説明

γ−クロロアセト酢酸エステルの製造方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、顔料や医薬品などの合成中間体として有用なγ−クロロアセト酢酸エステルの製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術および発明が解決しようとする課題】γ−クロロアセト酢酸エステルは、例えばジケテンに塩素を作用させて得られるγ−クロロアセト酢酸クロライドと、アルコールとのエステル化反応により製造される。このエステル化反応では、副生する塩化水素の触媒作用により、γ−クロロアセト酢酸エステルのアセタール体やエノール誘導体が多量に副生することから、いくつかの改良された製造法が提案されている。
【0003】例えば、特開昭51−113824号公報、特開昭58−23373号公報、及び特開昭60−25951号公報には、ジクロロエタン中でジケテンを塩素化して得られたγ−クロロアセト酢酸クロライドを含む反応混合液に、メタノールなどのアルコールを添加して反応させる方法が開示されている。しかし、この方法では、得られるγ−クロロアセト酢酸エステルの純度が約90%以下と低く、医薬品などの合成中間体として用いた場合、高純度の目的化合物を収率よく得ることができない。
【0004】また、特開昭58−157747号公報には、前記方法とは逆に、四塩化炭素中ジケテンを塩素化して得られるγ−クロロアセト酢酸クロライドを含む反応混合液を、メタノールなどのアルコール中に徐々に添加してエステル化する方法が開示されている。しかし、この方法によって得られるγ−クロロアセト酢酸エステルの純度も約85%以下と低く、収率も90%以下と低い。
【0005】さらに、特開昭60−25955号公報には、ジクロロエタン中でジケテンを塩素化して得られるγ−クロロアセト酢酸クロライドを含む反応混合液に、−20〜0℃程度の温度で、不活性ガスの導入や系内の減圧により副生塩化水素を系外に除去しながら、メタノールなどのアルコールを滴下して反応させる方法が開示されている。しかし、この方法によっても、副反応を十分に抑制することができない。また、0℃以下の低温で反応を行うため、反応の制御や製造コストの点でも工業的に好ましい方法とはいえない。
【0006】このように従来の方法では、副生する塩化水素によって生ずる副反応を十分抑制することができず、高純度のγ−クロロアセト酢酸エステルを高収率で得ることができない。
【0007】また、上記の方法は、いずれも溶媒としてジクロロエタン、四塩化炭素などのハロゲン化炭化水素を用いており、地球環境を保護する点から好ましくない。
【0008】したがって本発明の目的は、簡便な操作により、高純度のγ−クロロアセト酢酸エステルを高い収率で得る工業的な方法を提供することにある。
【0009】
【発明の構成】本発明者らは、前記目的を達成するため、鋭意検討した結果、γ−クロロアセト酢酸クロライドとアルコールとのエステル化反応の反応溶媒として、炭化水素を用いると、副反応が著しく抑制され、その結果、高純度のγ−クロロアセト酢酸エステルが高い収率で得られることを見出だし、本発明を完成した。
【0010】すなわち、本発明は、γ−クロロアセト酢酸クロライドにアルコールを反応させてγ−クロロアセト酢酸エステルを製造する方法であって、溶媒として炭化水素を用いるγ−クロロアセト酢酸エステルの製造方法を提供する。
【0011】本発明で原料として用いられるγ−クロロアセト酢酸クロライドは、例えば、ジケテン又はアセト酢酸クロライドの塩素化、好ましくはジケテンの塩素化によって製造することができる。ジケテンの塩素化によってγ−クロロアセト酢酸クロライドを製造する場合、塩素の使用量は、ジケテン1モルに対して通常0.95〜1.2モル程度、反応温度は、−20〜20℃程度である。
【0012】γ−クロロアセト酢酸クロライドは、単離されたものを用いてもよく、また、前記塩素化反応で得られる反応混合液をそのまま、又は必要に応じて濃縮、希釈等の操作を施したものを用いることもできる。
【0013】前記γ−クロロアセト酢酸クロライドを得るための溶媒は特に制限されないが、本発明の方法で用いる炭化水素が好ましい。この場合、ジケテンに塩素を作用させて得られる反応生成物をそのままエステル化反応に用いることができる。
