説明

I型−IV型コラーゲン混成ゲル

【課題】IV型コラーゲンの特性を保持し、かつゲル強度に優れる、I型−IV型コラーゲン混成ゲルを提供することを目的とする。
【解決手段】ゲル化能を有するIV型コラーゲン100質量部に対し、線維形成能を有するI型コラーゲン100〜500質量部とが混合されてなる、I型−IV型コラーゲン混成ゲルである。I型コラーゲンによる線維状物に、IV型コラーゲンによる膜状物が形成された3次元構造を形成し、生体の基底膜に近似する細胞培養環境を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
IV型コラーゲンによる基底膜の生理機能を再現でき、かつゲル強度に優れるI型−IV型コラーゲン混成ゲル、および前記混成ゲルの調製方法、ならびに前記混成ゲルをコーティングしてなる細胞培養プレートなどに関する。
【背景技術】
【0002】
動物の身体は、上皮組織、結合組織、筋組織、神経組織と呼ばれる4種類の組織型を組み合わせて構成され、上皮組織や筋組織が主に細胞で構成されるのに対し、結合組織の主体はコラーゲン線維を主成分とする間質と呼ばれる細胞外マトリックスである。また、前記上皮組織と結合組織との間には基底膜と呼ばれるシート状の細胞外マトリックスが存在し、前記筋組織を構成する細胞も基底膜で周囲を覆われ、血管もその内皮細胞は基底膜で裏打ちされている。更に、神経細胞も、例えば末梢神経の軸索を包むシュワン細胞も基底膜を足場とするなど、多細胞生物を構成する細胞の多くは、基底膜をその足場としている。細胞外マトリックスは、細胞の増殖や生存に必要であり、例えば、動物細胞は培養皿に接着し、足場を形成できないと増殖できないばかりかアポトーシスを起こして自滅する。この現象は、細胞増殖の足場依存性(anchorage dependence of cell growth)と呼ばれ、悪性のがん細胞や血球細胞などを除き、多細胞動物を構成する殆ど全ての細胞で観察される現象である。
【0003】
このような細胞培養の際に足場となる基底膜は、厚さ100nmほどの極めて薄いシート状の細胞外マトリックスであり、IV型コラーゲン、ラミニン、ニドゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどからなり、これらが複合的に結合して3次元構造を構成している。例えば、前記IV型コラーゲンは、基底膜の形態維持を担う主要な構成成分であり、N末端領域でジスルフィド結合により架橋された四量体を形成する一方で、C末端の球状領域でend-to-end型に会合し、このN末端領域とC末端領域の会合を通じて2次元網目構造を構築している。また、ラミニンは、α、β、γと呼ばれる三つのサブユニット鎖が会合したヘテロ三量体分子であり、十字形の形をした基底膜成分である。α鎖はα1〜5、β鎖はβ1〜3、γ鎖はγ1〜3の全部で11種類のサブユニットが存在する。これらサブユニットの組み合わせにより現時点では15種類のラミニンが知られており、その名称はサブユニット鎖の構成で呼ばれている。3本のサブユニット鎖は共通のコイルドコイルドメインを持ち、この領域で会合してヘテロ三量体を形成する。一方、各サブユニットのN末端領域は互いに親和性を有し、この領域で会合することで基底膜に自己組織化される。なお、基底面で自己会合したラミニンは、ニドゲンを介してIV型コラーゲンと結合し、IV型コラーゲンが独立に自己会合して作る網目構造で裏打ちされることで物理的な強度を獲得している。更に、ヘパラン硫酸プロテオグリカンが加わり、基底膜分子間の相互作用とジスルフィド結合や非ジスルフィド結合による分子間架橋により、その構造が安定化される。
【0004】
従来から、細胞外マトリックスに関する研究は、コラーゲンを中心に進められている。ほ乳類では約30種類の遺伝的に異なるコラーゲンが発見されており、I型、II型、III型などと発見順に命名されている。それぞれ構造、機能、分布が相違するが、α鎖と呼ばれるポリペプチド鎖が3本、互いに巻きついた右巻きの螺旋構造をとり、前記ポリペプチド鎖は、Gly−X−Y(式中、X及びYは任意のアミノ酸を示す)の繰り返しからなる基本構造を有する点で共通する。なお、I型コラーゲンでは、3本螺旋領域の両端に、非螺旋領域であるテロペプチドが存在する。
【0005】
前記した基底膜を構成する主要なコラーゲンは、IV型コラーゲンである。I型コラーゲンと同様に3本鎖の螺旋構造を形成するが、Gly−X−Y構造が中断する部分を有する点でI型コラーゲンと相違する。また、IV型コラーゲンは、N末端にシステイン残基を多く含む7S領域と、分子C末端に非コラーゲン螺旋領域(NC1領域)とを有し、これら、7S領域およびNC1領域を介してIV型コラーゲンの二次元網目構造が形成される点で重要な領域である。
【0006】
一般に、動物の結合組織のコラーゲンは熱処理によって容易に抽出されるが、この場合にはコラーゲンが熱変性によってその特有の3本螺旋構造が壊され、ゼラチン状態となる。コラーゲンはその立体構造を保ったままでは一般に難溶性であり、コラーゲンを溶液として得るには特別な方法が必要となる。IV型コラーゲンの抽出方法は、胎盤を材料に用いて、ペプシン処理によって胎盤に含まれるI,III,V,IV型コラーゲンを抽出した後に、塩分別、カラム等によってIV型コラーゲンを精製する方法(非特許文献1)や、ほぼIV型のみから構成されている動物眼球のレンズカプセルから酸性溶液中でIV型コラーゲンを非酵素的に抽出する方法などが知られている(非特許文献2)。
【0007】
一方、種々のコラーゲンの中で、例えば、I型コラーゲンは、動物の皮膚・腱・骨などの結合組織の主要構成成分であり、3本のポリペプチド鎖が互いに巻きついた約300nmの螺旋構造を有する。この3本螺旋体が互いに1/4.4ずつづれながら会合して細い線維を作り、これが更に平行に並んで束を形成し、強い張力に耐えるコラーゲン線維が形成される。I型コラーゲンの抽出法としては、動物の骨、皮などの材料として、酸性溶液や酵素処理で抽出する方法や(特許文献1)、アルカリ処理による可溶化法等が知られている(非特許文献3)。
前記したI型コラーゲンやIV型コラーゲンは、細胞外マトリックスの構成成分であり、細胞接着因子として働く。細胞培養の際に細胞培養プレートのコラーゲンコートが行われるのはこのためである。一方、I型コラーゲンやIV型コラーゲンは、その抽出方法によって線維形成能やゲル形成能その他が相違し、コラーゲンコートの方法によって前記コート層におけるコラーゲンの形状が相違する。ペプシン処理したI型コラーゲンの塩酸溶液を細胞培養プレートの表面にのせ、25℃の無菌の空気流で乾燥させてなる細胞培養プレート(コラーゲンコートデッシュ)と、前記コラーゲンの塩酸溶液に炭酸水素ナトリウム3倍濃度のDMEMと、ペニシリン、ストレプトマイシン、FBS、10%FBS含有DMEMを撹拌してコラーゲン培地液を調製し、これを細胞培養プレートに載せ、37℃で6時間、CO2条件下でインキュベートしてなる細胞培養プレート(3次元コラーゲン線維ゲル)と、前記コラーゲン培地液と細胞けん濁液とを混合して細胞培養プレートに固定した細胞培養プレート(細胞含有3次元コラーゲンゲル)との3種類で線維芽細胞を培養したところ、コラーゲンコートデッシュと3次元コラーゲン線維ゲルとでは同じ細胞倍増時間であったが、細胞含有3次元コラーゲンゲルでは1.5倍に延長され、有意な増殖抑制が観察されたとの報告がある(非特許文献4)。
【0008】
また、I型コラーゲンのカルシウム、マグネシウム不含有リン酸緩衝液を細胞培養プレートにコートし、2時間室温に載置してなる非線維化コラーゲンと、I型コラーゲンのPBS(−)溶液を細胞培養プレートに載せ、37℃、2時間インキュベートして線維状に会合させた線維状コラーゲンとでケラチノサイトを培養したところ、線維状コラーゲンではアポトーシスが引き起こされ(非特許文献5)、分化が引き起こされることが知られている(非特許文献6)。
【0009】
なお、IV型コラーゲンをコートした細胞培養プレートとして、コスモ・バイオ株式会社製の登録商標マトリゲルがある。マトリゲルは、マウスのEHS(Engelbreth-Holm-Swarm)肉腫という基底膜分子を過剰生産する肉腫の抽出物からなり、さらに、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなどが配合されたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特公昭37−14426号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Sage H,etal.J.Biol.Chem.254,9893−9900 (1979)
【非特許文献2】Muraoka, M and Hayashi, T., J. Biochem. 114,358−362 (1993)
【非特許文献3】Fujii, T. Hoppe−Seyler's Z. Physiol., Chem.350,1257−1265 (1969)
【非特許文献4】Nishiyama, T. et al. Matrix, 9,193−199 (1989)
【非特許文献5】Fujisaki, H. and Hattori, S., Exp. Cell. Res. 280,255−269 (2002)
【非特許文献6】Fujisaki, H. et al. Connect. Tissue Res. 49,426−436 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
コラーゲンコートした細胞培養プレートを使用して細胞培養を行うと、培養細胞は表面にあるコラーゲン受容体であるインテグリンを介してコラーゲン分子に接着し、細胞培養プレート上で増殖する。上皮細胞の幹細胞の維持や分化、増殖には基底膜の存在が必須であり、基底膜の主成分であるIV型コラーゲンをコートした細胞培養プレートが使用されることが望ましい。
【0013】
また、コラーゲンは調製方法によって3次元構造を形成し、細胞培養プレートにコートした場合も3次元構造をとりうるか否かによって培養細胞の増殖や分化に相違が生じる。基底膜は、その主成分であるIV型コラーゲンが網目状に広がって構成されるが、細胞培養プレートの表面にIV型コラーゲンの網目構造を再現できれば、より生体の基底膜に近似した細胞増殖環境を形成することができる。
【0014】
しかしながら、IV型コラーゲンは、動物の胎盤や眼球のレンズカプセルを抽出原料とするため、大量に製造することが困難である。例えば、市販の登録商標マトリゲルは、マウスのEHS肉腫からの抽出物であるが、正常細胞の培養には、正常個体から抽出したIV型コラーゲンの使用が好ましく、原料の入手が容易でない。また、IV型コラーゲンは、抽出方法によっては、分子相互作用が弱いためゲル化による網目構造を形成することができず、ゲル化する場合でも温度4℃で5日以上静置しなければ網目構造を形成しない。このため、3次元構造の形成に長時間を要し、IV型コラーゲンによる実質的な3次元構造の形成は容易でない。市販のマトリゲルでは、電子顕微鏡写真によるIV型コラーゲンによる網目状構造を観察することはできない。したがって、IV型コラーゲンの使用量を低減し、かつ基底膜の構成成分としてのIV型コラーゲンの特性し、簡便に3次元構造を形成することができ、基底膜の構成成分としてのIV型コラーゲンの特性をするIV型コラーゲン含有ゲルの開発が望まれる。
一方、I型コラーゲンはゲル強度が高く、比較的容易に抽出や精製が行えるため、コラーゲン3次元培養基質として広く使用することができる。
【0015】
しかしながら、I型コラーゲンは基底膜としての機能を有しておらず、ES細胞やそこから分化誘導した細胞の培養維持、更には様々な臓器から分離した組織幹細胞の培養や増殖には、基底膜の生理活性を保持し、かつ安定な3次元ゲルを構成する必要がある。
【0016】
また、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとを混合してそのゲル強度を高めようとしても、I型コラーゲンは37℃で会合体を形成してゲル化し、これより温度を下げると分子分散した溶液となり会合体を形成することができず、一方、IV型コラーゲンの会合温度は37℃より低温の4℃である。実際、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとからなる混成ゲルは知られておらず、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとによって3次元ゲルを形成する方法も存在しない。
【0017】
従って、異なる会合温度のI型コラーゲンとIV型コラーゲンとを混合して、均一な3次元構造を形成することができ、かつIV型コラーゲンの機能が発揮される、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとの混成ゲルの開発が望まれる。
