説明

アレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維および該繊維を含有するアレルゲン除去用繊維構造物

【課題】近年、アレルゲンの除去に対するニーズが高まってきており、アレルゲン除去材の開発が進められている。一方、架橋アクリレート系繊維は、高吸放湿性、吸湿発熱性、酸・塩基性ガス吸収性、pH緩衝性などの多くの機能を発現させることができることが知られているが、アレルゲンを除去する機能があることは全く知られていなかった。本発明の目的はアレルゲン除去機能を有する架橋アクリレート系繊維および該繊維を含有する繊維構造物を提供することにある。
【解決手段】アクリル繊維に1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物による架橋処理および加水分解処理を施した後に酸処理を施して得られるアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維および該アレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維を含有するアレルゲン除去用繊維構造物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアレルゲンを除去する機能を有する繊維および該繊維を含有する繊維構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、花粉症、アトピー性皮膚炎、気管支喘息などのアレルギー性疾患が増加傾向にあり、これらの疾患の原因が花粉やダニから発生するアレルゲンであることが一般にも知られるようになってきている。このためアレルゲンの除去に対するニーズが高まってきており、アレルゲン除去材の開発が進められている。
【0003】
一方、従来から架橋アクリレート系繊維については検討が進められてきており、高吸放湿性(特許文献1)、吸湿発熱性(特許文献2)、酸・塩基性ガス吸収性(特許文献3)、pH緩衝性(特許文献4)という機能を発現させることができることなどが知られている。しかし、架橋アクリレート系繊維について、アレルゲンを除去する機能があることは全く知られていなかった。
【特許文献1】特開2000−303353号公報
【特許文献2】特開2000−129574号公報
【特許文献3】特開平9−228240号公報
【特許文献4】特開平8−325938号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上述した現状に鑑みて創案されたものであり、その目的はアレルゲン除去機能を有する繊維および該繊維を含有する繊維構造物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上述の目的を達成するために鋭意検討を進めた結果、高吸放湿性、吸湿発熱性、酸・塩基性ガス吸収性、pH緩衝性などの機能を有することが知られている架橋アクリレート系繊維がアレルゲンを除去する機能を有することを見出し、本発明に到達した。
【0006】
即ち、本発明は以下の手段により達成される。
(1)アクリル繊維に1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物による架橋処理および加水分解処理を施した後に酸処理を施して得られるアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維。
(2)1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物がヒドラジン系化合物であることを特徴とする(1)に記載のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維。
(3)(1)または(2)に記載のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維を含有するアレルゲン除去用繊維構造物。
【発明の効果】
【0007】
本発明のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維は、花粉やダニなどから発生するアレルゲンを効率よく除去することができる。また、架橋アクリレート系繊維は従来から衣料用途などに広く展開されており、さまざまな加工方法が確立されているので、本発明のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維は、さまざまな用途、分野の製品に容易に適用でき、アレルゲン除去機能を付与することができる。さらに、本発明のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維は水洗することによりアレルゲン除去機能が回復するため、繰り返し使用することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維は、アクリル繊維に1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物による架橋処理および加水分解処理を施した後に酸処理を施して得られるものである。
【0009】
