説明

DNA分析装置

【課題】パイロシーケンシングにおいて、相補鎖合成反応を短時間で均一に完全に進行させると共に発光反応を必要な時間だけ長く行い、精度よく高感度で配列決定する。
【解決手段】配列決定のターゲットとなるDNAを固体のサポーター4表面に固定し、核酸基質をディスペンサー1からサポーター部位に注入することで、小さな反応体積の元で相補鎖合成を迅速・完全に短時間で行う。次に、生成物をサポーターごと発光反応溶液6中に移動して反応を行うことで、DNA相補鎖合成反応部位と、発光反応部位とを完全に分離した。サポーター4を発光試薬及び余剰核酸基質を分解する酵素が含まれる発光反応溶液6に浸すことでサポーター表面の洗浄も行い、次の段階反応に進むことができるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNA塩基配列決定装置及びDNA塩基の種類同定装置などDNA分析装置及び遺伝子診断装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
DNA塩基配列決定にはゲル電気泳動と蛍光検出を用いた方法が広く用いられている。この方法ではまず、配列解析を行おうとするDNA断片のコピーを沢山作製する。DNAの5’末端を始点として種々の長さの蛍光標識断片を作製する。また、これらDNA断片の3’末端の塩基種に応じて波長の異なる蛍光標識を付加しておく。ゲル電気泳動により長さの違いを1塩基の差で識別し、それぞれの断片群が発する発光を検出する。発光波長から測定中のDNA断片群のDNA末端塩基種を知る。DNAは短い断片群から順次蛍光検出部を通過するので、蛍光色を計測することで短いDNAから順に末端塩基種を知ることができる。これにより、配列決定をする。このような蛍光式DNAシーケンサーは幅広く普及しており、また、ヒトゲノム解析にも大いに活躍した(非特許文献1参照)。一方、2003年に宣言された様にヒトゲノム配列解析は終了し、配列情報を医療や種々の産業に活用する時代になってきた。そこでは長いDNAの全てを解析する必要はなく、目的とする短いDNA配列を知れば十分なことも多い。これには簡便で安価な装置が必要とされている。さらに、非常に多くのDNA断片を同時に配列解析しようとする要求も大きくなってきている。このようなDNA配列解析では簡便で拡張可能な方法・装置が必要とされる。
【0003】
このような要求に応える方法として生まれた技術に、パイロシーケンシングに代表される段階的化学反応による配列決定がある。この方法ではターゲットとするDNA鎖にプライマーをハイブリダイズさせ、4種の相補鎖合成核酸基質(dATP、dCTP、dGTP、dTTP)を1種類ずつ順番に反応液中に加えて相補鎖合成反応を行う。相補鎖合成反応が起きるとDNA相補鎖が伸長し、副産物としてピロリン酸(PPi)が生成する。ピロリン酸は共存する酵素の働きでATPに変換され、ルシフェリンとルシフェラーゼの共存下で反応して発光を生じる。この光を検出することで、加えた相補鎖合成基質がDNA鎖に取り込まれたことがわかり、相補鎖の配列情報、従ってターゲットとなったDNA鎖の配列情報がわかる(非特許文献2参照)。最初のパイロシーケンシングの方法は以下のとおりであった(特許文献1参照)。すなわちDNAをカラムの途中に固定し、相補鎖合成基質を含む溶液を流すことで反応生成物であるピロリン酸はいくつかの反応部を通過する。この過程でピロリン酸はATPに変換され、ルシフェリンとルシフェラーゼを用いた発光系を用いて発光を得てこれを検出していた(非特許文献3参照)。
【0004】
一方、Nyrenらは、反応に使われなかった相補鎖合成基質をアピラーゼなどの酵素により速やかに分解し、次の反応ステップには影響が無いようにした(特許文献2,3参照)。これは単純に試薬を反応槽に順次加えるだけでよく、より簡便な方法である。ルシフェリン=ルシフェラーゼ発光系ではATPだけでなく、相補鎖合成基質であるdATPも発光基質として作用する。そこで発光基質とならない類似化合物dATPαSを用いている。(特許文献4,5、非特許文献4参照)。
【0005】
さらに発明者等は、ピロリン酸からATPを生成する反応に関連する酵素として、従来用いられていたATPスルフリラーゼに代えて、PPDKを用いてピロリン酸とAMPとからATPを生成するプロセスを用いることで、背景発光を減らして高感度でDNA配列を調べる方法を開発している(特許文献6,非特許文献5参照)。
【0006】
また、この方法は多くのDNAサンプルを並列して配列解析するのにも適しており、反応セルを数万から数百万設けて並列して配列解析する試みが報告されている(特許文献7,非特許文献6参照)。
【0007】
【特許文献1】米国特許第4863849号明細書
【特許文献2】米国特許第4971903号明細書
【特許文献3】米国特許第6258568号明細書
【特許文献4】米国特許第6210891号明細書
【特許文献5】特許第3510272号公報
【特許文献6】特開2007-097471号公報
【特許文献7】WO2005/003375
【非特許文献1】現代化学, 2004年7月号, vol. 400, 66-69
【非特許文献2】Electrophoresis, 22, 3497-3504(2001)
【非特許文献3】Analytical Biochemistry 174, 423-436(1988)
【非特許文献4】Analytical Biochemistry 242, 84-89(1996)
【非特許文献5】Analytical Chemistry, 78, 4482-4489, (2006)
【非特許文献6】Nature, 437, 376-380 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
パイロシーケンシングでは段階的相補鎖合成反応と化学発光反応を用いて、発光を検出することでDNA配列を決定する。初期には、相補鎖合成と化学発光反応を異なる反応槽で行う方法が報告された。すなわち相補鎖合成で生じたピロリン酸と余剰の核酸基質を含む反応液を、相補鎖合成を行う反応槽から別の反応槽に移動させて発光反応を行っていた。また、この反応液を移動させる途中に余剰の核酸基質を分解する酵素を固定した領域を通過させ、これらを分解してからピロリン酸をATPに変換して化学発光反応槽に導く方法が報告されていた。しかし、この方法は相補鎖合成反応液を、核酸を加えるごとに洗浄して新たな液を置き換える必要があり煩雑であった。そこで、相補鎖合成反応と余剰の核酸基質の分解反応、ATP生成反応及び発光反応を共存させる簡便な方法が提案され普及してきている。
