説明

α−ブロモメチルアクリレート類の製造方法

【課題】
本発明の課題は、α−ブロモメチルアクリレート類の工業的製法を提供するものである。従来より高い収率でα−ブロモメチルアクリレート類を工業的に提供することを目的とする。
【解決手段】
臭化水素を用いたα−ヒドロキシメチルアクリレート類のブロモ化反応において、水と二相分離する有機化合物類共存下でブロモ化反応を行うことにより、α−ブロモメチルアクリレート類の重合が抑制されることを見出し、従来より高い収率でα−ブロモメチルアクリレート類を工業的に提供するに至った。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α−ブロモメチルアクリレート類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
α−ブロモメチルアクリレート類は、その二重結合部位の付加反応や重合反応等の化学反応性に富んでいることに加えてブロモメチル基における反応性も兼ね備えていることから、重合体を形成するために供される単量体;塗料、接着剤、洗剤ビルダー、透明樹脂等の各種化学薬品の製造原料;抗癌剤、抗ウイルス剤等の医薬品の中間体等として広範囲に用いることが期待されるため、工業的な実用化が待たれている。
【0003】
α−ブロモメチルアクリレート類の製造方法は既にいくつか提案されている。例えば、α−ヒドロキシメチルアクリル酸メチルを原料として、エーテル系溶媒中三臭化リンと室温で反応させることにより、78%の収率でα−ブロモメチルアクリル酸メチルを得る方法が知られている(非特許文献1、特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、この方法は収率が高く穏やかな反応条件であるものの、原料三臭化リン由来の有害物質であるリン含有化合物が大量に副生するため、廃棄物の処理に特別な処理施設や特別な処理方法が必要となり、設備費が酷く嵩むだけでなく、含リン化合物の廃棄が必須となり環境の面からも工業的な製法とは言い難い。
【0005】
またα−ブロモメチルアクリレート類の製法として、例えば、トリフェニルホスフィンと臭素を用い、イミダゾール存在下で反応を行うことにより、68%の収率でα−ヒドロキシメチルアクリル酸メチルからα−ブロモメチルアクリル酸メチルを得る方法が知られている(非特許文献2参照)。
【0006】
しかしながら、この方法も収率は高いものの、やはり大量の有害物質であるリン含有化合物が大量に副生するため、前記方法と同様、廃棄物の処理の面で工業的な製法とは言い難い。またイミダゾールのような高価な試薬が必須となることからも、原料費が嵩み、工業的な製法ではない。
【0007】
またα−ブロモメチルアクリレート類の製法として、例えば、臭化水素酸と硫酸の混酸を用いα−ヒドロキシメチルアクリル酸メチルからα−ブロモメチルアクリル酸メチルを得る方法が知られている(特許文献1参照)。
【0008】
本法は原料にリン化合物を用いないので、含リン化合物が副生することが無いが、生成するα−ブロモメチルアクリレート類の一部が反応中に重合するために十分な収率が得られていないという問題があった。
【0009】
上述した通り、重合体を形成するために供される単量体;塗料、接着剤、洗剤ビルダー、透明樹脂等の各種化学薬品の製造原料;抗癌剤、抗ウイルス剤等の医薬品の中間体等に有用なα−ブロモメチルアクリレート類の実用的な製造方法が望まれている。
【0010】
【特許文献1】特開平6−92988号公報
【非特許文献1】J.I.Borrell、他6名、「ジャーナル オブ メディシナル ケミストリー(J.Med.Chem.)」、(米国)、1998年、41巻、p3539.
