説明

アクリロニトリル系重合体の製造方法

【課題】本発明はアクリロニトリル系重合体の製造において、重合特性の異常を抑制し、安定的にアクリロニトリル重合体を製造する方法を提供する。
【解決手段】アクリロニトリル系重合体の製法において、以下の工程:
1)極性有機溶媒を含んでなるアクリロニトリル系重合体溶液から、極性有機溶媒の少なくとも一部を分離し回収する工程。
2)回収した極性有機溶媒を精製する工程。
3)精製した極性有機溶媒を、アクリロニトリル系重合体の製造で再使用する工程。
を備えており、再使用する際の極性有機溶媒中の塩基性物質を低減し、10質量ppm以下に制御することを特徴とするアクリロニトリル系重合体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアクリロニトリル系重合体の製造において、重合を終えた重合体溶液から極性有機溶媒を分離回収し、当該極性有機溶媒に含まれる塩基性物質の濃度を低減し、10質量ppm以下に制御した上で、極性有機溶媒を再利用するアクリロニトリル系重合体を製造する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル系重合体の用途は多岐に渡り、特に繊維として製造された重合体は、炭素繊維の前駆体繊維としても利用されている。炭素繊維は、優れた比強度と弾性率を有することから、自動車、航空分野での使用が増加しつつある。
【0003】
ポリアクリロニトリル系重合体の製造において、アクリロニトリルを主成分とした重合体溶液に含まれるイオンは、重合を促進するなど影響を及ぼす。そのため、運転安定性を得るために、重合体溶液中のイオン濃度を安定化する必要がある。
【0004】
特許文献1には、懸濁重合によるポリアクリロニトリル製造において、アニオン交換樹脂を用いて紡糸原液をイオン交換することで、低分子ポリマーや重合残渣物に由来する陽イオンの濃度を低減し、紡糸原液の保存安定性を向上させることが開示されている。
【0005】
一方、最近の均一溶液重合による繊維用ポリアクリロニトリル重合体の製造において、重合体を紡糸する際にアンモニア及びアミン化合物を添加することで紡糸性を向上する技術に関して、特許文献2に記載がある。特許文献2記載の方法によれば、重合特性への影響を抑えるために、口金の直前でアンモニアを添加している。この際に、前工程の重合反応時の重合体溶液にアンモニアの混入はないため、重合体の品質は保持することができる。しかし、紡糸後、重合体を回収した後に残る重合溶媒を含む凝固浴液にはアンモニアが残存し、重合工程で重合に寄与しなかった原料アクリロニトリルと反応し、アミンとなる。また共重合物の副反応により、アミンが生成する可能性もある。
【0006】
重合溶媒の廃棄は製造コストを上げる要因となるため、工業的に一般的な蒸留操作により、繊維を回収し終えた紡出溶液から重合溶媒の回収を行う。ここでアミンの大部分は蒸留により、分離除去可能であるが、溶媒と沸点の近い一部のアミンの分離は困難となる。
【0007】
特にアンモニアと原料アクリロニトリルの反応により生成する3−アミノプロピオニトリルは、重合溶媒をジメチルスルホキシドとしたとき、ジメチルスルホキシドとの標準沸点差(標準大気圧(101.3kPa)における沸点差)が4℃であり、沸点差が小さいことから、蒸留による分離除去は極めて困難となる。分離できなかった重合溶媒ジメチルスルホキシドと沸点の近いアミンは、回収した重合溶媒と共に循環再利用されることから、工程中で濃縮される可能性が高い。通常、品質に影響を与えない濃度でも、設備の稼働率の変化によって、濃度が大きく変動する場合がある。
【0008】
このため、紡糸工程で添加するアミンおよびアンモニア量を調整することで、重合溶媒に混在するアミン濃度を制御する事が好ましいが、濃度変動の幅が大きい時は、制御が追いつかず、重合特性の異常から、製品の廃棄が必要になることもある。
【0009】
そこで、アクリロニトリル重合体の製造方法において、重合特性(重合体の分子量、極限粘度[η])の異常を抑制し、安定的にアクリロニトリル重合体を製造する技術が切望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平7−133318号公報
