説明

アルミニウム合金用表面処理剤およびアルミニウム合金の表面処理方法

【課題】経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させることができ、更に、この回復後に塗油をしなくても、また、温度および湿度制御された特定環境下で保管しなくても、アルミニウム合金表面の特性を経時劣化し難くすることができるアルミニウム合金用表面処理剤およびアルミニウム合金の表面処理方法を提供する。
【解決手段】(1) 経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させるためのアルミニウム合金用表面処理剤であって、リン酸水素塩を含有する水溶液からなることを特徴とするアルミニウム合金用表面処理剤、(2) 前記表面処理剤において水溶液中でのリン酸水素塩の濃度が0.01〜20g/リットルであるもの、(3) 経時劣化したアルミニウム合金表面に前記表面処理剤を接触させることを特徴とするアルミニウム合金の表面処理方法等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金用表面処理剤およびアルミニウム合金の表面処理方法に関する技術分野に属するものであり、特には、経時劣化したアルミニウム合金表面の脱脂性を回復させるためのアルミニウム合金用表面処理剤およびアルミニウム合金の表面処理方法に関する技術分野に属し、中でも、自動車用、特に自動車パネル用のアルミニウム合金材の化成処理前の脱脂処理の際の脱脂性の向上をはかるために用いるアルミニウム合金用表面処理剤およびアルミニウム合金の表面処理方法に属するものである。
【背景技術】
【0002】
特開平02-115385 号公報には、「自動車用パネル材などのアルミ合金板には5000系、6000系などのアルミ合金が使用されており、これらのアルミ合金は成型加工性を向上させるために、熱処理・脱脂・塗装などの表面処理が施されるのが一般的であり、このうち脱脂処理は以降の工程での塗装などの表面処理効果を向上させるために行われるものであるが、この脱脂処理でも表面油を十分に脱脂できず、表面処理の不均一性、塗膜密着不良などの問題があり、脱脂性低下は表面酸化膜にMgが多く含まれていることが原因とし、表面Mg/Al比を制御することにより問題を解決した」旨、記載されている。
【0003】
詳細には、Mgを含有するアルミニウム合金では表面酸化膜がMgO リッチとなり、脱脂性を阻害し、表面Mg/Al比が0.5 を超えると脱脂性の低下が著しく、従って、表面Mg/Al比を制御することで脱脂性に優れるアルミ合金材を提供することを目的としている。
【0004】
この目的の達成手段としては、表面表面Mg/Al比が0.5 を超えると脱脂性に劣るため、アルカリ洗浄もしくは酸洗により表面Mgを除去、その後ただちに塗油する方法を採用しており、これにより脱脂性の長期安定化を達成したとしている。
【0005】
特開2006-200007 号公報には、「Al-Mg 系およびAl-Mg-Si系アルミニウム合金材表面成分をGDS によるMgの最大発光強度とFT-IR によるOH吸収率により規格化したことを特徴とする脱脂後水濡れ安定性および接着性に優れた自動車ボディーシート用アルミニウム材」が記載されている。
【0006】
詳細には、アルミニウム合金表面の酸化皮膜は製造後の保管経時により変質し、脱脂後水濡れ性及び接着性が低下することが課題であり、そこで、脱脂後の水濡れ安定性を向上させ、接着性も良好な自動車ボディーシート用アルミニウム合金板を提供すると共に低コストで環境負荷の少ない製造方法を提供することを目的としている。
【0007】
この目的を達成すべく、製造後のアルミニウム合金板を、{(MgのGDS 最大発光強度)+0.438(FT-IR のOH吸収率)}≦3.5 と規定化している。このアルミニウム合金板において表面皮膜量を250 mg/m2 とたものも開発している。一方、製造方法に関しては、Al-Mg 系およびAl-Mg-Si系アルミニウム合金の最終焼鈍の後、4≦pH≦9、かつ、電気伝導度:200ms/m 以下で、40℃以上である水と2〜30sec 接触させて洗浄した後、乾燥し、温度40℃以下、相対湿度70%以下で保管し、上記洗浄後14日以内に防錆油を塗布(塗油量:0.2 g/m2以上)することにより、脱脂後水濡れ性および接着性に優れた自動車ボディーシート用アルミニウム材を得ることができるとしている。
