説明

X線発生装置

【課題】アノードの後方への反射電子や2次電子の回り込みを防止して、装置動作の安定性を向上させる。
【解決手段】真空チャンバ内に、電子ビームe1を放出するカソード10と、該カソード10から放出された電子ビームe1の衝突によってX線100を発生するアノード20とを備えたX線発生装置において、前記カソード10とアノード20との間に、カソードからアノードへの電子ビームの進行を許すように第3の電極30を設け、該第3の電極30をアノードと同電位に設定した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空チャンバ内に、電子を放出するカソードと、カソードから放出された電子の衝突によってX線を発生するアノードとを備えたX線発生装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
真空チャンバ内において、図3に示すように、カソード10から放出された電子ビームe1を、高速で回転するアノード20の金属面に照射して、X線100を発生させるX線発生装置が広く知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
この種のX線発生装置には、長期使用により劣化した電極を交換する開放型と、いわば使い捨ての密閉型がある。
【0004】
例えば、開放型のX線発生装置では、劣化した電極を交換する際に真空チャンバ内を大気に開放するが、大気に開放した際に、真空チャンバの内壁に、大気中のガス、水、油脂、塵などが付着する。そのため、電子ビームが残留ガスとほとんど相互作用を起こさない領域に到達するまで、真空チャンバ内を真空引きしてから、次の運転を再開するようにしている。
【0005】
しかしながら、真空チャンバを開放した直後や運転時間がまだ短い間(運転を開始して間もない内)は、真空チャンバ内でたびたび有害な放電が起こるという問題があった。この放電は、真空チャンバ内部のベーキング後、長期間運転することにより、徐々に回数が減少していくが、それでも1日に数回の放電は許容せざるを得ない状況であった。
【0006】
このような放電は、電源側から見れば大きな負担となるため、通常は保護回路を設けて回路に大電流が流れ込まないようにしてある。つまり、放電を放置しておくと装置が故障してしまうため、放電が発生すると直ちにインターロック回路が起動するようなシステムを採り入れている。しかし、インターロック回路が作動している間はX線の発生が中断されるため、X線を用いて測定を行っている場合は、X線の発生の中断により測定の中断という事態になってしまう。このため、できるだけ放電が起こるのを避けたいという要請があった。
【0007】
【特許文献1】特開平9−237600号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この放電の問題を解決しようと、長年にわたって原因究明のための調査が成されてきた。しかし、放電発生のメカニズムについて、現在のところ具体的な原因が提示されることはなかった。
【0009】
本発明者らは、X線発生装置を長期間運転させた後の状態においても、アノードの表面への電子ビーム照射により、アノードからの反射電子や2次電子などの2次的な電子が依然として生成され続けることに着目し、電場解析のシミュレーションにより、真空チャンバ内での等電位分布と電気力線を描いて、2次的に生成される電子の軌道を予測し、原因の追及を行った。
【0010】
図3において、e2はアノード20から飛び出した反射電子、Tは等電位面を示している。また、図4は、真空チャンバ1内においての反射電子e2の軌道をシミュレーション
した概要を示し、gは放出ガスを示してている。
【0011】
シミュレーションの結果、図4に示すように、特に反射電子e2が、カソード10とアノード20の間に存在する電位勾配によって再加速されて、アノード20の後方へ回り込み、結果的に真空チャンバ1の内壁に高いエネルギーを保った状態で衝突することを突き止めた。
【0012】
反射電子e2のアノード20の後方への回り込みは、カソード10とアノード20の間に連続した電位勾配が存在することにより起こると考えられる。
【0013】
その点について述べる。まず、1次電子(電子ビームe1)がカソード10から放出され、それがアノード20に照射されると、アノード20の照射面から2次的な電子が生成される。ここでは、特に、アノード20の表面で弾性的に金属原子と衝突して跳ね返ってくる反射電子e2が問題となる。なぜなら、これら反射電子e2は1次電子(カソード10から放出された電子ビームe1)とほぼ互角の運動エネルギーを持っているからである。
【0014】
この反射電子e2の一部は、電場によって進行方向を曲げられながら、カソード10側へ遡ろうとする。このとき、電場ベクトルは、等電位面Tに対して垂直の力を電子e2に及ぼす。
【0015】
