説明

X線検出信号処理装置および方法

【課題】簡単な構成、調整で、SN比の高い、X線検出器に入射したX線のエネルギーに正確に応じた波高の信号を出力できるX線検出信号処理装置および方法を提供する。
【解決手段】プリアンプからの信号を高速ADコンバーター1で高速AD変換してから、デジタル信号処理部2において、デジタルベースで、プリアンプでの微分時定数で減衰する成分による影響を除去するための処理を行う。デジタル信号処理部2内のイベント検出部3では、高速ADコンバーター1からの信号を高速整形用のフィルター関数を用いて所定の整形時間にわたって平滑化し、その平滑化した信号が所定の域値を超えて最大値となるタイミングをイベント情報として検出するとともに、そのイベント情報を高速ADコンバーター1からの信号に付加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線検出器から発せられプリアンプを経た信号が入力され、前記X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号を出力するX線検出信号処理装置およびそのX線検出信号処理装置を用いるX線検出信号処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば蛍光X線分析において、X線検出器から発せられた信号は、直流成分を除去するためにレジスターフィードバックタイプまたはパルスリセットタイプのプリアンプで微分されるので、微分時定数で減衰する成分が含まれている。このようなアナログ信号をそのままデジタル信号に変換して波高分析器に送ると、ゲインやベースラインが変動するため、アナログ信号処理装置において、微分時定数で減衰する成分による影響を除去するための処理を行ってからデジタル信号に変換し、波高分析器に送っている(非特許文献1、2参照)。ここで、微分時定数で減衰する成分による影響としては、微分時定数で減衰する信号の収束値の変動による最終的なゲインの変動と、微分時定数そのものの変動による最終的なベースラインの変動がある。また、同様の処理をデジタルベースで行うデジタル信号処理装置もある(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4083802号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】合志陽一・佐藤公隆編,日本分光学会測定法シリーズ18,「エネルギー分散型X線分析 半導体検出器の使い方」,初版,株式会社学会出版センター,1989年6月30日,p.30−33
【非特許文献2】ヘルムース・スピーラー(Helmuth Spieler )著,半導体科学技術シリーズ(SERIES ON SEMICONDUCTOR SCIENCE AND TECHNOLOGY)12,「半導体検出システム(Semiconductor Detector Systems)」,(米国),オックスフォード大学出版株式会社(Oxford University Press Inc.),2009年,p.175−179
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上述のアナログ信号処理装置は、数百点の部品を要する複雑な構成になり、また複雑な調整をも要する。一方、上述のデジタル信号処理装置では、構成は簡単になるものの、微分時定数そのものの変動による最終的なベースラインの変動を十分に除去できない。
【0006】
本発明は前記従来の問題に鑑みてなされたもので、簡単な構成、調整で、SN比の高い、X線検出器に入射したX線のエネルギーに正確に応じた波高の信号を出力できるX線検出信号処理装置および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するために、本発明の第1構成のX線検出信号処理装置は、X線検出器から発せられプリアンプを経た信号が入力され、前記X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号を出力する装置であって、前記プリアンプからの信号を高速AD変換する高速ADコンバーターと、その高速ADコンバーターからの信号を処理するデジタル信号処理部とを備えている。そして、そのデジタル信号処理部が、前記高速ADコンバーターからの信号を高速整形用のフィルター関数を用いて所定の整形時間にわたって平滑化し、その平滑化した信号が所定の域値を超えて最大値となるタイミングをイベント情報として検出するとともに、そのイベント情報を前記高速ADコンバーターからの信号に付加するイベント検出部と、そのイベント検出部からの信号を順次記憶するメモリー部と、イベント処理部とを有している。
【0008】
このイベント処理部は、前記イベント検出部からイベント情報が付加された信号を受け取ると、イベント到達によるイベント処理を開始し、前記イベント検出部からの信号および前記メモリー部から順次遡って読み出される信号を、それら両信号の収束値、前記イベント検出部からの信号が前記プリアンプでの微分時定数により減衰する量を打ち消すための減衰波形補正係数、および前記メモリー部から順次遡って読み出される信号が前記プリアンプでの微分時定数により増加する量を打ち消すための増加波形補正係数に基づいて前記所定の整形時間にわたって平滑化し、平滑化した前記イベント検出部からの信号から平滑化した前記メモリー部から順次遡って読み出される信号を差し引いた信号をイベントに対する信号として求めて、前記イベント到達によるイベント処理を終了する。
【0009】
