説明

α−酸化アルミニウム前駆体ゾル、その製造方法、及びイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法

【課題】α−酸化アルミニウムを低温で、且つ、環境に与える負荷を低減して、簡易に合成することができるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法を提供する。
【解決手段】α−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法は、非晶質の水酸化アルミニウムをカルボン酸と混合・撹拌する工程P5を具備する。上記構成において、非晶質の水酸化アルミニウムは、アルミニウム塩の水溶液を調製する工程P1と、水溶液のpHを4〜11とし水酸化アルミニウムの沈殿物を生成させる工程P2と、生成した水酸化アルミニウムを溶媒と分離する工程P3とを経て得られた、未乾燥の水酸化アルミニウムゲルとすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱によりα−酸化アルミニウムが生成するα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法、該製造方法により製造されるα−酸化アルミニウム前駆体ゾル、及び、該α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを原料とするイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
α−酸化アルミニウム(α−アルミナ)は、硬度が高く、電気絶縁性、化学的な安定性、機械的強度など諸特性のバランスが良いこと、セラミックス材料としては比較的安価なことから、産業界で非常に多用されている。また、融点が2000℃以上で耐熱性に優れ、高温下での機械的強度の低下が小さい等の性質により、金属や合金の鋳造プロセスにおいて、溶融金属を収容・運搬するための容器等に使用される耐火材料としても期待されている。
【0003】
α−酸化アルミニウムの一般的な製造方法は、ギブサイト、バイヤライト、ノルドストランダイト等の水酸化アルミニウムや、ベーマイト(AlO(OH))を加熱することにより、γ−アルミナ、δ−アルミナ、η−アルミナ、κ−アルミナ、ρ−アルミナ、χ−アルミナ等の中間アルミナを経て、α−酸化アルミニウムを生成させるというものである。このように中間アルミナを経由するα−酸化アルミニウムの生成には、出発原料や焼成条件の相違によって、種々の生成ルートがあることが知られている。しかしながら、どの生成ルートを経るにしても、α−酸化アルミニウムが生成するためには一様に、約1300℃以上という高温で焼成する必要がある。そのため、従前から、α−酸化アルミニウムをより低温で合成できる手段が望まれていた。
【0004】
セラミックス材料をより低温で合成することを意図した場合、想到される一般的な手段は、原料粉末をより微粉化することであるが、出発原料をゾルとすれば、粉末原料の固相反応によって目的物質を合成させる場合に比べて、合成温度を低下させることができると期待される。従来、金属酸化物の前駆体ゾルを製造する一般的な方法としては、有機溶媒に溶解させた金属アルコキシドを加水分解させるという方法が公知である。しかしながら、近年では、産業界に対してVOC(揮発性有機化合物)の排出を低減することが要請されており、ゾルの分散媒は水系であることが望ましい。
【0005】
一方、酸化アルミニウムの前駆体ゾルとして、温水中にアルミニウムアルコキシドを添加し加水分解させたゾルが、Yoldasによって提案されている(例えば、非特許文献1、特許文献1参照)。このゾルは、アルミニウムプロポキシド、アルミニウム−sec−ブトキシド、アルミニウムメトキシド等のアルミニウムアルコキシドを、過剰量の水に加熱下で添加して加水分解し、塩酸、硝酸等の酸を添加し加熱下で解膠することにより得たベーマイトゾルである。有機溶媒を積極的に使用しない水系のゾルではあるが、解膠のために添加する酸として硝酸や塩酸を用いた場合、α−酸化アルミニウムを合成する加熱処理において、窒素や塩素を含む有害なガスが発生するという問題があった。
【0006】
また、アルミニウムアルコキシドの加水分解を加熱下で行い、酸を加えて解膠する際にも80℃以上に加熱する必要があるなど、ゾルの製造方法が複雑であった。加えて、Yoldasの提案によるゾルは、多孔質のγ−アルミナを得ることを目的としたゾルであり、α−酸化アルミニウムを生成させるには、1200℃以上で加熱処理する必要があった。
【0007】
そこで、簡易に調製できると共に、α−酸化アルミニウムを低温で合成することができ、且つ、VOCの排出や有害なガスの発生が抑制されていることにより、環境に与える負荷を低減してα−酸化アルミニウムを合成することができる、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルが要請される。
【0008】
一方、アルミニウムを含む複酸化物の一つであるイットリウム・アルミニウム・ガーネット(YAl12)(以下、「YAG」と称することがある)は、固体レーザ発振子として使用されている他、種々の用途が期待されている。例えば、高い透光性や化学的安定性を利用して、ガラス材料では耐熱性や耐食性が不十分な環境下で使用されるレンズ、プリズムなどの光学部材や、発光管、窓部材などの用途である。また、セラミックスや金属の表面にYAGをコーティングすることにより、耐熱性や耐食性を高めることができると考えられる。
【0009】