また、基底膜は、ES細胞、iPS細胞などの様々な器官の細胞の足場となり、その増殖や分化を調節している。細胞培養プレートとして生体の基底膜に近似した環境を形成することができれば、より生体環境に近い培養を行うことができる。このような基底膜には、IV型コラーゲンのほかにラミニンが必須の成分として含有されるため、使用するI型コラーゲンとIV型コラーゲンとの混成ゲルにもラミニンが含有されることが好ましい。
【0018】
しかしながら、I型コラーゲンは、会合によって線維化するがこのような線維状コラーゲンに対するラミニンの結合力は弱い。したがって、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとを混合してなる混成ゲルからなり、ラミニンを結合したI型コラーゲンとIV型コラーゲンとの混成ゲル、並びにこのような混成ゲルを使用してなる細胞培養プレートの開発が望まれる。
上記現状に鑑みて、本発明は、IV型コラーゲンの基底膜の構成成分としての特性を保持し、ゲル強度に優れ、3次元構造を形成しうるI型−IV型コラーゲン混成ゲルを提供することを目的とする。
【0019】
また、本発明は、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとを混合し、3次元ゲルを形成することを特徴とする、I型−IV型コラーゲン混成ゲルの調製方法を提供することを目的とする。
【0020】
更に、I型−IV型コラーゲン混成ゲルを細胞培養プレートの表面にコートしてなる細胞培養プレートを提供することを目的とする。
更に、I型−IV型コラーゲン混成ゲルからなる、人工基底膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、特定のI型コラーゲンと特定のIV型コラーゲンとを特定条件下で混合したところ、短時間に、I型コラーゲンによる線維状構造物にIV型コラーゲンによる膜状構造物が結合した3次元ゲルを形成することができること、このような混成3次元ゲルは、IV型コラーゲンの使用量が低減されたにもかかわらず、基底膜に含まれるIV型コラーゲンと近似する特性を有すること、この混成3次元ゲルは、I型コラーゲンと相違して、IV型コラーゲンの配合量に対応するラミニンを結合することができ、より基底膜に近似する細胞培養環境を形成しうること、このような混成ゲルを細胞培養プレートにコートしてなる細胞培養プレートは、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとからなる3次元ゲルが形成されるため、極めて基底膜に近似した細胞培養プレートとなりうることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち本発明は、ゲル化能を有するIV型コラーゲン100質量部に対し、線維形成能を有するI型コラーゲン100〜500質量部とが混合されてなる、I型−IV型コラーゲン混成ゲルを提供するものである。
【0022】
また本発明は、I型コラーゲンによる線維状構造物に、IV型コラーゲンによる膜状物が結合していることを特徴とする、上記I型−IV型コラーゲン混成ゲルを提供するものである。
【0023】
本発明は、更に、ラミニンを含有することを特徴とする、上記I型−IV型コラーゲン混成ゲルを提供するものである。
本発明は、上記I型−IV型コラーゲン混成ゲルが細胞培養用の支持体にコーティングされたことを特徴とする、細胞培養プレートを提供するものである。
【0024】
本発明は、上記I型−IV型コラーゲン混成ゲルからなる、人工基底膜を提供するものである。
本発明は、濃度0.05〜10mg/mlのゲル化能を有するIV型コラーゲン溶液100質量部に対して、濃度0.05〜10mg/mlの線維形成能を有するI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃で混合して混成コラーゲン溶液を調製し、前記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、ついで、温度30〜40℃、5%CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートして3次元ゲルを形成することを特徴とする、I型−IV型コラーゲン混成ゲルの調製方法を提供するものである。
【0025】
本発明は、更に、前記3次元ゲルに、濃度10〜200μg/mlとなるようにラミニンを添加し、温度30〜40℃で1〜24時間、インキュベートすることを特徴とする、上記I型−IV型コラーゲン混成ゲルの調製方法を提供するものである。
【0026】
本発明は、濃度0.05〜10mg/mlのゲル化能を有するIV型コラーゲン溶液100質量部に対して、濃度0.05〜10mg/mlの線維形成能を有するI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃で混合して混成コラーゲン溶液を調製し、前記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、これを細胞培養用の支持体に載せ、温度30〜40℃、CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートして3次元ゲルを形成することを特徴とする、細胞培養プレートの製造方法を提供するものである。
【0027】
本発明は、前記3次元ゲルの形成についで、前記3次元ゲルに、濃度10〜200μg/mlとなるようにラミニンを添加し、温度30〜40℃で1〜24時間、インキュベートすることを特徴とする、上記細胞培養プレートの製造方法を提供するものである。
【0028】
本発明は、濃度0.05〜10mg/mlのゲル化能を有するIV型コラーゲン溶液100質量部に対して、濃度0.05〜10mg/mlの線維形成能を有するI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃で混合して混成コラーゲン溶液を調製し、前記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、得られた溶液を厚さ0.01〜3mmとなるように平板にコートし、温度30〜40℃、CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートして3次元ゲルを形成し、ついで、前記平板から前記3次元ゲルを回収することを特徴とする、人工基底膜の製造方法を提供するものである。
【0029】
本発明は、前記3次元ゲルの形成についで、前記3次元ゲルに、濃度10〜200μg/mlとなるようにラミニンを添加し、温度30〜40℃で1〜24時間、インキュベートすることを特徴とする、上記人工基底膜の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0030】
本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルによれば、ゲル化能を有するIV型コラーゲンと、線維形成能を有するI型コラーゲンとを混合することで、収量の少ないIV型コラーゲンの使用量を減らし、ゲル強度に優れ、かつIV型コラーゲンの特性を有する混成ゲルを提供することができる。
【0031】
本発明によれば、I型−IV型コラーゲン混成ゲルを所定の方法でインキュベートすることで、短時間に、線維状のI型コラーゲンに膜状のIV型コラーゲンが結合した3次元構造を形成することができる。
【0032】
本発明によれば、I型−IV型コラーゲン混成ゲルを所定の方法でインキュベートすることで、線維状のI型コラーゲンに膜状のIV型コラーゲンが結合した3次元構造を形成することができ、この混成ゲルを細胞培養プレートにコートすることで、より生体の基底膜に近似する細胞培養プレートを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】図1はSDS−PAGEの結果を示す図でり、Aは、コラーゲンの分子量マーカーであり、Bは、製造例1で得た線維形成能を有するI型コラーゲンのSDS−PAGEの結果であり、Bは、製造例2で得たゲル化能を有するIV型コラーゲンのSDS−PAGEの結果を示す図である。
【図2】図2は、3次元ゲルを調製した場合のゲル強度を評価する方法を説明する図であり、Aは、エッペンドルフチューブで形成した実施例1で得たI型コラーゲンとIV型コラーゲンとからなる3次元ゲルの上にビーズが保持される態様を、Bはビーズが底に落下する態様を示し、Cは、その模式図である。
【図3】図3は、実施例2、比較例1、比較例2で作成したゲルコーティングウェルプレートの走査型電子顕微鏡写真である。図3Aは、実施例2、図3Bは比較例1、図3Cは比較例2の結果を示す。
【図4】A、B、Cは、IV型コラーゲンの配合量の異なる本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルに対するラミニンの結合量を評価したSDS−PAGEの結果を示す図であり、Dは、ゲル化能を有しないIV型コラーゲンを使用した場合のSDS−PAGEの結果を示す図である。
【図5】図5Aは、実施例4、図5Bは比較例3のゲルの走査型電子顕微鏡写真である。
【図6】図6は、実施例5で形成したI型−IV型コラーゲン混成ゲルを使用して製造したゲルコーティングウェルプレートでES細胞を培養したES細胞コロニーの形態を示す図である。図6Aは、比較例1のI型コラーゲンゲルでのES細胞のコロニー、図6Bは、実施例2のI型−ゲル化能を有するIV型混成ゲルでのES細胞のコロニー、図6Cは比較例2のI型−酵素抽出IV型混成ゲルでのES細胞のコロニー、図6DはマトリゲルでのES細胞のコロニーである。
【図7】図7Aは、Oct−3/4の発現を、図7Bは、Fgf5の発現を、図7Cは、Flk1の発現を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明の第1は、ゲル化能を有するIV型コラーゲン100質量部に対し、線維形成能を有するI型コラーゲン100〜500質量部とが混合されてなる、I型−IV型コラーゲン混成ゲルである。
【0035】
基底膜による細胞培養環境を提供するには、基底膜の主成分であるIV型コラーゲンを使用することが好ましいが、IV型コラーゲンは供給量が少なくかつゲル化能も弱い。本発明によれば、少量のIV型コラーゲンにI型コラーゲンを混合することで、IV型コラーゲンの特性を維持したままゲル強度に優れる混成コラーゲンを提供することができる。なお、後記する実施例に示すように、IV型コラーゲンの特性を発揮するには、IV型コラーゲンが、上記混成ゲルの中で網目構造を形成する必要がある。従来から、IV型コラーゲンとI型コラーゲンとの混合や、得られた混成ゲルから3次元ゲルを形成する方法、更には、このような混成ゲルが基底膜の主成分であるIV型コラーゲンの特性を維持しうることは、全く知られていなかった。本発明では、IV型コラーゲンとしてゲル化能を有するIV型コラーゲンを使用し、I型コラーゲンとして線維形成能を有するI型コラーゲンを使用し、かつ前記IV型コラーゲン100質量部に対し、前記I型コラーゲンを100〜500質量部、より好ましくは100〜300質量部、混合してなる混成ゲルを提供する。この混成ゲルは、所定条件下で簡便に3次元ゲルを形成することができ、かつこのようにして得られた3次元ゲルは、IV型コラーゲンの生理機能を維持したままI型コラーゲンのゲル強度を有することが判明した。以下、本発明を詳細に説明する。
(1)線維形成能を有するI型コラーゲン
本願明細書において、「コラーゲン」とは、タンパク質の一種で、3本のポリペプチド鎖が3重螺旋を巻いたものの総称であり、コラーゲン分子は1種類のα鎖からなっていてもよく、別々の遺伝子にコードされた複数種のα鎖からなっていてもよい。α鎖は、通常、α1,α2,α3のようにαの後に数字をつけてよび,さらにコラーゲンの型をつけて,α1(I)などと称する。本発明では、線維形成能を有するものであれば、例えば、[α1(I)2α2(I)]のような天然に存在するI型コラーゲンのほか、天然に存在しないような組み合わせの三量体であってもよい。
【0036】
本発明で使用するI型コラーゲンは、線維形成能を有することを特徴とする。線維状のI型コラーゲンにIV型コラーゲンを膜状に結合することで、IV型コラーゲンの基底膜成分の特性が発揮されることが判明したからである。なお、使用するI型コラーゲンが線維形成能を有するか否かは、濃度0.1%のI型コラーゲン溶液を生理塩濃度緩衝液(0.9%NaCl含有中性緩衝液)、pH7.6の条件で37℃に加温した場合に、会合構造により肉眼で白く濁ったゲル状の再生線維を形成する場合に線維形成能ありとして確認することができる。
一般に、I型コラーゲンは、動物の結合組織に多く含まれるが、熱処理によって抽出するとコラーゲンが熱変性して特有の3本螺旋構造が壊され、ゼラチン状態となる。本発明では、3本螺旋構造を有し、かつ線維形成能を有するI型コラーゲンを使用する点に特徴がある。このようなI型コラーゲンの抽出法として、動物の骨、皮などを材料として、(1)酸性溶液を用いる方法、(2)酵素処理する方法、(3)アルカリ処理による可溶化法等がある。
