説明

S−アデノシルメチオニンの抽出方法

【課題】極めて不安定な栄養成分であるS-アデノシルメチオニンを安定な状態で抽出する手段を提供する。
【解決手段】清酒粕に含まれるS-アデノシルメチオニンの抽出方法であって、清酒粕と醸造に由来する酢類とを混合して清酒粕と醸造に由来する酢類とを含む組成物を調製する工程、及び上記工程により得られた組成物中の固形分を除去してS-アデノシルメチオニンを含む抽出物を得る工程を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極めて不安定な栄養成分であるS-アデノシルメチオニンを安定な状態で抽出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
清酒や焼酎などの製造過程では、清酒を搾った後の粕である清酒粕や焼酎を蒸留した残渣である焼酎蒸留粕が廃棄物として大量に生じる。これらの廃棄物は家畜の飼料として利用されたり、焼却や海洋投棄などの方法で処理されていたが、近年、それらの栄養価が見直されサプリメントなどの一般食品として利用される場合も増えている。例えば焼酎の蒸留粕であるもろみ酢は特許文献1等に記載された利用が図られている。
【0003】
清酒粕には抗酸化作用を示すグルタチオンやトランスメチル化の重要な基質であるS-アデノシルメチオニンなどの生体内にも存在する重要な成分が含まれていることが知られている。しかしながら、特にS-アデノシルメチオニンは化学的に極めて不安定であり、清酒粕を健康食品として提供する際に大半が分解してしまうという問題がある。例えば、清酒粕を含む加工食品として特許文献2及び特許文献3に記載された食品が提案されているが、これらの加工食品中にはS-アデノシルメチオニンはほとんど残存していない。清酒粕を含む加工食品においてS-アデノシルメチオニンを安定化させる手段は従来ほとんど知られていない。また、清酒粕からS-アデノシルメチオニンを安定に抽出する方法は従来知られていない。
【0004】
もろみ酢はクエン酸やアミノ酸を豊富に含有していることから、特にクエン酸の抗酸化力、キレート化作用、血流改善効果、及び疲労回復効果などを利用する目的で加工食品が提案されている。また、もろみ酢にパパイヤ汁を配合したもろみ酢加工品が特許文献4に開示されており、栄養素としてガンマアミノ酪酸に注目し、もろみ酢においてガンマアミノ酪酸含有量を高めた付加価値の高い加工食品が実現されている。しかしながら、もろみ酢と清酒粕とを組み合わせた組成物は従来知られておらず、清酒粕からS-アデノシルメチオニンを安定に抽出するためにもろみ酢を使用する試みについては従来全く報告がない。
【特許文献1】特開2003−102451号公報
【特許文献2】特開平4−279529号公報
【特許文献3】特開平4−23977号公報
【特許文献4】特開2005−40号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、極めて不安定な栄養成分であるS-アデノシルメチオニンを安定な状態で抽出する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、もろみ酢など醸造に由来する酢類と清酒粕とを組み合わせると清酒粕中に含まれるS-アデノシルメチオニンが安定化されること、及び清酒粕中に醸造に由来する酢類を添加した後に固形分を除去することにより、極めて不安定な栄養成分であるS-アデノシルメチオニンを効率的に抽出できることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成された。
【0007】
すなわち、本発明により、清酒粕に含まれるS-アデノシルメチオニンの抽出方法であって、清酒粕と醸造に由来する酢類とを混合して清酒粕と醸造に由来する酢類とを含む組成物を調製する工程、及び上記工程により得られた組成物中の固形分を除去してS-アデノシルメチオニンを含む抽出物を得る工程を含む方法が提供される。
この発明の好ましい態様によれば、醸造に由来する酢類がもろみ酢である上記の方法;該組成物において清酒粕1質量部に対して醸造に由来する酢類を0.1質量部〜100質量の割合で含む上記の方法;上記抽出物を濃縮及び/又は乾燥処理に付する工程をさらに含む上記の方法;及び乾燥処理が噴霧乾燥又は凍結乾燥である上記の方法が提供される。
【0008】
別の観点からは、S-アデノシルメチオニンを含む清酒粕抽出物であって、清酒粕と醸造に由来する酢類とを混合して清酒粕と醸造に由来する酢類とを含む組成物を調製する工程、及び上記工程により得られた組成物中の固形分を除去する工程により得ることができる抽出物が本発明により提供される。この抽出物中ではS-アデノシルメチオニンが安定化されているという特徴がある。上記抽出物を食品中に添加する工程を含む健康食品の製造方法も本発明により提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、清酒粕中に含まれる不安定な有効成分であるS-アデノシルメチオニンを安定な状態で効率的に抽出できる。得られた抽出物はS-アデノシルメチオニンを効率的に摂取するための健康食品の製造のために有用であり、例えば、抗酸化作用、疲労回復作用、抗鬱作用、及び抗関節痛作用などを有するS-アデノシルメチオニンを含有する健康食品の調製に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
「醸造に由来する酢類」としては、醸造により製造される酢類、例えば日本農林規格(JAS)の「食酢品質表示基準」における醸造酢群に含まれる穀物酢(米酢、米黒酢、及び大麦黒酢)や果実酢(りんご酢、ぶどう酢、及び果実酢)などの酢酸を主成分とする酢類のほか、アルコール発酵等の醸造過程により得られる酸味を有する残渣成分(例えばもろみ酢)などが挙げられる。本明細書において「もろみ酢」とは泡盛などの焼酎の蒸留粕を圧搾して得られる液体を意味しているが、「もろみ酢」のほか、「もろみ酸」、「黒麹もろみ酢」、又は「黒麹クエン酸酢」などと呼ばれる場合もある。本発明の方法において用いられる醸造に由来する酢類としては、もろみ酢が好ましい。
本明細書において「清酒粕」とは日本酒の醸造で得られるもろみを圧搾した後に残る固形物を意味している。
【0011】
醸造に由来する酢類と清酒粕とを含む組成物を調製する工程において、醸造に由来する酢類に対する清酒粕の割合は特に限定されないが、例えば、清酒粕1質量部に対して、0.1質量部〜100質量部、好ましくは0.5質量部〜50質量部、さらに好ましくは1質量部〜20質量部、最も好ましくは2質量部〜10質量部である。醸造に由来する酢類は原液のまま使用してもよく、あるいは適宜の水性媒体(水やアルコール水など)で希釈して用いてもよい。
