説明

アストロサイトで遺伝子を発現させるためのベクター

【課題】アストロサイト特異的に効率よく遺伝子を発現させるベクターを提供すること。
【解決手段】マウスGlial fibrillary acidic protein (GFAP)遺伝子の転写開始点を+1として数えて-300〜+14の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-132〜-58の領域を含む塩基配列からなるプロモーターまたはヒトGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-286〜+14の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-119〜-57の領域を含む塩基配列からなるプロモーターと、その下流に配置された目的遺伝子を含む、グリア細胞特異的発現ベクター。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目的遺伝子をアストロサイト、特に小脳のバーグマングリアで効率よく発現させるためのベクター、該ベクターが小脳に導入された非ヒト哺乳動物および該ベクターと小脳障害性疾患治療用遺伝子を含む小脳障害性疾患治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
小脳は複数の筋肉が関与する歩行などの協調運動に重要な役割を果たしている。小脳に損傷があると、協調運動の調節がうまく行かず、なめらかな動きができなくなる。大脳皮質からの運動の指令は脳幹を通って、脊髄、筋肉に伝達されるが、同時に脳幹(橋)から苔状線維を介して小脳皮質にも伝達される。苔状線維を介して伝達された信号は、小脳皮質の神経細胞である顆粒細胞に入力される。そして、顆粒細胞はその軸索である平行線維を介してプルキンエ細胞に信号を伝える。
【0003】
平行線維-プルキンエ細胞シナプスはNotchを発現するバーグマングリアと呼ばれる小脳グリア細胞(アストロサイトの一種)の突起に覆われている。発達期には外顆粒細胞層に存在する顆粒細胞がバーグマングリアの突起を伝わって内顆粒細胞層に遊走する。このときに顆粒細胞の軸索である平行線維がプルキンエ細胞樹状突起上の棘突起とシナプスを形成する。バーグマングリアは平行線維から放出されたグルタミン酸を回収することで、シナプス伝達終息と隣接するシナプスへのグルタミン酸の漏れ出しを防いでいる。したがって、バーグマングリアの機能が障害されると、プルキンエ細胞が過剰に興奮したり、本来は活性化されるべきでない隣接するシナプスが活性化したりすることで小脳機能が障害される。またバーグマングリアは栄養因子を放出することで、プルキンエ細胞の形態分化と機能発現に重要な役割を担っている。実際、脊髄小脳変性症7型では、バーグマングリア機能障害によってプルキンエ細胞が障害されることが病因であることが報告されている(非特許文献1)。したがって、バーグマングリアに遺伝子を導入することができれば小脳を対象とする研究の進展に大きく寄与するだけでなく、プルキンエ細胞やバーグマングリアが障害される脊髄小脳変性症などの遺伝子治療への応用も期待される。
【0004】
Glial fibrillary acidic protein (GFAP)は主にアストロサイトに含まれる中間フィラメントタンパク質である。ヒトあるいはマウスGFAP遺伝子の5'側の〜2.2 kbのDNA領域が、アストロサイト特異的な発現を可能にするプロモーター領域であることが報告されている。この〜2.2 kbのDNA領域はGfa2プロモーターと呼ばれている。Miuraら(非特許文献2)とBesnardら(非特許文献3)は、Gfa2プロモーターのどの領域がプロモーター活性に重要なのかを調べるために、Gfa2プロモーターを5'末端あるいは3'末端から削った様々な長さの短縮プロモーターを作製した。それぞれの短縮プロモーターの3'側にLuciferase、あるいはChloramphenicol acetyltransferaseレポーター遺伝子を配置した発現プラスミドを作成、培養アストロサイトやグリオーマセルラインにトランスフェクションすることで活性に重要なプロモーター領域の同定を試みた。Miuraらのmouse Gfa2(mGfa2)プロモーターと培養ラットアストロサイト、ラットグリオーマセルラインを用いた結果では、転写開始ポイントから上流256bpまでの領域がアストロサイト特異的な遺伝子発現に重要であった。これに対しBesnardらのhuman Gfa2(hGfa2)プロモーターとヒトグリオーマセルラインを用いた結果では、-1757から-1489 bpの領域(A、B領域、図1参照)と-132から-57の領域(D領域)のどちらかを削れば、プロモーター活性が10%程度に低下した。この1991年の論文に基づき、invivogen社が1673bpのプロモーターを挿入した発現ベクターを販売している(pDRIVE-hGFAP, Catalog# pdrive-hgfapなど)。2003年にJakobssonらは、2.1kb(転写開始点から上流2.1kb)の長さをもつhGfa2プロモーター、あるいは0.3kbの長さ(転写開始点から上流0.3kb)のmGfa2プロモーターを組み込んだレンチウイルスベクターを
ラットの線条体に注射し、遺伝子発現を検討した。その結果、2.1kbのhGfa2プロモーターを用いた場合はグリア細胞特異的に広範囲な遺伝子発現が観察された。これに対し、0.3kbのmGfa2プロモーターを用いた場合は、ほとんどグリア細胞に発現がみられなかった(非特許文献3)。2006年にはLeeらがhGfa2プロモーターのA、B、D領域とRNA転写開始点を含むベーシックプロモーターからなる448bpのプロモーター(hGfa28プロモーター)制御下でlacZを発現するトランスジェニックマウスを作成し、脳内のlacZ発現を検討した(非特許文献4)。その結果、海馬ではlacZはグリアだけでなく神経細胞にも発現していた。また小脳ではグリア細胞のみに発現していたが、発現領域は小脳虫部の尾側(第8〜第10小葉)に限局していた。このことから、hGfa2プロモーターの広範な活性発現には、少なくとも生体小脳においては、A、B、C、D領域が必要であり、C領域はグリア特異性と発現領域の決定に関与していることが示唆された。次にLeeらはC領域内のどの部分が、グリア細胞特異的な発現に関与しているのかを調べた。その結果、-1488から-1256までの233bp(C1領域)が、脳の広範囲の領域に発現させ、かつニューロンでの発現を抑える役割をもつことを示した(非特許文献5)。以上の結果に基づき作成された681bpのヒトgfaABC1Dプロモーターはアストロサイト特異性を保っており、2210bpからなるhGfa2プロモーターとほぼ同じ脳内発現パターンを示し、かつ2倍のプロモーター活性をもつことが示された。
