説明

アルコール飲料の選別基準の決定方法

【課題】 テイストの優れたアルコール飲料を選別する基準の決定方法を提供する。
【解決手段】アルコール飲料の発酵液の官能評価を行い、所定%信頼区間を求め、下側信頼限界値XLと上側信頼限界値XHとを算出して、XHより大きい評価値を示す第1のサンプル群と、XLより小さい評価値を示す第2のサンプル群と、を選別する。次に、揮発性エステル成分、アルコール成分及び脂肪酸成分の含有濃度を測定して、これらの中で第1のサンプル群と第2のサンプル群との間で有意に含有濃度の異なる成分を選定する。次いで、この中から、含有濃度が最大の成分a1及び2番目に大きい成分a2を選び、a2の含有濃度の最低値(A)、最低値(AL0)を算出する。続いて、AL0以上AH0未満の値(AL1)とAL1を超えAH0以下の値(AH1)を決定してをアルコール飲料の選別基準とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコール飲料の選別基準の決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビールなどの酒類は、すでに紀元前の昔より多種多様なものが製造されていたことが広く知られている。長い年月を経て、ビールは人々の生活に潤いをもたらす必要不可欠な飲料として大きな市場を築くに至っており、近年では更なるバリエーション化が展開され、発泡酒などのビールテイスト飲料類も登場している(非特許文献1及び2)。
【非特許文献1】酒のしおり 国税庁課税部酒税課(2004)
【非特許文献2】ビール大百科 フレッド・エクハード/クリスティン.P.ローズ他 田辺功 訳 大修館(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
こうした背景において、ビールの商品開発では、消費者の求めるテイストの優れた商品を妥当な価格で効率的に開発し、市場に提供することが必要である。さらに、ビールの商品開発では、試作品や市販のビールのテイストを客観的に評価できる方法が求められているが、ビールのテイストは、それが含有する種々の呈味成分、香気成分が複雑に関与しあって決定されるきわめて複雑な現象であり、その評価方法の開発は困難を極めていた。
【0004】
ビールのテイストの客観的な評価は、従来、官能検査法によって行なわれているが、官能検査法によって統計学的に客観性のある精密なデータを得るためには、多数の訓練されたパネリストを動員する必要があり、また、照度、温度、湿度などの諸条件をコントロールした特別な部屋が必要となるなど、多くの時間と経費が必要となり、これらが制約条件となっていた。
【0005】
そこで、本発明の目的は、生産の度に訓練されたパネリストに官能検査を実施させなくても、テイストの優れたアルコール飲料を選別できる、テイストに基づいたアルコール飲料の選別基準の決定方法を提供することにある。本発明の目的はまた、当該決定方法で決定された選別基準によるアルコール飲料の選別方法、並びに、当該選別方法で選ばれたアルコール飲料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意検討を行ったところ、発酵工程中に生成される香気成分が400以上報告されているなかで、意外なことに、有意に含有濃度が多い成分(或いは少ない成分)を2種同定し、含有濃度が2番目に大きい成分の含有濃度を含有濃度が最大の成分の含有濃度で除した値を基準にすれば、生産の度に訓練されたパネリストに官能検査を実施させなくても、テイストの優れたアルコール飲料を簡単且つ確実に選別できることを見出し本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、テイストに基づいたアルコール飲料の選別基準の決定方法であって、
アルコール飲料又はその製造途中の発酵液から複数のサンプルを採取するサンプル採取ステップと、
目標とするテイスト順にランキング値を与える官能評価を、各々のサンプルについて複数回行って、母平均の所定%信頼区間を求め、下側信頼限界値XLと上側信頼限界値XHとを算出して、XHより大きい評価値を示す第1のサンプル群と、XLより小さい評価値を示す第2のサンプル群と、を選別するサンプル選別ステップと、
第1のサンプル群と第2のサンプル群に含まれるサンプルについて、それぞれ、揮発性エステル成分、アルコール成分(エタノールを除く)及び脂肪酸成分の含有濃度を測定して、これらの中で第1のサンプル群と第2のサンプル群との間で有意に含有濃度の異なる成分を選定する成分選定ステップと、
