説明

アラゴナイト系針状炭酸カルシウムの製造方法

【課題】 製紙用原料としてより安価で高品質の炭酸カルシウムの生産方法を開発する。
【解決手段】 硫酸塩法又はソーダ法によるパルプ製造工程の苛性化工程を利用して、硫酸塩法又はソーダ法によるパルプ製造工程の苛性化工程で発生し、従来の操業において白液を製造するのに必要とされると同量の緑液と生石灰を混合して苛性化反応を開始させるに当たり、生石灰の乾式消化で得られる消石灰のBET比表面積、結晶化度、粒度を規定し、その消石灰を使用することによって、従来の苛性化方法で得られる針状炭酸カルシウムと同等のアラゴナイト含有率を達成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生石灰の乾式消化で得られた特定のBET比表面積、結晶化度、粒度を有する消石灰と緑液を混合することでアラゴナイト含有率の高い針状炭酸カルシウムを製造する方法に関するものである。本発明により得られる針状炭酸カルシウムは生石灰を出発原料とするため、消石灰を出発原料とする従来の針状炭酸カルシウムに比べて安価に製造でき、白色度、不透明度、ワイヤー磨耗性に優れた製紙用原料として利用できる。
【背景技術】
【0002】
印刷あるいは筆記用に使用される紙には通常、白色度、不透明度、平滑性、筆記性、手触り、印刷適性等の改良を目的として填料が内添される。この抄紙方法として填料にタルク、クレー、酸化チタン等を使用してpH4.5付近で紙を抄くいわゆる酸性抄紙と、pH7〜8.5の中性から弱アルカリ性域で紙を抄くいわゆる中性抄紙がある。中性抄紙では、タルク、クレーに代えて、高白色で高い比散乱係数を有する安価な自製軽質炭酸カルシウムを填料として使用することが可能になる。
【0003】
近年、紙の保存性等の問題から、中性抄紙によって得られる中性紙が注目されるようになり、この他にも紙質、コスト、環境対策等の面でもメリットが多いことから、中性抄紙への移行が進んでおり今後ともその普及が拡大する情勢にある。
【0004】
又、最近の紙を需要面からみると商業印刷では、チラシ、カタログ、パンフレット、ダイレクトメール等の分野が、又出版印刷では情報化社会の進展と共にコンピュータ、マルチメデイア、ファミコン関連書籍、雑誌、写真集、ムック、コミック紙の分野の伸びが大きいのが特徴であり、この様な背景から紙ユーザーのコストダウン思考は一層強まり、使用する紙のより低価格化や軽量化が求められている。
【0005】
上述のように、安価で軽量な中性紙の要求が高まってくる中で、填料としての炭酸カルシウムの位置付けは非常に重要である。この中性抄紙に填料として用いられる炭酸カルシウムには、天然の石灰石を乾式或いは湿式で機械粉砕して得られる重質炭酸カルシウムと、化学的方法によって得られる沈降性炭酸カルシウム(軽質炭酸カルシウム)がある。
【0006】
ところが、天然石灰石をボールミル等の粉砕機で粉砕して得られる重質炭酸カルシウムは、粉砕粒子表面にシャープエッジが生じる為、内添填料として使用した場合、抄紙の際のプラスチックワイヤーを激しく摩耗させてしまう。さらに、出発原料である石灰石を微粉砕した場合は、反応条件を制御して製造した沈降性炭酸カルシウムに比べて、粒子径の分布が広い為、この填料を使用して通常の上質紙、塗工紙を製造した場合、嵩、白色度、不透明度、平滑性、筆記性、手触り、印刷適性等の品質において不十分である。
【0007】
さらに、最近のように紙の軽量化が進んでくると、上記問題は更に深刻化してくる。これまでの軽量印刷用紙の不透明度を向上させる通常の手段としては、比表面積の大きい填料(例えば微粉砕シリカ、ホワイトカーボン等)や、屈折率の高い填料(例えば、二酸化チタン)、あるいは沈降性炭酸カルシウムが使用されて来た。
【0008】
この沈降性炭酸カルシウムの製造方法としては、(1)石灰の焼成装置その他から得られる二酸化炭素を含有したガスと石灰乳との反応、(2)アンモニアソーダ法における炭酸アンモニウムと塩化カルシウムとの反応、(3)炭酸ナトリウムの苛性化によって水酸化ナトリウムを製造する石灰乳と炭酸ナトリウムとの反応等が知られている。これらの方法のうち、(2)(3)においては、その主生産物を得る製造法が新たな方法に転換されたり、炭酸カルシウムが副産物であることから不純物含量が多いなど、その利用方法についてはあまり検討されていない。