【0005】
成熟動物の生体脳への効率的な遺伝子発現には、ウイルスベクターの使用が最も効率のよい方法である。とくにアデノ随伴ウイルスベクターやレンチウイルスベクターは細胞毒性がほとんどなく、長期にわたって導入遺伝子の発現が可能であることから、今後、ますます世界中で利用されていくと考えられる。しかし、ウイルスベクターを使用する場合、大きな問題となるのは発現可能な外来遺伝子のサイズであり、アデノ随伴ウイルスベクター、レンチウイルスベクターではプロモーターと合わせてそれぞれ、4 kb以下および8 kb以下といわれている。しかし遺伝子サイズが長くなるほどパッケージング効率の低下のため、得られるウイルスベクターの力価が大きく低下する。これまでに681bpのヒトgfaABC1Dプロモーターが報告されているが、もしもっと短いものがあれば、アデノ随伴ウイルスベクターやレンチウイルスベクター発現系と組み合わせることで、生体動物脳のアストロサイト特異的に、高効率で遺伝子発現させることが可能となると考えられる。しかし、これまでの報告から考えると、生体脳におけるグリア細胞特異的かつ広範な発現にはA、B、C1、D領域が必要であり、681bp以下にすることは困難であると予想される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nat. Neurosci., 9(10): 1302-11, 2006
【非特許文献2】J. Biol. Chem., 266: 18877-83, 1991
【非特許文献3】J. Neurosci. Res. , 73: 876-85, 2003
【非特許文献4】Glia, 53: 677-87, 2006
【非特許文献5】Glia, 56: 481-93, 2008
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、目的遺伝子をアストロサイト、特に小脳のバーグマングリアで高発現する681bpより短いプロモーターを有するベクターを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、ウイルスベクターを用いた発現系においては、mGfa2プロモーターの-132〜-58の領域およびhGfa2プロモーターの-119〜-57の領域がアストロサイトでの発現に重要であることを見出し、少なくともこの領域をプロモーターとして含むベクターを用いれば目的遺伝子をアストロサイトで効率よく発現させ
ることができることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)マウスGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-300〜+14の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-132〜-58の領域を含む塩基配列からなるプロモーターまたはヒトGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-286〜+14の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-119〜-57の領域を含む塩基配列からなるプロモーターと、その下流に配置された目的遺伝子を含む、グリア細胞特異的発現ベクター。
(2)前記プロモーターがマウスGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-132〜+14の塩基配列からなるプロモーターまたはヒトGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-119〜+14の塩基配列からなるプロモーターである、(1)に記載のベクター。
(3)前記プロモーターがマウスGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-300〜+14の塩基配列からなるプロモーターまたはヒトGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-286〜+14の塩基配列からなるプロモーターである、(1)に記載のベクター。
(4)アデノウイルスベクター、レンチウイルスベクターまたはアデノ随伴ウイルスベクターである、(1)〜(3)のいずれかに記載のベクター。
(5)目的遺伝子がGFP遺伝子である、(1)〜(4)のいずれかに記載のベクター。(6)目的遺伝子が、アタキシン−1、アタキシン−2、アタキシン−3、アタキシン−7およびhuntingtinからなる群より選ばれるタンパク質をコードする遺伝子である、(1)〜(4)のいずれかに記載のベクター。
(7)目的遺伝子がグリア細胞由来神経栄養因子をコードする遺伝子である、(1)〜(4)のいずれかに記載のベクター。
(8)(1)〜(7)のいずれかに記載のベクターが小脳に導入され、目的遺伝子をアストロサイトで発現する非ヒト哺乳動物。
(9)マウス、ラットまたはマーモセットである、(8)に記載の非ヒト哺乳動物。
(10)小脳障害性疾患のモデル動物である、(9)に記載の非ヒト哺乳動物。
(11)小脳障害性疾患が遺伝性脊髄小脳変性症である、(10)に記載の非ヒト哺乳動物。
(12)(1)〜(4)のいずれかに記載のベクターを含む、小脳障害性疾患治療剤。
