Notchリガンドを用いた血管内皮前駆細胞への分化誘導法
【課題】未成熟幹細胞の培養条件を改善することによって質的により良い血管内皮前駆細胞(EPC)を取得する方法を提供する。
【解決手段】培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることを含む、未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞へと分化誘導させる方法。Nochリガンドを高発現する細胞と未成熟幹細胞を隣接した状態で共培養する分化誘導方法、および、分化誘導された血管内皮前駆細胞をを含む、血管治療のための細胞移植療法剤。
【解決手段】培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることを含む、未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞へと分化誘導させる方法。Nochリガンドを高発現する細胞と未成熟幹細胞を隣接した状態で共培養する分化誘導方法、および、分化誘導された血管内皮前駆細胞をを含む、血管治療のための細胞移植療法剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Notchリガンドを用いた未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞への分化誘導法、上記分化誘導法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞、並びに上記血管内皮前駆細胞を含む血管治療のための細胞移植療法剤。
【背景技術】
【0002】
血管系の形成は、発生段階でも初期段階の現象の一つであり、成体になった後でも一生を誕生、修復、死滅の繰り返しとする動的な構造を持つ。最近では幹細胞、また再生医学の著しい発展と共に、初期発生段階のみにとどまらず、成体になった後でも血管修復を行うといった、様々な組織損害に対し能動的に対処しながら血管形成に重要な役割を果たしている細胞が注目されるようになってきた。血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cell:EPC)は、末梢血液中の単核球成分の一部で、これは血管形成のため骨髄組織から効率的に成長、分化し、また血管形成が進行中の場所への移動、導入される成体新血管形成において重要な機能を持つ細胞であることが分かってきた(非特許文献1〜3)。現在臨床においては、重症の虚血性心疾患である冠動脈疾患や、下肢虚血性疾患に対する血管内皮前駆細胞移植治療による血管再生療法が試みられている。このことから心血管、また臓器の再生能力をEPCが高める可能性に期待がおかれている。血管内皮前駆細胞をさらに臨床応用するためには、ごく微量存在している血管内皮前駆細胞を機能的に改善することが必要である。
【0003】
一方、Notch 信号伝達系については以下の報告がある。
(1)発生段階における血管発生に対する Notch 信号伝達系の関与については、Notch1, Notch4, Jagged-1, DII-4 遺伝子変異マウスの解析がなされており、発生段階 E10において既に血管構造の異常が発見され、胎児の死亡も確認されている(非特許文献4〜7を参照)。
【0004】
(2)ヒトの病気と Notch 信号伝達系の関連性に関する報告としては、Alagile syndromeと CADASIL 血管疾病が頻繁に報告されている。これらの二つの疾患はともに、染色体の突然変異の異常による遺伝性疾患で治療方法は報告されておらず、血管系の異常に起因する全身性異常を伴う病気である。Jagged-1遺伝子変異が起こると心血管異常を含むAlagile syndromeを起こし、Notch4の遺伝子変異が起こると退行性血管疾患である CADASIL疾病を起こすことが報告されている(非特許文献8及び非特許文献9を参照)。
【0005】
(3)細胞分化と Notch 信号伝達系との関連性に対する報告としては、溶解性Jagged-1タンパクを試験管内で細胞培養系に添加すると血管内皮細胞への形態変化が見られ血管新生現象を誘導するという報告がある。また、細胞増殖を誘導することも報告されている(非特許文献10及び11を参照)。
【0006】
【非特許文献1】Asahara T et al., Science 1997;275:964-7
【非特許文献2】Asahara T et al., EMBO J 1999;18:3964-72
【非特許文献3】Takahashi T et al., Nat Med 1999;4:434-8
【非特許文献4】Oda T et al., Nat Genet 16:235-242
【非特許文献5】Krebs,L.T.et al.,Genes Dev;2000;14;1343-1252
【非特許文献6】Xue Y et al., Hum.Mol.Genet;1999;8;723-730
【非特許文献7】Nicholas W.G et al.,PNAS;2004;101;15949-15954
【非特許文献8】Li L et al.,Nat Genet. 1997 Jul;16(3):243-51.
【非特許文献9】Varnum-Finney,B.et al.,Nat Med;2000;6;389-395
【非特許文献10】Wong MK et al.,BBRC;2000;268;853-859
【非特許文献11】Frances N.Karanu et al.,J Exp Med;2000;192;1365-1372
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、未成熟幹細胞の培養条件を改善することによって質的により良い血管内皮前駆細胞(EPC)を取得する方法を提供することを解決すべき課題とした。さらに本発明は、上記方法で得られた血管内皮前駆細胞(EPC)を用いた血管治療剤を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、血管内皮前駆細胞を含む幹細胞の分化誘導系を、細胞運命決定因子であるNotch シグナルを増加させるJagged-1、 Delta-4分子を利用して樹立することに成功した。これらの結果に基づき、Notch シグナルを増加して分化誘導した細胞を利用することにより、下肢虚血性疾患に対する細胞移植治療が可能であることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0009】
即ち、本発明によれば、培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることを含む、未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞へと分化誘導させる方法が提供される。
【0010】
好ましくは、未成熟幹細胞は骨髄未分化細胞である。
好ましくは、骨髄未分化細胞はlineage negative cellである。
【0011】
好ましくは、Notch 信号伝達系のリガンドは、Jagged-1又はDelta-4である。
好ましくは、Notchリガンドを高発現する細胞と未成熟幹細胞とを隣接した状態で共培養する。
【0012】
本発明の別の側面によれば、上記した本発明の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞が提供される。
【0013】
本発明のさらに別の側面によれば、上記した本発明の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞を含む、血管治療のための細胞移植療法剤が提供される。
好ましくは、本発明の細胞移植療法剤は、虚血性血管疾患の治療のために使用される。
【発明の効果】
【0014】
本発明による分化誘導法を用いることにより質的に優秀な血管内皮前駆細胞を作製することが可能である。本発明の分化誘導法により作製される分化誘導された内皮前駆細胞は、糖尿病や心筋梗塞などの虚血性疾患の治療のために有用である。また、血管内皮前駆細胞は他の細胞への分化可能性が少ないため、副作用などのリスクが低いという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明による未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞へと分化誘導する方法は、培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることを特徴とする。
【0016】
培養されている未成熟幹細胞としては、骨髄未分化細胞、骨髄多機能性幹細胞(Bone marrow multipotent adult progenitor cells, MAPC)、骨髄間葉系幹細胞(Mesenchymal stem cells; MSCs)、造血幹細胞(hematopoietic stem cells)、胚性幹細胞(ES細胞)、始原生殖細胞(primordial germ cells)、各組織幹細胞(心臓、肝臓、膵臓、腎臓、前立腺、乳腺、表皮、毛包、腸管上皮、骨、骨格筋、脂肪、神経、網膜、内耳)などを使用することが出来る。好ましくは、未成熟幹細胞として骨髄未分化細胞を用いることが出来る。
【0017】
骨髄未分化細胞としては、例えば、細胞運命が決定されていないLin (-)細胞(T細胞, B細胞, Macrophage, erythrocyteなど分化した細胞を除いた未分化細胞)を用いることができる。このような未分化細胞 (lineage negative cell)(Lin (-)細胞)は、先ず骨髄細胞から骨髄を分離した後、biotin化した Cocktail抗体を反応させた後、streptoavidin beadsの反応を行った後、MidiMACS separator(Miltenyi Biotec.)を用いて分離することができる。