【0037】
(i)酸性溶液処理法
I型コラーゲンの抽出原料として、ウシ、ブタ、ニワトリ、ダチョウ、ウマ、魚類等の真皮や腱を例示することができる。胎児由来などの若い動物の組織を使用すると収率が向上するため好ましいが、線維形成能を有するI型コラーゲンが抽出できれば、上記に限定されるものではない。
【0038】
例えばウシの真皮を使用する場合には、蛋白質分解酵素阻害剤を加えた食塩を含まない、リン酸緩衝液、もしくはトリス緩衝液(pH7.6)をもちいてよく洗浄する。または石灰漬によって脱毛処理を行ったのち塩酸で中和水洗した牛皮を使用することができる。
【0039】
前記した下処理を行った牛皮を1cm角程度に細切し、組織質重量に対して10倍の0.5M酢酸を加え40℃以下、より好ましくは4〜25℃で24時間〜120時間ゆっくり撹拌する。抽出後、遠心分離によって溶け残りの組織を除く。遠心分離によって得た溶液には最終濃度2Mとなるように食塩を加えることで、I型コラーゲンを沈殿させる。さらに上記I型コラーゲンの沈殿を0.05Mの酢酸に再溶解し、最終濃度1Mとなるように食塩を加え、遠心分離によって粗I型コラーゲンの沈殿を得る。その後、必要に応じてトリス塩酸緩衝液(pH7.6)に沈殿を溶解し、中性塩分別を行うとI型コラーゲンをさらに精製することができる。
【0040】
上記酸性溶液を使用する方法では、3本螺旋領域の両端の非螺旋領域であるテロペプチドを含む、生体内に存在するコラーゲン分子と同じ状態のコラーゲンを得ることができる。
【0041】
(ii)酵素処理法
前記(i)で得た下処理を行った牛皮を、pH2〜3の塩酸酸性ペプシン溶液に浸し、随時撹拌しながらI型コラーゲンの収縮温度である40℃以下、より好ましくは4〜25℃で24時間〜120時間ゆっくり撹拌する。ペプシンにより不溶性コラーゲンが酵素で処理され、不溶性コラーゲンが溶解する。
【0042】
ついで、0.005Nの塩酸溶液を追加してI型コラーゲンの変性温度である37℃以下、より好ましくは20〜25℃で12〜60時間撹拌すると、I型コラーゲンが溶解する。酸溶液としては、酢酸、塩酸、硫酸、リン酸、クエン酸、他の有機酸を好適に使用することができる。
【0043】
この溶液をろ過し、ろ液を水酸化ナトリウムなどのアルカリでpH6〜8に中和してペプシンを不活化する。その後、再び溶液を酸性に戻し、2モルの食塩を加えてコラーゲンを沈殿させる。その後の操作は上記(i)の酸性溶液処理法と同様にして、粗I型コラーゲンや精製I型コラーゲンを得ることができる。
【0044】
(iii)アルカリ溶液処理
前記(i)で得た下処理を行った牛皮を、15%(w/v)硫酸ナトリウム含有5%水酸化ナトリウムなどの、硫酸ナトリウム含有アルカリ溶液で処理する。3本螺旋構造を維持したコラーゲンを抽出することができる。アルカリ処理の方法は、抽出効率が高い点で優れる。
I型コラーゲンは、コラーゲンへリックス領域の両端に、螺旋構造をとらない数十残基のアミノ酸からなるテロペプチドが結合し、テロペプチド部分が除去されたコラーゲンをアテロコラーゲンと称する。上記した(ii)の酵素処理法によるとアテロコラーゲンとしてI型コラーゲンを得ることができる。本発明で使用するI型コラーゲンとしては、3本螺旋構造を維持でき、かつ線維形成能を有すれば、テロペプチドが除去されたアテロコラーゲンであってもよい。
【0045】
なお、上記抽出法は一例であり、これらの変法や他の方法で抽出したものであってもよい。更に、線維形成能を有するI型コラーゲンであれば、市販品を使用することもできる。
(2)ゲル化能を有するIV型コラーゲン
本願明細書において「IV型コラーゲン」とは、基底膜を構成する主要なコラーゲンであり、その分子は、7S、NC2、TH2、NC1の4つのドメインからなっており、N末端の7Sで4分子が重合し、C末端のNC1で2分子が重合することにより、網目状のネットワークを形成しているコラーゲンまたはその機能的に等価な分子をいう。IV型コラーゲンの機能的に等価な分子は、例えば、酵素抗体法、EIA法という方法により同定することができる。
【0046】
本発明で使用するIV型コラーゲンは、ゲル化能を有することを特徴とする。ゲル化能によって、I型コラーゲンの線維状構造物にIV型コラーゲンを膜状に結合させることができる。後記する実施例に示すように、ゲル化能がないIV型コラーゲンを使用すると、I型コラーゲンの線維状構造物にIV型コラーゲンを膜状に形成することができず、IV型コラーゲンとしての特性も発揮することができない。
【0047】
なお、使用するIV型コラーゲンがゲル化能を有するか否かは、濃度1mg/mlのIV型コラーゲン溶液を生理塩濃度緩衝液(0.9%NaCl含有、中性緩衝液)、pH7.6の条件で4℃、5日放置した後に、溶液がIV型コラーゲンの会合によって流動性を失った場合に、ゲル化能ありとして確認することができる。
このようなゲル化能のあるIV型コラーゲンは、酸性溶液を使用して抽出することができる。
【0048】
まず、IV型コラーゲンの抽出原料としては、ウシ、ブタ、ウマ等の眼球レンズカプセルや胎盤を例示することができる。特に、眼球レンズカプセルを使用することが好ましい。回収率および純度が高いからである。ただしIV型コラーゲンが抽出できれば、上記に限定されるものではない。
【0049】
抽出処理方法を以下に示す。
例えば、凍結ウシの眼球レンズカプセルを使用する場合には、解凍後に、まず洗浄工程として、5mMのEDTA、1mMのN−エチルマレイミド、0.1mMのフェニルメチルスルフォニルフルオライドからなるプロテアーゼインヒビター混合溶液を含むpH7.2の20mMのリン酸ナトリウムで眼球レンズカプセルを洗浄する。続いて抽出工程にはいる。眼球レンズカプセル1gについて5〜10mlの1mMの塩酸を添加してホモジナイズし2〜3日間、4℃で静置する。遠心分離後、上澄みを4℃で保存する。上澄みを0.5Mの酢酸で透析して前記インヒビターを除去し、ついで凍結乾燥してIV型コラーゲンを得ることができる。
【0050】
なお、後記する実施例に示すように、眼球レンズカプセルから抽出したIV型コラーゲンは、α鎖由来のバンドが存在する。100kDa以下のコラーゲン由来でない不純物が含まれる場合には、DEAEセファロース等のイオン交換樹脂により精製し、純度の高いIV型コラーゲンを得ることができる。
IV型コラーゲンは、7S、NC2、TH2、NC1の4つのドメインを有し、分子N末端はシステイン残基を多く含む7S領域を、分子C末端は非コラーゲン螺旋領域(NC1領域)を有し、7S領域およびNC1領域は、コラーゲン分子が相互作用して基底膜構造を形成するのに重要な役割をもっている。本発明では、ゲル化能を有すれば、7S、NC2、TH2、NC1の4つのドメインの全てを有している必要はない。
【0051】
なお、上記抽出法は一例であり、これらの変法や他の方法で抽出したものであってもよい。更に、ゲル化能を有するIV型コラーゲンであれば、市販品を使用することもできる。
(3)ラミニン
ラミニンは、基底膜の構成成分である。ラミニンは、α、β、γと呼ばれる三つのサブユニット鎖が会合したヘテロ三量体分子であり、α鎖はα1〜5、β鎖はβ1〜3、γ鎖はγ1〜3の全部で11種類のサブユニットが存在し、その名称はサブユニット鎖の構成で呼ばれている。例えば、サブユニットαがα1であり、サブユニットβがβ1であり、サブユニットγがγ1であるラミニンを、ラミニン111と称し、サブユニットαがα2であり、サブユニットβがβ1であり、サブユニットγがγ1であるラミニンをラミニン211と称する。理論上は、サブユニットの組み合わせによって、45種のラミニンが存在しうる。本発明で使用できるラミニンは、現時点で知られている以下に示す15種類ラミニン111,211,121,221,332,311,321,411,421,511,521,213,423,523,333のほかに、これから見出されうる他のラミニンを含むことができる。更に、臓器、細胞分泌物からの精製品のほか、リコンビナントラミニンであってもよい。
【0052】
IV型コラーゲンは基底膜に普遍的に存在するが、ラミニンの構成サブユニット鎖は、臓器、発生の段階によって相違する。IV型コラーゲンが基底膜成分として細胞間に共通な基底膜特有の細胞制御を担当し、ラミニンはさらに臓器・発生段階に特徴的な微妙な細胞機能の制御を分担して行っている可能性がある。例えば、ラミニンは、細胞受容体であるインテグリン、ジストログリカン、シンデカンと結合し細胞の分化、増殖を制御していると考えられる。したがって、I型−IV型コラーゲン混成ゲルに種々のラミニンを結合することで、培養細胞の分化や増殖を制御することができる。
(4)I型−IV型コラーゲン混成ゲル
本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルは、ゲル化能を有するIV型コラーゲン100質量部に対し、線維形成能を有するI型コラーゲン100〜500質量部とが混合されてなる。前記したように、上記範囲で配合した混成ゲルは、所定条件下で、I型コラーゲンによる線維状構造物に、IV型コラーゲンによる膜状物が結合する3次元ゲルを形成することができ、かつこのようにして得られた3次元ゲルは、IV型コラーゲンの生理機能を維持したままI型コラーゲンのゲル強度を有する。
【0053】
従来から、3次元細胞培養の基材としてはI型コラーゲンが利用されてきたが、I型コラーゲンは基底膜の特性を有しておらず、再生医療などで必要となるES細胞の培養には最適とはいえない。従って、ES細胞やそこから分化誘導した細胞の培養維持、更には様々な臓器から分離した組織幹細胞の培養や増殖には、基底膜の生理活性を保持し、かつ安定な3次元ゲルを構成する必要がある。本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルは、ゲル強度に優れIV型コラーゲンの特性を維持でき、生体の基底膜に近似した細胞培養環境を提供することができる。
また、本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルは、ラミニンなどの他の基底膜成分を結合することができる。生体の基底膜では、IV型コラーゲンの網目構造とラミニンとが複合的に結合して、基底膜の立体構造を形成している。本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルに更にラミニンを結合することで、より基底膜に近似する細胞培養環境を提供することができる。ラミニンの結合量は、前記I型−IV型コラーゲン混成ゲルに、濃度10〜200μg/ml、より好ましくは20〜150μg/mlとする。なお、結合させるラミニンの種類には特に制限はなく、その目的に応じて、各種のラミニンから選択して結合させることができる。
なお、本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルは、含水ゲルである。前記I型コラーゲンと前記IV型コラーゲンとの配合割合は上記の範囲であるが、混成ゲルに含まれる前記I型コラーゲンとIV型コラーゲンとの総濃度は、0.05〜10mg/ml、より好ましくは0.1〜8mg/ml、特に好ましくは0.1〜6mg/mlである。この範囲で、基底膜に近似するゲル強度を確保し、IV型コラーゲンの特性を発揮することができる。
【0054】
一方、本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルは、3次元ゲルを形成した後にこれを乾燥および凍結してもよい。これにより、高度の保存性を確保することができる。なお、ついで培養液など添加することで、再度3次元ゲルを形成することができる。
(5)I型−IV型コラーゲン混成ゲルによる3次元ゲルの調製方法
本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルは、異なる会合温度のI型コラーゲンとIV型コラーゲンとを使用するが、簡便な方法で3次元ゲルを形成することができることが判明した。本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルから3次元ゲルを形成する方法には、特に限定はないが、以下の方法を好適に使用することができる。すなわち、
濃度0.05〜10mg/mlのゲル化能を有するIV型コラーゲン溶液100質量部に対して、濃度0.05〜10mg/mlの線維形成能を有するI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃で混合して混成コラーゲン溶液を調製し、前記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、ついで、温度30〜40℃、5%CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートする。これにより、3次元ゲルを形成することができる。