(13)小脳障害性疾患が遺伝性脊髄小脳変性症である、(12)に記載の小脳障害性疾患治療剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明のベクターは脳内で極めて高いアストロサイト特異性をもって働く。この特性を利用することで、遺伝性脊髄小脳変性症などの患者の病態を反映する優れたモデル動物の作製が可能となる。また、脊髄小脳変性症などの疾患は小脳プルキンエ細胞やバーグマングリアが障害される。このような疾患に対して治療効果のある遺伝子をGfa2プロモーター制御下でバーグマングリアに発現するウイルスベクターは遺伝子治療用ベクターとして有望である。ムコ多糖症やニーマンピック病を含むライソゾーム病においても同様である。また、アストロサイトの増殖を促進させ脳損傷の回復を図る遺伝子治療用ベクターとしても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】mGfa2遺伝子プロモーターとhGfa2遺伝子プロモーターの各deletionコンストラクトを示す図。hGfa2-lacZは、非特許文献(5)から引用。
【図2】pCL20c hGfa2-7 GFPの制限酵素地図。
【図3】各deletionコンストラクトを含むレンチウイルスベクターを小脳に導入したマウスの小脳におけるGFPの発現を示す図(蛍光顕微鏡写真)。 (a) mGfa2-1、(b)mGfa2-6、(c)mGfa2-7、(d)mGfa2-8、(e)mGfa2-9。
【図4】各deletionコンストラクトを含むレンチウイルスベクターを小脳に導入したマウスの小脳におけるGFPの発現を示す図(蛍光顕微鏡写真)。(f)hGfa2-1、(g) hGfa2-7、(h)hGfa2-8、(i)hGfa2-9。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明を詳しく説明する。
本発明のベクターは、マウスGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-300〜+14(好ましくは-200〜+14)の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-132〜-58の領域を含む塩基配列からなるプロモーターまたはヒトGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-286〜+14(好ましくは-187〜+14)の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-119〜-57の領域を含む塩基配列からなるプロモーターと、その下流に配置された目的遺伝子を含む。
【0013】
Gfa2プロモーターとしては、ヒト、マウス以外にラット等のGFAP遺伝子のプロモーターが挙げられるが、より具体的には、配列番号1(マウス)や配列番号20(ヒト)の塩基配列を含むプロモーターが例示される。ただし、アストロサイトにおいてプロモーター活性を発揮する限りにおいて、配列番号1あるいは配列番号20の塩基配列の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズするものであってもよい。ここで、「ストリンジェントな条件」とは、例えば、相同性が高いDNA同士、好ましくは95%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、具体的には、通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である68℃、0.1×SSC, 0.1%SDSに相当する塩濃度でハイブリダイズする条件が挙げられる。
【0014】
配列番号1において、-300〜+14の領域としては塩基番号1614〜1927が例示され、-132〜-58の領域としては塩基番号1782〜1856が例示される。
配列番号20において、-286〜+14の領域としては塩基番号1877〜2176が例示され、-119〜-57の領域としては塩基番号2044〜2106が例示される。
mGfa2プロモーターとしては、-300〜+14の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-132〜-58の領域を含む塩基配列からなるものであればよいが、例えば、-300〜+14(配列番号6)、-200〜+14(配列番号7)や-132〜+14の領域(配列番号8)からなるプロモーターが例示される。
hGfa2プロモーターとしては、-286〜+14の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-119〜-57の領域を含む塩基配列からなるものであればよいが、例えば、-286〜+14(配列番号21)、-187〜+14(配列番号22)や-119〜+14の領域(配列番号23)からなるプロモーターが例示される。
【0015】
mGfa2やhGfa2プロモーターに連結される目的遺伝子の種類は特に制限されないが、GFP遺伝子(改変型を含む)、Cre recombinase遺伝子、ルシフェラーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ、lacZなどのマーカー遺伝子、異常伸長したCAGリピートを持つアタキシン(ataxin)−1、アタキシン−2、アタキシン−3、アタキシン−7またはhuntingtinをコードする遺伝子などの小脳障害性疾患の関連遺伝子や毒素遺伝子が例示される。また、GDNF(グリア細胞由来神経栄養因子)などの栄養因子をコードする遺伝子でもよい。さらに、後述するような、小脳障害性疾患の治療に用いられる遺伝子でもよい。
【0016】
目的遺伝子はGfa2プロモーターに連結されるが、連結の態様は目的遺伝子がGfa2プロモーターによって発現可能な態様であれば特に制限はなく、エンハンサー配列等、高発現に有利な配列を介して連結されてもよい。また、目的遺伝子はタンパク質の部分配列をコードするものであってもよいし、タグ配列との融合タンパク質をコードするものであってもよい。またタンパク質の発現を調節するmicroRNA配列をコードするものであってもよい。
【0017】
Gfa2プロモーターとそれに連結された目的遺伝子を含むベクターとしては、真核生物細胞において複製可能なベクター、ならびにエピソームを維持するベクターあるいは宿主細胞ゲノムに組み込まれるベクターが挙げられるが、ウイルスベクターが好ましく、アデノウイルスベクター、レンチウイルスベクターおよびアデノ随伴ウイルスベクターがより好ましい。レンチウイルスベクターとしては、Neurosci.Lett. 2008 Sep 26;443(1):7-11. Epub 2008 Jul 25.に記載されたようなベクターが例示されるがこれに限定されない。