【0009】
一方(1)は、反応系が比較的単純(水、消石灰、炭酸ガス)であり、様々な用途毎に目的に合った炭酸カルシウムを製造する方法等について広く研究が進み、石灰メーカーから市販されている商品もいくつか見られる。しかしながら、メーカーからの直接購入では輸送費コストがかさみ、トータルコストが高くなる欠点がある。また、オンサイト炭酸ガス法ではキルン排ガスを利用すれば、安価に炭酸カルシウムを製造できるが、設備投資に巨額の費用がかかる問題がある。
【0010】
そこで考えられるのが、硫酸塩法又はソーダ法によるパルプ製造工程において、蒸解薬品を回収・再生する苛性化工程で白液を製造する際に副生する炭酸カルシウムを製紙用原料として使用する方法である。この方法であれば、既にある設備を利用でき、設備投資額が最小ですむ利点がある。
【0011】
硫酸塩法又はソーダ法によるパルプ製造工程では、木材から繊維素を単離するために水酸化ナトリウムや硫化ナトリウムを溶解した白液を用いて高温、高圧下で蒸解する。繊維素は固相として分離精製してパルプとし、蒸解廃液(黒液)は濃縮燃焼する。その際、木材からの溶出成分は熱源として回収し、薬液中の無機物は炭酸ナトリウム又は硫化ソーダとの混合物を主成分とするスメルトとして回収する。スメルトは、弱液と呼ぶ白液成分が一部溶解した炭酸カルシウム洗浄液に溶解して緑液とする。
【0012】
この緑液と生石灰を混合して、下記[1][2]式で示す消和と苛性化の二段反応により、炭酸ナトリウムを蒸解薬液に有用な水酸化ナトリウムに転換し、白液を得ると同時に炭酸カルシウムが副生する。従来、パルプ工場では緑液と生石灰をスレーカーと呼ばれる反応槽で混合する為、実際にはこの二段の反応はかなり重複して進行する。
【0013】
CaO+ HO → Ca(OH) [1]
Ca(OH)+ NaCO → CaCO + 2NaOH [2]
ここで生成する炭酸カルシウムは、主生産物である白液を製造する際の副産物であるため、製紙原料として使用した場合、非常に低コストに利用できるばかりでなく、従来閉鎖系にある苛性化工程のカルシウム(生石灰、消石灰、炭酸カルシウム)循環サイクルから炭酸カルシウムを系外に抜き取ることによって、系内の清浄化及び循環石灰の高純度化が達成され、上記[1][2]の反応性向上や白液の清澄性の向上、さらには廃棄物の低減が期待できる。
【0014】
しかし、この従来の方法では上記[1][2]の反応が殆ど同時に起こるため、得られる炭酸カルシウムの形状はサイコロ状や六角面体などの種々雑多な形状を有し、粒子径も大きくほとんどは塊状で、従来の重質炭酸カルシウムに近いものであった。従ってこれを粉砕し、填料として通常の上質紙、塗工紙を製造した場合の性能は、特に近年の大型で高速の抄紙機では、プラスチックワイヤーの摩耗性が大きく、又前記した重質炭酸カルシウムを微粉砕した時と同様の理由により、白色度、不透明度、平滑性、筆記性、手触り、印刷性等において不十分である、等の問題を抱えていた。
【0015】
このように、従来の方法では抄紙時にプラスチックワイヤー摩耗性が劣り、又これを用いた場合、印刷品質を維持しながら、不透明性の高い上質紙や塗工紙を得る為の填料、あるいは顔料となる炭酸カルシウムを効率良くしかも安価に製造することは困難であった。
これに対し最近、下記の特許文献1、2、3の公報では、生石灰の消化反応と苛性化反応の条件を特定することで上記問題を解決した、抄紙時のワイヤー歩留りやワイヤー摩耗性に優れ、不透明度が高い、苛性化工程を利用した、製紙用に有用な安価なアラゴナイト系イガグリ状炭酸カルシウムの製造方法が開示されている。しかし、これらの方法は、多くの工程を行わなければ、所定のアラゴナイト系イガグリ状炭酸カルシウムを得ることができず、また、最終段工程の緑液添加では添加速度をある限定された範囲で管理しなければならなかった。
【0016】
アラゴナイト系の針状炭酸カルシウムは、他のカルサイト系の米粒および紡錘状炭酸カルシウムに比べて屈折率が高く、シャープエッジがほとんどないため、製紙用填料として使用した場合には、プラスチックワイヤーの摩耗性や不透明度の向上において優れた特性を有する。
【0017】