【非特許文献2】S.Brass、他5名、「ジャーナル オブ オルガノメタリック ケミストリー(J.Organometallic Chem.)」、(オランダ)、2006年、691巻、p5406.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、α−ブロモメチルアクリレート類の工業的製法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、α−ブロモメチルアクリレート類の工業的製法について種々検討を重ねたところ、リン化合物の副生の無い臭化水素を用いたα−ヒドロキシメチルアクリレート類のブロモ化反応において、水と二相分離する有機化合物類共存下でブロモ化反応を行うことにより、α−ブロモメチルアクリレート類の重合が抑制されることを見出し、従来より高い収率でα−ブロモメチルアクリレート類を工業的に提供するに至った。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、α−ブロモメチルアクリレート類をリン化合物の副生が無い方法で収率よく工業的に製造することができる。また本発明では反応中の重合物発生を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に本発明を詳しく説明する。
【0015】
α−ヒドロキシメチルアクリレート類からα−ヒドロキシメチルアクリレート類を工業的に製造する方法は、上述したように水と二相分離する有機化合物類共存下で臭化水素を用いてブロモ化反応を行うことである。
【0016】
上記水と二相分離する有機化合物類としては、臭化水素や基質であるα−ヒドロキシメチルアクリレート類と反応せず、反応温度において液体状であればよく、好ましくは炭化水素類が挙げられる。より好ましくはC6〜C12(炭素数が6から12個)の炭化水素類であり、特に好ましくは、n−ヘキサン、2−メチルペンタン、3−メチルペンタン、n−ヘプタン、2,3−ジメチルペンタン、2,4−ジメチルペンタン、2−メチルヘキサン、3−メチルヘキサン、2,2−ジメチルペンタン、3,3−ジメチルペンタン、n−オクタン、2−メチルヘプタン、3−メチルヘプタン、2,4−ジメチルヘキサン、2,5−ジメチルヘキサン、4−メチルヘプタン、2,2−ジメチルヘキサン、3,4−ジメチルヘキサン、2,3,4−トリメチルペンタン、シクロオクタン、n−ノナン、2,3−ジメチルヘプタン、n−デカン、n−ウンデカン、ドデカン等のC6〜C12の直鎖または分岐飽和炭化水素類、シクロヘキサン、メチルシクロペンタン、シクロヘプタン、メチルシクロヘキサン、エチルシクロペンタン、1,2−ジメチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン、1,1−ジメチルシクロヘキサン、1,4−ジメチルシクロヘキサン、1,3−ジメチルシクロヘキサン、イソプロピルシクロペンタン、プロピルシクロペンタン、シクロノナン、イソプロピルシクロヘキサン、プロピルシクロヘキサン、シクロデカン、ブチルシクロヘキサン、シクロウンデカン、シクロドデカン等のC6〜C12の飽和環状炭化水素類が挙げられる。
【0017】
これら水と二相分離する有機化合物類は反応液が二相分離していればよく、一種類のみを用いてもよいし、二種以上を適宜混合してもよいし、水と二相分離した油相中に一部含まれていてもよい。
【0018】
これら水と二相分離する有機化合物類の使用量は、反応液が二相分離していればよく、好ましくは有機化合物類を添加する前の反応液中の水に対し0.001質量倍〜50質量倍の範囲で行い、更に好ましくは有機化合物類を添加する前の反応液の水に対し0.01質量倍〜10質量倍、特に好ましくは有機化合物類を添加する前の反応液の水に対し0.05質量倍〜5質量倍の範囲で行う。
【0019】
本発明で使用される基質のα−ヒドロキシメチルアクリレート類とは、α位にヒドロキシメチル基が結合しているアクリルエステルであり、そのエステル部が炭素数1〜12のアクリルエステルである。この中でも好ましくはエステル部位がメチルエステル、エチルエステル、ブチルエステル、ヘキシルエステル、シクロヘキシルエステル、オクチルエステル、シクロオクチルエステル、アダマンチルエステルであり、特に好ましくはメチルエステル、エチルエステルである。
【0020】
上記α−ヒドロキシメチルアクリレート類の使用量は、使用するα−ヒドロキシメチルアクリレート類の種類にもより特に限定されないが、反応液全体の濃度として0.1質量%〜60質量%の範囲が好ましく、更に好ましいのは0.5質量%〜50質量%であり、特に好ましいのは、1質量%〜40質量%である。
【0021】
ブロモ化反応を行うにあたり使用する臭化水素の使用形態は、ガス状、液状、水溶液のいずれでもよく、好ましくは水溶液であり、特に好ましいのは入手しやすい48質量%程度の濃度の市販水溶液である。
