説明

そば茶飲料、その製造方法およびそば茶飲料の懸濁・沈殿生成防止方法

【課題】そば茶飲料、特に様々な生理活性を持つ有効成分として知られるルチンを豊富に含有する韃靼そば(苦そば)を原料として使用したそば茶飲料において、そば茶本来の香味を損なうことなく、保存により生じる懸濁や沈殿物の生成を抑制し、品質安定性に優れた風味豊かなそば茶飲料を提供すること。
【解決手段】従来のそば茶飲料に酵素処理ルチンを添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、そば茶特有の香味を損なうことなく、保存しても長期に渡って沈殿や濁りの生成が抑制された風味豊かなそば茶飲料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、健康志向の向上に伴い無糖茶飲料の市場が拡大しており、麦茶、玄米茶、はと麦茶およびそば茶等、いわゆる穀物茶飲料が多数市販されている。その中でもそば茶は他の穀物茶とは異なり、アミノ酸がバランスよく含まれる。またこの他に各種ビタミン類、具体的には、血管補強剤や毛細血管止血剤として知られるルチン(ビタミンP)等の天然の栄養成分、皮膚細胞の色素沈着を防止する効果を有するcis-ウルペン酸など、多くの機能性物質を豊富に含有していることが明らかとされている。それゆえ、そば茶は特に注目されている。
【0003】
しかしながら、そば茶飲料の製造において、その原料となる日本そば(甘そば)や韃靼そば(苦そば)の抽出液をそのまま使用した場合には、他の穀物茶に比べて著しい沈殿や懸濁を生じる。そば茶をPETボトル等の透明容器に充填してそば茶飲料として販売する場合に、前述の沈殿や懸濁は商品上外観を損なう。
【0004】
上記の課題を踏まえ、そば茶原料から得た抽出液中に重曹を添加し、そのpHを6.2以上に調製する方法(特許文献1)、そば茶原料から得た抽出液に乳化剤を添加して遠心分離濾過する方法(特許文献2)等、そば茶飲料における沈殿や懸濁の発生を防止する方法がいくつか報告されている。
また、そば茶飲料に関しては、その独特の風味の劣化を防止する方法として、そば茶原料を脱塩水又は蒸留水と還元物質とから80〜100℃の温水により10〜30分かけて抽出する方法(特許文献3)や、そば茶原料に所定の大豆/又は黒ゴマを配合する方法(特許文献4)等も提案されている。
【0005】
一方、酵素処理ルチンは、糖転移ルチン或いは水溶性ルチンとも呼ばれ、ルチンに糖転移酵素を作用させて得られる。これは毛細血管の強化、出血防止、血圧調節等、天然のルチンと同様の生理作用を持つビタミンPとして、また黄色色素として各種の分野で古くから利用されている。
【0006】
この酵素処理ルチンは、水への溶解性が極めて高く、天然のルチンに比べ3000倍の水溶性を有する。また酸性領域下でも優れた安定性を有する。しかも酵素処理ルチンは、前記の通りルチンと同様の生理活性を有することから、ビタミンPの栄養強化剤として使用することができる。さらに、黄色着色剤、抗酸化剤、安定剤、品質改良剤、紫外線吸収剤、劣化防止剤として利用される(特許文献5および6)。
【0007】
また、近年では、上記以外で酵素処理ルチンの持つ特異的な機能として、高甘味度甘味料による後味として持続する甘味を低減する作用(特許文献7)、水や温水に難溶性の可食物を可溶化させる作用(特許文献8)等が報告されている。
【0008】
【特許文献1】特公昭61−55942号公報
【特許文献2】特開2003−334044号公報
【特許文献3】特許第3796362号明細書
【特許文献4】特許第2972174号明細書
【特許文献5】特許第2926411号明細書
【特許文献6】特許第3194191号明細書
【特許文献7】特許第3701426号明細書
【特許文献8】特開2005−168458号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、香味を維持しながら、懸濁または沈殿の生成を防止し、さらに栄養価の高い、高品質のそば茶飲料は未だに存在しない。
本発明の目的は、そば茶飲料、特に様々な生理活性を持つ有効成分として知られるルチンを豊富に含有する韃靼そば(苦そば)を原料として使用したそば茶飲料において、そば茶本来の香味を損なうことなく、保存により生じる懸濁や沈殿物の生成を抑制し、品質安定性に優れた風味豊かなそば茶飲料及びその製造方法を提供することを目的とする。
