説明

アルミメッキ鋼板のスポット溶接方法

【課題】 スポット溶接の打点寿命を向上させることができ、電極チップの頻繁な研磨が不要となるアルミめっき鋼板の溶接方法を提供する。
【解決手段】 被溶接材としてアルミめっき鋼板同士またはアルミめっき鋼板と他の金属板とを重ね合わせ、これらを一対の電極チップで挟んだ状態で加圧し、前記電極チップ間に通電してジュール熱により被溶接材の溶接部を溶融し、その後、通電停止により前記溶接部を冷却・凝固させてナゲットを形成するにあたり、前記溶接部を溶融後、通電量を漸減させるダウンスロープ工程を付加し、前記溶接部から前記電極チップへの熱伝導を減少させ、前記溶接部の冷却スピードを穏やかにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極チップによるアルミめっき鋼板のスポット溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミめっき鋼板を溶接する方法としては一対の電極を用いたスポット溶接とレーザビームを利用した溶接が考えられる。電極を用いた一般的なスポット溶接方法は、他のスチールパネル材(SP材)と同様に、アルミめっき鋼板同士またはアルミめっき鋼板と他の金属板とを重ね合わせ、一対の電極チップで挟んで加圧し、そこへ溶接電流を流し、鋼板間の抵抗によりジュール熱を発生せしめ、アルミめっき鋼板等の母材の溶接部を溶融させ、その後、印加している電流を遮断
することで溶融部を冷却し、凝固して図6に示すようなナゲット(板材間に存在する長円形の塊の部分)を形成し板材同士を接合するようにしている。
【0003】
特許文献1にはスポット溶接性に優れたアルミめっき系鋼板に関する内容が開示されている。具体的には、二枚の鋼板を重ねて測定した通電抵抗値を10mΩ以上、100mΩ以下に制御したアルミ系めっき鋼板を用いることで安定したスポット溶接ナゲットを得ることができるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、Al−Mg系合金の抵抗スポット溶接方法に関する内容が開示されている。具体的には、特定のAl−Mg系合金からなる被溶接材料に対して、導電率、硬さ、および形状を特定範囲とした電極を用いて、溶接電流および加圧力を特定範囲に制御して溶接することによって電極寿命を長くすることができ、そのため、大量生産におけるロボット溶接による抵抗スポット溶接を可能にしたとしている。
【0005】
また、レーザビームを利用したアルミめっき鋼板の溶接としては特許文献3に開示される方法がある。この方法は、拡散したアルミニウム成分の濃度がある程度以上になると、溶接部の強度が低下するので、拡散したアルミニウム成分を被溶接材間に形成した隙間に逃すようにしている。
【特許文献1】特開2002−371378号公報
【特許文献2】特開平8−281448号公報
【特許文献3】特開平11−047648号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般にスチールパネル材や亜鉛めっき鋼板に比べて、アルミめっき鋼板を溶接対象とするスポット溶接では、アルミめっき鋼板との接触面での電極チップの汚染や摩耗が激しく、溶融に必要な電流密度に達しない場合がある。この場合には図7に示すようにナゲットの形成が不十分となり境面破断が発生しやすい。この問題は特許文献1〜3の開示内容では解消できない。
【0007】
上記において、電極チップの接触面の汚染とは、アルミめっき鋼板のめっき中に含有されるアルミニウム成分が電極チップに付着して酸化し、電極チップとアルミめっき鋼板との接触部の抵抗値が上昇することを指し、電極チップの摩耗とは、加圧時の衝撃による摩耗及び抵抗値の上昇による発熱が原因で生ずる電極チップ自体の軟化による摩耗の両方を意味する。
【0008】
このように従来のアルミめっき鋼板をスポット溶接する電極チップは汚染や摩耗が激しいため、頻繁に研磨(ドレス)を行なう必要があり、その結果、電極チップの寿命は一般的な板材に使用した場合の1/3〜1/5と非常に短くなっている。
【0009】