【0022】
臭化水素の使用量は、好ましくはα−ヒドロキシメチルアクリレート類に対するモル比が1〜10で使用され、特に好ましくは、モル比が1〜5である。
【0023】
臭化水素を用いたブロモ化反応では、触媒として酸を用いると反応速度が向上することが一般的に知られており、酸の種類としては公知の無機酸、有機酸が使用できるが、好ましくは硫酸、酢酸等が使用できる。特に好ましいのは硫酸である。
【0024】
酸の使用量は、好ましくはα−ヒドロキシメチルアクリレート類に対するモル比が0.01〜10で使用され、特に好ましくは、モル比が0.1〜5である。
【0025】
臭化水素や酸は、反応液にそれぞれ単独で添加されてもよいが、予め混合しておいたものも使用することができる。
【0026】
α−ヒドロキシメチルアクリレート類への臭化水素および酸の添加方法は、一括添加でもよく、反応温度の急激な上昇を防ぐ意味で逐次添加にて添加してもよい。
【0027】
ブロモ化反応における反応温度は使用するα−ヒドロキシメチルアクリレート類の種類や水と二相分離する有機化合物類により適宜設定されるが、α−ヒドロキシメチルアクリレート類の重合防止の観点から160℃以下で反応を行うことが好ましく、更に好ましくは0℃〜130℃、特に好ましくは0℃〜100℃の範囲で反応を行う。
【0028】
ブロモ化反応における反応圧力は使用するα−ヒドロキシメチルアクリレート類の種類や水と二相分離する有機化合物類により適宜設定され、加圧、常圧、減圧のいずれも採用することができる。
【0029】
ブロモ化反応における反応雰囲気は使用するα−ヒドロキシメチルアクリレート類の種類や水と二相分離する有機化合物類により適宜設定され、Air雰囲気、窒素などの不活性ガス雰囲気のいずれも採用することができるが、α−ヒドロキシメチルアクリレート類の重合防止の観点から、後述する重合禁止剤の存在下で酸素含有ガス雰囲気で反応することが好ましい。
【0030】
上記の手段で得られた粗α−ブロモメチルアクリレート類は、公知の方法で油相を分離した後、必要であれば水相に溶解しているα−ブロモメチルアクリレート類を有機溶媒による抽出などの公知の方法で回収した後、濃縮、晶析等の公知の方法で溶媒を除去することで粗α−ブロモメチルアクリレート類を得ることができる。
【0031】
粗α−ブロモメチルアクリレート類からの精製方法は、該当するα−ブロモメチルアクリレート類の物性にもよるが、通常の精製処理であれば特に限定されなく、蒸留、結晶化、晶析、カラム分離等の処理によって行われる。この中でも蒸留による精製処理が特に好ましい。この時後述する重合禁止剤や酸素を共存させて蒸留を行うこともできる。
【0032】
特にα−ブロモメチルアクリル酸メチルの蒸留精製においては、例えば13.3hPaで溜出させる場合、塔頂温度80〜82℃の溜分を取得すればよい。
【0033】
α−ブロモメチルアクリレート類の保存方法は、得られたα−ブロモメチルアクリレート類の種類にもよるが、通常経時的に着色、重合等の変質が見られることがある。このため重合禁止剤の存在下で保存するのがよい。重合禁止剤は、例えば、リン酸、リン酸トリメチル、リン酸トリエチル、リン酸トリブチル等のアルキルリン酸塩、リン酸ジフェニル等のアリールリン酸塩、亜リン酸トリメチル、亜リン酸トリエチル、亜リン酸トリフェニル等の亜リン酸塩、トリメチルホスフィン、トリエチルホスフィン、トリブチルホスフィン、トリフェニルホスフィン、トリス(ペンタフルオロフェニル)ホスフィン等のホスフィン類、トリメチルホスフィンオキサイド、トリエチルホスフィンオキサイド等のアルキルホスフィンオキサイド、商品名「アデカスタブ2112」(旭電化製)、商品名「HCA」(三光製)、商品名「アデカスタブPEP−8」(旭電化製)、商品名「アデカスタブ260」(旭電化製)、商品名「アデカスタブ3010」(旭電化製)、商品名「アデカスタブHP−10」(旭電化製)、商品名「アデカスタブ329K」(旭電化製)、商品名「アデカスタブPEP−24G」(旭電化製)、商品名「IRGAFOS168」(Ciba製)等等のリン化合物;ノニルフェノール、モノ−t−ブチル−p−クレゾール、モノ−t−ブチル−m−クレゾール、2,4−ジメチル−6−t−ブチル−フェノール、2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール(BHT)、2,6−ジ−t−ブチルフェノール、4−ヒドロキシメチル−2,6−ジ−t−ブチル−フェノール、メトキノン(MEQ)、グアヤコール、3−メトキシフェノール、ヒドロキノン(HQ)、メチルヒドロキノン、t-ブチルヒドロキノン、カテコール、4−メチルカテコール、4−t−ブチルカテコール(TBC)、レゾルシノール、2−メチルレゾルシノール、5−メチルレゾルシノール、プロピルガレート、商品名「スミライザーGM」(住友化学製)、商品名「スミライザーGS」(住友化学製)、商品名「IRGANOX1222」(Ciba製)等のフェノール系化合物; 