【0008】
前記特開平02-115385 号公報に記載された技術においては、アルカリ洗浄もしくは酸洗することにより表面Mg/Al比を制御して脱脂性を向上させることは可能であるが、その後の長期安定性を保つためには所定の油を所定量塗油することが必要であり、かつ、塗油する時期も洗浄直後という条件がある。そのため、表面Mg/Al比を制御しても、塗油せずに保管した場合は脱脂性が低下するという問題点がある。
【0009】
前記特開2006-200007 号公報に記載された技術においては、洗浄後、所定条件(40℃以下、相対湿度70%以下)の環境下で保管する必要があり、工場などで保管する場合は、温度・湿度を制御するには設備投資が必要であり、コストが高くなるという問題点がある。また、洗浄後14日以内に防錆油を塗布することが必要であり、所定条件(40℃以下、相対湿度70%以下)で保管しても14日を超えると塗油の効果がないなど、保管および処理に制限があり、完全に脱脂後水濡れ性の低下を防ぐことは困難であると考えられる。
【特許文献1】特開平02-115385 号公報
【特許文献2】特開2006-200007 号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
近年、排気ガスなどによる地球環境問題に対して、自動車車体の軽量化による燃費の向上が追求されている。そのため、従来使用されていた鉄鋼材料と比較して比重が1/3であり、優れたエネルギー吸収性を有するアルミニウム材の使用が増加している。アルミニウム合金を自動車パネルとして用いる場合は、成形性・溶接性・接着性・化成処理性・塗装後の耐食性および美観などが要求される。一方で、自動車部品のモジュール化により、アルミニウム合金板自体が製造されてから自動車パネルを製造する工程に入るまでの期間が、これまでより長期化する。このような状況に伴い、自動車用に使用されるAl-Mg 系およびAl-Mg-Si系アルミニウム合金材は、表面特性が劣化し、特に化成処理時の脱脂性が劣化し、化成処理皮膜が付着し難くなり、結果的に耐食性に影響を及ぼすことが知られている。
【0011】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させることができ、更に、この回復後に塗油をしなくても、また、温度および湿度制御された特定環境下で保管しなくても、アルミニウム合金表面の特性を経時劣化し難くすることができるアルミニウム合金用表面処理剤およびアルミニウム合金の表面処理方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成するため、鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。本発明によれば上記目的を達成することができる。
【0013】
このようにして完成され上記目的を達成することができた本発明は、アルミニウム合金用表面処理剤およびアルミニウム合金の表面処理方法に係わり、請求項1〜4記載のアルミニウム合金用表面処理剤(第1〜4発明に係るアルミニウム合金用表面処理剤)、請求項5〜6記載のアルミニウム合金の表面処理方法(第5〜6発明に係るアルミニウム合金の表面処理方法)であり、それは次のような構成としたものである。
【0014】
即ち、請求項1記載のアルミニウム合金用表面処理剤は、経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させるためのアルミニウム合金用表面処理剤であって、リン酸水素塩を含有する水溶液からなることを特徴とするアルミニウム合金用表面処理剤である〔第1発明〕。
【0015】
請求項2記載のアルミニウム合金用表面処理剤は、前記リン酸水素塩が、Al,K,Ca,Mn,Liの塩の1種または2種以上である請求項1記載のアルミニウム合金用表面処理剤である〔第2発明〕。
【0016】
請求項3記載のアルミニウム合金用表面処理剤は、前記リン酸水素塩がリン酸二水素塩である請求項1または2記載のアルミニウム合金用表面処理剤である〔第3発明〕。
【0017】
