説明

gem−ジフルオロアルカンの製造方法

【課題】 gem−ジフルオロアルカンの製造方法を提供する。
【解決手段】 アルキンとフッ化水素を接触させて、gem−ジフルオロアルカンを製造する工程において、反応器にフッ化水素を供給した後にアルキンを供給する段階で、アルキンを供給すると同時に、液化炭酸ガス又は液体窒素を供給する操作を加えることで、アルキンの重合を抑制し、高収率でgem−ジフルオロアルカンを製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体装置の製造用エッチングガスや化学気相成長法(CVD)用ガス等のプラズマ反応用ガス;含フッ素医薬中間体;ハイドロフルオロカーボン系溶剤;などとして有用なgem−ジフルオロアルカンの製造方法に関する。高純度化されたgem−ジフルオロアルカンは、特に、プラズマ反応用ガスに好適である。
【背景技術】
【0002】
gem−ジフルオロアルカンの製造方法としては幾つかの製造方法が開示されている。
特許文献1においては、環式モノテルペン類、メルカプタン類、及びフェノール類からなる群より選択される1種又は2種以上の化合物の存在下にアルキンとフッ化水素を反応させて、gem−ジフルオロアルカンを製造する方法が開示されている。
特許文献2には、不純物として重合性オレフィンを含む粗アルキンに、沸点が−30〜30℃の範囲にあるフッ素化アルカンを添加することで、重合性オレフィンを除去した後、フッ化水素を反応させてgem−ジフルオロアルカン類を得る方法が開示されている。
また、特許文献3においては、フッ化水素とアルキンとの反応を、n−ペンタンやシクロペンタン等の非極性炭化水素溶媒中で行うことでgem−ジフルオロアルカン類を得る方法が提案されている。
特許文献4においては、アルキンにフッ化水素を付加させる反応が開示されているが、収率は最高でも76%である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−221892号公報
【特許文献2】特開平5−255143号公報
【特許文献3】特開平6−100475号公報
【特許文献4】米国特許第2287934号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1においては、環式テルペン類やメルカプタン類のような添加剤を用いることにより、高収率でgem−ジフルオロアルカン類を製造することができる。しかし、添加剤がフッ化水素、及びアルキンに対して均一に分散されず、局所的に濃度の偏りを生ずるとアルキンの重合を誘発する恐れがあり、結果として、安定した収率を確保することが難しくなる。従って、工業的生産において、この方法には、安定生産確保の観点で問題がある。また、メルカプタン類を使用する場合には、蒸留を行うとは言え、硫黄等の分解物が混入する恐れがあり、半導体材料向けのガスの製造という観点では、品質面の問題もある。
ところで、アルキンにフッ化水素が付加する場合、約83.7kJ/molの発熱が起こり、この発熱に起因してアルキンの重合等を引き起こす。一旦、重合が起こってしまうと収率低下はもちろん、反応器に重合物が堆積するため、反応器からの内容物の排出が困難を極め、安全上の問題も発生する。
特許文献2や3の方法では原料であるアルキンに混在する重合性オレフィンの重合を抑制するために、フッ素化アルカンや非極性炭化水素溶媒を用いている。しかしながら、これらの方法では、重合を抑制するために用いたフッ素化アルカンや非極性炭化水素溶媒の除去が必要となる。残留物であるフッ素化アルカンや非極性炭化水素溶媒の沸点は、目的物であるgem−ジフルオロアルカン類と近いため、工業生産において、これらの方法を採用しようとすると高理論段数の蒸留塔という大がかりな設備が必要となる。