【0018】
本発明では、培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させる。未成熟幹細胞の培養は通常の動物細胞の培養法に準じて行うことができる。
【0019】
本明細書で言う血管内皮前駆細胞(EPC)とは、培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることによって未成熟幹細胞から分化誘導された細胞のことを言う。
【0020】
血管内皮前駆細胞(EPC)が末梢血液中の単核球成分の一部として分離されて以来、その特質の究明が進行中である。EPCは、まず血管内皮系特性として(1)特異的表面抗原の発現(2)acetyl化LDLの導入能力(3)tube形成能力あるいは成体血管内導入、などで特定することが出来る。ヒトEPCの表面マーカーを中心とした報告を見るとCD34、CD133(AC133)、KDR (VEGFR-2、 Flk-1)、 VE-カドヘリン、 CD31(PECAM-1)が発現しており、少し遅れてFlt-1 (VEGFR-1)、Tie-1、E-セレクチンが発現していることが報告されている。マウスの場合では、血球前駆細胞とその元が似ているという視点から、Sca-1(+)細胞、c-kit(+)細胞を中心として特質の究明が進行中である。特にFlk-1 (VEGFR-2、 KDR)、 CD31 (PECAM-1)、 VE-cadherin(+)細胞はEPCの特性を現していることで重要だと考えられている。
【0021】
EPCは骨髄由来の極めて少ない量の細胞で、生体内の様々な信号によって増殖、分化することが分かっている。EPCの特質究明の進行と共に、比較的初期段階で幹細胞として認められている細胞(AC133、 KSL、 SP 細胞)を中心として試験管内での増殖、あるいは分化の研究が進行中である。SDF-1 (stromal derived factor-1)は VEGFと bFGFの オートクリンシグナルによって血管内皮細胞の形成と血管形成に重要であることが報告されている。これらは虚血性疾患動物モデルと試験管内での培養実験を通して証明され、特に骨髄組織内でのEPC分化あるいは細胞移動に対する役割が報告されている(Yamaguchi J, Kusano KF, Masuo O, Kawamoto A, Silver M, et al, Circulation. 2003;107(9):1322-1328)。また、VEGFはEPCの動員、あるいは分化に極めて重要であり、出生後の新血管形成に必須な分子であることが分かっている(Isner JM,Asahara T. J Clin Invest 1999;103:1231-1236;及びIwaguro H, Yamaguchi J, Kalka C, Murasawa S, Masuda H, et al, Circulation. 2002;105(6):732-738)。VEGF, SCF, SDF-1などのサイトカインは、信号伝達系を通じてEPCの増殖、分化、虚血組織への移動等、EPCの能動的な機能発現の為に重要だと考えられる(Asahara T, Masuda H, Takahashi T, Kalka C, Pastore C, Silver M,et al. Circ.Res 1999;83:221-228及びKalka C, Masuda H, Takahashi T, Kalka-Moll WM, Silver M, Kearney M, et al. Proc Natl Acad Sci USA 2000;97:3422-3427)。
【0022】
Notchリガンドとは、Notch受容体に結合して、Notchシグナル伝達を発生させる物質を意味する。Notchリガンドとしては、Jagged類とDelta類が知られている。例えば、DeltaがNotchに結合すると、Notchの細胞内領域が切り離され、細胞核に移行して他の遺伝子の発現を促進することにより、細胞分化を制御すると考えられている。また、DeltaはNotchに類似する構造を有し、Notchと同様に細胞膜に結合している。従って、シグナルを送るためには蛋白質同士が結合することが必要であることから、Deltaを発現する細胞とNotchを発現する細胞は隣接していることが必要である。上記の通り、Notchシグナル伝達系の特徴の一つとして、隣接する細胞の情報伝達を仲介するということが挙げられる。
【0023】
本発明で好ましく用いることができるNotchリガンドとしては、Jagged-1及びDelta-4を挙げることができる。
【0024】
未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させる方法としては、例えば、Notchリガンドを高発現する細胞と骨髄未分化細胞とを隣接した状態で共培養することができる。具体的には、本明細書の実施例1(図1cも参照)に記載した方法を用いることができる。即ち、直径1μmあるいは 0.4μmの穴が1.0 x 108/cm2の密度で存在している既存のInsert培養系(BD Falcon)を用いて、あらかじめ外側に3時間ほど2.5x105/dish のNotchリガンド遺伝子導入3T3細胞を付着させた後、裏返し、内側に骨髄由来の未分化細胞(1x106/dish)を培養する方法を用いることができる。
【0025】
上記した本発明の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞、並びに上記血管内皮前駆細胞を含む虚血性疾患治療のための細胞移植療法剤も本発明の範囲内に含まれる。
【0026】
本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞は、Notch受容体(Notch receptor)を発現し、細胞の形態についても血管内皮前駆細胞と思われる形態を呈することが好ましい。また、本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞では、EPCの特異的な分化マーカーであるCD31及びFlk-1の発現が陽性であることが好ましい。
【0027】
また本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞では、増殖能力が亢進していることが好ましく、VEGF依存的に増殖能力が亢進していることが好ましい。さらに本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞では、VEGF依存的に細胞移動能力が増加していることが好ましい。
【0028】
次に、血管内皮前駆細胞を含む虚血性疾患治療のための細胞移植療法剤について説明する。本発明の方法により分化誘導された血管内皮前駆細胞は、好ましくは増殖能力が亢進しており、また細胞移動能力も増加しているため、質的に優れた血管内皮前駆細胞である、虚血性疾患治療のための細胞移植療法剤として使用することができる。
【0029】
本発明の細胞移植療法剤は、例えば公知の方法に従い、本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞を細胞懸濁液とすることによって調製することができる。
【0030】
本発明の細胞移植療法剤は、例えば、虚血性疾患の治療のために安全に使用することができる。
【0031】
本発明の細胞移植療法剤を投与する対象は好ましくは哺乳動物(例えば、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ、サルなど)であり、特に好ましくはヒトである。本発明の細胞移植療法剤の投与方法は特に限定されず、カテーテルで挿入する、直接血管に注射する、静脈に注射する、バイオプシーなどの方法により投与することができる。
【0032】
本発明の細胞移植療法剤の投与量、投与回数は本発明の効果が得られる限り特に限定されない。投与量については、投与1回当たりの細胞数として、成人一人当たり一般的には、104〜108細胞程度、好ましくは、105〜107細胞程度とすることができる。投与回数は1回以上であれば、任意の回数だけ投与することができ、一般的には1〜10回、好ましくは1〜5回程度である。
【0033】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
実施例1:
血管内皮前駆細胞の分化誘導系は、以下の方法で確立した。
Notch ligandである Jagged-1,DII-1, DII-4を大量発現している細胞を、3T3細胞株にretro-viral遺伝子導入法を用いて各遺伝子を導入して確立した(Hozumi, K. et al., J. Immunol;170;4973-4979;2003)。Notchリガンド遺伝子の導入は、 各々の3T3細胞からRNeasy Micro Kit (QIAGEN)を用いてRNAを分離精製して、特定遺伝子を増幅させる RT-PCR法によって確認した(図1a)。
【0035】
また、 Notch 2を発現させた CHO細胞株を用いて、信号が入った場合に蛍光を発生するreporter遺伝子を組み込んだ実験系(Kumano K et al.,Immunity 18;699-711)を作成し、Leuciferase法により、信号伝達が可能な細胞が樹立したことを確かめた(図1b) 。
【0036】
血管内皮前駆細胞の分化誘導系は、直径1μmあるいは 0.4μmの穴が1.0 x 108/cm2の密度で存在している既存のInsert培養系(BD Falcon)を用いて、あらかじめ外側に3時間ほど2.5x105/dish のNotchリガンド遺伝子導入3T3細胞を付着させた(10%FBSを含むD-MEM培地)後、裏返し、内側に骨髄由来の未分化細胞(1x106/dish)を浅原らの方法(Asahara T et al.、Science 275;964-967;1997)で培養するシステム(EPC分化誘導系)を確立した(図1c)。