また、アラゴナイト含有率が75%以上という高い針状苛性化軽質炭酸カルシウムの製造に適した、消石灰の品質、およびその消石灰を得るのに必要な生石灰の乾式消化条件ならびに生石灰の品質については、全く報告されていない状況であった。
【特許文献1】特開2000−264628
【特許文献2】特開2000−264629
【特許文献3】特開2000−264630
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
以上のような状況に鑑み、従来の硫酸塩法又はソーダ法によるパルプ製造方法において、蒸解薬品を回収・再生する苛性化工程で白液を製造する際に炭酸カルシウムを製造する方法に比べ、抄紙時のワイヤー摩耗性に優れ、また紙の製造に用いた場合には、カルサイト系の米粒状および紡錘状炭酸カルシウムよりも、屈折率が高く不透明度向上に有利であり、さらに工程がより少ない、従来の苛性化法と同様の白液が生産可能である、製紙用のアラゴナイト系針状炭酸カルシウムを製造する方法の提供を本発明の課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、硫酸塩法又はソーダ法によるパルプ製造工程の苛性化工程を利用して、硫酸塩法又はソーダ法によるパルプ製造工程の苛性化工程で発生し、従来の操業において白液を製造するのに必要とされると同量の緑液と生石灰を混合して苛性化反応を開始させるに当たり、生石灰の乾式消化で得られる消石灰のBET比表面積、結晶化度、粒度を規定することによって、従来の苛性化方法で得られる針状炭酸カルシウムと同等のアラゴナイト含有率を達成できる事を見出した。上記苛性化方法で得られる炭酸カルシウムは高白色・高不透明で、粉砕処理を施すことによって、優れた製紙原料が得られる。
【0020】
そこで、これらの課題に対して本発明者らは、原料となる生石灰の品質と苛性化で生成する苛性化軽質炭酸カルシウムの品質との関係を詳細に検討した結果、生石灰の乾式消化により得られた消石灰のBET比表面積、結晶化度、粒度と生成した針状苛性化軽質炭酸カルシウムのアラゴナイト含有率に相関関係を認めた。更に、残留CO2分の低い生石灰ほど高いアラゴナイト含有率を達成できる消石灰を製造できる事を明らかにし、苛性化工程における安価で高品質な針状炭酸カルシウム製造方法を完成した。
【0021】
即ち、本発明により、硫酸塩法またはソーダ法によるパルプ製造工程の苛性化工程に於いて、製紙用原料として有用な針状炭酸カルシウムを製造する方法であって、BET比表面積が20 m2/g以下、X線回折の2θ=18.0([001]結晶面)のピーク強度/2θ=34.1([101]結晶面)のピーク強度×100の値が60〜80、100 meshパス分が70%以上である消石灰と20〜100℃の水を混合して消石灰スラリーを生成させ、前記消石灰スラリーを緑液とを混合し、攪拌あるいは捏和しながら苛性化することにより炭酸カルシウムを生成させ、前記炭酸カルシウムを回収することからなる、製紙用原料として有用な針状炭酸カルシウムの製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0022】
本発明の完成によって、苛性化で生成する高品質針状苛性化軽質炭酸カルシウムの製造コストが大幅に低下するため、苛性化軽質炭酸カルシウムの抄紙原料としての利用範囲が大幅に広がり、付随効果として苛性化軽質炭酸カルシウムの白液製造工程からの抜き取り量が増大し、工程内を循環する石灰に蓄積し易い不純物が低減できると共に、焼成用キルンの負荷の低減が達成出来る。又、工程から炭酸カルシウムを抜き取る量によってはキルン停止も可能となり、苛性化工程での主生産物である白液の生産コストの大幅な削減を可能にする。
【0023】
以上のように本発明によれば、生石灰の乾式消化で得られる消石灰のBET比表面積が20 m2/g以下、X線回折の2θ=18.0([001]結晶面)のピーク強度/2θ=34.1([101]結晶面)のピーク強度×100の値が60〜80、100 meshパス分が70%以上であれば、その後の苛性化工程での緑液による炭酸化反応で生成する針状炭酸カルシウムのアラゴナイト含有率75%を達成できると同時に、その製造コストを大幅に削減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の苛性化工程において使用する乾式消化用の生石灰は、炭酸カルシウムを主成分とする天然石灰石、を焼成したものであればよい。なお、その際の焼成装置に関しては、ベッケンバッハ炉、メルツ炉、ロータリーキルン、国井式炉、KHD(カーハーディー)炉、コマ式炉、カルマチック炉、流動焼成炉、混合焼き立炉等の、炭酸カルシウムを生石灰(酸化カルシウム)に転化する装置であれば特に制限されることはない。
