の発現量が平均値よりも小さいと判断される場合には、DNA修復応答性が低いと判断される。
【実施例】
【0033】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0034】
(1)候補遺伝子探索
以下に説明する二段階の遺伝子選別(スクリーニング)により、候補遺伝子の探索を行った。
【0035】
一段階目のスクリーニングでは、対象となる環境因子を限定することなく、多くの環境因子による毒性発現プロセスに共通する素過程、例えば、活性酸素産生、細胞傷害、DNA損傷、組織の修復及び線維化に着目し、これらに関与する可能性の高い遺伝子を選出することを目的とした。具体的には、共通素過程を引き起こし得るモデル物質としてエチルベンゼンを使用し、エチルベンゼンをマウスに投与して、マウスの肝臓において発現上昇する遺伝子の選別を行った。
【0036】
二段階目のスクリーニングでは、適応応答プロセスに関与する遺伝子、即ち、長期的なリスクを規定している可能性が高い遺伝子を選出することを目的とした。具体的には、EB(エチルベンゼン)とPBS(Phosphate Buffered saline)を以下の(a)〜(d)の組み合わせで投与することにより、一段階目で選出された遺伝子の中から、さらにモデル物質であるエチルベンゼンへの反復暴露によって発現応答が更に増強される遺伝子の選別を行った。尚、試薬の1回目の投与から2回目の投与までの間隔は7日間とした。
(a)PBS → PBS
(b)EB → PBS
(c)PBS → EB
(d)EB → EB
【0037】
スクリーニングの結果、図1及び図2に示されるように、エチルベンゼン曝露による履歴によってPDK4遺伝子とPDK4タンパク質の発現量の増加が見られたことから、候補遺伝子としてPDK4遺伝子を選別した。尚、図1は二段階目の処理から5時間後に得られた結果であり、図2は二段階目の処理から24時間後に得られた結果である。
【0038】
ここで、PDK4遺伝子は、絶食等により血中グルコース濃度が低下することによって発現が誘導されるエネルギー代謝の制御遺伝子であり、PDC(pyruvate dehydrogenase complex)の脱水素酵素コンポーネントをリン酸化することでその活性を制御し、その結果、グルコースからのエネルギー産生を抑え、脂肪酸やアミノ酸を原材料としたエネルギー生産へと切り替える役割を担っていることが知られている(参考文献1:YAKUGAKU ZASSHI 127(1) 153-162(2007))。スクリーニングを行う際に使用したモデル物質であるエチルベンゼンは、その投与によって酩酊状態を引き起こし、結果、短期的に動物の摂食行動を抑制する物質である。しかしながら、図3に示されるように、本実施例では、PDK4以外の絶食時誘導性遺伝子として知られているG6Pase(glucose-6-phosphatase)及びPEPCK(phosphoenolpyruvate carboxykinase 1)については(参考文献2:Lin, J., Handschin, C. & Spiegelman, B.M. Metabolic control through the PGC-1 family of transcription coactivators. Cell Metab 1, 361-370 (2005).、参考文献3:Mootha, V.K., et al. Erralpha and Gabpa/b specify PGC-1alpha-dependent oxidative phosphorylation gene expression that is altered in diabetic muscle. Proc Natl Acad Sci U S A 101, 6570-6575 (2004).)、エチルベンゼン投与による発現応答は観察されなかった。このことから、PDK4遺伝子はエチルベンゼンによって引き起こされる短期的な絶食状態とは無関係に発現上昇していることが示唆された。
【0039】
また、肝臓における脂質代謝の制御を担う転写因子であるPPARα(peroxisome proliferator activated receptor alpha)及びそのリガンドがPDK4遺伝子の発現を上昇させることが報告されている(参考文献4:Wu, P., Inskeep, K., Bowker-Kinley, M.M., Popov, K.M. & Harris, R.A. Mechanism responsible for inactivation of skeletal muscle pyruvate dehydrogenase complex in starvation and diabetes. Diabetes 48, 1593-1599 (1999).、参考文献5:Huang, B., Wu, P., Bowker-Kinley, M.M. & Harris, R.A. Regulation of pyruvate dehydrogenase kinase expression by peroxisome proliferator-activated receptor-alpha ligands, glucocorticoids, and insulin. Diabetes 51, 276-283 (2002))。しかしながら、図4に示されるように、エチルベンゼンの投与に際しては、PPARαによって誘導されるPDK4以外の遺伝子であるAcadm(acyl-Coenzyme A dehydrogenase, C-4 to C-12 straight chain)、Hsd17b4(hydroxysteroid(17-beta) dehydrogenase 4) 、Acadl(acyl-Coenzyme A dehydrogenase, long chain)の発現に関しては変化が無いことから、PDK4遺伝子はPPARαとは無関係に発現上昇していることが示唆された。