【0018】
ベクターは、選択マーカーを含んでもよい。「選択マーカー」とは、選択マーカーが導入された細胞に選択可能な表現型を提供する遺伝エレメントをいい、一般には、遺伝子産物が細胞の増殖を阻害するかまたは細胞を殺傷する薬剤に対する耐性を与える遺伝子である。具体的には、例えば、Neo遺伝子、Hyg遺伝子、hisD遺伝子、Gpt遺伝子およびBle遺伝子が挙げられる。選択マーカーの存在を選択するために有用な薬物としては、例えば、Neoに対してはG418、Hygに対してはハイグロマイシン、hisDに対してはヒスチジノール、Gptに対してはキサンチン、そしてBleに対してはブレオマイシンが挙げられる。
【0019】
なお、DNAの切断、連結、その他、染色体DNAの調製、PCR、プラスミドDNAの調製、形質転換、プライマーとして用いるオリゴヌクレオチドの設定等の方法は、当業者によく知られている通常の方法を採用することができる。これらの方法は、Sambrook, J., Fritsch, E. F., and Maniatis, T., "Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second Edition", Cold Spring Harbor Laboratory Press等に記載されている。
【0020】
上記のようなベクターを用いて目的遺伝子を非ヒト哺乳動物の小脳に導入することで、目的遺伝子を小脳アストロサイト特異的に発現する非ヒト哺乳動物を得ることができる。ウイルスベクターである場合、パッケージング細胞などを用いてウイルスを産生させ、これを小脳表面のクモ膜下腔に注入することにより、目的遺伝子をアストロサイトに発現させることができる。
【0021】
目的遺伝子が上記のような小脳障害性疾患関連遺伝子であった場合、本発明の非ヒト哺乳動物は、小脳障害性疾患のモデルとして有用である。ここで、小脳障害性疾患としては、遺伝性脊髄小脳変性症(1型、2型、7型)及びハンチントン病を含むポリグルタミン病、ムコ多糖症やニーマンピック病を含むライソゾーム病、毛細血管拡張性運動失調症、自閉症、アルツハイマー病、胎児アルコール症候群、アルコール中毒、加齢性小脳失調などが挙げられる。
【0022】
本発明の非ヒト哺乳動物は、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ブタ、モルモット、ヒツジ、ウシなどの任意の非ヒト哺乳動物であり得る。また、マーモセットを含む非ヒト霊長類などの他の非ヒト哺乳動物でもあり得る。
【0023】
本発明の非ヒト哺乳動物における目的遺伝子の発現は、例えば、その動物から得た組織サンプルのノーザンブロット分析、インサイチュハイブリダイゼーション分析、およびRT−PCRなどによって解析され得る。また、導入遺伝子がGFP遺伝子であると、蛍光を測定することにより確認することができる。さらに、脳のサンプルを用い、導入遺伝子から発現されたポリペプチドやタグ(例えば、ポリヒスチジンやFLAGなど)に特異的な抗体を使用して免疫組織学的に評価することもできる。
【0024】
本発明の非ヒト哺乳動物は免疫組織学的解析や遺伝子発現解析だけではなく、表現型解析、電気生理学的解析などにも供されうる。また、本発明の非ヒト哺乳動物は、小脳障害性疾患の治療剤をスクリーニングするためにも使用され得る。
すなわち、本発明の非ヒト哺乳動物に化合物を投与し、化合物投与前後の該非ヒト哺乳
動物の小脳障害性疾患に関連する表現型を評価することによって小脳障害性疾患の治療剤を選択することができる。ここで、「小脳障害性疾患に関連する表現型」としては、ポリグルタミン凝集塊の蓄積、封入体の増加、プルキンエ細胞層の配列の乱れ、バーグマングリアの減少、プルキンエ細胞の減少、小脳失調などが挙げられ、これらの表現型を改善する薬剤を小脳障害性疾患を治療するための薬剤として選択することができる。なお、スクリーニングに使用する治療剤候補物質としての化合物は、例えば、合成又は天然の低分子又は高分子化合物、金属含有化合物、糖質、ペプチド、タンパク質、ペプチド模倣物、糖タンパク質、リポタンパク質、核酸、抗体などが使用可能である。多数の天然化合物および合成化合物を含むライブラリーもまた、使用可能である。
【0025】
目的遺伝子が小脳障害性疾患に対して治療効果のある遺伝子であれば、本発明のベクターは小脳障害性疾患に対する遺伝子治療剤として使用することができる。
【0026】
小脳障害性疾患に対して治療効果のある遺伝子は、治療対象となる疾患の種類等に応じ適宜選択することができるが、例えば、遺伝性脊髄小脳変性症7型の場合、アタキシン−7遺伝子の変異による機能異常を相補又は抑制しうる因子又はエレメントをコードする核酸、例えば、変異したアタキシン−7遺伝子の発現を調節するmicroRNAを発現させ得る核酸、細胞質封入体を分解するタンパク質をコードする核酸等が用いられうる。また、核内及び細胞質封入体を分解するタンパク質をコードする核酸、脳由来(BDNF)又はグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)をコードする核酸等が挙げられる。
【0027】
ポリグルタミン病の治療を目的とした場合は、GTPase CRAG(Qin et al.J.cell Biol.2006 Feb 13;172(4):497-504.)、ubiquitin chain assembly factor E4B(UFD2a)(EMBO J.2004 Feb 11;23(3):659-69.)、ATPase VCP/p97(Cell Death Differ.2001 Oct;8(10):977-84.)、分子シャペロンHDJ-2 HSDJ(Nat Genet.1998 Jun;19(2):148-54.)や分子シャペロンBiP(Nature.1988 Mar 31;332(6163):462−4.)、小胞体蛋白質分解を促進する分子:ER degradation enhancing alpha−mannosidase-like protein (EDEM)(Science.2003 Feb 28;299(5611):1394−7.)、ERのセンサー分子(Endoplasmic reticulum(ER)stress transducer):CREB/ATF family member OASIS(Nat Cell Biol.2005 Feb;7(2):186-94.)、IRE1(J Biol Chem.1996 Jul 26;271(30):18181−7.)、PERK,ATF6(J Biol Chem.1998 Dec 11;273(50):33741-9.)をコードする遺伝子を用いることができる。