【0037】
骨髄由来の未分化細胞をEPC分化誘導系で4日間培養した後、Notchシグナルに応答するHes-1の遺伝子が発現していることをRT-PCR法で用いて確認した(図1d) 。以上のようにして、Notchリガンドを骨髄由来の未分化細胞に作用させて、血管内皮前駆細胞に分化させる系を確立した。
【0038】
実施例2:
実施例1に示した血管内皮前駆細胞の分化誘導系を用いて、Notchリガンドの分化誘導性について調べた。マウス骨髄組織から、まだ細胞運命が決定されていないLin (-)細胞(T細胞, B細胞, Macrophage, erythrocyteなど分化した細胞を除いた未分化細胞)を Midi MACS Separatorを用いて分離した。分離方法は、まずマウス骨髄から骨髄細胞を分離後、biotin化した Cocktail 抗体 (B220, CD3, Gr-1, Mac-1, TER-119,BD)を 4℃で20分間反応させた後、 streptoavidin beads (Miltenyi Biotec. )を同じ条件下で反応させた。これらの細胞から、Midi MACS Separatorを用いて未分化細胞 (Lin(-)細胞)を分離した。EPC分化誘導系で分離したLin (-)細胞を4日間培養した後、 RNAをRNeasy Micro Kit (QIAGEN)を用いて精製した。Notch receptorの発現程度をRT-PCR法で確認した結果、リセプター1,2,3,4の発現は、どのNotchリガンドでも変わりがなかった(図2a)。また、培養4日後に細胞の形態変化を顕微鏡で確認した結果、Jagged-1と DII-4で特異的に血管内皮前駆細胞と思われる形態に変化していることが観察された(図2b)。
【0039】
実施例3:
Notchシグナルにより骨髄未分化細胞を刺激する血管内皮前駆細胞の分化誘導系で、未分化細胞の血管内皮前駆細胞(EPC)への分化の状況を調べた。EPC分化誘導系で4日間培養したLin(-)細胞を、EPCの特異的な分化マーカーであるCD31とFlk-1に対する抗体(BD,E-Bio)をそれぞれ4℃20分間反応させる方法で染色した。さらにstreptoavidin-APC抗体(e-Bio)を同じ方法で反応させた後、FACS分析を行った。その結果、Jagged-1とDII-4により、CD31/Flk-1陽性細胞が対照群より約2倍以上増加していることが見出された(図3)。このことは、NotchリガンドJagged-1とDII-4により、骨髄未分化細胞が血管内皮前駆細胞に分化していることを示す。
【0040】
実施例4:
実施例1で確立したEPC分化誘導系で得た血管内皮前駆細胞(EPC)の特性分析のために以下の実験を行った。実施例2に記載した分離方法によって精製した骨髄組織由来のLin (-)細胞を4日間 EPC分化誘導系で培養後、EDTA-PBS (Sigma)を用いて細胞を分離させた後、細胞の特性分析を行った。まず、FACS法を用いてEPCの分化マーカーであるCD31と Flk-1 (VEGFR2) の発現を調べ、NotchシグナルのEPC分化マーカーの発現量に対する影響を検討した。EPC分化誘導系で得た細胞1x105個を、抗CD31抗体(BD)と抗Flk-1抗体 (e-Bio)で4℃20分間染色し、FACS分析法を用いて分析した。その結果、図4a
に示すように、Jagged-1とDII-4の誘導系において分化マーカー発現パターン(赤色)が空ベクターの発現パターン(黒色)と比べて右側へシフトしていることが観察された。このことは、Jagged-1とDII-4の誘導系のほうが対照群よりもEPC分化マーカー(CD31, VEGFR2)の平均的な発現量が著しく増加していることを示している。また、RT-PCR法によりEPC分化マーカーのRNA量を測定した結果、Jagged-1とDII-4の誘導系においてCD31と Flk-1(VEGFR2)のmRNA発現が増加していることがわかった(図4b)。また、VE-cadherinのmRNA量の増加も見られた(図4b)。
【0041】
実施例5:
EPC分化誘導系でのLin(-)細胞のEPCへの分化の程度を調べるために、Ac-LDL導入実験(Takahashi T et al、Nature Med.;5;434-438;1999)を行った。EPC分化誘導系で4日間共培養した骨髄組織由来のLin (-)細胞を、Fibronectinコーティングされている4 chamber(BD)で培養後、Acetyl LDL(red) (Biomedical Technologies Inc.)を導入した。この緑色の蛍光が付着した細胞群に蛍光標識Iso-lectinGS-IB4 (Sigma)を30分間反応させた後、染色された細胞群を高倍率蛍光顕微鏡を用いて観察した。そのうちから高倍率のイメージ写真50枚を無作為に選び、染色された細胞数を数値化した結果、Jagged-1と DII-4のEPC分化誘導系において対照群およびDII-1より多くの細胞が観察され,著しい分化の亢進が認められた(図5)。このことより、NotchシグナルのうちJagged-1とDII-4は強力にEPCへの分化を誘導することができることがEPCの機能的側面からも明らかになった。
【0042】
実施例6:
実施例1で樹立したEPC分化誘導系で得たEPCの増殖能力を調べた。骨髄組織から得たLin(-)細胞をEPC分化誘導系で4日間共培養した後細胞数を計測したが、細胞数の変化は認められなかった。しかし、これらの細胞をWST法でその増殖能力を調べた結果、Jagged-1群のみ増殖能力の亢進が認められた(図6a)。
【0043】
更にEPCの成長因子であるVEGFに対する感受性を調べた。EPC分化誘導系で得た細胞を、更に1%FBSを含む培地で12時間 starvationさせた後、異なる濃度のVEGF(0, 4, 20, 100 ng/ml,R&D)を添加してさらに2日間培養した。それらの細胞をWST-1試薬存在下で3時間培養した後、蛍光リーダーを用いて計測した。その結果、図6bに示すように、NotchシグナルのうちJagged-1とDII-4は、VEGFに対するEPCの感受性を亢進させたことが明らかになった。
【0044】
実施例7
実施例1のEPC分化誘導で得た細胞を1%FBSを含む培地で12時間 starvationさせた後、Boydenチェンバーの下方に様々な濃度のVEGF(0, 4, 20, 100 ng/ml, R&D)を添加後、細胞移動を調べる Boyden Chamber Migration実験を行った。その結果、図7に示すように、Jagged-1と DII-4グループで対照群およびDII-1と比較して細胞移動能力がVEGF濃度依存的に増加していることが確認された。
【0045】
実施例8:
実施例1〜7までの実験結果から、Notchシグナルによって刺激された骨髄組織由来の未分化細胞(Lin(-)細胞)はEPCに分化誘導できているということを確認した。そこで、これらのEPC分化誘導系で得たEPCの血管形成能力をin vivoで調べるために、下肢虚血動物モデルを作成した(Kalka C et al,PNAS;97;3422-3427;2000, Iwaguro H et al、Circulation 105;732-738;2002)。この下肢虚血動物モデルに2.5 x 105のEPCを静脈注射し、下肢の傷害改善程度を肉眼的な観察やMoorLDI (Moor Instruments)を用いて調べた。
【0046】
肉眼的観察では、図8aに示すように、Jagged-1やDII-4グループでは、空ベクターやDII-1と比較して顕著な下肢虚血部分の再生を認めた。MoorLDI (Moor Instruments)で下肢虚血疾患の非誘導部分との比較により再生程度を数値化して比べてみた結果、Jagged-1とDII-4グループで著しく血流の改善が認められた(図8b及びc)。更に、再生した組織切片を蛍光標識Iso-lectinGS-IB4 (Sigma)に30分間反応させて組織染色を行った。 Iso-lectin B4陽性細胞を指標として再生組織の毛細血管の密度(IB4+cell/HPF)を調べた結果、Jagged-1とDII-4のグループは対照群およびDII-1より明らかに増加していることが明らかになった(図8d)。以上の結果から、Jagged-1やDII-4等のNotchリガンドによる刺激でin vitroで生成させたEPCは、下肢虚血動物モデルにおいて虚血組織の治癒、再生を促進する能力があることが示された。
【0047】
実施例9
実施例8で、EPC分化誘導系で得たEPCは下肢虚血動物モデルで虚血組織の治癒、再生を促進する能力があることが認められたので、さらにそのメカニズムを明らかにするためにEPCの虚血組織内への浸透について調べた。GFPマウス(文献)の骨髄より実施例2に示した方法で未分化細胞(Lin(-)細胞)を分離し、これらの細胞を実施例1に示したEPC分化誘導系で4日間分化誘導した。このGFPマウス由来のEPC2.5x105個を下肢虚血モデルマウスに細胞移植 (下肢虚血モデル作成と同時に静脈注射)を行った。移植1週間後、