第1のサンプル群と第2のサンプル群の内、目的とするテイストにより近い群において、有意に含有濃度の多い成分を選び出し、この中から、含有濃度が最大の成分a1及び含有濃度が2番目に大きい成分a2を特定する成分特定ステップと、
目的とするテイストにより近い群に属するサンプルの、a1及びa2の含有濃度から、以下のA、AH0及びAL0を算出する算出ステップと、
:a2の含有濃度の最低値
L0:{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最低値
H0:{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最高値
以下のAL1、AH1及び基準1を、テイストに基づいた選別基準とする基準決定ステップと、
L1:AL0以上AH0未満の値
H1:AL1を超えAH0以下の値
基準1:a2の含有濃度≧A、且つ、AH1≧{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}≧AL1
を含む、アルコール飲料の選別基準の決定方法を提供するものである。
【0008】
本発明の決定方法の変形態様として、有意に含有濃度の多い成分と、有意に含有濃度の少ない成分とを考慮する方法が挙げられる。すなわち、
テイストに基づいたアルコール飲料の選別基準の決定方法であって、
アルコール飲料又はその製造途中の発酵液から複数のサンプルを採取するサンプル採取ステップと、
目標とするテイスト順にランキング値を与える官能評価を、各々のサンプルについて複数回行ってサンプル毎の平均を個々の評価値とし、当該評価値の全サンプル平均(X)から所定値(A)以上大きい評価値を示す第1のサンプル群と、所定値(A)以上小さい評価値を示す第2のサンプル群と、を選別するサンプル選別ステップと、
第1のサンプル群と第2のサンプル群に含まれるサンプルについて、それぞれ、揮発性エステル成分、アルコール成分(エタノールを除く)及び脂肪酸成分の含有濃度を測定して、これらの中で第1のサンプル群と第2のサンプル群との間で有意に含有濃度の異なる成分を選定する成分選定ステップと、
第1のサンプル群と第2のサンプル群の内、目的とするテイストにより近い群において、有意に含有濃度の多い成分、及び/又は、有意に含有濃度の少ない成分を選び出し、この中から以下のa1及びa2、及び/又は、b1及びb2を特定する成分特定ステップと、
a1:有意に含有濃度が多く且つ有意差が最大の成分
a2:有意に含有濃度が多く且つ有意差が2番目に大きい成分
b1:有意に含有濃度が少なく且つ有意差が最大の成分
b2:有意に含有濃度が少なく且つ有意差が2番目に大きい成分
目的とするテイストにより近い群に属する各サンプルにおける、a1及びa2、及び/又は、b1及びb2の含有濃度から、以下のA、AH0及びAL0、及び/又は、B、BH0及びBL0を算出する算出ステップと、
:a2の含有濃度の最低値
L0:{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最低値
H0:{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最高値
:b2の含有濃度の最高値
L0:{(b2の含有濃度)/(b1の含有濃度)}の最低値
H0:{(b2の含有濃度)/(b1の含有濃度)}の最高値
以下のAL1及びAH1、及び/又は、BL1及びBH1を決定し、以下の基準1及び/又は基準2を、テイストに基づいた選別基準とする基準決定ステップと、
L1:AL0以上AH0未満の値
H1:AL1を超えAH0以下の値
L1:BL0以上BH0未満の値
H1:BL1を超えBH0以下の値
基準1:a2の含有濃度≧A、且つ、AH1≧{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}≧AL1
基準2:b2の含有濃度≦B、且つ、BH1≧{(b2の含有濃度)/(b1の含有濃度)}≧BL1
を含む、アルコール飲料の選別基準の決定方法を提供する。
【0009】