従来、YAGは、酸化アルミニウム粉末と酸化イットリウム粉末とを混合して加熱することにより製造されていた(例えば、特許文献2参照)。このような従来の製造方法では、酸化アルミニウム及び酸化イットリウムの混合粉末を、1600℃以上という高温で加熱する必要があった。そのため、より低温でYAGを合成できる手段が望まれていた。上記のように、α−酸化アルミニウムをより低温で合成できる前駆体ゾルを得ることができれば、このα−酸化アルミニウム前駆体ゾルを原料として、YAGをより低温で合成できると期待される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、α−酸化アルミニウムを低温で、且つ、環境に与える負荷を低減して、簡易に合成することができるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法、該製造方法により製造されるα−酸化アルミニウム前駆体ゾル、及び、該α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを原料とするイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法の提供を、課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するため、本発明にかかるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法は、「非晶質の水酸化アルミニウムをカルボン酸と混合・撹拌する」ものである。
【0012】
「カルボン酸」としては、酢酸、ギ酸、シュウ酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、クエン酸を例示することができる。
【0013】
上記構成の製造方法によれば、非晶質の水酸化アルミニウムをカルボン酸と混合し撹拌するのみの極めて簡易な方法で、α−酸化アルミニウムの前駆体であるゾルを製造することができる。なお、結晶構造を有する水酸化アルミニウムを原料とした場合は、カルボン酸と混合し撹拌してもゾルは得られない。その理由は明らかではないが、結晶が極めて微小で秩序ある構造をとり得ない不安定な状態が、ゾルの生成に有利に作用しているものと考察している。
【0014】
また、本製造方法により得られたゾルは、後述のように、950℃という低温の加熱で、α−酸化アルミニウムを生成させることができる。
【0015】
更に、本製造方法では有機溶媒を使用しておらず、得られるゾルは分散媒が水の“水系ゾル”である。そのため、VOC排出の低減に対する社会的な要請に沿うものであり、環境に与える負荷が低減されている。
【0016】
また、α−酸化アルミニウの前駆体として、アルミニウムの塩化物、硝酸塩、硫酸塩の水溶液を使用することも想到し得るが、その場合は、酸化アルミニウムを生成させる加熱処理において、塩素、窒素、硫黄を含有する有害なガスが発生する。これに対し、水酸化アルミニウムとカルボン酸からゾルを生成させる本発明では、得られるゾルはアルミニウム、炭素、水素、及び酸素の元素のみからなる。従って、本発明によれば、加熱処理において有害なガスが発生するおそれが低減されたゾルを製造することができ、環境に与える負荷をより低減することができる。
【0017】
本発明にかかるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法は、上記構成において、「非晶質の水酸化アルミニウムは、アルミニウム塩の水溶液のpHを4〜11とし、水酸化アルミニウムの沈殿物を生成させる工程と、生成した水酸化アルミニウムを溶媒と分離する工程とを経て得られた、未乾燥の水酸化アルミニウムゲルである」ものとすることができる。
【0018】
「アルミニウム塩」としては、例えば、塩化物、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩を使用することができる。ここで、塩化物、硝酸塩、硫酸塩をアルミニウム塩として使用する場合であっても、塩化物イオン、硝酸イオン、硫酸イオンは、水酸化アルミニウムの沈殿物を溶媒と分離する工程において、溶媒と共に分離される。そのため、α−酸化アルミニウムを合成するための加熱処理において、有害なガスが発生するおそれが低減されている。なお、水酸化アルミニウムの沈殿物を溶媒と分離する工程の後に、沈殿物を水洗する工程を備えることとすれば、沈殿物に付着する溶媒から、アルミニウム塩に由来する陰イオンや、アルミニウム塩の水溶液のpHを調整するために使用した添加剤に由来するイオンを、ほぼ完全に除くことができるため、より好適である。
【0019】
上記のように、アルミニウム塩の水溶液の液性を調整して沈殿させた水酸化アルミニウムであって、乾燥させていないゲル状の水酸化アルミニウムは、非常に不安定な状態にある。そのため、カルボン酸との混合・撹拌によりα−酸化アルミニウム前駆体ゾルを生成させる原料である、非晶質の水酸化アルミニウムとして適している。
【0020】
本発明にかかるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法は、上記構成において、「カルボン酸は、ギ酸または酢酸であり、水酸化アルミニウムに対するカルボン酸の割合は、アルミニウム1モルに対しカルボキシル基3モル未満となる割合である」ものとすることができる。
【0021】
アルミニウムイオンは3価のイオンであるため、水酸化アルミニウムとカルボン酸を混合しようとする場合、カルボン酸の割合はアルミニウムイオン1モルに対してカルボキシル基が3モルとなる割合とする、或いは、より確実に反応させるために、アルミニウムイオン1モルに対するカルボキシル基の割合を3モル以上とするのが、当業者の通常の考え方である。本発明者らの検討により、このような当業者の常識に反する知見が得られた。すなわち、アルミニウムイオンに対するカルボキシル基の割合が大きい方が、水酸化アルミニウムから、より短時間で透明なゾルを生成させることができるものの、カルボン酸としてギ酸または酢酸を使用することにより、アルミニウム1モルに対してカルボキシル基が3モルに満たない割合のカルボン酸の添加で、安定なゾルを製造できることが確認された。これにより、α−酸化アルミニウムを合成する加熱処理の際に、カルボキシル基を起源として発生する二酸化炭素が低減され、環境に与える負荷を更に低減することができる。