【0028】
また、遺伝性脊髄小脳変性症1型、2型、7型の治療を目的とした場合は、アタキシン−1、アタキシン−2、アタキシン−3、アタキシン−7をコードする遺伝子に対するsiRNA、ハンチントン病の治療を目的とした場合は、Huntingtinに対するsiRNAを用いて、これら遺伝子の発現を抑制してもよい。
【0029】
ニーマンピック病の治療を目的とした場合は、スフィンゴミエリナーゼをコードする遺伝子を治療用遺伝子として用いることができる。毛細血管拡張性運動失調症の治療を目的とした場合は、AT-mutated(atm)、自閉症の治療を目的とした場合は、ReelinやBcl-2をコードする遺伝子を治療用遺伝子として用いることができる。アルツハイマー病の治療を目的とした場合は、ネプリライシンをコードする遺伝子を治療用遺伝子として用いることができる。さらに、胎児アルコール症候群(FAS)、アルコール中毒、及び加齢性小脳失調の治療を目的とした場合は、Bcl-2、GDNF、NGFをコードする遺伝子を治療用遺伝子として用いることができる。
【0030】
前記治療剤の薬理評価は、治療対象となる疾患の種類により異なるが、遺伝性脊髄小脳変性症の場合、治療剤を、小脳表面のクモ膜下腔に投与した後、ポリグルタミン凝集体(毒性のオリゴマーを含む)の減少によって、さらに臨床的(動物の場合は行動学的)には
小脳失調の改善程度により行われうる。遺伝性脊髄小脳変性症の主な病因は、異常伸長したポリグルタミン鎖をもつタンパク質が核内の重要な転写因子とともに凝集体を形成して蓄積、及びこれに伴う細胞内信号伝達の異常であり、このため小脳失調が出現すると考えられることから、細胞内のポリグルタミン凝集体が減少し、小脳失調が改善した場合、治療剤が、薬理作用を示すことの指標となりうる。
【0031】
本発明の治療剤は、小脳表面のクモ膜下腔に注入することにより、投与されうる。本発明の治療剤を小脳表面のクモ膜下腔に注入することにより、注入部位周辺のバーグマングリアに高い親和性で、かつ広範囲に有効成分を送達することができる点で有利である。また、小脳表面のクモ膜下腔への本発明の治療剤の注入は、下オリーブ核や小脳核への注入に比べ、脳実質の損傷を抑制でき、臨床応用に優れる。
【0032】
また、本発明の治療剤の投与には、注入の際、脳圧を安定して維持させる観点から、好ましくは、一定した速度で注入可能な手段、例えば、ハミルトンシリンジとそれを取りつけることができるマイクロマニピュレーター及び注入のためのマイクルインジェクションポンプ等を用いることが望ましい。注入速度は、脳圧を安定して維持できる範囲であれば特に限定されるものではなく、個体の年齢、体重、疾患状態等に応じて、適宜設定され得る。例えば、10nl/分〜800nl/分、好ましくは、50nl/分〜400nl/分、より好ましくは、100nl/分〜200nl/分であることが望ましい。
【0033】
本発明の治療剤の投与量は、治療効果を発揮させるに適した量であれば特に限定されるものではなく、個体の年齢、体重、疾患状態等に応じて、適宜設定され得る。例えば、また、本発明の治療剤の投与回数は、治療効果を発揮させるに十分な回数であればよい。レンチウイルスを基本骨格とする場合、遺伝子が染色体に組み込まれることから、1回の投与でもよく、組み込まれる遺伝子のコピー数を増加させ、より広範囲の細胞に導入させるために、小脳表面の場所を変更して(右、正中、左など)3回程度であってもよい。また挿入変異による副作用の危険性除去のため、宿主染色体へのプロウイルスの組み込み能力を欠損する非挿入型レンチウイルスベクターを用いる場合、1年以上の期間を空けて複数回、投与してもよい。アデノ随伴ウイルスを基本骨格とする場合、長期にわたる発現が確認されていることから前記レンチウイルスの場合と同様に行い、小脳失調の状態によって追加投与を行なってもよい。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、様々な改変された態様が含まれることはいうまでもない。
【0035】
<材料と方法>
(1)ゲノムDNA抽出
マウスのゲノムDNAを得るために、C57/B6マウスの尾部を1mm採取し、100μlのLysis buffer [組成25mM NaOH、0.2mM EDTA]を加え、95℃で30分煮沸した。ついで、等量のNeutralization buffer [組成 40mM Tris-HCl (pH5)]を加え、中和し、マウスゲノムDNA溶液とした。ヒトのゲノムDNAはボランティアの静脈血を5ml採血し、ゲノムDNA抽出キットを用いて行った。
【0036】
(2)PCR反応
ゲノムDNA溶液を鋳型としてmGfa2プロモーター(配列番号1)とhGfa2プロモーター(配列番号20)のクローニングを行なった。つまり、40μlのddH2O、10 μlの5xPS buffer、1μlのdNTPs、1.5μlのforwardとreverseプライマー(マウスの場合、配列番号10と11、ヒトの場合、配列番号24と25)、1 μlのゲノムDNA溶液、0.5μlのPrime Star
PCR酵素を加え、98℃1分 1サイクル、98℃10秒、60℃5秒、72℃4分 40サイクルにてPCR
を行なった。PCR反応物は1% agarose gel-TAEで電気泳動(定電圧100V)を行ない、反応物の確認と精製を行った。
【0037】
mGfa2-1(配列番号1:1927bp)
Forward: ccgacgcgtGTCACTGGCAACCTCTCTC (28 mer) (配列番号10)