【0009】
しかし、dNTPを反応基質として用いる相補鎖合成反応とdNTPを分解除去する反応が共存するという不安定な反応系を使うことから来る種々の欠点がある。分解酵素が多いと、十分に相補鎖合成反応が起こる前にdNTPが消失してしまい、未反応のDNA鋳型が反応液中に残存する。このような鋳型は段階反応を経る毎に蓄積され、やがて種々の相補鎖合成末端を持った伸長相補鎖が生じて、段階反応の相補鎖合成により得られるピロリン酸をATPに変換して発光させることによる配列決定ができなくなる。すなわち、種々の相補鎖合成末端が生じるのでどの核酸基質を注入しても部分的に相補鎖合成が起こり、常に信号が観測されるようになるからである。一方、分解酵素が少ないと、相補鎖合成に用いる核酸基質dNTPが完全に分解される前に次の核酸基質が注入されこれらの混合物が反応セルにあることになり、一度に多くの相補鎖合成が進んでしまうことになって、やはり種々の長さの相補鎖合成産物を生じてDNA塩基配列決定が難しくなる難点があった。また、これを避けるためには長時間の間隔をおいて核酸基質を注入するなどの必要があるが、時間がかかりすぎて現実的でなかった。
【0010】
さらに核酸基質の1つであるdATPは構造がATPに似ていることもあり、ルシフェラーゼ反応の基質となる。そのため、ATPを用いた場合に比べると遙かに弱いが、分解酵素が共存する反応系を用いた配列決定反応では無視し得ない強度の化学発光を生ずる。すなわち、dATPが相補鎖合成反応によるピロリン酸を合成し、ATP合成を経てルシフェラーゼによる発光反応による信号が検出されるまでの時間に、dATPは僅かであるが、直ちにルシフェラーゼと反応して発光するとともにピロリン酸を生じる。ピロリン酸は、酵素サイクルによってATPに変換され、今度はこのATPが再度発光反応に寄与することになる。発光信号をもたらす相補鎖合成により生成したピロリン酸から作られたATP量に比べて、相補鎖合成の反応基質であるdATPは大量に反応槽に入れる必要がある。このことと前述した反応の時間差のために、dATPは従来の反応系では相対的に大きな発光を与え、計測上の障害であった。そこで、dATPに代わって化学発光の反応基質とならず、DNA相補鎖合成に使えるdATPαSが相補鎖合成基質として用いられている。しかし、この試薬はdATPに比較すると高価であり、また、反応速度など、相補鎖合成基質としての特性はdATPより格段に劣るため、大量のdATPαSを反応の際に加える必要がある。このためdATPをそのまま使う方法の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明では相補鎖合成反応部位と発光反応部位を空間的に分離することとした。また、相補鎖合成反応終了後、相補鎖反応部位を相補鎖合成反応液に比べると10倍あるいはそれ以上の反応液を含む発光反応液中に浸漬して発光反応を行う方法を採用した。
【0012】
すなわち、本発明によるDNA分析装置は、DNA試料を保持する保持部材と、複数種類の相補鎖合成基質を保持部材に保持されたDNA試料に個別に供給する基質供給部と、DNA相補鎖合成反応による生成物と反応して発光する反応溶液を入れた反応容器と、反応溶液中に発生する発光を検出する光検出器と、保持部材の位置及び基質供給部からの相補鎖合成基質の供給を制御する制御部とを有し、制御部は、保持部材を反応容器の反応溶液外に位置づけて基質供給部から相補鎖合成基質の供給を行い、その後、保持部材を反応容器の反応溶液中に移動させる。保持部材としては、メンブレン、紐状部材、ビーズ、磁性ビーズなどを用いることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、相補鎖合成反応時には反応液の体積を小さくすることができ、また相補鎖合成に関連する酵素及び試薬の濃度は高い状態で反応を進めることができるので、短時間にほぼ完全に相補鎖合成反応を終了することができる。鋳型DNAが存在する部位には分解酵素アピラーゼは存在しないので、反応基質の分解と相補鎖合成が競合反応することも無く相補鎖合成反応は十分に進行し、短時間で行うことができる。余剰のdNTP、特にdATPは、相補鎖合成反応後に分解酵素アピラーゼを加えられるかあるいは、アピラーゼを固定した領域に拡散して移動することにより分解される。また、発光反応部にアピラーゼを加えておき、発光反応と平行してdNTP分解反応を行っても良い。この場合には分解に多少時間がかかっても実用上支障がなく、相補鎖合成に影響を与えることもない。反応生成物を含む相補鎖合成部位は、相補鎖合成反応液よりも大過剰にある発光反応液中に浸されるが、そこに含まれるピロリン酸はATPに変換され、発光反応を行う。また、発光反応に先立ちアピラーゼ固定の領域と反応液とを接触させるなどした場合には、dATPは分解されているので大きな背景発光を与えることもない。このように相補鎖合成を完全に行い、発光反応も十分に行い高感度で精度の高い配列決定を行うことができる。さらに、これまで使用することが難しかったdATPを、そのまま相補鎖合成基質として活用できる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【実施例1】
【0015】
本実施例は、DNAを固定したメンブレンを移動台に取り付け、移動台を上下運動することで相補鎖合成位置と発光反応位置の間をDNA鋳型及び反応生成物を移動させてDNA配列決定あるいはDNA分析を行う方法に関するものである。メンブレンとしては、ろ紙やナイロンフィルターなど各種のものを用いることができる。
【0016】
本発明によるパイロシーケンシングに関わる反応と配列決定の原理を図2に、また発光反応に関与するプロセスを図3に示した。配列決定反応に続くATP生成反応には従来ATPスルフリラーゼとAPSを用いる反応が使われているが、ここではPPDK(ピルビン酸リン酸ジキナーゼ:pyruvate phosphate dikinase)とAMP及びPEP(ホスホエノールピルリン酸:phosphoenolpyruvic acid)を用いる反応系を採用している。本発明はどちらの反応系にも適用できる。
【0017】