【0025】
生石灰中の残留CO2含量については、生石灰の重量を基準として1重量%以下のものを使用するのが好ましい。1重量%を超えると乾式消化時に添加する消化水を少なくしても請求項1記載の品質をもつ消石灰が得られず、生成する炭酸カルシウムのアラゴナイト含有率が低下し、製紙填料に使用した場合、紙の不透明度に悪影響を及ぼし目標とする紙質が得られない。
【0026】
以下、消石灰の製造方法について詳述する。消石灰を製造するための工業的な消化装置は、乾式消化装置であればバッチ方式、連続方式などの別を問わない。
原料として用いる生石灰は乾式粉砕されたものであれば特に限定されないが、好ましくは石灰石を焼成炉で焼成して得られる塊状の生石灰をケージミル、振動ミル、ボールミル、ディスクミル等の乾式粉砕機で適宜粉砕し、粉末状もしくは粒状としたものが用いられる。粉末の場合、その粒径は特に限定されないが、好ましくは100メッシュ以下の粉体が好ましい。
【0027】
生石灰と消化水の割合は、生石灰100重量部に対して消化水32〜48重量部、モル比に換算すると1:1.0〜1.5程度である。このような比率で消化することで、生石灰が残留することなく消化することができ、しかも余分な水分による消石灰の凝集を防止することができる。この消化水の許容範囲は生石灰中の残留CO2分に影響される。例えば、生石灰中の残留CO2分が低いほど消化水量の上限は高くなる傾向にあるため、その許容範囲は広くなる。消化水が32重量部より少ないと消化反応後の消石灰中に未消化の生石灰分が残留する。また、消化水が48重量部より多いとBET比表面積が20 m2/g以上かつ結晶性が高く、凝集粒子の多い消石灰となり、アラゴナイト含有率の著しい低下を招く。ただし、この生石灰と消化水の比率は生石灰の活性や消化装置のタイプ等の条件によりこの範囲を超えて変動しうる。
【0028】
消化反応は、通常は、混合機を用いて、撹拌下にて実施する。撹拌は比較的高速で実施するのが好ましい。消化水としては水道水または工業用水が用いられる。また、消化水の温度は特に限定されないが、20〜80℃が好ましい。
混合機としては、すき刃型ミキサー、単一パドルスクリューミキサー、二重パドルスクリューミキサー等の公知の混合機を用いることができる。
【0029】
消化反応後の生成物は、その後、必要に応じて所定の時間熟成機に滞留させることにより熟成する。熟成することによって未反応の生石灰をなくすことができる。熟成するための滞留時間は、通常10〜180分、好ましくは30〜60分とする。また熟成機の温度は70〜120℃、好ましくは80〜110℃とする。
【0030】
本発明において、消石灰と緑液を混合するに際して、BET比表面積が20 m2/g以下、X線回折の2θ=18.0([001]結晶面)のピーク強度/2θ=34.1([101]結晶面)のピーク強度×100の値が60〜80、100 meshパス分が70%以上である消石灰を、予め、20〜100℃の水を混合して消石灰スラリーを生成させておく必要がある。本発明のメカニズムについては十分に解明されていないが、一般に炭酸カルシウムの生成速度が大きくなるほど、アラゴナイト結晶が生成しやすい傾向があり、上記条件を満たす消石灰は水に対する溶解度が高く、炭酸化反応が促進されるため、アラゴナイト含有率が高くなるものと思われる。当該消石灰と混合する水の温度は、20〜100℃であり、好ましくは、50〜80℃である。20℃未満では生成する炭酸カルシウムの形状が不定形あるいは塊状となり、ワイヤー磨耗性に劣ると共に、目標とする紙質が得られないという欠点があり、100℃を超える温度では、大気圧下での沸点を超えるため、加圧型の苛性化装置を必要とし、不経済であるという欠点がある。
本発明で使用する緑液は、通常、苛性化工程で発生したものを使用するが、前記工程外から導入した緑液、即ち、他の苛性化工程で発生した緑液を使用することも可能である。