Reverse: ggaattcCCTGCCCTGCCTCTGCTG (25 mer) (配列番号11)
小文字は制限酵素部位である。
【0038】
各Deletionコンストラクトは下記それぞれのプライマーセットを用いて作成した。
【0039】
mGfa2-2(配列番号2:1679bp)
Forward: ccgacgcgtGTCTGTAAGCTGAAGACCTG (29 mer) (配列番号12)
Reverse: ggaattcCCTGCCCTGCCTCTGCTG (25 mer)(配列番号11)
【0040】
mGfa2-3(配列番号3:1499bp)
Forward: ccgacgcgtTACTGCACCCGGGGCTGA (27 mer) (配列番号13)
Reverse: ggaattcCCTGCCCTGCCTCTGCTG (25 mer) (配列番号11)
【0041】
mGfa2-4(配列番号4:1054bp)
Forward: ccgacgcgtTTCAAAACTACTCTGTCAGGG (30 mer) (配列番号14)
Reverse: ggaattcCCTGCCCTGCCTCTGCTG (25 mer) (配列番号11)
【0042】
mGfa2-5(配列番号5:614bp)
Forward: ccgacgcgtTAAGAACTGGAAGCTGATTAC (30 mer) (配列番号15)
Reverse: ggaattcCCTGCCCTGCCTCTGCTG (25 mer) (配列番号11)
【0043】
mGfa2-6(配列番号6:314bp)
Forward: ccgacgcgtGTGGGTCTTCATGCTTGACA (29 mer) (配列番号16)
Reverse: ggaattcCCTGCCCTGCCTCTGCTG (25 mer) (配列番号11)
【0044】
mGfa2-7(配列番号7:214bp)
Forward: ccgacgcgtCGAAGCCAGGCTGGTGTTC (28 mer) (配列番号17)
Reverse: ggaattcCCTGCCCTGCCTCTGCTG (25 mer) (配列番号11)
【0045】
mGfa2-8(配列番号8:146bp)
Forward: ccgacgcgtGTTCTCCCCCTAGCTGGG (27 mer) (配列番号18)
Reverse: ggaattcCCTGCCCTGCCTCTGCTG (25 mer) (配列番号11)
【0046】
mGfa2-9(配列番号9:71bp)
Forward: ccgacgcgtGGGCAGATTTAGTCCAACCC (29 mer) (配列番号19)
Reverse: ggaattcCCTGCCCTGCCTCTGCTG (25 mer) (配列番号11)
【0047】
hGfa2-1(配列番号20:2176bp)
Forward: cgacgcgtGAGCTCCCACCTCCCTCTC (27 mer) (配列番号25)
Reverse: ggaattcCCTGCTCTGGCTCTGCTCG (26 mer) (配列番号26)
【0048】
hGfa2-6(配列番号21:300bp)
Forward: cgacgcgtTTCTTGACCCACCTTCCTAGAG (30 mer) (配列番号27)
Reverse: ggaattcCCTGCTCTGGCTCTGCTCG (26 mer) (配列番号26)
【0049】
hGfa2-7(配列番号22:201bp)
Forward: cgacgcgtTTGGCGTGCCCAGGAAGCTC (28 mer) (配列番号28)
Reverse: ggaattcCCTGCTCTGGCTCTGCTCG (26 mer) (配列番号26)
【0050】
hGfa2-8(配列番号23:133bp)
Forward: cgacgcgtAGCTGGGCTGCGGCCCAAC (27 mer) (配列番号29)
Reverse: ggaattcCCTGCTCTGGCTCTGCTCG (26 mer) (配列番号26)
【0051】
hGfa2-9(配列番号24:70bp)
Forward: cgacgcgtGGGCATCGCCAGTCTAGCC (27 mer) (配列番号30)
Reverse: ggaattcCCTGCTCTGGCTCTGCTCG (26 mer) (配列番号26)
【0052】
(3)pCL20cプラスミドへのサブクローニング
精製されたPCR産物は制限酵素MluIとEcoRIで切断した。つまり、90μlの精製DNAに1μlのMluI、1μlのEcoRIを加え、37℃で1.5時間インキュベートした。切断後のDNAは1% agarose gel-TAEで電気泳動(定電圧100V)を行ない、精製した。その後、pCL20cプラスミド(Mol. Ther. 5 : 242-251 (2002) ; Blood 103 : 4062-4069 (2004))へサブクローニングするために、3μlのpCL20c (MluI-EcoRI cut)と1μlの精製DNA (MluI-EcoRI cut)に4μlの2xLigation Mix(TAKARABIO)を加え8分静置した。ついで、15μlの大腸菌(DH5α Competent cell、TAKARABIO)に4μlの反応液を加え、氷上で10分静置後、42℃で1分、氷上で2分でヒートショックを行なった。形質転換された大腸菌を100μlのSOC培地(TAKARABIO)に懸濁後、アンピシリンナトリウム(終濃度100μg/ml)を含んだLB agar plateで16時間静置培養した。
【0053】
(4)ウイルス産生用プラスミドの作製
形質転換された大腸菌のコロニーをイエローチップ先で突き、アンピシリンナトリウム(終濃度100μg/ml)を含んだLB 培地で16時間攪拌培養した。培養された大腸菌のDNAがGfa2プロモーターを搭載しているかをPlasmid Mini-prep後、制限酵素MluIとEcoRIで確認した後、500μl の大腸菌液を200mlのLB培地(ラージスケール)に加え、さらに16時間攪拌培養した。得られた大腸菌液をもとに、Genopure Plasmid Maxi Kit(Roshe社)を使用し、ウイルス産生用のプラスミドを精製した(図2にhGfa2-7-GFPのマップを示す)。