図6に示したように、電極チップが汚染、摩耗していないときでも、ナゲット中央部にアルミニウム成分濃度の高い部分(黒い部分)が断面横長状に存在する。しかしながら、この場合には溶接部の溶融が十分に行なわれていて径の大きなナゲットが生成するため、ナゲット外周部のアルミニウム成分濃度の低い部分、すなわち高強度の部分の幅が大きくなるので、荷重が加わっても境面破断を起こすことがない。しかしながら、好ましくは断面横長状に存在するアルミニウム成分濃度の高い部分を無くすか中央に集約したい。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、スポット溶接の打点寿命を伸ばすという課題に取り組んだ。そして打点寿命が短くなる原因の一つは、ナゲット外周部に含まれるアルミニウム成分の影響によるものであることが判明した。つまり、電極チップが新しいうちは溶接部に十分な電流密度を付与することができるためナゲット径は大きく形成される。ナゲット径が大きければ、ナゲット外周部のアルミニウム成分が多くても溶接強度は十分で境面破断は生じない。しかし電極チップが汚染、摩耗して電流密度が小さくなるとナゲット径は小さくなるため、ナゲット外周部に存在するアルミニウム成分の影響により溶接強度が低下するとの知見を得た。
【0011】
以上の知見に基づき、本発明者等は、溶接部を溶融した後、通電量を漸増させるアップスロープ工程または漸減させるダウンスロープ工程を付加することで課題が解決されることを見出した。
【0012】
即ち、請求項1に記載のアルミめっき鋼板のスポット溶接方法は、被溶接材としてアルミめっき鋼板同士またはアルミめっき鋼板と他の金属板とを重ね合わせ、これらを一対の電極チップで挟んだ状態で加圧し、前記電極チップ間に通電してジュール熱により被溶接材の溶接部を溶融し、その後、通電停止により前記溶接部を冷却・凝固させてナゲットを形成するスポット溶接方法であって、前記溶接部に一定の交流サイクルで通電する本溶接工程の前工程として、通電量を漸増させるアップスロープ工程を付加し、前記溶接部の昇温スピードを穏やかにするようにした。
【0013】
このように、スポット溶接(本溶接)の前段に通電量を漸増させるアップスロープ工程を設けることで、ナゲット内のアルミ濃度を低減することができ、ナッゲト全体として高強度を達成することができる。
【0014】
また、請求項2に記載のアルミめっき鋼板のスポット溶接方法は、被溶接材としてアルミめっき鋼板同士またはアルミめっき鋼板と他の金属板とを重ね合わせ、これらを一対の電極チップで挟んだ状態で加圧し、前記電極チップ間に通電してジュール熱により被溶接材の溶接部を溶融し、その後、通電停止により前記溶接部を冷却・凝固させてナゲットを形成するスポット溶接方法であって、前記溶接部に一定の交流サイクルで通電する本溶接工程の後工程として、通電量を漸減させるダウンスロープ工程を付加し、前記溶接部から前記電極チップへの熱伝導を徐々に減少させ、前記溶接部の冷却スピードを穏やかにするようにした。
【0015】
このように、電極チップへの熱伝導を緩和し、母材であるアルミめっき鋼板方向への熱伝導を主体として冷却することにより、ナゲットは外周部からゆっくり冷やされる。すると溶融温度が約1500℃と高い鉄成分が冷却される外周部に析出し、溶融温度が約650℃と低いアルミニウム成分はナゲット中心部へ押し込まれた形で析出する。こうして形成されたナゲットは、外周部が鉄成分による強固な外殻となっているため、中心部に存在する低強度のアルミニウム成分の影響を受けることなく、ナッゲト全体として高強度を達成することができる。
【0016】
また、溶接部の強度低下の他の要因として次のことが考えられる。すなわち、溶接部がジュール熱により溶融された状態から冷却・凝固してナゲットを生成する段階で、溶融部の熱は主として電極チップへの熱伝導によって奪われる。したがって、ナゲットを碁石にたとえると、碁石の上下の広い面方向への冷却の影響が多いため、そこへ高強度の鉄成分が集中して析出し、低強度のアルミニウム成分はナゲットの中心に扁平状に析出する。したがって荷重が掛かると、碁石が上下に割れるように境面破断を起こす。しかし、この現象も、ダウンスロープ工程を付加することにより、ナゲットは上記のとおり鉄成分からなる強固な外殻を有することとなるため解決することができる。
