NaV2チャネル遺伝子欠損非ヒト動物
【課題】塩分過剰摂取実験モデル動物として有用な、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物、例えばNaV2チャネル遺伝子欠損非ヒト動物を提供すること。
【解決手段】ラットNaGcDNAをプローブとして、マウスのゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし、ゲノムDNAのNaV2遺伝子を単離し、NaV2のエキソン部分に、ネオ遺伝子等マーカー遺伝子を挿入してターゲットベクターを作製し、作製されたターゲットベクターをES細胞に導入し、相同的組換えを起こしたES細胞を選択し、このES細胞系を用いて生殖系列のキメラマウスを作製し、野生型マウスと交配させることによって得られるヘテロ接合体マウス同士を交配させることによってNaV2ノックアウトマウスを作製する。
【解決手段】ラットNaGcDNAをプローブとして、マウスのゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし、ゲノムDNAのNaV2遺伝子を単離し、NaV2のエキソン部分に、ネオ遺伝子等マーカー遺伝子を挿入してターゲットベクターを作製し、作製されたターゲットベクターをES細胞に導入し、相同的組換えを起こしたES細胞を選択し、このES細胞系を用いて生殖系列のキメラマウスを作製し、野生型マウスと交配させることによって得られるヘテロ接合体マウス同士を交配させることによってNaV2ノックアウトマウスを作製する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示す、NaV2チャネル遺伝子機能が染色体上で欠損した非ヒト動物や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質や、それをコードする遺伝子等に関する。
【背景技術】
【0002】
電位依存性ナトリウムチャネルは、電位依存性カリウムチャネルとともに、神経細胞、筋肉細胞等の興奮性細胞において活動電位の発生と伝播に中心的役割を担うイオンチャネルとして知られている。ナトリウムチャネルタンパク質は、電位検出系をもつイオン選択的チャネルを構成し、270kDaの糖タンパク質からなるα−サブユニットと、1つ又は2つのより小さいβ−サブユニットから構成されている。電位依存性ナトリウムチャネルは、細胞膜が静止電位(通常−70〜−90mV)にある時は閉じているが、細胞膜が脱分極するとチャネルが開き、1msec程度の後にチャネルが閉じることから、ナトリウムチャネルタンパク質分子は、膜電位を感受する電位センサーとそれに連動して動く活性化依存性、ナトリウムイオンを選択的に透過するための選択性フィルター、及び不活性化依存性を構成しているといわれている。
【0003】
本発明者等による脳のナトリウムチャネルタンパク質α−サブユニットcDNAタイプI、II及びIIIの同定(非特許文献1、2)以来、多くの構造的に関連するα−サブユニットのアイソフォームが各種の組織からクローニングされており、これらは多重遺伝子族を形成している。最近になって興奮性細胞のほかにも、グリア細胞もまた電位感受性ナトリウム電流を発現することが見出され(非特許文献3)、in situハイブリダイゼーション、RT−PCR、ノーザンブロット及び免疫細胞化学などの手法によって、グリア細胞における脳−タイプI、II、III、H1、NaS、NaCH6等の存在が報告されている(非特許文献4)。しかし、いわゆる電気的に非興奮性の細胞における電位依存性ナトリウムチャネルの機能は解明されていない。
【0004】
数年前、電位依存性ナトリウムチャネルα−サブユニットと相同性のある部分cDNAがラット星状膠細胞に由来するcDNAライブラリーからクローニングされNaGと命名された(非特許文献5)。これに引き続き同様なα−サブユニットアイソフォームが各種の動物種から独立にクローニングされている。例えば、ヒトの心臓からのNaV2.1(非特許文献6)、マウスの動脈腫瘍細胞株からのNaV2.3(非特許文献7)及びNaGのスプライシングヴァリアントに相当するラットの脊髄神経節由来のSCL11が報告されている(非特許文献8)。これらは配列の相同性から、異なる種における対応する遺伝子(species ortholouges)とも考えられ、電位依存性ナトリウムチャネル(NaCh)α−サブユニットファミリーの中で異なるサブファミリーすなわちサブファミリー2NaCh(NaV2)に分類することができる。それらの全アミノ酸配列は、先にクローニングされた電位依存性ナトリウムチャネル群に比べ相同性が50%以下と低く、イオン選択性や電位依存性の活性化・不活性化に関連する領域においてすらもその配列は特異的である。それらの領域は他の全てのサブファミリーメンバーにおいては完全に保存されていることから、NaV2は特別なチャネル特性をもっていると考えられるが、機能的NaV2チャネルをアフリカツメガエル卵母細胞、CHO細胞、HEK293細胞などを用いる異種発現系で発現させる試みはこれまで成功しておらず、生体内におけるNaV2チャネルの機能については全くわかっていなかった。
【0005】
NaG/SCL11は、星状膠細胞からクローンニングされたので、星状膠細胞で発現される電位依存性ナトリウムチャネル(NaCh)の1つと考えられてきたが、その後のin situハイブリダイゼーションによりNaV2は生体内では星状膠細胞に発現しておらずシュワン(Schwann)細胞及び脊髄感覚ニューロンにおいて発現していることが明らかにされた(非特許文献9)。NaGのmRNAは神経系以外、特に肺や心臓に比較的高レベルで検出され、さらに、NaGのmRNAが中枢神経系に存在することがRNaseプロテクション及びノーザンブロット法で示されたが、非同位体プローブを用いるin situハイブリダイゼーションによってはNaGのmRNAは中脳核V(mesencephalic nucleus V)以外において検出できないことが報告されている(非特許文献10)。このことから、NaGのmRNAは中枢神経系全体に低レベルで発現するか又は中枢神経系の特定の領域で限定的に発現しているであろうと考えられる。NaGチャネルがこのように幅広い組織、電気的に非興奮性の細胞を含む幅広い細胞種に分布していることから、NaGチャネルは活動電位の発生と伝播以外の機能があると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nature 320,188-192(1986)
【非特許文献2】FEBS Lett.228,187-194(1988)
【非特許文献3】Trends Neurosci.19,325-332(1996)
【非特許文献4】Glia 26,92-96(1999)
【非特許文献5】Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89,7272-7276(1992)
【非特許文献6】Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89,4893-4897(1992)
【非特許文献7】J.Biol.Chem.269,30125-30131
【非特許文献8】FEBS Lett.400,183-187(1997)
【非特許文献9】Glia 21,269-276(1997)
【非特許文献10】Mol.Brain Res.45,71-82(1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
現在まで、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ異常な高張塩分の摂取挙動を示す、塩分過剰摂取実験モデル動物は知られていない。また、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質やそれをコードする遺伝子は知られていない。本発明の課題は、かかる塩分過剰摂取実験モデル動物として有用な、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物、例えばNaV2チャネル遺伝子欠損非ヒト動物や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質やそれをコードする遺伝子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、生体内における機能が不明であったNaV2チャネルの機能や役割を明らかにするために鋭意研究し、NaV2チャネルノックアウトマウスを作製し、NaV2チャネルが脳内脊髄液におけるナトリウムイオンレベルを感知して指令を出す役割を担っていることを確認し、このNaV2チャネルノックアウトマウスが水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ高張塩分を多量に摂取するという異常な挙動を示すことを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は、
(1)以下の(A)〜(C)のいずれかの、非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換により不活性化され、NaV2を発現する機能を失ったヌル変異非ヒト動物を、
水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すことを特徴とするヌル変異非ヒト動物として使用する方法:
(A)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(B)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(C)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAからなる遺伝子であって、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
に関する。
【0010】
また本発明は、
(2)非ヒト動物が、齧歯目動物であることを特徴とする上記(1)記載の方法
に関する。
【0011】
また本発明は、
(3)齧歯目動物が、マウスであることを特徴とする上記(2)記載の方法
に関する。
【0012】
また本発明は、
(4)以下の(A)〜(C)のいずれかの、非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換により不活性化され、NaV2を発現する機能を失い、かつ、
水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物を、
塩分過剰摂取実験モデル動物として使用する方法:
(A)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(B)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(C)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAからなる遺伝子であって、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
に関する。
【0013】
また本発明は、
(5)以下の(a)〜(c)のいずれかのタンパク質の、細胞外Naイオンレベルのセンサーとしての使用:
(a)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
(b)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
(c)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAによってコードされ、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物、例えばNaV2チャネル遺伝子欠損マウスは、塩分過剰摂取実験モデル動物として有用である。またこのNaV2チャネル遺伝子欠損マウスを用いることにより、NaV2チャネルが脳内脊髄液におけるナトリウムイオンレベルを感知して指令を出す役割を担っていることや、NaV2チャネルが中枢神経系の限られた部位におけるニューロンや上衣細胞、特に体液ホメオスタシスに関与する脳室周囲器官で発現することや、NaV2チャネルが体液オスモル濃度知覚と食塩摂取行動の制御に重要な役割を果していることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のNaV2ノックアウトマウスの遺伝子地図(a)、ゲノムDNAのサザンブロットの結果(b)、ゲノムPCRの結果(c)及びウエスタンブロッドの結果(d)を示す図である。
【図2】本発明のNaV2ノックアウトマウスの胚、脊髄神経節及び胸部におけるlacZ発現部位を示す図である。
【図3】本発明のNaV2ノックアウトマウスの脳におけるlacZ発現部位を示す図である。
【図4】本発明のNaV2ノックアウトマウスにおけるFos核タンパクの発現に対する水分飢餓の及ぼす影響に関する結果を示す図である。
【図5】本発明におけるマウスNaV2チャネル欠損がマウスの水分及び食塩摂取に及ぼす影響に関する結果を示す図である。
【図6】本発明のNaV2ノックアウトマウスにおける各種の味刺激に対する鼓索神経における反応の結果を示す図である。
【図7】本発明のNaV2ノックアウトマウスにおける24時間水分飢餓の前後において0.3MのNaClに対する嗜好率と総摂取量の測定結果を示す図である。
【図8】本発明のNaV2ノックアウトマウスにおけるナトリウム欠乏処理誘導性の食塩欲求試験の結果を示す図である。
【図9】野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した脊髄後根神経節の神経細胞について、細胞内ナトリウムイオン及び細胞内カルシウムイオンの蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を示す図である。
【図10】野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した脊髄後根神経節の神経細胞について、細胞内ナトリウムイオン及び細胞内カルシウムイオンの蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を示す図である。
【図11】野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した脳弓下器官の神経細胞について、細胞内ナトリウムイオン及び細胞内カルシウムイオンの蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のヌル変異非ヒト動物としては、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示す非ヒト動物であれば特に制限されるものではないが、かかる非ヒト動物として、NaV2遺伝子機能が染色体上で欠損したヌル変異非ヒト動物を具体的に例示することができる。ここで、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動とは、例えばマウスにおいては24時間水分飢餓条件下で0.3Mの食塩水の摂取量が野生型、好ましくは同腹の野生型に比べ1.5倍以上、より好ましくは2倍以上摂取する挙動をいい、また、NaV2遺伝子機能が染色体上で欠損したヌル変異非ヒト動物とは、NaV2をコードする非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換等により不活性化され、NaV2を発現する機能を失った非ヒト動物をいい、また非ヒト動物とは、マウス、ラット等の齧歯目動物を具体的に挙げることができるが、これらに限定されるものではない。以下、非ヒト動物がマウスの場合を例にとって説明する。
【0017】
NaV2ノックアウトマウスの作製法としては、NaV2を発現する機能を失ったノックアウトマウスを作製することができる方法であればどのような作製法でもよいが、例えば、マウスNaV2の種対応物であるラットNaGをコードするcDNAをプローブとして、マウスのゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし、ゲノムDNAのNaV2遺伝子を単離し、NaV2のエキソン部分に、例えばネオ遺伝子等マーカー遺伝子を挿入してターゲットベクターを作製し、作製されたターゲットベクターをエレクトロポレーション法によってES細胞に導入し、相同的組換えを起こしたES細胞を選択し、このES細胞系を用いて生殖系列のキメラマウスを作製し、野生型マウスと交配させることによって得られるヘテロ接合体マウス(F1:雑種第一代)同士を交配させることによって、メンデルの法則に従い産生するNaV2ノックアウトマウスと同腹の野生型マウスを作製することができる。
【0018】
本発明の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質としては、脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するものであれば特に制限されるものではなく、例えば、配列番号3に示されるNaV2(GenBankのアクセッション番号:L36179)や、配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質や、これらの組換えタンパク質を具体的に挙げることができる。かかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質は、そのDNA配列情報等に基づき公知の方法で調製することができる。
【0019】
また、本発明の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子としては、配列表の配列番号3に示されるNaV2をコードする遺伝子、例えば、配列番号2に示されるNaV2遺伝子や、配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子DNAや、これら遺伝子DNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードするDNAも包含され、これらはそのDNA配列情報等に基づき、例えば細胞株R1から作られたマウスのゲノムライブラリーや、129/SvJマウス遺伝子ライブラリー等から公知の方法により調製することができる。
【0020】
また、配列番号2に示される塩基配列又はその相補的配列並びにこれらの配列の一部又は全部をプローブとして、マウス由来のDNAライブラリーに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーションを行ない、該プローブにハイブリダイズするDNAを単離することにより、NaV2遺伝子と同効な目的とするヒトNav2.1(GenBankアクセッション番号:M91556)やラットNaG/SCL11(GenBankアクセッション番号:Y09164)等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードするDNAを得ることもできる。かかるDNAを取得するためのハイブリダイゼーションの条件としては、例えば、42℃でのハイブリダイゼーション、及び1×SSC、0.1%のSDSを含む緩衝液による42℃での洗浄処理を挙げることができ、65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理をより好ましく挙げることができる。なお、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響を与える要素としては、上記温度条件以外に種々の要素があり、当業者であれば、種々の要素を適宜組み合わせて、上記例示したハイブリダイゼーションのストリンジェンシーと同等のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0021】