【0022】
なお、「アルミニウムイオン1モルに対するカルボキシル基の割合が3モル」とは、カルボン酸がモノカルボン酸である場合はアルミニウムイオン1モルに対しカルボン酸が3モル、カルボン酸がジカルボン酸である場合はアルミニウムイオン1モルに対しカルボン酸が1.5モル、カルボン酸がトリカルボン酸である場合はアルミニウムイオン1モルに対しカルボン酸が1モル、となる割合である。
【0023】
次に、本発明にかかるイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法は、「上記に記載のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法により製造されたα−酸化アルミニウム前駆体ゾルを、酸化イットリウム前駆体ゾルと混合・撹拌してゾル混合物とする工程と、ゾル混合物を酸化雰囲気下で焼成する工程とを具備する」ものである。
【0024】
上記構成の製造方法では、α−酸化アルミニウムの前駆体及び酸化イットリウムの前駆体が共にゾルであるため、酸化アルミニウムの粉末及び酸化イットリウムの粉末を混合し焼成する従来法に比べて、低い温度でYAGを合成することができる。
【0025】
本発明にかかるイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法は、上記構成において、「酸化イットリウム前駆体ゾルは、イットリウム塩の水溶液をアルカリ性とし、水酸化イットリウムの沈殿物を生成させる工程と、生成した水酸化イットリウムを溶媒と分離する工程とを経て得られた、未乾燥の水酸化イットリウムゲルを、カルボン酸と混合・撹拌して製造されたゾルである」ものとすることができる。
【0026】
「イットリウム塩」としては、塩化物、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩を使用することができる。また、「カルボン酸」としては、酢酸、ギ酸、シュウ酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、クエン酸を例示することができる。
【0027】
上記構成の本製造方法では、イットリウム塩の水溶液をアルカリ性として水酸化イットリウムを沈殿させ、この水酸化イットリウムをカルボン酸と混合し撹拌するのみの極めて簡易な方法で、酸化イットリウムの前駆体であるゾルを製造することができる。
【0028】
また、この酸化イットリウム前駆体ゾルは、500℃〜600℃という低温の加熱で酸化イットリウムが生成するゾルである。かかる酸化イットリウム前駆体ゾルをα−酸化アルミニウム前駆体ゾルと混合して焼成することにより、詳細は後述するように、従来法に比べて大幅に低い温度である800℃で、YAGを合成することができる。
【0029】
また、上述のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法と同様に、酸化イットリウム前駆体ゾルの製造においても、有機溶媒を使用していないため、YAGの製造工程の全体が、VOC排出の低減に対する社会的な要請に沿うものとなっている。加えて、酸化イットリウム前駆体ゾルの製造において、出発物質のイットリウム塩としてイットリウムの塩化物、硝酸塩、硫酸塩を使用する場合であっても、水酸化イットリウムの沈殿物を溶媒と分離する工程において、塩化物イオン、硝酸イオン、硫酸イオンは溶媒と共に除かれる。従って、YAGを生成させる加熱処理に際して、塩素、窒素、硫黄を含有する有害なガスが発生するおそれが低減されている。なお、水酸化イットリウムの沈殿物を溶媒と分離する工程の後に、沈殿物を水洗する工程を備えることとすれば、沈殿物に付着する溶媒から、イットリウム塩に由来する陰イオンや、イットリウム塩の水溶液をアルカリ性にするために使用した添加剤に由来するイオンを、ほぼ完全に除くことができ、より好適である。
【0030】
次に、本発明にかかるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルは、「アルミニウムイオン1モルに対し3モル未満のギ酸イオンまたは酢酸イオンを含有する」ものである。
【0031】
これは、上述のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法において、カルボン酸としてギ酸または酢酸を使用し、イットリウムイオンに対するカルボキシル基の割合を3モル未満とした場合に製造されるゾルである。市販試薬のギ酸アルミニウム及び酢酸アルミニウムでは、イットリウムイオンに対するカルボキシル基の割合は3モルである。従って、本発明のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルは、α−酸化アルミニウム前駆体として、従来にない構成である。加えて、本発明のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルを原料とすることにより、α−酸化アルミニウムまたはYAGを生成させる加熱処理の際に発生する二酸化炭素を、低減することができる。
【0032】
また、ギ酸及び酢酸は炭素数の小さいカルボン酸であるため、この点からも、α−酸化アルミニウムまたはYAGを生成させる加熱処理の際に、発生する二酸化炭素が少ないという利点がある。
【発明の効果】
【0033】