パイロシーケンシングではターゲットDNAにプライマーをハイブリダイズさせ、DNAポリメラーゼを加え、4種の核酸基質(dNTP:dATP、dCTP、dGTP、dTTP)を順次反応液中に加えて相補鎖合成反応を行い、相補鎖合成の際に得られる副産物のピロリン酸を図3に示した反応によりATPに変換し、ATPとルシフェリンをルシフェラーゼ存在下で反応させて発光させる。相補鎖合成が起こるとピロリン酸が生成し、結果として発光するので、これをモニターすることで相補鎖合成が起こったこと、すなわち取り込まれた塩基種が分かる。これによりDNA配列を決定する。
【0018】
最初に提案されたパイロシーケンシングでは、反応領域と発光領域がパイプでつながれ、DNAは相補鎖合成領域に固定され、発光反応にかかわるルシフェラーゼは発光反応領域に固定されていた。反応溶液を移動させ、発光反応部に至る前に余剰のdNTPを分解したのち(dATPは、弱いがルシフェラーゼ反応の基質であり、除去が望ましい)、発光反応領域に溶液を移送して発光反応を行っていた。
【0019】
この方法は操作が煩雑で十分な性能が出なかったために、Nyrenらにより改良が行われた。すなわち、反応領域を一つにし、DNA相補鎖合成反応、余剰のdNTPを分解酵素アピラーゼにより分解する反応、ピロリン酸からATPを作る反応、ATPとルシフェリン及びルシフェラーゼを用いて行う発光反応、などを同時に行う方法である。これにより操作はきわめて単純になり、単に核酸基質を順次反応領域に加えればよいことになった。この方法は多くの注目を集め、実用的な配列決定方法として発展してきた。しかし、多くの酵素反応を同時に行うために、各反応が充分進まないことによる弊害がある。特に相補鎖合成反応に用いる核酸基質はアピラーゼにより同時並行的に分解されるが、分解が早いと相補鎖合成されなかったDNA鎖が生じ、相補鎖合成の位相(DNA相補鎖合成の進捗具合)に乱れが生じ、やがて配列決定が困難となる。一方、核酸基質の分解が遅く、次の核酸基質注入時まで残っていると、加えた核酸基質に続いて残った核酸基質がさらに相補鎖合成で取り込まれ反応が進みすぎるなどの問題も生じる。ここで用いる酵素反応の最適条件は酵素反応により異なるため、1つの反応領域で全ての反応を行う場合、すべての反応を同時に最適化することはほとんど不可能である。また、発光強度の確保などのために、反応領域の体積はある程度大きくせざるを得ないため、相補鎖合成などが均一に進みにくくなる難点もある。
【0020】
このような難点を解決する方法として本実施例では、相補鎖合成反応の領域をメンブレン上の小さな体積の領域に限定し、生成した産物をDNA鋳型と分離することなくこれらとともに発光反応領域に移送する。すなわち、相補鎖合成を行う場合には小さな体積で、したがって基質濃度が高い状態で迅速に均一に相補鎖合成が他の反応とは分離された状態で進行し、発光反応領域では反応部の洗浄(余剰dNTPの分解)、ATPの生成とルシフェラーゼ反応が行われる。領域を分離することで、それぞれの反応をより最適な条件で行うことができる。
【0021】
まず、本実施例の装置の概要を、図1を参照して説明する。本実施例では、相補鎖合成を行う小さな領域をメンブレン4とし、これを上下することで、相補鎖合成反応部で生成した産物を発光検出部に送る。ディスペンサー保持具9に保持されたディスペンサー1からキャピラリーを介してdNTPがメンブレン4に注入され、メンブレン4に固定されたDNAの相補鎖合成が行われる。次に、メンブレン4は、移動台3によって発光反応領域である反応容器5の溶液中に移動される。移動台は上下動モータによって移動する。反応容器で発光反応が起こり、発光は光ダイオード(SiフォトダイオードS1133-01、浜松ホトニクス製)8で検出する。光ダイオードは、10-6ルクスから105ルクスの光を10-14Aから10-3Aの電流に変換し、11桁ときわめて広い領域にわたって直線性がある。直射日光が1000ルクスであり、直射日光の下でも破損することなく測定できる。通常の信号レベルは10-4ルクスであり、十分測定できる。
【0022】
複数の反応容器に対応して複数の光ダイオードが装置にはあるが、得られた信号はそれぞれの光ダイオードに直結した増幅器(opA129UB、Texas Instruments社製)で増幅された後、マルチプレクサ(MAX4051ACSE, Maxim Integrated Products社製)に送られ、複数の信号を時分割してAD変換する。AD変換に先立ち、必要な信号強度にまで増幅器を通して増幅する。ゲインは×1、×10、×100の3段階に自動的に設定して増幅(op07CS、analog Devices社製)する。AD変換器(ADS1271PW、Texas Instruments社製)によりデジタル信号に変換された信号は、H8マイクロコンピュータ(HD64F3052BF25、ルネサステクノロジ製)で信号処理を行い、パーソナルコンピュータ(PC)に出力する。H8マイクロコンピュータは、バルブ制御、移動台3の上下位置制御、反応容器5中の発光試薬6を攪拌する振動モータの制御、温度制御を行う。ディスペンサー1によるdNTPの注入量は、ボンベあるいは設備の配管から空気圧力をかけ、バルブの開閉時間で制御する。移動台3は上下動モータにより駆動し、温度調整はペルチエ素子10により反応容器保持具7を加熱・冷却して行う。
【0023】
メンブレン4は直径3mmの円形としたが、サイズ及び形状はこの限りでない。メンブレンとしては、共有結合によりストレプトアビジンをコートしたメンブレン SAM2(R) Biotin Capture Membrane(プロメガ社製、カタログ番号V7861)を使用した。ディスペンサー1は、4種類の基質に対応した200μLの容量のリザーバーをもち、先端部には外径360μm、内径50μmの撥水処理が施されたキャピラリー2が備えられている。また、4つのリザーバーの中央には1mmの穴が貫通しており、移動台3はディスペンサーの中央部の貫通穴に通されている。
【0024】
キャピラリー2の先端とメンブレン4のギャップは、液滴が十分伝わり、しかも不要なdNTPが漏れないように定める。一例としてこのギャップを、0.5mm±0.2mmにセットする。このようにセットすることにより、2.3μLのdNTPを供給した場合、キャピラリーからdNTPの液滴がメンブレンに問題なく伝わる。ギャップ寸法は0.9mm±0.2mmまで可能である。液量を1μLとすると、0.5mm±0.2mmが限度である。さらに液量を少なくすると、ギャップをさらに狭くし、精度を上げる必要がある。
【0025】
