説明

アニロックス式インキング装置およびアニロックスのすり切り状態の把握方法

【課題】凸版にインキを供給するアニロックス式インキング装置において、アニロックスの表面に塗布されたインキのすり切り状態を確実に把握する方法を提供する。
【解決手段】フレキソ印刷機で用いられるアニロックス式インキング装置であって、少なくとも、アニロックスと前記アニロックスの熱流束値を測定する計測器と、前記アニロックスの温度を測定する計測器と、前記アニロックスの雰囲気温度を測定する計測器と、これらの計測器群から出力される計測データを取り込むためのコンピュータと、を備えていることを特徴とするアニロックス式インキング装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凸版印刷法を用いて微細なパターンを被印刷体に面内均一に形成する印刷装置に関する。特に、有機エレクトロルミネセンス(EL)素子の発光層や液晶ディスプレイ(LCD)用のカラーフィルターパターン等の高精細パターンの形成に適したフレキソ印刷機に使用するアニロックス式インキング装置の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、微細なパターンを被印刷体に面内均一かつ高位置精度で形成する方法としてはフォトリソグラフィー法が用いられている。フォトリソグラフィー法では線幅が数μmの微細なパターンが面内均一に形成できる。しかし、露光・エッチングを繰り返すため工程が複雑であり、製造装置が高価かつ大型の基板にパターンを形成するためには製造装置も大型なものが必要となるため、コストがかかるというデメリットがある。そのため、近年、印刷による微細パターンの形成が可能な凸版印刷法が注目されている。
【0003】
凸版印刷法とは、所望のパターンを金属やゴム、樹脂などで凸状に形成し、これを版(凸版という)として印刷を行う方法である。特にゴムや樹脂などの弾性物質を版材として用いたものをフレキソ印刷法という。凸版印刷法では該凸版をインキ溜めに接触させて凸状パターンの先端部にインキを転移(凸版へのインキ転移)させ、続いてその凸版を被印刷物に接触させることでパターンを転写する。
【0004】
凸版へのインキ転移には、一般的にアニロックス式インキング装置として、アニロックスロールが使用される。アニロックスロールの表面には格子状に微細な溝(セル)が形成されており、格子の線数とセルの面積および深さで、アニロックスロール表面に載るインキの量を調節できる。インキを溜めたアニロックスロールに凸版が接触することで、アニロックスロールのセルから凸版へとインキが転移する(インキング)。凸版へのインキングを均一に行うためには、インキ壷となるアニロックスロールに均一なインキングを行う必要がある。また、扱うインキの物性と版の形状や濡れ性などの条件によってアニロックスロールのセル形状や面積および深さを変更する必要がある。
【0005】
アニロックスロールへのインキ供給方法には例えば特許文献1に記載された方法がある。この方法では、インキ溜めにインキを満たし、その中でアニロックスロールを回転させ、余分なインキをブレードで掻き落とすというものである。アニロックスロールの表面に形成されているセルに均一にインキを満たすには、アニロックスロールに対するブレードの角度とブレードの押し圧を調整する。しかしながら、アニロックスロールとブレードが接触することから、両者の摩耗による微小な異物がインキ中に混入する。これは微細なパターンを形成する上で、パターン中の異物となり、例えば有機EL発光層などにおいては電極間のショートなどの原因となる。特許文献2にもアニロックスロールに過剰に供給されたインキをドクターによって掻き取る方法が開示されているが、特許文献1と同様にインキへの異物混入が問題である。
【0006】
異物発生の問題を解決するためにはアニロックスロール表面への適切な量のインキの供給を機械的な接触無しに実施できることが1つの解決策となる。適切な量のインキが供給されたことの計量を非接触で行なうことも必要となる。1つの良好なインキ供給方法としてスリットコーターを計量塗布装置として用い、アニロックスロールへのインキ供給を行うことが想起される。
【0007】
しかし、スリットコーターで塗布する場合に必要なインキの粘度と、アニロックスロールから凸版への転移に必要なインキの粘度は必ずしも適合しておらず、適正値が乖離している。その具体的解決策として、低粘度のインキをスリットコーターにてアニロックスロールに塗布し、その後乾燥させて高粘度化させる方法をとることができる。
【0008】