しかし、カソード10とアノード20の間に存在する連続した電位勾配により、自身の持つ運動エネルギーと等しい電位面で一旦は失速するが、電位勾配の中にいるために再び運動エネルギーを獲得し、軌道を曲げられながら、アノード20方向へ再加速される。そして、反射電子e2の一部は、高い運動エネルギーを保ちながら、アノード20後方へ回りこむことになる。
【0016】
これらの回り込みを起こした電子e2は、ベーキングが進んでいない部位や真空チャンバ1の壁面に衝突する。長時間にわたる運転で十分に排気された真空チャンバ1であっても、真空チャンバ1の壁面が完全に清浄であることはなく、それら壁面に反射電子e2が衝突すると、電子衝撃によって、壁面に吸着されていたガスgがチャンバ1内に放出される。そのため、真空チャンバ1内の圧力が上昇し、気体放電が誘発される環境が常時作り出されることになる。
【0017】
この反射電子e2による吸着ガスgの脱離は常に起こり、なおかつ気体分子の電離に寄与する高いエネルギーを持った反射電子e2が常時真空チャンバ1内を飛行している状況である。従って、従来のようなアノード20とカソード10からなる2極管構造を採用している限りにおいては、真空チャンバ1内の放電の問題を回避することは困難であるということが分かった。
【0018】
以上は開放型の問題点について述べたが、密閉型の場合も有害な放電などの問題が起こることが分かった。即ち、密閉型の場合は、例えば、真空チャンバの壁面(ガラス製)への反射電子の付着により電荷蓄積が起こるが、その電荷蓄積により、印加電圧の不安定を招いたり、放電の危険性が高まったりする問題があることが分かった。
【0019】
本発明は、上記事情を考慮し、アノードの後方への反射電子や2次電子の回り込みを防止して、装置動作の安定性を向上させるようにしたX線発生装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明は、真空チャンバ内に、電子を放出するカソードと、該カソードから放出された電子の衝突によってX線を発生するアノードとを備えたX線発生装置において、前記カソードと前記アノードとの間に、前記カソードからアノードへの電子の進行を許すように第3の電極を設け、該第3の電極を前記アノードと同電位に設定したことを特徴とする。
【0021】
このようにすることにより、カソードとアノードの間にゼロ電位空間を形成することができる。但し、カソードに近い側の電位勾配は、電子ビームの加速と集束に必要であるため、その部分の電位勾配は維持しつつ、アノードに近い側に電位勾配のゼロの空間を設けるようにする。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、カソードとアノードの間にゼロ電位空間を形成することにより、反射電子のアノード後方への回り込みを大幅に抑制することができる。つまり、アノードから放出される反射電子は、新たに付加した第3の電極に衝突するようになるが、アノードと第3の電極は同電位のため、それらの間に電位勾配は存在せず、従って第3の電極に衝突した反射電子が再加速されることはなくなる。そのため、従来のように、電子が高いエネルギーを保ったままアノード後方へ飛行して真空チャンバの内壁へ衝突し、衝突によりガス放出が起こって、それにより真空チャンバ内の圧力が上昇し、放電が起こるという現象を抑えることができる。なお、第3の電極は、電子衝撃によるクリーニングおよび電子衝撃によるベーキングが進んでいるため、ガス放出はきわめて少なく、問題が生じることはない。
【0023】
また、電子が残留ガスに衝突すると、電離作用によりイオンが生成される。正電荷を持つイオンは、真空チャンバ内の高電圧部に加速されながら衝突し、高電圧部にダメージを与え、劣化を速めると共に、2次的な電子をも放出する。この2次的な電子により放電が誘発されるケースも考えられるが、本発明によれば、付加した第3の電極により、アノード後方でのイオン生成量を抑えることができるので、絶縁セラミックスを含めた高圧導入部へのイオン衝撃回数を緩和することができ、それにより、高圧導入部の絶縁性を長期間保つことができて、装置のメンテナンス期間を延ばすことができる。もちろん、この高電圧部が関与する放電を抑制する効果も期待できる。
【0024】
その結果、開放型のX線発生装置を、長期間にわたり安定して連続運転することが可能となり、ユーザーの測定中断の問題を回避することができる。
【0025】
また、アノードから放出される反射電子の再加速が抑制されるので、密閉型のX線発生装置においても、不安定動作を回避することができる。即ち、真空チャンバの壁面への反射電子の付着による電荷蓄積を抑えることができ、電荷蓄積によって印加電圧が不安定になったり放電の危険性が高まったりする問題を解消することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態を図面を参照して説明する。
図1は実施形態のX線発生装置の要部構成図、図2は同X線発生装置の反射電子の軌道をシミュレーションした内容を示す図である。
【0027】