以上のように、本発明の効果として、α−酸化アルミニウムを低温で、且つ、環境に与える負荷を低減して、簡易に合成することができるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法、該製造方法により製造されるα−酸化アルミニウム前駆体ゾル、及び、該α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを原料とするイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法を、提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施形態であるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法の工程図である。
【図2】本発明の一実施形態であるイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法において酸化イットリウム前駆体ゾルを製造する工程図である。
【図3】本発明の一実施形態であるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルを所定温度で加熱した試料のX線回折パターンを示す図である。
【図4】α−酸化アルミニウム前駆体ゾルの乾燥物についての示差熱重量分析の結果を示す図である。
【図5】非晶質の水酸化アルミニウムのX線回折パターンを示す図である。
【図6】酸化イットリウム前駆体ゾルを所定温度で加熱した試料のX線回折パターンを示す図である。
【図7】所定温度で加熱した試料のX線回折パターンを、(a)α−酸化アルミニウム前駆体ゾルと酸化イットリウム前駆体ゾルとの混合物、及び、(b)市販の酢酸アルミニウムと酸化イットリウム前駆体ゾルとの混合物について対比した図である。
【図8】示差熱重量分析の結果を(a)酸化イットリウム前駆体ゾルの乾燥物、(b)α−酸化アルミニウム前駆体ゾルの乾燥物、及び、(c)市販の酢酸アルミニウムについて対比したグラフである。
【図9】アルミニウム水酸化物の水における溶解平衡を濃度及びpHとの関係で示した図である。
【図10】イットリウム水酸化物の水における溶解平衡を濃度及びpHとの関係で示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の一実施形態であるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法、該製造方法により製造される本実施形態のα−酸化アルミニウム前駆体ゾル、及び、該α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを原料とする本実施形態のイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法について、図1乃至図8を用いて説明する。
【0036】
本実施形態のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法は、図1に示すように、アルミニウム塩の水溶液を調整する工程P1と、アルミニウム塩の水溶液のpHを4〜11とし、水酸化アルミニウムの沈殿物を生成させる工程P2と、生成した水酸化アルミニウムを溶媒と分離する工程P3と、分離された水酸化アルミニウムを水洗する工程P4と、分離後に水洗された未乾燥の水酸化アルミニウムゲルをカルボン酸と混合・撹拌する工程P5とを、具備している。
【0037】
なお、工程P4は必須な工程ではなく、省略することが可能である。例えば、工程P1で、アルミニウム塩として酢酸塩、シュウ酸塩、炭酸塩を使用する場合など、ハロゲン、窒素、硫黄など加熱により有害なガスを発生する元素をアルミニウム塩が有していない場合は、分離された水酸化アルミニウムを水洗することなく、工程P5に供することも可能である。また、工程P4を行うことにより、水酸化アルミニウムの沈殿物に付着する水中の陰イオンがほぼ完全に除かれるため、より高純度のα−酸化アルミニウムを得ることができるが、要請される純度に応じて、工程P4の有無を選択することができる。
【0038】
一方、本実施形態のイットリウム・アルミニウム・ガーネット(YAl12)の製造方法(以下、「YAGの製造方法」と称することがある)は、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを、酸化イットリウム前駆体ゾルと、イットリウムとアルミニウムのモル比が3:5となる割合で混合・撹拌してゾル混合物とする工程と、ゾル混合物を酸化雰囲気下で焼成する焼成工程とを具備している。なお、焼成工程の前に、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルと酸化イットリウム前駆体ゾルとの混合物を乾燥させる工程、仮焼する工程を行うことができる。
【0039】
本実施形態のYAGの製造方法に使用する酸化イットリウム前駆体ゾルは、図2に示すように、イットリウム塩の水溶液を調整する工程S1と、イットリウム塩の水溶液をアルカリ性とし、水酸化イットリウムの沈殿物を生成させる工程S2と、生成した水酸化イットリウムを溶媒と分離する工程S3と、分離された水酸化イットリウムを水洗する工程S4と、分離後に水洗された未乾燥の水酸化イットリウムゲルを、カルボン酸と混合・撹拌する工程S5とを経て製造される。なお、工程S4は、工程P4について上述した同様の理由で、省略することが可能である。
【実施例】
【0040】
<α−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造>