(i)IV型コラーゲン溶液
本発明で使用するIV型コラーゲン溶液の濃度は、0.05〜10mg/ml、より好ましくは0.1〜5mg/mlである。IV型コラーゲンは、pH2〜4、より好ましくはpH3〜4の酸性溶液に溶解して使用することができる。溶解性に優れ、かつ変性が少ないからである。このような酸性溶液としては、2〜80mM、より好ましくは5〜50mMの酢酸溶液、0.5〜20mM、より好ましくは1〜10mMの塩酸溶液を例示することができる。
(ii)I型コラーゲン溶液
本発明で使用するI型コラーゲン溶液の濃度は、0.05〜10mg/ml、より好ましくは0.1〜5mg/mlである。I型コラーゲンは、IV型コラーゲンと同様に、pH2〜4、より好ましくはpH3〜4の酸性溶液に溶解して使用することができる。溶解性に優れ、かつ変性が少ないからである。このような酸性溶液としては、IV型コラーゲン溶液と同様に、2〜80mM、より好ましくは5〜50mMの酢酸溶液、0.5〜20mM、より好ましくは1〜10mMの塩酸溶液を例示することができる。I型コラーゲン溶液は、氷冷条件で保存することが好ましい。
(iii)混成コラーゲン溶液の調製
前記濃度0.05〜10mg/mlのIV型コラーゲン溶液100質量部に対し、濃度0.05〜10mg/mlのI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃、より好ましくは0〜3℃、より好ましくは氷冷条件で混合して混成コラーゲン溶液を得る。上記温度であれば、IV型コラーゲンとI型コラーゲンとの双方をゲル化させずに混合することができる。なお、得られるI型−IV型コラーゲン混成ゲルにおける各コラーゲンの配合割合は、前記IV型コラーゲン溶液とI型コラーゲン溶液との配合量を上記範囲で選択することで調整することができる。IV型コラーゲン溶液は、氷冷条件で保存することが好ましい。
(iv)混成コラーゲン緩衝溶液の調製
本発明では、上記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃、より好ましくは0〜3℃、より好ましくは氷冷条件で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%とし、かつ溶液を中性にする。
【0055】
I型コラーゲンから線維状構造物を形成する方法としては、前記非特許文献4に記載されるように、I型コラーゲンの塩酸溶液に、炭酸水素ナトリウム3倍濃度のDMEMなどを添加して37℃で6時間、5%CO2条件下でインキュベートする方法が知られているが、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとを混合して3次元ゲルが形成されることは全く知られていない。本発明では、温度0〜4℃で、前記混成コラーゲン溶液に上記塩化ナトリウム濃度の中性緩衝液を添加することで、I型コラーゲンとIV型コラーゲンの双方のゲル化を防止しつつ各コラーゲンを均一に混合し、併せて溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%に調整する。
【0056】
なお、塩化ナトリウム含有中性緩衝液の調製に使用する中性緩衝液としては、pH6〜8、より好ましくはpH7〜8の緩衝液であり、最も好ましくはpH7.6の緩衝液であり、例えば、リン酸緩衝液やトリス緩衝液を使用することができる。また、塩化ナトリウムの濃度は、生理食塩水の塩濃度である0.9質量%の5〜20倍、より好ましくは7〜15倍の塩濃度とする。例えば、塩化ナトリウム9質量%を含有する塩化ナトリウム含有中性緩衝液を使用する場合には、この1/10を使用することで、簡便に0.9質量%に調製することができる。
(v)3次元ゲル化
前記混成コラーゲン緩衝溶液を、温度30〜40℃、より好ましくは35〜37℃に10分〜2時間、より好ましくは30〜60分インキュベートする。この工程により、従来、4℃でなければ会合しなかったIV型コラーゲンが、I型コラーゲンが共存することで会合してゲル化することが判明した。すなわち、I型コラーゲンの線維化温度である37℃で、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとを同時にゲル化させることができる。しかも、従来の方法では、IV型コラーゲンをゲル化させるために5日間という長時間を要したが、本発明によれば、2時間以内という極めて短時間にゲル化できるのである。しかも、その3次元構造は、I型コラーゲンによる線維状構造にIV型コラーゲンによる膜状物が形成されたものであり、基底膜に存在するIV型コラーゲンの網目構造に類似する。この結果、本発明の混成ゲルは、基底膜に存在するIV型コラーゲンの特性をよく保持することができる。
(vi)ラミニンの添加
本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルには、基底膜成分であるラミニンを添加することができ、これにより、より基底膜に近似する混成ゲルを調製することができる。
【0057】
ラミニンを結合する方法にも、特に限定はないが、好ましくは、前記3次元ゲルを形成した後に、3次元ゲルに、濃度10〜200μg/mlとなるようにラミニンを添加し、温度30〜40℃で1〜24時間、インキュベートする。基底膜では、ラミニンも会合体を形成するが、I型コラーゲンとIV型コラーゲンとからなる3次元ゲルにおいて、ラミニンが結合するか否かは不明であった。本発明では、混成コラーゲン溶液にラミニン溶液を混合するのではなく、一端、3次元ゲルを形成した後にラミニン溶液を添加し、これを上記条件でインキュベートすることで、I型−IV型コラーゲン混成ゲルにラミニンを結合しうることを見出した。
【0058】
なお、ラミニンを添加するI型−IV型コラーゲン混成ゲルは、3次元ゲルを構成するためラミニンを添加した後にこれを撹拌することはできない。しかしながら、3次元ゲル上にラミニンを重層してインキュベートすると、重層したラミニンがゲルと結合し、保持される。インキュベートしたのち、緩衝液や細胞培養液で3次元ゲルを洗浄すれば、ラミニン結合I型−IV型コラーゲン混成ゲルを調製することができる。
【0059】
ラミニンは、リン酸緩衝液、トリス緩衝液などに溶解したものを使用することが好ましい。
(6)細胞培養プレート
本発明における細胞培養プレートを構成する支持体とは、細胞培養に使用され、かつI型−IV型コラーゲン混成ゲルを固定できるものを広く含む。したがって、チップ、アレイ、マイクロタイタープレートやマイクロウェルプレートなどのプレート、シャーレ、スライドグラス、フィルム、ビーズなども含まれる。
【0060】
また、支持体への固定方法は化学的結合のほかに物理的な結合であってもよい。支持体として使用する材料としては、例えば、ガラス、天然および合成ポリマー、金属(合金も含まれる)などを例示することができ、これらは2種以上を組み合わせてなる複合体であってもよい。
【0061】
前記ポリマーとしては、ポリエチレン、エチレン、ポリプロピレン、ポリイソブチレン、ポリエチレンテレフタレート、不飽和ポリエステル、含フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルアセタール、アクリル樹脂、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、アセタール樹脂、ポリカーボネート、ポリアミド、フェノール樹脂、ユリア樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、スチレン・アクリロニトリル共重合体、アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合体、シリコーン樹脂、ポリフェニレンオキサイド、ポリスルホンなどを例示することができる。
【0062】
また、本発明では、ニトロセルロース膜、ナイロン膜、PVDF膜など、ブロッティングに使用される膜も支持体として使用することができる。
本発明の細胞培養プレートは、細胞培養用の支持体に前記I型−IV型コラーゲン混成ゲルがコーティングされたものである。好ましくは、前記混成ゲルが3次元ゲルを形成するものである。3次元ゲルによってIV型コラーゲンの特性が発揮され、基底膜に近似する培養環境を形成しうるからである。なお、前記I型−IV型コラーゲン混成ゲルは、前記支持体の全面にコーティングされている必要はなく、少なくとも細胞培養面にコーティングされていればよい。
本発明の細胞培養プレートは、上記したI型コラーゲンとIV型コラーゲンとから3次元ゲルを調製する方法に準じて、調製することができる。
【0063】
具体的には、濃度0.05〜10mg/mlのゲル化能を有するIV型コラーゲン溶液100質量部に対して、濃度0.05〜10mg/mlの線維形成能を有するI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃で混合して混成コラーゲン溶液を調製し、
前記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、これを細胞培養プレートに載せ、温度30〜40℃、CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートする。これにより3次元ゲルを形成することを特徴とする。
【0064】
混成コラーゲン緩衝溶液の調製までは、前記したI型−IV型コラーゲン混成ゲルによる3次元ゲルの調製方法と同様に操作する。相違点は、得られた溶液を、細胞培養プレートに載せて、温度30〜40℃、CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートする点にある。これにより、細胞培養プレート上に3次元ゲルを形成することができる。
【0065】
なお、同様にして、前記3次元ゲルに、濃度10〜200μg/mlとなるようにラミニンを添加し、温度30〜40℃で1〜24時間、インキュベートして、細胞培養プレートに、ラミニンを結合したI型コラーゲンとIV型コラーゲンとからなる3次元ゲルを形成することができる。
本発明の細胞培養プレートを使用して、幹細胞を培養することができる。なお、幹細胞とは、自己複製能を有し、多分化能(すなわち多能性)(「pluripotency」)を有する細胞をいう。幹細胞は通常、組織が傷害を受けたときにその組織を再生することができる。幹細胞としては、胚性幹(ES)細胞や組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞または体性幹細胞ともいう)、生殖幹細胞、iPS細胞などがある。自己複製能を有し、多分化能を有すれば、人工的に作製した細胞、たとえば、融合細胞、再プログラム化された細胞、人工多能性幹細胞なども、幹細胞に含まれる。
(7)人工基底膜
本発明では、前記I型−IV型コラーゲン混成ゲルを使用して、人工基底膜を調製することができる。なお、人工基底膜とは、生体の基底膜を模したものであり、例えば、前記細胞培養プレートは、人工基底膜を表面に有する細胞培養プレートである。
【0066】
このような人工基底膜は、上記したI型コラーゲンとIV型コラーゲンとから3次元ゲルを調製する方法に準じて、調製することができる。
具体的には、濃度0.05〜10mg/mlのゲル化能を有するIV型コラーゲン溶液100質量部に対して、濃度0.05〜10mg/mlの線維形成能を有するI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃で混合して混成コラーゲン溶液を調製し、
前記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、
これを平板に載せ、温度30〜40℃、CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートする。これによりして3次元ゲルを形成することを特徴とする。
【0067】
混成コラーゲン緩衝溶液の調製までは、前記したI型−IV型コラーゲン混成ゲルによる3次元ゲルの調製方法と同様に操作する。相違点は、得られた溶液を、平板に載せて、温度30〜40℃、CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートし、前記平板から前記3次元ゲルを回収する点にある。これにより、3次元ゲルのみからなる人工基底膜を調製することができる。
【0068】
なお、同様にして、前記3次元ゲルに、濃度10〜200μg/mlとなるようにラミニンを添加し、温度30〜40℃で1〜24時間、インキュベートして、平板に、ラミニンを結合したI型コラーゲンとIV型コラーゲンとからなる3次元ゲルからなる人工基底膜を形成することができる。
【実施例】
【0069】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。

