説明

PCR方法及びPCR装置

【課題】印加する電圧が低くてもPCRサイクルのために十分なジュール熱を発生させることができ、かつ、反応液に電流を流しても反応液を電気分解することがないPCR方法及びPCR装置を提供すること。
【解決手段】ポリメラ−ゼ連鎖反応(PCR)を行う容器の内面に、反応液の流れに沿うギャップを挟んで対向して配置される電極対を設け、該電極対に交流電圧を印加して反応液に交流電流を流すことによってジュール熱を発生させて前記反応液の温度を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PCR(ポリメラ−ゼ連鎖反応)方法及びPCR装置に関し、特に、温度制御に対する応答速度が速いPCR方法及びPCR装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のPCR方法は、PCRサイクルのために反応液の温度を上げる手段として外部ヒータを使い、そのヒータの熱を反応容器の壁を介して反応液に伝達させて反応液を加熱している。しかし、この場合、まず壁を加熱して、その壁の熱で反応液を加熱するため、温度制御の応答速度が遅く、かつ、熱が壁伝いに拡散して、エネルギー効率が悪い。
【0003】
そこで、反応液に電流を流してジュール熱によって反応液を直接加熱することが提案されている(例えば、非特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Guoqing Hu et al.,"Electrokinetically controlled real-time polymerase chain reaction inmicrochannel using Joule heating effect", Analytica Chimica Acta, vol.557,(2006) pp.146-151.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来のジュール加熱によるPCR方法は、直流電流を反応液に流すものであるので、反応液が電気分解してしまい、電極の周辺に不要な気体の発生や、不要な酸性及びアルカリ性の溶液が発生してしまうので、その対処が必要であると共に、長いチャネルの両端に電圧を印加するものであるので、必要なジュール熱を発生させるためには高い電圧を印加しなければならならず、回路負担が大きかった。
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑み、印加する電圧が低くてもPCRサイクルのために十分なジュール熱を発生させることができ、かつ、反応液に電流を流しても反応液を電気分解することがないPCR方法及びPCR装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のPCR方法は、ポリメラ−ゼ連鎖反応(PCR)を行う容器の内面に、反応液の流れに沿うギャップを挟んで対向して配置される電極対を設け、該電極対に交流電圧を印加して反応液に交流電流を流すことによってジュール熱を発生させて前記反応液の温度を制御することを特徴とする。
【0008】
また、本発明のPCR装置は、ポリメラ−ゼ連鎖反応(PCR)を行う容器と、該容器の内面に、反応液の流れに沿うギャップを挟んで対向して配置される電極対と、に交流電圧を印加して反応液に交流電流を流すことによってジュール熱を発生させて前記反応液の温度を制御する制御手段とを備えることを特徴とする。
【0009】
また、前記容器は、管状のチャネルであることで、チャネル内の僅かな量の反応液と比べて大きな電極を用いることができるので、電圧印加に対する反応液温度応答速度を速くすることができる。
【0010】
また、前記チャネルは、鉛直方向を向いていることで、ジュール加熱による反応液の上昇流を利用することができる。
【0011】
また、前記容器は、鉛直方向に立っている平たいチャンバーであり、前記電極対は、該チャンバーの一方の側壁内面に鉛直方向のギャップを挟んで対向して配置されていることで、反応液をチャンバー内で循環させてPCRサイクルを行うことができる。
【0012】