【特許文献2】特開2008−308775号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明はアクリロニトリル系重合体の製造において、重合特性(重合体の分子量、極限粘度[η])の異常を抑制し、安定的にアクリロニトリル重合体を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を行った結果、アクリロニトリル系重合体の製造において、重合体溶液の一部として使用された極性有機溶媒中の塩基性物質を、強酸性カチオン交換樹脂によるイオン交換工程を含む精製工程により低減し、10質量ppm以下に制御できることを見出し、本発明を開発するに至った。
【0013】
すなわち、請求項1に係わる発明はアクリロニトリル系重合体の製法において、以下の工程:
1)極性有機溶媒を含んでなるアクリロニトリル系重合体溶液から、極性有機溶媒の少なくとも一部を分離し回収する工程。
2)回収した極性有機溶媒を精製する工程。
3)精製した極性有機溶媒をアクリロニトリル系重合体の製造で再使用する工程。
【0014】
を備えており、再使用する際の極性有機溶媒中の塩基性物質を低減し、10質量ppm以下に制御することを特徴とするアクリロニトリル系重合体の製造方法である。
【0015】
請求項2に係わる発明は、前記発明において、極性有機溶媒を含んでなるアクリロニトリル系重合体溶液から、極性有機溶媒の少なくとも一部を分離し回収する方法が、アクリロニトリル系重合体溶液を水系凝固浴に紡出することで、アクリロニトリル系重合体は繊維として回収し、極性有機溶媒は水との混合液として分離し回収する方法であることを特徴とする。
【0016】
請求項3に係わる発明は、前記発明において、極性有機溶媒がジメチルスルホキシドであり、かつアクリロニトリル系重合体がカルボキシル基含有ビニル系化合物、そのエステルおよびその塩から選択される少なくとも1種類を0.01〜2モル%含有したアクリロニトリル単量体を、該極性有機溶媒中で溶液重合することによって得られたものであることを特徴とする。
【0017】
請求項4に係わる発明は、前記発明において、極性有機溶媒と該溶媒中の濃度が10質量ppm以下に低減する塩基性物質の標準大気圧(101.3kPa)における沸点差が、10℃以下であることを特徴とする。
【0018】
請求項5に係わる発明は、前記発明において、10質量ppm以下に低減する極性溶媒中の塩基性物質が3−アミノプロピオニトリルを含むものであることを特徴とする。
【0019】
請求項6に係わる発明は、前記発明において、極性有機溶媒を精製する工程の少なくとも一部に、強酸性カチオン交換樹脂によるイオン交換処理を含むことを特徴とする。
【0020】
請求項7に係わる発明は、前記発明において、イオン交換処理において、極性有機溶媒を含んだ処理液の水分濃度が70質量%以下であることを特徴とする。
【0021】
請求項8に係わる発明は、前記発明において、イオン交換処理において、極性有機溶媒を含んだ処理液の水分濃度が1質量%以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明において、再使用する際の極性有機溶媒中の塩基性物質の濃度を低減し、特定範囲に制御した極性有機溶媒をアクリロニトリル系重合体の製造で再使用することにより、重合特性の異常を抑制し、安定的にアクリロニトリル重合体を製造することができるようになった。
【0023】
特に塩基性物質を強酸性カチオン交換樹脂によるイオン交換技術により低減させる場合、強酸性カチオン交換樹脂の活性が続く限り、極性有機溶媒に含まれる塩基性物質を低減できることから、重合体溶液から極性有機溶媒を分離回収し、アクリロニトリル系重合体の製造工程で繰り返し利用する際に、極性有機溶媒中の塩基性物質の濃度を容易に10質量ppm以下に制御する事が可能となった。そのため、塩基性物質混在による重合特性異常を抑制し、より運転安定性の向上させる事が可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明はアクリロニトリル系重合体の製造において、極性有機溶媒を含んでなるアクリロニトリル系重合体溶液から極性有機溶媒を分離回収し、当該極性有機溶媒が含んでなる塩基性物質の濃度を低減し、10質量ppm以下に制御した上で、極性有機溶媒を再利用するアクリロニトリル系重合体を製造する技術に関するものである。
