説明

細胞培養シャーレ

【課題】胚などの細胞の培養に用いられるシャーレにおいて、ウェルを深くすることなく確実にドロップを作製することができる手段を提供する。
【解決手段】細胞培養シャーレ10は、平らな第1底面11及び第1底面11の周りに立設された側壁12を有する。第1底面11は、周縁部16を除く表面が疎水性である。第1底面11には、第1底面から窪んだ凹部13が設けられている。凹部13及び周縁部16は、表面が親水性である。これにより、胚の培養におけるドロップ50は、凹部13に対して親和性が高く、周縁部16を除く第1底面11へは移動し難くなるので、細胞培養シャーレ10において、凹部13を深くすることなく確実にドロップ50を作製することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胚等の細胞を培養するに適した細胞培養シャーレに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、マウスなどの哺乳動物の胚が体外で培養可能である。胚の培養方法として、平らなシャーレの底に、数十μLの培養液のドロップを間隔をおいて複数個滴下して作製し、このドロップをミネラルオイルで覆った後に、胚をドロップに導入して培養するマイクロドロップ法と呼ばれる方法が知られている。また、同じマイクロドロップ法を用いて、ドロップ同士が付着することを防止できる手法として、シャーレの底にウェルを形成し、そのウェルに形成した少量のドロップ内において胚を培養する手法が知られている(特許文献1)。マイクロドロップ法の変法としては、シャーレの底をミネラルオイルで覆った後に、パスツールピペットなどを用いて、ウェル内に胚を含んだドロップを作製する手法も採用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−280298号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前述されたようなシャーレを用いた胚培養において、オイルで覆ったシャーレの底にドロップを作製することは、ピペットの先端から吐出されたドロップがオイル中で液滴になるため、吐出直後はオイル中に浮遊する状態になり、シャーレに接触せず、付着しにくい。シャーレ底面に液滴となっているドロップを付着させるには、ピペットの先端から吐出される液滴とシャーレの滴下面となるウェルとの接触面積が広い方が好ましい。また、シャーレの移動などによってオイルが揺れ動いても、ドロップがウェルから剥がれたり、隣り合うドロップが接触して結合しないことが培養するに当たって望まれる。このような観点から、シャーレに形成されるウェルには、ある程度の深さが必要であった。しかしながら、ウェルが深くなると、ドロップを作製するときにウェルの底にまでパスツールピペットの先端を到達させなければならず、その際にパスツールピペットの先端がウェルの縁に接触して破損したり、パスツールピペットをウェルより取り出す際にウェルの側壁に接触して破損するおそれがある。
【0005】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、胚などの細胞の培養に用いられるシャーレにおいて、ウェルを深くすることなく確実にドロップを作製することができる手段を提供することを目的とする。
【0006】
また、本発明の他の目的は、胚などの細胞培養に用いられるシャーレにおいて、ピペットの先端とウェルの縁との接触を回避し得る手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1) 本発明は、平らな第1底面及び当該第1底面の周りに立設された側壁を有する細胞培養シャーレに関する。上記第1底面は、表面が疎水性である疎水領域と、当該疎水領域において上記第1底面から窪んだ凹部と、を有する。上記凹部及びその周縁部は、表面が親水性である。
【0008】
凹部及びその周縁部の表面は親水性であり、その凹部の周縁部より外れた第1底面は疎水性である。これにより、胚の培養におけるドロップは、凹部に接触しやすく、第1底面へは移動し難くなる。
【0009】
(2) 上記第1底面には、複数個の上記凹部が疎水領域を介在させて配置されていてもよい。
【0010】
一つのシャーレにおいて複数個のドロップを作製することができ、かつシャーレが揺らされても各ドロップが接触して結合することが防止される。
【0011】
(3) 上記凹部は、厚みが均一であり且つ平らな平面領域を有する第2底面と、当該第2底面の周りから起立して上記第1底面と連続する側面と、を有してもよい。
【0012】
凹部の第2底面が平面領域を有することにより、平面領域に存在するドロップを顕微鏡にて観察することが容易である。
【0013】
(4) 上記第2底面の中央と上記側面の上端とを結ぶ第1仮想直線と上記第2底面とがなす第1角度は、上記第2底面の中央と上記側壁の上端とを結ぶ第2仮想直線と上記第2底面とがなす第2角度より小さくてもよい。
【0014】
細胞培養シャーレに対して、先端が凹部の第2底面の中央付近に到達するように挿入されるピペットが側壁と当接しないためには、ピペットの軸線と第2底面とがなす角度が第2角度より大きくなるように、ピペットを傾斜させなければならない。このように傾斜されたピペットは、凹部の側面の上端、すなわち凹部と第1底面との境界となる縁部に接触することがない。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、細胞培養シャーレにおける凹部及びその周縁部の表面が親水性であり、その周縁部より外れた第1底面が疎水性であるので、胚の培養におけるドロップは、凹部に対して親和性が高く、第1底面へは移動し難くなる。これにより、細胞培養シャーレにおいて、凹部を深くすることなく確実にドロップを作製することができる。
