説明

N−フルオロピリジニウム塩の製造方法

【課題】N−フルオロピリジニウム塩の製造において、分解を抑制し、簡便かつ、高収率で大量生産に適するN−フルオロピリジニウム塩を製造する方法を提供する。
【解決手段】ハロゲン原子、アシル基、アルコキシカルボニル基、ニトロ基、シアノ基及びアミド基からなる群から少なくとも一つを選択し、残りは水素原子であるピリジン化合物を有機溶媒中、HBF4、HPF6、HSbF6及びHClO4で表されるブレンステッド酸と混合し、水及びフッ酸の存在下、フッ素ガスと反応させ、一般式(3)


(式中、R〜R及びXは酸塩)で表されるN−フルオロピリジニウム塩を製造する方法において、水の添加量を1.6〜10当量、あらかじめ添加するフッ酸の添加量を2〜10当量とすることを特徴とするN−フルオロピリジニウム塩の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフッ素原子導入試剤として有用なN−フルオロピリジニウム塩を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般式(1)
【0003】
【化1】

【0004】
(式中、R〜Rは同一または異なり、ハロゲン原子、アシル基、アルコキシカルボニル基、ニトロ基、シアノ基及びアミド基からなる群から少なくとも一つを選択し、残りは水素原子である。)
で表されるピリジン化合物を母核とする一般式(3)
【0005】
【化2】

【0006】
(式中、R〜Rは前記に同じであり、XはBF、PF、SbF又はClOを示す)
で表されるN−フルオロピリジニウム塩はフッ素原子導入剤として有用であることが知られている。
【0007】
前記、一般式(3)のXがBFであるN−フルオロピリジニウムテトラフルオロボレートを製造する方法としては、特許文献1の比較例1に記載のピリジン化合物に42%のHBF水溶液を添加後、フッ素ガスを導入する方法がある。しかし、N−フルオロピリジニウムテトラフルオロボレートのような水に不安定な化合物は、フッ素ガスを導入する前に水を除去する工程を必要とする。また、ピリジン化合物に対して、水が過剰量存在すると大幅に収率が低下することが知られている。特許文献2及び3に記載の三フッ化ホウ素(BF)をガスまたはエーテル付加体として添加後、フッ素ガスを導入する方法が知られているが、三フッ化ホウ素ガスは取り扱いが危険であり高価である。また、エーテル付加体は、可燃性液体であり、高価である。いずれも工業的に取り扱い難く、大量生産には不向きである。
【特許文献1】特開平9−255657号公報
【特許文献2】特開昭63−10764号公報
【特許文献3】特開平4−182145号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
N−フルオロピリジニウム塩の製造において、対塩の原料を安価で、入手が容易であり、工業的に取り扱い易い物を使用し、水が過剰量存在する系においても分解を抑制し、簡便かつ、高収率で大量生産に適するN−フルオロピリジニウム塩を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
N−フルオロピリジニウム塩は一般的に水に不安定なことが知られている。例えば、水に不安定なN−フルオロピリジニウムテトラフルオロボレートの製造方法は前記、特許文献1に記載されているように、ピリジン化合物を有機溶媒中、水及びフッ化水素の共存下、三フッ化ホウ素及びフッ素ガスとを反応させ製造される。水の量が0.01〜1.5当量の範囲において高収率で得られるとの記載がある。しかしながら、実施例では、三フッ化ホウ素ガスを使用しており、工業的には取り扱い難い。また、ピリジン化合物に対しフッ化水素の添加量が1当量、水の添加量が1当量の場合のN−フルオロピリジニウムテトラフルオロボレートの収率は76%であるが、水の添加量が2当量の場合は20%以上収率が低下している。このように、水がピリジン化合物に対して過剰量存在すると、水により分解し、収率は著しく低下することが明らかである。本発明者らは、このような現状に鑑み鋭意検討を行った。その結果、下記一般式(1)で表されるピリジン化合物を有機溶媒中でブレンステッド酸と混合し、水及びフッ酸存在下、フッ素ガスと反応させ、一般式(2)で表されるN−フルオロピリジニウム塩を製造する方法において、水の添加量を1.6〜10当量、あらかじめ添加するフッ酸の量を2〜10当量とすることにより、分解を抑制でき高収率でN−フルオロピリジニウム塩が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、一般式(1)
【0011】
【化3】