さらに、本発明はそば茶飲料に生じる懸濁や沈殿物を防止する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、前記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、酵素処理ルチンを配合することにより、そば茶本来の香味を損なうことなく、保存により生じる懸濁や沈殿物の生成が抑制され、品質安定性に優れた風味豊かなそば茶飲料が製造できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、酵素処理ルチンを含有するそば茶飲料およびその製造方法を提供するものである。
また、本発明は酵素処理ルチンを含む、そば茶飲料用懸濁・沈殿生成防止剤を提供するものである。
さらに、本発明は酵素処理ルチンを添加してそば茶飲料の懸濁または沈殿の生成を防止する方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明のそば茶飲料は、保存しても長期に亘って懸濁や沈殿の発生を防止することができ、また、そば茶の香味・風味を持続的に維持できる。さらに天然ルチンと同様の生理活性を有する糖転移化合物である酵素処理ルチンを含有しているため、ビタミンPとしての配合量も増加し、それの持つ種々の機能性から多様な生理活性を期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のそば茶飲料とは、通常の焙煎したそばを原料とする茶類およびそれらを主成分とする飲料を含むものである。
本発明のそば茶飲料の原料として、一般に甘そばと呼ばれる日本そばの他、苦そばと呼ばれる韃靼そばを挙げることができる。日本そば、または韃靼そばを原料として単独で使用することも可能である。さらにこれらを一定の比率で混合することにより、香味を良好に調整したそば茶を製造することもできる。この場合の混合比率は特に制限されることはなく、風味や香味に応じて、任意に調整して設定することができる。
種々の生理活性を有するルチンを豊富に含有する点で韃靼そばを原料として使用することが好ましい。従来から韃靼そばを使用したそば茶飲料は懸濁や沈殿が生じやすいことが指摘されているが、本発明のそば茶飲料では問題なく使用することができる。すなわち、本発明では韃靼そばを原料として単独で使用することが可能である。
【0013】
原料として使用する日本そばおよび韃靼そばの産地等には特に制限はなく、その形状についても特に制限されるものではない。
【0014】
本発明のそば茶飲料に配合する酵素処理ルチンとは、糖転移酵素によりルチンに対して等モル以上の糖質を付加して得られるものであり、α−モノグリコシルルチンをはじめとする一連の糖転移ルチンを代表的なものとして挙げることができる。本発明においては、前記した一連の糖転移ルチンのうち従来から酸化防止剤や着色料として、食品、医薬品もしくは化粧品等の極めて広い分野で使用され、安全性も認められているものであれば、特に制限されることなく使用することができる。
【0015】
本発明で使用する酵素処理ルチンは、種々の方法により製造することができ、糖転移酵素を用いた生化学的方法、例えば、特許第2926411号明細書、特許第3177892号明細書及び3194145号明細書に開示されている通り、澱粉部分加水分解物やマルトオリゴ糖などのα−グルコシル糖化合物存在下で、ルチンにα−グルコシダーゼ、シクロマルトデキストリン・グルカノトランスフェラーゼ又はα−アミラーゼ等の糖転移酵素を作用させることにより製造される。
このようにして得られる酵素処理ルチンは、そばの葉茎、エンジュの蕾、エニシダの蕾、ユーカリの葉茎またはイチョウの葉茎等の植物体から抽出される天然のルチンに比べて水溶性に優れておりまた実質的に無味無臭であり、さらに生体内で天然ルチンと同様の生理活性を奏するという特性を有する。
【0016】
本発明においては、前記方法により得られる酵素処理ルチンをそのまま使用することができるが、通常、前記方法で得られる反応物は主たる成分として転移部分のグルコースの重合度が1〜5の範囲又はそれ以上に分布する一連の糖転移化合物を含有するため、更にグルコアミラーゼと必要に応じてラムノシターゼを作用させることにより、α−モノグルコシルルチンを主成分とした酵素処理ルチンを使用することができる。
なお、糖転移酵素を用いた方法により得られる前記した酵素処理ルチンとしては、例えば、株式会社林原商事販売から入手することができる東洋精糖(株)社製の粉末糖転移ルチン「αGルチンP」や「αGルチンPS−D」を挙げることができる。
【0017】
本発明のそば茶飲料における酵素処理ルチンの濃度は、そば茶飲料の香味・風味を損なうことなく長期間保存したときも維持することができ、また懸濁および沈殿を生じない範囲であれば特に制限されない。
