説明

H5N1型インフルエンザワクチン及び感染防御キット

【課題】ワクチン接種株以外のH5N1型インフルエンザウイルス感染を充分予防することができるH5N1型インフルエンザワクチンを提供する。
【解決手段】H5N1型インフルエンザワクチンは、ヒトに対して、2回投与からなる初回接種され、所定期間の経過後に、前記初回接種のワクチンと同一株のワクチンが少なくとも1回追加接種されるように用いられる。初回接種及び追加接種のH5N1型インフルエンザワクチンは、ともに青海株由来である。初回接種後の所定期間は、1月以上3年以下であり、具体的には6月である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、H5N1型インフルエンザワクチンの特定の用法及びH5N1型インフルエンザウイルスに対する感染防御キットに関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザは、呼吸器飛沫感染を介して拡散するインフルエンザウイルスにより引き起こされる急性の伝染性呼吸器疾患である。インフルエンザは、世界的規模で流行することがあるウイルス感染疾患の一つであり、効果的な予防法の確立が望まれる。
【0003】
インフルエンザウイルスは、ウイルス粒子表面に存在する主要な表面抗原であるヘマグルチニン(HA)タンパク質又はノイラミニダーゼ(NA)タンパク質の型によって、例えばAソ連型(H1N1)、A香港型(H3N2)等の亜型に分類される。
【0004】
トリ等の他種動物を宿主とするインフルエンザウイルスが直接ヒトへ感染することも知られるようになり(非特許文献1)、1997年5月以降、それまでトリで確認されていたがヒトでは見つかっていなかったH5N1型インフルエンザウイルスの感染者が複数確認された。今後、これがヒトからヒトへと感染するウイルスへと変異し、世界的な流行(パンデミック)が起こる可能性も否定できない。
【0005】
ヒトがこのH5N1型インフルエンザウイルスに感染した場合、38度以上の発熱、下痢、鼻血、歯肉出血、血痰、呼吸困難等、激烈な症状を起こし、強毒性のため、致死率が高くなることが報告されている。
【0006】
特許文献1には、H5N1型に代表されるパンデミックインフルエンザウイルスに対して免疫する手法であって、インフルエンザウイルスを含む免疫原性組成物を、14日未満の間隔で2回初回投与する手法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2011−506290号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】K.Subbarao et al., Science 279: 393-396 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、上述の手法では、ワクチン接種株以外の亜型H5N1型インフルエンザ感染を充分予防することはできず、多くの亜型のH5N1インフルエンザ感染を高確率で予防できる手法が求められる。
【0010】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、ワクチン接種株以外のH5N1型インフルエンザウイルス感染を充分予防することができるH5N1型インフルエンザワクチンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の観点に係るH5N1型インフルエンザワクチンは、H5N1型インフルエンザワクチンが、ヒトに対して、2回投与からなる初回接種され、所定期間の経過後に、前記初回接種のワクチンと同一株のワクチンが少なくとも1回追加接種されるように用いられることを特徴とする。
【0012】
前記初回接種及び前記追加接種のH5N1型インフルエンザワクチンは、ともに青海株由来であることが好ましい。
【0013】
前記所定期間は、1月以上3年以下であることが好ましい。
【0014】
前記H5N1型インフルエンザワクチンは、アジュバントを有することが好ましい。
【0015】
前記初回接種及び前記追加接種のH5N1型インフルエンザワクチンは、HA抗原の量が1用量あたり1μg以上200μg以下であることが好ましい。
【0016】
前記初回接種は、H5N1型インフルエンザワクチンが、2週間以上4週間以下の間隔をおいて2回投与されることが好ましい。
【0017】
前記初回接種及び前記追加接種は、筋肉内接種又は皮下接種であることが好ましい。
【0018】