【0025】
一般的なアクリロニトロル系重合体の製造において使用する原料モノマーは、アクリロニトリル単量体であるが、重合する際、少なくとも1種類以上の共重合可能な他のモノマーを共重合してもよい。他のモノマーとしてはカルボキシル基含有ビニル系化合物、及びそのエステルまたは塩が挙げられ、具体例としてアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等の不飽和有機酸、及びそのメチル、エチル等のエステルまたは塩等が例示できる。共重合量としては全単量体中0.01〜2モル%が好ましい。
【0026】
一般的な重合法は、大別すれば、均一溶液重合と懸濁重合がある。均一溶液重合とは適当な極性有機溶媒に単量体を均一に溶解させて行う重合反応であり、懸濁重合とは単量体と水を機械的に攪拌し、不均一に分散させて(懸濁した状態で)行う重合方法である。懸濁重合では重合体の分離、乾燥、溶解工程が必要となるため、簡略な工程で製造するには均一溶液重合を採用するのが好ましい。
【0027】
懸濁重合においても、重合体を凝固する際に極性有機溶媒を使用しているため、どちらの重合においてもアクリロニトリル系重合体の製造に際し、極性有機溶媒を含むアクリロニトリル系重合体溶液を経由し、この溶液から重合体を取り除いた残液には極性有機溶媒が残る場合が多い。このとき、使用する有機溶媒は、極性を持つジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどを用いることができるが、低毒性の観点からはジメチルスルホキシドの使用が好ましい。
【0028】
アクリロニトリル系重合体を凝固して、回収した後に残る重合体溶液の残液から、極性有機溶媒を回収、精製し、再利用することで製造コストを下げることができる。均一溶液重合をし終えた重合体溶液から、重合体を回収した後の残液においては、通常、重合されなかった原料アクリロニトリル単量体、重合溶媒として使用した極性有機溶媒、水系凝固浴液、その他の微量不純物成分からなるため、原料アクリロニトリル単量体、水系凝固浴液、その他の微量不純物成分を分離除去し、極性有機溶媒を回収、精製し、再利用することで製造コストを下げることができる。
【0029】
アクリロニトリル系重合体の繊維等の成形品を回収した後に残る重合体溶液の残液に含まれる極性有機溶媒は、通常、工業的に一般的な分離操作である蒸留により回収、精製される。蒸留工程を(a)塔頂から重合されなかった原料アクリロニトリル単量体、水分を留出除去する蒸留塔、(b)重合時に副生成する高沸点不純物成分や残渣を塔底の缶出液から抜き出す蒸留塔、で構成することによって、純度の高い極性有機溶媒を回収することができる。
【0030】
しかしながら、蒸留では極性有機溶媒との標準沸点差が10℃以下の不純成分は分離しがたく、混在されたまま極性有機溶媒と共に重合溶媒として再利用され、重合特性に影響を及ぼす事がある。重合特性に影響のある不純物成分の中でも塩基性物質、特にシアノアミン化合物が混在したとき、重合の際に連鎖移動剤として働き、原料モノマーと共重合することで、重合体の分子量および極限粘度[η]に影響を与える。(b)蒸留塔による留出極性有機溶媒中のシアノアミン化合物を含む塩基性成分濃度が10質量ppmを超えるとき、次の重合工程への影響が大きくなるため、本発明においては確実に低減し、濃度を制御する必要がある。
【0031】
