説明

アルミニウム材の表面処理方法

【課題】表面に多孔質陽極酸化処理が施されて多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウム材からのガス放出量を簡易に低減するアルミニウム材の表面処理方法を提供する。
【解決手段】本発明のアルミニウム材の表面処理方法は、表面に多孔質陽極酸化処理が施されて多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理方法であって、前記多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した後、酸素雰囲気中にて加熱することにより、フッ化層を形成することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面に形成された多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化層を形成することにより、多孔質陽極酸化被膜からのガス放出量を低減することが可能なアルミニウム材の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理としての耐食処理としては、一般的に陽極酸化処理が用いられている。
この陽極酸化処理は、硫酸、シュウ酸、ホウ酸、クロム酸などを用いて、アルミニウム材の表面に膜厚が数μm〜数十μmの陽極酸化被膜を形成している。
【0003】
このようにして形成された陽極酸化被膜は耐食性が高いものの、陽極酸化被膜は多孔質であるとともに、アルミニウム材の酸化物と水酸化物からなるため、ガス放出量が多いという問題があった。
【0004】
そこで、表面に多孔質陽極酸化処理が施されて多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウム材に対して、多孔質陽極酸化被膜の表面に、放電ガスとしてフッ素またはフッ素化合物を用いたプラズマによるフッ化方法、あるいはフッ素ラジカルを用いたラジカル法を利用したフッ化処理を施してフッ化層を形成することにより、ガス放出量を低減する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2006−002170号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のフッ化処理方法を実施するためには、専用の真空装置が必要である。また、フッ素プラズマやフッ素ラジカルを生成するためには、フッ素系ガスという高価な原料を用いる必要がある。さらに、真空装置内にフッ素ガスを導入するための設備が必要である。このように、上記のフッ化処理方法は処理コストが高いという問題があった。
【0006】
本発明は、前記事情に鑑みてなされたもので、表面に多孔質陽極酸化処理が施されて多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウム材からのガス放出量を簡易に低減するアルミニウム材の表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面に形成された多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した後、酸素雰囲気中にて加熱することにより、フッ化層を形成することにより、多孔質陽極酸化被膜からのガス放出量を低減することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明のアルミニウム材の表面処理方法は、表面に多孔質陽極酸化処理が施されて多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理方法であって、前記多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した後、酸素雰囲気中にて加熱することにより、フッ化層を形成することを特徴とする。
【0009】
前記多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した後、酸素濃度が5%以上かつ100%以下の酸素雰囲気中、200℃以上かつ600℃以下にて加熱することにより、前記フッ化層を形成することが好ましい。
【0010】
前記多孔質陽極酸化被膜の厚みは1μm以上かつ100μm以下であることが好ましい。
【0011】
前記フッ化層の厚みは、前記多孔質陽極酸化被膜の厚みの1/100以上かつ1以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明のアルミニウム材の表面処理方法は、表面に多孔質陽極酸化処理が施されて多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理方法であって、前記多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した後、酸素雰囲気中にて加熱することにより、フッ化層を形成するので、水分吸着の多い水酸化アルミニウムを水分吸着の少ないフッ化物に置き換えて、ガス放出量を低減することができる。このように、本発明のアルミニウム材の表面処理方法では、真空装置が必要なく、フッ化層の原料となる特殊なガス(フッ素ガス)が必要なく、フッ素ガスを供給するために必要な特殊ガス設備が必要ないから、簡易かつ低コストでアルミニウム材の表面処理を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明のアルミニウム材の表面処理方法の最良の形態について説明する。
なお、この形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0014】
本発明のアルミニウム材の表面処理方法は、表面に多孔質陽極酸化処理が施されて多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理方法であって、前記多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した後、酸素雰囲気中にて加熱することにより、フッ化層を形成する方法である。