本発明はまた、上記方法に基づいて決定された基準により選別を行う、アルコール飲料の選別方法、当該選別方法で選ばれたアルコール飲料を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、生産の度に訓練されたパネリストに官能検査を実施させなくても、テイストの優れたアルコール飲料を選別できる、テイストに基づいたアルコール飲料の選別基準の決定方法が提供される。また、当該決定方法で決定された選別基準によるアルコール飲料の選別方法、並びに、当該選別方法で選ばれたアルコール飲料が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(テイストに基づいたアルコール飲料の選別基準の決定方法)
当該方法は、サンプル採取ステップ、サンプル選別ステップ、成分選定ステップ、成分特定ステップ、算出ステップ及び基準決定ステップを少なくとも含む。以下、ステップ毎に好適な実施形態を説明する。
【0012】
サンプル採取ステップでは、アルコール飲料又はその製造途中の発酵液から複数のサンプルを採取する。アルコール飲料としては酵母を原料として使用する発泡アルコール飲料、例えば、ビール、発泡酒、雑酒(発泡性のもの)が適している。この場合において、発酵性糖溶液(麦汁、もろみ等)に酵母を添加した後の発酵途中の液が、発酵液に相当する。
【0013】
アルコール飲料又はその製造途中の発酵液から得たサンプルは、揮発成分の拡散を防ぐ目的でバイアル中に保存しておくのがよく、全てのサンプルを同一の温度(好ましくは2〜5℃)で保管することが好ましい。
【0014】
サンプル選別ステップでは、目標とするテイスト順にランキング値を与える官能評価を、各々のサンプルについて複数回行ってサンプル毎の平均を個々の評価値とし、当該評価値の全サンプル平均(X)、すなわち標本平均を用いて、以下に述べるような統計学的処理を行って、第1のサンプル群と第2のサンプル群とを選別する。
【0015】
ここで、アルコール飲料のテイストは、香りの好ましさ、後味の好ましさ、濃醇さ及びすっきり感の総合テイストであり、目標とするテイスト順のランキング値は、当該総合テイストが優れる方が大きな値となるように決定されたものであることが好ましい。
【0016】
特に、香りの好ましさ、後味の好ましさ、濃醇さ及びすっきり感の総合テイストについて、(+5:極めて良い、+4:非常に良い、+3:良い、+2:普通、+1:良くない)の5つのランキングで官能評価を行うのがよい。官能評価はアルコール飲料の官能評価の訓練を受けたパネリストにより行われるべきであり、高い信頼性の結果を得るためにはパネリストの人数を少なくとも30名とする。
【0017】
サンプル選別ステップを具体例で示すと以下の通りである。例えば、サンプル採取ステップで採取したサンプルとして、S1、S2、・・・S100の100種類があるとすると、S1、S2、・・・S100のそれぞれについて、個々のパネリストが官能検査を行い、上述したようなランキング値を与える。S1、S2、・・・S100のそれぞれについて、各パネリストが与えたランキング値を合計してその値をパネリスト数で除すことで各サンプルの平均値が得られるので、その平均値の平均値が標本平均となる。また、各サンプルの平均値のデータから標本標準偏差が求められる。
【0018】
次に以上のデータを用いて信頼区間の計算を行う。この場合において、信頼区間=標本平均±t×標本標準偏差、とする。ここでtの値は、統計学におけるt分布表において、自由度と、信頼区間として何%信頼区間を採用するかに基づいて選択する。例えば、サンプル数がnである場合、自由度はn−1で求められるため、例えば、95%信頼区間を採用した場合、95%信頼区間を記載した分布表の自由度n−1のデータを採用し、それをtの値とする。同様に、99%信頼区間を採用した場合、99%信頼区間を記載した分布表の自由度n−1のデータを採用し、それをtの値とする。これにより、95%信頼区間(95%の確率で母平均が含まれる範囲)や、99%信頼区間(99%の確率で母平均が含まれる範囲)を求めることができる。そして、「標本平均+t×標本標準偏差」が上側信頼限界値XH、「標本平均−t×標本標準偏差」が下側信頼限界値XLとなる。なお、より厳しい判定を行うには、99.99%信頼区間を用いることができる。
【0019】
得られた評価値は規格化することが望ましい。例えば、テイストの評価値は、Log2変換した後に、平均=0、標準偏差=1となるように規格化し、これをもって相互に比較可能な官能評価データとできる。
【0020】