硝酸アルミニウム9水和物(ナカライテスク製,純度98.0%)を水に溶解させ、0.5M水溶液とした(工程P1)。図9に、アルミニウム水酸化物の水における溶解平衡を水溶液の濃度及びpHとの関係で示すように、水溶液のpHが4〜11であれば水溶液の濃度に殆ど影響されず水酸化アルミニウムが沈殿する。本実施例では1.5Mに調製したアンモニア水(ナカライテスク製,試薬特級28%)を、硝酸アルミニウム0.5M水溶液に添加してpH8に調整することにより、白色の水酸化アルミニウムを沈殿させた(工程P2)。ここで、pH測定には、ガラス電極式水素イオン濃度計(岩城硝子製,AC−50)及びpH電極(Thermo Fisher Scientific製)を使用した。なお、図9は、下記の文献に掲載された溶解度積のデータに基づいて作成した図である。
G.Charlot著、曽根興三・田中元治訳、「定性化学分析II 溶液中の化学反応 改訂版」共立出版、1974年、p.291
【0041】
沈殿物を含む水溶液を遠心分離機で遠心分離し(回転数3000rpm,15分間)、水酸化アルミニウムの沈殿物を溶媒と分離した(工程P3)。
【0042】
分離された水酸化アルミニウムに純水を加えて撹拌し、上記と同一条件の遠心分離による水洗操作を行った。この水洗操作は、硝酸アルミニウム9水和物に由来する硝酸イオン、及び、アンモニア水に由来するアンモニウムイオンを除去することを目的としており、上澄み液の電気伝導度が0.01S/m以下となることを目安とし、4回繰り返して行った(工程P4)。なお、電気伝導度の測定は、ガラス電極式水素イオン濃度計(堀場製作所製,D−24)及び電気伝導度電極(堀場製作所製,汎用電気伝導率用セル)を使用した。
【0043】
水洗されたゲル状の水酸化アルミニウムに、カルボン酸を添加して混合し撹拌した(工程P5)。撹拌は、振とう器(東京理科器製,マルチシェーカーMMS−3010にBASE−L50を装着)を使用し、混合液が透明となるまで時間を計測しつつ、振とう速度260rpmで行った。この工程は、下記の表1に示すように、カルボン酸としてギ酸を使用し、アルミニウムイオンに対するカルボキシル基の割合をそれぞれ1.5モル、2モル、3モルとした試料A1−1.5,A1−2,A1−3、及び、カルボン酸として酢酸を使用し、アルミニウムイオンに対するカルボキシル基の割合をそれぞれ1モル、1.5モル、2モル、3モルとした試料A2−1,A2−1.5,A2−2,A2−3について行い、混合液の撹拌による変化を観察した。その結果を表1に合わせて示す。
【0044】
【表1】

【0045】
表1では、無色透明なゾルが得られた場合を「◎」、少し白濁しているものの殆ど透明なゾルが得られた場合を「○」、ゾル化しない場合(沈殿物に変化がない場合)を「×」で表示している。表1に示すように、カルボン酸がギ酸の場合は、アルミニウムイオン1モルに対するカルボキシル基の割合が2モル以上で、カルボン酸が酢酸の場合は、アルミニウムイオン1モルに対するカルボキシル基の割合が1.5モル以上で、ゾルが得られた。また、カルボン酸がギ酸の場合も酢酸の場合も、アルミニウムイオン1モルに対するカルボキシル基の割合が大きくなるほど、短時間の撹拌で液の透明度が増した。なお、無色透明となった場合は、水酸化アルミニウムのほぼ全量からゾルが生成したと考えられる。
【0046】
上記のようにして得られたゾルは、X線回折パターンの測定により、加熱処理により約950℃という低温でα−酸化アルミニウムを生成する、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルであることが、確認された。すなわち、以下のゾルが、本実施形態のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルに相当する。
試料A1−2のゾル:アルミニウムイオン1モルに対し2モルのギ酸イオンを含有するα−酸化アルミニウム前駆体ゾル
試料A1−3のゾル:アルミニウムイオン1モルに対し3モルのギ酸イオンを含有するα−酸化アルミニウム前駆体ゾル
試料A2−1.5のゾル:アルミニウムイオン1モルに対し1.5モルの酢酸イオンを含有するα−酸化アルミニウム前駆体ゾル
試料A2−2のゾル:アルミニウムイオン1モルに対し2モルの酢酸イオンを含有するα−酸化アルミニウム前駆体ゾル
試料A2−3のゾル:アルミニウムイオン1モルに対し3モルの酢酸イオンを含有するα−酸化アルミニウム前駆体ゾル
【0047】
ここで、X線回折パターンは、各試料のゾルの乾燥物を所定温度で2時間焼成した後、下記の条件で測定した。なお、ゾルの乾燥は、乾燥機を使用し、150℃で12時間行った。
X線回折パターンの測定条件
粉末X線回折装置:リガク製、RINT−Ultima III/PC
管球:CuKα線(モノクロ付き)
出力:電圧40kV,電流40mA
ステップ幅:0.02°(回折角度10°〜70°)
計測速度:2°/min
【0048】
例として、試料A1−3について計測されたX線回折パターンを、図3に示す。JCPDSに記載されたα−酸化アルミニウム及びγ−酸化アルミニウムの格子定数と対比すると、800℃の加熱処理によりγ−酸化アルミニウムのピークが認められ、950℃の加熱処理でα−酸化アルミニウムのピークが認められた。そして、1000℃の加熱処理ではγ−酸化アルミニウムのピークはほぼ消失し、α−酸化アルミニウムの単一相となった。すなわち、本実施形態のゾルからは、従来α−酸化アルミニウムの合成に必要と言われていた温度である1300℃よりかなり低い950℃で、α−酸化アルミニウムが生成する。
【0049】
同じ試料A1−3のゾル乾燥物について、示差熱重量分析を行った結果を図4に示す。ここで、示差熱重量分析は、示差熱重量同時測定装置(SII製,EXSTAR TG/DTA6300)を使用し、昇温速度5℃/min、流速200ml/minの空気雰囲気下で行った。図4から明らかなように、300℃付近に大きな重量減少及び発熱ピークが測定され、それより高温では重量がほぼ一定となっている。このことから、約300℃という低温でゾル乾燥物が熱分解し、酸化アルミニウムの組成となっていると考えられた。また、約900℃に認められる発熱ピークは、上記のX線回折パターンの測定結果と考え合わせると、酸化アルミニウムのα化によるものと考えられる。