【0016】
また、本発明によれば、凹部における第2底面の中央と側面の上端とを結ぶ第1仮想直線と第2底面とがなす第1角度が、第2底面の中央と側壁の上端とを結ぶ第2仮想直線と第2底面とがなす第2角度より小さいので、先端が凹部の第2底面の中央付近に到達するように挿入されるピペットの軸線と第2底面とがなす角度が第2角度より大きくなる。これにより、ピペットが、凹部の側面の上端、すなわち凹部と第1底面との境界となる縁部に接触することがなく、ピペットの先端側の破損が防止される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、本発明の実施形態に係る細胞培養シャーレ10の外観構成を示す斜視図である。
【図2】図2は、本発明の実施形態に係る細胞培養シャーレ10の外観構成を示す平面図である。
【図3】図3は、図2におけるIII-III切断線の断面構造を示す断面図である。
【図4】図4は、細胞培養シャーレ10の使用方法を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好ましい実施形態を説明する。なお、本実施形態は本発明の一実施態様にすぎず、本発明の要旨を変更しない範囲で実施態様を変更できることは言うまでもない。
【0019】
図1,2に示されるように、細胞培養シャーレ10は、平面視においてほぼ長方形の外形を呈しており、上側が開口された容器形状をなすものである。細胞培養シャーレ10は、平らな第1底面11と、第1底面11の周りに立設された側壁12と、を有する。細胞培養シャーレ10は、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリアミドなど、電子線滅菌や放射線滅菌が可能であり、かつ透明度の高い合成樹脂を素材として成型されたものである。なお、細胞培養シャーレ10の外形は特に限定されず、例えば、上側が開口された円柱形や多角柱形の容器形状であってもよい。
【0020】
第1底面11は、細胞培養シャーレ10の底板における上面である。第1底面11の表面の全域(周縁部16を除く)は疎水性である。つまり、後述される周縁部16を除く第1底面11の表面の全域が、本発明における疎水領域に相当する。疎水性とは、一般的には水分子との親和性が小さい性質をいう。ここでは、第1底面11の表面と水との親和性が小さいことが疎水性と称される。したがって、疎水性は、水の濡れ性が弱いと換言されてもよい。濡れ性は、一般的には固体表面と流体との界面現象をいう。例えば、オイル中に水を滴下して、オイル及び水の2種の流体が第1底面11に接触している場合、液滴をなす水とオイルとの界面は、第1底面11と所定の接触角をなす。この接触角が90°より大きければ、水よりオイルの方が濡れ性が強い、つまり、水の濡れ性が弱いこととなる。逆に、接触角が90°より小さければ、水がオイルより濡れ性が高いこととなる。なお、第1底面11の疎水性は、後述される凹部13及び周縁部16の親水性との対比において水の濡れ性が弱ければよく、必ずしも接触角が90°より大きくなくてもよい。
【0021】
図2に示されるように、第1底面11には、複数の凹部13が設けられている。凹部13は、第1底面11から下方へ窪んだ丸皿形状である。凹部13は、長方形の外形をなす第1底面11において、長辺方向に沿って3行、短辺方向に沿って4列の合計12個が、相互に独立した状態で配置されている。凹部13が相互に独立しているとは、隣り合う凹部13及び周縁部16が直接に連続しておらず、その間に周縁部16を除く第1底面11が介在していることをいう。各凹部13は、いずれも同じ形状なので、以下には一つの凹部13について詳細な説明がなされる。なお、凹部13の個数は特に限定されないので、12個より増減されてもよい。また、各凹部13は丸皿形状である必要はなく、例えば角皿形状や円筒形状などであってもよい。更に、各凹部13は、必ずしも同一の形状でなくてもよい。
【0022】
図3に示されるように、凹部13は、円形の第2底面14と、第2底面14の周りから起立して第1底面11と連続する円周形状の側面15と、を有する。第2底面14は、細胞培養シャーレ10の底板の上面の一部である。第2底面14において、底板の厚みは均一である。また、第2底面14の表面は平らである。第2底面14の表面が、本発明における平面領域に相当する。側面15は、第2底面14の周縁から斜め上方へ傾斜して第1底面11と連続している。つまり、側面15は、第1底面11から第2底面14へ向かってテーパ状に縮径した円周面である。第1底面11と側面15との境界、及び第2底面14と側面15との境界はラウンド加工(R加工)が施されている。
【0023】
ここで、第2底面14の中央と側面15の上端とを結ぶ第1仮想直線101と第2底面14とがなす角度を第1角度θ1とする。また、第2底面14の中央と側壁12の上端とを結ぶ第2仮想直線102と第2底面14とがなす角度を第2角度θ2とする。第1角度θ1と第2角度θ2とを比較すると、第1角度θ1が第2角度θ2より小さい(第1角度θ1<第2角度θ2)。
【0024】
なお、第2角度θ2は、凹部13と側壁12との距離が長くなるほど小さくなるので、第2仮想直線102を側壁12の上端のいずれの位置とするかによって第2角度θ2が変化することになるが、ここでは、最も第2角度θ2が小さくなるように、第2仮想直線102は、凹部13から最も遠い側壁12の上端と第2底面14の中央とを結ぶものとする。また、第1底面11における凹部13の位置が変わると、第1角度θ1は凹部13が同一形状であれば同じであるが、第2角度θ2は、各凹部13と側壁12までの距離が変わるので変化する。したがって、第1角度θ1は、各凹部13における第2角度θ2のいずれよりも小さいものとする。