しかしながら、通常、酵素処理ルチンの濃度はルチン含量として本発明のそば茶飲料の0.0125質量%〜0.1500質量%であり、好ましくは0.05質量%〜0.125質量%である。酵素処理ルチンの濃度が0.125質量%以下であると、懸濁・沈殿防止効果が不十分な場合があり、また0.15質量%以上であると香味および風味を損なう場合がある。
【0018】
以下に、本発明のそば茶飲料の製造方法について説明する。
本発明のそば茶飲料の製造方法は、前述の酵素処理ルチンを添加することを除いて、常法により行うことができる。
例えば、殻付の玄そばから殻を取った丸抜きそばを必要に応じて常法で焙煎し、これを水または温水(熱水)で抽出して製造することができる。原料そばの焙煎については、その条件や方法に特に制限されず、常法に従って行えばよい。
【0019】
焙煎したそばの抽出は、特に制限されることはないが、抽出効率及び作業性を考慮して、原料の焙煎したそば1質量部に対し、水又は温水(熱水)を20〜50質量部、好ましくは30〜40質量部とすることが好ましい。抽出に用いる水または温水(熱水)の使用量が多すぎると抽出効率が悪くなるだけでなく、作業効率にも悪い影響を与える可能性がある。
【0020】
抽出に用いる水または温水(熱水)の温度は、通常70〜100℃、好ましくは90〜99℃である。抽出時間は通常5〜60分、好ましくは20〜40分の時間である。抽出温度が低い場合もしくは抽出時間が短い場合は、抽出効率が低下するだけでなく、原料そばに有効成分として含まれるルチンが十分に抽出できない場合がある。一方、抽出温度が必要以上に高い場合もしくは抽出時間が長すぎる場合は、そば茶飲料の風味が損なわれてしまう場合がある。
【0021】
なお、上記の抽出に用いる水または温水(熱水)は、抽出前に予めアルカリ剤を加えてpHを調整して用いてもよい。このように予めpHを調整した水または温水(熱水)を使用することで、良好な香味と風味を有するそば茶飲料を製造することができる。
上記pHの値は、通常およそ6.0〜8.0の範囲内であり、好ましくはおよそ6.5〜7.5の範囲内である。
【0022】
上記のように、焙煎したそばから抽出した抽出液は、冷却し(5℃〜40℃)、遠心分離もしくは濾過等により不純物を除去し、風味等を考慮して、ブリックス(糖用屈折計示度:以下「Bx」と称する)を所定の範囲に濃縮または希釈して調整して、本発明のそば茶飲料に使用する。この時のBxは通常0.10〜0.30、好ましくは0.12〜0.25である。
【0023】
本発明のそば茶飲料の製造方法において、酵素処理ルチンの添加時期及び添加方法は特に限定されることはなく、作業効率を考慮して製造工程の任意の段階で添加することができるが、好ましくは所定のBxとなるようにそばの抽出液を濃縮または希釈した後に、酵素処理ルチンを原料素材の粉末の状態で、または水もしくは温水(熱水)に溶解して添加する。この時期に酵素処理ルチンを添加することは、本発明のそば茶飲料における酵素処理ルチンの濃度の調整が容易となり、本発明の所望の効果を十分に確保することができる。
【0024】
上述のように、本発明のそば茶飲料は通常のそば茶飲料の製造に従い、焙煎したそばから抽出した抽出液を用いて、一定量の酵素処理ルチンを添加することにより製造することができる。すなわち、本発明のそば茶飲料の製造方法は、酵素処理ルチンを添加すること以外は通常のそば茶飲料の製造方法をそのまま適応でき、焙煎したそばから抽出した抽出液を所望のBxに調整した後、酵素処理ルチンおよびそのほかの副原料を必要に応じて添加溶解し、HTST殺菌機等を用いて加熱殺菌し、容器に充填、密封する。
容器は、缶、PET容器、瓶、紙などの任意の容器を使用することができる。
【0025】
上記の副原料としては、具体的に、ビタミンA、ビタミンB類、ビタミンC、ビタミンE等のビタミン類、カルシウム、鉄、マンガン、亜鉛等のミネラル類を挙げることができる。特に、本発明のそば茶飲料においては、ビタミンCを添加することが好ましい。ビタミンCを配合することにより、保存によるそば茶飲料の褐変を抑制することができ、また飲料中のルチンの安定化(分解抑制)作用等が得られる。
ビタミンCを配合する場合、その使用量は特に制限されないが、風味への影響等を考慮して、本発明のそば茶飲料における濃度が0.03質量%〜0.05質量%とすることが好ましい。
【実施例】
【0026】
(実施例1)
韃靼そば実の玄そばから殻をとった丸抜きそば100gを93℃の熱水3000gに入れ、35分間抽出した。抽出液を150メッシュのフィルターで粗ろ過後、30℃以下に冷却した。この抽出液を4000Gで5分間遠心分離して清澄化した後、Bxが0.20となるように水を入れて希釈して、そば抽出液を得た。
