説明

III型プロコラーゲンのN末端のペプチド(PIIIP)の測定方法

【課題】本発明は、NASHの診断に際して、肝生検体を用いることなく、従来法より安価でしかも患者に対する負担が少なくてすむ、体液試料中のPIIIPのN末端のペプチドの量を測定する方法、およびその方法に用いられる試薬を提供することを課題とする。
【解決手段】体液試料を、III型プロコラーゲンのN末端のペプチドに特異性を有する免疫結合的パートナーと接触させ、体液試料と免疫結合パートナーとの間の免疫反応で生じる生成物を測定する方法により上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体液試料中に存在するIII型プロコラーゲンのN末端のペプチド(PIIIP)の量を測定する方法およびその方法に用いられる試薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、欧米では成人人口の10〜20%が非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に罹っている。日本でも、数百万人の人々がNASHに罹っていると思われる。さらに近年の日本人の生活習慣の欧米化に伴い、今後、日本においてもNASHに罹る患者の数は増加するものと考えられている。
NASHとは、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の一種であり、肝生検像では、アルコール性肝炎と類似した所見を示す。そのため、従来、非B非C型慢性肝炎と診断されていた症例や、その他の原因不明の肝硬変とされていた症例の中にもNASHが含まれていると指摘されている。
さらに、NASHは「単なる」脂肪肝とは異なり、肝硬変あるいは肝細胞癌に進展する場合がある。その上、NASHの病態は現在でも依然として不明な点が多く、そのため診断や治療について多くの議論の余地を残している。
NASHの特徴として、肝内に炎症と線維化を伴うことが挙げられる。しかし、現在、NASHの最終的な診断方法としては、肝生検が最も信頼性が高い。しかしながら、通常、肝生検は費用あるいは危険性などの点で、術者および被験者に多くの負担を課す。
ところが、現段階では、この肝生検以外の有用な診断方法は未だ見出されていない。その上、疾患の診断基準もまだ国際的に統一されていない。そのため、免疫学的検査法の検証も、国際的に充分に行うことができていない。
【0003】
また、慢性肝疾患の患者の特徴として、基底膜に特異的に存在するIV型コラーゲンが、
肝の活動性病変および線維化の程度に応じて変化することが知られている。そして、この特徴は肝硬変において特に顕著である。そのため、肝組織でのIV型コラーゲンの測定が慢
性肝炎の識別に有用であるとされている。また、非アルコール性脂肪肝に罹った患者でも、肝線維化の進行に伴って、血清中のIV型コラーゲン量の値が上昇することが報告されている。そして、非観血的にIV型コラーゲンの量を測定する方法は、特開2000−55915号公報に開示されているものの、NASHの診断には用いられていない。
【0004】
【特許文献1】特開2000−55915号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、NASHの診断に際して、肝生検組織を用いることなく、従来よりも安価で患者に対する負担が少なくてすむ、体液試料中に存在するIII型プロコラーゲンのN末端のペプチド(PIIIP)の量を測定する方法、およびその方法に用いられる試薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によれば、体液試料をIII型プロコラーゲンのN末端のペプチド(PIIIP)に特異性を有する免疫結合的パートナーと接触させ、体液試料と免疫結合パートナーとの間で生じた反応生成物を測定する方法が提供される。
また、本発明によれば、上記の測定方法に用いられる、III型プロコラーゲンのN末端のペプチド(PIIIP)に特異性を有する免疫結合的パートナーを含む試薬が提供される。
また、本発明によれば、上記試薬に、IV型コラーゲンの三重らせん領域を認識するモノクローナル抗体とIV型コラーゲンの7S領域を認識するモノクローナル抗体をさらに含む診断用試薬が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明の測定方法による結果を利用すれば、従来の方法とは異なって、肝生検組織の代りに患者由来の体液を用いるため、従来よりも安価で容易しかも安全にNASHを診断することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、NASHに罹っている患者の多くが、「単なる」脂肪肝(FL)に罹っている患者と比べ、図1に示すIII型プロコラーゲンのN末端に存在するペプチド(PIIIP)を体液試料中により多く含んでいることに着目してなされた。
【0009】
III型プロコラーゲンとは、図1に示すように、約300nmの3重らせんからなるIII型コラーゲン分子と、そのNおよびC末端に存在する付加的なペプチドからなる。
そして、プロコラゲナーゼの作用によって、III型プロコラーゲンのNおよびC末端のペプチドは切り取られ、その結果、III型コラーゲンが生成する。その際、切り取られたIII型プロコラーゲンのN末端のペプチド(PIIIP)は細胞外に放出される。