【0015】
本発明のアルミニウム材の表面処理方法では、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を調製し(溶液を調製する工程)、次いで、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面に形成された多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した(溶液を塗布する工程)後、このアルミニウム材を酸素雰囲気中にて加熱する(合金を加熱する工程)ことにより、アルミニウム材の多孔質陽極酸化被膜の表面にフッ化層を形成する。
【0016】
本発明のアルミニウム材の表面処理方法では、表面処理の対象となるアルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材としては、例えば、A5052合金、A6061合金、A2017、A2219、A5056、A6063、AC4A、AC4Cなどが挙げられる。
【0017】
このようなアルミニウム材の表面に多孔質陽極酸化処理を施し、多孔質陽極酸化被膜を形成するには、陽極酸化溶液として、硫酸、シュウ酸、ホウ酸、クロム酸などを用い、この陽極酸化溶液中において、アルミニウム材を陽極で電解し、温水または蒸気を用いて封孔処理することにより、アルミニウム材の表面に所定の厚みの多孔質陽極酸化被膜を形成する。
【0018】
本発明のアルミニウム材の表面処理方法では、多孔質陽極酸化被膜の厚みは1μm以上かつ100μm以下であることが好ましく、10μm以上かつ30μm以下であることがより好ましい。
多孔質陽極酸化被膜の厚みが1μm未満では、多孔質陽極酸化被膜の厚みが薄すぎて安定した耐食性が得られない。一方、多孔質陽極酸化被膜の厚みが100μmを超えると、被膜処理としては厚すぎて実用的ではない。
【0019】
フッ化炭素系化合物が分散された溶液を調製する工程において、各種溶媒に、フッ化炭素系化合物を添加して、攪拌するなどすることにより、フッ化炭素系化合物が均一に分散された溶液を調製する。
【0020】
フッ化炭素系化合物としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルコキシ−エチレン共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)、ポリビニルフルオライド(PVF)などが用いられる。
【0021】
上記のフッ化炭素系化合物を分散させる溶媒としては、例えば、水;メタノール、エタノール、2−プロパノール、ブタノール、ジアセトンアルコール、フルフリルアルコール、エチレングリコール、ヘキシレングリコールなどのアルコール類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸−n−ブチルなどのエステル類;ジエチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル(メチルセロソルブ)、エチレングリコールモノエチルエーテル(エチルセロソルブ)、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテルなどのエーテル類;アセトン、メチルエチルケトン、アセチルアセトン、アセト酢酸エステルなどのケトン類;トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素などの1種または2種以上が用いられる。
【0022】
このフッ化炭素系化合物が分散された溶液における、フッ化炭素系化合物の含有率は30重量%以上かつ50重量%以下であることが好ましく、30重量%以上かつ40重量%以下であることがより好ましい。
フッ化炭素系化合物の含有率を30重量%以上かつ50重量%以下とした理由は、フッ化炭素系化合物の含有率が30重量%未満では、十分に均一な塗布量が得られないからであり、一方、フッ化炭素系化合物の含有率が50重量%を超えると、液溜まりを生じやすいからである。
【0023】
フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布する工程において、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面に形成された多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布する方法としては、多孔質陽極酸化被膜の表面に、この溶液を噴霧する方法、この溶液に多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウム材を浸漬する方法などが用いられる。
【0024】
上記の溶液を塗布した多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウム材を、酸素雰囲気中にて加熱する工程において、まず、上記の溶液を塗布したアルミニウム材を、室温以上かつ100℃以下にて、0.5時間以上かつ2時間以下乾燥する。
その後、このアルミニウム材を、酸素濃度が5%以上かつ100%以下の酸素雰囲気中(例えば、大気中)、200℃以上かつ600℃以下にて、1時間以上かつ24時間以下加熱する。
この加熱により、多孔質陽極酸化被膜中に含まれるアルミニウムが、多孔質陽極酸化被膜の表面に拡散してくるとともに、このアルミニウムが、多孔質陽極酸化被膜の表面に塗布されたフッ化炭素系化合物に含まれるフッ素と選択的に反応して、多孔質陽極酸化被膜の表面にフッ化層が形成される。
上記の溶液を塗布した多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウム材を、酸素雰囲気中にて加熱する温度を200℃以上かつ600℃以下とした理由は、加熱する温度が200℃未満では、フッ化炭素系化合物が分解しにくいからであり、一方、加熱する温度が600℃を超えると、アルミニウム合金が溶解しかねないからである。
【0025】