【0050】
また、示差熱重量分析における約300℃の重量減少、及び、有機元素分析の結果から、試料A1−3のゾル乾燥物の化学式は、次のように考えられた。
Al(HCOOH)OH 〜 Al(HCOOH)(OH)
試料A1−3のゾルは、アルミニウムイオン1モルに対するギ酸の割合を3モルとして製造したものであるが、単純なAl(HCOOH)という構成ではない点が注目される。なお、有機元素分析には、有機微量元素分析装置(ヤナコ分析工業製,CHNコーダーMT−6)を使用した。
【0051】
なお、上記では、アルミニウム塩の水溶液の液性を調整し沈殿させた水酸化アルミニウムを、乾燥させずにカルボン酸と混合・撹拌してゾル化させる場合を説明したが、非晶質であれば乾燥済みの水酸化アルミニウムを使用して、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを製造することが可能である。ここで、非晶質の水酸化アルミニウムとは、結晶が極めて微小で秩序ある構造を取っておらず、図5に示すように、X線回折パターンにピークが表れない水酸化アルミニウムを指している。なお、図5のX線回折パターンの測定条件は、上記と同一である。
【0052】
<YAGの製造方法 (1)酸化イットリウム前駆体ゾルの製造>
塩化イットリウム6水和物(関東化学製,高純度試薬99.99%)を水に溶解させ、0.5M水溶液とした(工程S1)。図10に、イットリウム水酸化物の水における溶解平衡を水溶液の濃度及びpHとの関係で示すように、水溶液がアルカリ性であれば濃度に殆ど影響されず水酸化イットリウムが沈殿する。本実施例では1.5Mに調製したアンモニア水(ナカライテスク製,試薬特級28%)を、塩化イットリウムの0.5M水溶液に添加してpH9.5に調整することにより、白色の水酸化イットリウムを沈殿させた(工程S2)。なお、図10は、下記の文献に掲載された溶解度積のデータに基づいて作成した図である。
J.A.Dean著、「Analytical Chemistry Handbook」、McGraw−Hill、1995年、p.3.8
【0053】
沈殿物を含む水溶液を遠心分離し(回転数3000rpm,15分間)、水酸化イットリウムを溶媒と分離した(工程S3)。分離された水酸化イットリウムに純水を加えて撹拌し、上記と同一条件で遠心分離する水洗操作を、4回繰り返して行った(工程S4)。
【0054】
水洗されたゲル状の水酸化イットリウムに、酢酸(ナカライテスク製,試薬特級99.7%)を添加して混合・撹拌した(工程S5)。撹拌は、上記の振とう器を使用し、混合液が無色透明となるまで時間を計測しつつ、振とう速度260rpmで行った。この工程は、下記の表2に示すように、アルミニウムイオンに対するカルボキシル基の割合をそれぞれ1モル、1.5モル、2モル、3モルとした試料Y−1,Y−1.5,Y−2,Y−3について行い、混合液の撹拌による変化を観察した。その結果を表2に合わせて示す。
【0055】
【表2】

【0056】
ゾル化に関する評価の表示は、表1と同様である。表2に示すように、イットリウムイオン1モルに対する酢酸の割合が1.5モル以上で透明のゾルが得られ、水酸化アルミニウムのほぼ全量からゾルが生成したと考えられた。
【0057】
上記のようにして得られたゾルからは、500℃〜600℃という低温で酸化イットリウムが生成する。例として、試料Y−1.5のゾルを150℃で12時間乾燥させた乾燥物を、所定温度で2時間加熱処理を行った後、測定したX線回折パターンを図6に示す。図6から明らかなように、500℃の加熱処理によって、かなりシャープな酸化イットリウムのピークが観察され、600℃の加熱処理によって酸化イットリウムのピークはより明瞭となった。なお、X線回折パターンは、X線回折装置(マックサイエンス製,MXP18)を使用し、線源CuKα線、計測時間1.00sec、ステップ幅0.02degree、電圧40.00kV、電流200.00mAの条件で測定した。
【0058】
<YAGの製造方法 (2)YAGの合成>
試料A1−3のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルと、試料Y−1.5の酸化イットリウム前駆体ゾルを、イットリウムとアルミニウムのモル比が3:5となる割合で混合・撹拌し、ゾル混合物とした。ここで、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを「AlOFo」と表示し、酸化イットリウム前駆体ゾルを「YOAc」を表示すると共に、両者を混合したゾル混合物を「YOAc−AlOFo」と表示する。このゾル混合物「YOAc−AlOFo」を150℃で24時間乾燥させた後、乾燥物を400℃で1時間、空気雰囲気で仮焼し、更に600℃〜1100℃の所定温度で2時間、空気雰囲気で焼成した。各温度で焼成した試料についてX線回折パターンを測定した結果を、図7(a)に示す。なお、X線回折パターンの測定条件は、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを加熱処理した試料のX線回折パターンの測定条件として上述した条件と同一である。
【0059】
対照として、酸化アルミニウムの前駆体として、本実施形態のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの代わりに、市販試薬である酢酸アルミニウム(水溶性粉末)(ナカライテスク製)の水溶液を使用し、試料Y−1.5の酸化イットリウム前駆体ゾルと、イットリウムとアルミニウムのモル比が3:5となる割合で混合・撹拌し、混合物とした。ここで、酢酸アルミニウムを「AlOAc」と表示し、酸化イットリウム前駆体ゾルとの混合物を「YOAc−AlOAc」と表示する。この混合物「YOAc−AlOAc」を、ゾル混合物「YOAc−AlOFo」の場合と同一条件で乾燥、仮焼、焼成し、X線回折パターンを測定した。その結果を図7(b)に示す。