従って、本発明は、後に除去工程を要する添加物を用いることなく、簡便に反応中の重合を抑制し、安全にgem−ジフルオロアルカンを得ることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かくして本発明によれば、炭素数3〜5から選ばれるアルキンとフッ化水素を接触させて、gem−ジフルオロアルカンを製造する工程において、反応器にフッ化水素を供給した後にアルキンと同時に、液化炭酸ガス又は液体窒素を供給することを特徴とするgem−ジフルオロアルカンの製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1】本発明の製造方法に採用される製造装置の一例。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明に用いられるアルキンは、分子内または、分子末端に炭素―炭素三重結合を有する炭素数3〜5の炭化水素であり、反応に不活性な置換基を有していても良い炭化水素である。かかる炭素―炭素三重結合を有する炭化水素の具体例としては、プロピン、1−ブチン、2−ブチン、3−メチル−1−ブチン、1−ペンチン、2−ペンチンなどが例示され、これらの中でも、1−ブチン、2−ブチンを好適に用いることができる。
【0008】
本発明では、冷却した金属性反応器内にフッ化水素を供給し、そこに、原料となる上記アルキンをマスフローコントローラーや、ポンプを介して反応器内に供給する。その際、原料アルキンを供給するラインとは別に、反応器にノズルを付したラインを用意し、原料アルキンと液化炭酸ガス又は液体窒素とを同時にフッ化水素の入った反応容器内に供給する。
また、反応器内は通常攪拌羽により攪拌される。反応器上部には冷却管、及び保圧弁が設置され、反応器内に導入された液化炭酸ガス又は液体窒素の影響によるフッ化水素や原料アルキンの気化、あるいはミスト化による気相への飛散を防止する。保圧弁からは気化した炭酸ガス又は窒素を系外に逃がし、反応器内の過激な圧力上昇を防止する。
【0009】
反応器は−40〜0℃の温度範囲で、ドライアイス/メタノールのような冷媒浴中で、あるいは循環冷凍器のような装置で冷却される。所定の温度に冷却された反応器内に、ボンベからフッ化水素を所定量供給する。フッ素化水素は原料であるアルキン1モルに対し、通常2〜10モル、好ましくは2〜5モルの範囲で適宜使用される。使用するフッ化水素が少ないとアルキンの転化率が低く、低収率になり、量が多すぎると、重合を誘発し易くなったり、後工程のアルカリ中和処理で大量のアルカリが必要となる。
【0010】
攪拌羽は攪拌機により攪拌され、その状態で、原料となるアルキンをプロピン、1−ブチンのような気体状化合物の場合はマスフローコントローラーで、2−ブチン、2−ペンチンのような液体状化合物の場合はポンプにより、所定量が反応器内に送り込まれる。アルキンの共有方法は特に限定されないが、反応制御が容易であることから、連続的に供給する方法が好ましく採用される。この場合、供給速度は一定であっても、変化させても良い。アルキンの供給速度は、容器の単位容積及び単位時間当たり、通常600〜3000モル/m/hであり、より好ましくは1200〜2400モル/m/hである。供給速度が速すぎると、フッ化水素との反応が急激に起こり、急速に重合を引き起こしたり、内容物の突沸を引き起こしたりするため、危険である。また、供給速度が遅すぎると反応時間が長くなり、反応が完結するまでに多大な時間を要する。
【0011】
原料アルキンが反応器内へ供給され始める時、別のラインから液化炭酸ガス又は液体窒素が反応器内のノズルを介して反応機内へ供給される。液化炭酸ガス又は液体窒素の共有方法は特に限定されないが、反応制御が容易であることから、連続的に供給する方法が好ましく採用される。この場合、供給速度は一定であっても、変化させても良い。フッ化水素とアルキンが反応する時に発生する熱を、液化炭酸ガス又は液体窒素が除熱する。使用する液化炭酸ガス又は液体窒素の量(両者を併用する場合は、合計量)は、原料アルキンに対し、通常2〜10モル当量、より好ましくは3〜5モル当量である。
液化炭酸ガスや液体窒素の量が少ないと、発熱時の除熱効果が小さくなり、重合を引き起こす可能性があり、また、使用量が多すぎると液相自体が過冷却状態になるため、反応の進行が遅くなり、結果として反応が完結するまでに多大な時間を要することになるため、いずれも好ましくない。
また、液化炭酸ガス又は液体窒素を供給するラインの数は1つ以上であれば良いが、効率良く除熱を行うためには、2ヶ所、3ヶ所と複数箇所に設けても良い。
【0012】