【0012】
醸造に由来する酢類に清酒粕を浸漬し、適宜の時間抽出を行うことが望ましい。抽出時間は特に限定されず、清酒粕から十分な濃度のS-アデノシルメチオニンを抽出できる時間であればよい。一般的には、生産性を考慮して抽出時間を1分以上1週間以内、好ましくは10分〜1日、最も好ましくは1時間〜6時間とすればよい。この際、必要に応じて攪拌を行うことも好ましい。
【0013】
抽出の際の温度は特に限定されないが、例えば-5℃〜30℃の範囲が好ましく、さらに好ましくは10〜25℃の温度範囲で抽出を行うことができる。清酒粕に含まれるS-アデノシルメチオニンは30℃以上において分解速度が著しく高まるため、不必要に抽出温度を上げないことが重要である。
【0014】
本発明の方法により清酒粕に含まれる成分の一つであるS-アデノシルメチオニンを極めて効率的に抽出できるが、清酒粕からはS-アデノシルメチオニンのほかグルタチオンなどの成分も抽出される場合がある。このようにS-アデノシルメチオニン以外の成分が抽出される場合も本発明の範囲に包含されることは言うまでもない。
【0015】
醸造に由来する酢類と清酒粕とを含む組成物を均一な懸濁状組成物として調製した後、固形物を除去して均一な溶液状態の抽出物を得ることができる。得られる抽出物は流動性のある均一な液状組成物である。例えば、清酒粕の固形分を除くために固液分離を行うことができる。固液分離手段は特に限定されないが、例えば、ろ過や遠心分離などの任意の方法を用いることが可能である。生産性の観点からろ過が好ましい。
【0016】
上記のようにして得られた抽出物をそのまま健康食品として用いることができる。例えば、もろみ酢は独特の香りと酸味を有しておりそのままでは摂食しにくいが、清酒粕を配合した本発明の組成物では甘味と香りが向上しており、健康食品として優れた性状を有している。本発明の抽出物はそのまま飲料形態の健康食品として適用することができ、あるいは適宜の飲料用媒体(例えば水、炭酸水、酒類など)で希釈して飲料形態の健康食品としてもよい。飲料形態の健康食品には、例えば、蜂蜜、水飴、又はショ糖などを適宜添加することも好ましい。また、均一溶液状態の抽出物を食品に添加して健康食品を調製してもよい。抽出物を添加すべき食品の種類は特に限定されず、任意の食品に添加することができるが、例えば、加工食品、生鮮食品、菓子類、飲料・酒類、その他の食品(ベビーフードなど)などJICFS分類基準に掲載される任意の食品に添加することが可能である。
【0017】
また、上記の抽出物を濃縮及び/又は乾燥工程に付して半固体又は固体形態の組成物として調製することもでき、そのようにして得られた半固体又は固体形態の組成物を食品中に添加して健康食品を調製することもできる。
【0018】
抽出物の濃縮方法は特に限定されないが、抽出物の温度が上がらないように減圧濃縮する方法が有効である。例えば、ロータリーエバポレータを用い、減圧下で湯浴温度を40℃程度にした減圧濃縮を行うことができる。乾燥方法も特に限定されず、例えば、噴霧乾燥、減圧乾燥、又は凍結乾燥を例示することができるが、これらのうち噴霧乾燥や凍結乾燥が好ましい。たとえば日本醸造協会誌(1984年、v.79、p.495)や特開昭55-42544号公報に記載された方法など公知の方法を適用できる。濃縮及び乾燥について、さらに好ましくは清酒粕に含まれるS-アデノシルメチオニンの分解を最小限にするために1000Pa以下の減圧下にて濃縮及び乾燥を行うことができる。最も好ましくは抽出物中の水分を凍結させ、凍結物を612Pa以下の真空条件下に置いて昇華によって乾燥する凍結乾燥法が好ましい。この際、ラクトース、エリスリトール、コーンスターチ等を抽出物に添加して均一に混合した後に凍結乾燥することも好ましい。濃縮過程においては水よりもアルコール分が先に蒸発するためにアルコールを含まない健康食品を調製するためには濃縮工程を付することが好ましい。凍結乾燥された粉末形態の組成物を食品添加物や調味料として使用することもできる。
【0019】
本発明の抽出物を健康食品として摂取しやすくする目的で散剤、顆粒剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、又は錠剤などの剤形に成型することも可能である。このような製剤形態は医薬分野において広く知られており、医薬分野において周知かつ慣用の方法により容易に製造することができる。製剤の調製にあたっては、医薬分野において通常用いられる製剤用添加物(例えば賦形剤、結合剤、崩壊剤など)を1種又は2種以上用いることもできる。例えば、ソルビトール、エリスリトール、ラクトース、セルロース、又はコーンスターチなどを加えて攪拌混合し、必要に応じて造粒した後に打錠機で錠剤状に形成することができる。造粒物を顆粒剤としてそのまま用いてもよい。顆粒剤や錠剤を熱風乾燥して製剤中に含まれる水分を除去することにより健康食品としての錠剤や顆粒剤を得ることができる。必要に応じてγオリザノール、ケルセチン、ごま油抽出物、没食子酸、又はアスコルビン酸などの一般的な酸化防止剤やトレハロース又はシクロデキストリンなどを添加することも好ましい。また、凍結乾燥して得られた組成物を粉砕機を用いて細かく粉砕して粉末状の散剤を調製することができ、また上記粉末を硬カプセル又は軟カプセルに充填してカプセル剤の形態の健康食品を製造することができる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
清酒粕0.5 g(近江の地酒はしもとや製、不老泉純米吟醸酒粕)をもろみ酢(ORIHIRO社製、無糖琉球もろみ酢)1mLと混合し、15℃で4時間放置した。液体部分を分離し、逆層HPLCを用いてS-アデノシルメチオニン量を測定した(例1−1)。
比較のため、清酒粕0.5 gを水1 mLと混合し、15℃(例1−2)又は70℃(例1−3)で4時間放置した。液体部分を分離し、逆層HPLCを用いてS-アデノシルメチオニン量を測定した。また、清酒粕0.5 gを20%リンゴ酸水溶液1 mL(例1−4)又は20%クエン酸水溶液1 mL(例1−5)と混合し、15℃で4時間放置した。液体部分を分離し、逆層HPLCを用いてS-アデノシルメチオニン量を測定した。
【0021】
結果を表1に示す。
もろみ酢と清酒粕とを混合して固形分を除去することにより、S-アデノシルメチオニンを安定状態で含む抽出物を得ることができた。この組成物に含まれるS-アデノシルメチオニンは室温でも長期にわたり安定であった。
【表1】