【0017】
また上記ダウンスロープ工程の付加により、たとえ電極チップが汚染、摩耗しても、溶接スポットには十分な電流密度を与えることができるため、必要十分な大きさのナゲットを形成することができる。なおナゲットの大きさを確保するため、溶接部を溶融するための通常時の電流密度を大きくする方法も考えられる。しかし、この方法では、電極チップが汚染されていない初期の段階では溶接部に過剰のジュール熱が発生し、表散り中散りが発生してしまうため好ましくない。
【0018】
また、請求項3に記載のアルミめっき鋼板のスポット溶接方法は、前記前工程と後工程をそれぞれ本溶接工程の前後に設けることで、前工程と後工程を設けた利点の両方を発揮する。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係るアルミめっき鋼板の溶接方法によれば、電極チップへの通電により溶接部を溶融後、通電量を漸減させるダウンスロープ工程を付加したことにより、電極チップの汚染、摩耗がある程度進行しても必要十分な大きさのナゲットを形成して溶接強度を維持することができる。その結果、打点寿命が向上し電極チップの頻繁な研磨も不要となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に本発明の実施例を添付図面に基づいて詳細に説明する。図1(a)〜(d)は電極チップを用いたスポット溶接の過程を説明した図、図2は電極チップへの電流印加のパターンを示す図である。
【0021】
図1に示すように電極チップを用いたスポット溶接では、アルミめっき鋼板同士(またはアルミめっき鋼板と他の金属板)を重ね合わせ、これらを一対の電極チップで挟んで加圧し、そこへ溶接電流を流し、鋼板間の抵抗によりジュール熱を発生せしめ、アルミめっき鋼板等の母材の溶接部を溶融させてコロナボンドを形成し、その後、印加している電流を遮断することで溶融部を冷却し、凝固せしめてナゲットを形成し板材同士を接合するようにしている。
【0022】
図2は電極チップへの電流印加のパターンの一例を示し、この図においては、溶接部の溶融を目的とした通常の印加の範囲(本溶接)をAで、またダウンスロープ印加の範囲をBで示した。本溶接Aでは交流12サイクルを印加し、次に、ダウンスロープBでは漸減する交流6サイクルを印加している。本溶接AおよびダウンスロープBにおける交流サイクル数、電流量、その他の条件については、溶接対象のアルミめっき鋼板の厚さ、めっき組成等により自由に設定することができる。
【0023】
次に、より詳細な実験例を説明する。図3は、図2と同様に本発明の方法に係る電極チップへの電流印加のパターンの一例を示したものである。また、図4は、本発明の方法によるスポット溶接の打点寿命向上の一例を示すグラフである。
【0024】
図3の通電パターンでは、1次通電(aで示した範囲)を9kAで2サイクル印加した後に本通電(2次通電)Aを12サイクル印加した。この2次通電は11.0kAであった。その後、ダウンスロープBの6サイクルを徐々に通電量を減少させながら印加した。尚、図では1次通電を9kAで2サイクルとしたが、この1次通電は2〜10サイクルが適当である。更に、後段にダウンスロープを設けなくてもよい。
【0025】
スポット溶接の結果について図4を使用して説明する。本図の縦軸はナゲットの径(mm)、横軸は打点数であり、打点数が累積するほど電極チップの汚染や摩耗のため溶接部の電流密度が低下し、そのため、ナゲット径が小さくなって溶接部の強度も低下する。本実験においてはナゲット径が3mmに減少するまでの打点数をカウントして従来方式(上記ダウンスローBの6サイクルを加えなかった場合)と本発明の方法とを比較した。
【0026】
図4によると、従来方式では打点数がわずか150打点目でナゲット径は3mmに縮小してしまいドレスが必要となったが、一方、本発明の方法では735打点まで使用可能であった。以上の実験の結果から、本発明の方法は、従来の方法に比較して約5倍量のスポット溶接を行なうことができることが判明した。
【0027】