虚血部位の組織より10umの切片を作成し免疫染色を行った。組織切片を抗CD31抗体 (purified rat anti-mouse CD31, BD)と4℃で12時間反応させた後、Alexaflour 598 を結合させた抗マウスIgG抗体(Molecular probes)を4℃で1時間反応させ、蛍光顕微鏡で観察した。血管内皮細胞の特異的マーカーであるCD31の組織染色の結果から、下肢虚血モデルマウスの血管内に導入されたGFPマウス由来のEPCは対照群およびDII-1よりJagged-1, DII-4グループで顕著に増加していることが観察された(図9a及びb)。移植したEPCの、組織での分化の状況を明らかにするために、移植から4週間後、下肢虚血モデルマウスの虚血組織の切片を毛細血管や静脈の染色が可能なIso-lectin GS-IB4(Molecular probes;図9c)とalpha- smooth muscle actin抗体 (Sigma;図9d)を用いて染色を行った。その結果、Jagged-1やDII-4で誘導されたEPCは対象群やDII-1に比較して、毛細血管への分化が頻繁に観察され、動静脈などの血管組織への分化にも貢献していることが認められた。以上の結果から、 Notchシグナルによって分化誘導されたEPCは、虚血組織に浸透して血管内皮細胞に分化し、血管の再生に重要な役割を果たしていることが明らかになった。
【0048】
実施例10
EPCの分化増殖に対するNotchリガンドの役割を明らかにするために、Notchリガンド遺伝子のconditional 遺伝子欠損マウスを作成した。conditional 遺伝子欠損マウスの作成は、Hozumiらの方法(Hozumi K. et al., Nature Immunology;5;638-644)に準じて行った。すなわち、conditional 遺伝子欠損の方法は200μg/miceのPoly I/C(Amersham Biosciences)を4回にわたってマウス腹腔内に注射後、Cre 遺伝子特異的な酵素反応によってJagged-1や DII-1遺伝子を選択的に除去した(図10)。
【0049】
実施例11
conditional 遺伝子欠損マウスの骨髄組織から未分化細胞をMidiMACS separatorを用いて実施例2の方法で精製後、Sca-1陽性Beads(Miltenyi Biotec. )でさらに分離精製してFACS分析をおこなった。これらの細胞をEPC特異的なマーカーであるCD31とFlk-1の抗体で4℃、20分間反応させた後、streptoavidin APC(e-Bio)でさらに20分間反応させFACS法により分析を行った。その結果、Jagged-1 遺伝子欠損マウスでは、CD31(+)Flk-1(+)細胞がDII-1欠損マウスや対照群より少ないことがわかった(図11a)。
【0050】
また上記の方法で得られたEPCについて、実施例5の方法でAcetyl-LDL導入を行い、蛍光標識Iso-lectinGS-IB4(Sigma)で染色後、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、Jagged-1遺伝子欠損マウスではDII-1欠損マウスや対象群と比較して、EPCに分化した細胞が著しく減少していることが明らかとなった(図11b)。
【0051】
以上の結果から、EPCの分化は生体内でJagged-1依存的におきている現象の一部であることが明らかになった。
【0052】
実施例12
実施例10の2種類(Jagged-1, DII-1)のconditional遺伝子欠損マウスに、実施例8の方法で下肢虚血疾患モデルを作成し、虚血組織部分の修復程度を観察した。Jagged-1遺伝子欠損マウスでは血流の改善度が著しく阻害されていたが(図12a及びb)、DII-1遺伝子欠損マウスでは対照群マウスとほとんど差が認められなかった (図12c及びd)。
さらに実施例8に述べた方法で、conditional遺伝子欠損マウスの骨髄組織よりEPCを分離精製後 5 x 105の細胞を静脈注射する方法によって下肢虚血性疾患モデルヌードマウスに移植した。その結果、Jagged-1遺伝子欠損マウスからのEPC移植マウスではDII-1欠損マウスや対象群と比較して血流の修復が阻害されていた(図12e)。以上の結果、Jagged-1遺伝子の欠損によりEPCはその組織修復能力も劣ることが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、Jagged-1,DII-1, DII-4を大量発現する細胞についてRT-PCR法で発現を確認した結果(図1a)、Leuciferase法を利用して信号伝達が可能な細胞が樹立したことを確かめた結果(図1のb)、Jagged-1,DII-1, DII-4を大量発現する細胞と幹細胞とを共培養するためのシステム(図1c)、及びEPC分化誘導系で骨髄由来の未分化細胞を培養した後、Hes−1の遺伝子発現をRT-PCR法で確認した結果(図1d)を示す。
【図2】図2は、分離したLin (-)細胞を4日間培養した後、 Notch receptorの発現程度をRT-PCR法で確認した結果(図2a)、及び培養4日後の細胞の形態変化を顕微鏡で確認した結果(図2b)を示す。
【図3】図3は、Notchシグナルによって骨髄未分化細胞を刺激しながら樹立したEPC分化培養システムでEPC分化程度を調べた結果を示す。
【図4】図4は、骨髄組織由来のLin (-)細胞を4日間培養後に細胞を分離し、FACS法を用いてCD31と Flk-1 の発現量を検討した結果(図4a及びb)、及びRT-PCRによりCD31, Flk-1(VEGFR2)及びVE- cadherineのRNA量を確認した結果(図4c)を示す。
【図5】実施例5:Notchシグナルが増加された培養系に4日間共培した骨髄組織由来のLin (-)細胞をFibronectinコーティングされている4 chamberに培養後、 Ac-LDL導入実験をおこなった結果を示す。
【図6】図6は、骨髄組織細胞を分離精製後に各細胞群と共培した後、増殖反応能力を調べた結果(図6a)、及びVEGF依存的な増殖反応を調査した結果(図6b)を示す。
【図7】図7は、 実施例1で確立した細胞にVEGF(0, 4, 20, 100 ng/ml, R&D)を添加後、細胞移動を調べる実験を行った結果を示す。
【図8】図8は、下肢虚血モデルを作成後に細胞移植を行い、下肢の疾患改善程度を肉眼的に観察した結果(図8a)、下肢血管疾患の再生程度を数値化して比べた結果(図8b及びc)、及び血管内皮表面蛋白質であるIsolectin B4蛍光標識に反応させて組織染色を行った結果(図8d)を示す。
【図9】図9は、虚血性血管疾患モデルに細胞移植 (2.5x105個の細胞をモデル作成と同時に静脈注射する方法)を行った後、損傷組織切片を作成し、免疫染色を行った結果(図9a及びb)、及び毛細血管や静脈の染色が可能なIso-lectin B4の蛍光標識とalpha- smooth muscle actinの蛍光標識を用いて染色を行った結果(図9c及びd)を示す。
【図10】図10は、Cre 遺伝子特異的な酵素反応によってJagged-1や DII-1が選択的に除去されるシステムを示す。
【図11】図11は、骨髄組織からの未分化細胞をMACS分離システムを用いて精製後、Sca-1陽性Beadsを利用して分離精製後、FACS分析(BD)を行った結果(図11a)、及び試験管内で 分化したEPCの数についてAc-LDL導入能力とIso-lectin B4の陽性細胞を指標として実験を行った結果(図11b)を示す。
【図12】図12は、遺伝子欠損マウス(Jagged-1, DII)に虚血性血管疾患モデルを作成し、その血流の修復改善度を調査した結果を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0054】
SEQUENCE LISTING
<110> Tokai University
<120> A method for inducing differentiation into endothelial progenitor cell using Notch ligand
<130> A51747A
<160> 4
<210> 1
<211> 22
<212> DNA
<213> Artificial Sequence
<220>
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【技術分野】
【0001】
本発明は、Notchリガンドを用いた未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞への分化誘導法、上記分化誘導法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞、並びに上記血管内皮前駆細胞を含む血管治療のための細胞移植療法剤。
【背景技術】
【0002】
血管系の形成は、発生段階でも初期段階の現象の一つであり、成体になった後でも一生を誕生、修復、死滅の繰り返しとする動的な構造を持つ。最近では幹細胞、また再生医学の著しい発展と共に、初期発生段階のみにとどまらず、成体になった後でも血管修復を行うといった、様々な組織損害に対し能動的に対処しながら血管形成に重要な役割を果たしている細胞が注目されるようになってきた。血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cell:EPC)は、末梢血液中の単核球成分の一部で、これは血管形成のため骨髄組織から効率的に成長、分化し、また血管形成が進行中の場所への移動、導入される成体新血管形成において重要な機能を持つ細胞であることが分かってきた(非特許文献1〜3)。現在臨床においては、重症の虚血性心疾患である冠動脈疾患や、下肢虚血性疾患に対する血管内皮前駆細胞移植治療による血管再生療法が試みられている。このことから心血管、また臓器の再生能力をEPCが高める可能性に期待がおかれている。血管内皮前駆細胞をさらに臨床応用するためには、ごく微量存在している血管内皮前駆細胞を機能的に改善することが必要である。
【0003】
一方、Notch 信号伝達系については以下の報告がある。