本発明の融合タンパク質とは、NaV2等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に、マーカータンパク質及び/又はペプチドタグを結合させたものをいい、マーカータンパク質としては、従来知られているマーカータンパク質であればどのようなものでもよく、例えば、アルカリフォスファターゼ、抗体のFc領域、HRP、GFPなどを具体的に挙げることができ、また本発明におけるペプチドタグとしては、Mycタグ、Hisタグ、FLAGタグ、GSTタグなどの従来知られているペプチドタグを具体的に例示することができる。かかる融合タンパク質は、常法により作製することができ、Ni−NTAとHisタグの親和性を利用した脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の精製や、かかるタンパク質の検出や、かかるタンパク質に対する抗体の定量や、その他当該分野の研究用試薬としても有用である。
【0022】
本発明の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に特異的に結合する抗体としては、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、キメラ抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体等の免疫特異的な抗体を具体的に挙げることができ、これらは上記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を抗原として用いて常法により作製することができるが、その中でもモノクローナル抗体がその特異性の点でより好ましい。かかるモノクローナル抗体等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に特異的に結合する抗体は、例えば、ヒトの塩分過剰摂取による慢性疾患などのNaV2の変異又は欠失に起因する疾病の診断や、NaV2等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の分子機構を明らかにする上で有用である。
【0023】
脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に対する抗体は、慣用のプロトコールを用いて、動物(好ましくはヒト以外)に該脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質若しくはエピトープを含む断片、又は該タンパク質を膜表面に発現した細胞を投与することにより産生することができる。例えば、ポリクローナル抗体は、抗原ペプチドを免疫原としてウサギ等を免疫し、常法により抗血清を作製し、作製した抗血清を、免疫原に用いたペプチドが固定化されたカラムによって精製することにより調製することができる。また、モノクローナル抗体は、連続細胞系の培養物により産生される抗体をもたらす、ハイブリドーマ法(Nature 256, 495-497, 1975)、トリオーマ法、ヒトB細胞ハイブリドーマ法(Immunology Today 4, 72, 1983)及びEBV−ハイブリドーマ法(MONOCLONAL ANTIBODIES AND CANCER THERAPY, pp.77-96, Alan R.Liss, Inc., 1985)など任意の方法により調製することができる。以下に脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質として、マウス由来のNaV2を例に挙げてマウス由来のNaV2に対して特異的に結合するモノクローナル抗体、すなわち抗mNaV2モノクローナル抗体の作製方法を説明する。
【0024】
上記抗mNaV2モノクローナル抗体は、抗mNaV2モノクローナル抗体産生ハイブリドーマをインビボ又はインビトロで常法により培養することにより生産することができる。例えば、インビボ系においては、齧歯動物、好ましくはマウス又はラットの腹腔内で培養することにより、またインビトロ系においては、動物細胞培養用培地で培養することにより得ることができる。インビトロ系でハイブリドーマを培養するための培地としては、ストレプトマイシンやペニシリン等の抗生物質を含むRPMI1640又はMEM等の細胞培養培地を例示することができる。
【0025】
抗mNaV2モノクローナル抗体産生ハイブリドーマは、例えば、マウス等から得られたNaV2を用いてBALB/cマウスを免疫し、免疫されたマウスの脾臓細胞とマウスNS−1細胞(ATCC TIB−18)とを、常法により細胞融合させ、免疫蛍光染色パターンによりスクリーニングすることにより、抗mNaV2モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを作出することができる。また、かかるモノクローナル抗体の分離・精製方法としては、タンパク質の精製に一般的に用いられる方法であればどのような方法でもよく、アフィニティークロマトグラフィー等の液体クロマトグラフィーを具体的に例示することができる。
【0026】
また、本発明の前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に対する一本鎖抗体をつくるためには、一本鎖抗体の調製法(米国特許第4,946,778号)を適用することができる。また、ヒト化抗体を発現させるために、トランスジェニックマウス又は他の哺乳動物等を利用したり、上記抗体を用いて、その脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現するクローンを単離・同定したり、アフィニティークロマトグラフィーでそのポリペプチドを精製することもできる。脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に対する抗体は、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の分子機構を明らかにする上で有用である。
【0027】
また上記抗mNaV2モノクローナル抗体等の抗体に、例えば、FITC(フルオレセインイソシアネート)又はテトラメチルローダミンイソシアネート等の蛍光物質や、125I、32P、14C、35S又は3H等のラジオアイソトープや、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ又はフィコエリトリン等の酵素で標識したものや、グリーン蛍光タンパク質(GFP)等の蛍光発光タンパク質などを融合させた融合タンパク質を用いることによって、前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能解析を行うことができる。また免疫学的測定方法としては、RIA法、ELISA法、蛍光抗体法、プラーク法、スポット法、血球凝集反応法、オクタロニー法等の方法を挙げることができる。
【0028】
本発明はまた、前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現することができる発現系を含んでなる宿主細胞に関する。かかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子の宿主細胞への導入は、Davisら(BASIC METHODS IN MOLECULAR BIOLOGY, 1986)及びSambrookら(MOLECULAR CLONING: A LABORATORY MANUAL, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold SpringHarbor, N.Y., 1989)などの多くの標準的な実験室マニュアルに記載される方法、例えば、リン酸カルシウムトランスフェクション、DEAE−デキストラン媒介トランスフェクション、トランスベクション(transvection)、マイクロインジェクション、カチオン性脂質媒介トランスフェクション、エレクトロポレーション、形質導入、スクレープローディング (scrape loading)、弾丸導入(ballistic introduction)、感染等により行うことができる。そして、宿主細胞としては、大腸菌、ストレプトミセス、枯草菌、ストレプトコッカス、スタフィロコッカス等の細菌原核細胞や、酵母、アスペルギルス等の真菌細胞や、ドロソフィラS2、スポドプテラSf9等の昆虫細胞や、L細胞、CHO細胞、COS細胞、HeLa細胞、C127細胞、BALB/c3T3細胞(ジヒドロ葉酸レダクターゼやチミジンキナーゼなどを欠損した変異株を含む)、BHK21細胞、HEK293細胞、Bowesメラノーマ細胞、卵母細胞等の動植物細胞などを挙げることができる。
【0029】
また、発現系としては、上記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を宿主細胞内で発現させることができる発現系であればどのようなものでもよく、染色体、エピソーム及びウイルスに由来する発現系、例えば、細菌プラスミド由来、酵母プラスミド由来、SV40のようなパポバウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス、鶏痘ウイルス、仮性狂犬病ウイルス、レトロウイルス由来のベクター、バクテリオファージ由来、トランスポゾン由来及びこれらの組合せに由来するベクター、例えば、コスミドやファージミドのようなプラスミドとバクテリオファージの遺伝的要素に由来するものを挙げることができる。これら発現系は、発現を起こさせるだけでなく、発現を調節する制御配列を含んでいてもよい。
【0030】
上記発現系を含んでなる宿主細胞やかかる細胞の細胞膜、またかかる細胞を培養して得られる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質は、後述するように本発明のスクリーニング方法に用いることができる。例えば、細胞膜を得る方法としては、F. Pietri-Rouxel(Eur. J. Biochem., 247, 1174-1179, 1997)らの方法などを用いることができ、また、かかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を細胞培養物から回収し精製するには、硫酸アンモニウムまたはエタノール沈殿、酸抽出、アニオンまたはカチオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィーおよびレクチンクロマトグラフィーを含めた公知の方法、好ましくは、高速液体クロマトグラフィーが用いられる。特に、アフィニティークロマトグラフィーに用いるカラムとしては、例えば、抗NaV2モノクローナル抗体等の抗脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質抗体を結合させたカラムや、上記NaV2等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に通常のペプチドタグを付加した場合には、このペプチドタグに親和性のある物質を結合したカラムを用いることにより、これらの脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を得ることができる。
【0031】
本発明において、前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物とは、野生型非ヒト動物に比べてかかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を大量に産生する非ヒト動物をいう。本発明における非ヒト動物としては、ウサギや、マウス、ラット等の齧歯目動物などの非ヒト動物を具体的に挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
ところで、メンデルの法則に従い出生してくるホモ接合体非ヒト動物には、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質過剰発現型とその同腹の野生型とが含まれ、これらホモ接合体非ヒト動物における過剰発現型とその同腹の野生型を同時に用いることによって個体レベルで正確な比較実験をすることができることから、野生型の非ヒト動物、すなわち脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現する非ヒト動物と同種の動物、さらには同腹の動物を、例えば下記に記載する本発明のスクリーニングに際して併用することが好ましい。かかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現する非ヒト動物の作製方法を、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質のトランスジェニックマウスを例にとって以下説明する。
【0033】
脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質のトランスジェニックマウスは、NaV2等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードするcDNAにチキンβ−アクチン、マウスニューロフィラメント、SV40等のプロモーター、及びラビットβ−グロビン、SV40等のポリA又はイントロンを融合させて導入遺伝子を構築し、該導入遺伝子をマウス受精卵の前核にマイクロインジェクションし、得られた卵細胞を培養した後、仮親のマウスの輸卵管に移植し、その後被移植動物を飼育し、産まれた仔マウスから前記cDNAを有する仔マウスを選択することによりかかるトランスジェニックマウスを創製することができる。また、cDNAを有する仔マウスの選択は、マウスの尻尾等より粗DNAを抽出し、導入した脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子をプローブとするドットハイブリダイゼーション法や、特異的プライマーを用いたPCR法等により行うことができる。
【0034】
そしてまた、前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質や、かかるタンパク質をコードする遺伝子や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質とマーカータンパク質及び/又はペプチドタグとを結合させた融合タンパク質や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に対する抗体や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現することができる発現系を含んでなる宿主細胞や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現する非ヒト動物や、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現する細胞等を用いると、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能促進若しくは抑制物質や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の発現促進若しくは抑制物質をスクリーニングすることができる。これらのスクリーニングにより得られたものは、ヒトの塩分過剰摂取による慢性疾患の抑制剤、予防剤又は治療薬や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の欠失又は異常に起因する疾病等の診断・治療に有用な物質である可能性がある。
【0035】
上記スクリーニング方法としては、例えば、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現している細胞と、被検物質とを用いる方法や、本発明の水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物又は脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物と、被検物質とを用いる方法等を挙げることができる。
【0036】
上記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現している細胞と、被検物質とを用いたスクリーニング方法としては、例えば、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現している細胞と被検物質とを接触せしめ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法を挙げることができる。
【0037】
本発明の水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物又は脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物と、被検物質とを用いたスクリーニング方法としては、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物又は脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物から得られる神経細胞と被検物質とをインビトロで接触せしめ、前記タンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法や、前記ヌル変異非ヒト動物又は前記トランスジェニック非ヒト動物にあらかじめ食塩水を投与した後、該非ヒト動物から得られる神経細胞を被検物質の存在下で培養し、前記タンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法や、前記ヌル変異非ヒト動物又は前記トランスジェニック非ヒト動物にあらかじめ被検物質と食塩水を投与した後、該非ヒト動物から得られる神経細胞における前記タンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法や、前記ヌル変異非ヒト動物又は前記トランスジェニック非ヒト動物にあらかじめ被検物質と食塩水を投与した後、該非ヒト動物における前記タンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法などを具体的に挙げることができる。
【0038】
また、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価するに際し、対照として野生型非ヒト動物、特に同腹の野生型非ヒト動物の測定値と比較・評価することが個体差によるバラツキをなくすることができるので好ましい。なお、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能とは、生体中の浸透圧調節機能、すなわち脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターしている脳内神経細胞において、Naイオンレベルのセンサーとして作用する機能をいい、かかる機能の変化としては、体液オスモル濃度の感覚経路における機能の変化や、水分及び食塩の摂取に対する嗜好−嫌悪応答の変化などを具体的に例示することができるがこれらに限定されるものではない。
【0039】