【0054】
(5)ウイルスの産生
以下の操作を、P2実験室で行なった。ウイルス産生には、HEK293T細胞を用いた。培養液は通常用いられている、10%ウシ血清を加えたDulbecco's modified Eagle's medium (D-MEM)を使用した。対数増殖期のHEK293T細胞をリン酸緩衝化生理食塩水(Mg2+とCa2+とを含有しない)[PBS(−)]に分散させ、ついで、10cmディッシュ(ファルコン社製)あたり5×105細胞となるように播種した。播種後の10cmディッシュに、10重量%ウシ胎仔血清含有D-MEM10m1を添加し、その後、細胞を、5体積%C02, 37℃で培養した。24時間後、前記ディッシュ中の培養液を、新しい培養液(10重量%ウシ胎仔血清含有D-MEM)10m1と交換した。その後、細胞を、5体積%C02, 37℃で0.5時間培養した。
【0055】
一方、pCAGkGP1R(St. Jude Chi1dren's Research Hospital) 6μg, pCAG4RTR2 (St. Jude Children's Research Hospita1) 2μg, pCAG-VSV-G(St. Jude Chi1dren's Research Hospital) 2μg, pCL20c GFAP-GFP(St. Jude Chi1dren's Research Hospita1/George Washington University) 10μgを450μl滅菌水に溶解させ、プラスミド溶液を得た。
・pCAGkGP1R: gag(ウイルスの構造蛋白質をコード)とpol(逆転写酵素をコード)を含むパッケージングプラスミド。
・pCAG4RTR2: tat(転写調節遺伝子)を含むプラスミド。revを削除してあるため、ウイルス粒子は宿主内で複製することができない。
・pCAG-VSV-G: VSV-GはVesicular somatitis virus glycoproteinの略。レンチウイルスの本来のエンベロープではCD4陽性細胞にしか感染できない。これをリン脂質をターゲットとするVSV(Vesicular stomatitis virus)のEnvelopeに置換し、神経を含むさまざまな細胞に感染可能としたエンベローププラスミド。
このようにウイルス産生に不可欠な遺伝子を4つのプラスミドに分割し、複製に必要な領域等を削除することにより、産生されたウイルスは感染能を持つ一方、感染後は自己増殖能が欠如するため安全性が増す。
【0056】
得られたプラスミド溶液に2.5M CaC12 50μlを添加して攪拌し、2xHBSS〔組成:50mM HEPES、0mM NaC1, 1.5mM Na2HP04, pH7.05)〕500μ1を添加し、すばやく攪拌した。
前記ディッシュにプラスミド溶液を均等に滴下し、穏やかにディッシュ内の培地と混合した。その後、細胞を、5体積%C02, 35℃で培養した。以下、バイオハザード対策用安全キャビネットの中で操作を行なった。
16時間後、前記ディッシュ中の培地を、新しい培地(10重量%ウシ胎仔血清含有D-MEM) 10m1と交換した。さらに細胞を、5体積%C02, 37℃で培養しトランスフェクション後から40時間でウイルスを含む培養液を回収した。
【0057】
(6)濃縮
前記(5)で回収した培地は、それぞれ50m1遠心管に移し、1000rpm(120×g)、4分間遠心分離して、上清を得た。得られた上清を、フィルター(ミリポア社製、0.22μm径)に通した。得られた濾液を、ベックマン社製ローターSW28.1を用いた超遠心分離(25,000 rpm, 2時間、4℃)に供してウイルス粒子を沈殿させ、上清を除去した。
得られたウイルス粒子沈殿物をKSOMに懸濁し、最終量を90μ1とし、感染用ウイルス液を得た。ウイルス液は作成後、1週間以内に使用した。
【0058】
(7)ウイルス力価の測定
対数増殖期のHELA細胞をPBS(-)に分散させ、ついで、12ウェルディッシュ(イワキ硝子社製)に1ウェルあたり5 x 104細胞となるように播種した。播種後の12ウェルディッシュに、10重量%ウシ胎仔血清含有D-MEMを、1m1/ウェルとなるように添加し、その後、細胞を、5体積%C02, 37℃で24時間培養した。
ウイルス液を103〜105倍となるように前記ウェル内の培地に添加した。また、同時に、Hexadimethrine Bromide (SIGMA社製、商品名: ポリブレン)を6μg/mlとなるように各ウェルに添加した。その後、細胞を5体積% C02, 37℃で88時間培養した。
ウェルの中の緑色蛍光蛋白質(GFP)発現細胞を蛍光顕微鏡(オリンパス社製 商品名:CKX41)下でセルカウンター(アズワン社製、商品名:数取器)を用いて計測し、ウイルスの力価を算出した。10x希釈ウイルス液を添加した中、Y個の細胞のGFP発現細胞が見出された場合、ウイルス力価は、Y×10xTU/m1 (TU:transductionunit)として算出される。
【0059】
(8)ウイルスの小脳皮質への投与
動物へのウイルス接種は、安全キャビネットの中で行った。ネンブタール(ペントバルビタールナトリウム;40mg/kg体重)をマウスの腹腔内に投与して麻酔した後、マウス(生後25日)の両耳にイアーバーを挿入し、口鼻とともに頭部固定装置にしっかりと固定した。後頭部の毛を刈り皮膚を切開して、小脳直上の頭蓋骨を露出し、実体顕微鏡で観察しながら、ブレグマ(Bregma; 矢状縫合と冠状縫合の交点)の尾側5〜6mmに穴を開けた。硬膜を除去し、ウルトラマイクロポンプに取り付けたハミルトンシリンジからウイルス液を小脳皮質表面のクモ膜下腔に、毎分500 nlの速度で20分かけて10 μl、注入した。その後、頭皮を縫い合わせ、麻酔から覚めるまでheating padの上に置いた。覚醒後、動物をケージに戻し、感染動物飼育ラックで飼育した。小脳皮質内の遺伝子発現は、ウイルス投与7日後に灌流固定を行い、下記のように小脳スライスを作成した。
【0060】
(9)組織学的解析と蛍光イメージング