本発明に採用するアクリル繊維はアクリロニトリルを40重量%以上、好ましくは50重量%以上含有するアクリロニトリル系重合体により形成された繊維である。従って、該アクリロニトリル系重合体としては、アクリロニトリル単独重合体のほかに、アクリロニトリルと他のモノマーとの共重合体も採用できる。共重合体における他のモノマーとしては、特に限定はないが、ハロゲン化ビニル及びハロゲン化ビニリデン;(メタ)アクリル酸エステル(なお(メタ)の表記は、該メタの語の付いたもの及び付かないものの両方を表す);メタリルスルホン酸、p-スチレンスルホン酸等のスルホン酸基含有モノマー及びその塩;(メタ)アクリル酸、イタコン酸等のカルボン酸基含有モノマー及びその塩;アクリルアミド、スチレン、酢酸ビニル等が挙げられる。
【0010】
かかるアクリル繊維の製造手段に限定はなく、適宜公知の手段が用いられる。また、アクリル繊維の形態については、短繊維、トウ、糸、編織物、不織布等いずれの形態のものでも良く、製造工程中途品、廃繊維などでも構わない。
【0011】
本発明においては上述したアクリル繊維に1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物による架橋処理を施す。この架橋処理により、アクリル繊維中のニトリル基と1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物が反応して、架橋構造が形成され、これに伴い繊維中の窒素含有量が増加する。該架橋処理に採用しうる1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物としては、水加ヒドラジン、硫酸ヒドラジン、塩酸ヒドラジン、臭素酸ヒドラジン等のヒドラジン系化合物やエチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、ポリエチレンイミン等のアミノ基を複数有する化合物等が例示される。中でもヒドラジン系化合物は、反応しやすく、コスト的にも有利であり、好ましい。
【0012】
1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物による架橋処理は、架橋構造が形成される限りにおいて制限はなく、該化合物の溶液中にアクリル繊維を浸漬し、50〜150℃で反応させた場合に好ましい結果を得られる場合が多いが、ヒドラジン系化合物を用いる場合には、以下のような条件を採用することができる。
【0013】
すなわち、ヒドラジン系化合物による架橋処理の具体的な処理条件としては、窒素含有量の増加を0.1〜10重量%に調整しうる条件である限り採用できるが、ヒドラジン系化合物濃度5〜80重量%の水溶液中、温度50〜120℃で1〜5時間処理する手段が工業的に好ましい。ここで、窒素含有量の増加とはヒドラジン系化合物による架橋処理前のアクリル繊維の窒素含有量と該処理後のアクリル繊維の窒素含有量との差をいう。なお、窒素含有量の増加が下限に満たない場合には、最終的に実用上満足し得る物性の繊維が得られないことがあり、上限を超える場合には、十分なアレルゲン除去機能が得られないことがある。
【0014】
かかる架橋処理を施された繊維は、該処理で残留した薬剤を十分に除去した後、酸処理を施しても良い。ここに使用する酸としては、硝酸、硫酸、塩酸等の鉱酸や、有機酸等が挙げられるが特に限定されない。該酸処理の条件としては、特に限定されないが、大概酸濃度3〜20重量%、好ましくは7〜15重量%の水溶液に、温度50〜120℃で0.5〜10時間繊維を浸漬するといった例が挙げられる。
【0015】
上述のようにして架橋処理を施された繊維、あるいは、さらに酸処理を施された繊維は、次に加水分解処理を施される。該処理により、架橋処理時に未反応のまま残存しているニトリル基などが加水分解され、カルボキシル基が生成される。生成されるカルボキシル基の量としては、好ましくは1〜10mmol/g、より好ましくは2〜10mmol/gである。カルボキシル基の量が下限に満たない場合には、十分なアレルゲン除去機能が得られないことがあり、上限を超える場合には、繊維の水膨潤性が高くなりすぎ実用上満足し得る繊維物性が得られないことがある。
【0016】
かかる加水分解処理の手段としては、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アンモニア等の塩基性水溶液、あるいは、硝酸、硫酸、塩酸等の水溶液中に架橋処理を施された繊維を浸漬した状態で加熱処理する手段が挙げられる。具体的な処理条件としては、目的とするカルボキシル基の量などを勘案し、処理薬剤の濃度、反応温度、反応時間等の諸条件を適宜設定すればよいが、好ましくは0.5〜10重量%、さらに好ましくは1〜5重量%の処理薬剤水溶液中、温度50〜120℃で1〜10時間処理する手段が工業的、繊維物性的にも好ましい。なお、上述した架橋処理と同時に加水分解処理を行うことも出来る。
【0017】
上述のようにして加水分解処理を施された繊維は次に酸処理を施される。加水分解処理においてアルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、アンモニア等の塩基性水溶液を用いた場合、生成されるカルボキシル基はアルカリ金属などのカチオンとイオン結合を形成する。酸処理することにより、かかるカチオンが水素イオンに置換され、カルボキシル基はCOOHの形となる。かかる酸処理の手段としては加水分解を施された繊維を塩酸、酢酸、硝酸、硫酸等の酸性水溶液に浸漬し、しかる後に乾燥する方法が好適に用いられる。