成分選定ステップでは、第1のサンプル群と第2のサンプル群に含まれるサンプルについて、それぞれ、揮発性エステル成分、アルコール成分(エタノールを除く)及び脂肪酸成分の含有濃度を測定して、これらの中で第1のサンプル群と第2のサンプル群との間で有意に含有濃度の異なる成分を選定する。
【0021】
揮発性エステル成分、アルコール成分(エタノールを除く)及び脂肪酸成分の含有濃度の測定は、例えば、バイアルに保管したサンプルから得たガスクロマトグラフィー(GC)用試料を、GC分析にかけることによって得ることができる。揮発性エステル成分、アルコール成分(エタノールを除く)及び脂肪酸成分は少なくとも合計55種類を評価の対象とすることが好ましい。
【0022】
第1のサンプル群と第2のサンプル群との間で有意に含有濃度の異なる成分を選定するにあたり、統計的手法(例えば、t検定)を用いるとよい。また、成分分析データは規格化することが望ましい。例えば、成分分析データはLog2変換した後に、平均=0、標準偏差=1となるように規格化できる。
【0023】
成分特定ステップでは、第1のサンプル群と第2のサンプル群の内、目的とするテイストにより近い群において、以下の(1)及び/又は(2)を選び出し、
(1):有意に含有濃度の多い成分
(2):有意に含有濃度の少ない成分、
これに基づいて、この中から以下のa1及びa2、及び/又は、b1及びb2を特定する。
(a1):有意に含有濃度が多く且つ有意差が最大の成分
(a2):有意に含有濃度が多く且つ有意差が2番目に大きい成分
(b1):有意に含有濃度が少なく且つ有意差が最大の成分
(b2):有意に含有濃度が少なく且つ有意差が2番目に大きい成分
【0024】
目的とするテイストに近い方が大きなランキング値を与えるように官能評価を設定した場合、「目的とするテイストにより近い群」は第1のサンプル群となり、目的とするテイストに近い方が小さなランキング値を与えるように官能評価を設定した場合、「目的とするテイストにより近い群」は第2のサンプル群となる。
【0025】
この工程では、a1及びa2、b1及びb2の双方を求めなくてもよく、その場合は、a1及びa2のみ求める。
【0026】
算出ステップでは、目的とするテイストにより近い群に属する各サンプルにおける、a1及びa2、及び/又は、b1及びb2の含有濃度から、以下のA、AH0及びAL0、及び/又は、B、BH0及びBL0を算出する。
(A):a2の含有濃度の最低値
(AL0):{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最低値
(AH0):{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最高値
(B):b2の含有濃度の最高値
(BL0):{(b2の含有濃度)/(b1の含有濃度)}の最低値
(BH0):{(b2の含有濃度)/(b1の含有濃度)}の最高値
【0027】
この工程においても、A、AL0、AH0、B、BL0、BH0の全ての値を求めなくてもよく、その場合は、A、AL0及びAH0のみ求める。
【0028】
基準決定ステップでは、上記で求めた値を利用して、以下のAL1及びAH1、及び/又は、BL1及びBH1を決定し、以下の基準1及び/又は基準2を、テイストに基づいた選別基準とする。
(AL1):AL0以上AH0未満の値
(AH1):AL1を超えAH0以下の値
(BL1):BL0以上BH0未満の値
(BH1):BL1を超えBH0以下の値
基準1:a2の含有濃度≧A、且つ、AH1≧{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}≧AL1
基準2:b2の含有濃度≦B、且つ、BH1≧{(b2の含有濃度)/(b1の含有濃度)}≧BL1
【0029】
L1、AH1、BL1、BH1は任意であるが、AH1がAL1より少なくとも3割(更には5割)大きい値であることが好ましく、BH1がBL1より少なくとも3割(更には5割)大きい値であることが好ましい。
【0030】
本発明において特に好ましい態様は、成分特定ステップにおいてa1及びa2のみ特定し、算出ステップにおいてA、AH0及びAL0のみ算出し、基準決定ステップにおいて、AL1及びAH1のみ決定し、基準1をテイストに基づいた選別基準とする方法であり、この方法は、a1が酢酸エチルa2が酢酸イソアミルとなるアルコール飲料を対象としたときに最も有効に機能する。この場合において、Aが3.5mg/L、AL1が1/10、AH1が1/6とすることが好ましい。