【0025】
第2底面14及び側面15の全域は親水性である。また、第1底面11における凹部13の周縁部16も親水性である。なお、周縁部16は、図2において破線で示される領域である。親水性とは、一般的には水分子との親和性が大きい性質をいう。ここでは、第2底面14、側面15及び周縁部16と水との親和性が大きいことが親水性と称される。したがって、親水性は、水の濡れ性が強いと換言されてもよい。なお、第2底面14、側面15及び周縁部16の親水性は、前述された第1底面11の疎水性との対比において水の濡れ性が強ければよく、必ずしも接触角が90°より小さくなくてもよい。このような親水性は、例えば凹部13の表面領域のみをプラズマ処理するなど、公知の表面処理により付与することができる。
【0026】
以下、細胞培養シャーレ10の一使用方法が説明される。細胞培養シャーレ10は、哺乳動物の胚などを培養する際に用いられる。マイクロドロップ法と称される方法により胚が培養されるときには、図4に示されるように、細胞培養シャーレ10にミネラルオイル51を注いで第1底面11を覆い、パスツールピペット52の先端を凹部13の第2底面14に接触させながら、胚を含む培養系の液体をパスツールピペット52から吐出させてドロップ50を作製する。
【0027】
細胞培養シャーレ10に対して、先端が凹部13の第2底面14の中央付近に到達するように挿入されるパスツールピペット52が側壁12と当接しないためには、パスツールピペット52の軸線103と第2底面14とがなす第3角度θ3が第2角度θ2より大きくなるように、パスツールピペット52を傾斜させなければならない(第3角度θ3>第2角度θ2)。つまり、いずれの凹部13においても、第3角度θ3は、必ず第1角度θ1より大きいこととなる(第3角度θ3>第1角度θ1)。このように傾斜されたパスツールピペット52は、凹部13の側面15の上端、すなわち凹部13と第1底面11との境界となる縁部に接触することがない。
【0028】
パスツールピペット52から吐出された液体は、凹部13に接触する。凹部13及び周縁部16の表面は親水性であり、凹部13の周囲において周縁部16を除く第1底面11は疎水性である。これにより、ドロップ50は、凹部13に対して親和しやすく、第1底面11へは移動し難くなる。したがって、凹部13を深くすることなく確実にドロップ50を作製することができる。
【0029】
前述された操作を繰り返して、12個の凹部13にそれぞれドロップ50を作製する。各凹部13は、相互に独立しており、その間に疎水性の第1底面11が介在するので、細胞培養シャーレ10がインキュベータ等に移動される際に揺らされても、各ドロップ50が凹部13から離れて他のドロップ50と接触して結合することがない。また、凹部13の周囲である周縁部16の表面が親水性であるので、ドロップ50が凹部13と周縁部16との境界において立ち上がることが防止できる。これにより、凹部13の表面のみが親水化されている場合よりも、細胞培養シャーレ10が揺らされたときにドロップ50同士が結合するリスクを低減することができる。
【0030】
また、培養の過程においてドロップ50の胚を観察するには、細胞培養シャーレ10の凹部13に顕微鏡の焦点を合わすことになるが、凹部13は、厚みが均一であり且つ平らな第2底面14を有するので、顕微鏡による観察が容易である。また、凹部13の周囲である周縁部16の表面が親水性であるので、凹部13の表面のみが親水化されている場合よりも、ドロップ50の上側の面がなだらかなドーム形状となり、ドロップ50を顕微鏡にて観察することが一層容易となる。
【符号の説明】
【0031】
10・・・細胞培養シャーレ
11・・・第1底面(疎水領域)
12・・・側壁
13・・・凹部
14・・・第2底面
15・・・側面
16・・・周縁部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
平らな第1底面及び当該第1底面の周りに立設された側壁を有する細胞培養シャーレであって、
上記第1底面は、表面が疎水性である疎水領域と、当該疎水領域において上記第1底面から窪んだ凹部と、を有しており、
上記凹部及びその周縁部は、表面が親水性である細胞培養シャーレ。
【請求項2】
上記第1底面には、複数個の上記凹部が疎水領域を介在させて配置されている請求項1に記載の細胞培養シャーレ。
【請求項3】
上記凹部は、厚みが均一であり且つ平らな平面領域を有する第2底面と、当該第2底面の周りから起立して上記第1底面と連続する側面と、を有する請求項1又は2に記載の細胞培養シャーレ。
【請求項4】
上記第2底面の中央と上記側面の上端とを結ぶ第1仮想直線と上記第2底面とがなす第1角度は、上記第2底面の中央と上記側壁の上端とを結ぶ第2仮想直線と上記第2底面とがなす第2角度より小さい請求項3に記載の細胞培養シャーレ。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−34396(P2013−34396A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−170633(P2011−170633)
【出願日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【出願人】(000135036)ニプロ株式会社 (583)
【Fターム(参考)】