具体的には、アニロックスロールの表面に厚く塗ったインキを、アニロックスロールの溝のすり切りまで乾燥させてから、アニロックスロールと凸版を接触させてインキを転移させる方法である。その方法を良好に実行する為には、アニロックスロール上のインキの適切な状態、すなわちインキのすり切り状態を把握し、転移させるタイミングを判断する必要がある。この判断は作業者が目視によって行なっていたが、温度や湿度などの印刷機が置かれた環境に応じて乾燥時間が変化するという問題があり、適切な判断が難しかった。
【0009】
アニロックスロール上の凹凸基材表面のインキのすり切り状態を判断するための方法としては、特許文献2に記載のレーザー変位計による膜厚測定装置を用いた方法がある。
【0010】
ウェットな状態のインキなどの塗布膜の厚さの変化を検出する方法としては、蒸発速度を測定する方法がある。非特許文献1には塗膜乾燥中の溶媒蒸発に伴う潜熱による熱移動を検出し、蒸発速度を導出する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2009−208328号公報
【特許文献2】特開2007−147298号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】“Measuring the Drying Rate of Liquid Film Coatings Using Heat Flux Method” Drying Technology、Volume 27、Issue 6 June 2009、Pages 817−820
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、凸版にインキを供給するアニロックス式インキング装置(ロール状のものをアニロックスロールと称する。)において、アニロックス式インキング装置の表面に塗布されたインキのすり切り状態を確実に把握する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決する手段として、本発明の請求項1は、フレキソ印刷機で用いられるアニロックス式インキング装置であって、少なくとも、アニロックスと前記アニロックスの熱流束値を測定する計測器と、前記アニロックスの温度を測定する計測器と、前記アニロックスの雰囲気温度を測定する計測器と、これらの計測器群から出力される計測データを取り込むためのコンピュータと、を備えていることを特徴とするアニロックス式インキング装置である。
【0015】
また請求項2は、フレキソ印刷機で用いられるアニロックス式インキング装置のアニロックスに、すり切り状態より過剰に塗布されたインキの溶剤が蒸発することによりその体積が減少することですり切り状態になることを、前記溶剤の蒸発速度の変化を捉えることによって把握するアニロックスのすり切り状態の把握方法であって、前記アニロックスへのインキ塗布工程と計測工程と判定工程から構成されており、インキ塗布工程では前記アニロックスの表面の凹凸深さより過剰にインキを塗布し、計測工程では、前記アニロックスの熱流束値と前記アニロックスの温度と前記アニロックスが置かれている雰囲気の温度とを逐次計測し、それらの計測値を使ってコンピュータによりインキの溶剤の蒸発速度を逐次算出し、判定工程では、蒸発速度がアニロックスに塗布された直後から安定した推移をした後、急速に蒸発速度が低下し始めることをすり切り状態になったと判定することを特徴とするアニロックスのすり切り状態の把握方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、アニロックス式インキング装置の表面に塗布されたインキが、アニロックス式インキング装置の表面の凹凸にすり切りの状態で乾燥したところを検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のアニロックス式インキング装置の一例の全体を示した概略図
【図2】(a)本発明のアニロックス式インキング装置の表面にインキを塗布した初期の状態の一例を示した概略図、および(b)本発明のアニロックス式インキング装置の表面にインキを塗布した後、インキ中の溶剤が揮発してすり切り状態になった状況を示した概略図
【図3】本発明のアニロックス式インキング装置を使用して測定することができるインキの塗膜の蒸発速度の経時的変化の概略を示すデータの一例
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明のアニロックス式インキング装置の一例の全体を示した概略図である。
【0020】
図2(a)は、本発明のアニロックス式インキング装置の表面にインキを塗布した初期の状態の一例を示した概略図である。
【0021】
図2(b)は、本発明のアニロックス式インキング装置の表面にインキを塗布した後、インキ中の溶剤が揮発してすり切り状態になった状況を示した概略図である。