商品名「スミライザーTPL−R」(住友化学製)、商品名「スミライザーTPS」(住友化学製)、商品名「スミライザーTPD」(住友化学製)等の有機硫黄系化合物;商品名「IRGANOXHP2225FF」(Ciba製)、商品名「IRGANOXHP2341」(Ciba製)、商品名「IRGANOXHP2921FF」(Ciba製)等のラクトン系化合物(混合品);ジブチルジチオカルバミン酸亜鉛、ジブチルジチオカルバミン酸銅等の金属錯体;フェニル−α−ナフチルアミン、N,N‘−ジフェニル−p−フェニレンジアミン、4,4−テトラメチルジアミノジフェニルアミン、ピペリジン、2,6−ジメチルピペリジン、2,2,6,6−テトラメチルピペリジン(TEMP)、ピペリジノオキシ フリーラジカル、2,6−ジメチルピペリジノ フリーラジカル、2,2,6,6−テトラメチルピペリジノ フリーラジカル(TEMPO)、商品名「CXA5415」(Ciba製)、商品名「ZJ705」(Ciba製)等のアミンもしくはN−オキシル化合物;商品名「Q1300」(WAKO試薬)、商品名「Q1301」(WAKO試薬)等のニトロソ化合物、フェノチアジンが挙げられるが、特に限定されるものではない。この中で好ましくは、フェノール系化合物類、N−オキシル化合物類、金属錯体類、フェノチアジンである。これら重合禁止剤は、一種類のみを用いてもよいし、二種類以上を適宜混合して用いてもよい。
【0034】
上記重合禁止剤の添加量は、特に限定されるものではないが、通常、α−ブロモメチルアクリレート類に対する割合が、0.01質量%〜5質量%の範囲内となるようにすればよい。
【0035】
また上記の重合禁止剤の重合防止効果を高めるために、例えば、酸素−窒素の混合ガスや空気等の酸素含有ガスを併用してもよい。
【実施例】
【0036】
以下実施例をもって本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0037】
実施例1
温度計、冷却管、攪拌装置、滴下ロートを備えた容量50mlの3つ口フラスコに、48質量%臭化水素水7.5mlを入れる。フラスコを氷水中5℃以下に冷却しながら、98%濃硫酸2.5mlを滴下ロートより滴下する。さらに氷水中5℃以下に冷却しながら、α−ヒドロキシメチルアクリル酸メチル5.0g及びn−ヘキサン10ml(n−ヘキサン添加前の水相に対し約0.3質量倍)を滴下して加え、30分間室温で攪拌した後、フラスコを60℃に加温し3時間反応させた。
この時反応液中にはポリマーの発生は認められなかった。
【0038】
反応終了後反応液を室温まで冷却し、分液ロートに移し、ヘキサン相と水相に分液した。水相はさらにn−ヘキサン10mlを用いて抽出操作を行った。すべての有機相を混合し、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液10ml、飽和食塩水10mlで順に洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、溶媒を減圧留去してα−ブロモメチルアクリル酸メチル3.1gを得た(収率 41% 、純度>99%)。
【0039】
1H−NMRスペクトル(δ,ppm):3.82(s,3H),4.20(s,2H),5.98(s,1H),6.38(s,1H)。
【0040】
比較例1
実施例1においてn−ヘキサンを添加しなかった以外は実施例1と同様に反応を行い、α−ブロモメチルアクリル酸メチルを得た。反応後、反応液中には白色固体(重合物)が見られ、実施例1と同様にα−ブロモメチルアクリル酸メチルを単離したところ、α−ブロモメチルアクリル酸メチル1.5gを得た(収率19%)。
【産業上の利用可能性】
【0041】
α−ブロモメチルアクリレート類は、重合体を形成するために供される単量体;塗料、接着剤、洗剤ビルダー、透明樹脂等の各種化学薬品の製造原料;抗癌剤、抗ウイルス剤等の医薬品の中間体等に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
臭化水素を用いたブロモ化反応によってα−ヒドロキシメチルアクリレート類よりα−ブロモメチルアクリレート類を製造することにおいて、水と二相分離する有機化合物類共存下でブロモ化反応させることを特徴とするα−ブロモメチルアクリレート類の製造方法。
【請求項2】
前記有機化合物類がC6〜C12の炭化水素類であることを特徴とする請求項1記載のα−ブロモメチルアクリレート類の製造方法。

【公開番号】特開2010−37248(P2010−37248A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−200585(P2008−200585)
【出願日】平成20年8月4日(2008.8.4)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】