また、本発明の医薬組成物は、有効成分として前記本発明の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能促進若しくは抑制物質又は脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の発現促進若しくは抑制物質を含んでものであれば特に制限されるものではなく、これら医薬組成物は、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能促進又は発現増強を必要としている患者や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能又は発現の抑制を必要としている患者を治療するのに用いることができる。
【0040】
以下に、実施例を挙げてこの発明を更に具体的に説明するが、この発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0041】
[ターゲッティングベクターの構築]
ターゲッティングベクターを構築するため、タンパクコーディングエクソン1,2及び3を含むマウスのゲノム断片を、ラットのNaG/SCL11プローブによってクローニングした。まず、細胞株R1から作られたマウスのゲノムライブラリー(大阪大学の森博士から供与)から、ラットのNaGcDNAの446bp断片(最初の3つのコーディングエクソンを含むヌクレオチド残基11−456:GenBankアクセッション番号Y09164:配列番号1)でハイブリダイズさせて9個の独立のゲノムクローンを分離した。数種の制限酵素を用いるサザンブロット分析により、これら全てのオーバーラップクローンが単一のゲノム遺伝子座に由来することを確認した。ハイブリダイゼーションポジティブな3.2kb及び3.7kbのHind III断片をpBluescriptIISK(-)(Stratagene社製)にサブクローンした後、DNA配列を決定した(配列はGenBankのアクセッション番号AF190472:配列番号4)。3.2kb断片は、タンパクコーディングエクソン1(5′非翻訳領域の13塩基とマウスNaV2タンパクコーディング配列の最初の238塩基:GenBankアクセッション番号L36179のヌクレオチド残基238−490)を含み、3.7kb断片はエクソン2(同ヌクレオチド残基491−609)及びエクソン3(同ヌクレオチド残基610−701)を含んでいた。この3つのエクソンをコードしているDNA配列はTamkun等(J.Biol.Chem.269,30125-30131(1994))によってクローニングされたマウスのNaV2.3cDNAと同じであった。クローニングされたゲノム断片は4つの制限酵素(BamH I,Bgl II,EcoR I,Hind III)についてのサザンブロットの結果、マウスのゲノムDNAと同じ制限酵素地図を示した。この知見から、マウスのNaV2.3はラットのNaGの種対応物であることが明らかになった。したがって、NaV2.3、NaG及びSCL11をNaV2と命名した。
【0042】
ターゲッティングベクターを構築するために、lacZ遺伝子をマウスNaV2遺伝子のタンパクコーディングエクソン1に挿入し、マウスNaV2のN末端の20アミノ酸配列がβ−ガラクトシダーゼと融合するようにデザインした。すなわち、3つのエクソンを含む12.5kbのSal I断片をpDT-A(Anal. Biochem.214、77-86(1993))のXho Iサイトに挿入し、次いで、lacZ−neoカセットのSal I-Xho I断片をエクソン1の内因性のXho Iサイトに導入した(図1a参照)。これによってマウスNaV2タンパクの最初の20アミノ酸をβ−ガラクトシダーゼのN末端に融合した蛋白が発現する。また、ターゲットマウスにおいてマウスNaV2遺伝子の代わりにlacZ遺伝子を確実に発現させるために、lacZ−neoカセットを挿入したこと以外は、元のマウスNaV2遺伝子のゲノム構造そのままとした。サザンブロットスクリーニングにおいて外因的制限サイトとして利用することができるように、lacZ−neoカセットの5′末端にEcoR Iリンカーを予め挿入した。なお、図1a中、上段はターゲットベクターの制限酵素地図を、中段は野生型のマウスNaV2遺伝子座を、下段は組換え体の遺伝子座をそれぞれ示し、図中の制限サイトBはBamH I、BgはBgl II、EはEcoR I、HはHind III、XはXho Iをそれぞれ意味する。
【0043】
[NaV2ノックアウトマウスの作製]
線状化した上記ターゲットベクターを、エレクトロポレーション法によってES細胞(129/SVマウス由来のR1セルライン)に導入した。文献(Neurosci.Lett.247,135-138(1998))記載の方法に準じて、ネオマイシン耐性ESクローンをG418によって選択し、ターゲットクローンのスクリーニングを行った。相同組換え体をプローブ1(図1a参照;エクソン1のXho Iから約8kb上流に位置している0.3kbのEcoR I−Xba I断片)によりEcoR I消化を用いるサザンブロット法で確認した。また、選択されたクローンをプローブ2(neo遺伝子由来の0.6kbのPst I断片)でチェックした。1つのセンスプライマー(プライマー1、エクソン1の5′末端領域にあるATGTTGACTTCCCCAGAGCC:配列番号5)及び2つのアンチセンスプライマー(プライマー2、lacZの5′末端領域にあるAACCAGGCAAAGCGCCATTC:配列番号6、プライマー3、エクソン1の3′末端領域にあるCATCTTCCAAGGGCTCTGACA:配列番号7)を用いるゲノムPCRにより標的とされる遺伝子座を確認した。PCR増幅は、EX−Taqポリメラーゼ(Takara社製)によりその製造者のプロトコールに従いプログラム可能なサーマルサイクラーを用いて2段階で実行した(第1段階;95℃5分間、60℃1分間、72℃1分間。第2段階;95℃30秒、60℃30秒、72℃1分間)。
【0044】
98個のESクローンから得られた、相同組換えが起こったアレルをもっていることが確認された2個のESクローンを、8細胞期のC57BL/6Jマウス胚に導入した。導入された胚はM16培地中で1夜胚盤胞まで培養し、7〜10個の胚盤胞をICRマウスの子宮に移植した。このようにして得られた雄キメラマウスをC57BL/6J雌マウスと交配させ、同腹子からヘテロ接合体マウス(F1:雑種第一代)を作出し、次いで、ホモ接合体マウスを得るために、このヘテロ接合体マウスをインタークロスさせ、メンデルの法則に従い産生するNaV2欠損マウスを作製した。
【0045】
このヌル変異体動物(マウスNaV2-/-)は健康で、繁殖可能で見た目に正常であった。ヘテロ接合型動物の繁殖から得られた458匹の4週令のマウスの遺伝子型解析の結果、野生型は29.5%(n=135)、ヘテロ接合型は48.2%(n=221)、ホモ接合型は22.3%(n=102)であり、メンデル比率に近かった。これらのことは、ヘテロ接合体及びホモ接合体における胚の発育及び身体機能が大きく障害されないことを示している。マウスNaV2は周生期に一過性に子宮平滑筋に発現が誘導されることが報告されている(J.Biol.Chem.269,30125-30131(1994)及びAm.J.Physiol.270,C688-696(1996))が、NaV2-/-マウスにおいては子は正常に生まれたことは注目に値する。また、ヌル変異体におけるlacZ発現パターンは発現の強さに差があるもののヘテロ接合体のそれと同じであったことは、マウスNaV2の欠損はマウスNaV2発現細胞の分化又は生存能力に影響しないことを示している。
【0046】
野生型(+/+)、ヘテロ接合型(+/-)及びホモ接合型(-/-)のそれぞれのマウスの尾からサンプルゲノムDNAを採取し、EcoR Iで消化したゲノムDNAをブロットした膜をターゲットベクターの5′側にある前記プローブ1とハイブリダイズさせたサザンブロット分析の結果を図1bに示す。図1bの右側には、野生型(18kb)及び組換型(10kb)の遺伝子型のサイズが示されている。また、野生型(+/+)、ヘテロ接合型(+/-)及びホモ接合型(-/-)のそれぞれのマウスのゲノムPCR分析の結果を図1cに示す。図1cの右側には、野生型(200bp)と組換型(400bp)の遺伝子型のサイズが示されている。
【0047】
[NaV2ノックアウトマウスにおけるNaV2不発現の確認]
変異体マウスのマウスNaV2タンパク発現をウエスタンブロットで試験した。野生型(+/+)、ヘテロ接合型(+/-)及びホモ接合型(-/-)のそれぞれのマウスの肺組織サンプルをKnittle等の方法(Am.J.Physiol.270、C688-696(1996))により調製した。SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動及びイムノブロッティングを文献(Neurosci.Lett.247,135-138(1998))記載の方法で行った。抗マウスNaV2.3抗血清(コロラド州立大学Tumkun博士から供与)をPBSで1:500に希釈して使用した。イムノブロットは数種の非免疫血清とインキュベートし、非特異的な結合でないことを確認した。結果を図1dに示す。図1dの右側には、NaV2タンパク(220kDa)の位置が示されている。NaV2タンパクは高度にグリコシル化されておりSDS−含有緩衝液においてすら容易に凝集するため、ナトリウムチャネルは広いバンドとなっているが、ヘテロ接合体(NaV2+/-)マウスでは野生型の約半量のマウスNaV2タンパクが肺膜から検出され、ホモ接合体(NaV2-/-)マウスではマウスNaV2タンパクは検出されなかった。マウスNaV2タンパクが発現していないことから、このアレルがヌル変異体であることがわかる。
【0048】
[X−Gal染色によるNaV2ノックアウトマウスにおけるlacZ発現の確認]
胚を3.5%のホルムアルデヒドPBS溶液中に室温にて1時間浸漬して固定し、正中線に沿って矢状面にかみそりでカットした。図2aは胚令15日(E15)のマウスNaV2+/-の胚全体のX−Gal染色を示しており、強いβ−ガラクトシダーゼ活性が三叉神経節(図2a中の矢頭)及び脊髄神経節(同矢印)において観察された(参考写真1参照)。また、lacZはこのE15マウスの肺(同星印)においても発現していた。これらの器官におけるlacZの発現は成長しても持続し、脊髄神経節をX−Gal染色後に薄い切片とした時、β−ガラクトシダーゼ活性が種々の大きさの脊髄感覚ニューロンで検出された。図2bには、生後2日目のNaV2+/-マウスの脊髄神経節をX−Galで染色したクリオスタット組織切片が示されている(参考写真1参照)。lacZ発現は脊髄神経節のニューロン細胞体(図2b中、神経路が星印で示されている。)に限定されており、軸索からは検出されなかった。また、同じようなlacZ発現のパターンが三叉神経節の組織切片でも観察することができた。図2cには、胸部における成育した交感神経幹のクリオスタット切片が示されている(参考写真1参照)。強く染色された多くの細胞は、細胞体の出現、分布、サイズからして、シュワン(Schwann)細胞であると考えられる。また、lacZ発現は心臓自律神経及び舌神経でも観察された。lacZ発現のこれらのパターンは、ラットNaV2及びマウスNaV2発現に関する結果(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89,7272-7276(1992)、FEBS Lett.400,183-187(1997),Glia、21,269-276(1997))とよく一致する。このことからlacZ遺伝子発現はマウスNaV2遺伝子の制御領域によって制御されていることがわかる。なお、図2c中、矢頭はシュワン細胞の細胞体を示し、スケールバーは50μmを表している。
【0049】
[NaV2の生理学的な役割]
マウスNaV2の生理学的な役割を調べるため、NaV2+/-マウスとNaV2-/-マウスの脳を用いて中枢神経系におけるlacZ発現を調べた。生後間のない動物をペントバルビタール麻酔下において最初にPBSでついで固定剤で灌流した。固定された脳を冠状に又は矢方向に2mmの厚さにかみそりで切った。PBSで2回洗浄し、1mg/mlのX−Gal、5mMのK3Fe(CN)6、5mMのK4Fe(CN)6、2mMのMgCl2、0.2%のNP−40を含むPBS中で37℃において一晩インキュベートした。免疫染色のため、X−Gal染色された切片を冠状の14μmの切片にクリオスタットミクロトームで切り、ゼラチンで被覆されたスライド上に載置した。抗ニューロフィラメント200ウサギポリクローナル抗体(Sigma、N−4142)又は抗グリア原繊維酸性タンパク(GFAP)ウサギポリクローナル抗体(Santa Cruz Biochemistry、sc−6170)を用いて免疫染色した(Neurosci.Lett.247,135-138(1998))。マウスNaV2が成長個体の中枢神経系における特定のニューロン及び上衣細胞で発現していることを図3は示す(参考写真2参照)。
【0050】
図3a−eはNaV2+/-マウスの、図3fはNaV2-/-マウスの中枢神経系におけるlacZ発現を示している。また、図3a,b,d,e及びfは固定された成長個体の脳を冠状に、図3cは正中矢状面でそれぞれ2mmに切断し、X−Galで染色したものである。なお、図3cにおいては脳の下の頭蓋は除去しなかった。図3eにおいて、ホモ接合変異体マウスが低レベル発現部位を検出する分析に用いられた。図3において、AH:前方視床下部領域(anterior hypothalamic area)、MH:中央手綱核(medial habenular nuleus)、ME:正中隆起(median eminence)、OVLT:終板器官(organum vasculosum laminae terminalis)、MPO:中央視索前領域(medial preoptic area)、DMH:背中視床下部(dorsomedial hypothalamus)、IPDM:背中部位の脚間核 (interpeduncularnucleus of the dorsomedial part)、MMR:正中縫線の中央部(medial partof the median raphe)、NHP:神経下垂体(neurohypophysis)、SFO:脳弓下器官(subfornical organ)、CX:大脳皮質(cerebral cortex)、BLA:扁桃体側低(basolateral amygdala)をそれぞれ意味する。図3cにおいて、OVLTは中枢神経系から除去され頭蓋に付けられた。冠状の半全量脳は50μmの厚さにクリオスタットミクロトームで切り、抗ニューロフィラメントポリクローナル抗体(図3g及びh)、抗GFAPポリクローナル抗体(図3i)、又はクレシルバイオレット(cresyl violet)(図3j)により染色された。茶色のシグナルは、抗体と反応した部位である。サンプルはAH(図3g)、SFO(図3h及びi)及びME(図3j)である。矢頭はダブルポジティブニューロンを示す。図3jの星印は、第三脳室を示す。背面はパネルの上方を向いている。図3g−hのスケールバーは30μmであり、図3jのスケールバーは100μmである。
【0051】
図3からわかるように、lacZ発現は中枢神経系の次の特定部位に限られていることが判明した(図3a−f)。すなわち、MPO、AH、DMH、IPDM、MMR、MeV、MH、ME、SFO、OVLT及びNHPである。ME、SFO、OVLT及びNHPは脳室周囲器官(CVO)として知られ、高密度、高透過性の毛細血管ネットワークをもち、血中への物質の分泌や中枢組織への物質浸入を促進する(FASEB J,7、678-686(1993))。NaV2+/-マウスでは比較的弱いlacZの発現がCX及びBLAに見られたのに対し、NaV2-/-マウスにおけるこれらの部位でのlacZの発現はより顕著であった(図3f)。lacZを発現している細胞種を調べるため、脳をX−Galで染色しクリオスタットミクロトームで組織切片に切り、ついで抗ニューロフィラメントポリクローナル抗体又は抗グリア原繊維酸性タンパク(GFAP)ポリクローナル抗体で免疫染色するか、クレシルバイオレット染色を行ったところ、lacZ発現細胞の大部分はMPO、AH(図3g)、IPDM、MMR、MH及びMeV中のニューロフィラメントに対して陽性であった。また、GFAP陽性細胞はlacZ発現に対して陰性であり、このことは星状膠細胞がマウスNaV2に対し陰性であることを示している。
【0052】
CVOにおけるlacZ発現細胞の分布は特に重要であり、MEにおけるlacZ発現細胞は第3脳室の床に並んでいた(図3j)。この分布は線毛を持たない上衣細胞の位置と対応している。この細胞は脳脊髄液(CSF)、神経細胞及び血管の間を結合している特殊な細胞であるタニサイトと考えられる(Neuroscience 3,277-283(1978))。これらはCSFと毛細管周縁空間の間の物質交換に関与していると考えられている。lacZ陽性細胞はSFO全体に亘ってまばらに分布し、その大部分はニューロフィラメントと共在し(図3h)、GFAPに対し陰性であった(図3i)。lacZ陽性細胞は第3脳室の全体に並んで集中的に存在し、これが上衣細胞であることを示唆している。NHPには、X−Galで密に染色された。これらはいわゆる下垂体細胞(J.Exp.Biol.139,67-79(1988))に対応すると思われる。
【0053】
[Fos−イムノ組織化学]
lacZ発現の解析によって、マウスNaV2は4つの脳周囲器官及び中枢神経系のいくつかの神経核において発現することや、マウスNaV2発現細胞は組織分布のみならず細胞タイプにおいても多様性があることが判明したことから、NaV2チャネルの機能、特性の決定が困難となったが、4つの脳周囲組織が体液ホメオスタシスに関与していると考えられていることから(FASEB J 7,678-686(1993)、Annu.Rev.Physiol.59,601-619(1997)、Physiol.Rev.78,583-686(1997)、Physiol.Rev.58,582-603(1978)、Ann.NY Acad.Sci,877,258-280(1999))、マウスNaV2チャネルが体液容量オスモル濃度の感覚経路において機能していると仮定すれば、これらの器官におけるそのチャネルの活性と遺伝子発現はマウスNaV2変異体マウスにおいて影響を受けると想定された。そこで、マウス及びラットにおける細胞外液バランスに応じた神経活動の変化のマーカーであるFos核タンパクの中枢性発現に対して、水分飢餓がどのように影響するかを以下のように調べた。
【0054】
水分充足状態及び水分飢餓状態におかれた、脳の中央視索前核(MnPO)、終板器官(OVLT)、脳弓下器官(SFO)、室旁核(PVN)及び視索上核(SON)の5つの領域におけるFos−イムノポジティブ細胞の密度変化(時間に対する)について、水欠乏時間がゼロのマウス(マウスNaV2+/+につきn=4、マウスNaV2-/-につきn=4)、水欠乏12時間のマウス(n=5及び5)、同24時間のマウス(n=6及び7)、同48時間のマウス(n=6及び5)を用いて調べた。前記固定液で灌流したマウスの脳を同じ固定液に4℃で一夜浸漬した後、脳をビブラトーム(Leica,VT1000S)上で50μmの厚さの冠状切片とした。抗Fosヤギポリクローナル抗体(Santa Cruz Biochemistry、sc−52−G)のPBS1000倍希釈液を用いてイムノ染色した。関連する領域を含む切片を選び、Fos−イムノ陽性核を数えた。各領域はイメージ分析システム(KS400が付属したAxiophoto2)を用いて測定した。上記脳の5つの領域1mm2当たりの核の数を測定した。結果を図4に示す(参考写真3参照)。
【0055】