(製造例1)
牛の真皮を5%の食塩水で洗浄して可溶性タンパクを除去した。この牛皮を、pH8のトリプシン水溶液に浸し、随時撹拌しながら25℃で90時間放置した。ついで、牛皮を流水で水洗して酵素を除去し、pH2〜3の酢酸酸溶液に浸漬し、20〜25℃で24時間撹拌して粘稠な溶液を得た。抽出したI型コラーゲンは、酸性、中性下での塩析を繰り返して精製した。
【0070】
このI型コラーゲンを、濃度0.1%に調整し、生理塩濃度緩衝液(0.9%NaCl含有リン酸緩衝液)、pH7.6の条件で37℃に加温した。前記加温により会合して線維状構造物を形成し、肉眼で白く濁ったゲル状の再生線維が形成された。
【0071】
なお、得られたI型コラーゲンを5%ポリアクリルアミドのSDS−PAGEを行ったところ、α1、α2の2種類の異なったα鎖、およびα鎖の2量体であるβ鎖の存在が確認された。結果を図1のBに示す。

(製造例2)
5mMのEDTA、1mMのN−エチルマレイミド、0.1mMのフェニルメチルスルフォニルフルオライドからなるプロテアーゼインヒビター混合溶液を含むpH7.2の20mMのリン酸ナトリウムで牛眼球レンズカプセルを洗浄した。続いて抽出工程として、前記眼球レンズカプセル1gについて5〜10mlの0.5Mの酢酸を添加してホモジナイズし3日間、4℃で撹拌した。遠心分離後、上澄みを4℃で保存した。上澄みを1mMの塩酸で透析して前記インヒビターを除去してIV型コラーゲンを得た。なお、IV型コラーゲンは、凍結乾燥して保存した。
【0072】
上記IV型コラーゲンを濃度1mg/ml、生理塩濃度緩衝液(0.9%NaCl含有リン酸緩衝液)、pH7.6に調整し、4℃、5日放置したところ会合してゲル化した。
得られたIV型コラーゲンで、還元状態の5%ポリアクリルアミドのSDS−PAGEを行ったところ、160〜180kDa付近に3本のIV型コラーゲンα鎖由来のバンドが見られた。結果を図1のCに示す。