以上、キャピラリーとメンブレンとのギャップを設ける方法を記載したが、ギャップ精度を高めるために透明な薄い板を補強材としてメンブレンの下側に入れてもよい。あるいは、メンブレンを図4に示すような保持枠にはめ込んで使用しても良い。図4は、メンブレンを二つのリングに挟み込む方式を採用した例を示し、図5はメンブレンを保持具に取り付けた状態を示す図である。
【0026】
また、リザーバー内を減圧にしてキャピラリー先端部に空気ギャップを設けることにより、dNTPの漏れを防ぐこともできる。まず、ディスペンサー1の先端のキャピラリー2をメンブレン4に近づけておき(図6)、dNTPを注入する(図7)。図6に示すように、ディスペンサーのキャピラリー先端には空気層が設けられている。また、図7に示すように、注入するキャピラリーから核酸基質がメンブレン表面に供給される。他のキャピラリーに変化は無い。注入されたdNTP71は、メンブレン4に広がる。その後、そのままの状態を保持した後、移動台3を下げてメンブレン4を反応容器5中の発光試薬6に浸漬させる(図8)。発光反応を円滑に進めるため、反応容器5を振動させる。このディスペンサーの先端のキャピラリー2はメンブレン4から離れている間に、ディスペンサーのリザーバーを減圧にして先端キャピラリー部分に空気のギャップ層72を設ける。発光反応が進んだ後、アピラーゼにより信号が十分減衰するので、移動台3を上げて次の注入を待つ(図9)。
【0027】
各ディスペンサーのキャピラリーは、それぞれの先端部が直径3mmのメンブレンから0.5−1mm上に位置するようにセットする。必要があれば、図10に示すようにOリング101を、あるいは図11に示すようにそれと同等の機能をもつ治具111をディスペンサー保持具9に追加することにより、キャピラリー2の先端部が直径3mmのメンブレン上に位置するように絞り込む。
【0028】
DNAをメンブレンに固定する方法としてビオチン−アビジン結合を用いたが、この限りではない。
TPMT-R2 プライマー:
5’ - a aaat tact tacc attt gcga tca - 3’(配列番号1)
鋳型DNA Biosl-R:
5’ - biotin -tttt tttt tttt tttt tttt ca ttag ttgc catt aatc cagg tga tcgc aaat ggta agta attt tt - 3’(配列番号2)
解析対象配列:
5’ - cctg gatt aatg gcaa ctaa tg - 3’(配列番号3)
【0029】
1μMの濃度のテンプレートDNAを4μL、すなわち4pmolをメンブレンに注入する。カタログによれば、ビオチン−アビジン結合に要する時間は30秒以下であるので、鋳型DNAを注入し2分間待った後、2×Cバッファで洗浄する。2×Cバッファの組成は、120mM Tricine、4mM EDTA、40mM MgAc2である。次に、発光試薬60μLにポリメラーゼ酵素Klenow を1μL注入した溶液にメンブレンを浸漬させる。その後、ポリメラーゼ酵素に含まれているATPあるいはPPiを除くために、Apy-PPase溶液により洗浄する。Apy-PPase溶液の組成は、Apyrase 1U/mL、PPase 1U/mLの濃度の水溶液とする。Apy-PPase溶液により洗浄後もう一度2×Cバッファで洗浄する。
【0030】
DNAの量は0.5−4pmolであるが、これに限定されるものではない。これは発光反応領域上部にまず置かれ、移動台の上部からキャピラリーガラス管あるいはマイクロファブリケーションデバイスにより作製されたディスペンサーノズルにより第1番目の核酸基質がメンブレン表面に供給される。核酸基質を含んだ溶液は狭いメンブレン上に短時間で広がり、相補鎖合成反応が始まる。注入量は0.5−4μLであるが、これに限定されるものではない。核酸基質の濃度については、dATP、dCTP、dGTP、dTTPの濃度は125μMとしたが、これに限定されるものではない。発光反応溶液組成は表1に示したとおりである。
【0031】
【表1】

【0032】
相補鎖合成が起こると核酸基質の一部が消費され、副産物としてピロリン酸を生成する。反応は迅速に行われるので数秒後には完全に終了する。試薬供給から10秒後にメンブレンを保持した移動台は下方へ移動し、発光反応槽中に沈む。発光反応槽には100μL(それ以上でも以下でも良いが、多いほうが溶液組成は安定する)の反応液が入っており、DNA固定のメンブレンは移動台ごと液中に沈む。ピロリン酸及び余剰の核酸基質などメンブレンに固定されていない成分は直ちに拡散して発光反応溶液中に広がり、次の反応が進行する。反応を均一に進めるために移動台を若干上下に移動して発光反応溶液を攪拌しても良い。メンブレン上にあったピロリン酸は拡散して反応液中にあるPPDK及びAMPと反応してATPを生成する。一方、ATPsulfurylaseを用いる系ではピロリン酸はAPSと反応してATPを生成する。ATPはルシフェラーゼ存在下でルシフェリン及び酸素と反応して発光するので、これを光検出素子により測定する。光検出素子としては光電子増倍管、光ダイオードあるいはCCDなどのアレーセンサーが用いられる。メンブレン上にある余剰のdNTPは溶液中に拡散してアピラーゼなどの分解酵素により分解され、相補鎖合成反応に寄与しない形となる。また、反応溶液中にメンブレンを浸漬することはメンブレン表面を洗浄する役割も果たす。発光反応液中にメンブレンを浸漬し、1分程度の時間、溶液中に保持した後、これを引き上げる。メンブレンには発光反応液が付着しているが、以後の相補鎖合成反応には影響しない。
【0033】
また、相補鎖合成反応の最適温度は、酵素としてKlenowを用いた場合、35℃前後であり、耐熱酵素Thermo Sequenase DNA polymerase を用いた場合には60℃程度である。このため、図12に示すように、メンブレン固定のホルダーにはヒーター121を取り付けて温度をコントロールする機能をもたせることが望ましい。引き上げたメンブレンは次の段階の反応に使われる。すなわち、続いて次の核酸基質を加えて相補鎖合成反応を順次行っていく。
【0034】
本実施例では核酸基質は、メンブレン上部近傍に配置された4つのディスペンサーから供給した。このディスペンサー1は、図13に示すように、メンブレン4に対する相対位置を固定してもよく、またメンブレンと一定の距離を保つように移動台3に固定しても良い。この場合にはディスペンサー1に接続されたキャピラリー2もメンブレン4と共に反応液6中に没するので、先端部の撥水性を、撥水処理を施すなどして確保すれば実用上支障はない。一方、移動台を中空のキャピラリーで構成し、メンブレンに接する根元から核酸基質を供給しても良い。この場合には4種の核酸基質を順次試薬だめから供給するが、残留試薬による汚染を防止するために試薬注入に続いて洗浄液を供給するなどの対策が必要である。