図4aは、水分充足状態又は24時間水分飢餓状態の野生型(+/+)マウス及びヌル変異体(-/-)マウスの終板器官(OVLT)含有組織切片の典型的な像であり、スケールバーは200μmを示している。また図4bは、水分飢餓状態における脳弓下器官(SFO)、視索上核(SON)、室旁核(PVN)、終板器官(OVLT)及び中央視索前核(MnPO)1mm2当たり中のFos−イムノポジティブ細胞の数(平均)をプロットしたものであり、図中の縦棒はS.E.を示し、星印はNaV2-/-マウスとNaV2+/+マウスの間で有意差(p<0.05)が認められることを示している。水分充足条件下においては、Fos−イムノポジティブ細胞はテストしたどの領域においても検出されなかった。水分飢餓12、24及び48時間条件下においてFos−イムノポジティブ核を有する細胞数は、NaV2-/-マウスでもNaV2+/+マウスでも顕著に増加した。しかし、SFO及びOVLTにおけるNaV2-/-マウスにおけるFos−イムノポジティブ核は、NaV2+/+マウスに比べ2倍増加することが観察された。MnPO、PVN、及びSONにおいてはグループ間に差はなかった。
【0056】
[行動解析]
次いでマウスNaV2チャネル欠損がマウスの水分及び食塩摂取に及ぼす影響を調べた。行動解析を行うにあたって変異体マウスを雄のC57BL/6Jと戻し交配させた。その結果、F1マウスとN4マウスで同様の結果を得た。ホモ接合型、ヘテロ接合型、野生型の同腹子における嗜好−嫌悪行動を、48時間2瓶嗜好性試験によって測定した。マウスは蒸留水と味溶液の選択を48時間自己のケージで行った。全ての行動解析には12−24週令の雄のマウスが使われた。マウスは一定の室温、湿度及び12/12時間明−暗サイクルにおいて各別にケージに入れられた。2つの瓶の位置は24時間毎に代えてサイド嗜好性の影響を回避した。動物毎の総摂取量を測定し、式;嗜好率=味溶液の量(ml)/味溶液及び水の総摂取量(ml)により嗜好性を計算した。結果を図5に示す。図5aは段階的濃度の食塩水、図5bは濃度固定の3種類の基本的な味物質についての結果を示し、ホモ接合型(-/-)、ヘテロ接合型(+/-)、野生型(+/+)とも5匹のマウスを用いた。図5aから、水分及び食塩充足条件下では食塩に対する濃度感受性は3つのグループにおいて変わらず、全てのグループにおいて0.1MのNaClを最も好み、0.3M又はそれ以上の濃度に対し嫌悪を示し、ヌル変異体が水分及び食塩が充足した条件下では各種の味物質に対して正常な嗜好を示すことがわかった。また図5bから、甘味(0.5Mの蔗糖)、酸味(0.01MのHCl)、苦味(0.02Mのキニン塩酸塩)に対する嗜好性に差が無いことがわかる。
【0057】
[電気生理学]
ヌル変異体の味反応の正常性を調べるため、NaCl味をつかさどる鼓索神経に関する電気生理学的分析を行った。12−24週令の雄マウス(正常条件のために野生型4匹とホモ接合型マウス5匹;急性食塩欲求条件のための上記マウス3匹及び5匹)にペントバルビタールナトリウム(60mg/kg)を腹腔内投与して深く麻酔した後に各マウスを気管切開し、頭保持具で固定した。鼓索神経を露出させて周囲の器官から隔離させ、ブラ(bulla)の入口部位で切断した。神経の全束を切断し白金ワイヤー記録電極上(0.1mm直径)に持ち上げた。中性電極を近傍の組織に付けた。神経活動は増幅され、オシロスコープに表示され、オーディオアンプリファイアーでモニターされた。増幅された信号は時間定数0.3秒で積分機に通され、スリップチャート記録計上に表示された。
【0058】
味溶液としては0.1MのNH4Cl、0.1MのNaCl,0.5Mの蔗糖、0.01MのHCl、0.02Mのキニン塩酸塩(Q−HCl)、0.1MのKCl及び0.1MのCH3COONa(AcNa)を用いた。これらの溶液は蒸留水及び0.1mMのアミロライド溶液を用いて作られた。各溶液及び洗浄水は室温(25±2℃)において舌の前面に適用された。舌は連続刺激の間に少なくとも45秒洗浄された。全神経反応は刺激開始10秒後における基線からの総和反応の高さとして測定された。各種の味刺激に対する鼓索神経における反応の記録結果を図6aに示す。また、0.1MのNH4Clに対する鼓索神経における反応を1とした場合の各種の味刺激に対する反応の強さを図6bに示す。
【0059】
0.02Mのキニン塩酸塩及び0.1Mの酢酸ナトリウムに対する神経生理学的反応は、ヌル変異体マウスと野生型マウスの間で同じ強さであった。0.1MのNaCl及び0.1Mの酢酸ナトリウムに対する反応はアミロライドによって両グループとも同じように減少したので、変異体マウスの味蕾におけるアミロライド感受性チャネルは正常に機能していると判断される。急性食塩欲求条件下でヌル変異体及び野生型マウスは同じような結果を示した。これらの知見を、水及び食塩充足条件下における各種味物質に対する正常な反応(図5)と併せ考えれば、ヌル変異体の味覚受容体は障害を受けていないことがわかる。
【0060】
水分飢餓条件下では高張状態を脱するために、動物は大量の水分を摂取し高張食塩水の摂取を避ける。次に24時間水分飢餓の前後における高張食塩水(0.3MのNaCl)に対する嗜好を調べた。試験に先立ちマウスは2つの瓶から水を飲むように1週間訓練された。水分欠乏の1日前の10時に水と0.3MのNaClの選択を与え、16時に液摂取量を測定した。翌日10時に両方の瓶を除き、水分飢餓期間中乾燥飼料が与えられた。24時間水分飢餓の後、両方の瓶を戻し液摂取量を16時に測定した。結果を図7に示す。ヌル変異体は水分不足状態で高張食塩水の異常摂取を示した。24時間水分飢餓の前後において0.3MのNaClに対する嗜好率(図7a)と総摂取量(図7b)を測定した。この実験におけるn数(匹)は、6(+/+)、6(+/-)、6(-/-)であり、図中の縦棒はS.E.を示し、*印はNaV2-/-マウスとNaV2+/+マウスの間で有意差(p<0.05)が認めらることを表している。水分飢餓の後には高張食塩水に明らかに低下した嗜好を示した野生型及びヘテロ接合型マウスと異なり、ヌル変異体マウスは嗜好率において変化が無かった(図7a)。総水分摂取量(水と0.3MのNaClの合計)は24時間水分飢餓の前後で変わらなかった。総水分摂取量は全てのグループが水分飢餓後には4倍以上となっていた(図7b)。
【0061】
また、水分飢餓処理の前後における血液を断頭術により回収し、血漿電解質の濃度を電解質分析器(9180、AVL Scientific、GA)によって測定した。水分飢餓の前後における血清中の電解質濃度は、野生型及びホモ接合型マウス(各n=6)の両方で正常であった。野生型及びホモ接合型マウスにおける水分飢餓処理前のNa+濃度(mM)はそれぞれ153.6±0.6及び153.0±1.2、K+濃度(mM)はそれぞれ4.6±0.1及び4.7±0.1、Cl-濃度(mM)はそれぞれ118.5±0.6及び118.3±0.9であった。また、水分飢餓処理後のNa+濃度(mM)はそれぞれ151.6±0.8及び150±0.3、K+濃度(mM)はそれぞれ6.5±0.2及び6.7±0.2、Cl-濃度(mM)はそれぞれ116.0±1.0及び116.4±0.8であった。これらのデータは、ヌル変異体は過剰量のナトリウムを直ちに尿中に排泄し、腎臓機能が正常であることを示している。
【0062】
更に利尿剤であるフロセミドを腹腔内注射する方法及び食塩欠乏食を与える方法で食塩欲求を誘導し、ナトリウム欠乏処理誘導性の食塩欲求試験を次の方法で行った。試験の前に水及び0.3MのNaCl摂取の対照測定を数日間にわたり行った。10時に0.12mlの通常食塩水(0.9%のNaCl)をマウス腹腔内に注射した。0.3MのNaClの瓶を取り除き、ナトリウム欠乏食を通常食の代わりに与えた。16時に通常食塩水の2回目の注射をした。その次の日の10時に水及び0.3MのNaClを与え12時、14時、16時に水及び0.3MのNaClの摂取量を測定した。その後同様なプロトコールで、同じマウスにより、フロセミド注射(0.12mlの通常食塩水中に0.6mg含有)、ナトリウム欠乏食でテストした(急性食塩欲求状態)。最後に通常のナトリウム含有食を与える点のみを変更したプロトコールによりナトリウム欠乏食の効果を評価した。結果を図8に示す。
【0063】
図8には、摂取された水及び0.3MのNaCl量が2時間毎の蓄積量として示されている。図8の上段にはナトリウムの無い食餌を通常の食塩水注射と組み合わせた結果が、中段にはナトリウムの無い食餌をフロセミド注射と組み合わせた結果が、下段にはナトリウムを含む食餌をフロセミド注射と組合せた結果が、実験処理直後から2時間毎の0.3MのNaCl(右側)及び水(左側)の蓄積合計摂取量の平均値プロットとして示されている。この実験のn数(匹)は10(+/+)、10(+/-)、10(-/-)であり、図8中の縦棒はS.E.を示し、*印はNaV2-/-マウスとNaV2+/+マウスの間で有意差(p<0.05)が認められたことを表している。図8からもわかるように、フロセミドの代わりに等張食塩水を腹腔内注射した場合(対照試験)に摂取した水及び0.3MのNaClの量はどのグループも同じであった(上段のグラフ)。フロセミド注射とナトリウム欠乏食によって誘導した急性食塩欲求条件下ではヌル変異体は野生型及びヘテロ接合型と比べて0.3MのNaCl摂取量の増加は約2倍であった(中段右のグラフ)。この異常な高張食塩水の摂取はナトリウム含有食を与えた場合には止まった(下段のグラフ)。
【0064】
[Nav2チャネルはナトリウム濃度依存性ナトリウムチャンネル]
Nav2チャネルがナトリウム濃度依存性ナトリウムチャンネルであることを以下の実験により確認した。まず、抗Nav2抗体を次のようにして作製した。ラットNav2チャンネルのインタードメイン2−3に存在するアミノ酸配列(SVSETVPIASGESDIK;配列番号8)からなるペプチドにヘモシアニンを結合させ、このヘモシアニン結合ペプチドを免疫原として白色ウサギを免疫し、常法により抗ラットNav2ウサギ抗血清を作製した。作製した抗血清を、免疫原に用いたペプチドが固定化されたカラムによって精製し、抗Nav2抗体を得た。この抗Nav2抗体の特異性はウエスタンブロットと免疫組織化学的解析によって確認した。精製した抗Nav2抗体を使用すると、遺伝子欠損マウスから作製した脳、肺、脊髄後根神経節、舌の切片には非特異的な陽性シグナルは認められなかった。
【0065】
次に、脊髄後根神経節の神経細胞を単離した。脊髄後根神経節を8〜16週令の野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した。Renganathanらの方法(J Newrophysiol 84, 710-718(2000))に従って、脊髄後根神経節から神経細胞を分散単離した。イオンイメージング実験に用いる前に、分散単離した神経細胞は、湿度100%、温度37℃、5%二酸化炭素の条件下で培養し、培養皿のガラスに接着させた。野性型マウス由来の脊髄後根神経節の神経細胞を、上記抗Nav2抗体を用いて染色することにより、すべての神経細胞がNav2陽性であることを確認した。また、分散単離した神経細胞の大きさは、小型(直径25ミクロン以下:約50%)、中型(直径25から40ミクロン:約40%)、大型(直径40ミクロン以上:約10%)から構成されていたが、これら三つの細胞種の大きさ、形状、生存率は、野性型マウスから単離したものも遺伝子欠損型マウスから単離したものも違いはなかった。なお、生存率については、トリパンブルーの染色によって検証した。
【0066】
また、脳弓下器官の神経細胞についても単離した。脳弓下器官を8〜16週令の野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した。脳弓下器官を可視化するためにエバンスブルーを前もって腹腔内に注入した。脳弓下器官の分散は、Jurzakらの方法(Brain Res 662, 198-208(1994))に従って行った。分散単離した神経細胞は、脊髄後根神経節の神経細胞の場合と同様に、湿度100%、温度37℃、5%二酸化炭素の条件下で培養し、培養皿のガラスに接着させ、実験に用いた。野性型マウス由来のいくつかの脳弓下器官の神経細胞を、上記抗Nav2抗体を用いて染色したところ、Nav2陽性神経細胞は20〜30%であった。なお、野性型マウスから単離した神経細胞と遺伝子欠損マウスから単離した神経細胞とは、大きさや生存率においても違いはなかった。
【0067】
上記野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した、脊髄後根神経節の神経細胞や脳弓下器官の神経細胞について、細胞内ナトリウムイオン及び細胞内カルシウムイオンの測定を実施した。細胞内ナトリウムイオンの測定には、SBFI/AM(sodium-binding benzofuran isophthalate acetoxymethyl ester)を用い、細胞内カルシウムイオンの測定には、Fura−2/AMを用いた。これらの指示薬をロードした培養細胞を付着させた培養皿を顕微鏡のステージに固定した。蛍光比(F340/F380)は蛍光イメージングシステムによってモニターした。データ測定のため、脊髄後根神経節の神経細胞については10秒毎に、また脳弓下器官の神経細胞については20秒毎に、それぞれサンプリングした。測定する前に、神経細胞は生理的な等張液(145mMの細胞外ナトリウム濃度)で30〜60分間インキュベートし、測定中、神経細胞は一定の環流液(5mMのKCl、2.5mMのCaCl2、1mMのMgCl2、10mMのHEPES、10mMのNaOH、所定濃度のNaCl、pH7.4(HClによる中和)に暴露し、環流液(細胞外液)は室温下一定流速(1ml/min)で環流した。
【0068】
脊髄後根神経節の神経細胞における蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を図9(参考写真4参照)及び図10に示す。図9からわかるように、細胞外NaCl濃度を145〜170mMに上昇させると、野性型マウス由来脊髄後根神経節の神経細胞の細胞内ナトリウムイオン濃度は急激に上昇し、そのまま定常状態に達したが、これに対し、遺伝子欠損マウス由来脊髄後根神経節の神経細胞では、野性型マウスにおけるような細胞内ナトリウムイオン濃度の上昇は全く観察されなかった(図9aとb)。また、野性型マウス由来脊髄後根神経節の神経細胞内ナトリウムの上昇は、すべての大きさの神経細胞で観察された(図9c)。これはNav2が全ての野性型マウスの脊髄後根神経節の神経細胞に発現することと一致する。
【0069】
また図10からわかるように、細胞内ナトリウムイオン濃度の上昇は、マンニトールを用いた浸透圧刺激や塩化コリンを用いた塩素イオン単独の刺激ではおこらず、メタンスルフォン酸ナトリウムを用いたナトリウムイオン単独の刺激によって引き起こされた(図10a)。よってこの現象はナトリウムイオン濃度の上昇によってのみ引き起こされることがわかった。また、塩化ナトリウムを用いて、細胞外ナトリウム濃度を120、130、140、150、160、165、170、180、190、200mMの10段階に調整し、細胞内ナトリウムイオン濃度の変化を解析したところ120〜150mMの間では全く反応が無く、160と165mMの細胞外ナトリウムイオン濃度で上昇が観察され、170mM以上の細胞外ナトリウムイオン濃度では、非常に大きな上昇が観察された(図10b)。このとき、細胞外ナトリウムを元の145mMに戻すと、徐々に細胞内ナトリウム濃度は元に戻っていく様子が観察された。細胞内のナトリウムストアは存在しないことから、この細胞内ナトリウム濃度の上昇は、Nav2チャネルを介した細胞外からの流入であると結論した。また、そのチャネル開口の閾値は160〜170mMの間にあると推察できる。
【0070】
この細胞外ナトリウムイオン濃度の上昇に伴う細胞内へのナトリウムの流入にNav2チャネル以外の分子が関与している可能性を検討するために、各種ナトリウムイオンポンプ、ナトリウムイオントランスポーター、ナトリウムイオンチャンネルの各ブロッカーの効果を調べた。その結果、TTX感受性の電位依存性ナトリウムチャネル(図10c)、アミロライド感受性ナトリウムチャネル(図10c)、ナトリウムグルコースコトランスポーター、ナトリウムカルシウムアンチポーター、ナトリウムカリウムクロライドトランスポーター、ナトリウムカリウムポンプの影響はないことがわかった。また、TTX非感受性の電位依存性ナトリウムチャンネルは、小型の脊髄後根神経節の神経細胞に特異的に発現しているため、全ての大きさの細胞種に反応が見られるこの現象には関与していないと結論した。ナトリウムカルシウムアンチポーターに関しては、カルシウムイメージングによっても関与が無いことを確かめた(図10d)。
【0071】
脳弓下器官の神経細胞における蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を図11(参考写真5参照)に示す。図11からわかるように、中枢神経系のナトリウムイオン濃度検出器官である脳弓下器官の神経細胞においても、脊髄後根神経節の神経細胞と基本的に同様の結果が得られた。ただし、脳弓下器官の神経細胞のうち約20から30%の細胞が、Nav2免疫陽性細胞であり、これらNav2免疫陽性細胞は細胞内ナトリウムイオン濃度の上昇が観察されたが、Nav2免疫陰性細胞では、Nav2遺伝子欠損型マウスと同様に、細胞内ナトリウムイオン濃度の上昇は観察されなかった。これらのことから、脳弓下器官においてもNav2は、細胞外ナトリウムイオン濃度に依存して細胞内にナトリウムイオンを流入させるナトリウムチャンネルであることが証明できた。すなわち、Nav2はナトリウム濃度依存性ナトリウムチャンネルという新規ナトリウムチャンネルであることがわかった。
【技術分野】
【0001】
本発明は、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示す、NaV2チャネル遺伝子機能が染色体上で欠損した非ヒト動物や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質や、それをコードする遺伝子等に関する。
【背景技術】
【0002】
電位依存性ナトリウムチャネルは、電位依存性カリウムチャネルとともに、神経細胞、筋肉細胞等の興奮性細胞において活動電位の発生と伝播に中心的役割を担うイオンチャネルとして知られている。ナトリウムチャネルタンパク質は、電位検出系をもつイオン選択的チャネルを構成し、270kDaの糖タンパク質からなるα−サブユニットと、1つ又は2つのより小さいβ−サブユニットから構成されている。電位依存性ナトリウムチャネルは、細胞膜が静止電位(通常−70〜−90mV)にある時は閉じているが、細胞膜が脱分極するとチャネルが開き、1msec程度の後にチャネルが閉じることから、ナトリウムチャネルタンパク質分子は、膜電位を感受する電位センサーとそれに連動して動く活性化依存性、ナトリウムイオンを選択的に透過するための選択性フィルター、及び不活性化依存性を構成しているといわれている。
【0003】
本発明者等による脳のナトリウムチャネルタンパク質α−サブユニットcDNAタイプI、II及びIIIの同定(非特許文献1、2)以来、多くの構造的に関連するα−サブユニットのアイソフォームが各種の組織からクローニングされており、これらは多重遺伝子族を形成している。最近になって興奮性細胞のほかにも、グリア細胞もまた電位感受性ナトリウム電流を発現することが見出され(非特許文献3)、in situハイブリダイゼーション、RT−PCR、ノーザンブロット及び免疫細胞化学などの手法によって、グリア細胞における脳−タイプI、II、III、H1、NaS、NaCH6等の存在が報告されている(非特許文献4)。しかし、いわゆる電気的に非興奮性の細胞における電位依存性ナトリウムチャネルの機能は解明されていない。
【0004】