【0031】
特に好ましい態様により本発明を実施すると以下の通りとなる。
(1)アルコール飲料又はその製造途中の発酵液から複数のサンプルを採取する。
(2)香りの好ましさ、後味の好ましさ、濃醇さ及びすっきり感の総合テイストについて、総合テイストが優れる方が大きな値となるようにランキング値を設定した官能評価を、各々のサンプルについて複数回行ってサンプル毎の平均値を求め、これらのデータから標本平均及び標本標準偏差を得、上述した、信頼区間=標本平均±t×標本標準偏差、の式にしたがって、第1のサンプル群と第2のサンプル群とを選別する。
(3)第1のサンプル群と第2のサンプル群に含まれるサンプルについて、それぞれ、揮発性エステル成分、アルコール成分(エタノールを除く)及び脂肪酸成分の含有濃度を測定して、これらの中で第1のサンプル群と第2のサンプル群との間で有意に含有濃度の異なる成分を選定する。
(4)第1のサンプル群において、含有濃度が最大の成分a1(典型的には酢酸エチル)及び含有濃度が2番目に大きい成分a2(典型的には酢酸イソアミル)を特定する。
(5)第1のサンプル群における、a1及びa2の含有濃度から、以下のA、AH0及びAL0を算出する。
a2の含有濃度の最低値(A)(典型的には3.5mg/L)
{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最低値(AL0
{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最高値(AH0
(6)以下のAL1及びAH1を決定し、以下の基準1をテイストに基づいた選別基準とする。
L0以上AH0未満の値(AL1)(典型的には1/10に設定可能)
L1を超えAH0以下の値(AH1)(典型的には1/6に設定可能)
基準1:a2の含有濃度≧A、且つ、AH1≧{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}≧AL1
【0032】
(DNAアレイの製造方法及びDNAアレイ)
上記の選別基準の決定方法を利用することで、DNAアレイが製造可能となる。すなわち、
(a)上記方法に基づいて決定された基準を満たすアルコール飲料を与える発酵条件で発酵中の酵母(目標酵母)と、当該基準を満たさないアルコール飲料を与えるn種類の発酵条件で発酵中の酵母(評価酵母)とを得るステップと(但し、nは1以上の整数である。)、
(b)n種類の評価酵母のうちの1つと、目標酵母とから、それぞれトータルRNAを抽出するステップと、
(c)前記トータルRNAをcDNA化し、目標酵母由来のcDNAを第1の蛍光色素で、評価酵母由来のcDNAを第2の蛍光色素で標識して2種の標識cDNAを得るステップと、
(d)前記アルコール飲料に用いられる酵母のうち基準として選抜された酵母のゲノムDNA断片を含むプラスミドが、基板上の複数のスポットに結合したDNAアレイ上で、前記2種の標識cDNAを競合ハイブリダイズさせるステップと、
(e)前記スポットのそれぞれにおいて、前記第1及び第2の蛍光色素が発する蛍光を測定するステップと、
(f)前記第1の蛍光色素が発する蛍光の強度が、前記第2の蛍光色素が発する蛍光の強度よりも大きいスポットに結合しているプラスミド中のDNA断片の配列を解析するステップと、
(g)(a)〜(f)工程を更にn−1回繰り返して(但し、(a)工程で用いる評価酵母は毎回異なるものとする)、前記第1の蛍光色素が発する蛍光の強度が、前記第2の蛍光色素が発する蛍光の強度よりも大きいスポットに結合しているプラスミド中のDNA断片の配列のデータを蓄積するステップと、
(h)(g)で蓄積された配列を有する複数のDNAを、基板上の複数のスポットに結合させるステップと、を含むDNAアレイの製造方法、が提供される。
【0033】
以下、このDNAアレイの製造方法及びDNAアレイについて好適な実施形態を説明する。なお、DNAアレイの製造方法は以下のステップ(a)〜(h)を備えるものである。
【0034】
ステップ(a):上記方法に基づいて決定された基準を満たすアルコール飲料を与える発酵条件で発酵中の酵母(目標酵母)と、当該基準を満たさないアルコール飲料を与えるn種類の発酵条件で発酵中の酵母(評価酵母)とを得る(但し、nは1以上の整数である。)。ここで、nは2以上が好ましく、5以上がより好ましい。
【0035】