この実施形態のX線発生装置は、図1および図2に示すように、真空チャンバ1内に、電子ビームe1を放出するカソード10と、該カソード10から放出された電子ビームe1の衝突によってX線100を発生する回転アノード20とを備え、カソード10と回転アノード20との間に、カソード10からアノード20への電子ビームe1の進行を阻害しない(許す)ようにプレート型の第3の電極30を設け、該第3の電極30をアノード20と同電位に設定したものである。ここでは、カソード10からアノード20への電子
ビームe1の進行を阻害しないように、第3の電極30の中央に開口31を設けている。
【0028】
このように、アノード20と同電位の第3の電極30をカソード10とアノード20の間に付加した場合、カソード10とアノード20の間にゼロ電位空間を形成することができる。つまり、カソード10に近い側の電位勾配は、電子ビームe1の加速と集束に必要であるため、その部分の電位勾配は維持しつつ、アノード20に近い側(第3の電極30とアノード20の間)に電位勾配のゼロの空間を形成することができる。
【0029】
その結果、反射電子e2のアノード20後方への回り込みを大幅に抑制することができる。即ち、電子ビームe1の衝突に伴ってアノード20から放出される反射電子e2は、新たに付加したプレート型の第3の電極30に衝突するようになるが、アノード20と第3の電極30が同電位であり、それらの間に電位勾配が存在しないことから、第3の電極30に衝突した反射電子e2が再加速されることはなくなる。
【0030】
そのため、従来のように、反射電子e2が高いエネルギーを保ったままアノード20の後方へ飛行して真空チャンバ1の内壁へ衝突し、衝突によりガス放出が起こって、それにより真空チャンバ1内の圧力が上昇し、放電が起こるという現象を抑え込むことができる。
【0031】
なお、図2では、第3の電極30に反射電子e2が衝突することにより、放出ガスgが発生するように示してあるが、実際の第3の電極30からのガスgの放出は、運転が進行するのに伴って、第3の電極30が電子衝撃によるクリーニング作用およびベーキング作用を受けることにより、きわめて少なくなるので、問題を生じることはない。
【0032】
また、このX線発生装置では、付加した第3の電極30により、アノード20後方での残留ガスへの衝突によるイオン生成量を抑えることができるので、絶縁セラミックスを含めた高圧導入部へのイオン衝撃回数を緩和することができ、それにより、高圧導入部の絶縁性を長期間保つことができて、装置のメンテナンス期間を延ばすことができる。もちろん、この高電圧部が関与する放電を抑制する効果も期待できる。
【0033】
その結果、開放型のX線発生装置を、長期間にわたり安定して連続運転することが可能となり、ユーザーの測定中断の問題を回避することができる。
【0034】
なお、上記実施形態では、開放型のX線発生装置を念頭において説明したが、アノード20から放出される反射電子e2の再加速を抑制できることから、密閉型のX線発生装置に適用した場合においても、不安定動作を回避することができるようになる。即ち、密閉型のX線発生装置における真空チャンバ壁面への反射電子の付着による電荷蓄積を抑えることができるようになるため、電荷蓄積によって印加電圧が不安定になったり放電の危険性が高まったりする問題を解消することができる。
【0035】
また、上記実施形態では、新たに付加する第3の電極30をプレート型のものとしているが、形状は特に問われるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施形態のX線発生装置の要部構成図である。
【図2】同X線発生装置の反射電子の軌道をシミュレーションした内容を示す図である。
【図3】従来のX線発生装置の要部構成図である。
【図4】同X線発生装置の反射電子の軌道をシミュレーションした内容を示す図である。
【符号の説明】
【0037】
1 真空チャンバ
10 カソード
20 アノード
30 第3の電極
100 X線
e1 電子ビーム
e2 反射電子
T 等電位面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバ内に、電子を放出するカソードと、該カソードから放出された電子の衝突によってX線を発生するアノードとを備えたX線発生装置において、
前記カソードと前記アノードとの間に、前記カソードからアノードへの電子の進行を許すように第3の電極を設け、該第3の電極を前記アノードと同電位に設定したことを特徴とするX線発生装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−27302(P2010−27302A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−185303(P2008−185303)
【出願日】平成20年7月16日(2008.7.16)
【出願人】(502277371)ブルカー・エイエックスエス株式会社 (7)