数年前、電位依存性ナトリウムチャネルα−サブユニットと相同性のある部分cDNAがラット星状膠細胞に由来するcDNAライブラリーからクローニングされNaGと命名された(非特許文献5)。これに引き続き同様なα−サブユニットアイソフォームが各種の動物種から独立にクローニングされている。例えば、ヒトの心臓からのNaV2.1(非特許文献6)、マウスの動脈腫瘍細胞株からのNaV2.3(非特許文献7)及びNaGのスプライシングヴァリアントに相当するラットの脊髄神経節由来のSCL11が報告されている(非特許文献8)。これらは配列の相同性から、異なる種における対応する遺伝子(species ortholouges)とも考えられ、電位依存性ナトリウムチャネル(NaCh)α−サブユニットファミリーの中で異なるサブファミリーすなわちサブファミリー2NaCh(NaV2)に分類することができる。それらの全アミノ酸配列は、先にクローニングされた電位依存性ナトリウムチャネル群に比べ相同性が50%以下と低く、イオン選択性や電位依存性の活性化・不活性化に関連する領域においてすらもその配列は特異的である。それらの領域は他の全てのサブファミリーメンバーにおいては完全に保存されていることから、NaV2は特別なチャネル特性をもっていると考えられるが、機能的NaV2チャネルをアフリカツメガエル卵母細胞、CHO細胞、HEK293細胞などを用いる異種発現系で発現させる試みはこれまで成功しておらず、生体内におけるNaV2チャネルの機能については全くわかっていなかった。
【0005】
NaG/SCL11は、星状膠細胞からクローンニングされたので、星状膠細胞で発現される電位依存性ナトリウムチャネル(NaCh)の1つと考えられてきたが、その後のin situハイブリダイゼーションによりNaV2は生体内では星状膠細胞に発現しておらずシュワン(Schwann)細胞及び脊髄感覚ニューロンにおいて発現していることが明らかにされた(非特許文献9)。NaGのmRNAは神経系以外、特に肺や心臓に比較的高レベルで検出され、さらに、NaGのmRNAが中枢神経系に存在することがRNaseプロテクション及びノーザンブロット法で示されたが、非同位体プローブを用いるin situハイブリダイゼーションによってはNaGのmRNAは中脳核V(mesencephalic nucleus V)以外において検出できないことが報告されている(非特許文献10)。このことから、NaGのmRNAは中枢神経系全体に低レベルで発現するか又は中枢神経系の特定の領域で限定的に発現しているであろうと考えられる。NaGチャネルがこのように幅広い組織、電気的に非興奮性の細胞を含む幅広い細胞種に分布していることから、NaGチャネルは活動電位の発生と伝播以外の機能があると考えられる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nature 320,188-192(1986)
【非特許文献2】FEBS Lett.228,187-194(1988)
【非特許文献3】Trends Neurosci.19,325-332(1996)
【非特許文献4】Glia 26,92-96(1999)
【非特許文献5】Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89,7272-7276(1992)
【非特許文献6】Proc.Natl.Acad.Sci.USA 89,4893-4897(1992)
【非特許文献7】J.Biol.Chem.269,30125-30131
【非特許文献8】FEBS Lett.400,183-187(1997)
【非特許文献9】Glia 21,269-276(1997)
【非特許文献10】Mol.Brain Res.45,71-82(1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
現在まで、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ異常な高張塩分の摂取挙動を示す、塩分過剰摂取実験モデル動物は知られていない。また、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質やそれをコードする遺伝子は知られていない。本発明の課題は、かかる塩分過剰摂取実験モデル動物として有用な、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物、例えばNaV2チャネル遺伝子欠損非ヒト動物や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質やそれをコードする遺伝子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、生体内における機能が不明であったNaV2チャネルの機能や役割を明らかにするために鋭意研究し、NaV2チャネルノックアウトマウスを作製し、NaV2チャネルが脳内脊髄液におけるナトリウムイオンレベルを感知して指令を出す役割を担っていることを確認し、このNaV2チャネルノックアウトマウスが水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ高張塩分を多量に摂取するという異常な挙動を示すことを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は、
(1)以下の(A)〜(C)のいずれかの、非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換により不活性化され、NaV2を発現する機能を失ったヌル変異非ヒト動物を、
水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すことを特徴とするヌル変異非ヒト動物として使用する方法:
(A)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(B)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(C)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAからなる遺伝子であって、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
に関する。
【0010】
また本発明は、
(2)非ヒト動物が、齧歯目動物であることを特徴とする上記(1)記載の方法
に関する。
【0011】
また本発明は、
(3)齧歯目動物が、マウスであることを特徴とする上記(2)記載の方法
に関する。
【0012】
また本発明は、
(4)以下の(A)〜(C)のいずれかの、非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換により不活性化され、NaV2を発現する機能を失い、かつ、
水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物を、
塩分過剰摂取実験モデル動物として使用する方法:
(A)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(B)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(C)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAからなる遺伝子であって、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
に関する。
【0013】
また本発明は、
(5)以下の(a)〜(c)のいずれかのタンパク質の、細胞外Naイオンレベルのセンサーとしての使用:
(a)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
(b)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
(c)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAによってコードされ、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物、例えばNaV2チャネル遺伝子欠損マウスは、塩分過剰摂取実験モデル動物として有用である。またこのNaV2チャネル遺伝子欠損マウスを用いることにより、NaV2チャネルが脳内脊髄液におけるナトリウムイオンレベルを感知して指令を出す役割を担っていることや、NaV2チャネルが中枢神経系の限られた部位におけるニューロンや上衣細胞、特に体液ホメオスタシスに関与する脳室周囲器官で発現することや、NaV2チャネルが体液オスモル濃度知覚と食塩摂取行動の制御に重要な役割を果していることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のNaV2ノックアウトマウスの遺伝子地図(a)、ゲノムDNAのサザンブロットの結果(b)、ゲノムPCRの結果(c)及びウエスタンブロッドの結果(d)を示す図である。
【図2】本発明のNaV2ノックアウトマウスの胚、脊髄神経節及び胸部におけるlacZ発現部位を示す図である。
【図3】本発明のNaV2ノックアウトマウスの脳におけるlacZ発現部位を示す図である。
【図4】本発明のNaV2ノックアウトマウスにおけるFos核タンパクの発現に対する水分飢餓の及ぼす影響に関する結果を示す図である。
【図5】本発明におけるマウスNaV2チャネル欠損がマウスの水分及び食塩摂取に及ぼす影響に関する結果を示す図である。
【図6】本発明のNaV2ノックアウトマウスにおける各種の味刺激に対する鼓索神経における反応の結果を示す図である。
【図7】本発明のNaV2ノックアウトマウスにおける24時間水分飢餓の前後において0.3MのNaClに対する嗜好率と総摂取量の測定結果を示す図である。
【図8】本発明のNaV2ノックアウトマウスにおけるナトリウム欠乏処理誘導性の食塩欲求試験の結果を示す図である。
【図9】野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した脊髄後根神経節の神経細胞について、細胞内ナトリウムイオン及び細胞内カルシウムイオンの蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を示す図である。
【図10】野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した脊髄後根神経節の神経細胞について、細胞内ナトリウムイオン及び細胞内カルシウムイオンの蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を示す図である。
【図11】野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した脳弓下器官の神経細胞について、細胞内ナトリウムイオン及び細胞内カルシウムイオンの蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のヌル変異非ヒト動物としては、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示す非ヒト動物であれば特に制限されるものではないが、かかる非ヒト動物として、NaV2遺伝子機能が染色体上で欠損したヌル変異非ヒト動物を具体的に例示することができる。ここで、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動とは、例えばマウスにおいては24時間水分飢餓条件下で0.3Mの食塩水の摂取量が野生型、好ましくは同腹の野生型に比べ1.5倍以上、より好ましくは2倍以上摂取する挙動をいい、また、NaV2遺伝子機能が染色体上で欠損したヌル変異非ヒト動物とは、NaV2をコードする非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換等により不活性化され、NaV2を発現する機能を失った非ヒト動物をいい、また非ヒト動物とは、マウス、ラット等の齧歯目動物を具体的に挙げることができるが、これらに限定されるものではない。以下、非ヒト動物がマウスの場合を例にとって説明する。
【0017】
NaV2ノックアウトマウスの作製法としては、NaV2を発現する機能を失ったノックアウトマウスを作製することができる方法であればどのような作製法でもよいが、例えば、マウスNaV2の種対応物であるラットNaGをコードするcDNAをプローブとして、マウスのゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし、ゲノムDNAのNaV2遺伝子を単離し、NaV2のエキソン部分に、例えばネオ遺伝子等マーカー遺伝子を挿入してターゲットベクターを作製し、作製されたターゲットベクターをエレクトロポレーション法によってES細胞に導入し、相同的組換えを起こしたES細胞を選択し、このES細胞系を用いて生殖系列のキメラマウスを作製し、野生型マウスと交配させることによって得られるヘテロ接合体マウス(F1:雑種第一代)同士を交配させることによって、メンデルの法則に従い産生するNaV2ノックアウトマウスと同腹の野生型マウスを作製することができる。
【0018】
本発明の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質としては、脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するものであれば特に制限されるものではなく、例えば、配列番号3に示されるNaV2(GenBankのアクセッション番号:L36179)や、配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質や、これらの組換えタンパク質を具体的に挙げることができる。かかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質は、そのDNA配列情報等に基づき公知の方法で調製することができる。
【0019】
また、本発明の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子としては、配列表の配列番号3に示されるNaV2をコードする遺伝子、例えば、配列番号2に示されるNaV2遺伝子や、配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子DNAや、これら遺伝子DNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードするDNAも包含され、これらはそのDNA配列情報等に基づき、例えば細胞株R1から作られたマウスのゲノムライブラリーや、129/SvJマウス遺伝子ライブラリー等から公知の方法により調製することができる。
【0020】
また、配列番号2に示される塩基配列又はその相補的配列並びにこれらの配列の一部又は全部をプローブとして、マウス由来のDNAライブラリーに対してストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーションを行ない、該プローブにハイブリダイズするDNAを単離することにより、NaV2遺伝子と同効な目的とするヒトNav2.1(GenBankアクセッション番号:M91556)やラットNaG/SCL11(GenBankアクセッション番号:Y09164)等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードするDNAを得ることもできる。かかるDNAを取得するためのハイブリダイゼーションの条件としては、例えば、42℃でのハイブリダイゼーション、及び1×SSC、0.1%のSDSを含む緩衝液による42℃での洗浄処理を挙げることができ、65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理をより好ましく挙げることができる。なお、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響を与える要素としては、上記温度条件以外に種々の要素があり、当業者であれば、種々の要素を適宜組み合わせて、上記例示したハイブリダイゼーションのストリンジェンシーと同等のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0021】
本発明の融合タンパク質とは、NaV2等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に、マーカータンパク質及び/又はペプチドタグを結合させたものをいい、マーカータンパク質としては、従来知られているマーカータンパク質であればどのようなものでもよく、例えば、アルカリフォスファターゼ、抗体のFc領域、HRP、GFPなどを具体的に挙げることができ、また本発明におけるペプチドタグとしては、Mycタグ、Hisタグ、FLAGタグ、GSTタグなどの従来知られているペプチドタグを具体的に例示することができる。かかる融合タンパク質は、常法により作製することができ、Ni−NTAとHisタグの親和性を利用した脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の精製や、かかるタンパク質の検出や、かかるタンパク質に対する抗体の定量や、その他当該分野の研究用試薬としても有用である。
【0022】
本発明の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に特異的に結合する抗体としては、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、キメラ抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体等の免疫特異的な抗体を具体的に挙げることができ、これらは上記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を抗原として用いて常法により作製することができるが、その中でもモノクローナル抗体がその特異性の点でより好ましい。かかるモノクローナル抗体等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に特異的に結合する抗体は、例えば、ヒトの塩分過剰摂取による慢性疾患などのNaV2の変異又は欠失に起因する疾病の診断や、NaV2等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の分子機構を明らかにする上で有用である。
【0023】
脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に対する抗体は、慣用のプロトコールを用いて、動物(好ましくはヒト以外)に該脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質若しくはエピトープを含む断片、又は該タンパク質を膜表面に発現した細胞を投与することにより産生することができる。例えば、ポリクローナル抗体は、抗原ペプチドを免疫原としてウサギ等を免疫し、常法により抗血清を作製し、作製した抗血清を、免疫原に用いたペプチドが固定化されたカラムによって精製することにより調製することができる。また、モノクローナル抗体は、連続細胞系の培養物により産生される抗体をもたらす、ハイブリドーマ法(Nature 256, 495-497, 1975)、トリオーマ法、ヒトB細胞ハイブリドーマ法(Immunology Today 4, 72, 1983)及びEBV−ハイブリドーマ法(MONOCLONAL ANTIBODIES AND CANCER THERAPY, pp.77-96, Alan R.Liss, Inc., 1985)など任意の方法により調製することができる。以下に脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質として、マウス由来のNaV2を例に挙げてマウス由来のNaV2に対して特異的に結合するモノクローナル抗体、すなわち抗mNaV2モノクローナル抗体の作製方法を説明する。
【0024】