均一溶液重合により繊維として重合体を製造する場合、通常重合体溶液ごと水系凝固浴液に紡出する。紡出の際に口金より紡出される直前に重合体溶液に対してアンモニア及びアミン化合物を添加することで、紡糸性の向上が見られる場合がある。添加剤としてはアンモニアの他、モノ−・ジ−・トリ−アルキルアミンおよびモノ−・ジ−・トリ−アルキルアンモニウムが例示できるが、安価かつ汎用性があることから特にアンモニアが好ましい。アンモニアおよびアミン化合物の添加量としては、重合体溶液のpHが8〜10になるように、添加量を調整するのが好ましい。
【0032】
この際に、口金直前にアンモニア及びアミン化合物を添加するため、その前工程である重合反応時の重合体溶液にはアンモニア及びアミン化合物の混入はない。そのため、重合体の品質を損なうことはない。しかし、紡糸後に残る重合溶媒である極性有機溶媒や凝固浴液を含む重合体溶液の残液にはアンモニア及びアミン化合物が残存する場合があり、重合工程で重合しなかった未反応の原料アクリロニトリルと反応することによりシアノアミン化合物が副生成し、これが次の重合工程において重合特性に影響を及ぼす可能性がある。前述のように、極性有機溶媒にシアノアミン化合物が残存したまま、重合工程で再利用するのは好ましくない。
【0033】
紡出の際に重合体溶液にアンモニアを添加する場合、重合体溶液中では原料アクリロニトリルとの反応によりシアノアミン化合物である3−アミノプロピオニトリルが常時、副生成する。3−アミノプロピオニトリルは、極性有機溶媒をジメチルスルホキシドとしたとき、ジメチルスルホキシドとの標準沸点差(標準大気圧(101.3kPa)における沸点差)が4℃であり、沸点差が非常に小さいことから、蒸留による分離除去は極めて困難であるため、留出ジメチルスルホキシド液中に残存する可能性が極めて高い。このとき、3−アミノプロピオニトリル量はアンモニアの添加量、つまりは重合、紡出工程の稼働率で変動し、(a)〜(b)の蒸留を経て得た(b)蒸留塔の留出ジメチルスルホキシド液中の3−アミノプロピオニトリル濃度は通常5〜20質量ppmの範囲で変動する。そのため、極性有機溶媒の液中の3−アミノプロピオニトリルを含む塩基性物質の濃度が10質量ppmを越える場合、蒸留以外の分離操作により低減し、確実に濃度を10質量ppm以下に制御することが必要になる。
【0034】
極性有機溶媒から塩基性物質を除去する技術として、強酸性カチオン交換樹脂によるイオン交換、酸添加による塩化残渣処理、晶析が例示できるが、品質への影響やランニングコストへの負荷を考慮すれば、強酸性カチオン交換樹脂によるイオン交換が望ましい。
【0035】
強酸性カチオン交換樹脂は、交換基がスルホン基もしくはそれと同等以上の酸性度の交換基を持つマクロポーラス型交換樹脂であれば、いずれも使用できる。例えばLANXESS社製の“LEWATIT(登録商標)”、三菱化学社製の“DIAION(登録商標)”、PUROLITE社製のC160Hなどが例示できる。
【0036】
本発明において、強酸性カチオン交換樹脂によるイオン交換を極性有機溶媒の回収、精製工程中のいずれかに併設する、すなわち極性有機溶媒を含んでなるアクリロニトリル系重合体溶液から、極性有機溶媒を分離して回収した後、精製工程を経て、再びアクリロニトリル系重合体の製造で再使用する工程に供するまでの間のいずれかの段階、好ましくは精製を前記(a)〜(b)に記載した蒸留装置を用いて行う場合、この前後もしくは中間に設置することで、重合体溶液の残液から極性有機溶媒を回収すると同時に、塩基成分を含まない極性有機溶媒を次のアクリロニトリルの重合に供することができる。それにより、重合工程の運転安定性を向上することが可能になる。さらに該イオン交換を精製工程のうちで、最も効率的に交換させる環境に設置することで、より安価に適応する事ができる。
【0037】
上記イオン交換技術によれば、処理液中の塩基性物質を全て交換の対象とする。そのため、通液する処理液中の吸着質が少ない方が、使用する吸着剤(強酸性カチオン交換樹脂)への負荷が少なくなり、活性を長く保持するため、経済的に有利である。(a)〜(b)の蒸留工程で回収、精製を実施する場合、これら蒸留により標準沸点差(標準大気圧(101.3kPa)における沸点差)が10℃を越える塩基性成分は除去できる。そのため、最も吸着質が多いのは蒸留処理が施されていない重合体溶液の残液であり、最も少ないのは(a)〜(b)の蒸留を経て得られた(b)蒸留塔の留出極性有機溶媒である。