【0012】
(式中、R〜Rは同一または異なり、ハロゲン原子、アシル基、アルコキシカルボニル基、ニトロ基、シアノ基及びアミド基からなる群から少なくとも一つを選択し、残りは水素原子である。)
で表されるピリジン化合物を有機溶媒中、一般式(2)
XH (2)
(式中Xは、BF、PF、SbF又はClOを示す。)
で表されるブレンステッド酸と混合し、水及びフッ酸の存在下、フッ素ガスと反応させ、一般式(3)
【0013】
【化4】

【0014】
(式中、R〜R及びXは前記に同じ)
で表されるN−フルオロピリジニウム塩を製造する方法において、水の添加量を1.6〜10当量、あらかじめ添加するフッ酸の添加量を2〜10当量とすることを特徴とするN−フルオロピリジニウム塩の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明の製造方法によれば、大量生産に適し、簡便かつ高収率でフッ素原子導入剤として有用なN−フルオロピリジニウム塩を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明により、ピリジン化合物を有機溶媒中で、ブレンステッド酸と混合し、水及びフッ酸の存在下、フッ素ガスと反応させる反応工程、溶媒を留去する濃縮工程、貧溶媒を加えて晶析する晶析工程を得て、N−フルオロピリジニウム塩を製造することができる。以下に本発明に用いる化合物と製造条件について説明する。
【0017】
使用する前記一般式(1)で表されるピリジン化合物としては、例えばクロロピリジン、ブロモピリジン、フルオロピリジン、ジクロロピリジン、トリクロロピリジン、テトラクロロピリジン、ペンタクロロピリジン、ジフルオロピリジン、トリフルオロピリジン、ペンタフルオロピリジン、クロロフルオロピリジン、ジクロロフルオロピリジン、ニトロピリジン、シアノピリジン、ジシアノピリジン、トリシアノピリジン、ニコチン酸エステル、ピコリン酸エステル、ニコチン酸アミド及びピコリン酸アミド等を例示することができる。
【0018】
一般式(2)で表されるブレンステッド酸としては、例えば、HBF、HPF、HSbF6、及びHClO等を例示することができる。
【0019】
一般式(3)のXはブレンステッド酸とフッ酸を反応させ系中で生成させることも出来る。例えば、ほう酸又は無水ほう酸と無水フッ酸又はフッ酸水溶液からHBFを生成させることが出来る。
【0020】
一般式(3)で表されるN−フルオロピリジニウム塩としては、例えばN−フルオロ−2−クロロピリジニウムテトラフルオロボレート、N−フルオロ−2−クロロピリジニウムヘキサフルオロホスフェート、N−フルオロ−2−ブロモピリジニウムテトラフルオロボレート、N−フルオロ−2−ブロモピリジニウムヘキサフルオロホスフェート、N−フルオロ−2−フルオロピリジニウムテトラフルオロボレート、N−フルオロ−2−フルオロピリジニウムヘキサフルオロアンチモネート、N−フルオロ−2−フルオロピリジニウムパークロレート、N−フルオロ−2,6−ジクロロピリジニウムテトラフルオロボレート、N−フルオロ−2,6−ジクロロピリジニウムヘキサフルオロホスフェート、N−フルオロ−2,3,4,5,6−ペンタクロロピリジニウムテトラフルオロボレート、N−フルオロ−3,5−ジフルオロピリジニウムテトラフルオロボレート、N−フルオロ−3,5−ジフルオロピリジニウムヘキサフルオロアンチモネート、N−フルオロ−2−シアノピリジニウムテトラフルオロボレート、N−フルオロ−2−シアノピリジニウムヘキサフルオロホスフェート、N−フルオロ−3−シアノピリジニウムテトラフルオロボレート、N−フルオロ−3−メトキシカルボニルピリジニウムテトラフルオロボレート、N−フルオロ−3−メトキシカルボニルピリジニウムパークロレート等を挙げることができる。
【0021】