さらに、イベント処理部は、前記イベント到達によるイベント処理を終了すると、前記イベント検出部から次のイベント情報が付加された信号を受け取るまで、前記イベント到達によるイベント処理と同様の処理を続け、隣り合う平滑化した前記イベント検出部からの信号およびその差から得られる勾配に基づいて、前記両信号の収束値を求めるとともに、平滑化した前記イベント検出部からの信号から平滑化した前記メモリー部から順次遡って読み出される信号を差し引いた信号に基づいて、前記X線検出器にX線が入射しない場合の出力値であるエネルギーゼロ値を求め、そのエネルギーゼロ値を前記イベントに対する信号から差し引いた信号を、前記X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号として出力する。
【0010】
第1構成のX線検出信号処理装置では、プリアンプからの信号を高速ADコンバーターで高速AD変換してから、デジタル信号処理部において、デジタルベースで、微分時定数で減衰する成分による影響を除去するための処理を行う。デジタル信号処理部は、FPGA(Field-Programmable Gate Array )とファームウェアまたはDSP(Digital Signal Processor)とプログラムによって構成できるので、第1構成のX線検出信号処理装置によれば、簡単な構成、調整で、SN比の高い、X線検出器に入射したX線のエネルギーに正確に応じた波高の信号を出力できる。第1構成のX線検出信号処理装置においては、プリアンプからの信号のレベルを高速ADコンバーターの入力範囲に収まるように調整する入力調整部を備えることが好ましい。
【0011】
本発明の第2構成のX線検出信号処理方法は、第1構成のX線検出信号処理装置を用いて、X線検出器から発せられプリアンプを経た信号を処理して、前記X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号を出力するX線検出信号処理方法である。第2構成のX線検出信号処理方法によっても、第1構成のX線検出信号処理装置と同様の作用効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態のX線検出信号処理装置を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態のX線検出信号処理装置について、図にしたがって説明する。図1に示すように、この装置は、X線検出器から発せられプリアンプを経た信号が入力され、X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号を出力する装置であって、プリアンプからの信号を高速AD変換する高速ADコンバーター1と、その高速ADコンバーター1からの信号を処理するデジタル信号処理部2とを備えている。ここで、この装置においては、プリアンプからの信号のレベルを、高速ADコンバーター1の入力範囲に収まるように調整する入力調整部6を高速ADコンバーター1の前に備えているので、プリアンプからの信号は、入力調整部6を経由して高速ADコンバーター1に入力される。入力調整部6でのレベル調整は、高速ADコンバーター1への入力電圧を検出しフィードバックして行ってもよいし、AD変換後の値を検出しフィードバックして行ってもよい。また、高速ADコンバーター1は、後述するイベント到達によるステップ変化を検出できる一定のスピード、例えば40MHz 程度で繰り返しAD変換を行ってデータを送出する。
【0014】
デジタル信号処理部2は、イベント検出部3と、メモリー部4と、イベント処理部5とを有している。イベント検出部3は、高速ADコンバーター1からの信号を高速整形用のフィルター関数を用いて所定の整形時間にわたって平滑化し、その平滑化した信号が所定の域値を超えて最大値となるタイミングをイベント情報として検出するとともに、そのイベント情報を高速ADコンバーター1からの信号に付加する。メモリー部4は、イベント検出部3からの信号を順次記憶する。
【0015】
イベント処理部5は、イベント検出部3からイベント情報が付加された信号を受け取ると、イベント到達によるイベント処理を開始し、イベント検出部3からの信号およびメモリー部4から順次遡って読み出される信号を、それら両信号の収束値、イベント検出部3からの信号がプリアンプでの微分時定数により減衰する量を打ち消すための減衰波形補正係数、およびメモリー部4から順次遡って読み出される信号がプリアンプでの微分時定数により増加する量を打ち消すための増加波形補正係数に基づいて前記所定の整形時間にわたって平滑化し、平滑化したイベント検出部3からの信号から平滑化したメモリー部4から順次遡って読み出される信号を差し引いた信号をイベントに対する信号として求めて、前記イベント到達によるイベント処理を終了する。
【0016】
さらに、イベント処理部5は、前記イベント到達によるイベント処理を終了すると、イベント検出部3から次のイベント情報が付加された信号を受け取るまで、前記イベント到達によるイベント処理と同様の処理を続け、隣り合う平滑化したイベント検出部3からの信号およびその差から得られる勾配に基づいて、前記両信号の収束値を求めるとともに、平滑化したイベント検出部3からの信号から平滑化したメモリー部4から順次遡って読み出される信号を差し引いた信号に基づいて、X線検出器にX線が入射しない場合の出力値であるエネルギーゼロ値を求め、そのエネルギーゼロ値を前記イベントに対する信号から差し引いた信号を、X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号として出力する。
【0017】
次に、この装置のデジタル信号処理部2の動作について、数式にしたがって説明する。高速ADコンバーター1からの信号は、デジタル信号処理部2のイベント検出部3における多段のシフトレジスターを経て最終段から信号U として出力される。一方、シフトレジスターの各段からの信号A については、次式(1)により、平滑化処理を行って、イベント到達すなわちX線検出信号の到来を検出する。
【0018】
【数1】