請求項4記載のアルミニウム合金用表面処理剤は、前記水溶液中でのリン酸水素塩の濃度が0.01〜20g/リットルである請求項1〜3のいずれかに記載のアルミニウム合金用表面処理剤である〔第4発明〕。
【0018】
請求項5記載のアルミニウム合金の表面処理方法は、経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させるためのアルミニウム合金の表面処理方法であって、前記アルミニウム合金表面に、請求項1〜4のいずれかに記載のアルミニウム合金用表面処理剤を接触させることを特徴とするアルミニウム合金の表面処理方法である〔第5発明〕。
【0019】
請求項6記載のアルミニウム合金の表面処理方法は、前記アルミニウム合金用表面処理剤をアルミニウム合金表面に接触させる時間が1秒以上である請求項5記載のアルミニウム合金の表面処理方法である〔第6発明〕。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させることができ、更に、この回復後に塗油をしなくても、また、温度および湿度制御された特定環境下で保管しなくても、アルミニウム合金表面の特性を経時劣化し難くすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明に係るアルミニウム合金用表面処理剤は、前述のように、リン酸水素塩を含有する水溶液からなる。この表面処理剤(水溶液)を経時劣化したアルミニウム合金表面に接触させると、このアルミニウム合金はリン酸水素塩と酸化アルミニウムで覆われ、これにより、アルミニウム合金表面の特性(脱脂性等)を回復させることができ、更に、この回復後に塗油をしなくても、また、温度および湿度制御された特定環境下で保管しなくても、アルミニウム合金表面の特性を経時劣化し難くすることができる。
【0022】
前記リン酸水素塩としては、例えば、Al,K,Ca,Mn,Liの塩の1種または2種以上を用いることができる〔第2発明〕。前記リン酸水素塩にはリン酸二水素塩も含まれる〔第3発明〕。
【0023】
このような塩としては、具体的には、例えば(1) リン酸水素亜鉛:ZnHPO4,Zn(H2PO4)2、(2) リン酸二水素アルミニウム:Al2(HPO4)3,Al(H2PO4)3、(3) リン酸水素カリウム:K2HPO4,KH2PO4、(4) リン酸水素カルシウム:CaHPO4,Ca(H2PO4)2、(5) リン酸水素錫:SnHPO4,Sn(H2PO4)2、(6) リン酸水素ストロンチウム:SrHPO4,Sr(H2PO4)2、(7) リン酸水素タリウム:TlH2PO4 、(8) リン酸水素トリウム:Th(HPO4)、(9) リン酸水素ナトリウム:Na2HPO4 ,NaH2PO4 、(10)リン酸水素マグネシウム:MgHPO4,Mg(H2PO4)2、(11)リン酸水素マンガン:MnHPO4,Mn(H2PO4)2、(12)リン酸水素リチウム:Li2HPO4 ,LiH2PO4 等を挙げることができる。このような塩の1種または2種以上を含有する水溶液(表面処理剤)を経時劣化したアルミニウム合金表面に接触させると、このアルミニウム合金はリン酸水素塩と酸化アルミニウムで覆われるため、アルミニウム合金表面の水濡れ性等を回復させることができ、脱脂性等を回復させることができる。
【0024】
上記薬剤の中で、コストおよび溶液の安定性からすると、Al,K,Ca,Mn,Liから選ばれる少なくとも1つの塩が好ましい。即ち、上記(2), (3), (4), (11), (12) の塩が好ましい。
【0025】
前記表面処理剤(水溶液)中でのリン酸水素塩の濃度が0.01〜20g/リットルであることが望ましい〔第4発明〕。このリン酸水素塩の濃度(以下、塩濃度ともいう)が0.01g/リットル(以下、Lという)未満の場合には、既に水濡れ性が劣化しているアルミニウム合金についての水濡れ性を十分には回復させることができないという傾向があり、一方、上記塩濃度が20g/L超の場合には、表面処理剤の接触後のアルミニウム合金の表面に未反応の薬剤が残留し、ラインを汚染することが懸念されるからである。100 %の水濡れ性にまで回復させるためには、上記塩濃度を0.1 g/L以上とすることが望ましい。なお、上記塩濃度は表面処理剤が使用されるときの該表面処理剤での塩濃度であり、表面処理剤の原液があり、この原液を薄めて表面処理剤として使用する場合、上記塩濃度は原液での塩濃度ではなく、上記表面処理剤(原液を薄めたもの)での塩濃度である。