(1)発生段階における血管発生に対する Notch 信号伝達系の関与については、Notch1, Notch4, Jagged-1, DII-4 遺伝子変異マウスの解析がなされており、発生段階 E10において既に血管構造の異常が発見され、胎児の死亡も確認されている(非特許文献4〜7を参照)。
【0004】
(2)ヒトの病気と Notch 信号伝達系の関連性に関する報告としては、Alagile syndromeと CADASIL 血管疾病が頻繁に報告されている。これらの二つの疾患はともに、染色体の突然変異の異常による遺伝性疾患で治療方法は報告されておらず、血管系の異常に起因する全身性異常を伴う病気である。Jagged-1遺伝子変異が起こると心血管異常を含むAlagile syndromeを起こし、Notch4の遺伝子変異が起こると退行性血管疾患である CADASIL疾病を起こすことが報告されている(非特許文献8及び非特許文献9を参照)。
【0005】
(3)細胞分化と Notch 信号伝達系との関連性に対する報告としては、溶解性Jagged-1タンパクを試験管内で細胞培養系に添加すると血管内皮細胞への形態変化が見られ血管新生現象を誘導するという報告がある。また、細胞増殖を誘導することも報告されている(非特許文献10及び11を参照)。
【0006】
【非特許文献1】Asahara T et al., Science 1997;275:964-7
【非特許文献2】Asahara T et al., EMBO J 1999;18:3964-72
【非特許文献3】Takahashi T et al., Nat Med 1999;4:434-8
【非特許文献4】Oda T et al., Nat Genet 16:235-242
【非特許文献5】Krebs,L.T.et al.,Genes Dev;2000;14;1343-1252
【非特許文献6】Xue Y et al., Hum.Mol.Genet;1999;8;723-730
【非特許文献7】Nicholas W.G et al.,PNAS;2004;101;15949-15954
【非特許文献8】Li L et al.,Nat Genet. 1997 Jul;16(3):243-51.
【非特許文献9】Varnum-Finney,B.et al.,Nat Med;2000;6;389-395
【非特許文献10】Wong MK et al.,BBRC;2000;268;853-859
【非特許文献11】Frances N.Karanu et al.,J Exp Med;2000;192;1365-1372
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、未成熟幹細胞の培養条件を改善することによって質的により良い血管内皮前駆細胞(EPC)を取得する方法を提供することを解決すべき課題とした。さらに本発明は、上記方法で得られた血管内皮前駆細胞(EPC)を用いた血管治療剤を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、血管内皮前駆細胞を含む幹細胞の分化誘導系を、細胞運命決定因子であるNotch シグナルを増加させるJagged-1、 Delta-4分子を利用して樹立することに成功した。これらの結果に基づき、Notch シグナルを増加して分化誘導した細胞を利用することにより、下肢虚血性疾患に対する細胞移植治療が可能であることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0009】
即ち、本発明によれば、培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることを含む、未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞へと分化誘導させる方法が提供される。
【0010】
好ましくは、未成熟幹細胞は骨髄未分化細胞である。
好ましくは、骨髄未分化細胞はlineage negative cellである。
【0011】
好ましくは、Notch 信号伝達系のリガンドは、Jagged-1又はDelta-4である。
好ましくは、Notchリガンドを高発現する細胞と未成熟幹細胞とを隣接した状態で共培養する。
【0012】
本発明の別の側面によれば、上記した本発明の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞が提供される。
【0013】
本発明のさらに別の側面によれば、上記した本発明の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞を含む、血管治療のための細胞移植療法剤が提供される。
好ましくは、本発明の細胞移植療法剤は、虚血性血管疾患の治療のために使用される。
【発明の効果】
【0014】
本発明による分化誘導法を用いることにより質的に優秀な血管内皮前駆細胞を作製することが可能である。本発明の分化誘導法により作製される分化誘導された内皮前駆細胞は、糖尿病や心筋梗塞などの虚血性疾患の治療のために有用である。また、血管内皮前駆細胞は他の細胞への分化可能性が少ないため、副作用などのリスクが低いという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
本発明による未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞へと分化誘導する方法は、培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることを特徴とする。
【0016】
培養されている未成熟幹細胞としては、骨髄未分化細胞、骨髄多機能性幹細胞(Bone marrow multipotent adult progenitor cells, MAPC)、骨髄間葉系幹細胞(Mesenchymal stem cells; MSCs)、造血幹細胞(hematopoietic stem cells)、胚性幹細胞(ES細胞)、始原生殖細胞(primordial germ cells)、各組織幹細胞(心臓、肝臓、膵臓、腎臓、前立腺、乳腺、表皮、毛包、腸管上皮、骨、骨格筋、脂肪、神経、網膜、内耳)などを使用することが出来る。好ましくは、未成熟幹細胞として骨髄未分化細胞を用いることが出来る。
【0017】
骨髄未分化細胞としては、例えば、細胞運命が決定されていないLin (-)細胞(T細胞, B細胞, Macrophage, erythrocyteなど分化した細胞を除いた未分化細胞)を用いることができる。このような未分化細胞 (lineage negative cell)(Lin (-)細胞)は、先ず骨髄細胞から骨髄を分離した後、biotin化した Cocktail抗体を反応させた後、streptoavidin beadsの反応を行った後、MidiMACS separator(Miltenyi Biotec.)を用いて分離することができる。
【0018】
本発明では、培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させる。未成熟幹細胞の培養は通常の動物細胞の培養法に準じて行うことができる。
【0019】
本明細書で言う血管内皮前駆細胞(EPC)とは、培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることによって未成熟幹細胞から分化誘導された細胞のことを言う。
【0020】
血管内皮前駆細胞(EPC)が末梢血液中の単核球成分の一部として分離されて以来、その特質の究明が進行中である。EPCは、まず血管内皮系特性として(1)特異的表面抗原の発現(2)acetyl化LDLの導入能力(3)tube形成能力あるいは成体血管内導入、などで特定することが出来る。ヒトEPCの表面マーカーを中心とした報告を見るとCD34、CD133(AC133)、KDR (VEGFR-2、 Flk-1)、 VE-カドヘリン、 CD31(PECAM-1)が発現しており、少し遅れてFlt-1 (VEGFR-1)、Tie-1、E-セレクチンが発現していることが報告されている。マウスの場合では、血球前駆細胞とその元が似ているという視点から、Sca-1(+)細胞、c-kit(+)細胞を中心として特質の究明が進行中である。特にFlk-1 (VEGFR-2、 KDR)、 CD31 (PECAM-1)、 VE-cadherin(+)細胞はEPCの特性を現していることで重要だと考えられている。
【0021】
EPCは骨髄由来の極めて少ない量の細胞で、生体内の様々な信号によって増殖、分化することが分かっている。EPCの特質究明の進行と共に、比較的初期段階で幹細胞として認められている細胞(AC133、 KSL、 SP 細胞)を中心として試験管内での増殖、あるいは分化の研究が進行中である。SDF-1 (stromal derived factor-1)は VEGFと bFGFの オートクリンシグナルによって血管内皮細胞の形成と血管形成に重要であることが報告されている。これらは虚血性疾患動物モデルと試験管内での培養実験を通して証明され、特に骨髄組織内でのEPC分化あるいは細胞移動に対する役割が報告されている(Yamaguchi J, Kusano KF, Masuo O, Kawamoto A, Silver M, et al, Circulation. 2003;107(9):1322-1328)。また、VEGFはEPCの動員、あるいは分化に極めて重要であり、出生後の新血管形成に必須な分子であることが分かっている(Isner JM,Asahara T. J Clin Invest 1999;103:1231-1236;及びIwaguro H, Yamaguchi J, Kalka C, Murasawa S, Masuda H, et al, Circulation. 2002;105(6):732-738)。VEGF, SCF, SDF-1などのサイトカインは、信号伝達系を通じてEPCの増殖、分化、虚血組織への移動等、EPCの能動的な機能発現の為に重要だと考えられる(Asahara T, Masuda H, Takahashi T, Kalka C, Pastore C, Silver M,et al. Circ.Res 1999;83:221-228及びKalka C, Masuda H, Takahashi T, Kalka-Moll WM, Silver M, Kearney M, et al. Proc Natl Acad Sci USA 2000;97:3422-3427)。