(実施例1)
I型−IV型コラーゲン混成ゲルの調製
(1) 以下のプロトコルに従い、製造例1で得たI型コラーゲンと製造例2で得たIV型コラーゲンとからコラーゲン混成ゲルを作成した。
【0073】
まず、氷冷した超純水(ミリポア社製、「ミリQ水」)56μlに、塩化ナトリウムを9質量%含有する10倍濃度のPBS(−)24μl、製造例1で得たI型コラーゲン(4.5mg/ml)80μl、製造例2で得たIV型コラーゲン(1.5mg/ml)80μlの順に氷上で添加し、pHを確認した。
【0074】
(2) この溶液をエッペンドルフチューブに入れ、5%CO2条件下に、37℃で1時間インキュベートしてゲル化させた。
その後、ゲル上に静かにジルコニアビーズをのせ、1時間後に観察した。ゲルが形成され、図2のAのようにビーズがゲルの上面に保持された。なお、ゲル形成が不十分な場合には、図2のBに示すようにビーズが低面に落下する。なお、図2のCは、これを模式的に示す図である。

(実施例2)
I型−IV型コラーゲン混合物およびウェルプレートの調製
(1) 以下のプロトコルに従い、製造例1で得たI型コラーゲンと製造例2で得たIV型コラーゲンとから本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルを作成した。
【0075】
まず、氷冷した超純水(ミリポア社製、「ミリQ水」)56μlに、塩化ナトリウムを9質量%含有する10倍濃度のPBS(−)24μl、製造例1で得たI型コラーゲン(4.5mg/ml)80μl、製造例2で得たIV型コラーゲン(1.5mg/ml)80μlの順に氷上で添加し、pHを確認した。
【0076】
(2) 前記溶液を96ウエルプレート(Costar社製、商品名「96 well cell culture plate」)に、50μl/ウエル分注した。ついで、このウェルプレートを、CO2条件下に、37℃で1時間インキュベートし、前記溶液をゲル化させ、ゲルコーティングされたウェルプレートを調製した。

(比較例1)
コラーゲンI型ゲルおよびウェルプレートの調製
(1) 以下のプロトコルに従い、製造例1で得たI型コラーゲンからI型コラーゲンゲルを作成した。
【0077】
まず、氷冷した超純水(ミリポア社製、「ミリQ水」)136μlに、塩化ナトリウムを9質量%含有する10倍濃度のPBS(−)24μl、製造例1で得たI型コラーゲン(4.5mg/ml)80μlの順に氷上で添加した。pHを確認したところ、pH7.6であった。
【0078】
(2) 上記溶液を96ウエルプレート(Costar社製、商品名「96 well cell culture plate」)に、50μl/ウエル分注した。ついで、このウェルプレートをCO2条件下に、37℃で1時間インキュベートし、前記溶液をゲル化させ、ゲルコーティングされたウェルプレートを調製した。