反応温度は、通常−70℃〜室温であり、より好ましくは−30℃〜0℃である。反応時間は原料の種類、使用量、反応温度などにより相違するが、通常は0.5時間〜10時間、好ましくは1〜5時間である。
【0013】
反応は、通常密閉式反応器で行われ、反応時の圧力は1MPa以下である。
本反応では、液化炭酸ガス又は液体窒素を反応器内に送り込むため、除熱に使用された液化炭酸ガス又は液体窒素が気化して、反応器内の圧力が徐々に高くなる。よって、これら気化した炭酸ガス又は窒素を系外に排出する必要があるため、冷却管の先に設置された保圧弁より排出される。保圧弁の設定は、通常0.3〜1MPaであり、より好ましくは0.5〜0.9MPaである。冷却管はフッ化水素や原料のアルキンが気化した場合に液化させるためのものであり、これらが液凝縮するような温度に設定された冷媒を循環させる。冷媒の温度は、通常−50〜0℃であり、好ましくは−30〜−10℃である。
【0014】
原料供給終了後は反応を完結させるため、反応器を室温まで上昇させて、さらに1〜2時間程度攪拌を継続する等の方法が採られる。
【0015】
反応終了後は、反応器内の内容物を、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物の水溶液を入れた別の容器内に送り込み、未反応のフッ化水素を中和する。フッ化水素を中和除去後の反応生成物を、乾燥し、単蒸留、又は低理論段数の蒸留塔を用いた蒸留により、gem−ジフルオロアルカンを単離精製することができる。gem−ジフルオロアルカン中に混在する炭酸ガスや窒素は蒸留時に抜けるため、精製が容易である。
【0016】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例によってその範囲を限定されるものではない。なお、特に断りがない限り、「部」及び「%」は、それぞれ「重量部」及び「重量%」を表す。
【0017】
以下において採用した分析条件は下記の通りである。
・ガスクロマトグラフィー分析(GC分析)
装置:GC−2010(島津製作所社製)
カラム:ジーエルサイエンス社製 TC−1、長さ60m、内径0.25mm、膜厚1.0μm
カラム温度:50℃、10分間保持後、20℃/分で昇温し、250℃になったら10分間保持。
インジェクション温度:200℃
キャリヤーガス:窒素ガス
スプリット比:100/1
検出器:FID
【0018】
[実施例1]
ステンレス製の冷却管、攪拌羽を供えたステンレス製オートクレーブに、原料供給のための容器、マスフローコントローラー(製品名「SEC−8000」、エステック社製)、及び、液化炭酸ガス供給用の電磁弁(製品名「CRG−15ユニット」、島津製作所社製)、液化炭酸ガスボンベ(サイホン管付き)を取り付けた。オートクレーブをドライアイス/エタノール浴に浸し、温度を−30℃に保ち、冷却管には−30℃の冷媒を循環させた。フッ化水素ボンベからフッ化水素280部を供給し、オートクレーブ内に液化させた。攪拌機を回し始め、原料容器から、マスフローコントローラーを介して、1−ブチン(東京化成工業社製)340部を900部/m/hの速度で約3.9時間かけて供給した。また、原料供給と同時に、液化炭酸ガスを約1320部/m/hの速度で供給を開始し、原料供給が終わるまで継続した。その間、オートクレーブ内の温度は最高で6℃の上昇であった。また、保圧弁は0.7MPaに設定し、適宜、炭酸ガスを抜き出した。原料供給が終了した後、攪拌を1時間継続し、オートクレーブを室温まで上昇させてさらに1時間攪拌を継続した。
別途、290部の水酸化カリウムを水1000部に溶解させた水溶液を、攪拌羽を供えたガラス反応器内に入れ、0℃に冷却した。このアルカリ水溶液中に、オートクレーブ内の内容物を窒素で加圧しながら送り込み、未反応のフッ化水素を中和した。静置後、上層の有機層を分離し、モレキュラーシーブス3Aで乾燥させた。モレキュラーシーブス3Aを濾過後、濾液を単蒸留したところ、目的物である2,2−ジフルオロブタンを545部(収率92%)得た。
【0019】
[実施例2]