【0038】
重合溶媒をジメチルスルホキシドとした均一溶液重合であり、紡出の際にアンモニアを添加する場合、蒸留操作を施されていない重合体溶液の残液中の吸着質である、3−アミノプロピオニトリルを含む塩基性物質の濃度は150〜200質量ppmの範囲で変動し、(a)〜(b)の蒸留を経て得られた(b)蒸留塔の留出ジメチルスルホキシド中の3−アミノプロピオニトリルを含む塩基性物質の濃度は、5〜20質量ppmの範囲で変動する。
【0039】
したがって、アクリロニトリル重合体の製造に再使用するための留出極性有機溶媒の塩基性物質の濃度が10質量ppm以下となるよう制御するには、蒸留後、次のアクリロニトリルの重合等の再利用に供するまでのラインの中間にイオン交換装置を設置し、留出極性有機溶媒中の塩基性物質量をイオン交換して低減せしめることにより常時10質量ppm以下に制御して次の重合溶媒として再使用するようにするのが設備の簡略化の観点からも一番好ましい。
【0040】
更には、(b)蒸留塔の留出極性有機溶媒をイオン交換するとき、必要な設備のサイズは最も小さくなるため、設備にかかるコストを低減することも可能である。処理液をイオン交換カラムに流通させるとき、吸着質である塩基性物質と吸着剤(イオン交換樹脂)上の吸着サイトが吸着するための必要な吸着時間を得る必要があり、吸着剤(イオン交換樹脂量)の単位体積量に対する処理液の最適な流量が決まっている。そのため処理液の流量が少ない方が、必要な樹脂量は少なくなる。前述の(a)〜(b)からなる蒸留工程において、重合に寄与しなかった原料アクリロニトリル単量体、水系凝固浴液が分離除去されるため、(b)蒸留塔の留出極性有機溶媒の流量が一番小さい。そのため、精製塔の留出液をイオン交換する際の設備は最も小さくなり、設備を新設する際に必要となるコストも小さくなる。
【0041】
一般的にイオン交換樹脂は、吸着質がイオン化するために水分を必要とするため、吸着性能が交換溶液中の含水率に依存する場合があり、含水率が0質量%に近いとき、吸着性能が低下する場合がある。しかし、ジメチルスルホキシドはこの限りではなく、含水率の影響が極めて少ない。そのため、上記の(a)〜(b)の蒸留工程において、蒸留処理が施されていない重合体溶液の残液中の含水率は通常70質量%以下、(b)蒸留塔からの留出ジメチルスルホキシド液の含水率は通常1質量%以下であるが、イオン交換樹脂の吸着能力に差異は見られない。しかしながら、前述のように(a)〜(b)の工程でジメチルスルホキシドをイオン交換する場合は、処理液中の吸着質の量、処理液の流量が経済的に有利であるため、(b)の蒸留塔から留出させたジメチルスルホキシド液をイオン交換するのが一番好ましい。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を例示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0043】
〔実施例1〕
下記に示すような強酸性カチオン交換樹脂を用いたイオン交換流通試験、蒸留操作を実施し、アクリロニトリル系重合体の均一溶液重合に使用した重合溶媒ジメチルスルホキシドを回収、精製することにより、再び均一溶液重合に利用可能な純度になるかどうかを検証した。
【0044】
・イオン交換流通試験装置:垂直に立てたコック付きガラス製オープンカラムクロマト管に強酸性カチオン交換樹脂(PUROLITE社製のC160H)を8mL充填した。更にクロマト管上部に処理液を入れたコック付き分液漏斗を設置し、樹脂を通液する流量を調整できるようにした
・処理液:重合溶媒をジメチルスルホキシドとして、均一溶液重合によりイタコン酸を全単量体単位中0.5モル%共重合したアクリロニトリル系重合体を重合して得られた重合溶液を水凝固浴液に繊維として紡出し、重合体繊維を回収した後の、重合体溶液の残液サンプルを準備した。このとき、紡出するときに凝固のために水凝固浴液を使用し、更に紡糸性を向上するために口金直前に、共重合のために添加したイタコン酸のカルボキシル基に対して、1.0当量となるようにアンモニアガスを添加した。組成は主にジメチルスルホキシド34質量%、水65質量%であり、微量成分としてアクリロニトリル単量体を1質量%以下、3−アミノプロピオニトリルを含む塩基性物質を150質量ppm含むものであった。なお、塩基性物質の濃度はイオンクロマトグラフィー(東ソー製IC−2001)で分析した。