また、本発明の第2の観点に係るH5N1型インフルエンザウイルスに対する感染防御キットは、請求項1乃至7の何れか1項に記載のH5N1型インフルエンザワクチンと、前記H5N1型インフルエンザワクチンをヒトに対して投与するための器具と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係るH5N1型インフルエンザワクチンによれば、有害事象の発生を必要以上に惹起せず、交叉免疫性を大幅に上昇させることができる。また、追加接種で用いるワクチン株は初回接種で用いるワクチン株と同じであり、異なるワクチン株を用意する必要がないため、低コストにて交叉免疫性を上昇させることができる。パンデミックワクチンは、実際にパンデミックが起こり、病原ウイルスが特定されてからでないと製造できず、しかもその製造には少なくとも6カ月が必要となるが、本発明によれば、基礎的な免疫をつけるために使用するプレパンデミックワクチンをパンデミックワクチンにすることができる。このように本発明により得られる利益は計り知れない。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】ベトナム株に対しての中和抗体価を示す図である。
【図2】青海株に対しての中和抗体価を示す図である。
【図3】インドネシア株に対しての中和抗体価を示す図である。
【図4】安徽株に対しての中和抗体価を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0022】
プレパンデミックワクチンはインフルエンザウイルス全粒子を不活化後精製した全粒子ワクチンであり、所定株のワクチンが2回投与され、中和抗体価の上昇が接種者に認められている。その投与後、更に同一株のワクチン接種を行ったとしても交叉免疫性は得られないと考えられていたが、本発明者らは、実験の結果、広い交叉免疫性が得られたという新知見に基づいて本発明を完成させた。
【0023】
本実施形態のH5N1型インフルエンザワクチンは、ヒトに対して、まず初回接種される。初回接種は2回投与される。次に、初回接種の後、所定期間の経過後に、初回接種のワクチンと同一株のワクチンが少なくとも1回追加接種されるように用いられる。
【0024】
インフルエンザワクチンは、インフルエンザウイルスを発育鶏卵で培養し、その漿尿液から採取したウイルス粒子を分解精製して作られた感染防御抗原物質を主成分とした多価ワクチンである。精製工程中に、ホルマリンを用いて全ての微生物は不活性化される。なお、インフルエンザワクチンは、生弱毒性微生物を含む生ワクチン、又は、毒素の免疫原性を損なわないように無毒化したコンポーネントワクチンであってもよい。
【0025】
初回接種及び追加接種のH5N1型インフルエンザワクチンは、ともに同一株由来である。例えば、インドネシア株(clade2.1)、安徽株(clade2.3)、又はベトナム株(clade1)であり、好ましくは青海株(clade2.2)である。
【0026】
初回接種の後、追加接種されるまでの所定期間は、特に限定されるものではないが、例えば1月〜3年であり、好ましくは3月〜2年であり、より好ましくは6月〜1年である。
【0027】
追加接種は少なくとも1回行われる。追加接種が複数回行われる場合は、第n回目の追加接種と第n+1回目の追加接種(nは1以上の自然数)との間隔は、初回接種と第1回目の追加接種との間隔と同様の所定期間とすることができ、例えば1月〜3年であり、好ましくは3月〜2年であり、より好ましくは6月〜1年である。例えば、追加接種が3回行われる場合は、2回投与からなる初回接種が行われ、所定期間経過後に、第1回目の追加接種が行われ、所定期間経過後に、第2回目の追加接種が行われ、所定期間経過後に、第3回目の追加接種が行われる。追加接種が複数回行われる場合は、交叉免疫性を更に上昇させうる。
【0028】
初回接種及び追加接種のH5N1型インフルエンザワクチンは、アジュバントを含むことが可能である。アジュバントとしては、特に限定されるものではないが、例えば、水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム等のアルミニウム塩、キトサン、オリゴデオキシヌクレオチド、水中油型エマルジョン等を用いることが可能である。好ましくは水酸化アルミニウムであり、水酸化アルミニウムをアジュバントとして用いることにより、免疫原性を高めることができる。
【0029】
血球凝集素(HA)は、不活性化インフルエンザワクチンにおける主要な免疫原であり、ワクチン用量は、代表的には、単一放射状免疫拡散(SRID)アッセイによって測定されるように、HAレベルを参照することによって標準化される。初回接種及び追加接種のH5N1型インフルエンザワクチンは、HA抗原の量は、特に限定されるものではないが、1用量あたり例えば1μg〜200μgであり、好ましくは10μg〜30μgであり、より好ましくは15μgである。1用量は例えば0.5mLである。
【0030】