ブレンステッド酸からは、ハロゲン化水素は除外される。本発明のN−フルオロピリジニウム塩においてXがハロゲン化水素の共役塩基であるFの場合、すなわちピリジン・F錯体は不安定であり、−2℃以上では爆発を起こすという重大な欠点を有している。また、Cl、Br、Iの場合は、相当するN−フルオロピリジニウム塩の合成は困難である。
【0022】
あらかじめ添加するフッ酸の使用量は、ピリジン化合物に対して2〜10当量が良い。フッ酸の使用量が少ないと溶媒留去時のN−フルオロピリジニウム塩の分解が多くなり、10当量を超えて使用しても、収率は頭打ちとなる。
【0023】
フッ酸を添加するタイミングは、特に限定されないが、例えば、系中でブレンステッド酸とフッ酸を反応させXを生成させる場合は、フッ素化反応前に添加することが好ましい。
【0024】
濃縮工程前の系中に、N−フルオロピリジニウム塩の分解を抑制するためN−フルオロピリジニウム塩に対して、フッ酸が2〜10当量残存していることが好ましく、不足している場合は、無水フッ酸を添加して補う。
【0025】
使用する反応溶媒としては、例えば、アセトニトリル、塩化メチレン、クロロホルム、トリクロロフルオロメタン、酢酸エチル、テトラヒドロフラン等を例示することができる。
【0026】
反応液中の水分量はピリジン化合物に対して、1.6〜10当量が良い。水分量が少なくなると反応収率及び純度が低下し、水分量が多くなると、濃縮工程でのN−フルオロピリジニウム塩の分解量が多くなる。例えば、一般式(2)のXを無水フッ酸と無水ホウ酸を使用して、HBFを生成させると副生する水は1.65当量となる。
【0027】
使用するフッ素ガスは、希釈して用いる。不活性ガスの容量が99%〜50%の希釈したフッ素ガスを使用することが好ましい。不活性ガスとしては、窒素、ヘリウム、アルゴン、テトラフルオロメタン等を例示することができる。
【0028】
フッ素ガスの使用量は、ピリジン化合物に対して等モル又は等モル以上とすることが好ましいがフッ素の導入方法、反応温度、反応溶媒、反応装置により変化するためピリジン化合物がフッ素と反応して消失するに必要なフッ素の量を適宜選択することが好ましい。
【0029】
反応温度としては、−100℃〜+40℃の範囲を選択することができるが、収率を良好にする上で−20℃〜0℃が好ましい。
【0030】
得られる目的物の分離は、定法に従って行えばよく、例えば、有機溶媒を留去後、酢酸エチル、クロロホルム、塩化メチレン、ジエチルエーテル、イソプロピルエーテル、THF等の溶媒で晶析後に濾別して結晶を乾燥することにより目的物を分離することができる。
【0031】
実施例
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、N−フルオロピリジニウム塩の純度は、融点測定、H−NMR測定、19F−NMR測定により求めた。
【実施例1】
【0032】
500mlポリテトラフルオロエチレン製容器に、2,6−ジクロロピリジン 14.46g(97.7mmol)及びアセトニトリル 207.0gを仕込み、攪拌し溶解させ、ほう酸6.64g(107.5mmol)及び無水フッ酸16.55g(827.5mmol)を仕込み攪拌下、−20℃まで冷却した。その後、攪拌しながらフッ素と窒素の混合ガス(1:9)を200ml/分の流量で導入した。導入したフッ素ガスの量は186mmolであった。反応収率は19F−NMR測定により79%であった。溶媒を留去し、酢酸エチルを加えて晶析し、N−フルオロ−2,6−ジクロロピリジニウムテトラフルオロボレート18.60g(73.3mmol)を得た。単離収率は75.1%であった。
【実施例2】
【0033】
ほう酸を無水ホウ酸に変更し、仕込み量を3.74g(53.75mmol)にした以外は実施例1と同様の操作にて行った。その結果を表1に示す。