【0045】
・操作(1):この重合体溶液の残液サンプルを前述のイオン交換流通試験装置に空間速度SVを15L/L−R・h−1で流通することでイオン交換流通試験を実施した。このとき、得られた流通液サンプルをイオンクロマトグラフィー(東ソー製IC−2001)で分析したところ、塩基性物質の濃度は検出下限値である2質量ppm以下であった。
【0046】
・操作(2):この通液サンプルから(a)温度:110℃、圧力:常圧で蒸留し、留出液としてアクリロニトリル単量体および水分を除去した。更にこの処理液を、(b)温度:80℃、圧力:5〜10kPaに制御した条件で減圧蒸留し、缶出液として重合時に副生成する高沸点不純物成分や残渣を除去し、精製された留出ジメチルスルホキシド液を得た。得られた留出ジメチルスルホキシド液は塩基性物質濃度2質量ppm以下、水分濃度0.5質量%以下の高純度ジメチルスルホキシド液であった。このとき、残ったアミンはほぼ3−アミノプロピオニトリルであった。なお、上記3−アミノプロピオニトリルの検出は、イオンクロマトグラフィーのチャートのリテンションタイムから特定した。上記で得られたジメチルスルホキシド液は、塩基性物質の濃度が10質量ppm以下であり、重合溶媒として再利用可能な純度であった。
【0047】
〔実施例2〕
下記に示すような強酸性カチオン交換樹脂を用いたイオン交換流通試験、蒸留操作を実施し、アクリロニトリル系重合体の均一溶液重合に使用した重合溶媒ジメチルスルホキシドを回収、精製することにより、再び均一溶液重合に利用可能な純度になるかどうかを検証した。
【0048】
・イオン交換流通試験装置:〔実施例1〕と同様の装置を使用した。
【0049】
・処理液:〔実施例1〕記載の処理液である重合体溶液の残液を用い、(a)温度:110℃、圧力:常圧で蒸留し、留出液としてアクリロニトリル単量体および水分を除去した。更にこの処理液を、(b)温度:80℃、圧力:5〜10kPaに制御した条件で減圧蒸留し、缶出液として重合時に副生成する高沸点不純物成分や残渣を除去した。得られた処理液の組成は、ジメチルスルホキシド99.5質量%、塩基性物質濃度20質量ppm、水分濃度0.5質量%以下であった。
【0050】
・(操作)この処理液を(実施例1)と同様のイオン交換流通試験装置に空間速度SVを15L/L−R・h−1で流通することでイオン交換流通試験を実施した。
【0051】
このとき、得られた流通液サンプルをイオンクロマトグラフィー(東ソー製IC−2001)で分析したところ、塩基性物質の濃度は検出下限値である2質量ppm以下であった。このとき、〔実施例1〕記載の操作(2)の後と同等の純度である塩基性物質濃度2質量ppm以下、水分濃度0.5質量%以下である高純度ジメチルスルホキシド液が得られた。このとき、残ったアミンはほぼ3−アミノプロピオニトリルであった。上記で得られたジメチルスルホキシド液は、塩基性物質の濃度が10質量ppm以下であり、重合溶媒として再利用可能な純度であった。
【0052】
[参考例1]
以下に示すような工程でアクリロニトリル系重合体の連続的製造を行った。
【0053】
すなわち、
(1)イタコン酸を共重合物として0.5モル%含むアクリロアクリロニトリル単量体を重合原料として、ジメチルスルホキシドを重合溶媒として使用する、均一溶液重合工程、
(2)重合により得られた重合体溶液を、口金から紡出する直前に共重合のために添加したイタコン酸のカルボキシル基に対して、1.0当量となるようにアンモニアガスを添加した。繊維として水系凝固浴に紡出し、凝固させる紡糸工程、