ステップ(b):n種類の評価酵母のうちの1つと、目標酵母とから、それぞれトータルRNAを抽出する。トータルRNAの抽出は、公知の方法(ホットフェノール法等)に従って行うことができるが、分解度の低い高純度RNAを得るために、酵母を液体窒素で凍結した後、磨砕機で磨砕し、RNA抽出試薬でRNAを抽出する方法で行うのが好ましい。ここで、磨砕機としてはクライオプレス(マイクロテック・ニチオン社製)が、RNA抽出試薬としてはIsogenTM(ニッポンジーン社製)が挙げられる。
【0036】
ステップ(c):上記トータルRNAをcDNA化し、目標酵母由来のcDNAを第1の蛍光色素で、評価酵母由来のcDNAを第2の蛍光色素で標識して2種の標識cDNAを得る。ステップ(c)におけるcDNAの調製は、例えば、トータルRNAから、ポリAが付加されたmRNAを調製した後、逆転写酵素を用いてcDNAを調製しても、また、mRNAを調製せず、トータルRNAにオリゴdTプライマーをアニールさせた後、逆転写酵素を用いてcDNAを調製してもよい。cDNAの標識に用いられる蛍光色素は、酵母株の種類又は発酵条件ごとに蛍光波長が区別し得るものであればよいが、Cyanine色素が好ましく、例えばCy3及びCy5を用いて2種類の標識cDNAを得ることが好ましい。標識は公知の方法に従えばよい。
【0037】
ステップ(d):当該ステップでは、アルコール飲料に用いられる酵母のうち基準として選抜された酵母のゲノムDNA断片を含むプラスミドが、基板上の複数のスポットに結合したDNAアレイ上で、上記2種の標識cDNAを競合ハイブリダイズさせる。
【0038】
ここで用いるDNAアレイにおいて、基板表面に固着させるゲノムDNA断片は、ビール醸造において最も広く用いられているサッカロマイセス・パストリアヌス・ヴァイヘンステファン(Saccharomycespastorianus Weihenstephan)34/70に由来するものであることが好ましい。
【0039】
また、ゲノムDNA断片としては、醸造用酵母のランダムゲノムライブラリーから無作為に選んだものを用いることができる。ランダムゲノムライブラリーの作製は下記の方法で行うことができる。下記の1)〜6)の各操作は、特に断らない限り、公知の方法に従って行えばよい。
1)醸造用酵母からトータルDNAを抽出、精製する。
2)抽出、精製したトータルDNAを断片化する。全DNAの断片化は、ランダムなDNA断片を得るために、DNA断片化装置を用いて行うのが好ましい。
3)得られたDNA断片から、電気泳動により一定のサイズのDNA断片を回収する。DNA断片のサイズは、好ましくは1.5〜3.0kbpである。1.5kbpより短いと、醸造用酵母の全ゲノムを網羅するのに必要なDNA断片数が多くなる。他方、3.0kbpより長いと、一個のDNA断片に含まれる遺伝子又はエキソンの数が多くなる傾向がある。
4)得られたDNA断片を末端化し、適当なベクターに連結する。
5)得られた組換えベクターを適当な宿主細胞に導入する。
6)得られた形質転換細胞を適当な培地上で培養し、ゲノムDNAクローンを抽出する。
【0040】
基板の材料は、DNA断片を安定して固着させることができるものであればよく、例えば、ガラス及び合成樹脂(ポリカーボネート、プラスチック等)が挙げられる。また、基板は、板状又はフィルム状のものが好ましい。
【0041】
ゲノムDNA断片の基板表面への固着も、公知の方法に従って行うことができる。例えば、ゲノムDNA断片を溶解した固定液を、表面処理を施した基板上にスポッターでスポッティングする方法を用いることができる。
【0042】
なお、ステップ(d)における競合ハイブリダイゼーションは、ハイブリダイゼーションは公知の方法(例えば、「DNAアレイと最新PCR法」(秀潤社)に記載の方法)に従って行えばよい。
【0043】
ステップ(e):当該ステップでは、スポットのそれぞれにおいて、第1及び第2の蛍光色素が発する蛍光を測定する。この蛍光強度の測定及び比較は、CCDカメラやスキャナで画像データを取得し、これを専用のソフトで数値化することにより行うことができる。
【0044】
ステップ(g):当該ステップでは、第1の蛍光色素が発する蛍光の強度が、第2の蛍光色素が発する蛍光の強度よりも大きいスポットに結合しているプラスミド中のDNA断片の配列を解析する。DNA断片の配列解析では、DNA断片の塩基配列を同定し、そのDNA断片に含まれる遺伝子の機能を予測することが好ましい。
【0045】