【0022】
図3は、本発明のアニロックス式インキング装置を使用して測定することができるインキの塗膜の蒸発速度の経時的変化の概略を示すデータの一例である。
【0023】
以下に、図1を用いて本発明の実施形態を説明する。
【0024】
図1に示すように、基材1と、熱伝導グリスあるいは熱伝導粘着シートからなる接着層3により基材1に貼り付けられた熱流束センサ5と、熱伝導グリスあるいは熱伝導粘着シートからなる接着層7により熱流束センサ5に貼り付けられた、表面に凹凸を有する板(またはシート)9と、熱流束センサ5が出力する熱流束値を電圧として取り出す熱流束計測用電圧計11と、熱流束センサ5の温度出力を電圧として取り出す基材温度測定用電圧計13と、雰囲気温度を検出するための熱電対19と、熱電対より温度を出力する雰囲気用温度計15と熱流束計測用電圧計11と基材温度測定用電圧計13および雰囲気用温度計15の出力を取り込み、蒸発速度を導出するためのコンピュータ17を有するアニロックス式インキング装置である。
【0025】
基材1は平板の表面または円柱の側面を利用する。基材1の形状は凸版印刷装置の凸版への転移構成に合わせて変更される。
【0026】
接着層3は、基材1と熱流束センサ5、および熱流束センサ5と表面に凹凸を有する板(
またはシート)9を貼り合わせる。また、接着層3は基材1側から接着層7を介して最表面に凹凸を有する板(またはシート)9の表面に向けての熱伝達をスムーズにするためのものであり、熱を良く伝えるためのものである。そのため、熱抵抗値が低い材料を均一な厚さにしたものが望ましい。
【0027】
熱流束センサ5は、それを通過する熱流束(W/m)を検知し、熱流束値を電圧として出力する。そのため、熱流束センサ5は分解能(V/(W/m))が規定されている。また、熱流束センサ5の構成によっては、その中心に熱電対を有しており、温度を電圧値として出力できるものもある。これ以降、熱流束センサ5は温度出力も可能なものとして記述した。
【0028】
表面に凹凸を有した板(またはシート)9は、表面にインキを塗布してその凹部にインキを溜めるためのものである。金属板や樹脂板の表面に、機械彫刻やレーザー彫刻でパターンを形成し、凸版と接触させた際に最適なインキ転移量が得られるようにするものである。
【0029】
熱流束計測用電圧計11と基材温度測定用電圧計13は熱流束センサ5の熱流束値および温度の出力電圧を計測するために使用する。熱流束計測用電圧計11と基材温度測定用電圧計13はコンピュータ17に測定結果を出力する。
【0030】
雰囲気温度用熱電対19はアニロックス式インキング装置の表面の上方の温度を測定するために使用する。雰囲気温度用熱電対19の出力電圧は雰囲気用温度計15により雰囲気温度に変換される。
【0031】
コンピュータ17は熱流束計測用電圧計11と基材温度測定用電圧計13および雰囲気用温度計15の出力を取り込み、表面に凹凸を有する板(またはシート)9の表面に塗布されたインキの蒸発速度を計算する。
【0032】
次に、本発明による塗膜の状態検知方法の詳細について図2(a)、図2(b)および図3を用いて説明する。
【0033】
まず、図2(a)のように塗布膜21を表面に凹凸を有する板(またはシート)9に形成する。塗布膜21は凹凸全面が覆われる厚さであり、このときの表面積をAとする。塗布直後より、塗布膜21内の揮発成分の蒸発に伴って蒸発潜熱による熱の移動が発生する。そのため、基材1から塗布膜21を横切るような熱流束23が発生する。
【0034】
このとき、蒸発速度r(t)を数1で定義できる。
【0035】
【数1】

r(t):蒸発速度[kg/(m・s)]、ΔH:溶媒の潜熱[J/kg]、λ:溶剤の熱伝導率[W/(m・K)]、h:初期塗膜厚み[m]、H:表面に凹凸を有する板(またはシート)の厚さ[m]、λs:表面に凹凸を有する板(またはシート)の熱伝導率[W/(m・K)]、q(t):全熱流束[W/m]、qSo:インキ塗布前の熱流束[W/m]、T(t):表面に凹凸を有する板(またはシート)表面温度、T(t):雰囲気温度、Tso:インキ塗布前の表面に凹凸を有する板(またはシート)表面温度、Tbo:インキ塗布前の雰囲気温度
【0036】
熱流束計測用電圧計11で測定する熱流束電圧V(t)[V]と熱流束センサの分解能εq[V/(W/m)]より、熱流束値q(t)[W/m]が求められる。また、基材温度測定用電圧計13で熱電対の電圧を測定し、表面に凹凸を有する板(またはシート)表
面温度T(t) [℃]が求められる。雰囲気用温度計15で雰囲気温度T(t)[℃]が求められる。
【0037】