【0014】一般に、ベンゼン等の炭化水素は、従来、ジケテンの塩素化反応の反応溶媒として用いられていなかった。しかし、前記溶媒は、適当な反応条件を選べば、前記反応の反応溶媒として極めて優れており、γ−クロロアセト酢酸クロライドを高収率で得ることができる。しかも、前記溶媒を前記塩素化反応に用いると、溶媒除去等の操作をすることなく、塩素化反応混合液をそのままエステル化反応に供することができるため、工業的に極めて有利である。
【0015】前記アルコールとしては、所望するエステルに応じて選択でき、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、2−メチルプロパノール、2−メチル−2−プロパノール、1−ペンタノール、1−ヘキサノール、1−ヘプタノール、1−オクタノール、2−エチルヘキサノール、シクロヘキサノールなどの一価アルコール;エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどの二価アルコール;グリセリンなどの多価アルコールなどが挙げられる。これらのアルコールのうち、一価アルコール、例えば、メタノール、エタノール等が繁用される。
【0016】前記アルコールの使用量は、特に制限されないが、γ−クロロアセト酢酸クロライド1モルに対して、通常0.5〜5.0モル、好ましくは0.8〜2.0モル、さらに好ましくは0.95〜1.5モルである。
【0017】本発明では、炭化水素を前記エステル化反応の溶媒として用いることを特徴とする。
【0018】前記特開昭58−157747号公報によれば、γ−クロロアセト酢酸クロライドは不安定で反応性に富むことから低温貯蔵する必要があるため、γ−クロロアセト酢酸クロライドにアルコールを添加して反応させる方法は、工業的製造方法として満足できる方法ではないとされている。そして、実際、γ−クロロアセト酢酸クロライドにアルコールを添加して反応させる方法(前記特開昭60−25955号公報等に記載の実施例参照)では、γ−クロロアセト酢酸クロライドの分解反応や、副生塩化水素による副反応等を抑制するため、すべて−10〜0℃の低温で反応が行われている。
【0019】しかし、前記炭化水素溶媒中において、γ−クロロアセト酢酸クロライドは高い安定性を示す。例えば、前記溶媒中でジケテンと塩素とを反応させて得られるγ−クロロアセト酢酸クロライドを含む反応混合液を、30〜35℃程度の温度で数時間放置しても、γ−クロロアセト酢酸クロライドの分解等による変化はほとんど見られない。従って、前記塩素化反応により得られたγ−クロロアセト酢酸クロライドを直ちに使用する必要はなく、副反応の抑制に有利な前記したアルコール添加方式を、工業的方法として採用することができる。
【0020】また、前記溶媒中では、γ−クロロアセト酢酸クロライドの安定性が高いことから、例えば10〜100℃程度の温度範囲でも反応を好適に行うことができるため、反応制御が容易で経済的にも有利である。
【0021】さらに、前記溶媒をエステル化反応の溶媒として用いると、γ−クロロアセト酢酸クロライドの分解等による変化もなく、副生塩化水素による副反応も抑制され、高純度のγ−クロロアセト酢酸エステルを高い収率で得ることができる。
【0022】前記炭化水素には、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素及び脂環族炭化水素が含まれる。前記芳香族炭化水素としてベンゼン等が挙げられる。好ましい芳香族炭化水素はベンゼン等である。
【0023】前記脂肪族炭化水素として、ペンタン、イソペンタン、ネオペンタン、ヘキサン、イソヘキサン、ヘプタン、2−メチルヘキサン、オクタン、2−メチルヘプタン、ノナン、デカンなどの直鎖状又は分枝状の脂肪族炭化水素が挙げられる。これらのうち、好ましくは、炭素数5〜8の脂肪族炭化水素、特にヘキサン等である。前記脂環族炭化水素としては、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサンなどが例示される。