また、前記容器は、鉛直方向に立っている平たいチャンバーであり、前記電極対は、該チャンバーの一方の側壁内面と他方の側壁内面に、チャンバーをギャップとして挟み、対向して配置されていることでも、反応液をチャンバー内で循環させてPCRサイクルを行うことができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、印加する電圧が低くてもPCRサイクルのために十分なジュール熱を発生させることができ、かつ、反応液に電流を流しても反応液を電気分解することがない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1A】本発明の実施例1によるPCR装置の反応容器の構成を示す分解斜視図である。
【図1B】図1Aの断面図である。
【図2】本発明の実施例1によるPCR装置の反応容器の上面図及びその周辺の構成を示す図である。
【図3】本発明の実施例2によるPCR装置の反応容器の上面図及びその周辺の構成を示す図である。
【図4】本発明の実施例3によるPCR装置の反応容器の正面図である。
【図5】本発明の実施例4によるPCR装置の反応容器の正面図である。
【図6A】本発明の実施例5によるPCR装置の反応容器の構成を示す分解斜視図である。
【図6B】図6Aの正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照しながら本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
【実施例1】
【0016】
図1Aは、本発明の実施例1によるPCR装置の反応容器の構成を示す分解斜視図であり、図1Bは、その断面図である。図1Bは、図1Aを組み合わせた場合のAA'面の断面図である。本実施例のPCR装置は、チャネル形成板16、及び基板21を備える。基板21は、ガラス製であり上面に薄いクロム、その上に金を蒸着して作成した電極対22がパターニングされ、電極対22からは引出し部23が配線接続される。電極対22のギャップ幅は10〜500μm、例えば50μm、長さは2〜8mm、例えば5.2mmである。基板21及びチャネル形成板16とによって直線状の管状のチャネル19を形成する。チャネル形成板16は、PDMS(ポリジメチルシロキサン)製であり、基板21の上に接着されて配置され、下側表面にチャネル19を形成する溝が設けられ、チャネル19の一方端に反応液の注入ウェル17、他方端に反応液の排出ウェル18が設けられる。チャネル19は例えば幅980μm、深さ600μm、長さは電極対22と同じである。チャネル19両端の注入ウェル17及び排出ウェル18に接する基板21の部分には厚み方向に貫通孔24、25が開けられ、貫通孔24、25の下表面側にはハトメ28、29が固定されている。このハトメ28、29にチューブを接続して反応液の流入流出が行われる。
【0017】
図2は、本発明の実施例1によるPCR装置の反応容器の上面図及びその周辺の構成を示す図である。ポンプ26は反応液を注入ウェル17からチャネル19に注入する。ポンプ27はチャネル19内の反応液を排出ウェル18から排出する。制御部31は、PCRサイクルを行うために必要な交流電圧を電極対22に印加する。交流の周波数は、10kHz〜10MHz、例えば5MHzである。チャネル19内の僅かな量の反応液と比べて大きな電極を用いることができ、かつ反応液を直接加熱する構成を採用しているので、電圧印加に対する反応液温度応答の時定数は1秒以内とすることができる。
【0018】
PCRサイクルは例えば次のステップを順に20〜30サイクル繰返し行う。
(1).変性(≒94℃)を2から10秒
(2).アニール(54〜60℃)を5秒
(3).伸長(≒72℃)を2から10秒
【0019】
実際には、反応容器を囲む環境をアニール温度に保ち、変成温度及び伸長温度となるように電極対22にそれぞれに対応する交流電圧を印加することで反応液に交流電流を流しジュール熱によって反応液を加熱することによって反応液の温度を制御して、PCRサイクルを行う。
【0020】
なお、アニールと伸長を同じ温度で行う2ステップのPCRサイクルでも良い。
【0021】
次の3つのタイプのいずれのPCR方法も、本実施例は行うことができる。
(1).注入ウェル17から排出ウェル18に反応液を連続的又は断続的に流しながら、チャネル19内の反応液の全体をPCTサイクルとなるように温度制御する。
(2).反応液をチャネル19内に注入し、チャネル19内に停止させた状態で、反応液の全体をPCTサイクルとなるように温度制御する。