【実施例3】
【0034】
ほう酸を無水ホウ酸に変更し、仕込み量を3.74g(53.75mmol)にし、無水フッ酸を55%HF水溶液に変更し、仕込み量を22.74g(625.3mmol)にした以外は実施例1と同様の操作にて行った。その結果を表1に示す。
【実施例4】
【0035】
無水フッ酸を55%HF水溶液に変更し、仕込み量を22.74g(625.3mmol)にした以外は実施例1と同様の操作にて行った。その結果を表1に示す。
【0036】
(比較例1)
無水フッ酸の仕込みを8.60g(429.9mmol)に変更した以外は、実施例1と同様の操作にて行った。その結果を表1に示す。
【0037】
(比較例2)
500mlポリテトラフルオロエチレン製容器に、2,6−ジクロロピリジン 14.46g(97.7mmol)及びアセトニトリル 155.0gを仕込み、攪拌し溶解させ、11wt%BF/アセトニトリル溶液58.42g(94.77mmol)、水を1.51g(84.0mmol)及び無水フッ酸9.77g(488.5mmol)を仕込み攪拌下、−20℃まで冷却した。その後、攪拌しながらフッ素と窒素の混合ガス(1:9)を200ml/分の流量で導入した。導入したフッ素ガスの量は186mmolであった。その後、11wt%BF/アセトニトリル溶液3.01g(4.89mmol)を加えて攪拌した。反応収率は19F−NMR測定により78%であった。溶媒を留去し、酢酸エチルを加えて晶析し、N−フルオロ−2,6−ジクロロピリジニウムテトラフルオロボレート18.10g(71.3mmol)を得た。単離収率は77%であった。その結果を表1に示す。
【0038】
(比較例3)
無水フッ酸を55%フッ酸に変更し、仕込み量を15.63g(429.8mmol)にした以外は、実施例1と同様の操作にて行った。その結果を表1に示す。
【0039】
(比較例4)
無水フッ酸を55%フッ酸に変更し、仕込み量を47.86g(1316.0mmol)にした以外は、実施例1と同様の操作にて行った。その結果を表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
表1に示すように、フッ酸量が少ないと濃縮時にN−フルオロ−2,6−ジクロロピリジニウムテトラフルオロボレートの分解量が多くなり単離収率が低下する。得られるN−フルオロ−2,6−ジクロロピリジニウムテトラフルオロボレートの融点は195℃以上が好ましく、これより低いと保存安定性が著しく低下する。水の添加量が少ないと、N−フルオロ−2,6−ジクロロピリジニウムテトラフルオロボレートの融点が低下し、多いと濃縮時にN−フルオロ−2,6−ジクロロピリジニウム塩の分解量が多くなり、単離収率が低下する。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明方法により得られるN−フルオロピリジニウム塩は、医農薬及び機能性材料として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

(式中、R〜Rは同一または異なり、ハロゲン原子、アシル基、アルコキシカルボニル基、ニトロ基、シアノ基及びアミド基からなる群から少なくとも一つを選択し、残りは水素原子である。)
で表されるピリジン化合物を有機溶媒中、一般式(2)
XH (2)
(式中Xは、BF、PF、SbF又はClOを示す。)
で表されるブレンステッド酸と混合し、水及びフッ酸の存在下、フッ素ガスと反応させ、一般式(3)
【化2】

(式中、R〜R及びXは前記に同じ)
で表されるN−フルオロピリジニウム塩を製造する方法において、水の添加量を1.6〜10当量、あらかじめ添加するフッ酸の添加量を2〜10当量とすることを特徴とするN−フルオロピリジニウム塩の製造方法。