このようにして、本発明のアルミニウム材の表面処理法によって多孔質陽極酸化被膜の表面に形成されたフッ化層は、アルミニウムおよびフッ素を含む金属化合物からなる膜となる。
また、このフッ化層の厚みは、多孔質陽極酸化被膜の厚みの1/100以上かつ1以下であることが好ましく、1μm以上であることがより好ましい。
フッ化層の厚みが、絶対値として1μm未満では、フッ化層下の多孔質陽極酸化層を十分に封止できず、十分な低ガス放出特性を得られない。
【0026】
本発明のアルミニウム材の表面処理法は、アルミニウム材の表面に形成された多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した後、酸素雰囲気中にて加熱することにより、フッ化層を形成するので、水分吸着の多い水酸化アルミニウムを水分吸着の少ないフッ化物に置き換え、また、フッ化物がその下層の水分吸着の多い水酸化アルミニウムを封止することでガス放出量を低減することができる。
このように、本発明のアルミニウム材の表面処理方法では、真空装置が必要なく、フッ化層の原料となる特殊なガス(フッ素ガス)が必要なく、フッ素ガスを供給するために必要な特殊ガス設備が必要ないから、簡易かつ低コストでアルミニウム材の表面処理を行うことができる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0028】
「実施例」
外径45mm、厚み3mmの円板状のアルミニウム材(A5052合金、古河スカイアルミ社製)の表面に、硫酸アルマイト処理をした後、蒸気により封孔処理をし、厚み20μmの多孔質陽極酸化被膜を形成した。
このアルミニウム材に形成された多孔質陽極酸化被膜の表面に、ポリテトラフルオロエチレン(三井デュポンフロロケミカル社製)を分散してなる溶液を噴霧することにより塗布した後、このアルミニウム材を大気加熱炉中、450℃にて8時間加熱し、表面処理を行った。また、市販のポリテトラフルオロエチレンスプレー(商品名:テフシリーズ、オーテック社製)を塗布後、大気中にて加熱してもよい。
以上の処理により得られたものを試料Aとした。
【0029】
「比較例」
外径45mm、厚み3mmの円板状のアルミニウム材(A5052合金、古河スカイアルミ社製)の表面に、硫酸アルマイト処理をした後、蒸気により封孔処理をし、厚み20μmの多孔質陽極酸化被膜を形成した。
以上の処理により得られたものを試料Bとした。
【0030】
「評価」
昇温離脱放出ガススペクトル測定法により、実施例の試料Aまたは比較例の試料Bを加熱することにより放出されるガスの成分の分析を行った。
この昇温離脱放出ガススペクトル測定の条件を、室温から300℃まで昇温速度0.1℃/secで昇温し、その間に放出される単位面積当たりのガス放出量およびガス種を測定した。ガス放出量は全圧計であるB−A真空計を用いて測定し、ガス種は四重極質量分析計で測定した。
単位面積当たりのガス放出量を図1に示す。
図1の結果から、実施例では、比較例に比べてガス放出量が1/50程度に低減したことが分かった。
また、実施例の試料Aを室温から300℃まで昇温したときの四重極質量分析計による質量数の毎のイオン電流積算値を図2に示す。
図2の結果から、最も多く放出されたガスは水であり、CF(質量数31)、CF(質量数51)、COF(質量数47)などのフッ化炭素系のガスは検出されなかった。
【0031】
なお、本実施例では、アルマイト処理として硫酸アルマイトを用いたが、シュウ酸アルマイト、リン酸アルマイトなどの他の多孔質陽極酸化処理を用いてもよい。
また、本実施例では、蒸気封孔処理した試料を用いたが、熱水封孔処理した試料、封孔処理なし試料でも同様の効果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明のアルミニウム材の表面処理方法は、耐久性を必要とする真空容器およびその中に入れる部品・真空ポンプにも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の実施例および比較例の単位面積当たりのガス放出量を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例の四重極質量分析計による質量数の毎のイオン電流積算値を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に多孔質陽極酸化処理が施されて多孔質陽極酸化被膜が形成されたアルミニウムまたはアルミニウム合金からなるアルミニウム材の表面処理方法であって、
前記多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した後、酸素雰囲気中にて加熱することにより、フッ化層を形成することを特徴とするアルミニウム材の表面処理方法。
【請求項2】
前記多孔質陽極酸化被膜の表面に、フッ化炭素系化合物が分散された溶液を塗布した後、酸素濃度が5%以上かつ100%以下の酸素雰囲気中、200℃以上かつ600℃以下にて加熱することにより、前記フッ化層を形成することを特徴とする請求項1に記載のアルミニウム材の表面処理方法。
【請求項3】
前記多孔質陽極酸化被膜の厚みは1μm以上かつ100μm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のアルミニウム材の表面処理方法。
【請求項4】
前記フッ化層の厚みは、前記多孔質陽極酸化被膜の厚みの1/100以上かつ1以下であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載のアルミニウム材の表面処理方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−88506(P2008−88506A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−271117(P2006−271117)
【出願日】平成18年10月2日(2006.10.2)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】