説明

アンチモン及びその精製方法

【課題】砒素、セレン、鉄の不純物元素を含有する金属アンチモン原料からこれらの不純物元素含有量の低い金属アンチモンを効率的に得る。
【解決手段】砒素、セレン、鉄の少なくとも一種の元素を含有する金属アンチモンを原料として該各元素を除去する金属アンチモンの精製方法において、該原料に炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムの少なくとも一種と硝酸ナトリウムを添加して加熱溶融し、好ましくはさらに硝酸ナトリウムを添加する。さらに好ましくは、溶融体表層部のフラックスドロスを除去した溶融アンチモンを固化し溶融処理アンチモンを得る工程、該溶融処理アンチモン表面に付着した固化フラックスドロスを除去し表面処理アンチモンを得る工程、該表面処理アンチモンを王水溶液でエッチングする工程を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砒素、セレン、鉄の不純物元素が高度に除去された金属アンチモン(金属アンチモンを単にアンチモンと言う。)とそれを得るための精製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
砒素、セレン、鉄はいずれも金属アンチモン原料(これらの不純物元素を含有する金属アンチモン原料を単にアンチモン原料又は原料と言う。)から除去困難な不純物元素であるが、従来これら不純物元素を除去する方法としては次の方法があった。
【0003】
特開2004−83992号公報(特許文献1)には、塩化アンチモン原料を塩酸浴での予備電解により不純物を電析させたのち、予備電解後の塩酸浴を用いて本電解を行ってアンチモンを電析させ、電析したアンチモンを不活性ガス中で加熱脱ガスすることによって高純度アンチモンを製造する方法が開示されている。
【0004】
次に、特開平10−121162号公報(特許文献2)には、純度5N(すなわち、99.999質量%)の原料を真空蒸留法によって精製して高純度アンチモンを得る方法が開示されている。
【0005】
さらに、特開平02−129320号公報(特許文献3)には、砒素を含有する原料を加熱溶融後に、炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムのフラックスを添加することによって砒素を除去する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2004−83992号公報
【特許文献2】特開平10−121162号公報
【特許文献3】特開平02−129320号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
アンチモンはインジウム、テルル等との化合物とすることで、相変化型記録装置の原料として使用されているが、この化合物を用いてデータの記録を繰り返し行なうと、鉄の不純物が結晶粒界に析出し、寿命が悪いという問題があった。また、アンチモンは触媒の原料として用いられているが、その触媒反応を安定化するためには、As、Se、Feなどの不純物を除去する必要があった。
【0007】
特許文献1に記載の電解によるアンチモンの精製方法では砒素を効率的に除去することができず、最終的に得られるアンチモンには砒素が5ppm程度残留しており不純物含有量の多いものであった。
次に特許文献2に記載の真空蒸留法によるアンチモンの精製方法では、SeやAsなどの蒸気圧の高い不純物金属を除去することが困難であった。さらに原料中の鉄化合物の形態によっては、鉄が精製アンチモン中に残留し完全に除去できないものであった。
【0008】
また特許文献3に記載のフラックス法によるアンチモンの精製方法では、炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムを添加して電気炉内で撹拌した後に傾転によりフラックスドロス層を除去していたが、溶湯からのみのフラックスドロス除去のため除去効率が悪く、使用するフラックスも多量に添加する必要があった。さらにアンチモンとフラックスの分離効率が悪いために、融液を固化させたアンチモンからのフラックスを効率的に除去できず、砒素含有量を1ppm以下にすることが困難であった。
本発明が解決しようとする課題は、砒素、セレン、鉄の不純物元素を含有するアンチモン原料から効率的にこれらの不純物元素を除去する精製方法と、砒素、セレン、鉄の不純物元素の含有量の低いアンチモンを得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、種々検討し実験を重ねた結果、上記各不純物が高度に除去されたアンチモンとその精製方法を発明するに至った。すなわち、アンチモンとフラックスドロス層の分離効率を上げるために、炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムの少なくとも一種に加えて、硝酸ナトリウムを原料アンチモンの加熱溶解前に添加する。さらにフラックスの分離性を向上させるために、好ましくは原料の溶解中にも硝酸ナトリウムを添加する。上記の方法によりフラックスドロス層とアンチモンを容易に分離することが可能になり、上記各不純物が高度に除去されたアンチモンとその精製方法を発明するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は第1に、砒素、セレン、鉄の各元素の含有量がいずれも0.01ppm以下であることを特徴とする金属アンチモンである。