【0027】
この抽出液に酵素処理ルチン製剤(αGルチン;東洋精糖(株)社製、又はαGルチンPS−D;東洋精糖(株)社製)をそれぞれルチン含量として0.05質量%添加したそば茶飲料、および無添加のそば茶飲料をそれぞれ調製した。チューブラー殺菌機を用いて135℃1分間加熱後、冷却してPETボトルへ充填した。それらを2℃の恒温水槽内で4ヶ月保存し、飲料中の懸濁や沈殿の生成を観察した。結果を表1に示した。
なお、飲料中の懸濁や沈殿の発生状況は、次の指標により目視により評価した。
【0028】
飲料中の沈殿の発生状況;
++ ; 飲料が懸濁し、容器底の一面の黄色沈殿が生成している。
+ ; 飲料が懸濁し、容器底の一部に黄色沈殿が生成している。
± ; 容器底の一部にごく微量の黄色沈殿が生成している。
− ; 懸濁、沈殿が生成していない。
【0029】
【表1】

表1の結果から、そば茶飲料において、酵素処理ルチンを配合することにより、保存により生じる懸濁や沈殿が抑制できることが明らかになった。
【0030】
(実施例2)
韃靼そば実の玄そばから殻をとった丸抜きそば100gを93℃の熱水3000gに入れ、35分間抽出した。抽出液を150メッシュのフィルターで粗ろ過後、30℃以下に冷却した。この抽出液を4000Gで5分間遠心分離して清澄化した後、Bxが0.20となるように水を入れて希釈して、そば抽出液を得た。
この抽出液に酵素処理ルチン製剤(αGルチンPS−D;東洋精糖(株)社製)をルチン含量として0.0125、0.0250、0.0500、0.0750、0.1000、0.1250、0.150および0.1750質量%添加し、さらにそれぞれにアスコルビン酸ナトリウムを0.05質量%となるように添加した。チューブラー殺菌機を用いて135℃1分間加熱後、冷却してPETボトルへ充填した。それらを2℃の恒温水槽内で4ヶ月保存し、飲料中の懸濁や沈殿の生成を観察した。この結果についても実施例1と同じ指標で目視により評価した。
【0031】
また、製品化後のそば茶飲料の風味と香味について、専門パネラー5名による官能評価を行った。なお、評価は、5名の官能評価を平均して以下の指標により評価した。
風味評価の指標
○ ; 良好
△ ; やや良好
× ; 不良
【0032】
【表2】

【0033】
表2の結果から、そば茶飲料における懸濁や沈殿は、酵素処理ルチンをルチン含量として、0.0125質量%〜0.1500質量%、好ましくは0.0500質量%〜0.1250質量%程度配合することにより、容易に抑制できることが明らかになった。
実施例8は、風味・香味に関して悪い結果を示しているが、沈殿・懸濁は生じておらず、そば茶飲料として許容できるものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素処理ルチンを含むことを特徴とするそば茶飲料。
【請求項2】
韃靼そばを原料とする、請求項1に記載のそば茶飲料。
【請求項3】
前記酵素処理ルチンをルチン含量として0.0125質量%〜0.15質量%含む、請求項1又は2に記載のそば茶飲料。
【請求項4】
そばから抽出した抽出液由来のブリックス値が0.10〜0.30である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のそば茶飲料。
【請求項5】
酵素処理ルチンを含む、そば茶飲料用懸濁・沈殿生成防止剤。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のそば茶飲料の製造方法であって、酵素処理ルチンを添加する工程を含む、該製造方法。
【請求項7】
そばから抽出した抽出液をブリックス値0.10〜0.30に調整した後、酵素処理ルチンを添加する、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
酵素処理ルチンを添加してそば茶飲料の懸濁または沈殿の生成を防止する方法。
【請求項9】
酵素処理ルチンを、ルチン含量としてそば茶飲料の0.125質量%〜0.15質量%となる量で添加する請求項8に記載の方法。

【公開番号】特開2009−195168(P2009−195168A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−40367(P2008−40367)
【出願日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【Fターム(参考)】