ステップ(h):当該ステップでは、(g)で蓄積された配列を有する複数のDNAを、基板上の複数のスポットに結合させてDNAアレイを得る。
【0046】
基板の材料は、DNA断片を安定して固着させることができるものであればよく、例えば、ガラス及び合成樹脂(ポリカーボネート、プラスチック等)が挙げられる。また、基板は、板状又はフィルム状のものが好ましい。
【0047】
ゲノムDNA断片の基板表面への固着は、公知の方法に従って行うことができる。例えば、ゲノムDNA断片を溶解した固定液を、表面処理を施した基板上にスポッターでスポッティングする方法を用いることができる。
【0048】
ゲノムDNA断片は、異なる種類のDNA断片どうしを区別することができるような位置に固着されていればよい。同一種類のDNA断片であれば、複数のDNA断片をまとめて一定の領域内に固着させることができる(その一定の領域を「スポット」という)。ゲノムDNA断片は、遺伝子発現解析の効率を高めるために、高密度に固着されていることが好ましい。
【0049】
上記のような製造方法によりDNAアレイが得られるが、このDNAアレイは、以下のステップ(a)〜(e)を含む、酵母を原料として使用する発泡アルコール飲料の選別方法に適用できる。
ステップ(a):選別の対象であるアルコール飲料の発酵途中の酵母から、トータルRNAを抽出するステップ
ステップ(b):上記トータルRNAをcDNA化し、蛍光色素で標識して標識cDNAを得るステップ
ステップ(c):上記のDNAアレイ上で、上記標識cDNAをハイブリダイズさせるステップ
ステップ(d):上記DNAアレイのスポットのそれぞれにおいて、蛍光色素が発する蛍光を測定するステップ
ステップ(e):より多くのスポットで蛍光が観察されるアルコール飲料をテイストの優れたアルコール飲料であると判定するステップ
【0050】
ここで、ステップ(a)〜(e)は、上述したDNAアレイの製造方法におけるステップ(a)〜(e)と同様に実施することができる。この方法により、生産の度に訓練されたパネリストに官能検査を実施させなくても、テイストの優れたアルコール飲料を選別することが可能になる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例及び比較例に基づき本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0052】
(実施例1)
麦芽、水、酵母を用い、常法に従って5種類のビールを製造した。70〜90名の嗜好型パネリストにより、これらのビールのテイストの一つである「華やかな香りの好ましさ」を、5段階の採点法により評価した。評価は毎月行ない、12ヶ月分のデータを収集した。得られた「華やかな香りの好ましさ」の評点は、Log2変換した後に、平均=0、標準偏差=1となるように規格化し、これをもって相互に比較可能なビールの「華やかな香りの好ましさ」の官能評価結果とした。
【0053】
呈味成分および香気成分として、揮発性エステル33成分、高級アルコール12成分、脂肪酸10成分、をGCに用いて分析し、分析値を得、得られた55成分の成分データはLog2変換した後に、平均=0、標準偏差=1となるように規格化した。
【0054】
官能評価結果を用いて母平均の99.99%信頼区間を求め、下側信頼区間X=2.735、上側信頼区間X=3.005、を得た。この結果、官能評価評点の高い群(官能評価値>3.005)に8サンプル、官能評価評点の低い群(官能評価値<2.735)に9サンプルが選別された。
【0055】
この2群間で差のある成分を、t検定を用いて抽出した。2群間で有意に含有濃度の異なる成分の内、官能評価評点の高い群において含有濃度の多い成分として、a1:酢酸エチル(含有濃度最大)、a2:酢酸イソアミル(含有濃度が2番目に大きい)が選定された。
【0056】
官能評価評点の高い群における、酢酸エチル及び酢酸イソアミルの含有濃度から、
酢酸イソアミルの含有濃度の最低値(A):3.5 mg/L
{(酢酸イソアミルの含有濃度)/(酢酸エチルの含有濃度)}の最低値:9/91
{(酢酸イソアミルの含有濃度)/(酢酸エチルの含有濃度)}の最低値:13/70
が算出された。
【0057】
上記で求めた値を利用して、以下のAL1、AH1を決定し,以下の基準1を「華やかな香りの好ましい」ビールの選別基準とした。
L1:1/10、
H1:1/6