【0026】
本発明に係るアルミニウム合金の表面処理方法は、経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させるためのアルミニウム合金の表面処理方法であって、前記アルミニウム合金表面に、本発明に係るアルミニウム合金用表面処理剤を接触させるものである〔第5発明〕。この表面処理方法によれば、アルミニウム合金はリン酸水素塩と酸化アルミニウムで覆われるため、アルミニウム合金表面の特性(脱脂性等)を回復させることができ、更に、この回復後に塗油をしなくても、また、温度および湿度制御された特定環境下で保管しなくても、アルミニウム合金表面の特性を経時劣化し難くする(安定化する)ことができる。
【0027】
前記アルミニウム合金用表面処理剤をアルミニウム合金表面に接触させる処理(以下、接触処理ともいう)をするに際し、接触させる時間を1秒以上とすることが望ましい〔第6発明〕。この接触させる時間(接触処理時間)が1秒未満の場合は実際の工程においては接触処理時間を常に1秒未満とすることは容易でなく、確実に実施することは困難であるからである。接触処理を長時間しても水濡れ性の回復を阻害することはない。しかし、実際の工程においては長時間接触処理することは生産効率を低下させる懸念があるため、接触処理時間は1秒以上30秒以下とすることが好ましい。
【0028】
上記接触処理の際の表面処理剤の温度(接触処理温度)は、水溶液処理が可能な温度範囲(20℃以上100 ℃以下)とすることが望ましい。接触処理温度が20℃未満の場合、夏場において温度制御が困難である。表面処理剤(水溶液)の水が蒸発する100 ℃まで接触処理可能である。しかし、表面処理剤の温度が80℃を超えると、水が揮発し始め、濃縮する懸念があることから、接触処理温度は20℃〜80℃とすることが更に好ましい。
【0029】
上記接触処理に際し、表面処理剤をアルミニウム合金表面に接触させる方法としては、特には限定されず、例えば浸漬やスプレーによる方法を用いることができるが、スプレーによる場合は表面処理剤をアルミニウム合金表面に不均一に接触し、処理ムラがでる可能性があるため、浸漬により接触処理を行うことが好ましい。
【0030】
上記接触処理の後、水洗を行わなくとも水濡れ性の向上を阻害することはないが、水洗しない場合、薬剤が表面に残留し汚染が懸念され、アルミニウム合金表面に処理ムラがでる可能性もあるため、水洗を行なうことが好ましい。
【0031】
本発明において、経時劣化したアルミニウム合金表面の特性とは、保管時間等の時間の経過によって劣化したアルミニウム合金表面の特性のことである。この特性としては、例えば、脱脂性、化成処理性、接着耐久性もしくは溶接安定性などが挙げられるが、特に、後述の〔実施例〕の欄において示すように、脱脂性において顕著な効果を現す。このアルミニウム合金としては、その種類には特に限定されず、5000系や6000系などのアルミ合金材に適用できる。
【実施例】
【0032】
本発明の実施例および比較例を以下説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0033】
〔準備・試験A(試験材の作製とその脱脂性の確認試験)〕
Mg量:0.3 %以上のアルミニウム合金板であって、表1〜4の合金種の欄に示す種類のものを、50℃、95%RHの湿潤環境に2週間暴露して水濡れ性が劣化したアルミニウム合金板(以下、試験材という)を作製した。
【0034】
上記試験材について下記方法により水濡れ性を調査した。即ち、上記試験材を、60℃に保持した市販の濃度2%のアルカリ系脱脂液:リドリン(商品名、日本ペイント製)に30秒間浸漬した後、流水により洗浄した(この処理を、以下、脱脂処理ともいう)。この洗浄された試験材を垂直に保持した時の水濡れ面積を目視により求め、この水濡れ面積から水濡れ面積率を算出し、そして、この水濡れ面積率をもって水濡れ性を評価した(この試験を、以下、脱脂性評価試験ともいう)。この結果(水濡れ面積率)を表1〜5の水濡れ性(処理前)の欄に示す。
【0035】
この欄からわかるように、上記試験材(上記作製後のもの、即ち、水濡れ性が劣化したアルミニウム合金板)は、上記脱脂処理をしても、脱脂性評価試験での水濡れ面積率が10%以下であって水濡れ性が極めて悪く、脱脂性が著しく悪い。