初回接種では、H5N1型インフルエンザワクチンは、例えば2週間〜4週間の間隔をおいて2回投与され、好ましくは3週間の間隔をおいて2回投与される。
【0031】
初回接種及び追加接種では、投与方法は特に限定されるものではないが、例えば経鼻、皮下、皮内、経皮、眼内、粘膜、又は、経口投与であり、好ましくは、筋肉内投与である。
【0032】
また、本実施形態に係るH5N1型インフルエンザウイルスに対する感染防御キットは、上記のH5N1型インフルエンザワクチンと、H5N1型インフルエンザワクチンをヒトに対して投与するための器具と、を有する。ヒト患者に対してワクチンを投与するための器具は、特に限定されるものではないが、例えば、注射器、吸入器、ネブライザー、ピペット等である。
【0033】
感染防御キットは、H5N1型インフルエンザワクチンを投与するのを助ける医薬的に許容され得る賦形剤を含有することも可能である。賦形剤は、例えば、生理食塩水、グリセロール、デキストロース、ラクトース、スクロース、デンプン末、アルカン酸のセルロースエステル、セルロースアルキルエステル、タルク、ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム、酸化マグネシウム、リン酸及び硫酸のナトリウム及びカルシウム塩、ゼラチン、アカシアガム、アルギン酸ナトリウム、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン等である。
【0034】
なお、本発明は、ヒト患者中でH5N1型インフルエンザワクチンに対する免疫原性を増強する組成物であって、H5N1型インフルエンザに対する抗原を含むワクチンをヒト患者に2回投与からなる初回接種させ、所定期間経過後、初回接種のワクチンと同一株のワクチンをそのヒト患者に投与させて少なくとも1回追加接種させる組成物とすることも可能である。
【実施例】
【0035】
インフルエンザウイルス青海株をゲンタマイシン硫酸塩、ミノサイクリン塩酸塩、ホスホマイシンナトリウム、ジベカシン硫酸塩及びプレドニゾロンとともに発育鶏卵で増殖させ、得られたウイルスを採取し、濾過法で精製し、ホルマリンで不活化した後に、免疫原性を高めるために水酸化アルミニウムゲルに吸着させ不溶性とすることにより、ワクチンを製造した。
【0036】
H5N1型を対象とするワクチン未接種者を対象に青海株を初回接種として3週間隔で2回、追加接種を初回接種半年後に1回行った。インフルエンザウイルスのHA含量は30μg/mlであった。初回接種は0.5mLを3週間の間隔をおいて筋肉内に2回注射した。初回接種前、2回接種3週間後(2回接種後)、追加接種前(3回目接種前)、追加接種1週間後(3回目接種1週間後)、追加接種3週間後(3回目接種3週間後)の計5回採血し、H5N1型インフルエンザウイルス4株に対する交差免疫性並びに免疫持続性を検討した。また、局所反応、全身反応データを収集し安全性の検討も行った。
【0037】
被験者は、女性79名(65.8%)(平均年齢36.2歳)、及び、男性41名(34.2%)(平均年齢39.0歳)であった。女性では、29歳以下は24人、30歳代は25人、40歳代は23人、50歳代は6人、60歳以上は1人であった。男性では、29歳以下は8人、30歳代は16人、40歳代は10人、50歳代は6人、60歳以上は1人であった。
【0038】
結果を図1〜図4及び表1〜表4に示す。図1は、ベトナム株に対しての中和抗体価である。図2は、青海株に対しての中和抗体価である。図3は、インドネシア株に対しての中和抗体価である。図4は、安徽株に対しての中和抗体価である。
【0039】
表1は、青海株由来インフルエンザワクチンの初回接種及び追加接種(3回接種)の効果(幾何平均抗体価増加倍率、PC解析)を示す表であり、ベトナム株に対する倍率を示す。表2は、青海株由来インフルエンザワクチンの初回接種及び追加接種(3回接種)の効果(幾何平均抗体価増加倍率、PC解析)を示す表であり、青海株に対する倍率を示す。表3は、青海株由来インフルエンザワクチンの初回接種及び追加接種(3回接種)の効果(幾何平均抗体価増加倍率、PC解析)を示す表であり、インドネシア株に対する倍率を示す。表4は、青海株由来インフルエンザワクチンの初回接種及び追加接種(3回接種)の効果(幾何平均抗体価増加倍率、PC解析)を示す表であり、安徽株に対する倍率を示す。括弧内は95%信頼区間である。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
【表4】

【0044】
青海株に対する中和抗体価40倍以上の被験者は接種前0%に対して2回接種3週後58%、幾何平均抗体価増加倍率6.8倍(95%信頼区間5.8−8.1)であり、青海株2回接種に免疫原性があることが確認された。