(比較例2)
I型−ゲル化能を有しないIV型コラーゲン型混成ゲルおよびウェルプレートの調製
(1) 以下のプロトコルに従い、製造例1で得たI型コラーゲンと酵素抽出ウシIV型コラーゲンより混成コラーゲンゲルを作成した。酵素抽出ウシIV型コラーゲンは、ゲル化能を有しなかった。
【0079】
まず、氷冷した超純水(ミリポア社製、「ミリQ水」)112μlに、塩化ナトリウムを9質量%含有する10倍濃度のPBS(−)24μl、製造例1で得たI型コラーゲン(4.5mg/ml)80μl、酵素抽出IV型コラーゲン(胎盤より、非特許文献1に記載のSageらの方法によってペプシン酵素によって抽出した、ゲル化能を有さないIV型コラーゲン:5mg/ml)24μlの順に氷上で添加し、pHを確認した。pHは7.6であった。
【0080】
(2) 上記溶液を96ウエルプレート(Costar社製、商品名「96 well cell culture plate」)に、50μl/ウエル分注した。ついで、このウェルプレートをCO2条件下に、37℃で1時間インキュベートし、前記溶液をゲル化させ、ゲルコーティングされたウェルプレートを調製した。

(実施例3)
実施例2、比較例1、比較例2で作成したゲルコーティングウェルプレートを、下記方法で調製した後に走査型電子顕微鏡で観察した。
【0081】
(1)上記ウェルプレートの各ウェルのゲル上に、2%グルタルアルデヒド50μlを添加し、2時間、4℃で静置した。
(2)二次固定として1%四酸化オスミウムを添加し、1時間室温で静置した。
【0082】
(3)50%エタノール100μl/ウエル10分静置を1回、70%エタノール100μl/ウエル10分静置を1回、80%エタノール100μl/ウエル10分静置を1回、90%エタノール100μl/ウエル10分静置を2回、95%エタノール100μl/ウエル10分静置を2回、99.5%エタノール100μl/ウエル10分静置を2回行い、脱水を行った。
【0083】
(4)ついで、t−ブチルアルコール100μl/ウエル10分静置を2回行って置換した。
(5)置換後、終夜凍結乾燥した。
【0084】
(6)凍結乾燥サンプルを、20秒白金コートした後、15kV、10000倍で走査型電子顕微鏡(JCM−5700(JEOL))で観察した。結果を図3に示す。実施例2のゲルを図3Aに、比較例1のゲルを図3Bに、比較例2のゲルを図3Cに示す。
【0085】
(結果)
(1) 図3A、図3B、図3Cに示すように、I型コラーゲンは線維状であり、実施例2、比較例1、比較例2の各ゲルでは、いずれも線維状物が観察された。各ゲルは、I型コラーゲンの線維状物によって基本構造が構築されると推察される。
【0086】
(2) 図3Aに示すように、実施例2の本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルには、I型コラーゲン線維と共に膜状の構成物が観察された。図3Bとの比較により、ゲル化能を有するIV型コラーゲンは線維形成能を有するI型コラーゲンと混合することで、I型コラーゲン線維間に膜状物を形成しうることが判明した。
【0087】
(3) 一方、図3Cに示すように、I型コラーゲン線維とゲル化能を有さない酵素抽出IV型コラーゲンを加えた比較例2のゲルは、線維状の構造物のみであり、膜状の構造物は存在しなかった。ゲル化能を有しないIV型コラーゲンはゲル化能を有するものと会合能が相違し、I型コラーゲンからなる線維と線維との間にIV型コラーゲンによる膜状物を形成することができなかった。

(実施例4)
(1)製造例1で得たI型コラーゲン(1.5mg/ml)に、製造例2で得たゲル化能を有するIV型コラーゲンを、氷冷しつつ0mg/ml、0.5mg/ml、1.0mg/ml加えた。
【0088】
(2)実施例1と同様に操作して、氷冷しながら塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、その後、37℃で1時間インキュベートを行ってゲル化させた。
(3)得られたゲルをPBSで3回洗浄した後に、50μg/mlとなるようにラミニン111またはラミニン511溶液を添加した。
【0089】
(4)37℃で2時間インキュベートし、ついでPBSで20分間、3回洗浄した。その後、ゲルを2倍濃度の還元バッファー(メルカプトエタノール含有)に溶解した後、SDS−PAGEを行い、ゲルに結合したラミニンをウェスタンブロットで検出した。結果を図4に示す。
【0090】
(5)ゲル化能を有するIV型コラーゲン0.5mg/ml混合した混成ゲルに、ラミニン111、ラミニン511を添加したものを、実施例4と同様の方法で固定化した後に、実施例4と同様に走査型電子顕微鏡観察を行った。結果を図5に示す。

(比較例3)
製造例2で得たゲル化能を有するIV型コラーゲンに代えて、ゲル化能を有さない酵素抽出IV型コラーゲン(5mg/ml)を1.0mg/ml加えた以外は、実施例4と同様に操作してゲルを調製し、実施例4と同様にSDS−PAGEを行った。結果を図4に示す。

(結果)
(1) 図4のAは、線維形成能を有するI型コラーゲンに対してゲル化能を有するIV型コラーゲンを0mg/ml混合したゲルであり、図4のBは、前記I型コラーゲンに対してゲル化能を有するIV型コラーゲンを0.5mg/ml混合したゲルであり、図4のCは、前記I型コラーゲンに対してゲル化能を有するIV型コラーゲンを1.0mg/ml混合したゲルであり、図4のDは、前記I型コラーゲンに対してゲル化能を有しない酵素抽出IV型コラーゲンを1.0mg/ml混合したゲルである。
【0091】
図4のA〜Cから、I型コラーゲンとゲル化能を有するIV型コラーゲンとの混成ゲルでは、I型コラーゲンに対する前記IV型コラーゲンの混合量に応じて、ラミニンの結合量が増加した。このようなラミニンの結合量の増加は、ラミニン111、ラミニン511の双方で同様に観察された。
【0092】
(2) 図4のCと図4のDとの比較から、I型コラーゲンに対してゲル化能を有しないIV型コラーゲンを1.0mg/ml混合したゲルでは、ラミニン111、ラミニン511の双方でその結合量が少なかった。このことから、抽出方法の異なるIV型コラーゲンは、ラミニンの結合量が相違することが判明し、ゲル化能を有するIV型コラーゲンを使用することでI型コラーゲンとIV型コラーゲンとの混成ゲルにラミニンを効率的に組込めることが推察された。
【0093】
(3) 図5Aは、ゲル化能を有するIV型コラーゲンを0.5mg/ml混合した混成ゲルにラミニン111を添加したものであり、図5Bは、ラミニン511を添加したものである。図5A、図5Bの双方において、ラミニンの添加によって線維間に膜状物の形成が観察された。一方、図5Aでは均一に線維間に薄い膜構造が形成されるのに対し、図5Bでは、図5Aよりも均一性が低く、添加したラミニンの種類によってI型ゲルに付随する膜構造が異なっていた。

(実施例5)
(1) I型コラーゲンとゲル化能を有するIV型コラーゲンとの配合割合を3:1に変更した以外は、実施例2と同様の方法でI型−IV型コラーゲン混成ゲルを調製し、実施例2と同様にしてゲルコーティングウェルプレートを製造した。
【0094】
(2) グラスゴー最小必須培地(ギブコ社製)に、10%ウシ胎児血清、非必須アミノ酸、ペニシリンおよびストレプトマイシン、ピルビン酸ナトリウムを添加して培地を調製した。
【0095】
ES細胞株(ht7)を、3.8×103cells/96ウェル分注し、37℃、5%、CO2条件下で5日間培養して自発的に分化させた。
1日1回の頻度で培地交換行うと共に、細胞の形態を観察した。
【0096】
ES細胞コロニーの形態を図6に示す。
また、培養5日目の細胞から全RNAを抽出し、定量RT−PCRによって分化マーカー遺伝子の発現を調べた。遺伝子発現レベルを図7に示す。

(比較例4)
本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルに代えて、比較例1のコラーゲンI型ゲル、比較例2のI型−ゲル化能を有しないIV型コラーゲン型混成ゲルを使用した以外は実施例5と同様に操作してゲルコーティングウェルプレートを製造して、マウスES細胞株(ht7)を培養した。また、マトリゲルTM(ベクトン・ディッキンソン製)を終濃度5mg/mlで50μl/ウェル加え、37℃1時間ゲル化させたゲルコーティングウェルプレートを製造して、マウスES細胞株(ht7)を培養した。
【0097】
また、実施例5と同様にして、各ゲルコートウェルプレートについて、ES細胞コロニーの形態と遺伝子発現レベルとを観察した。