マウスをペントバルビタール ナトリウム(40 mg/kg 体重)で麻酔した後、0.1Mリン酸バッファー中に4%パラホルムアルデヒドを含む固定液を用いて経心腔的潅流を行った。脳全体と各器官の蛍光像は蛍光実体顕微鏡(Keyence VB-L10)のついたCCDカメラ(Keyence VB-7010, Osaka, Japan) を用いて撮像した。脳はマイクロスライサー(DOSAKA DTK-1000, Kyoto, Japan)を用いて50μmの矢状切片にスライスした。GFPの蛍光像は蛍光顕微鏡(DMI6000 B; Leica, Nusslock, Germany) または共焦点レーザー顕微鏡(LSM 5 PASCAL; Zeiss, Germany)を用いて撮像した。
【0061】
(10)結果
mGfa2-1(1927 bp)、mGfa2-6(314 bp)、mGfa2-7(214 bp)、mGfa2-8(146 bp)、mGfa2-9(71 bp)、hGfa2-1(2176 bp)、hGfa2-7(201 bp)、hGfa2-8(133 bp)、hGfa2-9(70 bp)の各長さのマウス及びヒト由来Gfa2プロモーター制御下でGFPを発現するレンチウイルスベクターを用いた結果を図3および図4に示す。その結果、mGfa2-6、mGfa2-7、mGfa2-8ではmGfa2-1と同様にバーグマングリアとアストロサイト特異的に蛍光が見られた。またhGfa2-6、hGfa2-7、hGfa2-8においてもhGfa2-1と同様にバーグマングリアとアストロサイト特異的に蛍光が見られた。図示しないが、mGfa2-1、mGfa2-6、mGfa2-7、mGfa2-8におけるGFPの発現はアストロサイトマーカーであるS100と同じ部位に見られた。一方、mGfa2-9とhGfa2-9では蛍光が非常に弱く発現も非特異的であった。これらのことから、mGfa2及びhGfa2プロモーターにおいてバーグマングリアを含む小脳アストロサイトでの発現にはそれぞれ、-132〜-58と-119〜-57の領域が重要であることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マウスGlial fibrillary acidic protein (GFAP)遺伝子の転写開始点を+1として数えて-300〜+14の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-132〜-58の領域を含む塩基配列からなるプロモーターまたはヒトGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-286〜+14の領域内の連続した塩基配列であって少なくとも-119〜-57の領域を含む塩基配列からなるプロモーターと、その下流に配置された目的遺伝子を含む、グリア細胞特異的発現ベクター。
【請求項2】
前記プロモーターがマウスGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-132〜+14の塩基配列からなるプロモーターまたはヒトGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-119〜+14の塩基配列からなるプロモーターである、請求項1に記載のベクター。
【請求項3】
前記プロモーターがマウスGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-300〜+14の塩基配列からなるプロモーターまたはヒトGFAP遺伝子の転写開始点を+1として数えて-286〜+14の塩基配列からなるプロモーターである、請求項1に記載のベクター。
【請求項4】
アデノウイルスベクター、レンチウイルスベクターまたはアデノ随伴ウイルスベクターである、請求項1〜3のいずれか一項に記載のベクター。
【請求項5】
目的遺伝子がGFP遺伝子である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のベクター。
【請求項6】
目的遺伝子が、アタキシン−1、アタキシン−2、アタキシン−3、アタキシン−7およびhuntingtinからなる群より選ばれるタンパク質をコードする遺伝子である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のベクター。
【請求項7】
目的遺伝子がグリア細胞由来神経栄養因子をコードする遺伝子である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のベクター。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のベクターが小脳に導入され、目的遺伝子をアストロサイトで発現する非ヒト哺乳動物。
【請求項9】
マウス、ラットまたはマーモセットである、請求項8に記載の非ヒト哺乳動物。
【請求項10】
小脳障害性疾患のモデル動物である、請求項9に記載の非ヒト哺乳動物。
【請求項11】
小脳障害性疾患が遺伝性脊髄小脳変性症である、請求項10に記載の非ヒト哺乳動物。
【請求項12】
請求項1〜4のいずれか一項に記載のベクターを含む、小脳障害性疾患治療剤。
【請求項13】
小脳障害性疾患が遺伝性脊髄小脳変性症である、請求項12に記載の小脳障害性疾患治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−34401(P2013−34401A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−171024(P2011−171024)
【出願日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「平成19年度 独立行政法人科学技術振興機構「戦略的創造研究推進事業個人型研究 脊髄小脳変性症の根治的遺伝子治療法の開発」にかかる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願」    「平成21年度、22年度 独立行政法人科学技術振興機構「研究成果最適展開支援事業 小脳変性疾患の遺伝子治療に向けた基盤技術の開発」にかかる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願」
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【Fターム(参考)】