【0010】
本発明の測定方法は、この細胞外に放出されたPIIIPの体液中での量を測定することからなり、この測定結果はNASHを診断するのに有用である。
【0011】
本発明の方法に用いられる体液試料とは、ヒトのほか、馬、羊、牛、豚のような家畜などの哺乳動物由来の体液を含み、具体的には、哺乳動物の血清、尿および滑液などから得られるものが挙げられる。中でも好ましいのは、ヒト由来の血清である。
これらの体液試料は、そのまま使用してもよく、適切な液体で希釈したものを用いてもよい。また、免疫学的結合パートナーと接触させる前に、予め精製してもよい。
体液試料の精製は、カートリッジ吸着および溶出、分子篩クロマトグラフィー、透析、イオン交換、アルミナクロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィーなどの公知の方法、あるいはこれらを組み合わせた方法により行うことができる。
【0012】
本発明の方法は、まず体液試料を免疫結合パートナーと接触させることにより行われる。
【0013】
本発明の免疫結合パートナーとしては、III型プロコラーゲンのN末端のペプチド(PIIIP)に特異性を有する抗体を用いることができ、かかる抗体の中でもモノクローナル抗体が好ましい。それらの製造には、公知の方法を適用することができる。
さらに、免疫結合パートナーは、PIIIPに特異性を有する第一抗体のみからなっていてもよい。
また、免疫結合パートナーは第一抗体と第二抗体からなっていてもよい。その場合、第一抗体としてPIIIPに特異性を有する抗体を用い、第二抗体として第一抗体に結合したPIIIPのN末端のペプチドに結合する抗体を用いることができる。
【0014】
免疫結合パートナーは、免疫反応による反応生成物を測定するために、マーカーでラベルされている。
免疫結合パートナーが第一抗体のみからなる場合には、第一抗体がマーカーでラベルされ、免疫結合パートナーが第一および第二抗体からなる場合には、第二抗体がマーカーでラベルされる。
マーカーとしては、例えば酵素、発色団、蛍光団、補酵素、酵素阻害剤、化学発光物質、常磁性金属、スピンラベルおよび放射性同位体など、公知のものが挙げられる。
体液試料を免疫結合パートナーと接触させる工程は、両者の混合物をPIIIPが免疫結合パートナーと免疫反応し得る条件下に置くことにより行われる。具体的には、体液試料と免疫結合パートナーとの混合物を、例えば25℃の温度下に、1.5時間程度放置することにより行われる。
【0015】
本発明の方法は、次いで、体液試料と免疫結合パートナーとの間の免疫反応で生じた反応生成物を測定することにより行われる。
反応生成物の測定は、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)(イングヴァール(Engvall,E.,Meth. Enzymol.,70(1980))、放射免疫測定法(RIA)、およびサンドウィッチ放射免疫定量法(IRMA)など、公知の方法で行うことができる。なかでも好ましいのは、サンドウィッチ放射免疫定量法である。
【0016】
免疫結合パートナーとして第一および第二抗体を用いる場合の測定方法について、以下にその具体例を示す。
まず、適当なマイクロタイタープレートなどのウエルの表面に、公知の方法でPIIIPのN末端のペプチドに特異性を有する第一抗体を固定する。
そして、得られたウエルに体液試料を導入し、前記の免疫反応が起こり得る条件下で反応させる。
その結果、体液試料中にPIIIPが存在する場合には、該ペプチドと第一抗体とが免疫反応により結合する。このウエルを蒸留水などの洗浄液で処理する。
次いで、予めマーカーでラベルした第二抗体をウエルに導入して反応し、第一抗体に結合したPIIIPと第二抗体とを結合させる。このウエルを再び洗浄した後、第二抗体をラベルしたマーカーに基づいて免疫反応の生成物を測定する。
【0017】
もう一つの具体例では、第一抗体と体液試料としての血清を予め混合し、前記のような免疫反応が起こり得る条件下で反応させる。この反応液をマイクロタイタープレートのウエルに導入し、第一抗体をウエルの表面に固定する。
このウエルを蒸留水などの洗浄液で処理した後、ウエルに第二抗体を導入して反応し、第一抗体に結合したPIIIPと第二抗体とを免疫反応により結合させる。
その後、ウエルを公知の洗浄液で処理し、第二抗体をラベルしたマーカーに基づいて免疫反応の生成物を測定する。
【0018】
なお、体液試料中のPIIIPの測定と同時に、同じ体液試料中のIV型コラーゲン(TIVC)を測定してもよい。
TIVCの測定は、例えばラテックス凝集比濁法を用いて、血清中のIV型コラーゲン濃度を簡便でかつ正確に測定することができる。
このように、体液試料中のPIIIPの測定と同時に、同じ体液試料中のIV型コラーゲン(TIVC)をも測定し、両測定結果を併用すれば、より正確にNASHを診断することができる。
上記の方法に用いられる試薬は例えば次のようにして製造することができる。
TIVCの測定用試薬は、図2に示すような構造をしたTIVCの三重らせん(TH)領域の蛋白を認識するTH認識モノクローナル抗体と、7Sドメイン領域を認識する7S認識モノクローナル抗体とを、ラテックス粒子に凝集させることで製造することができる。
【実施例】
【0019】
NASHの患者(15名)とFLの患者(10名)から、シルバーマン法により検体を採取し、H−EおよびAZAN染色によりNASHの診断を行った。
同日に同一の患者群から血清を採取し、各血清についてPIIIP、IV型コラーゲン(TIVC)の測定を行った。
(血清中のPIIIPの測定)
血清中のPIIIPの測定試薬には、リアグノスト(商標登録)P−III−Pc.t(cis bi
o international社製)を用いた。そして、マウスを用いて作製されたPIIIPに特異性を
有するモノクローナル抗体を第一抗体として用い、マウスを用いて作製した125Iで標識したIgGを第二抗体として用いた。
NASHおよびFLの各患者から血清2mLをそれぞれ採取し、PIIIPマウスモノクローナル抗体を内壁にコーテイングした抗体試験管に20μLの標準血清液、血清、コントロール血清液と400μLの緩衝液を加えて攪拌し、室温、2時間振盪器で振盪させる。試験管内の液体を吸引した後、キットに備え付けの洗浄剤と精製水600mLで作製した洗浄水1mLで2回洗浄後、放射性標識トレーサ400μLを抗体試験管内に加えて反応させる。その結果、抗体試験管の内壁表面に抗体―抗原―125IPIIIP抗体のサンドイッチ型の複合体が形成される。その後、APL−950 γ−カウンター(アロカ株式会社製)を用いて、各ウエルの125Iを測定した。
【0020】
(血清中のTIVCの測定)
マウス抗ヒトIV型コラーゲンモノクローナル抗体を用いたTIVC測定用試薬(登録商標)パナッセイIV・C「ラテックス」(第一ファインケミカル株式会社製)を用いて測定した。
5μLと牛血清アルブミン含有の緩衝液180μL(第一ファインケミカル株式会社製)を試験管内で37℃、5分間反応させ、次に60μLラテックス懸濁液を検体中に加え37℃、1分30秒間反応させ、ラテックスの凝集塊を形成させる。凝集塊形成による濁度の上昇を反応前後の濁度の差、すなわち吸光度変化量として吸光度700nmで、自動分析装置7600Pモジュール(日立製作所製)で測定することで、検体中のTIVC濃度を測定した。
【0021】
図3は、NASH患者群とFL患者群の血清中のPIIIPの値を示したものである。図3に示されているように、NASH患者群はFL患者群と比べて、血清中のPIIIPの値が有意に高い値を示していた(p<0.05)。
図4は、NASH患者群とFL患者群の血清中のIV型コラーゲン(TIVC)含量を比
較したものである。図4に示されているように、TIVC値においても、NASH患者群は、FL患者群と比べて、有意に高い値を呈していた(p<0.05)。
また、FL患者群の中で正常値以上の値を示した患者は、TIVC値では1名存在していたのに対し、PIIIPでは1名も存在していなかった。
さらに、NASH患者群では、肝線維化の進展に伴って血清中のTIVC値が増加していた。
以上の結果は、NASHの非観血的な診断方法として、血清中のPIIIPのN末端のペプチドおよびTIVCの値の測定、特にPIIIPのN末端のペプチドの値の測定が有用であることを示唆している。
また、血清中のTIVC値を測定することは、NASHに伴う肝線維化の進展評価に有用であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明の測定方法によれば、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)に罹った細胞のみを特異的に識別することができるので、NASHの診断精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】PIIIPの構造を示す概念図である。
【図2】TIVCの構造を示す概念図である。
【図3】本発明の方法により測定した血清中のPIIIPN末端のペプチドの量をNASH患者群とFL患者群とで比較して示した図である。
【図4】本発明の方法により測定した血清中のTIVCの量をNASH患者群とFL患者群とで比較して示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
体液試料をIII型プロコラーゲンのN末端のペプチド(PIIIP)に特異性を有する免疫結合的パートナーと接触させ、体液試料と免疫結合パートナーとの間で生じた反応生成物を測定することを特徴とする測定方法。
【請求項2】
体液試料が血清である請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
免疫結合パートナーがモノクローナル抗体である請求項1または2に記載の測定方法。
【請求項4】
免疫反応の測定がサンドウィッチ免疫放射定量法により行われる請求項1〜3のいずれか1つに記載の測定方法。
【請求項5】
III型プロコラーゲンのN末端のペプチド(PIIIP)に特異性を有する免疫結合的パートナーを含む、請求項1〜4のいずれか1つに記載の測定方法で用いられる非アルコール性脂肪肝炎の診断用試薬。
【請求項6】
IV型コラーゲンの三重らせん領域を認識するモノクローナル抗体とIV型コラーゲンの7S領域を認識するモノクローナル抗体をさらに含む請求項5に記載の診断用試薬。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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