【0018】
以上のようにして、得られる本発明のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維の除去対象となるアレルゲンは特に限定されないが、花粉やダニなどから発生するアレルゲンを効率よく除去することができる。また、本発明のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維に除去されたアレルゲンは、該繊維を水洗することにより洗い流すことも可能である。
【0019】
上述してきた本発明のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維は、単独で、あるいは、他の素材と組み合わせて繊維構造物を形成させることで、より有用なものとなる。他の素材と組み合わせる場合、アレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維の使用量を好ましくは3重量%以上、より好ましくは5重量%以上とすることで、繊維構造物においても実用上有効なアレルゲン除去機能が発現される。
【0020】
本発明の繊維構造物の外観形態としては、糸、ヤーン(ラップヤーンも含む)、フィラメント、織物、編物、不織布、紙状物、シート状物、積層体、綿状体(球状や塊状のものを含む)等があり、さらにはそれらに外被を設けたものもある。該構造物内におけるアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維の含有形態としては、他素材との混合により、実質的に均一に分布したもの、複数の層を有する構造の場合には、いずれかの層(単数でも複数でも良い)に集中して存在せしめたものや、夫々の層に特定比率で分布せしめたもの等がある。
【0021】
従って本発明の繊維構造物は、上記に例示した外観形態及び含有形態の組合せとして、無数のものが存在する。いかなる構造物とするかは、最終製品の使用態様(例えばシーズン性、運動性や内衣か中衣か外衣か、カーテンやカーペット、寝具やクッション、インソール等としての利用の仕方など)、要求される機能、かかる機能を発現することへのアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維の寄与の仕方等を勘案して適宜決定される。
【0022】
本発明の繊維構造物において併用しうる他素材としては特に制限はなく、公用されている天然繊維、有機繊維、半合成繊維、合成繊維が用いられ、さらには無機繊維、ガラス繊維等も用途によっては採用し得る。具体的な例としては、綿、麻、絹、羊毛、ナイロン、レーヨン、ポリエステル、アクリル繊維などを挙げることができる。
【0023】
以上に説明してきた本発明のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維が、アレルゲン除去機能を発現する理由は定かではないが、繊維中に存在するH型カルボキシル基(COOH)とアレルゲンが相互作用することにより、繊維にアレルゲンが吸着するのではないかと考えられる。
【実施例】
【0024】
以下に本発明の理解を容易にするために実施例を示すが、これらはあくまで例示的なものであり、本発明の要旨はこれらにより限定されるものではない。なお、実施例中、部及び百分率は特に断りのない限り重量基準で示す。
【0025】
<アレルゲン除去性能の評価(1):ダニアレルゲン不活化率>
精製ダニ抗原Der fII(生化学工業社製)10ngを含むリン酸緩衝液200μL中に試料20mgを加えたもの、および、コントロールとして繊維試料を加えないものを30℃×24時間処理し、これらの上澄み液について酵素免疫測定法(ELISA)でダニアレルゲン量を測定した。
【0026】
具体的には、まず、一次抗体のモノクローナル抗体15E11(生化学工業(株)製)をマイクロプレートの各ウェルに50μLずつ分注して室温で3時間静置させた後、プレートをPBS−T(PBS(リン酸緩衝生理食塩水、0.01mol/l、pH7.2〜7.4)の0.05%ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(和光純薬(株)製、Tween20相当品)溶液)で3回洗浄した。続いて、1%BSA(ナカライテスク(株)製、ウシ血清アルブミン(F−V)、pH5.2)を含むPBS−Tを各ウェルに300μLずつ分注し、4℃で12時間静置させた後、PBS−Tで3回洗浄した。次に、上述の上澄み液を各ウェルに50μLずつ分注し、室温で2時間静置させた後、PBS−Tで3回洗浄した。続いて二次抗体のペルオキシターゼ標識したモノクローナル抗体13A4(生化学工業(株)製)を各ウェルに50μLずつ分注し、室温で2時間静置させた後、PBS−Tで4回洗浄した。次にTMB試薬(フナコシ(株)製)を各ウェルに100μLずつ分注し、5分間反応させた。その後1Mの塩酸を各ウェルに100μLずつ分注し、反応を停止させてマイクロプレートリーダー(Bio−Rad Laboratories Inc 製)で吸光度(測定波長490nm)を測定した。得られた測定値から検量線を用いて上澄み液中のダニアレルゲン濃度を求め、不活化率を次式により算出した。