次に本発明は精製方法として第2に、砒素、セレン、鉄の少なくとも一種の元素を含有するアンチモンを原料として該各元素を除去するアンチモンの精製方法において、該原料に炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムのうちの少なくとも一種と硝酸ナトリウムを添加して加熱溶融することを特徴とするアンチモン精製方法であり、第3に、砒素、セレン、鉄の少なくとも一種の元素を含有するアンチモンを原料として該各元素を除去するアンチモンの精製方法において、該原料に炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムのうちの少なくとも一種と硝酸ナトリウムを添加して加熱溶融し、該溶融状態においてさらに硝酸ナトリウムを添加することを特徴とするアンチモン精製方法である。
【0011】
さらに本発明においては、上記の溶融処理を行なった後に、溶融体表層部のフラックスドロスを分離除去してアンチモンを固化し溶融処理アンチモンを得る工程、該溶融処理アンチモン表面に付着した固化フラックスドロスを除去し表面処理アンチモンを得る工程、該表面処理アンチモンを王水溶液でエッチングする工程を行なうことが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、砒素、セレン、鉄の少なくとも一種の不純物元素を含有する原料からこれらの不純物元素含有量の低いアンチモンを提供するとともに、併せてその効率的な精製方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明にあっては、坩堝内に砒素、セレン、鉄の少なくとも一種の不純物元素を含有する金属アンチモン原料を入れ、炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムの少なくとも一種と硝酸ナトリウムを添加し加熱して原料を溶解する。原料を溶解させる坩堝は耐熱性、耐アルカリ性を有し、アンチモン融液を汚染する影響のない材質のものであることが必要であり、純度4N以上(すなわち、99.99質量%以上)のアルミナ坩堝が好ましい。なお石英坩堝ではアルカリと反応し、カーボン坩堝では酸化してしまうので不適当である。
【0014】
前記原料を前記坩堝にいれ、蓋(好ましくは純度4N以上のアルミナ製)をして密閉させた後、電気炉内にて加熱し原料を溶融させる。溶融したアンチモン原料中の砒素、セレン、鉄等の不純物は、炭酸ナトリウムと水酸化ナトリウムの少なくとも一種と硝酸ナトリウムとの反応や酸化反応を行なって、固相のフラックスドロスを生成する。このフラックスドロスはアンチモン融液よりも比重が小さいためにアンチモン融液の表層部に浮上し、アンチモン溶融体との分離が容易となる。なお、上記の加熱、溶融は特に加圧、減圧の雰囲気を要せず、大気圧で行なうことができる。
【0015】
加熱温度は融点以上1000℃以下であれば不純物を除去することができるが、加熱温度を700〜800℃とすることでフラックスを融液中に均一に拡散させることができ、効率的に不純物を除去できるため好ましい。上記温度で溶解状態を一定時間保持することによってフラックスドロスを溶融体表層部に浮き上がらせるが、好ましくはさらに硝酸化アルカリ金属化合物を添加し、フラックスドロスの分離効率を上げる。このアルカリ金属としては、カリウム、ナトリウム、リチウムを用いることができるが、ナトリウムを用いることで効率的に不純物を除去できるため好ましい。
【0016】
なお、金属アンチモン原料はアンチモン純度が5N以上であれば、水酸化アルカリ金属化合物と硝酸化アルカリ金属化合物と共に加熱溶融させることで十分除去できる。基本的には、水酸化ナトリウム等の水酸化アルカリ金属化合物は反応の主であるがそのままではフラックスドロスは糸状で分離しづらいためこれを固めるために硝酸ナトリウム等の硝酸化アルカリ金属化合物を添加する。
【0017】
金属アンチモン原料のアンチモン純度が5N未満の場合は、水酸化アルカリ金属化合物と硝酸化アルカリ金属化合物に加えて炭酸化アルカリ金属化合物を加えると効率よく不純物が除去でき好ましい。また、アンチモン原料中の砒素、セレン、鉄の含有量がいずれも100ppm以下であるのが好ましい。また、本発明法によれば、砒素、セレン、鉄のほかにも、Ni、Na、Al、Mg、K、Ca、Cr、Cu、Zn、Cd、Sn、Pb、Si、Tl、Bi、Te、S、Cl、Fなどの不純物元素が含有されている場合にはこれらの不純物元素も併せて除去されるため、光触媒材料や相変化型記録材料の原料としてさらに好ましい。
【0018】