【0036】
〔例1(本発明の実施例)〕
上記試験材(上記作製後のもの、即ち、水濡れ性が劣化したアルミニウム合金板)を、本発明に係るアルミニウム合金用表面処理剤に接触させる処理(接触処理)をした。このとき、表面処理剤としては、表1〜4の処理薬剤の欄に示すリン酸水素塩を含有する水溶液を用いた。この濃度を表1〜4の処理濃度の欄に示す。接触処理は試験材を表面処理剤(水溶液)中に浸漬することにより行った。接触(浸漬)時間を表1〜4の接触時間の欄に示す。なお、上記水溶液(表面処理剤)は、いずれも、本発明例に相当する。
【0037】
上記接触処理後の試験材を水洗し、そして乾燥した。この乾燥後の試験材について、前記準備・試験Aの場合と同様の方法により脱脂処理および脱脂性評価試験をした。即ち、この乾燥後の試験材を60℃に保持した市販の濃度2%のアルカリ系脱脂液:リドリン(商品名、日本ペイント製)に30秒間浸漬した後、流水により洗浄し、この洗浄された試験材を垂直に保持した時の水濡れ面積を目視により求め、この水濡れ面積から水濡れ面積率を算出し、そして、この水濡れ面積率をもって水濡れ性を評価した。この結果(水濡れ面積率)を表1〜4の水濡れ性(処理直後)の欄に示す。
【0038】
この欄からわかるように、上記接触処理後の試験材は、脱脂性評価試験での水濡れ面積率が95〜100 %であって水濡れ性が極めて優れており、脱脂性に著しく優れている。従って、上記接触処理により脱脂性(水濡れ面積率)を10%以下から95〜100 %にまで向上させることができたといえる。上記接触処理で用いた表面処理剤は本発明例に相当するものである。よって、これらの本発明例に係る表面処理剤によれば脱脂性を大幅に回復させることができたといえる。ひいては、これらの本発明例に係る表面処理剤によれば経時劣化したアルミニウム合金表面の脱脂性を回復させることができるといえる。
【0039】
なお、上記接触処理後の試験材の中、接触処理に用いた表面処理剤の濃度が0.1 〜20g/Lであったものは脱脂性評価試験での水濡れ面積率が100 %であり、濃度が0.01g/Lであったものは、脱脂性評価試験での水濡れ面積率が95%である(No.77 〜78)。この水濡れ面積率が100 %のものは水濡れ性が極めて優れており、水濡れ面積率:95%のものも水濡れ性が充分に良好な水準にあり、合格範囲内のものである。
【0040】
上記接触処理後の試験材を水洗し、乾燥した後、50℃、95%RHの湿潤環境に2週間暴露した。この暴露後の試験材について、前記準備・試験Aの場合と同様の方法により脱脂処理および脱脂性評価試験をした。この結果(水濡れ面積率)を表1〜4の水濡れ性(暴露後)の欄に示す。
【0041】
この欄からわかるように、上記暴露後の試験材の脱脂性評価試験での水濡れ面積率は90〜100 %であって水濡れ性に優れており、脱脂性に優れている。前記接触処理後の試験材の脱脂性評価試験での水濡れ面積率を基準にし、上記暴露後の試験材の脱脂性評価試験での水濡れ面積率の低下の程度をみてみると、ほとんどのものについては水濡れ面積率の低下がなく、一部のものについては水濡れ面積率の低下があるが、その低下の程度は5〜10%であって小さいものである(No.69 〜70、77〜78)。従って、前記接触処理後の試験材は、脱脂性に優れているだけでなく、脱脂性の経時劣化が生じ難く、生じたとしてもその程度は小さいものであるといえる。前記接触処理で用いた表面処理剤は本発明例に相当するものである。よって、これらの本発明例に係る表面処理剤によれば、脱脂性を大幅に回復させることができるだけでなく、この回復後に塗油をしなくても、また、温度および湿度制御された特定環境下で保管しなくても、アルミニウム合金表面の脱脂性を経時劣化し難くすることができるといえる。
【0042】
なお、上記暴露後の試験材の中、脱脂性評価試験での水濡れ面積率が90%あるいは95%のものがあるが、これらはいずれも水濡れ性が充分に良好な水準にあり、合格範囲内のものである。
【0043】
No.1〜78(本発明例)に関しては、既に酸洗つまり表面Mg/Al 比を低減したアルミニウム合金板(試験材)に対しての効果であるが、表4に記載のNo.79 〜82(本発明例)は酸洗未実施つまり表面Mg/Al 比が高い状態でも本発明例に係る表面処理剤の効果があることを示している。なお、表面Mg/Al 比(面のMgとAlとの比)は、XPS (X線光電子分光法)により求めた。