【0035】
本実施例ではDNAをビオチン標識してメンブレンに固定したが、DNAポリメラーゼをメンブレンに固定して、そこにターゲットDNAとプライマーの複合体を捕獲して用いてもよい。得られたシーケンス結果の一例を図14に示す。横軸は経過時間と注入した塩基種を示す。縦軸は発光強度であり、注入した塩基が相補鎖合成に使われると発光が生じる。核酸基質の取り込みが1つのDNAあたり1分子の場合と2分子の場合では、発光強度は後者が2倍になるのでいくつ取り込まれたかを知ることができる。これらの情報から順次取り込まれた核酸塩基の種類が分かり、鋳型となったDNAの配列を読み取ることができる。信号は充分強く、また取り込まれた塩基種の数にも比例しており、本発明の方法によりDNA配列決定できることが分かる。
【実施例2】
【0036】
第1の実施例では、余剰の核酸基質の除去は、発光反応液中にアピラーゼを入れることにより達成した。これは、メンブレン上のDNA固定部位とは異なる部位にアピラーゼを固定しても達成できる。すなわち第2の実施例は、メンブレン中央部に鋳型DNAを固定し、周辺にアピラーゼを固定することにより、相補鎖合成反応に続いて余剰核酸基質の分解反応を行うことができるようにしたものである。
【0037】
図15に、本実施例の装置概要を示した。図16はメンブレンを上から見た図である。メンブレン4には、中央部の領域152に鋳型DNAが固定され、それを囲む周辺部の領域151にアピラーゼが固定されている。核酸基質は、メンブレンほぼ中央部の領域にディスペンサーによって供給される。供給された核酸基質は、まず中央部のDNA固定領域151で相補鎖合成反応に使用される。核酸基質の濃度は通常のパイロシーケンシングの条件よりも高いので、反応は速やかに確実に遂行される。続いて、核酸基質はアピラーゼ固定領域151に流入し、余剰の核酸基質は分解される。核酸基質注入から数秒後に洗浄液を、やはり同じディスペンサーから供給する。この場合、DNA固定部からアピラーゼ固定部へと液体が流れる構成とする。これはディスペンサーの洗浄と核酸基質を周辺のアピラーゼ固定領域に移動させる効果を持つ。
【0038】
メンブレン4上の反応液は、発光試薬を含んだ溶液6中に入れられ、実施例1の場合と同様に発光反応を行う。発光反応の容器5にはアピラーゼを加えておいても良いが、ピロリン酸を分解する酵素PPaseを加えるだけでも良い。パイロシーケンシングで用いている発光反応はATP生成反応と組み合わせることでサイクル反応となるので、そのままではルシフェリンなどの反応基質がなくなるまで続く。この場合のPPaseの役割は、途中で再生産されるピロリン酸を分解することで一定時間後には発光反応を停止するようにすることである。もちろん少量のアピラーゼを加えておき、中間生成物ATPを分解して発光反応を停止させても良い。反応後メンブレンを引き上げ、次の相補鎖合成反応を行うのは実施例1に記載したのと同様である。
【0039】
第1及び第2の実施例ではDNAを保持する担体に2次元的な広がりを持つメンブレンを用いたが、紐状のもの、ワイヤーあるいはビーズをDNA保持の担体として用い、これらを移動台に固定して使用してもよい。いずれの場合にも、供給した反応試薬の流れがDNA固定部位からアピラーゼ固定部位に向かうように供給場所と配置を設定する。
【0040】
図17に、DNA保持の担体として紐状部材171を用いた例を示す。この場合には、ひも支持具174によって両端を保持された紐の中央部172にDNAを固定し、両末端部173にアピラーゼを固定する。洗浄液は、洗浄液流入管175から供給される。このようなワイヤーの場合には溶液の保持能力が小さいので、端部に溶液の吸い取り具177を設置して液体が中心から端に向かって流れるようにすることも有効である。吸い取り具177によって吸い取られた洗浄液は、洗浄液流出管176を通して排出される。
【0041】
また、別の配置としてDNAを紐状部材の片方の末端側に、アピラーゼを反対側の末端側に固定して、核酸基質を含む反応液がDNA固定側からアピラーゼ固定側へ移動するようにしても良い。
【実施例3】
【0042】
第2の実施例では余剰の核酸基質を分解するのに、DNAを固定したメンブレンと同じメンブレンあるいは紐の上にアピラーゼを固定したが、本実施例では両者をそれぞれ独立のメンブレンあるいは紐に固定してそれらを重ねることで、相補鎖合成に使われなかった余剰の核酸基質を分解する機能を達成する。
【0043】
本実施例の装置概要を図18に示した。ここでは、メンブレンの例で説明する。DNA固定メンブレン181及びアピラーゼ固定メンブレン182を上下に重ねて移動台3にセットする。ディスペンサー1に近い上部にはDNAを固定したメンブレン181を配置し、下部にはアピラーゼを固定したメンブレン182を配置する。両メンブレンはあらかじめ重ねて接触されてもよく、また、核酸基質を供給後数秒後に間隔を狭めて接触させても良い。ここではあらかじめ両メンブレンが接触した状態の例で説明する。また、核酸基質は4本のディスペンサー1から順次供給される例であるが、他のディスペンサー構成を用いてもよい。発光反応溶液6の入った反応槽5の上部に移動台3はセットされ、核酸基質が第1のディスペンサーから上部メンブレン181上に供給される。本実施例ではメンブレンの面積は約0.1cm2としたがこれに限定されるものではない。
【0044】
メンブレン上に供給された核酸基質はメンブレン表面に直ちに広がり、DNA相補鎖合成反応を行う。反応自体は数秒で終了する。核酸基質を含む溶液は、下部のメンブレン182にも拡散により移動可能である。拡散で下部メンブレン182に移動した核酸基質はアピラーゼで分解される。移動には時間がかかるので、相補鎖合成と分解反応には時間的な遅延がある。これにより充分な相補鎖合成を確保しつつ余剰の核酸基質を分解できる。反応領域が狭く、反応が早く進むので、20−30秒放置することで余剰の核酸基質をほぼ充分に分解できる。ただし、反応生成物であるピロリン酸は分解されない。
【0045】