【0019】
ここで、Fは、入力信号Aを所定の整形時間(数10nsec程度)で高速に整形することにより平滑化した信号で、C は、高速整形用のフィルター関数である。イベント検出部3は、平滑化した信号Fが所定の域値dを超えて最大値となるタイミングをイベント情報として検出するとともに、そのイベント情報を高速ADコンバーター1からの信号に付加して、つまり前記信号U に付加して出力する。
【0020】
イベント検出部3からの信号Uは、メモリー部4に順次記憶され、書き込みアドレスは、mからm+1へ1ずつ増えていく。このとき、信号U にイベント情報が付加されている場合、つまり信号U の中のイベント情報がTrueである場合には、イベント処理部5において後述するイベント到達によるイベント処理が起動される。そのイベント到達によるイベント処理が終了すると、次のイベント情報が付加された信号U が到来するまで、同様のイベント処理が連続して起動されることにより、後述するGet_Zeroの処理が行われる。
【0021】
イベント処理部5は、イベント検出部3からイベント情報が付加された信号Uを受け取ると、イベント到達によるイベント処理を開始し、次式(2)、(3)により、イベント検出部3からの信号U およびメモリー部4から順次遡って読み出される信号V(読み出すアドレスは、m−1,m−2,m−3…と変化する)を、それら両信号の収束値P_Zero、イベント検出部3からの信号Uがプリアンプでの微分時定数により減衰する量を打ち消すための減衰波形補正係数F 、およびメモリー部4から順次遡って読み出される信号Vがプリアンプでの微分時定数により増加する量を打ち消すための増加波形補正係数G に基づいて前記所定の整形時間にわたって平滑化する。
【0022】
【数2】

【0023】
【数3】

【0024】
ここで、減衰波形補正係数Fおよび増加波形補正係数G は、プリアンプでの微分時定数Tto とイベント処理部5に送り込まれるデータの間隔(前記所定の整形時間に依存する)の関数であるが、いずれも指数関数で、減衰波形補正係数Fは増加関数、増加波形補正係数G は減少関数になり、これらはあらかじめ計算しておくことが可能である。さらに、これらの指数関数に、一般的に平滑化に用いられる関数(例えば、台形波形、Gaussian波形)を掛け合わせることにより、よりSN比に優れた補正係数を作成できる。
【0025】
そして、次式(4)により、平滑化したイベント検出部3からの信号SAから平滑化したメモリー部4から順次遡って読み出される信号SBを差し引いた信号SEをイベントに対する信号SEとして求めて、前記イベント到達によるイベント処理を終了する。
【0026】
【数4】

【0027】
なお、イベント処理部5は、最終的に、次式(5)により、後述するエネルギーゼロ値B_Zeroをイベントに対する信号SEから差し引いた信号SEo を、X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号SEo として出力する。
【0028】
【数5】

【0029】
イベント処理部5は、前記イベント到達によるイベント処理を終了すると、イベント検出部3から次のイベント情報が付加された信号を受け取るまで、前記イベント到達によるイベント処理と同様の処理を続けることにより、Get_Zeroの処理を行う。詳細には、隣り合う平滑化したイベント検出部3からの信号SAb ,SAa およびその差から得られる勾配に基づいて、次式(6)により微分時定数Tto 経過後の値Zpを得て、平滑化(例えば指数平滑化)処理を行なうことにより、前記両信号の収束値P_Zeroを求める。
【0030】
【数6】