上記抗mNaV2モノクローナル抗体は、抗mNaV2モノクローナル抗体産生ハイブリドーマをインビボ又はインビトロで常法により培養することにより生産することができる。例えば、インビボ系においては、齧歯動物、好ましくはマウス又はラットの腹腔内で培養することにより、またインビトロ系においては、動物細胞培養用培地で培養することにより得ることができる。インビトロ系でハイブリドーマを培養するための培地としては、ストレプトマイシンやペニシリン等の抗生物質を含むRPMI1640又はMEM等の細胞培養培地を例示することができる。
【0025】
抗mNaV2モノクローナル抗体産生ハイブリドーマは、例えば、マウス等から得られたNaV2を用いてBALB/cマウスを免疫し、免疫されたマウスの脾臓細胞とマウスNS−1細胞(ATCC TIB−18)とを、常法により細胞融合させ、免疫蛍光染色パターンによりスクリーニングすることにより、抗mNaV2モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを作出することができる。また、かかるモノクローナル抗体の分離・精製方法としては、タンパク質の精製に一般的に用いられる方法であればどのような方法でもよく、アフィニティークロマトグラフィー等の液体クロマトグラフィーを具体的に例示することができる。
【0026】
また、本発明の前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に対する一本鎖抗体をつくるためには、一本鎖抗体の調製法(米国特許第4,946,778号)を適用することができる。また、ヒト化抗体を発現させるために、トランスジェニックマウス又は他の哺乳動物等を利用したり、上記抗体を用いて、その脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現するクローンを単離・同定したり、アフィニティークロマトグラフィーでそのポリペプチドを精製することもできる。脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に対する抗体は、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の分子機構を明らかにする上で有用である。
【0027】
また上記抗mNaV2モノクローナル抗体等の抗体に、例えば、FITC(フルオレセインイソシアネート)又はテトラメチルローダミンイソシアネート等の蛍光物質や、125I、32P、14C、35S又は3H等のラジオアイソトープや、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ又はフィコエリトリン等の酵素で標識したものや、グリーン蛍光タンパク質(GFP)等の蛍光発光タンパク質などを融合させた融合タンパク質を用いることによって、前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能解析を行うことができる。また免疫学的測定方法としては、RIA法、ELISA法、蛍光抗体法、プラーク法、スポット法、血球凝集反応法、オクタロニー法等の方法を挙げることができる。
【0028】
本発明はまた、前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現することができる発現系を含んでなる宿主細胞に関する。かかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子の宿主細胞への導入は、Davisら(BASIC METHODS IN MOLECULAR BIOLOGY, 1986)及びSambrookら(MOLECULAR CLONING: A LABORATORY MANUAL, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold SpringHarbor, N.Y., 1989)などの多くの標準的な実験室マニュアルに記載される方法、例えば、リン酸カルシウムトランスフェクション、DEAE−デキストラン媒介トランスフェクション、トランスベクション(transvection)、マイクロインジェクション、カチオン性脂質媒介トランスフェクション、エレクトロポレーション、形質導入、スクレープローディング (scrape loading)、弾丸導入(ballistic introduction)、感染等により行うことができる。そして、宿主細胞としては、大腸菌、ストレプトミセス、枯草菌、ストレプトコッカス、スタフィロコッカス等の細菌原核細胞や、酵母、アスペルギルス等の真菌細胞や、ドロソフィラS2、スポドプテラSf9等の昆虫細胞や、L細胞、CHO細胞、COS細胞、HeLa細胞、C127細胞、BALB/c3T3細胞(ジヒドロ葉酸レダクターゼやチミジンキナーゼなどを欠損した変異株を含む)、BHK21細胞、HEK293細胞、Bowesメラノーマ細胞、卵母細胞等の動植物細胞などを挙げることができる。
【0029】
また、発現系としては、上記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を宿主細胞内で発現させることができる発現系であればどのようなものでもよく、染色体、エピソーム及びウイルスに由来する発現系、例えば、細菌プラスミド由来、酵母プラスミド由来、SV40のようなパポバウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス、鶏痘ウイルス、仮性狂犬病ウイルス、レトロウイルス由来のベクター、バクテリオファージ由来、トランスポゾン由来及びこれらの組合せに由来するベクター、例えば、コスミドやファージミドのようなプラスミドとバクテリオファージの遺伝的要素に由来するものを挙げることができる。これら発現系は、発現を起こさせるだけでなく、発現を調節する制御配列を含んでいてもよい。
【0030】
上記発現系を含んでなる宿主細胞やかかる細胞の細胞膜、またかかる細胞を培養して得られる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質は、後述するように本発明のスクリーニング方法に用いることができる。例えば、細胞膜を得る方法としては、F. Pietri-Rouxel(Eur. J. Biochem., 247, 1174-1179, 1997)らの方法などを用いることができ、また、かかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を細胞培養物から回収し精製するには、硫酸アンモニウムまたはエタノール沈殿、酸抽出、アニオンまたはカチオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィーおよびレクチンクロマトグラフィーを含めた公知の方法、好ましくは、高速液体クロマトグラフィーが用いられる。特に、アフィニティークロマトグラフィーに用いるカラムとしては、例えば、抗NaV2モノクローナル抗体等の抗脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質抗体を結合させたカラムや、上記NaV2等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に通常のペプチドタグを付加した場合には、このペプチドタグに親和性のある物質を結合したカラムを用いることにより、これらの脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を得ることができる。
【0031】
本発明において、前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物とは、野生型非ヒト動物に比べてかかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を大量に産生する非ヒト動物をいう。本発明における非ヒト動物としては、ウサギや、マウス、ラット等の齧歯目動物などの非ヒト動物を具体的に挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
ところで、メンデルの法則に従い出生してくるホモ接合体非ヒト動物には、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質過剰発現型とその同腹の野生型とが含まれ、これらホモ接合体非ヒト動物における過剰発現型とその同腹の野生型を同時に用いることによって個体レベルで正確な比較実験をすることができることから、野生型の非ヒト動物、すなわち脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現する非ヒト動物と同種の動物、さらには同腹の動物を、例えば下記に記載する本発明のスクリーニングに際して併用することが好ましい。かかる脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現する非ヒト動物の作製方法を、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質のトランスジェニックマウスを例にとって以下説明する。
【0033】
脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質のトランスジェニックマウスは、NaV2等の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードするcDNAにチキンβ−アクチン、マウスニューロフィラメント、SV40等のプロモーター、及びラビットβ−グロビン、SV40等のポリA又はイントロンを融合させて導入遺伝子を構築し、該導入遺伝子をマウス受精卵の前核にマイクロインジェクションし、得られた卵細胞を培養した後、仮親のマウスの輸卵管に移植し、その後被移植動物を飼育し、産まれた仔マウスから前記cDNAを有する仔マウスを選択することによりかかるトランスジェニックマウスを創製することができる。また、cDNAを有する仔マウスの選択は、マウスの尻尾等より粗DNAを抽出し、導入した脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子をプローブとするドットハイブリダイゼーション法や、特異的プライマーを用いたPCR法等により行うことができる。
【0034】
そしてまた、前記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質や、かかるタンパク質をコードする遺伝子や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質とマーカータンパク質及び/又はペプチドタグとを結合させた融合タンパク質や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質に対する抗体や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現することができる発現系を含んでなる宿主細胞や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現する非ヒト動物や、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現する細胞等を用いると、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能促進若しくは抑制物質や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の発現促進若しくは抑制物質をスクリーニングすることができる。これらのスクリーニングにより得られたものは、ヒトの塩分過剰摂取による慢性疾患の抑制剤、予防剤又は治療薬や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の欠失又は異常に起因する疾病等の診断・治療に有用な物質である可能性がある。
【0035】
上記スクリーニング方法としては、例えば、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現している細胞と、被検物質とを用いる方法や、本発明の水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物又は脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物と、被検物質とを用いる方法等を挙げることができる。
【0036】
上記脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現している細胞と、被検物質とを用いたスクリーニング方法としては、例えば、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質を発現している細胞と被検物質とを接触せしめ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法を挙げることができる。
【0037】
本発明の水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物又は脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物と、被検物質とを用いたスクリーニング方法としては、水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物又は脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子が過剰発現するトランスジェニック非ヒト動物から得られる神経細胞と被検物質とをインビトロで接触せしめ、前記タンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法や、前記ヌル変異非ヒト動物又は前記トランスジェニック非ヒト動物にあらかじめ食塩水を投与した後、該非ヒト動物から得られる神経細胞を被検物質の存在下で培養し、前記タンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法や、前記ヌル変異非ヒト動物又は前記トランスジェニック非ヒト動物にあらかじめ被検物質と食塩水を投与した後、該非ヒト動物から得られる神経細胞における前記タンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法や、前記ヌル変異非ヒト動物又は前記トランスジェニック非ヒト動物にあらかじめ被検物質と食塩水を投与した後、該非ヒト動物における前記タンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価する方法などを具体的に挙げることができる。
【0038】
また、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能又は発現の変化を測定・評価するに際し、対照として野生型非ヒト動物、特に同腹の野生型非ヒト動物の測定値と比較・評価することが個体差によるバラツキをなくすることができるので好ましい。なお、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能とは、生体中の浸透圧調節機能、すなわち脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターしている脳内神経細胞において、Naイオンレベルのセンサーとして作用する機能をいい、かかる機能の変化としては、体液オスモル濃度の感覚経路における機能の変化や、水分及び食塩の摂取に対する嗜好−嫌悪応答の変化などを具体的に例示することができるがこれらに限定されるものではない。
【0039】
また、本発明の医薬組成物は、有効成分として前記本発明の脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能促進若しくは抑制物質又は脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の発現促進若しくは抑制物質を含んでものであれば特に制限されるものではなく、これら医薬組成物は、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能促進又は発現増強を必要としている患者や、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質の機能又は発現の抑制を必要としている患者を治療するのに用いることができる。
【0040】
以下に、実施例を挙げてこの発明を更に具体的に説明するが、この発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0041】
[ターゲッティングベクターの構築]
ターゲッティングベクターを構築するため、タンパクコーディングエクソン1,2及び3を含むマウスのゲノム断片を、ラットのNaG/SCL11プローブによってクローニングした。まず、細胞株R1から作られたマウスのゲノムライブラリー(大阪大学の森博士から供与)から、ラットのNaGcDNAの446bp断片(最初の3つのコーディングエクソンを含むヌクレオチド残基11−456:GenBankアクセッション番号Y09164:配列番号1)でハイブリダイズさせて9個の独立のゲノムクローンを分離した。数種の制限酵素を用いるサザンブロット分析により、これら全てのオーバーラップクローンが単一のゲノム遺伝子座に由来することを確認した。ハイブリダイゼーションポジティブな3.2kb及び3.7kbのHind III断片をpBluescriptIISK(-)(Stratagene社製)にサブクローンした後、DNA配列を決定した(配列はGenBankのアクセッション番号AF190472:配列番号4)。3.2kb断片は、タンパクコーディングエクソン1(5′非翻訳領域の13塩基とマウスNaV2タンパクコーディング配列の最初の238塩基:GenBankアクセッション番号L36179のヌクレオチド残基238−490)を含み、3.7kb断片はエクソン2(同ヌクレオチド残基491−609)及びエクソン3(同ヌクレオチド残基610−701)を含んでいた。この3つのエクソンをコードしているDNA配列はTamkun等(J.Biol.Chem.269,30125-30131(1994))によってクローニングされたマウスのNaV2.3cDNAと同じであった。クローニングされたゲノム断片は4つの制限酵素(BamH I,Bgl II,EcoR I,Hind III)についてのサザンブロットの結果、マウスのゲノムDNAと同じ制限酵素地図を示した。この知見から、マウスのNaV2.3はラットのNaGの種対応物であることが明らかになった。したがって、NaV2.3、NaG及びSCL11をNaV2と命名した。
【0042】
ターゲッティングベクターを構築するために、lacZ遺伝子をマウスNaV2遺伝子のタンパクコーディングエクソン1に挿入し、マウスNaV2のN末端の20アミノ酸配列がβ−ガラクトシダーゼと融合するようにデザインした。すなわち、3つのエクソンを含む12.5kbのSal I断片をpDT-A(Anal. Biochem.214、77-86(1993))のXho Iサイトに挿入し、次いで、lacZ−neoカセットのSal I-Xho I断片をエクソン1の内因性のXho Iサイトに導入した(図1a参照)。これによってマウスNaV2タンパクの最初の20アミノ酸をβ−ガラクトシダーゼのN末端に融合した蛋白が発現する。また、ターゲットマウスにおいてマウスNaV2遺伝子の代わりにlacZ遺伝子を確実に発現させるために、lacZ−neoカセットを挿入したこと以外は、元のマウスNaV2遺伝子のゲノム構造そのままとした。サザンブロットスクリーニングにおいて外因的制限サイトとして利用することができるように、lacZ−neoカセットの5′末端にEcoR Iリンカーを予め挿入した。なお、図1a中、上段はターゲットベクターの制限酵素地図を、中段は野生型のマウスNaV2遺伝子座を、下段は組換え体の遺伝子座をそれぞれ示し、図中の制限サイトBはBamH I、BgはBgl II、EはEcoR I、HはHind III、XはXho Iをそれぞれ意味する。