基準1:酢酸イソアミルの含有濃度 3.5 mg/L、且つ
1/6≧{(酢酸イソアミルの含有濃度)/(酢酸エチルの含有濃度)}≧1/10
【0058】
麦芽、水、酵母を用い、常法に従って所定のビールを製造し、これに酢酸エチルと酢酸イソアミルを添加することによって、表1に示す含有濃度を有したビールを調製した。パネリストによって、「華やかな香りの好ましさ」を評価した結果、基準1で選別されたビール(A、B、C)とそれ以外のビール(X)との間に明確な評価の違いが認められた。すなわち、基準1を満たすビール(酢酸イソアミルの含有濃度が3.5mg/L以上で、かつ酢酸イソアミル/酢酸エチルの含有濃度比率が1/6〜1/10)は、確かに「華やかな香りの好ましい」ビールに選別できることが確認された。
【表1】






【特許請求の範囲】
【請求項1】
テイストに基づいたアルコール飲料の選別基準の決定方法であって、
アルコール飲料又はその製造途中の発酵液から複数のサンプルを採取するサンプル採取ステップと、
目標とするテイスト順にランキング値を与える官能評価を、各々のサンプルについて複数回行って、母平均の所定%信頼区間を求め、下側信頼限界値XLと上側信頼限界値XHとを算出して、XHより大きい評価値を示す第1のサンプル群と、XLより小さい評価値を示す第2のサンプル群と、を選別するサンプル選別ステップと、
第1のサンプル群と第2のサンプル群に含まれるサンプルについて、それぞれ、揮発性エステル成分、アルコール成分(エタノールを除く)及び脂肪酸成分の含有濃度を測定して、これらの中で第1のサンプル群と第2のサンプル群との間で有意に含有濃度の異なる成分を選定する成分選定ステップと、
第1のサンプル群と第2のサンプル群の内、目的とするテイストにより近い群において、有意に含有濃度の多い成分を選び出し、この中から、含有濃度が最大の成分a1及び含有濃度が2番目に大きい成分a2を特定する成分特定ステップと、
目的とするテイストにより近い群に属するサンプルの、a1及びa2の含有濃度から、以下のA、AH0及びAL0を算出する算出ステップと、
:a2の含有濃度の最低値
L0:{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最低値
H0:{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}の最高値
以下のAL1、AH1及び基準1を、テイストに基づいた選別基準とする基準決定ステップと、
L1:AL0以上AH0未満の値
H1:AL1を超えAH0以下の値
基準1:a2の含有濃度≧A、且つ、AH1≧{(a2の含有濃度)/(a1の含有濃度)}≧AL1
を含む、アルコール飲料の選別基準の決定方法。
【請求項2】
アルコール飲料は、酵母を原料として使用する発泡アルコール飲料である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
所定%信頼区間が95%信頼区間又は99%信頼区間である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
所定%信頼区間が99.99%信頼区間である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
アルコール飲料のテイストは、香りの好ましさ、後味の好ましさ、濃醇さ及びすっきり感の総合テイストであり、目標とするテイスト順のランキング値は、当該総合テイストが優れる方が大きな値となるように決定されたものである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
アルコール飲料は、a1が酢酸エチルa2が酢酸イソアミルとなるアルコール飲料であり、
が3.5mg/L、AL1が1/10、AH1が1/6である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法に基づいて決定された基準により選別を行う、アルコール飲料の選別方法。
【請求項8】
請求項7記載の選別方法で選ばれたアルコール飲料。

【公開番号】特開2006−267061(P2006−267061A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−89621(P2005−89621)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)