【0024】前記炭化水素は、一種又は二種以上混合して用いることができる。
【0025】本発明の方法における溶媒として、好ましくは、(1) ベンゼン又は(2) ベンゼンと脂肪族又は脂環族炭化水素との混合溶媒、特に好ましくは、(1) ベンゼン又は(2a)ベンゼンとヘキサンとの混合溶媒である。
【0026】溶媒として、ベンゼンと脂肪族又は脂環族炭化水素との混合溶液を用いる場合、脂肪族炭化水素若しくは脂環族炭化水素の含有量は、ベンゼン100重量部に対して、通常1000重量部以下、好ましくは1〜100重量部、さらに好ましくは3〜30重量部である。
【0027】溶媒の使用量は、反応操作を円滑に行うことのできる範囲で任意に選択できるが、γ−クロロアセト酢酸クロライド100重量部に対して、通常20〜2000重量部、好ましくは50〜1000重量部である。
【0028】γ−クロロアセト酢酸クロライドとアルコールとの反応は、バッチ式、セミバッチ式、連続式のいずれの方式で行うこともでき、また、原料成分の添加順序についても特に制限されないが、γ−クロロアセト酢酸クロライドにアルコールを逐次添加して反応させる方式が好ましい。アルコールを逐次添加する方式を採ることにより、γ−クロロアセト酢酸エステルのアセタール化などの副反応が一層抑制される。なお、アルコールの逐次添加は連続的であってもよく、また間欠的であってもよい。
【0029】本発明の製造方法においては、溶媒を留去しながら、γ−クロロアセト酢酸クロライドとアルコールとを反応させる方法が特に推奨される。以下、この方法について説明する。
【0030】本発明で溶媒として用いるベンゼン等の炭化水素は、沸騰する際、塩化水素を極めて同伴しやすい性質を有する。従って、反応温度を前記溶媒が沸騰する温度に設定し、溶媒を留去させながら反応させると、前記溶媒が塩化水素のキャリアとして働き、副生する塩化水素が溶媒と共に系外へ効率的に排出され、その結果、塩化水素に起因する副反応が著しく抑制される。
【0031】この場合、溶媒の留出速度は、反応速度等に応じて適宜定められるが、通常100〜2000ml/hr、好ましくは200〜1000ml/hrである。
【0032】反応温度は、前記したように溶媒が沸騰する温度であって、用いる溶媒の種類及び反応圧力により異なるが、通常10〜100℃、好ましくは20〜90℃程度である。
【0033】反応は、常圧で行ってもよいが、通常減圧下、好ましくは100〜755Torr、さらに好ましくは200〜750Torrで行う。
【0034】このように、溶媒を留去しながら、γ−クロロアセト酢酸クロライドとアルコールとを反応させる方法を採ることにより、副生塩化水素に起因する副反応をほぼ完全に抑制することができる。
【0035】本発明の方法において、反応系内に窒素などの不活性ガスを導入してもよいが、溶媒を留出させながら反応させる場合には、前記溶媒が塩化水素の優れたキャリアとして機能するため、特に導入しなくてもよい。
【0036】反応終了後、慣用の分離手段、例えば濃縮、溶媒抽出、カラムクロマトグラフィー等により、容易に目的化合物であるγ−クロロアセト酢酸エステルを取得することができる。
【0037】本発明の方法によれば、副反応が著しく抑制されるため、反応混合液を濃縮するだけでも、高純度のγ−クロロアセト酢酸エステルが高収率で得られる。このようにして得られるγ−クロロアセト酢酸エステルは、顔料や医薬品などの合成中間体として好適に用いることができる。
【0038】本発明の好ましい態様として、以下のような態様が挙げられる。
【0039】(1) 炭化水素溶媒中でジケテンと塩素とを反応させて得られるγ−クロロアセト酢酸クロライドを含む混合液に、減圧下、副生する塩化水素と共に溶媒を留去しながら、アルコールを逐次添加して反応させるγ−クロロアセト酢酸エステルの製造方法。
【0040】(2) 減圧度200〜750Torrで反応させる前記(1) 記載のγ−クロロアセト酢酸エステルの製造方法。
【0041】(3) 20〜90℃の温度範囲で反応させる前記(2) 記載のγ−クロロアセト酢酸エステルの製造方法。
【0042】
【発明の効果】本発明の方法によれば、γ−クロロアセト酢酸クロライドとアルコールから、簡便な操作により、高純度のγ−クロロアセト酢酸エステルを高い収率で製造することができる。