【0043】
[NaV2ノックアウトマウスの作製]
線状化した上記ターゲットベクターを、エレクトロポレーション法によってES細胞(129/SVマウス由来のR1セルライン)に導入した。文献(Neurosci.Lett.247,135-138(1998))記載の方法に準じて、ネオマイシン耐性ESクローンをG418によって選択し、ターゲットクローンのスクリーニングを行った。相同組換え体をプローブ1(図1a参照;エクソン1のXho Iから約8kb上流に位置している0.3kbのEcoR I−Xba I断片)によりEcoR I消化を用いるサザンブロット法で確認した。また、選択されたクローンをプローブ2(neo遺伝子由来の0.6kbのPst I断片)でチェックした。1つのセンスプライマー(プライマー1、エクソン1の5′末端領域にあるATGTTGACTTCCCCAGAGCC:配列番号5)及び2つのアンチセンスプライマー(プライマー2、lacZの5′末端領域にあるAACCAGGCAAAGCGCCATTC:配列番号6、プライマー3、エクソン1の3′末端領域にあるCATCTTCCAAGGGCTCTGACA:配列番号7)を用いるゲノムPCRにより標的とされる遺伝子座を確認した。PCR増幅は、EX−Taqポリメラーゼ(Takara社製)によりその製造者のプロトコールに従いプログラム可能なサーマルサイクラーを用いて2段階で実行した(第1段階;95℃5分間、60℃1分間、72℃1分間。第2段階;95℃30秒、60℃30秒、72℃1分間)。
【0044】
98個のESクローンから得られた、相同組換えが起こったアレルをもっていることが確認された2個のESクローンを、8細胞期のC57BL/6Jマウス胚に導入した。導入された胚はM16培地中で1夜胚盤胞まで培養し、7〜10個の胚盤胞をICRマウスの子宮に移植した。このようにして得られた雄キメラマウスをC57BL/6J雌マウスと交配させ、同腹子からヘテロ接合体マウス(F1:雑種第一代)を作出し、次いで、ホモ接合体マウスを得るために、このヘテロ接合体マウスをインタークロスさせ、メンデルの法則に従い産生するNaV2欠損マウスを作製した。
【0045】
このヌル変異体動物(マウスNaV2-/-)は健康で、繁殖可能で見た目に正常であった。ヘテロ接合型動物の繁殖から得られた458匹の4週令のマウスの遺伝子型解析の結果、野生型は29.5%(n=135)、ヘテロ接合型は48.2%(n=221)、ホモ接合型は22.3%(n=102)であり、メンデル比率に近かった。これらのことは、ヘテロ接合体及びホモ接合体における胚の発育及び身体機能が大きく障害されないことを示している。マウスNaV2は周生期に一過性に子宮平滑筋に発現が誘導されることが報告されている(J.Biol.Chem.269,30125-30131(1994)及びAm.J.Physiol.270,C688-696(1996))が、NaV2-/-マウスにおいては子は正常に生まれたことは注目に値する。また、ヌル変異体におけるlacZ発現パターンは発現の強さに差があるもののヘテロ接合体のそれと同じであったことは、マウスNaV2の欠損はマウスNaV2発現細胞の分化又は生存能力に影響しないことを示している。
【0046】
野生型(+/+)、ヘテロ接合型(+/-)及びホモ接合型(-/-)のそれぞれのマウスの尾からサンプルゲノムDNAを採取し、EcoR Iで消化したゲノムDNAをブロットした膜をターゲットベクターの5′側にある前記プローブ1とハイブリダイズさせたサザンブロット分析の結果を図1bに示す。図1bの右側には、野生型(18kb)及び組換型(10kb)の遺伝子型のサイズが示されている。また、野生型(+/+)、ヘテロ接合型(+/-)及びホモ接合型(-/-)のそれぞれのマウスのゲノムPCR分析の結果を図1cに示す。図1cの右側には、野生型(200bp)と組換型(400bp)の遺伝子型のサイズが示されている。
【0047】
[NaV2ノックアウトマウスにおけるNaV2不発現の確認]
変異体マウスのマウスNaV2タンパク発現をウエスタンブロットで試験した。野生型(+/+)、ヘテロ接合型(+/-)及びホモ接合型(-/-)のそれぞれのマウスの肺組織サンプルをKnittle等の方法(Am.J.Physiol.270、C688-696(1996))により調製した。SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動及びイムノブロッティングを文献(Neurosci.Lett.247,135-138(1998))記載の方法で行った。抗マウスNaV2.3抗血清(コロラド州立大学Tumkun博士から供与)をPBSで1:500に希釈して使用した。イムノブロットは数種の非免疫血清とインキュベートし、非特異的な結合でないことを確認した。結果を図1dに示す。図1dの右側には、NaV2タンパク(220kDa)の位置が示されている。NaV2タンパクは高度にグリコシル化されておりSDS−含有緩衝液においてすら容易に凝集するため、ナトリウムチャネルは広いバンドとなっているが、ヘテロ接合体(NaV2+/-)マウスでは野生型の約半量のマウスNaV2タンパクが肺膜から検出され、ホモ接合体(NaV2-/-)マウスではマウスNaV2タンパクは検出されなかった。マウスNaV2タンパクが発現していないことから、このアレルがヌル変異体であることがわかる。
【0048】
[X−Gal染色によるNaV2ノックアウトマウスにおけるlacZ発現の確認]
胚を3.5%のホルムアルデヒドPBS溶液中に室温にて1時間浸漬して固定し、正中線に沿って矢状面にかみそりでカットした。図2aは胚令15日(E15)のマウスNaV2+/-の胚全体のX−Gal染色を示しており、強いβ−ガラクトシダーゼ活性が三叉神経節(図2a中の矢頭)及び脊髄神経節(同矢印)において観察された(参考写真1参照)。また、lacZはこのE15マウスの肺(同星印)においても発現していた。これらの器官におけるlacZの発現は成長しても持続し、脊髄神経節をX−Gal染色後に薄い切片とした時、β−ガラクトシダーゼ活性が種々の大きさの脊髄感覚ニューロンで検出された。図2bには、生後2日目のNaV2+/-マウスの脊髄神経節をX−Galで染色したクリオスタット組織切片が示されている(参考写真1参照)。lacZ発現は脊髄神経節のニューロン細胞体(図2b中、神経路が星印で示されている。)に限定されており、軸索からは検出されなかった。また、同じようなlacZ発現のパターンが三叉神経節の組織切片でも観察することができた。図2cには、胸部における成育した交感神経幹のクリオスタット切片が示されている(参考写真1参照)。強く染色された多くの細胞は、細胞体の出現、分布、サイズからして、シュワン(Schwann)細胞であると考えられる。また、lacZ発現は心臓自律神経及び舌神経でも観察された。lacZ発現のこれらのパターンは、ラットNaV2及びマウスNaV2発現に関する結果(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89,7272-7276(1992)、FEBS Lett.400,183-187(1997),Glia、21,269-276(1997))とよく一致する。このことからlacZ遺伝子発現はマウスNaV2遺伝子の制御領域によって制御されていることがわかる。なお、図2c中、矢頭はシュワン細胞の細胞体を示し、スケールバーは50μmを表している。
【0049】
[NaV2の生理学的な役割]
マウスNaV2の生理学的な役割を調べるため、NaV2+/-マウスとNaV2-/-マウスの脳を用いて中枢神経系におけるlacZ発現を調べた。生後間のない動物をペントバルビタール麻酔下において最初にPBSでついで固定剤で灌流した。固定された脳を冠状に又は矢方向に2mmの厚さにかみそりで切った。PBSで2回洗浄し、1mg/mlのX−Gal、5mMのK3Fe(CN)6、5mMのK4Fe(CN)6、2mMのMgCl2、0.2%のNP−40を含むPBS中で37℃において一晩インキュベートした。免疫染色のため、X−Gal染色された切片を冠状の14μmの切片にクリオスタットミクロトームで切り、ゼラチンで被覆されたスライド上に載置した。抗ニューロフィラメント200ウサギポリクローナル抗体(Sigma、N−4142)又は抗グリア原繊維酸性タンパク(GFAP)ウサギポリクローナル抗体(Santa Cruz Biochemistry、sc−6170)を用いて免疫染色した(Neurosci.Lett.247,135-138(1998))。マウスNaV2が成長個体の中枢神経系における特定のニューロン及び上衣細胞で発現していることを図3は示す(参考写真2参照)。
【0050】
図3a−eはNaV2+/-マウスの、図3fはNaV2-/-マウスの中枢神経系におけるlacZ発現を示している。また、図3a,b,d,e及びfは固定された成長個体の脳を冠状に、図3cは正中矢状面でそれぞれ2mmに切断し、X−Galで染色したものである。なお、図3cにおいては脳の下の頭蓋は除去しなかった。図3eにおいて、ホモ接合変異体マウスが低レベル発現部位を検出する分析に用いられた。図3において、AH:前方視床下部領域(anterior hypothalamic area)、MH:中央手綱核(medial habenular nuleus)、ME:正中隆起(median eminence)、OVLT:終板器官(organum vasculosum laminae terminalis)、MPO:中央視索前領域(medial preoptic area)、DMH:背中視床下部(dorsomedial hypothalamus)、IPDM:背中部位の脚間核 (interpeduncularnucleus of the dorsomedial part)、MMR:正中縫線の中央部(medial partof the median raphe)、NHP:神経下垂体(neurohypophysis)、SFO:脳弓下器官(subfornical organ)、CX:大脳皮質(cerebral cortex)、BLA:扁桃体側低(basolateral amygdala)をそれぞれ意味する。図3cにおいて、OVLTは中枢神経系から除去され頭蓋に付けられた。冠状の半全量脳は50μmの厚さにクリオスタットミクロトームで切り、抗ニューロフィラメントポリクローナル抗体(図3g及びh)、抗GFAPポリクローナル抗体(図3i)、又はクレシルバイオレット(cresyl violet)(図3j)により染色された。茶色のシグナルは、抗体と反応した部位である。サンプルはAH(図3g)、SFO(図3h及びi)及びME(図3j)である。矢頭はダブルポジティブニューロンを示す。図3jの星印は、第三脳室を示す。背面はパネルの上方を向いている。図3g−hのスケールバーは30μmであり、図3jのスケールバーは100μmである。
【0051】
図3からわかるように、lacZ発現は中枢神経系の次の特定部位に限られていることが判明した(図3a−f)。すなわち、MPO、AH、DMH、IPDM、MMR、MeV、MH、ME、SFO、OVLT及びNHPである。ME、SFO、OVLT及びNHPは脳室周囲器官(CVO)として知られ、高密度、高透過性の毛細血管ネットワークをもち、血中への物質の分泌や中枢組織への物質浸入を促進する(FASEB J,7、678-686(1993))。NaV2+/-マウスでは比較的弱いlacZの発現がCX及びBLAに見られたのに対し、NaV2-/-マウスにおけるこれらの部位でのlacZの発現はより顕著であった(図3f)。lacZを発現している細胞種を調べるため、脳をX−Galで染色しクリオスタットミクロトームで組織切片に切り、ついで抗ニューロフィラメントポリクローナル抗体又は抗グリア原繊維酸性タンパク(GFAP)ポリクローナル抗体で免疫染色するか、クレシルバイオレット染色を行ったところ、lacZ発現細胞の大部分はMPO、AH(図3g)、IPDM、MMR、MH及びMeV中のニューロフィラメントに対して陽性であった。また、GFAP陽性細胞はlacZ発現に対して陰性であり、このことは星状膠細胞がマウスNaV2に対し陰性であることを示している。
【0052】
CVOにおけるlacZ発現細胞の分布は特に重要であり、MEにおけるlacZ発現細胞は第3脳室の床に並んでいた(図3j)。この分布は線毛を持たない上衣細胞の位置と対応している。この細胞は脳脊髄液(CSF)、神経細胞及び血管の間を結合している特殊な細胞であるタニサイトと考えられる(Neuroscience 3,277-283(1978))。これらはCSFと毛細管周縁空間の間の物質交換に関与していると考えられている。lacZ陽性細胞はSFO全体に亘ってまばらに分布し、その大部分はニューロフィラメントと共在し(図3h)、GFAPに対し陰性であった(図3i)。lacZ陽性細胞は第3脳室の全体に並んで集中的に存在し、これが上衣細胞であることを示唆している。NHPには、X−Galで密に染色された。これらはいわゆる下垂体細胞(J.Exp.Biol.139,67-79(1988))に対応すると思われる。
【0053】
[Fos−イムノ組織化学]
lacZ発現の解析によって、マウスNaV2は4つの脳周囲器官及び中枢神経系のいくつかの神経核において発現することや、マウスNaV2発現細胞は組織分布のみならず細胞タイプにおいても多様性があることが判明したことから、NaV2チャネルの機能、特性の決定が困難となったが、4つの脳周囲組織が体液ホメオスタシスに関与していると考えられていることから(FASEB J 7,678-686(1993)、Annu.Rev.Physiol.59,601-619(1997)、Physiol.Rev.78,583-686(1997)、Physiol.Rev.58,582-603(1978)、Ann.NY Acad.Sci,877,258-280(1999))、マウスNaV2チャネルが体液容量オスモル濃度の感覚経路において機能していると仮定すれば、これらの器官におけるそのチャネルの活性と遺伝子発現はマウスNaV2変異体マウスにおいて影響を受けると想定された。そこで、マウス及びラットにおける細胞外液バランスに応じた神経活動の変化のマーカーであるFos核タンパクの中枢性発現に対して、水分飢餓がどのように影響するかを以下のように調べた。
【0054】
水分充足状態及び水分飢餓状態におかれた、脳の中央視索前核(MnPO)、終板器官(OVLT)、脳弓下器官(SFO)、室旁核(PVN)及び視索上核(SON)の5つの領域におけるFos−イムノポジティブ細胞の密度変化(時間に対する)について、水欠乏時間がゼロのマウス(マウスNaV2+/+につきn=4、マウスNaV2-/-につきn=4)、水欠乏12時間のマウス(n=5及び5)、同24時間のマウス(n=6及び7)、同48時間のマウス(n=6及び5)を用いて調べた。前記固定液で灌流したマウスの脳を同じ固定液に4℃で一夜浸漬した後、脳をビブラトーム(Leica,VT1000S)上で50μmの厚さの冠状切片とした。抗Fosヤギポリクローナル抗体(Santa Cruz Biochemistry、sc−52−G)のPBS1000倍希釈液を用いてイムノ染色した。関連する領域を含む切片を選び、Fos−イムノ陽性核を数えた。各領域はイメージ分析システム(KS400が付属したAxiophoto2)を用いて測定した。上記脳の5つの領域1mm2当たりの核の数を測定した。結果を図4に示す(参考写真3参照)。
【0055】
図4aは、水分充足状態又は24時間水分飢餓状態の野生型(+/+)マウス及びヌル変異体(-/-)マウスの終板器官(OVLT)含有組織切片の典型的な像であり、スケールバーは200μmを示している。また図4bは、水分飢餓状態における脳弓下器官(SFO)、視索上核(SON)、室旁核(PVN)、終板器官(OVLT)及び中央視索前核(MnPO)1mm2当たり中のFos−イムノポジティブ細胞の数(平均)をプロットしたものであり、図中の縦棒はS.E.を示し、星印はNaV2-/-マウスとNaV2+/+マウスの間で有意差(p<0.05)が認められることを示している。水分充足条件下においては、Fos−イムノポジティブ細胞はテストしたどの領域においても検出されなかった。水分飢餓12、24及び48時間条件下においてFos−イムノポジティブ核を有する細胞数は、NaV2-/-マウスでもNaV2+/+マウスでも顕著に増加した。しかし、SFO及びOVLTにおけるNaV2-/-マウスにおけるFos−イムノポジティブ核は、NaV2+/+マウスに比べ2倍増加することが観察された。MnPO、PVN、及びSONにおいてはグループ間に差はなかった。
【0056】
[行動解析]
次いでマウスNaV2チャネル欠損がマウスの水分及び食塩摂取に及ぼす影響を調べた。行動解析を行うにあたって変異体マウスを雄のC57BL/6Jと戻し交配させた。その結果、F1マウスとN4マウスで同様の結果を得た。ホモ接合型、ヘテロ接合型、野生型の同腹子における嗜好−嫌悪行動を、48時間2瓶嗜好性試験によって測定した。マウスは蒸留水と味溶液の選択を48時間自己のケージで行った。全ての行動解析には12−24週令の雄のマウスが使われた。マウスは一定の室温、湿度及び12/12時間明−暗サイクルにおいて各別にケージに入れられた。2つの瓶の位置は24時間毎に代えてサイド嗜好性の影響を回避した。動物毎の総摂取量を測定し、式;嗜好率=味溶液の量(ml)/味溶液及び水の総摂取量(ml)により嗜好性を計算した。結果を図5に示す。図5aは段階的濃度の食塩水、図5bは濃度固定の3種類の基本的な味物質についての結果を示し、ホモ接合型(-/-)、ヘテロ接合型(+/-)、野生型(+/+)とも5匹のマウスを用いた。図5aから、水分及び食塩充足条件下では食塩に対する濃度感受性は3つのグループにおいて変わらず、全てのグループにおいて0.1MのNaClを最も好み、0.3M又はそれ以上の濃度に対し嫌悪を示し、ヌル変異体が水分及び食塩が充足した条件下では各種の味物質に対して正常な嗜好を示すことがわかった。また図5bから、甘味(0.5Mの蔗糖)、酸味(0.01MのHCl)、苦味(0.02Mのキニン塩酸塩)に対する嗜好性に差が無いことがわかる。
【0057】
[電気生理学]
ヌル変異体の味反応の正常性を調べるため、NaCl味をつかさどる鼓索神経に関する電気生理学的分析を行った。12−24週令の雄マウス(正常条件のために野生型4匹とホモ接合型マウス5匹;急性食塩欲求条件のための上記マウス3匹及び5匹)にペントバルビタールナトリウム(60mg/kg)を腹腔内投与して深く麻酔した後に各マウスを気管切開し、頭保持具で固定した。鼓索神経を露出させて周囲の器官から隔離させ、ブラ(bulla)の入口部位で切断した。神経の全束を切断し白金ワイヤー記録電極上(0.1mm直径)に持ち上げた。中性電極を近傍の組織に付けた。神経活動は増幅され、オシロスコープに表示され、オーディオアンプリファイアーでモニターされた。増幅された信号は時間定数0.3秒で積分機に通され、スリップチャート記録計上に表示された。
【0058】
味溶液としては0.1MのNH4Cl、0.1MのNaCl,0.5Mの蔗糖、0.01MのHCl、0.02Mのキニン塩酸塩(Q−HCl)、0.1MのKCl及び0.1MのCH3COONa(AcNa)を用いた。これらの溶液は蒸留水及び0.1mMのアミロライド溶液を用いて作られた。各溶液及び洗浄水は室温(25±2℃)において舌の前面に適用された。舌は連続刺激の間に少なくとも45秒洗浄された。全神経反応は刺激開始10秒後における基線からの総和反応の高さとして測定された。各種の味刺激に対する鼓索神経における反応の記録結果を図6aに示す。また、0.1MのNH4Clに対する鼓索神経における反応を1とした場合の各種の味刺激に対する反応の強さを図6bに示す。
【0059】