【0022】
Notchリガンドとは、Notch受容体に結合して、Notchシグナル伝達を発生させる物質を意味する。Notchリガンドとしては、Jagged類とDelta類が知られている。例えば、DeltaがNotchに結合すると、Notchの細胞内領域が切り離され、細胞核に移行して他の遺伝子の発現を促進することにより、細胞分化を制御すると考えられている。また、DeltaはNotchに類似する構造を有し、Notchと同様に細胞膜に結合している。従って、シグナルを送るためには蛋白質同士が結合することが必要であることから、Deltaを発現する細胞とNotchを発現する細胞は隣接していることが必要である。上記の通り、Notchシグナル伝達系の特徴の一つとして、隣接する細胞の情報伝達を仲介するということが挙げられる。
【0023】
本発明で好ましく用いることができるNotchリガンドとしては、Jagged-1及びDelta-4を挙げることができる。
【0024】
未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させる方法としては、例えば、Notchリガンドを高発現する細胞と骨髄未分化細胞とを隣接した状態で共培養することができる。具体的には、本明細書の実施例1(図1cも参照)に記載した方法を用いることができる。即ち、直径1μmあるいは 0.4μmの穴が1.0 x 108/cm2の密度で存在している既存のInsert培養系(BD Falcon)を用いて、あらかじめ外側に3時間ほど2.5x105/dish のNotchリガンド遺伝子導入3T3細胞を付着させた後、裏返し、内側に骨髄由来の未分化細胞(1x106/dish)を培養する方法を用いることができる。
【0025】
上記した本発明の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞、並びに上記血管内皮前駆細胞を含む虚血性疾患治療のための細胞移植療法剤も本発明の範囲内に含まれる。
【0026】
本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞は、Notch受容体(Notch receptor)を発現し、細胞の形態についても血管内皮前駆細胞と思われる形態を呈することが好ましい。また、本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞では、EPCの特異的な分化マーカーであるCD31及びFlk-1の発現が陽性であることが好ましい。
【0027】
また本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞では、増殖能力が亢進していることが好ましく、VEGF依存的に増殖能力が亢進していることが好ましい。さらに本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞では、VEGF依存的に細胞移動能力が増加していることが好ましい。
【0028】
次に、血管内皮前駆細胞を含む虚血性疾患治療のための細胞移植療法剤について説明する。本発明の方法により分化誘導された血管内皮前駆細胞は、好ましくは増殖能力が亢進しており、また細胞移動能力も増加しているため、質的に優れた血管内皮前駆細胞である、虚血性疾患治療のための細胞移植療法剤として使用することができる。
【0029】
本発明の細胞移植療法剤は、例えば公知の方法に従い、本発明の分化誘導された血管内皮前駆細胞を細胞懸濁液とすることによって調製することができる。
【0030】
本発明の細胞移植療法剤は、例えば、虚血性疾患の治療のために安全に使用することができる。
【0031】
本発明の細胞移植療法剤を投与する対象は好ましくは哺乳動物(例えば、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ、サルなど)であり、特に好ましくはヒトである。本発明の細胞移植療法剤の投与方法は特に限定されず、カテーテルで挿入する、直接血管に注射する、静脈に注射する、バイオプシーなどの方法により投与することができる。
【0032】
本発明の細胞移植療法剤の投与量、投与回数は本発明の効果が得られる限り特に限定されない。投与量については、投与1回当たりの細胞数として、成人一人当たり一般的には、104〜108細胞程度、好ましくは、105〜107細胞程度とすることができる。投与回数は1回以上であれば、任意の回数だけ投与することができ、一般的には1〜10回、好ましくは1〜5回程度である。
【0033】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
実施例1:
血管内皮前駆細胞の分化誘導系は、以下の方法で確立した。
Notch ligandである Jagged-1,DII-1, DII-4を大量発現している細胞を、3T3細胞株にretro-viral遺伝子導入法を用いて各遺伝子を導入して確立した(Hozumi, K. et al., J. Immunol;170;4973-4979;2003)。Notchリガンド遺伝子の導入は、 各々の3T3細胞からRNeasy Micro Kit (QIAGEN)を用いてRNAを分離精製して、特定遺伝子を増幅させる RT-PCR法によって確認した(図1a)。
【0035】
また、 Notch 2を発現させた CHO細胞株を用いて、信号が入った場合に蛍光を発生するreporter遺伝子を組み込んだ実験系(Kumano K et al.,Immunity 18;699-711)を作成し、Leuciferase法により、信号伝達が可能な細胞が樹立したことを確かめた(図1b) 。
【0036】
血管内皮前駆細胞の分化誘導系は、直径1μmあるいは 0.4μmの穴が1.0 x 108/cm2の密度で存在している既存のInsert培養系(BD Falcon)を用いて、あらかじめ外側に3時間ほど2.5x105/dish のNotchリガンド遺伝子導入3T3細胞を付着させた(10%FBSを含むD-MEM培地)後、裏返し、内側に骨髄由来の未分化細胞(1x106/dish)を浅原らの方法(Asahara T et al.、Science 275;964-967;1997)で培養するシステム(EPC分化誘導系)を確立した(図1c)。
【0037】
骨髄由来の未分化細胞をEPC分化誘導系で4日間培養した後、Notchシグナルに応答するHes-1の遺伝子が発現していることをRT-PCR法で用いて確認した(図1d) 。以上のようにして、Notchリガンドを骨髄由来の未分化細胞に作用させて、血管内皮前駆細胞に分化させる系を確立した。
【0038】
実施例2:
実施例1に示した血管内皮前駆細胞の分化誘導系を用いて、Notchリガンドの分化誘導性について調べた。マウス骨髄組織から、まだ細胞運命が決定されていないLin (-)細胞(T細胞, B細胞, Macrophage, erythrocyteなど分化した細胞を除いた未分化細胞)を Midi MACS Separatorを用いて分離した。分離方法は、まずマウス骨髄から骨髄細胞を分離後、biotin化した Cocktail 抗体 (B220, CD3, Gr-1, Mac-1, TER-119,BD)を 4℃で20分間反応させた後、 streptoavidin beads (Miltenyi Biotec. )を同じ条件下で反応させた。これらの細胞から、Midi MACS Separatorを用いて未分化細胞 (Lin(-)細胞)を分離した。EPC分化誘導系で分離したLin (-)細胞を4日間培養した後、 RNAをRNeasy Micro Kit (QIAGEN)を用いて精製した。Notch receptorの発現程度をRT-PCR法で確認した結果、リセプター1,2,3,4の発現は、どのNotchリガンドでも変わりがなかった(図2a)。また、培養4日後に細胞の形態変化を顕微鏡で確認した結果、Jagged-1と DII-4で特異的に血管内皮前駆細胞と思われる形態に変化していることが観察された(図2b)。
【0039】
実施例3:
Notchシグナルにより骨髄未分化細胞を刺激する血管内皮前駆細胞の分化誘導系で、未分化細胞の血管内皮前駆細胞(EPC)への分化の状況を調べた。EPC分化誘導系で4日間培養したLin(-)細胞を、EPCの特異的な分化マーカーであるCD31とFlk-1に対する抗体(BD,E-Bio)をそれぞれ4℃20分間反応させる方法で染色した。さらにstreptoavidin-APC抗体(e-Bio)を同じ方法で反応させた後、FACS分析を行った。その結果、Jagged-1とDII-4により、CD31/Flk-1陽性細胞が対照群より約2倍以上増加していることが見出された(図3)。このことは、NotchリガンドJagged-1とDII-4により、骨髄未分化細胞が血管内皮前駆細胞に分化していることを示す。
【0040】
実施例4:
実施例1で確立したEPC分化誘導系で得た血管内皮前駆細胞(EPC)の特性分析のために以下の実験を行った。実施例2に記載した分離方法によって精製した骨髄組織由来のLin (-)細胞を4日間 EPC分化誘導系で培養後、EDTA-PBS (Sigma)を用いて細胞を分離させた後、細胞の特性分析を行った。まず、FACS法を用いてEPCの分化マーカーであるCD31と Flk-1 (VEGFR2) の発現を調べ、NotchシグナルのEPC分化マーカーの発現量に対する影響を検討した。EPC分化誘導系で得た細胞1x105個を、抗CD31抗体(BD)と抗Flk-1抗体 (e-Bio)で4℃20分間染色し、FACS分析法を用いて分析した。その結果、図4a
に示すように、Jagged-1とDII-4の誘導系において分化マーカー発現パターン(赤色)が空ベクターの発現パターン(黒色)と比べて右側へシフトしていることが観察された。このことは、Jagged-1とDII-4の誘導系のほうが対照群よりもEPC分化マーカー(CD31, VEGFR2)の平均的な発現量が著しく増加していることを示している。また、RT-PCR法によりEPC分化マーカーのRNA量を測定した結果、Jagged-1とDII-4の誘導系においてCD31と Flk-1(VEGFR2)のmRNA発現が増加していることがわかった(図4b)。また、VE-cadherinのmRNA量の増加も見られた(図4b)。
【0041】
実施例5:
EPC分化誘導系でのLin(-)細胞のEPCへの分化の程度を調べるために、Ac-LDL導入実験(Takahashi T et al、Nature Med.;5;434-438;1999)を行った。EPC分化誘導系で4日間共培養した骨髄組織由来のLin (-)細胞を、Fibronectinコーティングされている4 chamber(BD)で培養後、Acetyl LDL(red) (Biomedical Technologies Inc.)を導入した。この緑色の蛍光が付着した細胞群に蛍光標識Iso-lectinGS-IB4 (Sigma)を30分間反応させた後、染色された細胞群を高倍率蛍光顕微鏡を用いて観察した。そのうちから高倍率のイメージ写真50枚を無作為に選び、染色された細胞数を数値化した結果、Jagged-1と DII-4のEPC分化誘導系において対照群およびDII-1より多くの細胞が観察され,著しい分化の亢進が認められた(図5)。このことより、NotchシグナルのうちJagged-1とDII-4は強力にEPCへの分化を誘導することができることがEPCの機能的側面からも明らかになった。
【0042】
実施例6:
実施例1で樹立したEPC分化誘導系で得たEPCの増殖能力を調べた。骨髄組織から得たLin(-)細胞をEPC分化誘導系で4日間共培養した後細胞数を計測したが、細胞数の変化は認められなかった。しかし、これらの細胞をWST法でその増殖能力を調べた結果、Jagged-1群のみ増殖能力の亢進が認められた(図6a)。
【0043】
更にEPCの成長因子であるVEGFに対する感受性を調べた。EPC分化誘導系で得た細胞を、更に1%FBSを含む培地で12時間 starvationさせた後、異なる濃度のVEGF(0, 4, 20, 100 ng/ml,R&D)を添加してさらに2日間培養した。それらの細胞をWST-1試薬存在下で3時間培養した後、蛍光リーダーを用いて計測した。その結果、図6bに示すように、NotchシグナルのうちJagged-1とDII-4は、VEGFに対するEPCの感受性を亢進させたことが明らかになった。
【0044】
実施例7
実施例1のEPC分化誘導で得た細胞を1%FBSを含む培地で12時間 starvationさせた後、Boydenチェンバーの下方に様々な濃度のVEGF(0, 4, 20, 100 ng/ml, R&D)を添加後、細胞移動を調べる Boyden Chamber Migration実験を行った。その結果、図7に示すように、Jagged-1と DII-4グループで対照群およびDII-1と比較して細胞移動能力がVEGF濃度依存的に増加していることが確認された。
【0045】
実施例8:
実施例1〜7までの実験結果から、Notchシグナルによって刺激された骨髄組織由来の未分化細胞(Lin(-)細胞)はEPCに分化誘導できているということを確認した。そこで、これらのEPC分化誘導系で得たEPCの血管形成能力をin vivoで調べるために、下肢虚血動物モデルを作成した(Kalka C et al,PNAS;97;3422-3427;2000, Iwaguro H et al、Circulation 105;732-738;2002)。この下肢虚血動物モデルに2.5 x 105のEPCを静脈注射し、下肢の傷害改善程度を肉眼的な観察やMoorLDI (Moor Instruments)を用いて調べた。
【0046】
肉眼的観察では、図8aに示すように、Jagged-1やDII-4グループでは、空ベクターやDII-1と比較して顕著な下肢虚血部分の再生を認めた。MoorLDI (Moor Instruments)で下肢虚血疾患の非誘導部分との比較により再生程度を数値化して比べてみた結果、Jagged-1とDII-4グループで著しく血流の改善が認められた(図8b及びc)。更に、再生した組織切片を蛍光標識Iso-lectinGS-IB4 (Sigma)に30分間反応させて組織染色を行った。 Iso-lectin B4陽性細胞を指標として再生組織の毛細血管の密度(IB4+cell/HPF)を調べた結果、Jagged-1とDII-4のグループは対照群およびDII-1より明らかに増加していることが明らかになった(図8d)。以上の結果から、Jagged-1やDII-4等のNotchリガンドによる刺激でin vitroで生成させたEPCは、下肢虚血動物モデルにおいて虚血組織の治癒、再生を促進する能力があることが示された。
【0047】
実施例9
実施例8で、EPC分化誘導系で得たEPCは下肢虚血動物モデルで虚血組織の治癒、再生を促進する能力があることが認められたので、さらにそのメカニズムを明らかにするためにEPCの虚血組織内への浸透について調べた。GFPマウス(文献)の骨髄より実施例2に示した方法で未分化細胞(Lin(-)細胞)を分離し、これらの細胞を実施例1に示したEPC分化誘導系で4日間分化誘導した。このGFPマウス由来のEPC2.5x105個を下肢虚血モデルマウスに細胞移植 (下肢虚血モデル作成と同時に静脈注射)を行った。移植1週間後、
虚血部位の組織より10umの切片を作成し免疫染色を行った。組織切片を抗CD31抗体 (purified rat anti-mouse CD31, BD)と4℃で12時間反応させた後、Alexaflour 598 を結合させた抗マウスIgG抗体(Molecular probes)を4℃で1時間反応させ、蛍光顕微鏡で観察した。血管内皮細胞の特異的マーカーであるCD31の組織染色の結果から、下肢虚血モデルマウスの血管内に導入されたGFPマウス由来のEPCは対照群およびDII-1よりJagged-1, DII-4グループで顕著に増加していることが観察された(図9a及びb)。移植したEPCの、組織での分化の状況を明らかにするために、移植から4週間後、下肢虚血モデルマウスの虚血組織の切片を毛細血管や静脈の染色が可能なIso-lectin GS-IB4(Molecular probes;図9c)とalpha- smooth muscle actin抗体 (Sigma;図9d)を用いて染色を行った。その結果、Jagged-1やDII-4で誘導されたEPCは対象群やDII-1に比較して、毛細血管への分化が頻繁に観察され、動静脈などの血管組織への分化にも貢献していることが認められた。以上の結果から、 Notchシグナルによって分化誘導されたEPCは、虚血組織に浸透して血管内皮細胞に分化し、血管の再生に重要な役割を果たしていることが明らかになった。
【0048】
実施例10
EPCの分化増殖に対するNotchリガンドの役割を明らかにするために、Notchリガンド遺伝子のconditional 遺伝子欠損マウスを作成した。conditional 遺伝子欠損マウスの作成は、Hozumiらの方法(Hozumi K. et al., Nature Immunology;5;638-644)に準じて行った。すなわち、conditional 遺伝子欠損の方法は200μg/miceのPoly I/C(Amersham Biosciences)を4回にわたってマウス腹腔内に注射後、Cre 遺伝子特異的な酵素反応によってJagged-1や DII-1遺伝子を選択的に除去した(図10)。
【0049】
実施例11
conditional 遺伝子欠損マウスの骨髄組織から未分化細胞をMidiMACS separatorを用いて実施例2の方法で精製後、Sca-1陽性Beads(Miltenyi Biotec. )でさらに分離精製してFACS分析をおこなった。これらの細胞をEPC特異的なマーカーであるCD31とFlk-1の抗体で4℃、20分間反応させた後、streptoavidin APC(e-Bio)でさらに20分間反応させFACS法により分析を行った。その結果、Jagged-1 遺伝子欠損マウスでは、CD31(+)Flk-1(+)細胞がDII-1欠損マウスや対照群より少ないことがわかった(図11a)。
【0050】
また上記の方法で得られたEPCについて、実施例5の方法でAcetyl-LDL導入を行い、蛍光標識Iso-lectinGS-IB4(Sigma)で染色後、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、Jagged-1遺伝子欠損マウスではDII-1欠損マウスや対象群と比較して、EPCに分化した細胞が著しく減少していることが明らかとなった(図11b)。
【0051】
以上の結果から、EPCの分化は生体内でJagged-1依存的におきている現象の一部であることが明らかになった。
【0052】
実施例12
実施例10の2種類(Jagged-1, DII-1)のconditional遺伝子欠損マウスに、実施例8の方法で下肢虚血疾患モデルを作成し、虚血組織部分の修復程度を観察した。Jagged-1遺伝子欠損マウスでは血流の改善度が著しく阻害されていたが(図12a及びb)、DII-1遺伝子欠損マウスでは対照群マウスとほとんど差が認められなかった (図12c及びd)。