【0031】
苛性化反応方法としては従来の苛性化方法に加えて、製造する苛性化軽質炭酸カルシウムの形状を制御する方法も何ら変わる事無く使用可能である。
本発明によって得られる針状炭酸カルシウムは、従来の苛性化工程で得られた針状炭酸カルシウムより安価に製造でき、製紙用填料としての品質は同等である。これを製紙原料として紙の製造に使用することで白色度、不透明度、印刷適性等に優れた上質紙、塗工紙が従来よりもさらに低コストで製造できる。
【0032】
針状炭酸カルシウムは製紙原料としての性能は非常に優れているが、得られる炭酸カルシウムの価格が従来の自製炭酸カルシウムより高いため、製紙原料としての用途および使用量が限られていた。
【0033】
これら従来法に比べ、本発明の方法では苛性化原料を生石灰とし、その品質や乾式消化条件をうまく制御することで課題とした針状炭酸カルシウムの従来品質を維持したまま、製造コストの大幅な低減を実現した。
【作用】
【0034】
本発明のメカニズムについては充分に解明されてはいないが、生石灰中の高い残留CO2含量が針状苛性化軽質炭酸カルシウムのアラゴナイト含有率を低下させる原因として以下のことが考えられる。生石灰中の残留CO2分はカルサイト結晶の炭酸カルシウムとして存在していると考えられ、この残留CO2分を多く含有した生石灰由来の消石灰の炭酸化反応において、消石灰中のカルサイト系炭酸カルシウムが核となり、カルサイト系の炭酸カルシウムが生成しやすくなるものと推察される。また、BET比表面積が20 m2/g以下、X線回折による2θ=18.0([001]結晶面)のピーク強度/2θ=34.1([101]結晶面)のピーク強度×100の値が60〜80、100 meshパス分が70%以上である消石灰を炭酸化すると高アラゴナイト含有率(75%以上)を達成できる理由として以下のことが考えられる。一般に炭酸化反応時における炭酸カルシウムの生成速度がはやいほど、アラゴナイトが生成しやすいことが言われている。非晶質性が高く、凝集分が少ない上記条件を満たす消石灰は水に溶解しやすく、炭酸化反応が促進される結果、高アラゴナイト含有率を達成できたものと思われる。
【実施例】
【0035】
以下に本発明を実施例および比較例をあげてより詳細に説明するが、当然ながら本発明は実施例のみに限定されるものではない。
[試験法]
(1)残留CO分:金属中炭素分析装置(堀場製作所EMIA−110)で測定した。
(2)BET比表面積:消石灰を50℃、8時間減圧乾燥した後、島津社製マイクロメリティックス・ジェミニ2360で測定した。
(3)結晶化度:消石灰を50℃、8時間減圧乾燥した後、X線回折(島津社製XD-D1)測定で得られた2θ=18.0([001]結晶面)のピーク強度と2θ=34.1([101]結晶面)のピーク強度比を結晶化度の指標とした。
(4)アラゴナイト含有率:アラゴナイト含有率の異なる試料を100%アラゴナイト炭酸カルシウムと100%カルサイト炭酸カルシウムの混合により予め調製した後、X線回折装置(島津社製XD-D1)で測定した。各試料の2θ=26.2のアラゴナイトピーク強度と2θ=29.4のカルサイトピーク強度から得られた検量線を用いて針状苛性化軽質炭酸カルシウムのアラゴナイト含有率を算出した。
[実施例1]
【0036】
残留CO分0.6%である生石灰605 gを乾式消化装置(大平洋機工社製プローシェアーミキサーWB-5型)に投入した後、主軸羽根(周波数60/120 Hz)で強撹拌した。消化水(水道水)を66 mL/minの流量で5分間かけて高速回転(周波数60/120 Hz)しているチョッパーに滴下した。生石灰と消化水の割合は生石灰1モルに対して消化水1.7モルである。消化水添加終了後、チョッパーを停止し、さらに55分間主軸撹拌下で完全消化と熟成を行った。
【0037】
攪拌機(攪拌速度700 rpm、Kyoei Power Stairrer Type PS-2N)、及び加熱用のマントルヒーターを備えたセパラブルフラスコ(容積1 L)を苛性化反応装置とした。フラスコに50 ℃の温水を75 mL注入、次いで上記乾式消化で得られた消石灰50 gを加え、40%消石灰スラリーを得た。
【0038】