(結果)
コロニーの形態観察
(1) 図6Aは、比較例1のI型コラーゲンゲルでのES細胞のコロニー、図6Bは、実施例2のI型−ゲル化能を有するIV型混成ゲルでのES細胞のコロニー、図6Cは比較例2のI型−酵素抽出IV型混成ゲルでのES細胞のコロニー、図6DはマトリゲルでのES細胞のコロニーである。
【0098】
図6Aに示すように、I型コラーゲンゲルでは比較的少数の大きいコロニーが形成されていた。一方、図6Bに示すように、本発明のI型−IV型混成ゲルでは比較的小型のコロニーが多数個形成されており、ゲル化能を有するIV型コラーゲンの配合によって、ES細胞の応答が異なることが判明した。
【0099】
(2) 図6Cのゲルは、I型−ゲル化能を有しないIV型混成ゲルである。図6Cのコロニーは、比較的大きなコロニーが散在する点で図6Bのコロニーと相違する。図6Bのコロニーは、本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルであり、IV型コラーゲンの抽出方法によって、I型−IV型コラーゲン混成ゲル上でのES細胞の応答が異なることが判明した。特に、図6Cのゲルにはゲル化能を有しないIV型コラーゲンが含まれる点で図6Aのゲルと相違するが、両者のコロニーは比較的大きなものが散在する点で共通する。このことは、図6Cで使用した酵素抽出IV型コラーゲンとI型コラーゲンの混成ゲルでは、本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルで惹起されるES細胞の応答がみられないことを示している。
【0100】
(3) 図6Dは、マトリゲルでES細胞を培養したコロニーであり、前記ゲルには、基底膜の構成成分であり、上皮細胞の接着を支持し、分化形質などを保持する機能を有することが知られているラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなどが配合されている。図6Dのコロニーは、小さなコロニーが散在する点で図6Bのコロニーと共通する。このことは、本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルが、それ自体で、基底膜成分が配合されたゲルと類似するES細胞の応答を惹起できることを示すものである。

マウスES細胞の分化マーカー遺伝子発現の解析
(1) マウスES細胞、実施例5で培養したES細胞、比較例4で培養したES細胞について、未分化ES細胞のマーカーであるOct−3/4、初期エピブラスト(外胚葉)分化マーカーであるFgf5、および中胚葉分化マーカーであるFlk1の発現を観察した。図7Aは、Oct−3/4の発現を、図7Bは、Fgf5の発現を、図7Cは、Flk1の発現を示す図である。
【0101】
図7Aに示すように、未分化ES細胞のマーカーであるOct−3/4の発現は、いずれのゲルでもES細胞より低下していた。いずれのゲルを使用した場合でも、ES細胞の分化が促進されたことが示唆された。
【0102】
(2) 図7Bに示すように、初期エピブラスト(外胚葉)分化マーカーであるFgf5の発現は、I型−ゲル化能を有するIV型コラーゲン混成ゲルおよびマトリゲルで強く誘導されていた。マトリゲルには、分化形質などを保持する機能を有することが知られているラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなどが配合されており、ゲル化能を有するIV型コラーゲンがこれらの成分と同様の外胚葉への分化促進能を有することが示唆された。
【0103】
一方、I型コラーゲンゲルおよびI型−酵素抽出IV型コラーゲン混成ゲルでは、Fgf5の発現が低いレベルにとどまっていた。このことは、酵素抽出IV型コラーゲンによる外胚葉への分化促進能は、I型コラーゲンと同レベルであることを示唆している。
【0104】
(3) 図7Cに示すように、中胚葉分化マーカーであるFlk1の発現は、I型−ゲル化能を有するIV型コラーゲン混成ゲルとマトリゲルでは抑制され、I型コラーゲンゲルおよびI型−酵素抽出IV型コラーゲン混成ゲルでは発現が亢進していた。このことから、I型コラーゲンは、中胚葉への分化促進能を有し、かつ酵素抽出IV型コラーゲンもI型コラーゲンと同様の中胚葉への分化促進能を有することが示唆された。
【0105】
(4) 図7A、図7B、図7Cを比較すると、I型コラーゲンとI型−酵素抽出IV型コラーゲン混成ゲルとは、Oct−3/4、Fgf5、Flk1の発現量がいずれも類似する傾向にあった。また、I型−ゲル化能を有するIV型コラーゲン混成ゲルとマトリゲルとは、上記3種の発現量がいずれも類似する傾向にあった。このことは、I型コラーゲンに配合したIV型コラーゲンは、抽出方法によってES細胞の分化に対する生理活性が異なることを示すものである。特に、IV型コラーゲンを非酵素的に抽出することで、基底膜成分を含有するマトリゲルと類似する分化能が発揮される点に特徴があった。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明のI型−IV型コラーゲン混成ゲルは、簡便な操作によって3次元ゲルを形成することができ、前記3次元ゲルは、I型コラーゲンに由来するゲル強度を保持し、かつIV型コラーゲンによる基底膜成分としての特性を保持するものであり、これを用いて細胞培養プレートを調製すれば、生体の基底膜の環境に近似した培養環境を安価に提供することができ、有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル化能を有するIV型コラーゲン100質量部に対し、線維形成能を有するI型コラーゲン100〜500質量部とが混合されてなる、I型−IV型コラーゲン混成ゲル。
【請求項2】
I型コラーゲンによる線維状構造物に、IV型コラーゲンによる膜状物が結合していることを特徴とする、請求項1記載のI型−IV型コラーゲン混成ゲル。
【請求項3】
更に、ラミニンを含有することを特徴とする、請求項1または2に記載のI型−IV型コラーゲン混成ゲル。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のI型−IV型コラーゲン混成ゲルが細胞培養用の支持体にコーティングされたことを特徴とする、細胞培養プレート。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のI型−IV型コラーゲン混成ゲルからなる、人工基底膜。
【請求項6】
濃度0.05〜10mg/mlのゲル化能を有するIV型コラーゲン溶液100質量部に対して、濃度0.05〜10mg/mlの線維形成能を有するI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃で混合して混成コラーゲン溶液を調製し、
前記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、
ついで、温度30〜40℃、CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートして3次元ゲルを形成することを特徴とする、I型−IV型コラーゲン混成ゲルの調製方法。
【請求項7】
更に、前記3次元ゲルに、濃度10〜200μg/mlとなるようにラミニンを添加し、温度30〜40℃で1〜24時間、インキュベートすることを特徴とする、請求項6記載のI型−IV型コラーゲン混成ゲルの調製方法。
【請求項8】
濃度0.05〜10mg/mlのゲル化能を有するIV型コラーゲン溶液100質量部に対して、濃度0.05〜10mg/mlの線維形成能を有するI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃で混合して混成コラーゲン溶液を調製し、
前記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、
これを細胞培養用の支持体に載せ、温度30〜40℃、CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートして3次元ゲルを形成することを特徴とする、細胞培養プレートの製造方法。
【請求項9】
前記3次元ゲルの形成についで、
前記3次元ゲルに、濃度10〜200μg/mlとなるようにラミニンを添加し、温度30〜40℃で1〜24時間、インキュベートすることを特徴とする、請求項8記載の細胞培養プレートの製造方法。
【請求項10】
濃度0.05〜10mg/mlのゲル化能を有するIV型コラーゲン溶液100質量部に対して、濃度0.05〜10mg/mlの線維形成能を有するI型コラーゲン溶液100〜500質量部を、温度0〜4℃で混合して混成コラーゲン溶液を調製し、
前記混成コラーゲン溶液に、温度0〜4℃で、塩化ナトリウム含有中性緩衝液を添加して、前記混成コラーゲン溶液の塩化ナトリウム濃度を0.9質量%、中性とし、
得られた溶液を厚さ0.01〜3mmとなるように平板にコートし、温度30〜40℃、CO2条件下で10分〜2時間、インキュベートして3次元ゲルを形成し、
ついで、前記平板から前記3次元ゲルを回収することを特徴とする、人工基底膜の製造方法。
【請求項11】
前記3次元ゲルの形成についで、
前記3次元ゲルに、濃度10〜200μg/mlとなるようにラミニンを添加し、温度30〜40℃で1〜24時間、インキュベートすることを特徴とする、請求項10記載の人工基底膜の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−79795(P2011−79795A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−235348(P2009−235348)
【出願日】平成21年10月9日(2009.10.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載日 平成21年4月24日、掲載アドレス:https://app5.infoc.nedo.go.jp/disclosure/SearchResultDetail
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「研究用モデル細胞の創製技術開発/分子構成を最適化した人工基底膜によるES細胞の分化誘導制御技術の開発」に係る業務委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(599055430)財団法人日本皮革研究所 (1)
【Fターム(参考)】