【0045】
青海株2回接種3週後と初回接種前の中和抗体価を比較した幾何平均抗体価増加倍率ではベトナム株に対して2.0倍、インドネシア株に対して1.7倍、安徽株に対して1.4倍であり、十分な免疫原性と認められる2.5倍以上には達しなかった。
【0046】
2回目接種から半年後では青海株に対する中和抗体価は減弱した(中和抗体価40倍以上の被験者の割合は2回接種後58%に対して、半年後は19%)。
【0047】
しかしながら、3回目接種3週後では中和抗体価40倍以上の割合は69%、接種前との幾何平均抗体価増加倍率9.1倍となり、2回接種後に比べて増加した。
【0048】
青海株由来インフルエンザワクチン2回接種者に、3回目(半年後)の青海株由来インフルエンザワクチンを接種した場合、青海株に対するブースター効果は高くないが、図1、図3及び図4に示されるように交叉免疫性が出現している。そして図3及び図4から明らかなように、特にインドネシア株、安徽株に対する交叉免疫性が強く出現した。
【0049】
次に、安全性に関する結果を下記表5〜表7に示す。表5は有害事象をまとめたものであり、表6は全身反応の有害事象であり、表7は局所反応の有害事象である。各数値は人数を示し、括弧内は割合を示す。
【0050】
【表5】

【0051】
【表6】

【0052】
【表7】

【0053】
その他有害事象のうち、副反応報告書対象となった症例は血管浮腫(1回目)の1例のみであった。重篤な有害事象(入院)となったのは1回目接種後に乳がんが発見された1例のみであった。
【0054】
血管浮腫は34歳女性であり、第1回ワクチン接種2日後に両眼瞼周囲及び口周囲にかゆみを伴う浮腫が出現した。翌日自然軽快するが、ワクチン接種4日後に再燃し、その翌日病院受診し血管浮腫と診断されアレグラ内服開始となった。内服により症状は軽減し、ワクチン接種6日後には回復した。重篤な有害事象症例は、39歳女性の乳がんであり、第1回ワクチン接種の約3ヶ月前から乳房にしこりあり、乳腺炎と診断されていた。しかし、その後しこりが増大傾向にあったため、第1回ワクチン接種から8日後に再検査を実施、乳がんと診断された。25日後に入院治療を行い、退院した。これらの有害事象症例は、本発明ワクチン接種と因果関係がない。以上より、安全性に関する特段の懸念は認められないと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
インフルエンザワクチンの製造及び開発分野において利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
H5N1型インフルエンザワクチンが、ヒトに対して、2回投与からなる初回接種され、所定期間の経過後に、前記初回接種のワクチンと同一株のワクチンが少なくとも1回追加接種されるように用いられることを特徴とするH5N1型インフルエンザワクチン。
【請求項2】
前記初回接種及び前記追加接種のH5N1型インフルエンザワクチンは、ともに青海株由来であることを特徴とする請求項1に記載のH5N1型インフルエンザワクチン。
【請求項3】
前記所定期間は、1月以上3年以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のH5N1型インフルエンザワクチン。
【請求項4】
前記H5N1型インフルエンザワクチンは、アジュバントを有することを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載のH5N1型インフルエンザワクチン。
【請求項5】
前記初回接種及び前記追加接種のH5N1型インフルエンザワクチンは、HA抗原の量が1用量あたり1μg以上200μg以下であることを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項に記載のH5N1型インフルエンザワクチン。
【請求項6】
前記初回接種は、H5N1型インフルエンザワクチンが、2週間以上4週間以下の間隔をおいて2回投与されることを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項に記載のH5N1型インフルエンザワクチン。
【請求項7】
前記初回接種及び前記追加接種は、筋肉内接種又は皮下接種であることを特徴とする請求項1乃至6の何れか1項に記載のH5N1型インフルエンザワクチン。
【請求項8】
請求項1乃至7の何れか1項に記載のH5N1型インフルエンザワクチンと、
前記H5N1型インフルエンザワクチンをヒトに対して投与するための器具と、を有することを特徴とするH5N1型インフルエンザウイルスに対する感染防御キット。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate