説明

L−ガラクトースの製造方法

【目的】 L−ガラクトースの製造方法の確立を目的とする。
【構成】 L−タガトースを含有する溶液にD−アラビノース・イソメラーゼ(EC 5.3.1.3)を作用させてL−ガラクトースを生成せしめ、これを採取することを特徴とするL−ガラクトースの製造方法を構成とする。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、L−ガラクトースの製造方法に関するものであり、さらに詳細には、L−タガトースを含有する溶液にD−アラビノース・イソメラーゼを作用させてL−ガラクトースを生成せしめ、これを採取することを特徴とするL−ガラクトースの製造方法に関する。
【0002】
【従来の方法】L−ガラクトースは自然界には寒天や植物ゴム中にわずかに含まれているにすぎない希少糖質である。その製造方法としては、寒天や植物ゴム中の多糖を加水分解し、酵母などにより分解できる糖質を除去し、さらにL−ガラクトースを精製分離するといった非常に煩雑な方法であった。従って多量のL−ガラクトースを得ることは非常に困難であった。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】近年、生化学工業が急速に発達し、糖質化学の分野においても、新たな糖質の開発が望まれている。 L−ガラクトースは、その大量製造方法が確立されておらず、入手は困難であり、未だ、食品工業、医薬品工業、化学工業などの工業原料として使用されるに至っていない。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明者等は、L−ガラクトースを生化学的手段による大量、安価に製造することを目的に鋭意研究した。
【0005】その結果、L−タガトースにD−アラビノース・イソメラーゼが作用し40%を超える高変換率でL−ガラクトースを生成することを見いだした。このL−ガラクトースを採取することによりL−ガラクトースが容易に製造しうることを見いだし、本発明を完成した。原料のL−タガトースは、本発明者等が、先に、特願平4−159972号明細書で記載したように、ガラクチトールから生物学的手段によって容易に得られる糖質である。従って、本発明により、原料としてL−タガトースを用い、D−アラビノース・イソメラーゼによる異性化反応によってL−ガラクトースを容易に製造することができる。
【0006】本発明において、L−タガトースからL−ガラクトースの生産に用いるD−アラビノース・イソメラーゼ(EC 5.3.1.3)は、既によく知られており、例えば、メソッズ・イン・エンザイモロジー(Methods in Enzymology) 第41巻462乃至465頁(Academic Press Inc、1975年)に記載されている酵素である。しかし、本酵素がL−タガトースに作用し40%を超える高変換率でL−ガラクトースを生成することは、従来知られておらず本発明をもって嚆矢とする。
【0007】D−アラビノース・イソメラーゼは、通常、D−アラビノース・イソメラーゼ産生能を有する微生物を培養して得ることができる。例えば、クレブジェラ・ニューモニアエ(Klebsiella pneumoniae)を栄養源、例えば、窒素源、無機塩および炭素源としてD−アラビノースあるいはL−フコースを含む培地、望ましくは、微酸性乃至微アルカリ性の液体培地に植菌し、温度約20℃乃至35℃で、1乃至10日間好気的条件下で培養する。酵素を構成的に産生する変異株を用いることは、D−アラビノース、あるいはL−フコースなどの高価な炭素源を必要としないので特に有利である。通常、得られた培養菌体からD−アラビノース・イソメラーゼを抽出し、そのまま、あるいは固定化して反応に用いる。
【0008】このようにして得られるD−アラビノース・イソメラーゼをL−タガトースを含む溶液、望ましくは、濃度5w/v%以上、更に好ましくは、10w/v%以上の高濃度溶液に作用させることによって、L−タガトースがL−ガラクトースに容易に高変換率で変換し、L−ガラクトースが固形物当り20%を超える高収率で採取できる。また、本酵素を固定化して用いる場合には、L−タガトースからL−ガラクトースへの変換に、繰り返し利用でき、また連続反応に利用することも有利に実施できる。
【0009】以上述べた方法により生成したL−タガトースとL−ガラクトースとを含有する水溶液は、必要により、例えば、活性炭吸着による脱色、H型、OH型イオン交換樹脂による脱塩などの方法で精製し、濃縮してシラップ状のL−タガトースとL−ガラクトースとを含む製品を採取する。更に、アルカリ金属型またはアルカリ土類金属型などの塩型強酸性イオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィー、例えばダウケミカル社製造の商品名ダウエックス50WX4、ダウエエックスWGR、東京有機化学工業株式会社製造の商品アンバーライトET−1008、アンバーライトIRA47、三菱化成工業株式会社製造の商品名ダイヤイオンSK106、ダイヤイオンWA11などを用いるカラムクロマトグラフィーにかけ分画、精製し、L−ガラクトース高含有物を採取し濃縮することにより、シラップ状の製品を、更に晶出、分蜜して高純度の結晶L−ガラクトース製品も容易に得ることができる。生産物であるL−ガラクトースを分離したL−タガトースは、再び原料としてL−ガラクトースの製造に利用できる。このように本発明は、従来入手が極めて困難であったL−ガラクトースを大量、安価に供給することが容易となり、L−ガラクトースの工業的製造方法として好適である。従って、L−ガラクトースは、食品工業、医薬品工業、化学工業などの原料、中間体などとして有利に利用できる。
【0010】以下、本発明に用いるD−アラビノース・イソメラーゼの調製例を参考例で、本発明のL−タガトースからのL−ガラクトースの製造例を実施例で述べる。
【0011】
【参考例】 D−アラビノース・イソメラーゼの調製硫酸アンモニウム0.2w/x%、リン酸一カリウム0.24w/v%、リン酸二カリウム0.56w/v%、硫酸マグネシウム・7水塩0.01w/v%、酵母エキス0.5w/v%、D−アラビノース2w/v%及び脱イオン水からなる培養液20Lを30L容ジャーファーメンターにとり、120℃、20分間オートクレーブした後、冷却し、クレブジエラ ニューモニアIFO13541の種培養液を1v/v%加えて、30℃で3日間培養した。
【0012】培養後、遠心分離により集菌し、得られた生菌体約200gを常法に従って破砕、抽出し、遠心分離して上清を得、次いでポリエチレングリコール6000を用いた分画沈殿法により精製し、透析して、粗酵素液約50mlを得た。本酵素は、ml当り約200単位のD−アラビノース・イソメラーゼ活性を有していた。D−アラビノース・イソメラーゼ活性測定は次のように行った。すなわち、反応液組成は、50mM グリシン緩衝液(pH9.3)0.5ml、1mM 塩化マンガン0.01ml、0.1M D−アラビノース0.05mlおよび酵素液0.1mlに水を加えて計1.0mlとした。反応は、35℃で10分間行い、生成物であるD−リブロースをシステイン・カルバゾール法で測定し、1分間に1μmolのD−リブロースを生成する酵素量を1単位とした。
【0013】
【実施例】10w/v%L−タガトース水溶液(pH9.3)1Lに、参考例の方法で調製したD−アラビノース・イソメラーゼをL−タガトース グラム当り約100単位の割合で加え、40℃で20時間反応した。
【0014】反応後、反応液を常法に従って、活性炭を用いて脱色し、次いで、ダイヤイオンSK1B(H型、三菱化成工業株式会社製造の商品名)およびダイヤイオンWA30(OH型、三菱化成工業株式会社製造の商品名)を用いて脱塩し、減圧濃縮してL−タガトースとL−ガラクトースとを含む濃度約60%の透明なシラップを得た。ダウエックス50WX4(カルシウム型のカチオン交換樹脂、ダウケミカル社製造の商品名)を用いるカラムクロマトグラフィーにより分離、精製し、得られるL−ガラクトース画分を濃縮し、晶出、分蜜して結晶L−ガラクトースを採取した。結晶L−ガラクトースのL−タガトースに対する収率は、固形物当たり約30%であった。
【0015】このようにして得られた製品を同定するために、実験により理化学的性質を調べ、その性質を文献値と比較、または、Sigma社が市販している試薬D−ガラクトースを標準物質としてその測定値と比較した。
【0016】
(1)高速液体クロマトグラフィーによる分析本製品を高速液体クロマトグラフィー(日本分光工業社製880−PU:カラム、日立製作所GL−C611;溶離液、10−4M 水酸化ナトリウム、60℃;流速、1ml/min;検出、島津製作所RID−6A)で分析したところ、その溶出位置は、標準物質としての試薬D−グルコース、D−マンノースなどのヘキソースとは異なり、標準物質としての試薬D−ガラクトースと同一の17.1分であった。
【0017】(2)比旋光度本製品の測定値

標準の試薬D−ガラクトースの測定値

L−ガラクトースの文献値

文献:チャップマン・アンド・ホール(Chapman andHall)社、「ディクショナリー・オブ・オーガニック・コンパウンズ(Dictionary of organic compounds )」、第2722頁(1982年)
【0018】(3)赤外線吸収スペクトルKBr錠剤法で測定した本製品の赤外線吸収スペクトルを図1に示した。このスペクトルは、図2に示した標準のD−ガラクトースの赤外線吸収スペクルとよく一致した。
【0019】以上の結果から明らかなように、本製品が、高速液体クロマトグラフィー、赤外線吸収スペクトルについては、標準のD−ガラクトースの値とよく一致し、比旋光度については、D−ガラクトースの値とほぼ一致するものの+、−逆であり、L−ガラクトースの文献値とよく一致したことから、本発明の方法で得られた製品は、L−ガラクトースであると判断される。本製品は、希少物質としての試薬用途のみならず、食品工業、医薬品、化学工業などの原料、中間体などとしても有利に利用できる。
【0020】
【発明の効果】本発明のD−アラビノース・イソメラーゼを用いるL−タガトースからのL−ガラクトースの製造方法は、従来、希少糖類として入手の困難であったL−ガラクトースの大量生産の道を拓くものである。従って、本発明のL−ガラクトースの製造方法の確立は、製糖産業のみならず、これに関連する食品、化粧品、医薬品産業における工業的意義が極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法で得たL−ガラクトースの赤外線吸収スペクトルを示す図である。
【図2】標準のD−ガラクトースの赤外線吸収スペクトルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 L−タガトースを含有する溶液にD−アラビノース・イソメラーゼを作用させてL−ガラクトースを生成せしめ、これを採取することを特徴とするL−ガラクトースの製造方法。
【請求項2】 L−タガトースを含有する溶液が、濃度5w/v%以上の高濃度溶液を用いることを特徴とする請求項1記載のL−ガラクトースの製造方法。
【請求項3】 L−タガトースを含有する溶液にD−アラビノーヌ・イソメラーゼを作用させてL−ガラクトースを生成せしめ、得られる溶液を塩型強酸性カチオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィーにかけ、L−ガラクトース高含有画分を採取することを特徴とするL−ガラクトースの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開平6−113875
【公開日】平成6年(1994)4月26日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−312579
【出願日】平成4年(1992)10月8日
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)