ステンレス製の冷却管、攪拌羽を供えたステンレス製オートクレーブに、原料供給のための容器、定量ポンプ(製品名「QG−50」、山善社製)、及び、液体窒素供給用の電磁弁(製品名「CRG−15ユニット」、島津製作所社製)、液体窒素容器(ダイヤ冷機工業社製)を取り付けた。オートクレーブをドライアイス/エタノール浴に浸し、温度を−30℃に保ち、冷却管には−30℃の冷媒を循環させた。フッ化水素ボンベからフッ化水素280部を供給し、オートクレーブ内に液化させた。攪拌機を回し始め、原料容器から定量ポンプを介して、2−ブチン(アルドリッチ社製)340部を1200部/m/hの速度で約2.8時間かけて供給した。また、原料供給と同時に、液体窒素を約1320部/m/hの速度で供給を開始し、原料供給が終わるまで継続した。その間、オートクレーブ内の温度は最高で4℃の上昇であった。また、保圧弁は0.6MPaに設定し、適宜、窒素を抜き出した。原料供給が終了した後、攪拌を1時間継続し、オートクレーブを室温まで上昇させてさらに1時間攪拌を継続した。
別途、290部の水酸化カリウムを水1000部に溶解させた水溶液を攪拌羽を供えたガラス反応器内に入れ、0℃に冷却した。このアルカリ水溶液中に、オートクレーブ内の内容物を窒素で加圧しながら送り込み、未反応のフッ化水素を中和した。静置後、上層の有機層を分離し、モレキュラーシーブス3Aで乾燥させた。モレキュラーシーブス3Aを濾過後、濾液を単蒸留したところ、目的物である2,2−ジフルオロブタンを564部(収率95%)得た。
【0020】
[実施例3]
実施例1において1−ブチン280部を、1−ペンチン(東京化成工業社製)420部に変更したこと以外は実施例1と同様にして反応を行った。
反応終了後、実施例1と同様の操作を行い、目的物である2,2−ジフルオロペンタンが625部得られた(収率92%)。
【0021】
[比較例1]
実施例2において、液体窒素を供給しないこと以外は実施例2に従って反応を行った。オートクレーブ内の温度は最高で18℃の上昇であった。別途、290部の水酸化カリウムを水1000部に溶解させた水溶液を、攪拌羽を供えたガラス反応器内に入れ、0℃に冷却した。このアルカリ水溶液中に、オートクレーブ内の内容物を窒素で加圧しながら送り込み、未反応のフッ化水素を中和した。静置後、上層と下層の界面に白い固形分の析出が認められた。生成した固形分と上層の有機層を一緒に下層から分離し、モレキュラーシーブス3Aで乾燥させた。モレキュラーシーブス3A、及び白色の固形分を濾過後、濾液を単蒸留したところ、目的物である2,2−ジフルオロブタンを420部(収率71%)得たにすぎなかった。そして、オートクレーブの内面、及び、インナーノズル口の部分に白い固形分の付着が確認された。このように、反応器を冷却しているだけでは除熱が不十分なため、アルキンの一部がポリマー化していることが分かる。
【0022】
このようにして、アルキンをフッ化水素と接触させる際に、原料アルキンと一緒に液化炭酸ガス又は液体窒素を供給する操作を加えてやることで、反応物の発熱を抑制し、重合を抑えることができるので、収率良く、且つ、安定してgem−ジフルオロアルカンを製造することができる。また、従来技術に述べられているようなフッ素化アルカンや非極性炭化水素を添加する必要がないので、製造工程の簡略化を図ることが可能である。
【符号の説明】
【0023】
1 原料容器
2 マスフローコントローラー又はポンプ
3 原料供給ノズル
4 攪拌機
5 液化炭酸ガス又は液体窒素供給ノズル
6 冷却管
7 保圧弁
8 電磁弁
9 液化炭酸ガス又は液体窒素ボンベ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数3〜5から選ばれるアルキンとフッ化水素を接触させて、gem−ジフルオロアルカンを製造する工程において、反応器にフッ化水素を供給した後にアルキンと同時に、液化炭酸ガス又は液体窒素を供給することを特徴とするgem−ジフルオロアルカンの製造方法。
【請求項2】
炭素数3〜5から選ばれるアルキンが、2−ブチン又は1−ブチンであることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。

【図1】
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