通常のパイロシーケンシングでは、dATPは発光反応の基質となるので使いにくい。あるいは使えないが、本発明では発光反応槽に至る前に大多数のdATPを分解するので使用することができる。dATPは通常パイロシーケンシングに使われているdATPαSと異なり、相補鎖合成反応基質としては優れており、相補鎖合成をより円滑に行うことができる。分解反応をさせた後、移動台3を下げて発光反応槽5に浸してATPの生成、及びルシフェラーゼ発光反応を行う。発光反応を1分程度行い、再び移動台3を引き上げて第2の核酸基質を加えて相補鎖合成反応を行う。これらの反応を順次行い、DNA相補鎖合成と発光反応及び検出を繰り返してDNA配列決定を行う。
【0046】
核酸基質などの小さな分子はメンブレンを簡単に通過できるので、拡散によりDNA固定領域からアピラーゼ固定領域に移動できる。ここで用いるメンブレンの厚みは50μmとしたが、これに限られるものではない。
【実施例4】
【0047】
実施例1−3は、DNAを保持する材料としてメンブレンあるいは紐状部材を用いた。本実施例では、DNAを磁性ビーズの表面に固定して操作する例について説明する。DNAを固定する磁性ビーズとしては、1−30μmの小さなものも使用できるが、0.1−1mmの大きなビーズを用いてもよい。大きなビーズを用いた例は実施例5として次に述べるので、ここでは小さなビーズの例(2.8μmダイナビーズ)を用いた例を示す。
【0048】
ビーズの表面に、配列を解析しようとするDNAを固定する。固定する方法は、ビオチン標識DNAをPCRにより作製し、アビジン標識された磁性ビーズに固定する方法を用いたが、この限りではない。ダイナビーズの量は1測定あたり約106個である。1個のビーズに106個のDNAを固定することができるので、使用するDNAの量は約1pmolである。磁性ビーズに固定された鋳型DNAをDNAポリメラーゼ及びプライマーの含まれる溶液に浸してプライマーをハイブリダイズし、さらにDNAポリメラーゼを2本鎖部分に結合させる。次いで、これらビーズを直径1−2mmの微小な磁石に保持する。磁石は細い移動台と連結しており、これを用いて発光反応槽上部に取り付ける。移動台に取り付けた磁石は、上下に動き、発光反応槽の中に浸すことができる。
【0049】
図19に本実施例の装置概念図を示す。移動台3の下端に固定された磁石192の表面にある磁性ビーズ191を、まず発光反応液6に沈める。DNAに混じってピロリン酸あるいはATPなどがあると発光反応が起こってしまうが、アピラーゼ分解反応により数分でこれらは消失する。磁性ビーズ191を保持した移動台3を発光反応槽5から引き上げて其の上部に停止させる。磁石192の上部からディスペンサー1により相補鎖合成に用いる4種の核酸基質を順次供給する。まず、第1の核酸基質dCTPを供給する。相補鎖合成反応が起こると副産物としてピロリン酸ができるが、反応しないときには変化は起こらない。DNA鋳型と反応生成物を磁性ビーズ191ごと発光反応槽に沈める。ピロリン酸が生成しているときにはこれはATPに変換され、ルシフェラーゼ反応を行うので、光を検出して相補鎖合成が起こったことを知ることができる。未反応の核酸基質は反応液中に拡散し、アピラーゼで1−2分以内に分解される。
【0050】
移動台3に取り付けられた磁石192は発光反応の間中ずっと発光反応槽5にとどめておく必要は無く、表面にあるピロリン酸及び余剰の核酸基質が周囲に拡散した段階で反応液6の外へ出すことができる。磁石192を反応液6中で上下に振動させれば拡散は速くなり、5−10秒で引き上げることができる。引き上げられた磁石192の表面には磁性ビーズ191に固定されたDNA、プライマー及びDNAポリメラーゼが残存する。第2の核酸基質dGTPを磁石192の表面に加えて磁性ビーズ191に相補鎖合成基質を供給して同様のことを行う。以下、dATP、dTTP、dCTP、‥‥と核酸基質を順次加えて測定を繰り返す。ここでは核酸基質の一つとしてdATPを加えたが、これに代わってdATPαSを用いてもよい。
【0051】
相補鎖合成反応、ATP生成反応、核酸基質分解反応、及び発光反応の全てを混合した反応系で行う従来の方式に比べると、本発明の方法は、相補鎖合成反応の反応体積が格段に小さく、したがって、核酸基質の濃度を高く保つことができ、反応速度も速いので、DNA鋳型に対して過剰の核酸基質を使用する必要はない。通常、鋳型に対して5−8倍量の核酸基質で充分である。従来のパイロシーケンシングでは、反応の進行に伴い核酸基質などの分解物が堆積し、反応を阻害することがある。本発明では、相補鎖合成反応部と発光反応部が分離されているために発光反応槽の大きさを大きくしても相補鎖合成反応基質の濃度が低下するなどはなく、相補鎖合成反応に影響を与えることはない。そして充分の量の発光反応液を使用することで堆積物の影響を小さくし、安定に発光反応を行うことが可能である。
【0052】
ここでは磁性ビーズを保持するのに永久磁石を用いたが、磁性材料からなる移動台を磁気ビーズの保持に用い、磁石を磁性材料に脱着することで磁気ビーズを操作してもよい。また、ビーズ状のDNA担体を用いた場合には、図20に示すように、ビーズ202をマイクロピラー201などの間に保持してマイクロピラーの付いている板を上下に移動してもよい。この場合には、DNA担体用のビーズとして磁気ビーズ以外、たとえばセファロースビーズやセラミックスビーズなども使用できる。一方、マイクロピラーなどをプラスチック成型で作製して、これを表面処理してDNAが結合すように工夫して担体として用いてもよい。
【実施例5】
【0053】
本実施例は、大きな1−数10個のビーズにDNAを保持した例である。0.5mmの直径のビーズにビオチン−アビジン結合でDNAを結合し、鋳型DNAとする。表面に固定されるDNAの量は1個のビーズあたり約3×1010分子であり、ビーズを10個用いると0.5pmolに相当するDNA鋳型を使用できる。検出器として光電子増倍管を用いた場合には、ビーズ1つでも配列決定に必要な信号が得られるが、簡便な光ダイオードなどを用いる場合には10個くらいのビーズを用いたほうがよい。
【0054】
図21から図23は本実施例の装置構成を示す概念図であるが、簡単のために1個のビーズを用いた例を示した。DNAを固定した磁気ビーズ212はプライマーハイブリダイゼーション及びDNAポリメラーゼの付加をした後、図21に示すように、鉄あるいはパーマロイなどの磁性材料でできた保持棒213の先端に保持される。4種の核酸基質は順次ディスペンサー1の先端のキャピラリー2から磁気ビーズ表面に供給される。保持棒213は強力磁石211と接触しており、磁気ビーズ212を磁気力により保持棒213の先端に保持している。磁気ビーズ212に固定された鋳型DNAに取り込み可能な核酸基質が供給されると、DNA相補鎖合成反応が進行する。DNA相補鎖合成反応は数秒で終了する。これによりピロリン酸が生成する。一方、加えられた核酸基質が相補的でなく相補鎖合成に用いられない場合には、そのまま磁気ビーズ212の周辺に存在する。