【0040】
以上の解析結果から、PDK4遺伝子は、絶食応答や脂質代謝等の既知の生理機能とは別に、組織傷害が生じた際に何らかの未知の役割を果たしていることが考えられた。
【0041】
(2)PDK4遺伝子の機能解析
PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクター及びPDK4遺伝子の発現を抑制するためのアデノウィルスベクターを構築し、アデノウィルスベクターが肝臓に蓄積しやすい性質を利用して、構築したアデノウィルスベクターをマウスの尾静脈に注入して肝臓に蓄積・感染させ、マウス肝細胞に対し遺伝子操作を施した。そして、この遺伝子操作によって発現に変化が見られる遺伝子に基づき、PDK4遺伝子の機能の解析を行った。
【0042】
PDK4遺伝子を強発現させるためのアデノウィルスベクター(Ad−PDK4)は以下のようにして得た。pCMVβ (Clontech)に含まれるCMVプロモーター、およびSV40 polyA付加シグナルをそれぞれクローニングしたマウスPDK4 cDNAコーディング領域の上流、および下流に結合し作製した発現カセットをEntry 4 ベクター(Invitrogen)のEcoRI、SalIサイトにはさまれる領域に挿入し、その後ゲートウェイシステム(invitorogen)を利用して、当該発現カセットをアデノウィルスベクター(pAd/PL-DEST (Invitrogen))に組み込んだ。また、比較実験用として、上記発現カセットに相当する領域の一切を欠いたアデノウィルスベクター(Ad−control)を準備した。図5Aにこれらのアデノウィルスベクターの構成を示す。また、これらのアデノウィルスベクターをHepG2細胞に感染させた際のPDK4遺伝子の発現状態を図5Bに示す。Ad−controlに感染させた場合にはPDK4遺伝子の発現が見られなかったのに対し、Ad−PDK4に感染させた場合にはPDK4遺伝子の発現が見られた。
【0043】
PDK4遺伝子の発現を抑制するためのアデノウィルスベクター(Ad−miR392)は以下のようにして得た。マウスPDK4 cDNA配列からinvitorogen社、オンラインmiR配列デザインサービスより予測されたmiR392配列をmiR発現ベクターpcDNA6.2-GW/miR (Invitrogen)に導入した。当該ベクターのうちBamHI 、BglIIサイトによってはさまれるフランキング領域およびmiR392配列に対してpCMVβ(Clontech)由来CMVプロモーター、およびSV40 polyA付加シグナルをそれぞれ上流、および下流に結合し、発現カセットを作成した。当該発現カセットをEntry 4 ベクター(Invitrogen)のEcoRI、SalIサイトにはさまれる領域に挿入し、ゲートウェイシステム(invitorogen)を利用して、アデノウィルスベクター(pAd/PL-DEST (Invitrogen))に組み込んだ。また、比較実験用として、いずれの遺伝子の翻訳も阻害しない配列であるmiR negative controlをmiR392の代わりに組み込んだアデノウィルスベクター(Ad−miR-nega)を準備した。miR negative controlに相当する配列は、Block-it pol II miR RNAi expression vector kit(invitrogen)に含まれるpcDNA 6.2-GW/EmGFP-miR-neg control plasmidに由来するものである。図6Aにこれらのアデノウィルスベクターの構成を示す。また、配列表の配列番号1にmiR negative controlの塩基配列を示し、配列番号2にmiR392の塩基配列を示す。さらに、これらのアデノウィルスベクターをHepG2細胞に感染させた際のPDK4遺伝子の発現状態を図6Bに示す。強発現ベクターであるAd−PDK4を感染させた細胞に対してAd−miR-negaを重ねて感染させた場合にはPDK4遺伝子の発現が見られたのに対し、強発現ベクターAd−PDK4に加えてAd−miR392を感染させた場合にはPDK4遺伝子の発現が見られず、Ad−miR392により、PDK4遺伝子の発現を抑制できることが確認された。
【0044】
遺伝子操作により発現上昇する遺伝子をマイクロアレイによって検索した。遺伝子操作は、上記アデノウィルスベクター(1×109PFU)をマウスの尾静脈より注射して行った。遺伝子の検索は、上記アデノウィルスベクターを注射してから3日後のマウスの肝細胞を用いて実施した。結果を図7及び表1〜表3に示す。細胞増殖およびDNA損傷修復を担う遺伝子の顕著な発現上昇が観察された。
【0045】
【表1】
【表2】
【表3】
【0046】
表1〜表3に示した遺伝子の中でも殊に細胞増殖あるいはDNA損傷修復において中枢的な役割を果たす因子に関して、PDK4遺伝子の強発現及び発現制御時におけるタンパク質の発現レベルをウェスタンブロット解析により確認した。結果を図8及び図9に示す。解析の結果、損傷を受けた肝臓において細胞の増殖を促すReg2(Regenerating islet derived 2)、Reg3b(Regenerating islet derived 3b)に関しては、PDK4遺伝子の発現操作(強発現及び発現抑制)に際して、タンパク質レベルの発現変化は生じないことが明らかとなった。