(3).電極対22をいくつかに分割し、それぞれの電極対22にPCRサイクルの各ステップに対応する交流電圧を常に印加しておき、注入ウェル17から排出ウェル18に反応液を連続的又は断続的に流す。
【0022】
本実施例は、反応液に交流電流を流すので、反応液を電気分解することはない。また、反応液の流れに沿う電極間ギャップに電流を流すので、電流の流れは幅が広くかつ距離が短いから、負荷抵抗が小さく、低い印加電圧であってもPCRサイクルの温度制御に十分なジュール熱を発生させることができる。
【0023】
さらに、本実施例のチャネルを用いる場合、オンラインプロセスとして、前段又は後段のプロセスと連結できる。前段としては、細胞のすりつぶし、遺伝子の取り出しと精製、又は遺伝子の細分化などが考えられ、また後段としてしては、電気泳動分析、マイクロアレイ分析、又は質量分析装置への接続、さらにはチューブを介さずに直接マイクロチャネルで接続する一体型のデバイスとして、様々な遺伝子分析方法をつなげることができる。
【実施例2】
【0024】
図3は、本発明の実施例2によるPCR装置の反応容器の上面図及びその周辺の構成を示す図である。本実施例は実施例1の反応容器を鉛直方向に立てて、チャネル19の下から反応液を注入し、上から排出する。チャネル19内の反応液はジュール加熱されることによって上昇流となるので、ポンプ26、27がなくても反応液は注入ウェル17から排出ウェル18に送流される。なお、ポンプ26、27を併用すれば、いろいろなタイプのPCR方法に必要な所定の速さで送流することができる。
【実施例3】
【0025】
図4は、本発明の実施例3によるPCR装置の反応容器の正面図である。本実施例のPCR装置は、カバー板41、排出口42、注入口43、チャネル44、電極対45、チャネル形成板46、及び基板(図では見えない)を備え、反応容器は鉛直方向に立っている。ここでは、ポンプ、引出し部、及び制御部を省略している。本実施例のチャネル44は、環状の管状になっている。反応液は注入口43から注入される。反応液は電極対45によってジュール加熱され変成温度にされると共に、電極対45の周辺で上昇流となって、環状のチャネル44内を循環し、PCRサイクルが行われる。ここでは2ステップPCRサイクルを想定している。PCRが完了すると反応液は排出口42から排出される。本実施例においてもジュール加熱による反応液の上昇流を利用する。
【実施例4】
【0026】
図5は、本発明の実施例4によるPCR装置の反応容器の正面図である。本実施例のPCR装置は、カバー板51、排出口52、注入口53、チャンバー54、電極対55、チャンバー形成板56、及び基板(図では見えない)を備え、反応容器は鉛直方向に立っている。カバー板51と基板はチャンバー形成板56を挟んで固定され、それぞれチャンバー54の上面と下面を形成する。ここでは、ポンプ、引出し部、及び制御部を省略している。本実施例のチャンバー54は、平たい円形の空間になっている。電極対55はチャンバー54の中央に設けられ、電極間ギャップは鉛直方向に向いている。反応液は注入口53から注入される。反応液は電極対55によってジュール加熱され変成温度にされると共に、電極対55の周辺で上昇流となって、平たいチャンバー54内を2つの環状に循環し、PCRサイクルが行われる。ここでは2ステップPCRサイクルを想定している。PCRが完了すると反応液は排出口52から排出される。本実施例においてもジュール加熱による反応液の上昇流を利用する。
【実施例5】
【0027】
図6Aは、本発明の実施例5によるPCR装置の反応容器の構成を示す分解斜視図であり、図6Bは、その正面図である。本実施例のPCR装置は、上基板61、下基板62、チャンバー形成板63、チャンバー64、電極対65、引出し部66、及び注入排出兼用口67を備え、反応容器は鉛直方向に立っている。上基板61と下基板62はチャンバー形成板63を挟んで固定され、それぞれチャンバー64の(正面から見て)上面と下面を形成する。ここでは、制御部を省略している。電極対65の一方は上基板61内面に、もう他方は下基板62内面に配置され、反応液を挟み、チャンバー中央の断面を横切って電圧を印加する電極対を構成する。図6Bの正面図において、電極対65が重ならないように配置されている。これにより電流は電極のエッジからエッジに流れることになり、電極の長手方向に亘って流れる各電流路の抵抗のばらつきを減らして各電流のばらつきを減らし、均一な温度制御ができる。本実施例のチャンバー64は、平たいU字形の空間になっていて、鉛直方向に開いた注入排出兼用口67を備えている。