さらに実施例8に述べた方法で、conditional遺伝子欠損マウスの骨髄組織よりEPCを分離精製後 5 x 105の細胞を静脈注射する方法によって下肢虚血性疾患モデルヌードマウスに移植した。その結果、Jagged-1遺伝子欠損マウスからのEPC移植マウスではDII-1欠損マウスや対象群と比較して血流の修復が阻害されていた(図12e)。以上の結果、Jagged-1遺伝子の欠損によりEPCはその組織修復能力も劣ることが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、Jagged-1,DII-1, DII-4を大量発現する細胞についてRT-PCR法で発現を確認した結果(図1a)、Leuciferase法を利用して信号伝達が可能な細胞が樹立したことを確かめた結果(図1のb)、Jagged-1,DII-1, DII-4を大量発現する細胞と幹細胞とを共培養するためのシステム(図1c)、及びEPC分化誘導系で骨髄由来の未分化細胞を培養した後、Hes−1の遺伝子発現をRT-PCR法で確認した結果(図1d)を示す。
【図2】図2は、分離したLin (-)細胞を4日間培養した後、 Notch receptorの発現程度をRT-PCR法で確認した結果(図2a)、及び培養4日後の細胞の形態変化を顕微鏡で確認した結果(図2b)を示す。
【図3】図3は、Notchシグナルによって骨髄未分化細胞を刺激しながら樹立したEPC分化培養システムでEPC分化程度を調べた結果を示す。
【図4】図4は、骨髄組織由来のLin (-)細胞を4日間培養後に細胞を分離し、FACS法を用いてCD31と Flk-1 の発現量を検討した結果(図4a及びb)、及びRT-PCRによりCD31, Flk-1(VEGFR2)及びVE- cadherineのRNA量を確認した結果(図4c)を示す。
【図5】実施例5:Notchシグナルが増加された培養系に4日間共培した骨髄組織由来のLin (-)細胞をFibronectinコーティングされている4 chamberに培養後、 Ac-LDL導入実験をおこなった結果を示す。
【図6】図6は、骨髄組織細胞を分離精製後に各細胞群と共培した後、増殖反応能力を調べた結果(図6a)、及びVEGF依存的な増殖反応を調査した結果(図6b)を示す。
【図7】図7は、 実施例1で確立した細胞にVEGF(0, 4, 20, 100 ng/ml, R&D)を添加後、細胞移動を調べる実験を行った結果を示す。
【図8】図8は、下肢虚血モデルを作成後に細胞移植を行い、下肢の疾患改善程度を肉眼的に観察した結果(図8a)、下肢血管疾患の再生程度を数値化して比べた結果(図8b及びc)、及び血管内皮表面蛋白質であるIsolectin B4蛍光標識に反応させて組織染色を行った結果(図8d)を示す。
【図9】図9は、虚血性血管疾患モデルに細胞移植 (2.5x105個の細胞をモデル作成と同時に静脈注射する方法)を行った後、損傷組織切片を作成し、免疫染色を行った結果(図9a及びb)、及び毛細血管や静脈の染色が可能なIso-lectin B4の蛍光標識とalpha- smooth muscle actinの蛍光標識を用いて染色を行った結果(図9c及びd)を示す。
【図10】図10は、Cre 遺伝子特異的な酵素反応によってJagged-1や DII-1が選択的に除去されるシステムを示す。
【図11】図11は、骨髄組織からの未分化細胞をMACS分離システムを用いて精製後、Sca-1陽性Beadsを利用して分離精製後、FACS分析(BD)を行った結果(図11a)、及び試験管内で 分化したEPCの数についてAc-LDL導入能力とIso-lectin B4の陽性細胞を指標として実験を行った結果(図11b)を示す。
【図12】図12は、遺伝子欠損マウス(Jagged-1, DII)に虚血性血管疾患モデルを作成し、その血流の修復改善度を調査した結果を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0054】
SEQUENCE LISTING
<110> Tokai University
<120> A method for inducing differentiation into endothelial progenitor cell using Notch ligand
<130> A51747A
<160> 4
<210> 1
<211> 22
<212> DNA
<213> Artificial Sequence
<220>
<223> Description of Artificial Sequence: Synthetic DNA
<400> 1
tcaacacgac accggacaaa cc 22
<210> 2
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<212> DNA
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<223> Description of Artificial Sequence: Synthetic DNA
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<223> Description of Artificial Sequence: Synthetic DNA
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<210> 4
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<212> DNA
<213> Artificial Sequence
<220>
<223> Description of Artificial Sequence: Synthetic DNA
<400> 4
gagtaaccct cgctgtagtc c 21
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることを含む、未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞へと分化誘導させる方法。
【請求項2】
未成熟幹細胞が骨髄未分化細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
骨髄未分化細胞がlineage negative cellである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
Notch 信号伝達系のリガンドが、Jagged-1又はDelta-4である、請求項1から3の何れかに記載の方法。
【請求項5】
Notchリガンドを高発現する細胞と未成熟幹細胞とを隣接した状態で共培養する、請求項1から4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
請求項1から5の何れかに記載の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞。
【請求項7】
請求項1から5の何れかに記載の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞を含む、血管治療のための細胞移植療法剤。
【請求項8】
虚血性血管疾患の治療のために使用される、請求項7に記載の細胞移植療法剤。
【請求項1】
培養されている未成熟幹細胞にNotchリガンドを作用させることを含む、未成熟幹細胞から血管内皮前駆細胞へと分化誘導させる方法。
【請求項2】
未成熟幹細胞が骨髄未分化細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
骨髄未分化細胞がlineage negative cellである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
Notch 信号伝達系のリガンドが、Jagged-1又はDelta-4である、請求項1から3の何れかに記載の方法。
【請求項5】
Notchリガンドを高発現する細胞と未成熟幹細胞とを隣接した状態で共培養する、請求項1から4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
請求項1から5の何れかに記載の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞。
【請求項7】
請求項1から5の何れかに記載の方法により作製される分化誘導された血管内皮前駆細胞を含む、血管治療のための細胞移植療法剤。
【請求項8】
虚血性血管疾患の治療のために使用される、請求項7に記載の細胞移植療法剤。
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図8】
【図9】
【図11】
【図12】
【図6】
【図7】
【図10】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図8】
【図9】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2007−89536(P2007−89536A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−286606(P2005−286606)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】
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