【0060】
図7(a)から明らかなように、ゾル混合物「YOAc−AlOFo」については、800℃以上の加熱で、JCPDSに記載のYAGのピーク値と同位置に回折ピークが認められ、少なくとも800℃の加熱でYAGが合成できることが確認された。また、YAG以外のピークは認められず、YAGの単一相であった。
【0061】
一方、図7(b)に示すように、混合物「YOAc−AlOAc」については、700℃以上の加熱でYAGの回折ピークが認められた。しかしながら、YAG以外の多数のピークが観測され、種々の結晶相が混在していると考えられた。
【0062】
このように、「YOAc−AlOFo」と「YOAc−AlOAc」とで、加熱により生成する結晶相に相違がみられるのは、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルと酢酸アルミニウムとでは、熱分解の温度に大きな相違があるためと考えられた。これを、図8を用いて説明する。ここで、図8(a)は試料Y−1.5の酸化イットリウム前駆体ゾル(YOAc)の150℃乾燥物について、図8(b)は試料A1−3のα−酸化アルミニウム前駆体ゾル(AlOFo)の150℃乾燥物について、及び、図8(c)は市販試薬の酢酸アルミニウム(AlOAc)粉末について、それぞれ示差熱重量分析を行った結果である。なお、示差熱重量分析の測定条件は上記と同一であり、図8(b)は図4と同一のデータである。
【0063】
図8(a)に示すように、酸化イットリウム前駆体ゾルの乾燥物では、300℃〜400℃に大きな重量減少と発熱ピークが観察され、この温度で熱分解していると考えられた。この熱分解温度は、図8(b)に示すα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの乾燥物の熱分解温度(約300℃)と近い。従って、酸化イットリウムの前駆体と、α−酸化アルミニウムの前駆体とが、それぞれ近い温度で熱分解することにより、イットリウム源とアルミニウム源との反応によるYAGの合成が速やかに進行し、YAGの単一相となったと考えられた。
【0064】
一方、図8(c)に示すように、市販試薬の酢酸アルミニウムでは、約700℃に大きな重量減少と吸熱ピークが観察され、熱分解温度が、酸化イットリウム前駆体ゾルの熱分解温度より300℃以上高いことが分かる。このように、YAGのイットリウム源の熱分解温度と、アルミニウム源の熱分解温度とに大きな差があることにより、「YOAc−AlOAc」におけるイットリウムとアルミニウムのモル比がYAGの化学量論比であっても、YAG以外の結晶相が生成しやすいものと考えられた。
【0065】
上記のように、本実施例のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法によれば、非晶質の水酸化アルミニウムをカルボン酸と混合し撹拌するのみの極めて簡易な方法で、α−酸化アルミニウムの前駆体であるゾルを製造することができ、製造されたゾルからは、約950℃という低温でα−酸化アルミニウムが生成する。
【0066】
また、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造のために有機溶媒を使用していないことに加え、水酸化アルミニウムとカルボン酸から得られたゾルはアルミニウム、炭素、水素、及び酸素の元素のみからなり、加熱の際に有害なガスが発生しない。従って、本実施形態によれば、環境に与える負荷を低減して、α−酸化アルミニウムを合成することができる。
【0067】
加えて、本実施例のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法によれば、アルミニウムイオン1モルに対するギ酸イオンの割合が2モル以上3モル未満であるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルを製造することができ、また、アルミニウムイオン1モルに対する酢酸イオンの割合が1.5モル以上3モル未満であるα−酸化アルミニウム前駆体ゾルを製造することができる。これにより、加熱の際に発生する二酸化炭素が低減され、環境に与える負荷をより低減して、α−酸化アルミニウムを合成することができる。
【0068】
一方、本実施例のYAGの製造方法によれば、酸化アルミニウムの粉末及び酸化イットリウムの粉末を混合し1600℃以上で焼成する従来法に比べて、大幅に低い温度である800℃で、YAGを合成することができる。
【0069】
また、YAGの製造方法において、酸化イットリウム前駆体ゾルの製造のために有機溶媒を使用していないことに加え、水酸化イットリウムとカルボン酸から得られた酸化イットリウム前駆体ゾルからは、加熱の際に有害なガスが発生しない。従って、そのような酸化イットリウム前駆体ゾルと上記のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルとを組み合わせることにより、環境に与える負荷を低減してYAGを合成することができる。
【0070】
更に、YAGの製造方法における酸化イットリウム前駆体ゾルの製造工程では、イットリウムイオン1モルに対してカルボキシル基が3モルに満たない割合のカルボン酸の添加で、ほぼ全量の水酸化イットリウムから安定なゾルを製造することができる。従って、本実施例のYAGの製造方法によれば、YAGを生成させる加熱処理の際に発生する二酸化炭素を低減させることが可能であり、環境に与える負荷をより低減することができる。