熱流束値q(t)と、表面温度T(t)と、雰囲気温度T(t)をコンピュータ17に取り込み、蒸発速度r(t)の式に代入して蒸発速度を計算する。
【0038】
塗布膜厚が溶媒の蒸発とともに徐々に減少し、その間の蒸発速度が出力される。塗布膜厚が凹凸板を覆う厚さであれば、おおよそ図3の塗布直後のように一定の蒸発速度が得られる。
【0039】
次に、蒸発が進んで図2(b)のようなすり切り状態まで乾燥したとき、塗膜面の面積が減少する。このときの面積をBとするとB<Aである。蒸発面積の減少により、蒸発量が減少し、それに伴って潜熱寄与分の熱流束値が減少し始める。
【0040】
図3のすり切り状態以降のように熱流束値の減少で蒸発速度が減少を始める。この蒸発速度減少点を検出することで塗膜面のすり切り状態を検出する。
【実施例】
【0041】
以下に、本発明の具体的な実施例について説明する。
【0042】
装置は図1に示した構成を使用した。下から200mm×200mm×10mmの平板定盤、100mm×100mm×0.5mmの富士高分子製熱伝導シート、100mm×100mm×0.3mmのCAPTECH製熱流束センサ、100mm×100mm×0.5mmの熱伝導シート(熱伝導率14[W/(m・K)])、100mm×100mm×1mmの線数100線、深さ100μmの平板アニロックス(熱伝導率16.32[W/(m・K)])を順に貼りあわせた。電圧計にはHIOKI製データロガー3645、熱電対にはK型の素線センサ、温度計には温度ロガーAM−8000Kを使用した。コンピュータは汎用のWindows(登録商標)PCを使用した。各ロガーとPCはUSB接続した。
【0043】
塗布膜の形成には塗布幅80mm、厚み50μmの手動のフィルムアプリケーターを使用した。塗布する液としてはアニソール(熱伝導率4.37[W/(m・K)])を使用した。
【0044】
上記構成で、雰囲気温度22℃の条件で測定を実施した。塗布直後の蒸発速度は0.017[g/(m・s)]を示した。3000秒経過した時点で塗膜表面の変化が目視観察により見え始め、同時に蒸発速度の減少が始まることを確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明のアニロックス式インキング装置は微細パターンを形成する凸版印刷工程の自動化に利用できる。
【符号の説明】
【0046】
1 ・・・基材
3、7・・・接着層
5 ・・・熱流束センサ
9 ・・・表面に凹凸を有する板またはシート
11 ・・・熱流束計測用電圧計
13 ・・・基材温度測定用電圧計
15 ・・・雰囲気用温度計
17 ・・・コンピュータ
19 ・・・雰囲気温度測定用熱電対
21 ・・・塗布膜
23 ・・・熱流束
27 ・・・塗膜の蒸発速度の時刻暦

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フレキソ印刷機で用いられるアニロックス式インキング装置であって、少なくとも、アニロックスと前記アニロックスの熱流束値を測定する計測器と、前記アニロックスの温度を測定する計測器と、前記アニロックスの雰囲気温度を測定する計測器と、これらの計測器群から出力される計測データを取り込むためのコンピュータと、を備えていることを特徴とするアニロックス式インキング装置。
【請求項2】
フレキソ印刷機で用いられるアニロックス式インキング装置のアニロックスに、すり切り状態より過剰に塗布されたインキの溶剤が蒸発することによりその体積が減少することですり切り状態になることを、前記溶剤の蒸発速度の変化を捉えることによって把握するアニロックスのすり切り状態の把握方法であって、前記アニロックスへのインキ塗布工程と計測工程と判定工程から構成されており、インキ塗布工程では前記アニロックスの表面の凹凸深さより過剰にインキを塗布し、計測工程では、前記アニロックスの熱流束値と前記アニロックスの温度と前記アニロックスが置かれている雰囲気の温度とを逐次計測し、それらの計測値を使ってコンピュータによりインキの溶剤の蒸発速度を逐次算出し、判定工程では、蒸発速度がアニロックスに塗布された直後から安定した推移をした後、急速に蒸発速度が低下し始めることをすり切り状態になったと判定することを特徴とするアニロックスのすり切り状態の把握方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−171169(P2012−171169A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−34363(P2011−34363)
【出願日】平成23年2月21日(2011.2.21)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】