【0043】
【実施例】以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0044】実施例1ベンゼン3364g及びヘキサン420.5gの混合溶液に、ジケテン420.5g(5モル)を溶解し、−5℃の温度で、塩素355g(5モル)を7.5時間かけて仕込み、γ−クロロアセト酢酸クロライドを製造した。ジケテンの転化率は99.0%、γ−クロロアセト酢酸クロライドの選択率は98.05%であった。
【0045】次いで、得られた反応混合液に、温度50℃、圧力400Torrの条件下、溶媒を留出させながら、メタノール208g(6.5モル)を2時間かけて逐次添加した。反応混合液を濃縮し、純度97.64%のγ−クロロアセト酢酸メチル730.8gを得た。収率はジケテンを基準として94.8%であった。
【0046】比較例1ジクロロエタン3784.5gに、ジケテン420.5g(5モル)を溶解し、−5℃の温度で、塩素355g(5モル)を7.5時間かけて仕込み、γ−クロロアセト酢酸クロライドを製造した。
【0047】次いで、得られた反応混合液に、温度−5℃、圧力400Torrの条件下、メタノール208g(6.5モル)を2時間かけて逐次添加した。なお、この条件では、溶媒は留出しなかった。反応混合液を濃縮し、純度82.4%のγ−クロロアセト酢酸メチル696.8gを得た。収率はジケテンを基準として76.3%であった。
【0048】実施例2ベンゼン756.9gに、ジケテン84.1g(1モル)を溶解し、1〜3℃の温度で、塩素71g(1モル)を2時間かけて仕込み、γ−クロロアセト酢酸クロライドを製造した。反応収率は97.23%であった。
【0049】次いで、得られた反応混合液に、温度78℃、圧力740Torrの条件下、溶媒を留出させながら、メタノール35.2(1.1モル)を30分かけて逐次添加した。反応混合液を濃縮し、純度96.7%のγ−クロロアセト酢酸メチルを収率88.5%(ジケテン基準)で得た。
【0050】実施例3ベンゼン504.6gに、ジケテン126.2(1.5モル)を溶解し、1〜3℃の温度で、塩素106.5g(1.5モル)を4時間かけて仕込み、γ−クロロアセト酢酸クロライドを製造した。
【0051】得られた反応混合液を約30〜35℃で2時間放置した後、加熱下、圧力300Torrの条件で、溶媒を留出させながら、メタノール48g(1.5モル)を1時間かけて逐次添加した。反応混合液を濃縮し、純度96.6%のγ−クロロアセト酢酸メチルを収率88.0%(ジケテン基準)で得た。
【0052】このように、γ−クロロアセト酢酸クロライドを含む塩素化反応液を30℃程度で2時間放置した後にエステル化反応に供しても、高純度の目的化合物を高い収率で得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 γ−クロロアセト酢酸クロライドにアルコールを反応させてγ−クロロアセト酢酸エステルを製造する方法であって、溶媒として炭化水素を用いるγ−クロロアセト酢酸エステルの製造方法。
【請求項2】 溶媒を留去しながら反応させる請求項1記載のγ−クロロアセト酢酸エステルの製造方法。
【請求項3】 炭化水素溶媒中でジケテンに塩素を作用させて得られるγ−クロロアセト酢酸クロライドを用いる請求項1記載のγ−クロロアセト酢酸エステルの製造方法。

【特許番号】特許第3176426号(P3176426)
【登録日】平成13年4月6日(2001.4.6)
【発行日】平成13年6月18日(2001.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−118364
【出願日】平成4年4月9日(1992.4.9)
【公開番号】特開平5−286903
【公開日】平成5年11月2日(1993.11.2)
【審査請求日】平成10年8月7日(1998.8.7)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【参考文献】
【文献】特開 昭56−154438(JP,A)
【文献】特開 昭60−25955(JP,A)
【文献】特開 昭58−157747(JP,A)