更に、50 ℃の緑液(組成:Na2CO3=95 g/L、Na2S=25 g/L、NaOH=12 g/LいずれもNa2O換算値)を540 mL、2時間で逐添して苛性化した。反応液から生成した炭酸カルシウムを吸引ろ過回収し、イオン交換水で充分洗浄後脱水し、105 ℃の送風乾燥機中で乾燥し、粉体状の炭酸カルシウムを得た。炭酸カルシウムのアラゴナイト含有率測定結果を表1に示す。
[比較例1]
【0039】
残留CO分1.0%である生石灰を使用し、乾式消化時における生石灰と消化水の割合が生石灰1モルに対して消化水1.2モルである以外は実施例1と同様の操作で乾式消化後、炭酸カルシウムを合成した。アラゴナイト含有率測定結果を表1に示す。
[比較例2]
【0040】
残留CO分1.0%である生石灰を使用し、乾式消化時における生石灰と消化水の割合が生石灰1モルに対して消化水1.5モルである以外は実施例1と同様の操作で乾式消化後、炭酸カルシウムを合成した。アラゴナイト含有率測定結果を表1に示す。
[比較例3]
【0041】
残留CO分1.6%である生石灰を使用した以外は実施例1と同様の操作で乾式消化後、炭酸カルシウムを合成した。アラゴナイト含有率測定結果を表1に示す。
[比較例4]
【0042】
残留CO分2.3%である生石灰を使用した以外は実施例1と同様の操作で乾式消化後、炭酸カルシウムを合成した。アラゴナイト含有率測定結果を表1に示す。
[実施例2]
【0043】
生石灰の残留CO分1.0%であり、乾式消化時における生石灰と消化水の割合が生石灰1モルに対して消化水1.0モルであること以外は実施例1と同様の操作で乾式消化後、炭酸カルシウムを合成した。アラゴナイト含有率測定結果を表1に示す。
[実施例3]
【0044】
生石灰の残留CO分1.0%であり、乾式消化時における生石灰と消化水の割合が生石灰1モルに対して消化水1.1モルであること以外は実施例1と同様の操作で乾式消化後、炭酸カルシウムを合成した。アラゴナイト含有率測定結果を表1に示す。
[比較例5]
【0045】
生石灰の残留CO分1.0%であり、乾式消化時における生石灰と消化水の割合が生石灰1モルに対して消化水2.0モルであること以外は実施例1と同様の操作で乾式消化後、炭酸カルシウムを合成した。アラゴナイト含有率測定結果を表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
表1から、生石灰中の残留CO2分が低いほどアラゴナイト含有率が高いことが分かった(実施例1および比較例3、4)。また、残留CO2分1.0%である生石灰を用いた場合、BET比表面積が20 m2/g以下、X線回折の2θ=18.0([001]結晶面)のピーク強度/2θ=34.1([101]結晶面)のピーク強度×100の値が60〜80、100 meshパス分が70%以上である消石灰であればアラゴナイト含有率が75%以上となった(実施例2、3および比較例1、2、5)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫酸塩法またはソーダ法によるパルプ製造工程の苛性化工程に於いて、製紙用原料として有用な針状炭酸カルシウムを製造する方法であって、BET比表面積が20 m2/g以下、X線回折の2θ=18.0([001]結晶面)のピーク強度/2θ=34.1([101]結晶面)のピーク強度×100の値が60〜80、100 meshパス分が70%以上である消石灰と20〜100℃の水を混合して消石灰スラリーを生成させ、前記消石灰スラリーと緑液とを混合し、攪拌あるいは捏和しながら苛性化することにより炭酸カルシウムを生成させることからなる、製紙用原料として有用な針状炭酸カルシウムの製造方法。
【請求項2】
前記消石灰が生石灰の乾式消化で得られることを特徴とする請求項1記載の針状炭酸カルシウムの製造方法。

【公開番号】特開2006−273681(P2006−273681A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−97673(P2005−97673)
【出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(000183484)日本製紙株式会社 (981)
【Fターム(参考)】