【0044】
〔例2(比較例)〕
前記試験材(前記作製後のもの、即ち、水濡れ性が劣化したアルミニウム合金板)の一部のものについて、これらを酸洗し、この後、水洗し、乾燥した。この乾燥後の試験材について、前記準備・試験Aの場合と同様の方法により脱脂処理および脱脂性評価試験をした。この結果(水濡れ面積率)を表5の水濡れ性(処理直後)の欄に示す。
【0045】
この欄からわかるように、上記酸洗後の試験材は、脱脂性評価試験での水濡れ面積率が95%であって脱脂性が充分に良好な水準にある。
【0046】
上記酸洗、水洗、乾燥後の試験材を、50℃、95%RHの湿潤環境に1週間または2週間暴露した。この暴露後の試験材について、前記準備・試験Aの場合と同様の方法により、脱脂処理および脱脂性評価試験をした。この結果(水濡れ面積率)を表5の水濡れ性(暴露後)の欄に示す。
【0047】
この欄からわかるように、上記2週間暴露後の試験材の脱脂性評価試験での水濡れ面積率は5%であって水濡れ性が極めて悪く、脱脂性が著しく悪い。暴露期間が短い1週間暴露後の試験材でも、脱脂性評価試験での水濡れ面積率は20%であって水濡れ性が悪く、脱脂性が悪い。上記酸洗後の試験材の脱脂性評価試験での水濡れ面積率を基準にし、上記暴露後の試験材の脱脂性評価試験での水濡れ面積率の低下の程度をみてみると、水濡れ面積率の低下が大きく、暴露期間2週間の場合で75%、暴露期間1週間の場合で85%も水濡れ面積率が低下している。従って、上記酸洗後の試験材は、脱脂性が充分に良好な水準にあるものの、脱脂性の経時劣化が生じ易く、脱脂性の経時劣化を抑制するためには塗油をしたり、温度および湿度制御された特定環境下で保管する方法等の対策が必要となる。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
【表3】

【0051】
【表4】

【0052】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係るアルミニウム合金用表面処理剤は、経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させることができ、更に、この回復後に塗油をしなくても、また、温度および湿度制御された特定環境下で保管しなくても、アルミニウム合金表面の特性を経時劣化し難くすることができるので、経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させ、この特性を長期間維持する際に好適に用いることができて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させるためのアルミニウム合金用表面処理剤であって、リン酸水素塩を含有する水溶液からなることを特徴とするアルミニウム合金用表面処理剤。
【請求項2】
前記リン酸水素塩が、Al,K,Ca,Mn,Liの塩の1種または2種以上である請求項1記載のアルミニウム合金用表面処理剤。
【請求項3】
前記リン酸水素塩がリン酸二水素塩である請求項1または2記載のアルミニウム合金用表面処理剤。
【請求項4】
前記水溶液中でのリン酸水素塩の濃度が0.01〜20g/リットルである請求項1〜3のいずれかに記載のアルミニウム合金用表面処理剤。
【請求項5】
経時劣化したアルミニウム合金表面の特性を回復させるためのアルミニウム合金の表面処理方法であって、前記アルミニウム合金表面に、請求項1〜4のいずれかに記載のアルミニウム合金用表面処理剤を接触させることを特徴とするアルミニウム合金の表面処理方法。
【請求項6】
前記アルミニウム合金用表面処理剤をアルミニウム合金表面に接触させる時間が1秒以上である請求項5記載のアルミニウム合金の表面処理方法。

【公開番号】特開2008−208449(P2008−208449A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−192473(P2007−192473)
【出願日】平成19年7月24日(2007.7.24)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】