【0047】
一方で、DNA損傷部位への修復因子のリクルート及びDNAチェックポイント(DNA断片の損傷依存的に細胞の増殖を止める働き)の活性化を担う因子、BRCA1(Breast cancer associated gene 1、非特許文献1)及びMDC1(Mediator of DNA damage checkpoint 1、非特許文献2)は、PDK4遺伝子の強発現及び発現制御に際して、タンパク質レベルがそれぞれ増加、減少することが明らかとなった。また、DNA二本鎖切断を相同組み換えにより修復するRad51(参考文献6:Lim, D.S. & Hasty, P. A mutation in mouse rad51 results in an early embryonic lethal that is suppressed by a mutation in p53. Mol Cell Biol 16, 7133-7143 (1996).)についても、PDK4遺伝子の発現操作(強発現及び発現抑制)によってタンパク質レベルで発現変化(増加及び減少)することが明らかとなった。さらに、DNA損傷に際して塩基除去修復及びヌクレオチド除去修復に中心的な役割を担うPCNA(Proliferating cell nuclear antigen、参考文献7:Tsurimoto, T. PCNA, a multifunctional ring on DNA. Biochim Biophys Acta 1443, 23-39 (1998).)に関しては、PDK4遺伝子の強発現に際して転写(mRNA産生)レベルの発現変化は伴わないものの、タンパク質レベルで顕著な増加が認められ、PDK4遺伝子の発現抑制に際してはその減少が確認された。
【0048】
以上、遺伝子の転写レベルとタンパク質の発現レベルとの間に相違はあるものの、PDK4遺伝子が、肝臓においてDNA修復及びDNAチェックポイントの中枢的制御因子を上流で一括して制御していることが明らかとなった。
【0049】
また、マウスの肝臓を70%切除することにより、PDK4遺伝子の発現が上昇するか否かについて検討を行ったところ、PDK4遺伝子の発現の上昇は見られなかった。肝臓の部分切除によって免疫細胞の働きにより組織細胞の壊死は生じるものの、DNA損傷は生じ得ないことから、PDK4遺伝子の発現応答は、DNA損傷に依存している可能性が高いものと考えられた。
【0050】
(3)組織傷害に対するPDK4遺伝子の効果の検証
組織傷害に際してPDK4遺伝子がどのような効果を持つか検証するため、上記(2)と同様にマウス肝臓に対してアデノウィルスベクターによるPDK4遺伝子の強発現、および発現抑制を施し、それに加えて四塩化炭素(CCl4)による組織傷害を与えた。そして、組織傷害の程度を、遺伝子操作を施した動物群及び施していない比較対象群との間で比較した。アデノウィルスベクターは上記(2)の実施例において使用したものと同じものを用いた。
【0051】
尚、四塩化炭素は、肝臓で代謝を受けるとトリクロロメチルラジカルとなり、直接ないしは間接的にDNAに付加体(損傷)を形成する他、タンパク質の合成阻害、細胞膜の変性などから細胞傷害を引き起こし、細胞を壊死させることが知られている(参考文献8:Weber, L.W., Boll, M. & Stampfl, A. Hepatotoxicity and mechanism of action of haloalkanes: carbon tetrachloride as a toxicological model. Crit Rev Toxicol 33, 105-136 (2003).)。
【0052】
四塩化炭素(CCl4)はオリーブオイルにより5%(volume/volume)溶液として調整し、1 mmol/kgの条件にて、マウス腹腔内へ投与した。PDK4強発現に関しては強発現用アデノウィルスベクター投与から24時間後に、PDK4発現抑制に関しては発現抑制用ベクター投与から4日後にそれぞれ投与を行った。CCl4投与後、2日にて肝臓を摘出して実験に供した。
【0053】
PDK4遺伝子を強発現させた際の肝臓表面、および組織切片の顕微鏡写真を図10に示す。PDK4遺伝子の強発現は、DNA修復及びDNAチェックポイントの活性化を担う因子を発現上昇させることから、四塩化炭素による傷害に対しては、細胞の増殖を停止させ、壊死巣の修復が遅延することが予想された。本実験では、この予想通り、PDK4遺伝子の強発現によって壊死巣の修復遅延が引き起こされることが明らかとなった。
【0054】
また、図11に示されるように、G2/M期のDNAチェックポイントの活性化を示す、CDC2のTry14及びTry15のリン酸化の亢進も確認された。
【0055】
PDK4遺伝子の発現を抑制させた際の肝臓表面、および組織切片の顕微鏡写真を図12に示す。PDK4遺伝子の発現抑制は、DNA修復及びDNAチェックポイントの活性化を担う因子の発現を減少させることから、四塩化炭素による傷害に対しては、DNAチェックポイントが破綻し、細胞の増殖が亢進する結果、壊死巣の修復が促進されることが予想された。本実験では、この予想通り、PDK4遺伝子の発現抑制によって壊死巣の修復促進が引き起こされることが明らかとなった。
【0056】