(3)凝固した重合体を回収し、残った重合体溶液を(a)温度:110℃、圧力:常圧で蒸留し、塔頂部から留出液としてアクリロニトリル単量体および水分を除去し、(b)更に温度:80℃、圧力:5〜10kPaを制御した減圧蒸留し、塔底から缶出液として重合時に副生成する高沸点不純物成分や残渣を除去することで、ジメチルスルホキシド液を回収、精製し、再び(1)工程の重合溶媒として再利用する工程、
においてさらに(2)の工程、(3)の工程を繰り返すことにより、連続的にアクリロニトリル系重合体の製造を行った。
【0054】
上記(3)工程で回収したジメチルスルホキシド中の、3−アミノプロピオニトリルを含む塩基性物質の濃度をモニターしたところ、塩基性物質濃度が10質量ppmを超えている状態で、(1)工程において重合溶媒として再利用するとき、重合体の極限粘度[η]が上昇する異常が発生した。
【0055】
それに対し、3−アミノプロピオニトリルを含む塩基性物質濃度10質量ppm以下で(1)工程において重合溶媒として再利用する場合には、異常が見られなかった。
【0056】
このことから、(1)〜(3)の工程でジメチルスルホキシドを再利用するとき、回収/精製したジメチルスルホキシド中の3−アミノプロピオニトリルを含む塩基性物質濃度を10質量ppm以下に制御することで、極限粘度[η]が上昇する異常を抑制し、アクリロニトリル系重合体を製造できることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル系重合体の製法において、以下の工程:
1)極性有機溶媒を含んでなるアクリロニトリル系重合体溶液から、極性有機溶媒の少なくとも一部を分離し回収する工程。
2)回収した極性有機溶媒を精製する工程。
3)精製した極性有機溶媒を再びアクリロニトリル系重合体の製造で再使用する工程。
を備えており、再使用する際の極性有機溶媒中の塩基性物質を低減し、10質量ppm以下に制御することを特徴とするアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項2】
極性有機溶媒を含んでなるアクリロニトリル系重合体溶液から、極性有機溶媒の少なくとも一部を分離し回収する方法が、アクリロニトリル系重合体溶液を水系凝固浴に紡出することで、アクリロニトリル系重合体は繊維として回収し、極性有機溶媒は水との混合液として分離し回収する方法であることを特徴とする請求項1に記載のアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項3】
極性有機溶媒がジメチルスルホキシドであり、かつアクリロニトリル系重合体がカルボキシル基含有ビニル系化合物、そのエステルおよびその塩から選択される少なくとも1種類を0.01〜2モル%含有したアクリロニトリル単量体を、該極性有機溶媒中で溶液重合することによって得られたものであることを特徴とする請求項1または2に記載のアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項4】
極性有機溶媒と該溶媒中の濃度が10質量ppm以下に低減する塩基性物質の標準大気圧(101.3kPa)における沸点差が、10℃以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項5】
10質量ppm以下に低減する極性溶媒中の塩基性物質が3−アミノプロピオニトリルを含むものであることを特徴とする請求項4に記載のアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項6】
極性有機溶媒を精製する工程の少なくとも一部に、強酸性カチオン交換樹脂によるイオン交換処理を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項7】
イオン交換処理において、極性有機溶媒を含んだ処理液の水分濃度が70質量%以下であることを特徴とする請求項6に記載のアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項8】
イオン交換処理において、極性有機溶媒を含んだ処理液の水分濃度が1質量%以下であることを特徴とする請求項6に記載のアクリロニトリル系重合体の製造方法。