不活化率(%)={1−(A/B)}×100
(A=試料を加えた場合のアレルゲン濃度、B=コントロールのアレルゲン濃度)

【0027】
<アレルゲン除去性能の評価(2):スギアレルゲン不活化率>
上記のアレルゲン除去性能の評価(1)において、精製ダニ抗原Der fII(生化学工業社製)10ngに代えて、精製スギ花粉抗原Cry J1(生化学工業社製)20ngを用いたこと、並びに、一次抗体としてモノクローナル抗体013(生化学工業社製)、二次抗体としてペルオキシターゼ標識したモノクローナル抗体053(生化学工業社製)を用いたこと以外は同様にして測定を行い、スギアレルゲン不活化率を求めた。
【0028】
<COOH量の測定>
十分乾燥した試料約1gを精秤し(W1[g])、これに200mlの水を加え、0.1mol/l水酸化ナトリウム水溶液で常法に従って滴定曲線を求めた。該滴定曲線からCOOHに消費された水酸化ナトリウム水溶液消費量(V1[ml])を求め、次式によってCOOH量を算出した。

COOH量[mmol/g]=0.1×V1/W1

【0029】
<実施例1>
アクリロニトリル90%及びアクリル酸メチル10%からなるアクリロニトリル系重合体10部を48%ロダンソーダ水溶液90部に溶解した紡糸原液を、常法に従って紡糸、延伸、乾燥してアクリル繊維Iを得た。
【0030】
アクリル繊維Iに、15%ヒドラジン水溶液中で110℃×3時間架橋導入処理を行い水洗した。次に、8%硝酸水溶液中で110℃×1時間酸処理を行い水洗した。続いて5%水酸化ナトリウム水溶液中で、90℃×2時間加水分解処理を行い水洗した。その後、10%硝酸水溶液中で常温×24時間酸処理を行い水洗した。得られた繊維について、アレルゲン除去性能を評価した結果を表1に示す。
【0031】
<実施例2>
上述したアクリル繊維Iに、35%ヒドラジン水溶液中で103℃×3時間架橋導入処理を行い水洗した。次に、5%水酸化ナトリウム水溶液中で90℃×2時間加水分解処理を行い水洗した。その後、10%硝酸水溶液中で常温×24時間酸処理を行い水洗した。得られた繊維について、アレルゲン除去性能を評価した結果を表1に示す。
【0032】
<比較例1>
上述したアクリル繊維Iに、15%ヒドラジン水溶液中で104℃×17時間架橋導入処理を行い水洗した。次に、8%硝酸水溶液中で99℃×1時間酸処理を行い水洗し、pH9に調整した。得られた繊維について、アレルゲン除去性能を評価した結果を表1に示す。
【0033】
<比較例2>
実施例1において、最後の酸処理を行わないこと以外は同様にしてアクリル繊維Iを処理した。得られた繊維について、アレルゲン除去性能を評価した結果を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
実施例1および2においては、ダニアレルゲン、スギアレルゲンの両方に対して良好な除去性能を示した。これに対して、加水分解処理を行わなかった比較例1および加水分解後、酸処理を行わなかった比較例2では、アレルゲン濃度の低下がほとんどなく、除去性能の発現は確認されなかった。なお、比較例2については、カルボキシル基の大部分がCOONaの形で存在していると考えられる。
【0036】
<実施例4>
実施例1で得られた繊維、アクリル繊維およびポリエステル熱融着性繊維を50:20:30の割合で混綿後、カーディング、ニードルパンチし140℃の熱処理を行い、不織布を作成した。得られた不織布について、アレルゲン除去性能を評価したところ、ダニアレルゲン不活化率については92%であり、スギアレルゲン不活化率については99%を超えるという結果となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル繊維に1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物による架橋処理および加水分解処理を施した後に酸処理を施して得られるアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維。
【請求項2】
1分子中の窒素数が2以上である窒素含有化合物がヒドラジン系化合物であることを特徴とする請求項1に記載のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維。
【請求項3】
請求項1または2に記載のアレルゲン除去用架橋アクリレート系繊維を含有するアレルゲン除去用繊維構造物。

【公開番号】特開2008−196062(P2008−196062A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−29969(P2007−29969)
【出願日】平成19年2月9日(2007.2.9)
【出願人】(000004053)日本エクスラン工業株式会社 (58)
【Fターム(参考)】