また、図13に示されるように、G2/M期のDNAチェックポイントの不活性化を示す、CDC2のTry14及びTry15のリン酸化の減少、THr161のリン酸化の上昇も確認された。
【0057】
次に、PDK4遺伝子の強発現及び発現抑制によって、染色体に生じたDNA損傷の修復がそれぞれ促進及び抑制されるか否かについて検証した。
【0058】
具体的には、上記個体群の肝臓を材料として小核試験を実施した。尚、小核試験とは、染色体DNAに生じた切断が修復されないまま細胞分裂が生じると、細胞中に小さな染色体フラグメント、即ち小核が観察されるので、この小核の量によって、染色体DNAに生じた切断が修復されているか否かを判断する手法である。
【0059】
結果を図14に示す。PDK4遺伝子の発現抑制を施した個体群に関しては、比較対象群と比べて統計的に有意に小核を含む細胞の割合が増加することが明らかとなった。これに対し、PDK4遺伝子を強発現させた個体群に関しては、比較対象群と比べて統計的に有意に小核を含む細胞の割合が減少することが明らかとなった。このように、PDK4遺伝子の発現を抑制することで小核を含む細胞の割合が増加し、PDK4遺伝子を強発現させることで小核を含む細胞の割合が減少したことから、PDK4遺伝子を強発現させることで、DNA修復応答を亢進できることが明らかとなった。
【0060】
ここで、Ad−Controlに感染させたマウスでは発現抑制実験のコントロールとして用いたAd−miR-nega感染時に比較して四塩化炭素による組織傷害時を与えた際の小核を含む細胞の割合が大きく異なる事が確認できる。この結果については、以下のような解釈が成り立つ。即ち、アデノウィルスベクター自体がその感染に伴って軽度の肝臓傷害を引き起こすことが知られている。図15に、未感染マウスとAd−Control(空ベクター)に感染させたマウスについて、上段に小核試験結果を示し、下段にウエスタンブロット解析による結果を示す。この結果から、遺伝子を発現させないコントロール(Control)ベクターであるAd−Control(空ベクター)の感染に伴ってもPDK4遺伝子及びその下流のDNA修復因子、DNAチェックポイント制御因子の発現が上昇すること、およびこの発現上昇によって四塩化炭素投与下における小核の形成量が減少することが明らかとなった。この効果によって短期的にDNA損傷修復能が底上げされるものと考えられ、アデノウィルスベクター投与から四塩化炭素による傷害までの日数に大きな隔たりのある遺伝子強発現実験と遺伝子発現抑制実験との間で小核を含む細胞の割合に差を生じたものと考えられる。
【0061】
(4)まとめ
以上の結果から、PDK4遺伝子には、これまでに報告されてきたエネルギー代謝に関わる生理的役割以外に、肝臓におけるDNA修復及びDNAチェックポイントの制御に重要な役割を担っていることが明らかとなった。また、その遺伝子及びタンパク質の発現は、モデル化学物質エチルベンゼンによる組織傷害に応答して上昇し、かつその応答は過去に当該化学物質への曝露履歴があることで増強されることが明らかとなった。これらの結果は、PDK4遺伝子が動物の環境因子に対する適応応答プロセスにおいて中心的な役割を果たしていることを強く示唆しているものと考えられた。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させ、前記環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させる方法。
【請求項2】
PDK4遺伝子を含み、哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させる組み換えウィルスベクターを有効成分とする、環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答亢進剤。
【請求項1】
肝細胞のDNA損傷が生じ得る環境因子に曝露されたヒトを除く哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させ、前記環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答を亢進させる方法。
【請求項2】
PDK4遺伝子を含み、哺乳動物の肝細胞においてPDK4遺伝子を強発現させる組み換えウィルスベクターを有効成分とする、環境因子による肝細胞のDNA損傷に対するDNA修復応答亢進剤。
【図1】
【図3】
【図14】
【図2】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【図3】
【図14】
【図2】
【図4】
【図5A】
【図5B】
【図6A】
【図6B】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図15】
【公開番号】特開2011−93863(P2011−93863A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−251624(P2009−251624)
【出願日】平成21年11月2日(2009.11.2)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年11月2日(2009.11.2)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】
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