好ましくは上記溶融後に以下の工程を行なう。
すなわち、坩堝内において固相のフラックスドロスを表層部から除去する、または、坩堝の下部から液相のアンチモンを抜き出すことによって得られたアンチモン融液を、凝固用坩堝に入れて凝固させる。
凝固用坩堝は熱衝撃性があって固化させたアンチモンを取り出しやすいことが必要であり、カーボン坩堝が好ましい。なお、アルミナ坩堝は溶融アンチモンで濡れてしまうためにアルミナ坩堝に入ったままの溶融アンチモンを固化させると、坩堝から固化したアンチモンを取り出しにくくなる。
【0019】
次に、フラックスドロスの除去後に固化して得られた溶融処理アンチモンの表面に付着した固化フラックスドロスを除去して表面処理アンチモンを得るものであるが、硝酸ナトリウム等の硝酸化アルカリ金属化合物を添加することによって冷却固化した際にフラックスドロスが金属アンチモンの表面に粉状又は塊状で付着している状態になっており、表面を手でなでる程度で付着したフラックスドロスを除去することが可能である。
【0020】
その後に、硝酸ナトリウム等の硝酸化アルカリ金属化合物を添加したことに伴うナトリウム等のアルカリ金属を除去するために上記の表面処理アンチモンを王水溶液でエッチングする。これによってナトリウム等のアルカリ金属とともに前記不純物元素を含有するフラックスドロス及びアンチモンの酸化皮膜が完全に除去される。
なお、エッチングを希硫酸で行なった場合には硫黄分がアンチモン表面に残留してアンチモンを汚染するので好ましくない。
【実施例】
【0021】
以下に本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はその記載に限定されるものではない。
【0022】
[実施例1]
アルミナ坩堝に砒素、セレン、鉄の各不純物元素をそれぞれ50ppm、10ppm、5.4ppm含有する純度4N(すなわち、99.99質量%)の金属アンチモン原料1500gと、炭酸化アルカリ金属化合物として炭酸ナトリウム20g、水酸化アルカリ金属化合物として水酸化ナトリウム20g、硝酸化アルカリ金属化合物として硝酸ナトリウム10gを装入する。
【0023】
【表1】

【0024】
上記の原料及び添加剤(フラックス)を装入した純度4Nのアルミナ製の坩堝に純度4Nのアルミナ製の蓋をし、電気炉内で750℃に加熱して溶融させ、60分間保持する。次いで、この坩堝を電気炉から取り出し、さらに硝酸ナトリウムを6g坩堝内に添加したのち上記蓋をして再度電気炉内で750℃で10分間保持する。その後、上記坩堝を電気炉から取り出し、上方に浮遊している固相のフラックスドロス(反応生成物)を取り除いた後、アンチモン溶湯をカーボン坩堝に注湯し、固化させる。この固化アンチモンを分析したところ、砒素、セレン、鉄の各不純物がいずれも0.01ppm未満であった。
【0025】
冷却したカーボン坩堝から取り出した固化アンチモンの表面に固着したフラックスドロスを除去する。その後、固化アンチモンを純水で超音波洗浄後、乾燥機内で乾燥(水分除去)させる。乾燥した固化アンチモンを石英坩堝に移し、電気炉内で750℃に加熱して溶融させて60分間保持した後、電気炉内から坩堝を取りだして、カーボン坩堝内に溶湯を注ぎ固化させる。固化したアンチモンを坩堝から取り出し、純水中で超音波洗浄を行う。
【0026】
引き続いて、希王水(硝酸:塩酸:純水=1:3:4)でエッチングする。エッチング終了後、再度、純水中で超音波洗浄を行い、その後乾燥機内で乾燥(水分除去)させる。このエッチング・洗浄・乾燥の工程をさらに2回繰り返した。
この実施例1で得られた精製アンチモンは表1に記載するとおり、砒素、セレン、鉄の各不純物がいずれも0.01ppm未満であった。
【0027】
[比較例1]
フラックスとして硝酸ナトリウムを添加しない以外は実施例1と同様に比較例1を行なった。この比較例1で得られた精製アンチモンは表1に示すとおり、フラックス添加溶融後、希王水エッチング後のいずにおいても、砒素、セレン、鉄の各不純物がそれぞれ2.3ppm、1.5ppm、1.2ppmであり、いずれも0.01ppmより多いものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
砒素、セレン、鉄の各元素の含有量がいずれも0.01ppm以下であることを特徴とするアンチモン。
【請求項2】
砒素、セレン、鉄の少なくとも一種の元素を含有するアンチモンを原料として該各元素を除去するアンチモンの精製方法において、該原料と硝酸ナトリウムとを加熱溶融することを特徴とするアンチモン精製方法。
【請求項3】
砒素、セレン、鉄の少なくとも一種の元素を含有するアンチモンを原料として該各元素を除去するアンチモンの精製方法において、該原料と水酸化アルカリ金属化合物、硝酸化アルカリ金属化合物を加熱溶融することを特徴とするアンチモン精製方法。
【請求項4】
前記水酸化アルカリ金属化合物が水酸化ナトリウムである、請求項3記載のアンチモン精製方法。
【請求項5】
前記硝酸化アルカリ金属化合物が硝酸ナトリウムである、請求項3または4記載のアンチモン精製方法。