図5は本発明方法によってスポット溶接した箇所の断面の拡大写真であり、この写真と従来方法で汚染や摩耗のない電極チップを用いた場合の写真とを比較すると、本発明方法を採用した場合には、電極チップ側への熱引きがダウンスロープ工程によって抑制される結果、アルミニウム成分濃度の高い部分がナゲット中央部に集中していることが分かる。このように、アルミニウム成分濃度の高い部分がナゲット中央部に集中すると柔らかい部分が中央により、最大トルクがかかるナゲット外周部は硬くなるので強度がアップする。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明のアルミめっき鋼板の溶接方法によれば、打点寿命を向上させることで電極チップの頻繁なドレスが不要となる。したがって、本溶接方法は、自動車の車体、自動車部品、家電製品等用の各種スポット溶接加工に好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】(a)〜(d)は電極チップを用いたスポット溶接の過程を説明した図
【図2】電極チップへの電流印加のパターンを示す図
【図3】電極チップへの電流印加のパターンの別例を示す図
【図4】本発明の方法によるスポット溶接の打点寿命向上の一例を示すグラフ
【図5】本発明方法によってスポット溶接した箇所の断面の拡大写真
【図6】汚染や摩耗のない電極チップによってスポット溶接した箇所の断面の拡大写真
【図7】汚染または摩耗した電極チップによってスポット溶接した箇所の断面の拡大写真
【符号の説明】
【0030】
A…本溶接の電流印加範囲
a…アップスロープの電流印加範囲(1次通電範囲)
B…ダウンスロープの電流印加範囲

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被溶接材としてアルミめっき鋼板同士またはアルミめっき鋼板と他の金属板とを重ね合わせ、これらを一対の電極チップで挟んだ状態で加圧し、前記電極チップ間に通電してジュール熱により被溶接材の溶接部を溶融し、その後、通電停止により前記溶接部を冷却・凝固させてナゲットを形成するスポット溶接方法であって、前記溶接部に一定の交流サイクルで通電する本溶接工程の前工程として、通電量を漸増させるアップスロープ工程を付加し、前記溶接部の昇温スピードを穏やかにすることを特徴とするアルミめっき鋼板のスポット溶接方法。
【請求項2】
被溶接材としてアルミめっき鋼板同士またはアルミめっき鋼板と他の金属板とを重ね合わせ、これらを一対の電極チップで挟んだ状態で加圧し、前記電極チップ間に通電してジュール熱により被溶接材の溶接部を溶融し、その後、通電停止により前記溶接部を冷却・凝固させてナゲットを形成するスポット溶接方法であって、前記溶接部に一定の交流サイクルで通電する本溶接工程の後工程として、通電量を漸減させるダウンスロープ工程を付加し、前記溶接部から前記電極チップへの熱伝導を徐々に減少させ、前記溶接部の冷却スピードを穏やかにすることを特徴とするアルミめっき鋼板のスポット溶接方法。
【請求項3】
被溶接材としてアルミめっき鋼板同士またはアルミめっき鋼板と他の金属板とを重ね合わせ、これらを一対の電極チップで挟んだ状態で加圧し、前記電極チップ間に通電してジュール熱により被溶接材の溶接部を溶融し、その後、通電停止により前記溶接部を冷却・凝固させてナゲットを形成するスポット溶接方法であって、前記溶接部に一定の交流サイクルで通電する本溶接工程の前工程として、通電量を漸増させるアップスロープ工程を付加し、前記溶接部の昇温スピードを穏やかにし、また後工程として、通電量を漸減させるダウンスロープ工程を付加し、前記溶接部から前記電極チップへの熱伝導を徐々に減少させ、前記溶接部の冷却スピードを穏やかにすることを特徴とするアルミめっき鋼板のスポット溶接方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−212649(P2006−212649A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−25772(P2005−25772)
【出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)