【0055】
次に、図22に示すように、磁石211を保持棒213から離すと、磁気ビーズ212は重力で下に落下し、発光反応液6中に没する。磁気ビーズ212の表面にあるピロリン酸及び余剰の核酸基質は発光反応液中に拡散して、磁気ビーズ表面から脱離する。ピロリン酸はATPに変換されルシフェラーゼ反応により光を発するので、光検出器により検出される。余剰の核酸基質はアピラーゼにより分解される。相補鎖合成反応とATP生成反応及び発光反応が分離して行われるので、相補鎖合成反応を充分に行うことができる。
【0056】
その後、保持棒213に磁石211を接触させると、図23に示すように、磁気ビーズ212は磁気力により溶液6中から飛び出して保持棒213の先端に吸着する。保持棒213は上下に移動可能であり、発光反応液6中に浸して磁気ビーズ212に近づけ、磁気力で保持棒の先端に磁気ビーズを保持した後に引き上げるが、強力な磁石211を用いた場合には、保持棒213を固定したまま磁気力で磁気ビーズ212を発光反応液6から引き出すこともできる。ディスペンサー1から次の核酸基質が供給され、相補鎖合成反応、ATP生成反応及び発光反応が繰り返される。
【0057】
本実施例では、磁気力を利用してDNA及び相補鎖合成副産物のピロリン酸をDNA相補鎖合成領域からATP生成及び発光反応領域に移送する例を開示した。もちろん、図24に示すように、ビーズに紐やワイヤー241あるいは棒をつけ移動してもよい。図24は、ビーズをワイヤーの先端に設けた保持部に捕捉した装置の断面図である。このような保持具を用いれば磁気力を用いる必要はない。ビーズは、相補鎖合成反応後に、保持部ごと反応溶液中に浸される。
【0058】
ここでは保持棒にビーズを保持して保持棒とは別のディスペンサーから試薬を供給したが、保持棒をパイプ状として先端から核酸基質を供給しても良い。この場合には保持棒はディスペンサーパイプとなるが、試薬供給のたびに洗浄液を同じパイプから送り出して試薬の流路を毎回洗浄する。
【0059】
本実施例ではDNAを固定するサポーターとして磁気ビーズを、また前記実施例ではメンブレンを用いたが、本発明でDNAを野路するために用いられる担体はこれらの部材に限られるものではなく、多孔質の材料、ナイロンフィルター、そのほかDNAあるいはDNAポリメラーゼを固定してDNAを保持できる部材であれば何でもよい。
【0060】
また、図25に略示するようなマイクロファブリケーションデバイスを用いて相補鎖合成反応部分にdNTPを供給してもよい。図25は、キャピラリーからなる核酸基質のディスペンサーに代わって、保持部と一体化したディスペンサーをマイクロファブリケーションデバイスで作製して用いた例の概念図である。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、DNA配列決定、DNA診断あるいはDNA検査などに幅広く活用できる。特に、配列決定を行うことはバイオ分野の基本であり、簡便で安価な配列決定方法が望まれている。パイロシーケンシングは化学発光を用いて光学的に信号を検出するが、蛍光検出と異なり励起光源が不要なため、簡便な装置構成で装置を実現できる利点がある。このため上記要求に答えるポテンシャルの高い方法である。しかし、従来方法では複数の酵素反応が同時並列的に進行するため、相補鎖合成反応が充分に行われなかったり、あるいは相補鎖合成反応が先に進みすぎたりする難点があった。本発明によりこの難点を解決できるので、大きな発展が期待できる。また、相補鎖合成反応を他の反応と独立した状態で、しかも反応体積を小さくし反応に関与する物質の濃度を高くできる状態としたために、反応が短時間で完全に終了するので、段階反応を短いサイクルでまわすことができる利点がある。この結果、全体の計測時間が短縮され、短時間で遺伝子検査を行う必要のある感染症検査など緊急の遺伝子検査などにも用途が広がると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】移動台に微小領域のメンブレンを設置した装置の全体構成を示す図。
【図2】段階的配列決定法の原理図。
【図3】段階的配列決定法の酵素反応を示す図。
【図4】メンブレンを保持する前の状態を示す図。
【図5】メンブレンを保持具に取り付けた状態を示す図。
【図6】dNTPを注入する前の状態を示す図。
【図7】dNTPを注入したときの状態を示す図。
【図8】移動台を下降してメンブレンを反応容器に浸漬し反応容器を振動させている状態を示す図。
【図9】移動台を上昇してメンブレンを反応容器から取り出した状態を示す図。
【図10】キャピラリーをOリングで絞り込んだ状態を示す図。
【図11】キャピラリーを絞り治具で絞り込んだ状態を示す図。
【図12】移動台にヒーターを取り付けた状態を示す断面図。
【図13】移動台をディスペンサー保持具に取り付け一体化した状態を示す断面図。
【図14】本発明によるDNA塩基配列決定例を示す図。
【図15】メンブレンの周辺部にアピラーゼを固定した装置の断面図。
【図16】メンブレンを上から見た図。
【図17】ひもに鋳型DNAとアピラーゼを固定し洗浄する装置の断面図。
【図18】メンブレンを重ねてアピラーゼを固定した装置の断面図。
【図19】ビーズをマグネットに固定した装置の断面図。
【図20】マイクロピラーにビーズを捕捉した状態を示す図。
【図21】マグネットを移動可能な保持棒につけたときの状態を示す図。
【図22】マグネットを保持棒から離した状態を示す図。
【図23】再びマグネットを保持棒につけたときの状態を示す図。
【図24】ビーズをワイヤーの先端に設けた保持部に捕捉した装置の断面図。
【図25】マイクロファブリケーションデバイスを用いた装置の例を示す図。
【符号の説明】
【0063】
1…ディスペンサー
2…キャピラリー
3…移動台
4…メンブレン
5…反応容器
6…発光試薬
7…反応容器保持具
8…光ダイオード
9…ディスペンサー保持具
10…ペルチエ素子
71…注入したdNTP
72…空気ギャップ
101…Oリング
111…絞り治具