【0071】
また、本実施例では、α−酸化アルミニウム、及び、YAGの前駆体となるゾルを生成させるカルボン酸として、炭素数の小さいギ酸及び酢酸を使用している。そのため、YAGを生成させる加熱の際に、カルボン酸を起源として発生する二酸化炭素が少ない。
【0072】
加えて、YAGのアルミニウム源として、市販の酢酸アルミニウムの水溶液を使用した場合は、酸化イットリウム前駆体ゾルとの混合物の加熱処理によって、YAGと共にYAG以外の結晶相も生成するのに対し、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルと酸化イットリウム前駆体ゾルとの混合物を加熱することにより、YAGの単一相を生成させることができる。
【0073】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0074】
例えば、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを単独で加熱処理することによりα−酸化アルミニウムを生成させ、或いは、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルと酸化イットリウム前駆体ゾルとの混合物を加熱処理することによりYAGを生成させる場合を例示したが、これに限定されず、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルを他の金属酸化物の前駆体と混合して加熱処理を行うことにより、イットリウム以外の金属とアルミニウムとの複酸化物を生成させることも可能である。
【0075】
なお、α−酸化アルミニウム前駆体ゾルは、α−酸化アルミニウムの粉末やバルク体を製造するための前駆体として使用できる他、α−酸化アルミニウムのコーティング膜を形成するコーティング剤として有用であると期待される。また、YAGの製造方法は、YAGの粉末やバルク体の製造方法として、或いは、YAGのコーティング膜の製造方法として使用することができる。
【符号の説明】
【0076】
P1 アルミニウム塩の水溶液を調製する工程
P2 水溶液のpHを4〜11として水酸化アルミニウムの沈殿物を生成させる工程
P3 生成した水酸化アルミニウムを溶媒と分離する工程
P5 非晶質の水酸化アルミニウムをカルボン酸と混合・撹拌する工程
S1 イットリウム塩の水溶液を調製する工程
S2 水溶液をアルカリ性として水酸化イットリウムの沈殿物を生成させる工程
S3 生成した水酸化イットリウムを溶媒と分離する工程
S5 未乾燥の水酸化イットリウムゲルをカルボン酸と混合・撹拌する工程
【先行技術文献】
【特許文献】
【0077】
【特許文献1】米国特許第3944658号明細書
【特許文献2】特開2010−126430号公報
【非特許文献】
【0078】
【非特許文献1】B.E.Yoldas,“Alumina Sol Preparation from Alkoxides”,Ceramic Bulletin,1975,Vol.54(3),p.289−290

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質の水酸化アルミニウムをカルボン酸と混合・撹拌する
ことを特徴とするα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法。
【請求項2】
非晶質の水酸化アルミニウムは、
アルミニウム塩の水溶液のpHを4〜11とし水酸化アルミニウムの沈殿物を生成させる工程と、生成した水酸化アルミニウムを溶媒と分離する工程とを経て得られた、未乾燥の水酸化アルミニウムゲルである
ことを特徴とする請求項1に記載のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法。
【請求項3】
カルボン酸は、ギ酸または酢酸であり、
水酸化アルミニウムに対するカルボン酸の割合は、アルミニウム1モルに対しカルボキシル基3モル未満となる割合である
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3の何れか一つに記載のα−酸化アルミニウム前駆体ゾルの製造方法により製造されたα−酸化アルミニウム前駆体ゾルを、酸化イットリウム前駆体ゾルと混合・撹拌してゾル混合物とする工程と、
ゾル混合物を酸化雰囲気下で焼成する工程と
を具備することを特徴とするイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法。
【請求項5】
酸化イットリウム前駆体ゾルは、
イットリウム塩の水溶液をアルカリ性とし水酸化イットリウムの沈殿物を生成させる工程と、生成した水酸化イットリウムを溶媒と分離する工程とを経て得られた、未乾燥の水酸化イットリウムゲルを、カルボン酸と混合・撹拌して製造されたゾルである
ことを特徴とする請求項4に記載のイットリウム・アルミニウム・ガーネットの製造方法。
【請求項6】
アルミニウムイオン1モルに対し3モル未満のギ酸イオンまたは酢酸イオンを含有することを特徴とするα−酸化アルミニウム前駆体ゾル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−10652(P2013−10652A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−143488(P2011−143488)
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【出願人】(304019399)国立大学法人岐阜大学 (289)
【出願人】(000173522)一般財団法人ファインセラミックスセンター (147)
【Fターム(参考)】