【0031】
また、次式(7)により、平滑化したイベント検出部3からの信号SAから平滑化したメモリー部4から順次遡って読み出される信号SBを差し引いた信号Zbを得て、平滑化(例えば指数平滑化)処理を行なうことにより、X線検出器にX線が入射しない場合の出力値であるエネルギーゼロ値B_Zeroを求める。
【0032】
【数7】

【0033】
以上のように、本実施形態のX線検出信号処理装置では、プリアンプからの信号を高速ADコンバーター1で高速AD変換してから、デジタル信号処理部2において、デジタルベースで、微分時定数で減衰する成分による影響を除去するための処理を行う。デジタル信号処理部2は、FPGAとファームウェアまたはDSPとプログラムによって構成できるので、本実施形態のX線検出信号処理装置によれば、簡単な構成、調整で、SN比の高い、X線検出器に入射したX線のエネルギーに正確に応じた波高の信号を出力できる。また、デジタル信号処理部2を構成するFPGAに、多重波高分析器を組み込むことも可能である。
【0034】
なお、本実施形態のX線検出信号処理装置を上述したように動作させることにより、X線検出器から発せられプリアンプを経た信号を処理して、X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号を出力するX線検出信号処理方法も本発明に含まれる。このX線検出信号処理方法によっても、上述したのと同様の作用効果が得られる。
【符号の説明】
【0035】
1 高速ADコンバーター
2 デジタル信号処理部
3 イベント検出部
4 メモリー部
5 イベント処理部
6 入力調整部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線検出器から発せられプリアンプを経た信号が入力され、前記X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号を出力するX線検出信号処理装置であって、
前記プリアンプからの信号を高速AD変換する高速ADコンバーターと、
その高速ADコンバーターからの信号を処理するデジタル信号処理部とを備え、
そのデジタル信号処理部が、
前記高速ADコンバーターからの信号を高速整形用のフィルター関数を用いて所定の整形時間にわたって平滑化し、その平滑化した信号が所定の域値を超えて最大値となるタイミングをイベント情報として検出するとともに、そのイベント情報を前記高速ADコンバーターからの信号に付加するイベント検出部と、
そのイベント検出部からの信号を順次記憶するメモリー部と、
イベント処理部とを有し、
そのイベント処理部が、
前記イベント検出部からイベント情報が付加された信号を受け取ると、イベント到達によるイベント処理を開始し、前記イベント検出部からの信号および前記メモリー部から順次遡って読み出される信号を、それら両信号の収束値、前記イベント検出部からの信号が前記プリアンプでの微分時定数により減衰する量を打ち消すための減衰波形補正係数、および前記メモリー部から順次遡って読み出される信号が前記プリアンプでの微分時定数により増加する量を打ち消すための増加波形補正係数に基づいて前記所定の整形時間にわたって平滑化し、平滑化した前記イベント検出部からの信号から平滑化した前記メモリー部から順次遡って読み出される信号を差し引いた信号をイベントに対する信号として求めて、前記イベント到達によるイベント処理を終了し、
前記イベント到達によるイベント処理を終了すると、前記イベント検出部から次のイベント情報が付加された信号を受け取るまで、前記イベント到達によるイベント処理と同様の処理を続け、隣り合う平滑化した前記イベント検出部からの信号およびその差から得られる勾配に基づいて、前記両信号の収束値を求めるとともに、平滑化した前記イベント検出部からの信号から平滑化した前記メモリー部から順次遡って読み出される信号を差し引いた信号に基づいて、前記X線検出器にX線が入射しない場合の出力値であるエネルギーゼロ値を求め、
そのエネルギーゼロ値を前記イベントに対する信号から差し引いた信号を、前記X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号として出力するX線検出信号処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載のX線検出信号処理装置において、
前記プリアンプからの信号のレベルを前記高速ADコンバーターの入力範囲に収まるように調整する入力調整部を備えたX線検出信号処理装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のX線検出信号処理装置を用いて、X線検出器から発せられプリアンプを経た信号を処理して、前記X線検出器に入射したX線のエネルギーに応じた波高の信号を出力するX線検出信号処理方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−168124(P2012−168124A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−31141(P2011−31141)
【出願日】平成23年2月16日(2011.2.16)
【特許番号】特許第4880077号(P4880077)
【特許公報発行日】平成24年2月22日(2012.2.22)
【出願人】(000250339)株式会社リガク (206)
【Fターム(参考)】