121…ヒーター
171…ひも
172…鋳型DNAを固定した部分
173…アピラーゼを固定した部分
174…ひも支持具
175…洗浄液流入管
176…洗浄液流出管
177…吸い取り具
181…鋳型DNAを固定したメンブレン
182…アピラーゼを固定したメンブレン
191…鋳型DNAを固定したビーズ
192…マグネット
201…マイクロピラー
202…ビーズ
211…マグネット
212…鋳型DNAを固定したビーズ
213…保持棒
241…ビーズを収めるためのワイヤー保持具

【特許請求の範囲】
【請求項1】
DNA試料を保持する保持部材と、
複数種類の相補鎖合成基質を前記保持部材に保持されたDNA試料に個別に供給する基質供給部と、
DNA相補鎖合成反応による生成物と反応して発光する反応溶液を入れた反応容器と、
前記反応溶液中に発生する発光を検出する光検出器と、
前記保持部材の位置及び前記基質供給部からの相補鎖合成基質の供給を制御する制御部とを有し、
前記制御部は、前記保持部材を前記反応容器の反応溶液外に位置づけて前記基質供給部から前記相補鎖合成基質の供給を行い、その後、前記保持部材を前記反応容器の反応溶液中に移動させることを特徴とするDNA分析装置。
【請求項2】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記反応溶液は前記基質供給部から供給される相補鎖合成基質に対して大過剰に用意されていることを特徴とするDNA分析装置。
【請求項3】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記保持部材はメンブレンであることを特徴とするDNA分析装置。
【請求項4】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記保持部材は、紐状部材、ビーズ又は磁性ビーズであることを特徴とするDNA分析装置。
【請求項5】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記DNA相補鎖合成反応による生成物はピロリン酸であることを特徴とするDNA分析装置。
【請求項6】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記制御部は、磁気力のon/offによって前記保持部材の位置を制御することを特徴とするDNA分析装置。
【請求項7】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記DNA試料はそれ自体あるいは相補鎖合成酵素を前記保持部材に固定することにより保持されていることを特徴とするDNA分析装置。
【請求項8】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記基質供給部から前記相補鎖合成基質を供給した後、相補鎖合成基質分解試薬を前記DNA試料に供給することを特徴とするDNA分析装置。
【請求項9】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記保持部材のDNA試料を保持した領域に隣接して前記相補鎖合成基質を分解する酵素あるいは触媒を保持した領域を設けたことを特徴とするDNA分析装置。
【請求項10】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記保持部材はメンブレンであり、DNA試料を保持したメンブレンと前記相補鎖合成基質を分解する酵素あるいは触媒を保持したメンブレンを重ねて配置したことを特徴とするDNA分析装置。
【請求項11】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記保持部材はメンブレンであり、前記メンブレンの同一平面上にDNA試料を保持した領域と前記相補鎖合成基質を分解する酵素あるいは触媒を保持した領域を設けたことを特徴とするDNA分析装置。
【請求項12】
請求項11記載のDNA分析装置において、前記メンブレンの中心部にDNAを保持した領域を配置し、周辺部に前記相補鎖合成基質を分解する酵素あるいは触媒を保持した領域を配置したことを特徴とするDNA分析装置。
【請求項13】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記保持部材の前記相補鎖合成基質が供給される上流側にDNA試料を保持した領域を配置し、下流側に前記相補鎖合成基質を分解する酵素あるいは触媒を保持した領域を配置したことを特徴とするDNA分析装置。
【請求項14】
請求項13記載のDNA分析装置において、前記基質供給部から相補鎖合成基質を供給した後、前記DNA試料を保持した領域から前記相補鎖合成基質を分解する酵素あるいは触媒を保持した領域に向かって洗浄液を流す手段を具備することを特徴とするDNA分析装置。
【請求項15】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記基質供給部は、試薬溜からキャピラリーあるいはマイクロファブリケーションデバイスを用いて前記DNA試料に相補鎖合成基質を供給することを特徴とするDNA分析装置。
【請求項16】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記基質供給部と前記反応容器は相対的に固定されており、前記基質供給部と前記反応容器に対して前記保持部材が相対的に移動することを特徴とするDNA分析装置。
【請求項17】
請求項1記載のDNA分析装置において、前記基質供給部と前記保持部材は相対的に固定されており、前記反応容器に対して前記基質供給部と前記保持部材が相対的に移動することを特徴とするDNA分析装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate

【図22】
image rotate

【図23】
image rotate

【図24】
image rotate

【図25】
image rotate


【公開番号】特開2009−247297(P2009−247297A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−100592(P2008−100592)
【出願日】平成20年4月8日(2008.4.8)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】