反応液は注入排出兼用口67からμピペットなどを用いて注入される。チャンバー上端は大気中に開放状態となるため、ミネラルオイルで開放端を塞ぎ、反応液の蒸発を防止する。反応液は電極対65によってジュール加熱され変成温度にされると共に、電極対65の周辺で上昇流となって、平たいチャンバー64内を2つの環状に循環し、PCRサイクルが行われる。ここでは2ステップPCRサイクルを想定している。PCRが完了すると反応液は注入排出兼用口67からガラスキャピラリなどを用いて排出される。本実施例においてもジュール加熱による反応液の上昇流を利用する。実施例1から4の場合には基板に沿って電流を流すので、加熱しても少なくない熱が基板から逃げてしまうが、本実施例の場合には基板から基板へとチャンバーの(厚み方向)中央に電流を流すので、逃げてしまう熱を減らして、効率よく温度制御することができる。また、本実施例の場合は、電極間ギャップの距離をチャンバー形成板であるスペーサによって規定するので、高価な電極対のパターニングの必要がなく、安価かつ均一に製造することができる。
【0028】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではない。
各構成要素の材質は上述のものに限られず、一般的なマイクロチャネルに用いられる材質のものを採用することができる。
明細書、特許請求の範囲及び図面を含む2009年11月 4日に出願の日本特許出願2009−252811の開示は、そのまま参考として、ここにとり入れるものとする。
本明細書で引用したすべての刊行物、特許及び特許出願は、そのまま参考として、ここにとり入れるものとする。
【符号の説明】
【0029】
41、51 カバー板
16、46 チャネル形成板
17 注入ウェル
18 排出ウェル
19、44 チャネル
21 基板
22、45、55、65 電極対
23、66 引出し部
24、25 貫通孔
26、27 ポンプ
28、29 ハトメ
31 制御部
42、52 排出口
43、53 注入口
54、64 チャンバー
56、63 チャンバー形成板
61 上基板
62 下基板
67 注入排出兼用口


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリメラ−ゼ連鎖反応(PCR)を行う容器の内面に、反応液の流れに沿うギャップを挟んで対向して配置される電極対を設け、該電極対に交流電圧を印加して反応液に交流電流を流すことによってジュール熱を発生させて前記反応液の温度を制御することを特徴とするPCR方法。
【請求項2】
ポリメラ−ゼ連鎖反応(PCR)を行う容器と、
該容器の内面に、反応液の流れに沿うギャップを挟んで対向して配置される電極対と、
該電極対に交流電圧を印加して反応液に交流電流を流すことによってジュール熱を発生させて前記反応液の温度を制御する制御手段と
を備えることを特徴とするPCR装置。
【請求項3】
前記容器は、管状のチャネルであることを特徴とする請求項2記載のPCR装置。
【請求項4】
前記チャネルは、鉛直方向を向いていることを特徴とする請求項3記載のPCR装置。
【請求項5】
前記容器は、鉛直方向に立っている平たいチャンバーであり、前記電極対は、該チャンバーの一方の側壁内面に鉛直方向のギャップを挟んで対向して配置されていることを特徴とする請求項2記載のPCR装置。
【請求項6】
前記容器は、鉛直方向に立っている平たいチャンバーであり、前記電極対は、該チャンバーの一方の側壁内面と他方の側壁内面に、チャンバーをギャップとして挟み、対向して配置されていることを特徴とする請求項2記載のPCR装置。


【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6A】
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【図6B】
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【公開番号】特開2011−115159(P2011−115159A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−246917(P2010−246917)
【出願日】平成22年11月2日(2010.11.2)
【出願人】(304015760)有限会社フルイド (10)
【Fターム(参考)】