0.02Mのキニン塩酸塩及び0.1Mの酢酸ナトリウムに対する神経生理学的反応は、ヌル変異体マウスと野生型マウスの間で同じ強さであった。0.1MのNaCl及び0.1Mの酢酸ナトリウムに対する反応はアミロライドによって両グループとも同じように減少したので、変異体マウスの味蕾におけるアミロライド感受性チャネルは正常に機能していると判断される。急性食塩欲求条件下でヌル変異体及び野生型マウスは同じような結果を示した。これらの知見を、水及び食塩充足条件下における各種味物質に対する正常な反応(図5)と併せ考えれば、ヌル変異体の味覚受容体は障害を受けていないことがわかる。
【0060】
水分飢餓条件下では高張状態を脱するために、動物は大量の水分を摂取し高張食塩水の摂取を避ける。次に24時間水分飢餓の前後における高張食塩水(0.3MのNaCl)に対する嗜好を調べた。試験に先立ちマウスは2つの瓶から水を飲むように1週間訓練された。水分欠乏の1日前の10時に水と0.3MのNaClの選択を与え、16時に液摂取量を測定した。翌日10時に両方の瓶を除き、水分飢餓期間中乾燥飼料が与えられた。24時間水分飢餓の後、両方の瓶を戻し液摂取量を16時に測定した。結果を図7に示す。ヌル変異体は水分不足状態で高張食塩水の異常摂取を示した。24時間水分飢餓の前後において0.3MのNaClに対する嗜好率(図7a)と総摂取量(図7b)を測定した。この実験におけるn数(匹)は、6(+/+)、6(+/-)、6(-/-)であり、図中の縦棒はS.E.を示し、*印はNaV2-/-マウスとNaV2+/+マウスの間で有意差(p<0.05)が認めらることを表している。水分飢餓の後には高張食塩水に明らかに低下した嗜好を示した野生型及びヘテロ接合型マウスと異なり、ヌル変異体マウスは嗜好率において変化が無かった(図7a)。総水分摂取量(水と0.3MのNaClの合計)は24時間水分飢餓の前後で変わらなかった。総水分摂取量は全てのグループが水分飢餓後には4倍以上となっていた(図7b)。
【0061】
また、水分飢餓処理の前後における血液を断頭術により回収し、血漿電解質の濃度を電解質分析器(9180、AVL Scientific、GA)によって測定した。水分飢餓の前後における血清中の電解質濃度は、野生型及びホモ接合型マウス(各n=6)の両方で正常であった。野生型及びホモ接合型マウスにおける水分飢餓処理前のNa+濃度(mM)はそれぞれ153.6±0.6及び153.0±1.2、K+濃度(mM)はそれぞれ4.6±0.1及び4.7±0.1、Cl-濃度(mM)はそれぞれ118.5±0.6及び118.3±0.9であった。また、水分飢餓処理後のNa+濃度(mM)はそれぞれ151.6±0.8及び150±0.3、K+濃度(mM)はそれぞれ6.5±0.2及び6.7±0.2、Cl-濃度(mM)はそれぞれ116.0±1.0及び116.4±0.8であった。これらのデータは、ヌル変異体は過剰量のナトリウムを直ちに尿中に排泄し、腎臓機能が正常であることを示している。
【0062】
更に利尿剤であるフロセミドを腹腔内注射する方法及び食塩欠乏食を与える方法で食塩欲求を誘導し、ナトリウム欠乏処理誘導性の食塩欲求試験を次の方法で行った。試験の前に水及び0.3MのNaCl摂取の対照測定を数日間にわたり行った。10時に0.12mlの通常食塩水(0.9%のNaCl)をマウス腹腔内に注射した。0.3MのNaClの瓶を取り除き、ナトリウム欠乏食を通常食の代わりに与えた。16時に通常食塩水の2回目の注射をした。その次の日の10時に水及び0.3MのNaClを与え12時、14時、16時に水及び0.3MのNaClの摂取量を測定した。その後同様なプロトコールで、同じマウスにより、フロセミド注射(0.12mlの通常食塩水中に0.6mg含有)、ナトリウム欠乏食でテストした(急性食塩欲求状態)。最後に通常のナトリウム含有食を与える点のみを変更したプロトコールによりナトリウム欠乏食の効果を評価した。結果を図8に示す。
【0063】
図8には、摂取された水及び0.3MのNaCl量が2時間毎の蓄積量として示されている。図8の上段にはナトリウムの無い食餌を通常の食塩水注射と組み合わせた結果が、中段にはナトリウムの無い食餌をフロセミド注射と組み合わせた結果が、下段にはナトリウムを含む食餌をフロセミド注射と組合せた結果が、実験処理直後から2時間毎の0.3MのNaCl(右側)及び水(左側)の蓄積合計摂取量の平均値プロットとして示されている。この実験のn数(匹)は10(+/+)、10(+/-)、10(-/-)であり、図8中の縦棒はS.E.を示し、*印はNaV2-/-マウスとNaV2+/+マウスの間で有意差(p<0.05)が認められたことを表している。図8からもわかるように、フロセミドの代わりに等張食塩水を腹腔内注射した場合(対照試験)に摂取した水及び0.3MのNaClの量はどのグループも同じであった(上段のグラフ)。フロセミド注射とナトリウム欠乏食によって誘導した急性食塩欲求条件下ではヌル変異体は野生型及びヘテロ接合型と比べて0.3MのNaCl摂取量の増加は約2倍であった(中段右のグラフ)。この異常な高張食塩水の摂取はナトリウム含有食を与えた場合には止まった(下段のグラフ)。
【0064】
[Nav2チャネルはナトリウム濃度依存性ナトリウムチャンネル]
Nav2チャネルがナトリウム濃度依存性ナトリウムチャンネルであることを以下の実験により確認した。まず、抗Nav2抗体を次のようにして作製した。ラットNav2チャンネルのインタードメイン2−3に存在するアミノ酸配列(SVSETVPIASGESDIK;配列番号8)からなるペプチドにヘモシアニンを結合させ、このヘモシアニン結合ペプチドを免疫原として白色ウサギを免疫し、常法により抗ラットNav2ウサギ抗血清を作製した。作製した抗血清を、免疫原に用いたペプチドが固定化されたカラムによって精製し、抗Nav2抗体を得た。この抗Nav2抗体の特異性はウエスタンブロットと免疫組織化学的解析によって確認した。精製した抗Nav2抗体を使用すると、遺伝子欠損マウスから作製した脳、肺、脊髄後根神経節、舌の切片には非特異的な陽性シグナルは認められなかった。
【0065】
次に、脊髄後根神経節の神経細胞を単離した。脊髄後根神経節を8〜16週令の野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した。Renganathanらの方法(J Newrophysiol 84, 710-718(2000))に従って、脊髄後根神経節から神経細胞を分散単離した。イオンイメージング実験に用いる前に、分散単離した神経細胞は、湿度100%、温度37℃、5%二酸化炭素の条件下で培養し、培養皿のガラスに接着させた。野性型マウス由来の脊髄後根神経節の神経細胞を、上記抗Nav2抗体を用いて染色することにより、すべての神経細胞がNav2陽性であることを確認した。また、分散単離した神経細胞の大きさは、小型(直径25ミクロン以下:約50%)、中型(直径25から40ミクロン:約40%)、大型(直径40ミクロン以上:約10%)から構成されていたが、これら三つの細胞種の大きさ、形状、生存率は、野性型マウスから単離したものも遺伝子欠損型マウスから単離したものも違いはなかった。なお、生存率については、トリパンブルーの染色によって検証した。
【0066】
また、脳弓下器官の神経細胞についても単離した。脳弓下器官を8〜16週令の野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した。脳弓下器官を可視化するためにエバンスブルーを前もって腹腔内に注入した。脳弓下器官の分散は、Jurzakらの方法(Brain Res 662, 198-208(1994))に従って行った。分散単離した神経細胞は、脊髄後根神経節の神経細胞の場合と同様に、湿度100%、温度37℃、5%二酸化炭素の条件下で培養し、培養皿のガラスに接着させ、実験に用いた。野性型マウス由来のいくつかの脳弓下器官の神経細胞を、上記抗Nav2抗体を用いて染色したところ、Nav2陽性神経細胞は20〜30%であった。なお、野性型マウスから単離した神経細胞と遺伝子欠損マウスから単離した神経細胞とは、大きさや生存率においても違いはなかった。
【0067】
上記野性型マウス及びNav2遺伝子欠損型マウスから調製した、脊髄後根神経節の神経細胞や脳弓下器官の神経細胞について、細胞内ナトリウムイオン及び細胞内カルシウムイオンの測定を実施した。細胞内ナトリウムイオンの測定には、SBFI/AM(sodium-binding benzofuran isophthalate acetoxymethyl ester)を用い、細胞内カルシウムイオンの測定には、Fura−2/AMを用いた。これらの指示薬をロードした培養細胞を付着させた培養皿を顕微鏡のステージに固定した。蛍光比(F340/F380)は蛍光イメージングシステムによってモニターした。データ測定のため、脊髄後根神経節の神経細胞については10秒毎に、また脳弓下器官の神経細胞については20秒毎に、それぞれサンプリングした。測定する前に、神経細胞は生理的な等張液(145mMの細胞外ナトリウム濃度)で30〜60分間インキュベートし、測定中、神経細胞は一定の環流液(5mMのKCl、2.5mMのCaCl2、1mMのMgCl2、10mMのHEPES、10mMのNaOH、所定濃度のNaCl、pH7.4(HClによる中和)に暴露し、環流液(細胞外液)は室温下一定流速(1ml/min)で環流した。
【0068】
脊髄後根神経節の神経細胞における蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を図9(参考写真4参照)及び図10に示す。図9からわかるように、細胞外NaCl濃度を145〜170mMに上昇させると、野性型マウス由来脊髄後根神経節の神経細胞の細胞内ナトリウムイオン濃度は急激に上昇し、そのまま定常状態に達したが、これに対し、遺伝子欠損マウス由来脊髄後根神経節の神経細胞では、野性型マウスにおけるような細胞内ナトリウムイオン濃度の上昇は全く観察されなかった(図9aとb)。また、野性型マウス由来脊髄後根神経節の神経細胞内ナトリウムの上昇は、すべての大きさの神経細胞で観察された(図9c)。これはNav2が全ての野性型マウスの脊髄後根神経節の神経細胞に発現することと一致する。
【0069】
また図10からわかるように、細胞内ナトリウムイオン濃度の上昇は、マンニトールを用いた浸透圧刺激や塩化コリンを用いた塩素イオン単独の刺激ではおこらず、メタンスルフォン酸ナトリウムを用いたナトリウムイオン単独の刺激によって引き起こされた(図10a)。よってこの現象はナトリウムイオン濃度の上昇によってのみ引き起こされることがわかった。また、塩化ナトリウムを用いて、細胞外ナトリウム濃度を120、130、140、150、160、165、170、180、190、200mMの10段階に調整し、細胞内ナトリウムイオン濃度の変化を解析したところ120〜150mMの間では全く反応が無く、160と165mMの細胞外ナトリウムイオン濃度で上昇が観察され、170mM以上の細胞外ナトリウムイオン濃度では、非常に大きな上昇が観察された(図10b)。このとき、細胞外ナトリウムを元の145mMに戻すと、徐々に細胞内ナトリウム濃度は元に戻っていく様子が観察された。細胞内のナトリウムストアは存在しないことから、この細胞内ナトリウム濃度の上昇は、Nav2チャネルを介した細胞外からの流入であると結論した。また、そのチャネル開口の閾値は160〜170mMの間にあると推察できる。
【0070】
この細胞外ナトリウムイオン濃度の上昇に伴う細胞内へのナトリウムの流入にNav2チャネル以外の分子が関与している可能性を検討するために、各種ナトリウムイオンポンプ、ナトリウムイオントランスポーター、ナトリウムイオンチャンネルの各ブロッカーの効果を調べた。その結果、TTX感受性の電位依存性ナトリウムチャネル(図10c)、アミロライド感受性ナトリウムチャネル(図10c)、ナトリウムグルコースコトランスポーター、ナトリウムカルシウムアンチポーター、ナトリウムカリウムクロライドトランスポーター、ナトリウムカリウムポンプの影響はないことがわかった。また、TTX非感受性の電位依存性ナトリウムチャンネルは、小型の脊髄後根神経節の神経細胞に特異的に発現しているため、全ての大きさの細胞種に反応が見られるこの現象には関与していないと結論した。ナトリウムカルシウムアンチポーターに関しては、カルシウムイメージングによっても関与が無いことを確かめた(図10d)。
【0071】
脳弓下器官の神経細胞における蛍光比(F340/F380)の蛍光イメージング結果を図11(参考写真5参照)に示す。図11からわかるように、中枢神経系のナトリウムイオン濃度検出器官である脳弓下器官の神経細胞においても、脊髄後根神経節の神経細胞と基本的に同様の結果が得られた。ただし、脳弓下器官の神経細胞のうち約20から30%の細胞が、Nav2免疫陽性細胞であり、これらNav2免疫陽性細胞は細胞内ナトリウムイオン濃度の上昇が観察されたが、Nav2免疫陰性細胞では、Nav2遺伝子欠損型マウスと同様に、細胞内ナトリウムイオン濃度の上昇は観察されなかった。これらのことから、脳弓下器官においてもNav2は、細胞外ナトリウムイオン濃度に依存して細胞内にナトリウムイオンを流入させるナトリウムチャンネルであることが証明できた。すなわち、Nav2はナトリウム濃度依存性ナトリウムチャンネルという新規ナトリウムチャンネルであることがわかった。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(A)〜(C)のいずれかの、非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換により不活性化され、NaV2を発現する機能を失ったヌル変異非ヒト動物を、
水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すことを特徴とするヌル変異非ヒト動物として使用する方法:
(A)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(B)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(C)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAからなる遺伝子であって、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項2】
非ヒト動物が、齧歯目動物であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
齧歯目動物が、マウスであることを特徴とする請求項2記載の方法。
【請求項4】
以下の(A)〜(C)のいずれかの、非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換により不活性化され、NaV2を発現する機能を失い、かつ、
水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物を、
塩分過剰摂取実験モデル動物として使用する方法:
(A)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(B)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(C)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAからなる遺伝子であって、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項5】
以下の(a)〜(c)のいずれかのタンパク質の、細胞外Naイオンレベルのセンサーとしての使用:
(a)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
(b)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
(c)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAによってコードされ、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質。
【請求項1】
以下の(A)〜(C)のいずれかの、非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換により不活性化され、NaV2を発現する機能を失ったヌル変異非ヒト動物を、
水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すことを特徴とするヌル変異非ヒト動物として使用する方法:
(A)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(B)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(C)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAからなる遺伝子であって、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項2】
非ヒト動物が、齧歯目動物であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
齧歯目動物が、マウスであることを特徴とする請求項2記載の方法。
【請求項4】
以下の(A)〜(C)のいずれかの、非ヒト動物の内在性遺伝子が破壊・欠損・置換により不活性化され、NaV2を発現する機能を失い、かつ、
水分充足条件下では野生型と同様な食塩の摂取挙動を示し、水分飢餓条件下では野生型に比べ多量の高張塩分の摂取挙動を示すヌル変異非ヒト動物を、
塩分過剰摂取実験モデル動物として使用する方法:
(A)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(B)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子:
(C)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAからなる遺伝子であって、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項5】
以下の(a)〜(c)のいずれかのタンパク質の、細胞外Naイオンレベルのセンサーとしての使用:
(a)配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
(b)配列番号3に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質:
(c)65℃でのハイブリダイゼーション、及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理を含むストリンジェントな条件下で、配列番号2に示される塩基配列の相補的配列からなるDNAとハイブリダイズするDNAによってコードされ、かつ、脳脊髄液及び血中の浸透圧をモニターする脳内神経細胞においてNaイオンレベルのセンサーとして作用するタンパク質。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−284169(P2010−284169A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−177792(P2010−177792)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【分割の表示】特願2001−222263(P2001−222263)の分割
【原出願日】平成13年7月23日(2001.7.23)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【分割の表示】特願2001−222263(P2001−222263)の分割
【原出願日】平成13年7月23日(2001.7.23)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】
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