【0022】
例1−1、例1−2、例1−4、及び例1−5で得られた抽出物を室温で18日間保存した後のS-アデノシルメチオニンの含有量を測定した。結果を表2に示す。
【表2】

この結果のように、室温で保存すると分解が著しいS−アデノシルメチオニンが本発明の抽出方法により、室温でも安定に保存できる方法を提供できるようになった。
【0023】
例2
清酒粕21gにもろみ酢(ORIHIRO社製、無糖琉球もろみ酢)100 mLを加え、20℃にて1時間攪拌した後、濾過することによって清酒粕中に含まれるS-アデノシルメチオニンを含む抽出物を得た。この抽出物をそのまま健康食品として使用することができ、あるいは30℃以下の温度でアルコール分を減圧除去することによって健康食品として利用することが可能である。
【0024】
例3
清酒粕40gにもろみ酢(ORIHIRO社製、無糖琉球もろみ酢)100 mLを加え、20℃にて1時間攪拌した後、濾過することによって清酒粕中に含まれるS-アデノシルメチオニンを含む抽出物を得た。次にこの抽出物をガラス容器4つに分けて入れ、液体窒素を用いて予備凍結させた。この予備凍結品を常法により凍結乾燥処理し(真空度:2Pa)、S-アデノシルメチオニンを含む酒粕抽出物の凍結乾燥処理品を得た。このものは健康食品として利用することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
清酒粕に含まれるS-アデノシルメチオニンの抽出方法であって、清酒粕と醸造に由来する酢類とを混合して清酒粕と醸造に由来する酢類とを含む組成物を調製する工程、及び上記工程により得られた組成物中の固形分を除去してS-アデノシルメチオニンを含む抽出物を得る工程を含む方法。
【請求項2】
醸造に由来する酢類がもろみ酢である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
該組成物において清酒粕1質量部に対して醸造に由来する酢類を0.1質量部〜100質量の割合で含む請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
上記抽出物を濃縮及び/又は乾燥処理に付する工程をさらに含む請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
乾燥処理が噴霧乾燥又は凍結乾燥である請求項4に記載の方法。

【公開番号】特開2008−12464(P2008−12464A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−187611(P2006−187611)
【出願日】平成18年7月7日(2006.7.7)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】